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[シリーズ癌の薬物治療]


1998年2月1日〜1998年6月15日に連載したものです。
 
『お断り』
私は薬剤師で医師ではありません。また、癌治療の専門家でもありません。
癌治療に関するご相談・ご質問等については受け付けていませんので、あらかじめご承知おき下さい。
 

ヒットが2本続けば、、、、

微小管とは

抗腫瘍剤の時間薬理学

COX2

性格と癌

性格と癌2

PBSCT(自己末梢血幹細胞移植)

テロメア

 癌治療薬の実態は?

がん免疫再建療法

<追加記事> 癌(悪性腫瘍)関連用語集はこちら
細胞が消える日 癌ワクチン療法
アガリクス(筆者の知り合いのページです。購入もできます。) DCワクチン療法
丸山ワクチン ニンニクの癌に対する作用
癌疼痛のためのモルヒネの使用 BCM:Biochemical modulation
低用量化学療法 癌抑制遺伝子
5-HT3受容体拮抗剤(副作用による嘔吐防止) 癌の兵糧責め /  癌の休眠療法
皮膚症状から分かる悪性腫瘍 スピルリナとBCG菌体成分を用いた癌免疫療法
ハーブで癌治療 運動と癌予防


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癌治療1   1998年2月1日号に掲載

「ヒットが2本続けば、、、、」

 野球では、ヒットが2本以上続けば、得点できる可能性があります。

 ところがヒトの細胞では、ヒットが2本以上続くと癌化するらしいのです。遺伝子に変異が生ずるためには、2つの要因が必須なのです。

 1つはDNA障害と、2つはそれを変異として固定する細胞分裂です。つまり癌化の標的細胞は、標的遺伝子を癌抑制遺伝子とした場合、2hitないしそれ以上のmutationalevent(変異発現)をもつにいたるに十分な時間分裂能を持続する細胞である必要があります。
 1971年、遺伝性、非遺伝性の48例の小児癌である網膜芽細胞腫(RB)が遺伝的に解析されて癌発生には“2hit”が同一細胞で起こることが必要であることが示されました。

 つまり、遺伝性の場合、最初のヒットは、生殖細胞で既に起こっており、2番目のヒットは体細胞で起こります。非遺伝性の場合は、2hitとも同一体細胞で起こります。

 プロの選手でも2本続けてヒットを打つのは、かなり難しいようですから、普通の人の細胞が癌化する確率も極めて低い筈です。ただし、遺伝性の場合は、生まれた段階で既にヒットを1本打っていることになりますから、あと1本ヒットを打つだけで癌化することになり、確率はかなり高くなります。

 発生組織による癌を分類すると、@胎児性癌〜固体発生段階で細胞分裂が盛んに起こり、stem cell(幹細胞)が増えている組織から発生するもの。ALi-Fraumeni症候群に合併するosteosarcoma breast cancerなど。これらの腫瘍が由来する組織は、思春期に成長し、stem cell(幹細胞)がこの期間に増加する特徴を持ちます。B通常のrenewal tissue(腸管上皮、気管上皮、皮膚など)から起こる癌に分類できますが、これらはいずれも細胞分裂が盛んで、それだけヒットが出る確率が高くなっていると考えられます。

 ところで今年はトラ年、タイガースファンの筆者としては、2本以上ヒットが続く攻撃ができるかどうか非常に気になるところです。


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癌治療2 1998年2月15日号に掲載

 

 微小管とは

 抗癌剤はそれぞれが特有な作用点を有します。細胞骨格を形成する蛋白質である微小管は、近年抗癌剤の標的として注目され、その重要性が認識されるようになってきました。古くはビンカアルカロイド最近ではドセタキセルやパクリタキセルなどのタキソイド系抗癌剤などが微小管を標的とする抗癌剤として知られてます。

 微小管はチューブリンという物質により構成されています。チューブリンはGTP結合蛋白で、重合はGTPによって制御されています。α、βの2つのサブユニットがあり、これが二量体を形成しています。(最近γサブユニットが同定されたそうですが、その機能は不明です。)

 細胞質微小管は分裂期間の細胞で、中心体から細胞膜に向けて多数放射状に伸びており、細胞質内に微小管のネットワークを形成しています。その生理的機能は細胞内小器官の分布の決定、細胞形態の規定、細胞内輸送のレールとしての機能、さらに分裂期(M期)での紡錘体微小管の形成などで、細胞分裂において中心的な役割を果たしています。

 また微小管は神経細胞軸索中に豊富に存在し、軸索内輸送に重要な役割を果たしています。このように微小管は細胞にとって極めて重要な構成成分です。

 微小管に作用する従来よりの薬剤としてビンカアルカロイド(オンコビン、フィルデシン等)があります。ビンカアルカロイドは重合していないチューブリンのβサブユニットと結合し、重合を阻害することによって細胞周期をM期に停止させ細胞障害作用を発揮します。

 最近、微小管の脱重合を阻害する作用機序をもつ薬剤が登場してきました。ドセタキセルはチューブリンの重合を促進し、安定微小管を形成するとともに、その脱重合を抑制します。また細胞内においては形態的に異常な微小管束を形成させます。以上の作用により細胞の有糸分裂を停止させ、抗腫瘍効果を発揮します。ちなみに正常の生体内では、GPTが加水分解を受けGDPへと変換されることにより微小管が不安定となり脱重合が起こります。
 


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 癌治療3 1998年3月1日号に掲載

 抗腫瘍剤の時間薬理学

 抗腫瘍剤は殺細胞作用様式から、濃度依存性作用群(T型)と時間依存性作用群(U型)に分類されます。濃度依存性作用群は、アルキル化剤や抗癌性抗生物質などの周期特異性薬剤(*1)を含み、1回大量与薬法または中等量間欠与薬法が有効です。

時間依存性作用群には、代謝拮抗剤や植物性アルカロイドなどの期特異性薬剤(*2)が分類され、長期頻回与薬法、持続点滴与薬法または間欠与薬法が有効とされています。

*1〜周期特異性薬剤の作用機序としては、DNA,RNAおよび蛋白合成阻害や紡錘系阻害などが知られており、細胞分裂の中で特定の期(S期、M期)に有効であると考えられています。

*2〜 期特異性薬剤の作用機序としては、二重鎖DNAと結合し、架橋形成を行い、DNAの複製障害、DNA断裂を起こすことが知られており、細胞分裂の全ての期で有効とされています。ただ、与薬時間帯により効果や毒性は有意に異なります。

 健常人の骨髄細胞のDNA合成能には、活動期に高値を、休息期に低値を示す有意な日周リズムが認められます。

 同様の所見は、直腸粘膜細胞でも認められています。 一方、癌細胞のDNA合成能にも日周リズムが存在し、生体内では抗腫用剤に対する細胞の感受性が時間と共に変化していることが推察されます。

 多くの抗腫瘍剤の共通した副作用には骨髄抑制があります。また他に頻度の高い副作用として消化器障害もあります。すなわち、活発に増殖を繰り返している骨髄細胞や消化管細胞は抗腫用剤による副作用の標的臓器となり得るのです。

生体の中で細胞の感受性や薬物動態が時間と共に刻々と変化しているような状況下では生体リズムにあわせた持続点滴速度を変化させたり、適切な投薬タイミングを選択することにより効果を増強することや副作用を軽減することも可能であると考えられています。

<時間薬物治療の望まれる例>

5−FU:定速注入に比し波状注入により与薬量
を増加でき効果が増強、副作用軽減
シスプラチン:朝与薬時尿中排泄量増加、夕刻与
薬時腎毒性低下



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癌治療4     1998年3月15日号に掲載                 

  COX2

 アスピリンは大昔からある解熱鎮痛消炎薬ですがシクロオキシゲナーゼ;COXという酵素を阻害することによって、炎症の元であるプロスタグランジン(PG)が体内で合成出来ない様にするという作用機序が分かったのは比較的最近のことです。

そしてまた、1991年にCOXには2種類あることが発見されました。従来から知られていた酵素はCOX−1、新たに発見されたサブタイプはCOX−2と呼ばれるようになりました。

COX−1は、ほとんどの細胞で常時発現しており、生体の安定性を維持する「housekeeping」としての役割を果たしていると考えられています。一方COX−2は単球、繊維芽細胞、滑膜細胞などの炎症に関わる細胞で発現し、炎症性サイトカインなどによって誘導されます。

従来のNSAIDsは、COX−1とCOX−2の両方を阻害するため炎症巣のPGだけでなく、胃粘膜や腎でのPG(特にPGE2)産生を抑制し胃腸障害や腎障害などの副作用を発現します。そこで副作用の軽減化を目的に炎症に深く関与していると考えられるCOX−2を選択的に阻害するNSAIDsの開発が進められています。

 ところで以前から、アスピリンや他のNSAIDsが抗炎症作用とは別に、大腸癌や大腸ポリープの発症や進行を抑制するのではないかという報告がありました。

 大腸癌でのCOX−1とCOX−2の発現率を調べたところ、COX−1はすべての正常な大腸組織と腫瘍組織に等しく発現していましたが、COX−2は正常組織で25例中2例しか検出されず、逆に腫瘍組織では25例中19例に発現していることが分かりました。

 これらの報告から大腸癌や大腸ポリープではCOX−2が誘導され、腫瘍の増殖の一因として関与している可能性の高いことが示唆されています。

 これらの結果は、大腸ポリープ(前癌病変を含む)の発症にCOX−2が重要な役割を果たしていること、COX−2選択的阻害剤が従来の抗癌剤とは全く異なる機序を持つ抗癌剤となりうる可能性を示しています。

{参考文献}ファルマシア 1997.12



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  癌治療5  性格と癌  1998年4月1日号


{参考文献}臨床と薬物治療 1998 2 神奈川県立癌センター

 あなたは次のどのタイプでしょうか?自分に当てはまると思われるのに○をつけてみて下さい。

タイプ1:厳しい、命令的、干渉過多、過保護、面倒見よい、遊びやリラックスが下手
タイプ2:妥協的、気が利く、命令的、自己主張型、衝動的、直感的、短気、責任感
タイプ3:自由奔放、他者優先、開放的、面倒見よい、協調性・従順性が乏しい
タイプ4:開放的、衝動的、責任感、他者優先、自己主張弱い、妥協的、順応的
タイプ5:優しい、客観的、過保護、神経質、、妥協的、順応的、他者優先、押し下手
タイプ6:優しく親切、面倒見よい、妥協的、協調的、お人好し、自己主張弱い、他者優先
タイプ7:責任感強、命令的、現実的、几帳面、冷静、自己中心、思いやり欠ける
タイプ8:親切、面倒見よい、過保護、遊び下手、客観的、現実的、自己主張弱い、妥協が下手
タイプ9:客観的、現実的、リラックス上手、自己中心、思いやり・他者配慮欠ける

 心の持ち方やパーソナリティは、癌の予後と関連しているだけでなく、癌発生そのものにも関係していると考えられています。

 実は、タイプ7とタイプ8は全く正反対のようにみえますが、癌にかかった時に予後が悪いタイプなのです。

 現在、明確な理由は見つかっていませんが、以下の2つのことが重要な要因と考えられています
1つは、意識やストレスへの対応の仕方が生体防御機構の免疫の強弱に関係し、癌に打ち勝ったり死を早めたりするのではないかという考えです。

 もう一つは、ストレスへの対応自体が関係していると考えられており、ストレスをいかに早く自分の身体や意識から除去できるかという点です。

 タイプ7、8の人は几帳面で遊びやリラックスが不得意であることから、まさにストレスへの対応が下手なために予後が悪いのではないかと推測されます。タイプ7の人は、物事を理詰めで考え愚痴を言わず、地位に強い関心があり、失敗するといつまでも絶望したり、無気力になり、タイプ8の人は、温和で自己主張が弱く、過度に協調的で忍耐強く、従順で防衛的です。

 これらに該当する人は、それ以外の人と比較し数倍から数十倍の罹患率があると指摘されています。(続く)


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  癌治療6  性格と癌2 1998年4月15日号に掲載


{参考文献}臨床と薬物治療 1998 2 神奈川県立癌センター

 前号の続きです。

○のついてあるのは、癌にかかりにくいか、かかっても予後のよい性格、×はその反対、△は○と×の中間です。

○タイプ1:厳しい、命令的、干渉過多、過保護、面倒見よい、遊びやリラックスが下手
○タイプ2:妥協的、気が利く、命令的、自己主張型、衝動的、直感的、短期、責任感
△タイプ3:自由奔放、他者優先、開放的、面倒見よい、協調性・従順性が乏しい
?タイプ4:開放的、衝動的、責任感、他者優先、自己主張弱い、妥協的、順応的
○タイプ5:優しい、客観的、過保護、神経質、妥協的、順応的、他者優先、押し下手
△タイプ6:優しく親切、面倒見よい、妥協的、協調的、お人好し、自己主張弱い、他者優先
×タイプ7:責任感強、命令的、現実的、几帳面、冷静、自己中心、思いやり欠ける
×タイプ8:親切、面倒見よい、過保護、遊び下手、客観的、現実的、自己主張弱い、妥協下手
?タイプ9:客観的、現実的、リラックス上手、自己中心、思いやり・他者配慮欠ける。

 癌のステージを考慮せずに生存率を比較したところ、性格による相違はありませんでした。ところが、ステージ4にまで進行した癌患者のみを対象として生存率を比較した場合には、性格によって大きな差がでてきました。

 患者の中で「前向きに癌と闘っていこう」と思っていた人は、「私は癌でない」と否認したり「癌になってしまったのなら仕方がない」と諦めたり、絶望感に襲われてしまった人と比較して生存率が非常に良好であったことが報告されています。

 ストレスをためない、ストレスをうまく発散できることが、癌にならないポイントのようですがそれに加えて、何か教訓的ですが他人のことを考えない、自己中心的な人はだめなようです。

 筆者はタイプ4に○をつけました。また、タイプ9も自分に当てはまるような気がします。この2つのタイプについてはよく分かっていないようです。

 さて皆さんは、どのタイプでしたか?
7と8に○をされた方、気にしてはいけませんよ。気にすると余計ストレスがたまりますよ。


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   PBSCT
癌治療を考えるF (自己末梢血幹細胞移植)

   1998年5月1日号に掲載                                

 赤血球、白血球などすべての成熟血球に分化増殖し、かつ自己複製能を有する造血幹細胞は、造血臓器である骨髄だけではなく、末梢血にもごく少数ながら存在することが、古くから知られています。

 最近では、臍帯血にもたくさん含まれていることが明らかになり、臍帯血幹細胞移植が注目されています。骨髄移植は、骨髄に存在する正常な造血幹細胞の移植によって、造血機能の異常を正常化する治療法ですが、この骨髄幹細胞のかわりに、末梢血を循環している造血幹細胞を移植するのが末梢血幹細胞移植です。

peripheral blood stem cell transplantation〜PBSCTと呼ばれます。

 自己末梢血幹細胞移植;PBSCTは癌の治療に最近積極的に利用されています。PBSCTは癌化学療法後の造血回復期に骨髄から末梢血へ動員され一過性ながら著明に増加する末梢血幹細胞:PBSCを大量に摂取し、これを骨髄破壊的な超大量化学療法後の血液学的再構築に自家移植として利用するもので、癌の新しい集学的治療法として最近急速に普及しつつあります。これまでに集積された成績から、PBSCTは治療理念が同じである自家骨髄移植に比べて、いくつかの有利な点が指摘されています。

 PBSCTの適応としては、抗癌剤の大量適応に感受性を示す疾患で、骨髄破壊的な超大量化学療法に耐えうる全身状態を有し、骨髄機能の低下のない症例が選択されます。通常の癌化学療法を繰り返して治療抵抗性を獲得した例や、骨髄転移を来した例では、PBSCTによって可能になる超大量化学療法の有効性は期待できません。また癌化学療法を繰り返した例では骨髄機能が低下して十分量のPBSCが採取できなくなります。

適応疾患としては、非ホジキンリンパ腫、ホジキン病、急性白血病、多発性骨髄腫などの造血器腫瘍の他に、乳癌、卵巣癌、精巣腫瘍、神経芽腫胚小細胞癌などの癌化学療法に高い感受性を示す固形腫瘍が考えられ、PBSCTが積極的に利用されます。化学療法感受性の低い胃癌や非小細胞肺癌などは適応とはなりません。

非ホジキンリンパ腫は、治療抵抗例や予後不良例に対して、通常の化学療法よりも自家骨髄移植による大量化学療法の方が優れていることが明らかにされています。

{参考文献} JJSHP 1998 2
岡山大学第2内科教授 原田実根
 


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    テロメア  1998年5月15日号に掲載

癌治療8 

 

 テロメアとテロメラーゼについては薬剤ニュース210号ですでに述べていますが、ここでは癌との関係についてもう一度考えてみます。

 テロメアは線状DNAの末端にあり、細胞分裂の度に短縮し、それが一定の限界(50回)になるともう細胞は分裂することはできません。もう死ぬしかないのです。テロメアが回数券といわれる所以です

 しかし、死なない生物(細胞)もいるのです。人間の細胞でも生殖細胞では、無限の増殖が可能ですこれはテロメアを作って補うテロメラーゼという酵素があるからです。癌細胞のように無限に分裂する細胞にもテロメラーゼが有ります。

 テロメアの長さは分裂の激しい癌では一般に短くなりますが、それでも生存できるのはテロメラーゼが発現してその消耗を補っているからです。

 癌細胞の集団は必ず染色体数、形態が不安定となり、無数の異なった異常染色体と表現形質をもった癌細胞の集合体です。この異型性が癌細胞の特徴であって、染色体構造を安定化しているテロメアの極度の短縮による染色体相互の結合や転座(*注)が頻繁に起こると考えられるのです。仮に癌細胞にテロメラーゼが欠けているとしますと、テロメアがなくなり癌細胞は生存できません。

 テロメラーゼが癌に特異的に発現しており、成人では生殖細胞など特殊な細胞以外の体細胞で発現していないとすればテロメラーゼが癌の診断に使えます。またテロメラーゼを阻害すれば癌が治療できる筈です。まして生殖年齢を過ぎた大部分の癌患者には特異的治療になると予想されます。

 ところで、体細胞の寿命はテロメアの長さで先天的に決まっているように見えますが、テロメア短縮を促進する過剰栄養や遺伝子変異原物質、過剰運動を避けるならば、寿命の延長もある程度可能と云えましょう。

 「癌の征服と寿命」という人類にとっての夢がテロメアによって実現される日は近いのでしょうか?

{参考文献}JJSHP 1998.12

自治医科大学生化学第一教授 香川靖雄

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(*注)転座〜染色体異常の一つ。染色体の一部が切断され、同じ染色体の他の部分または他の染色体に付着・融合すること。同じ染色体の内部で起こった転座を、特に転位という。突然変異の原因となる。

 


 

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  癌治療9 1998年6月15日号に掲載

 癌細胞が消える日

 このシリーズは、以前連載していました「薬を飲んでも病気は治らない」のシリーズの最後に連載するつもりだったものです。

 当初そのシリーズでは現在の抗癌剤についてさんざん悪口を書くつもりだったのです。「患者よ癌と闘うな」という本が話題とされていた時期でした。また、そのころ厚生省も「固形癌については外科的な治療が適応である場合、その現状から奏効率の低い化学療法剤の適応を選択することは倫理的にも問題が残る」としています。(副作用情報No.127)

 ところが、薬剤部長から「悪口を書くだけならやめておけ、それよりももっと前向きに癌治療について勉強せよ」と指摘されたのでした。治療する医師の立場にたってみれば、治療に少しでも有効な情報が必要なのに、現在使っている抗癌剤をけなされてもしかたないのです。

 そこで、勉強しはじめたのですが、改めて抗癌剤の効かないこと、副作用が多すぎることなどを痛感しました。結局、薬だけでは癌は治らないことを再確認しただけです。このシリーズはその時の副産物で記事として使えそうな資料を何の脈略も無く掲載しただけのものです。

スポーツ報知 1998.5.9にこんな記事が載っていました。

「癌細胞が消えた:2種類の新薬」

 米ボストン子供病院研究グループが7日、マウスの実験写真を発表肺癌ができたマウスに、新薬のエンドスタチンの投与を続けたところ12日後に癌は消えた。

 もう1つの新薬アンジオスタチン、いずれも同病院のJ・フォークマン博士らが発見した蛋白質

 スポーツ新聞に載るということは、いかに癌について関心が高いかを示しています。現在はこの薬が実際に人間にも効果があることを祈るしかありません。(マスコミのはしゃぎすぎとの記事もその後すぐに掲載されていました。)

 とりあえずうやむやのうちにこのシリーズを終わります。癌治療に有効と思われる情報は随時掲載していきますが、次号からは、麻薬:モルヒネをとりあげていきたいと思っています。患者は癌と闘わなくとも、痛みとは闘わなくてはなりません。


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低用量化学療法 1999年6月1日号に掲載

 

 癌化学療法では、副作用がかなり現れる程度の使い方をしないと効果は期待できないという一般概念がありましたが、実際には副作用が強ければ中止せざるを得ず、治療効果も上がらないため低迷状態が続いていました。

 近年、良好なQOLや優れた治療効果や延命効果の得られる併用療法の開発が進み、エフェクターである抗癌剤を与薬する前後あるいは同時にモデュレーターと呼ばれる他の薬剤を併用することで、エフェクターの薬理動態を変化させ、抗腫瘍効果を高めたり、正常細胞に対する毒性を軽減して化学療法の効果を増強するというバイオケミカルモデュレーションの概念が導入され、注目されています。


 低用量化学療法は、抗癌剤による治療効果が期待されていなかった消化器癌の領域でも良好な成績が得られることが報告されるようになり、その中でも低用量の5Fuをエフェクター、少量のシスプラチンをモデュレーターとする化学療法が注目されています。

 具体的には5Fu300〜500mg/body/dayの
24時間持続点滴とシスプラチン5〜10mg/body/dayの1時間点滴静注とを併用する治療レジメンです。そのメカニズムとしては、まずシスプラチンが癌細胞膜に作用して細胞内へのメチオニンの取込を抑制し、細胞内のメチオニン量を減少させます。

 そうすると、細胞内のメチオニン貯留量の低下を防ぐために葉酸代謝が亢進してメチオニンが産生されるが、その際に増加する還元型葉酸(メチルテトラヒドロ葉酸)が5Fuの活性対であるフルオロデオキシウラジン モノフォスフェート(FdUMP)、およびDNA合成にに必要な酵素であるチミジル酸合成酵素(Thimidilate Synthetase:TS)との間で三者共同結合体を形成してしまうため、結果的にTSを減少させてDNA合成を抑制し、5FUの増強効果が得られます。

 副作用については、骨髄抑制や悪心、嘔吐などの消化器症状はかなり少なく、また出現してもその程度は軽度でした。従来のシスプラチン大量投与時に見られた腎障害は報告されていません。

 実際にこのような低用量で効果が期待できるのかという懸念もありますが、手術時に採取した癌組織を三次元的に培養しながら抗癌剤の感受性をを調べてみると、5Fuあるいはシスプラチン単独では増殖が抑制されないような低い濃度で2つの薬剤を併用して接触させると、癌細胞の増殖が抑制される症例が存在することが判明しています

 現在までに、この低用量5Fu、シスプラチン療法が薬剤耐性遺伝子を誘導するという報告はなく長期間にわたって継続しても耐性が出現してくることは無いものと思われます。

 試験管内では高濃度の化学療法剤と接触した癌細胞は壊死に陥り、低濃度の場合はアポトーシスを来すことが明らかにされています。壊死の場合は細胞の崩壊によって、流出した細胞内容物により周辺に白血球が集積して炎症反応が起こることが特徴であり、これらがさらに癌悪疫質の原因にもなると考えられています。

 これに対して、アポトーシスの場合は断片化した細胞がマクロファージなどに貪食されて処理されるため、炎症反応を伴わず、生体への侵襲がほとんどないことから、低用量化学療法が効率的に癌細胞をアポトーシスに誘導するというものであれば理にかなった治療となります。


シスプラチンの低用量化学療法

 ここで述べているシスプラチンの低用量というのは厚生省によって承認された用量よりも少なく、またシスプラチンは大腸癌や肝癌に対して適応外となっているので、各医療施設において担当医の医学的判断のもとに実施されているのが現状です。


{参考文献} JJSHP 1999.5
岐阜大学医学部 杉山 保幸

 


癌免疫再建療法
がん免疫再建療法
レトロネクチン
ナイーブT細胞


 癌免疫再建療法とは、癌患者のリンパ球をいったん破壊しておき、活性化された癌細胞攻撃能力を持った新しい免疫細胞を再び体内に戻し、癌免疫を再建する治療法です。

 米国でのグループが、癌の細胞免疫療法を行う再に、癌患者にあらかじめ抗癌剤などを用いて、患者のリンパ球を枯渇させておいてから、大量培養された患者のリンパ球を体内に戻したほうが、優れた治療成績が得られることを報告したことから、この療法が始められました。

 この療法には、矛盾があるように思われますが、癌患者の免疫系には癌組織を守ろうとする調節型のTリンパ球などが存在し、活性化した新しいリンパ球の働くを妨害することが知られています。

 抗癌剤によって、調節型のTリンパ球を破壊し、また、破壊された癌細胞がマクロファージや樹状細胞などの抗原提示細胞に癌抗原が多く提示された状態となっていることが予想されるため、細胞傷害性Tリンパ球が誘導されやすい環境となっていると考えられます。

 もう1つのポイントは、リンパ球の大量培養です。最近、リンパ球の拡大培養時にレトロネクチンという物質を用いると効率良くリンパ球の大量培養を行うことができるだけでなく、その増殖した細胞中に未分化な細胞であるナイーブT細胞の特徴を備えた細胞が多く含まれていることを確認されています。

 このナイーブT細胞は、癌細胞を特異的に破壊する能力を持った細胞傷害性Tリンパ球に分化し、長期間その機能を維持することが期待されます。

 抗癌剤使用後にレトロネクチンにより培養した細胞集団を用いることは、癌細胞特異的な細胞傷害性Tリンパ球の体内での誘導が期待でき、このナイーブT様細胞の特長を生かした抗腫瘍効果が期待されます。


     出典:日本病院薬剤師会雑誌 2008.5


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ワクチンはここまで来た。

2007年4月15日号 No.450

 ワクチンとは、本来病原性のある微生物の代わりに、免疫を持たせる目的で使う抗原微生物のことです。これまでのワクチンは、接種した人の体内で病原体や毒素に特異的に結合し、それらの活性を不活化するいわゆる中和抗体を誘導することによる効果がその本体でした。  それが近年になると、ウイルス性癌やアルツハイマーなどの多くの慢性疾患に関連する蛋白質に対して作用し、いわゆる治療用ワクチンの研究開発が進んできました。

 ワクチンの研究は従来の感染症予防のための“予防ワクチン”から、特定抗原を発現する細胞にそれを特異的に排除するCTL(cytotoxic T lymphocyte)の誘導を目的とした“治療ワクチン”へと研究の広がりを見せており、遺伝子治療技術の一つとしてワクチン療法も確立されつつあります。

 CTLはT細胞受容体(TCR)によって特異的に認識され排除されます。
また自然免疫の研究進歩により樹状細胞(DC:dendritic cell)が最も重要な抗原提示細胞として、抗体やCTLの活性化に深く関わっていることが分かってきました。

 さらに樹状細胞に発現するToll様受容体ファミリー(TLRs)が微生物の成分を認識し、初期生体防御に重要なインターフェロン誘導やサイトカイン誘導などに必須な役割を果たしていることが明らかになり、新しい免疫賦活剤(アジュバント)の研究開発に繋がっています。

<癌ワクチン>

 癌ワクチンは、癌抗原を人為的に与えることで、人体が本来持つ癌細胞を攻撃する免疫力を高め、免疫力によって癌を治療または予防する免疫療法です。

 主な癌ワクチン臨床トライアルでは、様々なウイルスベクターが用いられており、悪性黒色腫でのMAGE:melanoma antigen gene)、乳癌でのHER2/neu、大腸癌CEA(carcinoembryonic antigen:癌胎児性抗原)、各種癌でのWT1など、多くの癌抗原が報告されています。

 
ウイルスベクターは抗原の導入発現効率が高 く、免疫を増強するアジュバント効果も備え持つものが多いのが特徴です。

 現在欧米では、多くの臨床トライアルが進められていますが、フェーズVで期待されるほどの効果が得られていないのが現状です。現在の臨床研究の多くは、従来の標準療法(化学療法、放射線療法)に不応期の末期の対象患者に設定されているため、Tリンパ球の機能が過度に抑制されている状態で、治療効果をうまく引き出せないのがその一因となっている可能性があります。免疫能の温存された患者での評価が進めば、よりよい効果が期待できると思われます。

 単一の腫瘍抗原だけでなく、複数の腫瘍抗原の併用やサイトカイン製剤の併用などが治療効果を増強するためのポイントとなっていくと思われます。

<HPVワクチン>

 ヒト癌の1/3〜1/4はウイルス性で、そのうち約5.2%はヒト乳頭腫ウイルス(HPV)感染によって引き起こされており、HPV感染は癌の最も重要な原因のひとつと考えられています。

    HPV:ヒトパピローマウイルス Human papillomavirus

 HPVは性感染症であり、若年層に急速に広まっています。すでに10〜20台女性の20%に広がっているといわれ、子宮頚癌は世界で2番目に多く発症している女性特有の癌です。

 現在米国メルク社と英国グラクソスミスクラインがそれぞれワクチンを開発し臨床試験が始まっています。

        医薬ジャーナル 2007.3
                            長崎大学大学院医歯薬学総合研究科感染分子薬学研究室

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<医学トピックス>

インフルエンザワクチン

 現在、日本のインフルエンザワクチンは、発育鶏卵で増やした精製ウイルスから単離したHA蛋白を用いた不活化ワクチンを使用しています。

 このワクチンの問題点は、インフルエンザウイルスの流行型が毎年変わるため、流行株を予測してその年のワクチン株を決定していますが、必ずしも流行株とワクチン株が一致しない点にあります。

 このような状況が起こるのは、発育鶏卵での大量のワクチンの作成には長い時間がかかるため、流行株の予測が前年に行われているためです。

 流行株との不一致を出来るだけ避けるため、実際のワクチンはA型2種とB型1種の混合ワクチンが用いられていますが、不活化HAワクチンの効果は限定的です。

 現在試みられているH5タイプのワクチン効果はあまり高くないようです。これらの問題を解決する手段として、インフルエンザ生ワクチンの経鼻接種が米国で認可され、従来よりも高い免疫反応をが期待でき、日本でもその使用が検討されています。米国での治験では小児に対しても効果的であると報告されています。

 インフルエンザ予防ワクチンをより短期間で製造できるように、鶏卵の代わりに哺乳動物の細胞を使って製造工程を短縮している企業(外国)があります。

 さらに新たにDNAワクチンも開発中です。

 DNAワクチンは病原性の強いウイルスを取り扱う必要がなく。しかも3ヶ月以内に製造できるとのことです。
 


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