硝酸薬の耐性
1989年5月15日号 No.43
硝酸薬は現在、狭心症、うっ血性心不全の治療に最も良く用いられる薬剤の一つです。 すでに100年以上も使用され、その作用機序、薬効はかなり解明されてきています。 最近、その耐性が問題となり始め、作用持続時間の長いものほど耐性が生じやすいという {参考文献}JJSHP 1989.4 *硝酸剤の耐性発現1999年11月1日号(No.279)もご覧下さい。 |
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現在までに報告されている硝酸薬の耐性についての文献等をまとめてみます。
1、耐性を生じさせないためには、1日の中でも、血中濃度の低い谷間を作ることが必要
2、血圧と心拍数に対する耐性は早期に出現しますが、抗狭心症作用は耐性が生じにくい
3、テープ製剤は運動耐容量を指標とすると持続的血中濃度を維持できても、24時間後
には効果がなく耐性が出現するとされていますが、狭心症発作回数を指標にすると効果が
認められ、有効であるとする結果が得られています。
4、1日4回よりも、1日3回の方が耐性が生じにくい傾向にある。
5、硝酸薬に耐性が生じていても、舌下では、有効な場合が多い。これは舌下では著しく高い血中濃度が得られるためと思われます。
*耐性が生じていても、狭心症発作が抑えられることについてはプラセボ効果によるものとする意見もあります。
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硝酸剤持続使用の問題点
2004年2月1日号 N0.376
硝酸剤は心筋梗塞急性期での短期間使用は有用であることは確立していますが、収縮期血圧90mmHg以下もしくは心拍数50bpm未満では静脈内ニトログリセリンは有用ではないという報告があります。
また、狭心症に対する経口硝酸剤は、長期間使用の成績がないので単回づつにすべきであるという報告もあります。
長期間の硝酸剤の使用は陳旧性心筋梗塞患者の心事故発生を増大させるなど、近年、硝酸薬に長期間使用の問題点があいつで報告されています。
従来より、長期間のニトログリセリンの持続貼付では硝酸耐性が急速に生じるため、有効性が小さいとされており、心事故の原因として硝酸耐性の完成とともに、硝酸剤治療中の神経内分泌活性増大、間欠療法中の貼付剤除去後のリバウンド、冠動脈の過収縮が考えられています。
*間欠療法
間欠療法は有意な硝酸耐性やリバウンド現象を生じることなしに、運動耐容能や抗狭心症効果を増加させます。
陳旧性心筋梗塞での長期間の硝酸剤の持続使用は、心事故を増大させます。
硝酸剤間歇療法は、心事故を増大させませんが、心事故の防止効果はありません。
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心事故:致死性あるいは非致死性心筋梗塞再発、心臓突然死、心不全
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<硝酸剤耐性の機序>
硝酸剤の耐性は薬の種類や内服・貼付等の経路によらず出現します。その機序についてはチオール(SH)基の枯渇、一酸化窒素(NO)変換低下、グアニル酸シクラーゼ活性低下、cGMPホスホジエステラーゼ活性の亢進といった平滑筋細胞内での耐性(真の耐性)と神経体液性因子の活性、血管内容量の増加といった細胞外での耐性(偽の耐性)が仮説として提唱されています。
近年、スーパーオキサイドに関連して耐性が発生するという説が注目されていますが、結論は出ていません。
<硝酸剤耐性の機序に関する最近の仮説>
硝酸剤の使用によりアンジオテンシンIIが増加し、スーパーオキサイドとエンドセリンが産生されます。
スーパーオキサイドは硝酸剤から一酸化窒素(NO)産生を低下させ、グアニル酸シクラーゼへの刺激が減少します。
エンドセリンの増加は、プロテインキナーゼ(PKC)を活性化させ、血管収縮物質への反応性が亢進します。
この両者の機序により、硝酸薬の血管拡張反応が低下し、硝酸剤耐性が発生すると考えられます。
従って、アンジオテンシン受容体拮抗薬やACE阻害剤、抗酸化剤、エンドセリン拮抗薬、PKC遮断剤が耐性を予防する可能性が考えられています。
この説では、血管内皮と平滑筋がフリーラジカルを産生し、その結果、NOが分解や補足により減少すること、同時にエンドセリン1を産生し、プロテインキナーゼC活性化を介して様々な収縮物質に対する血管の反応性を亢進していることが提唱されています。
この仮説は、現在最も支持されていますが、一方で、最近になって活性酵素による硝酸剤耐性の発現を疑問視する報告も出ており、今後更なる研究が必要です。
{参考文献}日本薬剤師会雑誌 2004.1
医薬ジャーナル 1999.9
*硝酸剤の耐性発現1999年11月1日号(No.279)もご覧下さい。
医学・薬学用語解説(れ)
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硝酸薬耐性
2010年12月15日号 No.535
硝酸薬が持つ血管拡張作用は、虚血性心疾患や心不全治療に極めて有用です。しかし連用するとその効果が減弱する“耐性”が発生します。
硝酸薬耐性を獲得した血管では、おそらくは酸化ストレスの亢進機序により、硝酸薬からのNO(一酸化窒素)生成や生成したNOの作用が減弱するだけでなく、血管内皮機能も障害されます。
硝酸薬耐性の発生機序は、硝酸薬の作用に対しホメオスタシスを保持しようとする生体の機序(カウンターレギュレーション)に起因するものと、硝酸薬の作用部位である血管壁での機序に起因するものとに大別できます。 しかし現在の様々な仮説が提唱されている段階で、いまだに一定した見解は得られていません。
<交叉耐性>
硝酸薬は、細胞内に取り込まれた後、NOまたはその類縁物質に変換され、可溶性グアニル酸シクラーゼ活性化(sGC)
↓
細胞内サイクリックグアノシン1リン酸濃度上昇(cGMP)
↓
cGMP依存性プロテインキナーゼ-T(cGK-T)
の経路を介して最終的に血管平滑筋を弛緩させます。
血管壁でのO2-産生が増加すると、NOの分解が促進されるとともにsGCやcGK-Tの活性や発現量が低下し、NOによる血管弛緩反応が減弱する可能性があります。
このような条件下では、硝酸薬による血管弛緩反応とともに、ニトロプルシドNaなどの NOを自発的に遊離する薬物による血管弛緩反応や内皮依存性の血管弛緩反応も減弱します。(交叉耐性)
<内皮機能障害>
硝酸薬の長期服用は、内皮細胞刺激による内皮細胞でのNO産生を減少させ、内皮依存性血管拡張反応を減弱させる(血管内皮機能障害)可能性も報告されています。
これらの機能障害により内皮依存性の血管トーヌス調節機構に異常をきたし、結果として硝酸薬による血管拡張作用が減弱する可能性もあります。
<対策>
硝酸薬耐性を防止する最も有効な方法は、連用を中止することです。米国(FDA)では、硝酸薬の服用間隔を不均等にするなどの服用法を工夫するように勧告しています。
ただし、硝酸薬の血中濃度の低下にともなって狭心症発作が誘発されるリバウンド現象には注意が必要ですし、虚血や心不全の病態によっては冠血流や血行動態の維持を優先し、米国のような間歇的服用法を行うべきではないとも言われています。
実際の臨床では、耐性予防のための予防対策は行われておらず、多くの場合は他の治療薬との併用(Ca拮抗剤、β遮断剤、利尿剤)などで硝酸耐性への対処が行われています。
*硝酸薬耐性発生時の内皮機能障害は、血管組織での酸化ストレスなど、高血圧、糖尿病、脂質異常症などで認められる慢性的な血管病態と数多くの類似点を持っており、これらの病態で認められる内皮機能障害は、その後の心血管イベントの予測因子とも考えられます。
{参考文献} 医薬ジャーナル 2010.11
2010年12月15日号 No.535
PSGとは、polysomnographyの略号で、睡眠障害を確定診断するための生理検査のことです。
夜間睡眠中の、脳波(睡眠の深さを判定)、眼電圧(レム睡眠の判定)、筋電図(オトガイ筋の緊張)、呼吸運動(無呼吸の判定)、心電図(不整脈の有無)、パルスオキシメーター(動脈血中酸素飽和量)を同時に測定する検査で、終夜睡眠ポリグラフとも呼ばれています。
PSGは、近年、成人病との関連が指摘されている睡眠時無呼吸症候群(SAS)の診断に用いられる検査として注目され、専門病院やクリニックで普及しています。
SASとは、1時間あたりの無呼吸(口、鼻の気流が10秒以上停止)と低呼吸(50%以上の換気量低下が10秒以上継続)を合わせた「無呼吸・低呼吸指数」(apnea hypopnea index:AHI)が5以上かつ日中の過眠などの症候を伴う場合と定義され、AHIが5〜15を軽症、15〜30を中等度、30以上を十町と分類します。 中等度以上のSASではSASがない人に比べて、高血圧、冠動脈疾患、脳梗塞の罹患率がそれぞれ2、3、4倍高いとの報告があり、成人病の原因となるSASを診断する検査としてPSGは重要です。
終夜測定を行うSAG検査は入院の必要があり測定の為の特殊な精密機器の装置は専門の検査技師が行う複雑性があります。そのため、通常はPSG検査の必要性を判断する為に前もって簡易検査を行います。簡易検査ではメーター、鼻にいびきや呼吸を調べるセンサーを取り付けて就寝するだけで、無呼吸の有無を自宅で調べることが可能です。
SASは、閉塞型(気動の閉塞)、中枢型(呼吸中枢の低下)とそれらの混合型に分類されますが、最も多いのは閉塞型です。全国で100〜200万人が閉塞型のSASに罹患していると言われており、中年以降では男性の約4%、女性の約2%に見られるとの報告もあります。
{参考文献} 日本病院薬剤師会雑誌 2010.12
<<用語辞典>>
Coronary Steal
盗流現象
本来、心臓へ流れるはずの動脈血が冠動脈の障害により、他の血管へ流れが変わり酸素と養分が供給されなく成る現象。
ニトロペンの添付文書より
ニトログリセリンは冠血管スパズム(攣縮)を緩解し冠血流の減少を抑制する作用や、比較的太い冠動脈を拡張することでCoronary Steal(盗流現象)を起こさないことが知られている。
PK/PDモデリング (PK/PD理論)
薬剤の用法・用量と体内薬物濃度の時間推移との関係を表す薬物動態PK;Phamacokineticsと
体内での薬物濃度と薬理効果の関係を表す薬力学PD;Pharmacodynamics
を統合して解析し与薬法と薬物濃度や薬効強度の間に関連性をみいだすことです。
PK/PDモデリングは、個々の患者に見合った与薬法の設定が可能となるだけでなく、有効性・安全性を保証する用法・用量の化学的根拠となる情報となります。そのためには個々の患者のPK/PD情報の蓄積が重要とされています。
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薬物の使用量と血清遊離型薬物濃度の関係について解明する学問を薬物動態学といい、血清遊離薬物濃度と薬物の効果の関係について解明する学問を薬力学といいます。
薬物使用量と薬効は必ずしも相関しませんが、その原因は薬物動態学的な個人差に起因しています。
このうち特に代謝での個人差は最も大きく、遺伝的要因が関与しています。吸収、分布、排泄の個人差は主に病態の変化に起因することが多いと思われています。
血清遊離型薬物濃度と薬物の効果・副作用の関係(薬力学)にも個人差はありますが、受容体の遺伝多型など未だに解明されていない点が多々あります。
出典:医薬ジャーナル 2000.11 等
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血中濃度と薬効の関係
2011年1月15日号 N.536
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PK/PDそしてTDM
PK:Pharmacokinetics
薬剤の用法・用量と体内薬物濃度の時間推移との関係を表す薬物動態
バイオアバイラビリティー(生物学的利用度)、分布容積、クリアランスなど薬物動態を想定するパラメーターが、患者の年齢、体重、病態、肝臓・腎臓の機能、遺伝的要因、環境的要因などによって変動し、薬物血中濃度の差異を生じさせます。
PD:Pharmacodynamics
体内での薬物濃度と薬理効果の関係を表す
薬力学
作用発現に関与する生理的環境の違い、薬物の効果器(受容体など)の濃度、受容体と薬物の結合強度の違いなどが、疾病の状態、年齢、薬物治療の経過などのよって変動し、作用・副作用の強さ、頻度などが患者ごとに異なってきます。
多くの場合、薬物の効果や副作用を直接的にモニターすることはできませんが、効果・副作用の強さを決定する因子としては薬物の血中濃度が関連づけられるとき、薬物血中濃度は、用量・用法を決定する上で有用な情報となります。
表ページで述べた血中濃度の個人差があったとしても、個人での変化を追跡するのに血中濃度測定(TDM)は、重要です。各個人で血中濃度を管理することで、安定した薬効が期待できます。
亜鉛と免疫
2008年5月15日号
No.475
現在までに、亜鉛は300以上の酵素の活性維持に重要であることが分かっています。
実際に亜鉛結合能を持つ蛋白質は全遺伝子の10%を超えるとの報告もあります。これまで、概念的には、細胞内の亜鉛と蛋白質との結合は強固で、蛋白質の構造を維持して生体の恒常性を保つと考えられてきました。
しかし最近、いくつかの細胞腫で細胞内の遊離亜鉛濃度の変化が細胞内信号伝達系と関連するとの結果が得られています。
亜鉛と免疫機構の密接な関連を示す例として腸性肢端皮膚炎(Acrodermatitis
Enteropathica)があります。この疾患は、感染性の重篤な皮膚炎とともに、血清中の亜鉛濃度が著しく低い遺伝性のものです。
その責任遺伝子が2002年に亜鉛トランスポーターZip4であることが明らかにされました。
Zip4は主に腸管に存在して食物中の亜鉛を取り込むことに関与しています。つまり生体内で亜鉛濃度が減少すると免疫系が不全となり皮膚での感染に対する抵抗性が低下します。
さらに、亜鉛欠乏マウスを用いた実験から、亜鉛濃度の減少はT細胞、B細胞、NK細胞などの免疫系細胞の機能不全、それに引き続く外来光原への易感染性を導くことが分かりました。逆に亜鉛過剰では神経障害などが生じます。
最近、亜鉛と細胞内信号伝達系に関して、獲得免疫のT細胞の反応性を制御する樹状細胞(下記)で興味深い結果が得られいます。
すなわち、外来光原の侵入時には樹状細胞は活性化してT細胞の抗原特異的な反応を惹起します。樹状細胞の活性時には細胞内遊離亜鉛が亜鉛トランスポーターの発現依存的に減少します。
さらにこの細胞内遊離亜鉛の減少が無ければ樹状細胞は活性化しませんでした。
また、アレルギー疾患で中心的な役割を果たす肥満細胞で亜鉛の細胞内信号伝達機構への関与が示されています。
肥満細胞に花粉などの抗原刺激が入ると数分以内に細胞内の遊離亜鉛濃度が上昇し、サイトカインなどの液性因子の発現が上昇することが示唆されています。
これらの事実から免疫細胞では外来刺激によって、細胞内で亜鉛の受け渡しが蛋白質間で起こり、細胞の活性化状態が決定されている可能性があります。つまり、亜鉛は細胞内のセカンドメッセンジャーの働きをしている可能性があります。
{参考文献} メディカル・トリビューン 2003年3月6日
大阪大学大学院生命機能研究科免疫発生学
村上正晃
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樹状細胞
DC
dendritic cell
出典:医薬ジャーナル 2000.11
樹状細胞(DC)は、皮膚、気道粘膜、消化管粘膜などの常に抗原の曝露を受ける臓器に存在し、侵入してきた抗原を補足し、T細胞を介した細胞性免疫を誘導します。また液性免疫の主な担い手であるB細胞の制御には、二次リンパ組織に存在する濾胞樹状細胞(FDC)が深く関与しています。
樹状細胞はアトピー性皮膚炎をはじめとするアレルギー疾患との関連が注目されています。
DCワクチン療法
出典:医薬ジャーナル 2001.3
樹状細胞は生体内で最も強い抗原提示細胞(APC:antigen
presenting cell)で、腫瘍抗原と組み合わせることにより、患者体内で腫瘍特異的キラー細胞(CTL)を誘導します。
樹状細胞療法の対象疾患は、固形腫瘍のみならず造血器腫瘍にもおよび、今後は造血幹細胞移植療法を組み合わせた集学的細胞治療が、臨床応用されていくと思われます。
悪性腫瘍に対する樹状細胞療法は、強力な抗原提示細胞である樹状細胞に患者由来の腫瘍抗原を強制提示させる能動免疫療法(ワクチン療法)で、そのレスポンダーはCTLを中心とした患者Tリンパ球です。
しかし現在の臨床試験の多くは、対象患者を従来の標準療法(化学療法、放射線療法)に不応期の末期に近い進行期に設定されています。このような症例ではTリンパ球の機能が過度に抑制されており、いくら有能な樹状細胞(DC)を調整し抗原性の高いペプチドを使用しても、治療効果をうまく引き出せない可能性があります。今後は、腫瘍量の少ない免疫能の温存された患者を対象として行くべきと思われます。
また、単一の腫瘍抗原のみではなく、複数の腫瘍抗原を併用すること、サイトカイン製剤の併用などが治療効果を増強するためのポイントとなっていくと思われます。