モルヒネの使い方
◎ モルヒネの使用法(1991年3月15日号)
1998年7月1日号 〜10月1日まで連載したものです。 1.金持ちがモルヒネ中毒にならなかった訳 3.モルヒネの副作用 追加記事:モルヒネの吸入療法 、フロセミドの吸入療法 |
モルヒネの吸入療法
出典:外科治療 Vol.76 No.4 1997
<目的>
癌末期患者の呼吸抑制の改善
<利点>
1、速効性がある。2、副作用が少ない。 3、必要なときに自分で使用できる満足感がある。
効果発現までの時間は、平均10分と短時間であり、肺や気道の末梢受容体への直接効果が存在すると思われる。一般にモルヒネの全身投与に比べて、吸入の方が有効率が低い理由は、局所効果が主体で、中枢への影響が少ないためと考えられる。副作用が少ないことも同様の理由と思われる。
<使用法>
塩酸モルヒネ3〜5mgを生食5〜10mlに混合して超音波ネブライザーを用いて吸入する。
呼吸抑制改善の作用機序
1、呼吸中枢で呼吸困難の感受性を低下
2、呼吸数を減らし換気運動による酸素消費量を減らす
3、気道のオピオイドレセプターを介し、気道分泌や咳嗽の誘発を抑制
4、中枢性鎮咳効果
5、内因性のエンドロフィンの誘発
6、中枢性の鎮静効果
7、心不全の改善効果
・モルヒネの受容体は、脳や末梢組織のあらゆる場所に存在する。
・換気や多呼吸に対する変化の大きさと、血中モルヒネの濃度が相関していない。
・複数の機序が相互に関与する。
などからモルヒネによる呼吸困難の改善機序を正確に分析することは難しい。
モルヒネ 経口から注射への切り替え
経口投与量の1/2のmg数を持続皮下注入するとよい。(肝臓で代謝を受けずに循環血液中へ入るため)
静脈路が確保されている時は、点滴静注してもよい。
ときに1/3量でよい患者がいる。
持続点滴が便利、この時は小さな補液びんにモルヒネ注をいれ、側管でつなぐのがよい。大型びんにモルヒネを希釈させると、痛みがあらわれたときに滴下量を増やしたとき余分な水分が補給されてしまうし、残余液の処理も容積が増えるため麻薬廃棄手続き上不便。
1ml中に10mgのモルヒネの注の割合で希釈、1時間に1〜2mlの速度で点滴
出典:日本薬剤師会雑誌 1995 4、医療用麻薬の利用と管理95
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経口モルヒネ1日量の50%量を、経口時の血中濃度は最高になるまでの時間に持続注入で開始します。
例えばMSコンチン100mg、8時、20時服用中であれば、MSコンチンの血中濃度が最高になるまでの時間は2〜3時間なので、8時に50mgMSコンチン服用後、10時くらいまでに1日50mgで持続注入を始めると、痛みの出現は少なくなります。
逆に1日50mgで持続注入していた場合は、持続注入が終わればすぐにMSコンチン50mgを服用してもらい、1日100mg分2で続けます。
以上は一応の目安なので、患者の状態により調整が必要です。
出典:医薬ジャーナル 2001.9
フロセミドの吸入療法
モルヒネの呼吸困難に対する療法
ラシックスの吸入により、気管支上皮のNa+、-K+、-2CL-の共輸送体が抑制され、受容体周囲の細胞外液にNa+とCl-が増加します。
それにより、肺進展受容体活動の増加と、肺イリタント受容体活動が低下し、呼吸困難が緩和されます。また、会話や嚥下に重要な息ごらえ時間を延長するとされています。
ラシックス20mg/Aに生食を加え吸入します。副作用はほとんど認められません。
副腎皮質ホルモン依存性の難治性喘息に対する有効性の報告はありますが、末期癌患者の呼吸困難に対しては、いまだ一致した見解は得られていません。
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オピオイドローテーション
欧米では、複数のオピオイドを患者の状況、オピオイドの反応性、副作用の発現により使い分けています。
日本では、まだ使用できるオピオイドに限界があり、欧米ほど選択肢はありませんが、使用可能な薬剤でオピオイドローテーションを行う必要があります。
注意しなくてはならないのは「基本であるモルヒネを使いこなすことなく、安易に他の薬剤を使用しないこと」です。モルヒネの標準的な副作用対策を施行する前に他剤に変更したり、至適濃度を見つける前にモルヒネを無効としたりしないことです。
<例>
オピオイドはモルヒネを中心とし、副作用が出現し軽減できない場合、または腸閉塞、腎機能障害など副作用が予測される場合、フェンタニールを選択。
また、モルヒネやフェンタニールでも副作用が回避できない場合は、エピタゾシン(セダペイン注)を使用。
出典:薬の知識 ライフサイエンス社 2003.6
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オピオイド・スイッチング・ローテーション
opioid switching & rotation
各々のオピオイドは受容体との結合状態が少しずつ異なっており、薬理作用にも差異があり、鎮痛作用や副作用の程度も異なっています。また、個々の患者の状態によって薬物動態は異なり、それぞれの薬剤による薬理作用のバランスも患者によって違ってきます。
したがって、新しいオピオイドの使用に切り替えることにより、鎮痛作用と副作用のバランス(opioid
responsiveness)が改善する可能性があり、使用薬剤や投与ルートの変更で疼痛管理の改善を図ることが可能です。
モルヒネの経口で、幻覚、譫妄、眠気、嘔吐、そう痒感などが問題となった場合には、これらの副作用の発現が少ないオキシコドンの内服に切り替えます。また、モルヒネによる傾眠や便秘などが問題となる場合には、フェンタニルへの切替が有効です。
フェンタニルへの切り換えは薬剤の変更だけでなく、与薬ルートの変更でもあります。同じオピオイドでもルートの変更により鎮痛作用が改善することがあり、opioid
responsivenessの低い場合には、薬だけでなくルートの変更も考慮すべきです。特に全身与薬によるオピオイドの鎮痛作用に限界がある場合、またあらゆる鎮痛補助薬でも副作用がコントロールできない例では、脊髄のオピオイド受容体への作用を目的とした、硬膜外とクモ膜下ルートにより、著明に改善することも多く見受けられます。
与薬ルート別モルヒネ量 経口:1、直腸:2/3〜1、注射:1/3〜1/2、硬膜外:1/10〜1/15
癌疼痛の治療の中心がオピオイドであることは間違いありませんが、多様な病態を持つ癌疼痛のすべてがオピオイドに対して良好に反応するとは限りません。約20%で反応は不良で、このような症例では、鎮痛補助剤や神経ブロックなどを必要とします。
出典:大阪府薬雑誌 2008.1
緩和ケア概論
Palliative care
2009年11月1日号 No.509
比較的最近まで日本では、緩和ケアが意味するものは「悪性腫瘍とりわけ終末期の癌に対する緩和ケア」でした。しかし現在では、「心身の苦痛・苦悩を伴うあらゆる疾患で、終末期に限定することなく、苦痛・苦悩の緩和のために行われるケア」という概念で捉えるのが一般的になりつつあります。
日本では、今のところ、癌や肉腫などの悪性疾患とHIV(エイズ)のみを緩和ケアの対象としていますが、それ以外に心疾患(例:拡張型肥大心筋症、抗癌剤の副作用による心筋融解など)、呼吸器疾患(例:慢性閉塞性肺疾患・慢性肺高血圧症など)、神経疾患(例:筋萎縮性側索硬化症・多発性硬化症・ハンチントン舞踏病など)、腎疾患(非透析導入患者)、認知症などの非悪性腫瘍性疾患も対象になるとされてきています。
疾患によって、死に至る経過のパターンが異なるためそれぞれの特性を踏まえ、個別に具体的かつ適切なテーラーメイドの緩和ケアを提供する必要があります。また生命維持のために闘うことと、不可避である死を受容することのバランスを取っていくことが大切です。
<QOL(クオリティオブライフ)>
QOLは、各人の人生での主観的な満足に関連し、人格のあらゆる面から影響を受けるものです。患者さんの希望は「期待」というよりは「強い願望、野望」に近く、現状とは一致しません。QOLを上げるには現状と希望との格差(ギャップ)を縮めればよいのです。
大きすぎる希望は時としてQOLを低下させますが、希望がない状態もQOLを低下させてしまいます。患者さんの大きすぎる希望を、最終目標として設定肯定し、その上で小さな目標を設定し、そこに目を向けてもらうようにします。
<緩和ケアWHOの定義>
緩和ケアとは、生命を脅かす疾患に関連する問題に直面している患者と家族の痛み、そのほかの身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に同定し、適切に評価と対応することを通して、苦痛を予防・緩和したりすることにより、患者と家族のQOL(クオリティオブライフ)を改善する取り組みです。
1.痛み、その他の苦痛な症状の緩和を図る。
2.生きることを肯定し、死に行く過程を正常なものとして尊重する。
3.死を早めることも、遅らせることも意図しない。
4.患者の心理的・スピリチュアルな面を統合したケアを行う。
5.死の時まで、患者が前向きに生きていけるように支援する。
6.患者の療養期間も死別後も、家族が対処できるよう支援する。
7.患者と家族が必要とする事項についてチームで対応する。
8.QOLを向上させ、療養期間に肯定的な影響を与えるようにする。
9.化学療法や放射線療法などの延命治療や合併症の診断・治療を行っている早い病期より適応する。
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you can't die cured but you can die healed
治って死ぬことはできないが、癒されて逝くことはできる。
{参考文献}治療 2009.10
<医薬品トピックス>
チームABC
チームABCとは、MDアンダーソン癌センター準教授・腫瘍内科医の上野直人氏が提唱している“がんチーム医療(チームオンコロジー)でのチーム構成の概念です。
チームAはActive care
teamで、医師、看護師、薬剤師、栄養士など、患者さんの問題に対して直接医療を提供するチームです。患者さんの問題に対して直接医療を提供するチームです。
チームBはBase support teamで、臨床心理士、音楽療法士、アロマセラピストなど、患者さんの心を担当するチームです。
チームCはCommunity resouceで、家族、友人、研究者、メーカー、マスメディア、財界、政府など、医療従事者以外の間接的に患者さんにかかわる人たちです。
この3つのチームは患者さんの為にABCそれぞれが役割と機能を持ちますが、それには必ずしも固定したものではありません。
「患者さんの満足」という共通の使命と目的の為に、それぞれの役割と機能も時に拡張して重なり合うことがあります。そのためのは、チーム内の連携と共有、チームAとBのお互いのコミュニケーション、さらにチームCによるチームAとBのサポートが必要となります。
ただし、医療従事者は患者さんに対し責任を負うプロフェッショナルであり、チームAは各専門のプロフェッショナル集団でなくてはなりません。
{参考文献}日本病院薬剤師会雑誌 2009.10