1998年10月1日号 254 関連項目:疾病の性差と副作用の性差
ストレス反応の男女差
女性の方が男性よりストレスに強いとよく言われます。日本人の平均寿命は女性の方が長く平均で約6年の開きがあります。これは、女性の方がストレスに強く、その積み重ねとして、加齢の進み方が男性より遅いためだと思われます。 また、女性の発癌率は男性の約1/5であり、女性の動脈硬化の進み方も男性より遅くなっています。これもストレス反応に男女差があるからではないでしょうか。 女性がストレスに強い理由として、女性に特有のエストロゲンやプロジェストロンが深く関与している可能性が示唆されています。 |
女性ホルモンは“ストレス吸収ホルモン”として働いている可能性があります。マウスでの実験では、ストレスが女性ホルモンの分泌を誘導しています。
ストレスで誘導されたカテコールアミン群は生体を興奮させ、攻撃反応や、逃避反応を引き起こすためのエネルギーを作り出す元になります。しかし、このような反応が抑圧されたり、繰り返された時は、交感神経緊張により、血行障害(高血圧)や顆粒球増多(組織破壊)がもたらされます
これらの反応を緩和しているのが、コレステロール骨格を持つグルココルチコイドや性ホルモンと思われます。
オスのマウスではカテコールアミン群の産生が強く起こり、一方、メスのマウスではカテコールアミン群の産生が弱く、また、女性ホルモンの放出によって、顆粒球誘導に差が生じているものと考えられます。
顆粒球誘導の少なさは交感神経の過緊張が起こりにくい事を意味し、他の交感神経緊張症状(血行障害など)も少ないものと予想されています。これが、女性がストレスに強いメカニズムです。
グルココルチコイドや性ホルモンは、生理的な濃度で胸腺の萎縮や、顆粒球増多を抑制する働きがあります。これが、ストレスを吸収する(やわらげる)作用です。しかし、これらを大量に使用すると、逆に胸腺萎縮や顆粒球増多を招くという正反対の作用が現れます。
このことは、臨床の場でステロイドホルモンを使用する際には極めて重要で、この現象を正しく理解している必要があります。
グルココルチコイドや性ホルモンは、ステロイド骨格を持ち側鎖が酸素分子や水酸基(−OH)がいまだに結合していず、いわゆる不飽和状態になっています。このため、酸素分子、水酸基、フリーラジカルなどに対する高い吸着作用を発揮しみずからは酸化していきます。逆に、生体分子側から見ると還元反応を引き起こしていて、このため、強い抗炎症作用を表します。
しかし、これらは生体にある時間停留すると酸化コレステロールとなり、まわりの組織も酸化してしまいます。これにより、逆転して起炎作用を発揮しだします。アトピー性皮膚炎にステロイド軟膏を塗りすぎた時に病状が悪化するメカニズムと同じです。局所及び全身に顆粒球増多が出現し、炎症を引き起こします。体調は交感神経優位の状態となり、末梢の血行障害も出現します。
ストレスをうまく発散すると長生きできるというのは、やはり本当のようです。
・日本の各都市の住民の平均寿命を調べたところ、環境因子と寿命の関連性が出てきました。
・男性は気圧、女性は温度により強い影響を受けています。このメカニズムは、やはり自律神経の活性化を通して、免疫系や循環系に影響を与えて起こっていることが示唆されています。
{参考文献}治療
1998.5 新潟大学医学部動物学教授 安保
徹
ストレスとホルモン
ストレスは生命そのものであり、その存続を保証するため外部環境との妥協で生じている一種の緊張した平衡状態です。生命のあるところ常にストレスがあります。ストレスを生じる原因をストレッサーと呼びますが、これは個に加えられた機械的刺激であり、それまで均衡を保っていた個のホメオスタシスの状態を破ろうとする新たな侵襲です。個や種はこれに対し自らを守るためにあらゆる反応(ストレス反応)を起こします。
ストレス反応を個の内部で担うホルモン(内分泌系)反応で重要なのは次の2つである。
1)交感神経〜副腎髄質系と2)視床下部〜下垂体〜副腎皮質系(HPA系)です。
1)のホルモンは副腎髄質や交感神経末端から分泌されるエピネフリンとノルエピネフリンであり、これらの血中上昇(過分泌)はストレス反応での胸の高鳴り、血圧上昇、発汗、血糖上昇、覚醒、戦闘態度等の基礎反応の原因となります。
2)のホルモンは主に3種類から成ります。上から視床下部の傍室核(PVN)に多量に存在し、下垂体門脈系という血管系に分泌される(CRH)、下垂体前葉から分泌されるACTH,およびACTHの標的である副腎皮質から分泌されるグルココルチコイドで、これらの3種類のホルモンは相互連動して消長しています。
CRH、ACTH、グルココルチコイドはこの順にヒエラルキー(階層制)を形成しており、CRHが日内変動(サイーカディアンリズム、血中濃度が朝方に高く、夜間に低下すること)やパルス変動の機序で分泌変化を生じると、そのまま下位のACTH、グルココルチコイドも同様の変化を二次的、三次的に起こします。ACTHを介して反応するグルココルチコイドの作用こそストレス時には重要です。
グルココルチコイドの作用は血圧上昇、血糖上昇(糖新生の増加)、心収縮力の上昇、心拍出量の上昇、さらにはカテコールアミンの作用に対しては補助作用を示すなど多方面にわたっています。
ストレス状態に置かれた固体にとってグルココルチコイドはカテコールアミンとともに重要な生体防御ホルモンである。ストレス状態を生じる刺激をストレッサーといいますが、これには種々の分け方があります。
<急性ストレッサーと慢性ストレッサー>
急性ストレッサー〜死の危険、恐怖、大変な驚きや悲嘆、精神的ショック、外傷、痛み、大出血、急性細菌感染、高熱、寒冷環境、低血圧、低血糖など文字通り個の存亡が問われる侵襲です。ホルモン分泌の反応(内分泌的反応)は、1)、2)の量系統を動員します。
すなわち、カテコールアミンの上昇とCRH生成(視床下部)の反応、下垂体門脈へのCRH過分泌、これを受けてACTH(下垂体)の血中濃度上昇グルココルチコイド(副腎皮質)の血中上昇などです。
CRHを含むCRHニューロンは視床下部のPVNに最も密度が高く、中枢神経系のほぼどこにでもCRHを証明することは、日内変動の例に明らかなようにHPA系機能が中枢神経系の影響下にあることの証明でもあります。CRHニューロンが密に集まっている視床下部では抗利尿ホルモンであるバゾプレッシン;AVP:arginine
vasopressinも生成されます。
CRHニューロンがAVPを含む場合(CRH+,AVP+)と含まない場合(CRH+、AVP−)がありますが、急性ストレッサーの刺激に際して視床下部(median
eminece)に認める所見はCRHとAVPの両者増量です。興味深いことに、AVPは下垂体黄葉ホルモンとして単独でも前葉のACTH分泌を刺激します。のみならず、AVPはCRHのACTH分泌作用(ACTH分泌に対する単独作用ではCRH>>AVP)を相乗的に増強させます。
急性ストレッサーの特徴はこのようにCRHとAVPの両者増量(視床下部)であり、そのいずれもがACTH(従ってグルココルチコイド)分泌を促進する方向に作用することです。
一方、慢性ストレッサー(急性ストレッサーとしてあげた諸刺激が数週間以上にわたり繰り返される慢性刺激状態:例えば、心理的ストレッサー、慢性炎症、満性感染症など)の場合では視床下部のAVPの増量は認めるものの同CRHは相対的に低下します。視床下部のCRHは低下するにもかかわらず、ACTH・コルチゾールはCRHレベルに不相応に血中に高いという状態が出現します。例:神経性食欲不振症、うつ病など
この場合、CRHに代わってAVPがACTH(グルココルチコイド)が分泌を刺激しています。つまり慢性ストレッサーの加えられている状態はHPA系は正常な相互関係(位階性と下位ホルモンによるネガティブ・フィードバック)を失っています。
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交感神経-副腎髄質系
正しくは、視床下部-交感神経-副腎髄質系といいます。
視床下部-下垂体前葉-副腎皮質系(HPAシステム)とともに、ヒトのストレスシステムを構成しています。
脳幹の青斑核(LC)は、この交感神経-副腎髄質系の中核に位置し、ノルエピネフリンを主要な神経伝達物質としています。
中枢神経の諸機能を調節するとともに、末梢のエピネフリン、ノルエピネフリン系の調節に関与しています。なお唾液腺では末梢性のアドレナリン作用として、α1受容体で水、β受容体でアミラーゼなどの蛋白の分泌が亢進されることが動物実験で分かっています。つまり不快なストレス状態で生じる口の渇きは、従来考えられていたような交感神経による直接的な分泌抑制ではありません。
出典:ファルマシア 2007.1
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ストレスと病気に介在するもの
{参考文献}治療 2000.9(安保徹)
精神的ストレス(心の悩みや不安)や身体的ストレス(働き過ぎや不規則な生活)が病気を引き起こすメカニズムとして、交感神経緊張によってもたらされる血流障害と顆粒球増多があげられますが、さらに介在する因子があります。
<<潜伏ウイルスの顕性化>>
体の中には、多くのウイルスがプロウイルスという形で遺伝子中に潜伏していて、体の抵抗力が弱まった時に顕性化します。そして体の方に余力がある時はリンパ球を増やしてこれらの顕性化したウイルスと戦い治癒します。余力のない時にはウイルス疾患として発病するものと思われます。
副交感神経優位はそもそもリンパ球増多を招き抵抗性が高まる状態ですが、これが過剰に進むとストレスに弱くなり病気を起こしやすくなるという逆転現象に至ります。
ストレスに打ち勝とうとしてよくものを食べ、肥満となる人もます。また、運動不足や排気ガス吸入も体調の変化を招きます。肥満が進むとある所まではゆっくりした副交感神経優位の体調なのですが、行き過ぎると体が重すぎて、少しからだを動かすと息が切れる、疲れるといった状態となってしまいます。
交感神経緊張状態が続くと病気になりますが、逆にゆったりが過剰になっても(過剰の副交感神経優位)病気になりやすくなるということです。
胃潰瘍、アトピー性皮膚炎、慢性関節リウマチなどのありふれた病気が、病気の本体を正しく理解されないまま治療が行われているといわざるを得ません。また、これらの治療に使用する薬の作用も、表面的な作用だけを見ては、その作用の本質を誤る恐れがあります。
この問題は、現在の医療の不信や民間療法の花盛りを生み出す原因の1つにもなっていると思われます。
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胃潰瘍の成因を「顆粒球説」とすると、すべての胃潰瘍の成り立ちを矛盾無く説明できます。
ストレスの持続(精神的なものも身体的なものも含む)→交感神経緊張→血流障害と顆粒球増多→粘膜障害
組織障害は原因に関係なく一時的に交感神経系が刺激されると発生します。逆に無傷の部位に顆粒球が集まりすぎると、血流障害が先行してその後の組織が破壊されるということも理解しなければなりません。
「ヘリコバクタ・ピロリ菌がいてもいなくても胃潰瘍が発現する。」という事実
ストレスで増加した顆粒球を活性化するのは常在する細菌であり、ストレスが強すぎるときは常在菌の存在しない人でも顆粒球の単独の働きで粘膜が十分破壊されます。
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STRESSによるストレスの解消法
S sport 適度な運動はこころも体も快活にします。
T travel 隣の町を歩いたり、ハイキングに行くだけでも気分転換になります。
R recreation 自分にとって楽しいことをやりましょう。
E eating 1日3回その時の体調に合わせて楽しく食事をしましょう。
S sleep 12時前には寝床に入り、十分な睡眠をとりましょう。
S smile 笑顔は人間関係を円滑にするだけでなく、体の免疫力を活性化します。
ストレスに関する最近の知見
2004年8月15日号 No.389
ストレスとは狭義には生体への「侵襲」を意味します。しかし、ストレスを侵襲と訳してしまうと有害な面だけが強調されてしまいます。
生体を取り巻くあらゆる刺激もしくは環境の変化は、「適量」を越えれば侵襲となりますが、一方で「適量」である場合には、生体にとってむしろ有益に働きます。生体にとってのストレスとは、本来刺激の種類によって個々に区別されるべきものではなく「適量を超えた刺激」として解釈されるべきものです。
細胞生物学的なストレスの定義として「刺激量の生理的、非生理的にかかわらず、ある程度以上作用すると細胞死を誘導する刺激」とする説もあります。
細胞レベルでストレスと呼ばれるものには、多種多様な刺激が含まれます。酸化ストレス、ガンマ線、紫外線、浸透圧、温度、金属、虚血、小胞体ストレス(下記)、重力メカニカルストレスなどが挙げられます。
一方、代表的細胞内シグナル伝達機構の1つに挙げられるMPAキナーゼ経路は、様々なストレスによって活性化されるとともにそのシグナルが細胞のストレス応答に不可欠な働きをしていることが近年明らかになってきました。
MAPキナーゼスーパーファミリーが構成するキナーゼカスケードは、真核細胞が細胞内外の環境変化を感知し、その情報を核を始めとする細胞内諸器官へ伝えるためのシグナル伝達機構として機能しています。
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多種多様なストレス刺激
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ストレス応答性MAPキナーゼカスケード
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ストレス反応:アポトーシス、炎症・免疫
:形態形成、記憶・学習
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<一時的なストレスは寿命を延ばす?>
最近、線虫を使って適度なストレスが長寿のためによいことを示唆する結果が報告されました。
線虫の最長寿命は1ヶ月未満と短く、寿命が変化する突然変異体が分離されており、遺伝学的解析手法が確立しています。
線虫のシグナル伝達経にストレス誘導性の熱ショック蛋白(HSPs)の転写を調節する熱ショック因子(HSFs)が深く関与していて、これが線虫の寿命を調節していることが分かりました。
この線虫のシグナル伝達経路に存在する寿命調節遺伝子はヒトにも存在していることが確認されています。
HSFの発現を適度に高める一時的で温和なストレスは良い方向に働く可能性があります。
つまり人生では、全くストレスがない生活よりは、適度な精神的・肉体的ストレスを感じられる生活の方が、様々なストレスに対する抵抗力が得られ、それを乗り越えようとする活力が湧いてくるのです。
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※ 小胞体ストレス
分泌経路に入る蛋白質は、小胞体内で様々な翻訳後修飾を受け、高次構造(折り畳み)を形成しながら成熟蛋白質となって細胞外へ搬出されます。
小胞体内で起こる蛋白質の正常な折り畳みが、細胞内もしくは細胞外環境の変化により強く障害される上体を小胞体ストレスといいます。
小胞体ストレスが負荷されると、細胞は小胞体内折り畳み異常蛋白質を積極的に排除する機構である小胞体関連分解と、unfolded
protein response(UPR)と呼ばれる小胞体シャペロンの誘導機構や蛋白質翻訳停止機構を活性化して小胞体ストレスを軽減し、細胞死から回避しようとします。
小胞体ストレスによる細胞死は、アルツハイマー病などの神経変性疾患の一因として近年注目を集めています。
{参考文献}ファルマシア 2004.8
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ERストレス
ERストレスとは小胞体ストレスのことで、異常蛋白質が小胞体内に蓄積することをいいます。
小胞体ではリポソームで合成された蛋白質が成熟する際、正常な折り畳みがなされた蛋白質はゴルジ体へ送られますが、折り畳みに失敗した異常な蛋白質は小胞体にとどまります。
こらがERストレスです。
通常は、異常蛋白質の蓄積に対して蛋白合成の抑制や異常蛋白の分解など異常蛋白の蓄積を抑制する応答システムがなされていますが、過度にERストレスを受けると対応し切れなくなり、周囲の細胞との調和を保とうとアポトーシスを起こし細胞機能障害を生じます。
アルツハイマー病や遺伝性の神経変性疾患など様々な神経性疾患に関与していると考えられています。またERストレスのインスリン抵抗性獲得への関与、さらに血糖値の上昇が膵臓のβ細胞でのERストレスを誘導しβ細胞のERストレス細胞死を引き起こすなど、糖尿病の進展への関与も報告されています。
ERストレスの抑制がこれらの疾患の治療へつながるとの考えから、異常蛋白の蓄積の制御システムなどへ作用してERストレス細胞死を阻害する薬剤の開発も進められています。
出典:日本病院薬剤師会雑誌 2005.11
医学・薬学用語解説(K) Kチャンネル遮断剤はこちらです。
呼吸抑制の副作用と呼吸困難の治療
モルヒネ最終回
モルヒネの副作用で私などが依存性に次いで恐ろしいと思うのは呼吸抑制ですが、実際のところ臨床の場でモルヒネによる呼吸抑制はほとんど現れません。というのも鎮痛作用を現す量では呼吸抑制作用は現れないからです。
単なる呼吸回数の減少を呼吸抑制と誤解して、モルヒネを中止する例があるそうですが、痛みの治療目的で使用されていれば、呼吸抑制の発生は希です。
痛みは呼吸抑制作用に拮抗するので、神経ブロックなどにより突然痛みが消失した時にモルヒネを減量しないで続けていると、呼吸抑制が発生する事があります。
万が一、
呼吸抑制が発生したら、モルヒネを一時的に中止し、気道を確保し、酸素吸入を行います。ナロキソンを考慮すべき場合もありますが、その場合には痛みが再発します。その後も痛みのために必要ならモルヒネを減量して続ける方がベターです。〜参考文献:医療用麻薬の利用と管理95(ミクス社)
ということでモルヒネによる呼吸抑制は怖くないどころか末期癌患者の呼吸困難の治療に有効なのです。モルヒネは19世紀から喘息や気胸、気腫の軽減に用いられ、呼吸困難をコントロールします。また、鎮咳作用を有し、咳嗽を伴う呼吸困難や頻呼吸がみられる場合にも効果が有ります。
しかし、近年モルヒネによる癌疼痛治療が飛躍的に進歩しているのに比較して、呼吸困難に関する報告は少なく、いまだ確立されたものとは言えません。
末期癌患者では、約80%の患者が疼痛治療のために既にモルヒネを用いているため、呼吸困難も同時にコントロールされているケースが多く、合理的な方法と言えます。
モルヒネが呼吸困難の緩和に有効と考えられる理由として
1.モルヒネが呼吸困難感の感受性を中枢で低下させ
る。
2.モルヒネが呼吸数を減らし、換気運動による酸素消
費量を減らす。
3.モルヒネが気管支粘膜に直接作用し、呼吸困難を
改善する。
呼吸困難の治療にモルヒネを用いる際には、疼痛治療の場合と異なり、少量のモルヒネで十分な効果を得られる事が多く、また、疼痛治療の場合と比べて治療指数の幅が狭いために、用量の調節は症状を観察しながら頻繁に検討する必要があります。
{参考文献}「モルヒネによる癌疼痛緩和」ミクス社
重大な副作用
◎ ダントリウム(痙性麻痺・悪性症候群治療剤)
呼吸不全(0.1〜5%):悪性症候群の患者への与薬で、呼吸不全があらわれることがあるので、呼吸不全が疑われたら臨床症状及び血液ガス等のデータを参考に、呼吸管理を実施しながら本剤を使用すること。
◎ パナルジン錠(抗血小板製剤)〜下線部追加
血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)
主徴:血小板減少、粉砕赤血球の出現を認める溶血性貧血、動揺する精神・神経症状、発熱、腎機能障害が現れることがある:特に開始2ヶ月以内
異常が認められた場合には、中止し血漿交換などの適切な処置を行うこと。
無顆粒球症(特に開始2ヶ月以内)〜初期症状:発熱、咽頭痛、倦怠感等
初期症状が認められた場合には、直ちに中止し、血液検査(血球算定等)および適切な処置を行うこと。
黄疸〜初期症状:悪心、嘔吐、食欲不振、倦怠感、そう痒感、眼球黄染、
皮膚の黄染、褐色尿等(特に開始2ヶ月以内)
2001年9月1日号 No.321 関連項目:ストレス反応の男女差
疾病の性差と副作用の性差
泌尿器・生殖器や乳腺などの男女の性に特異的な臓器の疾病以外に、動脈硬化性疾患、ウイルス性慢性肝疾患(慢性肝炎、肝硬変、肝癌)、骨粗鬆症の罹患率にはいずれも2倍以上の性差が存在します。
動脈硬化性疾患やウイルス性慢性肝疾患は男性に多く、骨粗鬆症は女性に多いことが知られています。同時に動脈硬化性疾患である虚血性心疾患や肝硬変・肝癌はわが国でも死因の上位を占める疾患で、骨粗鬆症は現在の高齢化社会の中でますます発症患者数の増加が危惧される疾患です。
一方、慢性疾患患者に対する長期の薬物治療でも、副作用の出現率に性差が存在することがあります。特に高血圧症に広く用いられているACE阻害剤による空咳の副作用は女性患者により多く出現しやすいとされています。
薬物代謝酵素そのものに性差が存在することが明らかにされています。すなわち、女性ではCYP3Aの活性が男性に対して高く、このため同量の薬に対して女性の場合よりすみやかに血中濃度の低下が起こり、期待する薬効が発現しないことがあります。
各種の自己免疫性疾患が女性に高頻度に発症することは臨床疫学上の事実です。
全身性エリテマトーデス、慢性関節リウマチに代表される膠原病、バセドー病や橋本病等の自己免疫性甲状腺疾患、1型糖尿病等の疾患は自己免疫抑制機構の破綻を中心に、複数の遺伝的素因や環境因子等が発症機序に関与していると考えられています。その理由として、エストロゲンの抗アポトーシス作用が示唆されています。
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1.動脈硬化性疾患
虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞)の発生頻度は、50歳以下の女性(閉経前の女性)では男性の半分以下と低いのですが、50歳以後増加し、70歳以上では男女差は非常に小さくなることが示されています。このことからエストロゲンが関与していると考えられています。
動脈硬化に関与する血管平滑筋細胞のコラーゲン産生作用がエストロゲンにより抑制されることや、血管拡張作用、内皮細胞保護作用等のエストロゲンの血管壁への直接作用が明らかになっています。
2.ウイルス性慢性肝疾患
エストロゲンは抗酸化作用を中心に抗アポトーシス作用や抗炎症作用を持ち、少なくとも肝細胞保護作用や、肝星細胞活性化抑制作用を介して肝障害進展を阻止していると考えられています。同時に、細胞核膜の安定化やDNA損傷を防止して標的遺伝子異常を回避し肝発癌をも抑制する可能性が考えられます。
3.骨粗鬆症
骨の正常な成熟にエストロゲンの存在が必要で、それは男性にも当てはまります。
閉経後10年間に生じる骨量の急速な減少が、このような減少がない男性との間で大きな性差が生じる原因です。
<副作用の性差>
1)ACE阻害剤による空咳
ACE阻害剤により増加したサブスタンスP、ブラジキニン、プロスタグランジン等が気道に存在するC線維受容体を刺激することが考えられていますが、女性に多い理由は明らかではありません。
喫煙者では咳嗽反射が既に賦活化されてこの副作用が出現している等の理由が考えられています。
2)インスリン抵抗性改善剤による浮腫
インスリン抵抗性改善剤に特異な副作用として、下肢を中心としたむくみ(浮腫)が出現することがあります。男性4%に比べ女性は約11%と多く、インスリン感受性の改善による循環血漿量の増加が浮腫の原因と考えられますが、女性の方がこの種の薬に感受性がより高い事が推定されています。このため、女性に与薬する場合は少量から開始することが望ましいとされています。
3)抗不整脈薬によるtorsades de pointes
torsades de pointesの原因薬剤として抗不整脈薬、エリスロマイシン、向精神薬等がありますが、女性に発現する頻度が全体の約70%と高くなっています。機序は不明
{参考文献} 日本病院薬剤師会雑誌 2001.8
関連項目:ストレス反応の男女差
2001年9月1日号 No.321
クリック → NO放出性アスピリン
薬効の男女差 2007.7.14 No.456
1.鎮痛剤、例えばイブプロフェンは、女性の場合は効果が男性よりも現れにくいので、男性よりもやや多めの用量が必要です。
2.解熱剤、例えばパラセタモールは、女性がピルを飲んでいるときには体内での代謝が早められるので効果が長続きしない。
3.血圧降下剤や鎮静剤では、女性の場合は体内に残る時間が長いので、男性よりもやや低めの用量が推奨
4.抗生物質は皮下脂肪に蓄積される傾向が強いので、女性の場合は男性よりも用量をやや多めにする
5.女性の場合、強力な鎮痛剤、例えばモルヒネでは、男性よりも低めの用量で効果があります。男性では女性よりも30%ほど高用量でないと、同じ効果は得られません。
6.強心剤のジゴキシンは、男性では効果が期待されますが、女性では死亡のリスクが高まります。
7.女性では胃蠕動が男性に比べると遅いので、医薬品の血中吸収も遅くなります。
したがって、向精神薬などでは女性の方がより持続した効果が期待できます。
8.少量のアスピリンは、血栓予防効果だけでなく、心筋梗塞発生予防にも効果があります。
従来、男女とも少量のアスピリンを毎日飲むことにより、心筋梗塞を予防できると考えられていました。しかし米国での最近の研究によると、女性が60歳以上の場合には予防効果が期待できますが、それ以下の年齢の女性では心筋梗塞ではなく、むしろ脳卒中の予防に効果があることが判明しています。
つまり、男性では心臓がその予防対象であるのに対して、女性の場合には脳がその予防対象となっています。
{参考文献}レーダー ニュース series No.69 Jul.2005 Vol.16 No.2