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1998年7月15日号  249

PM:poor metabolizerとは

生まれつき薬に弱い人

      同じ量の薬を飲んでも、他の人より効きすぎたり副作用の出やすい人たちがいます。薬物受容体の感受性・反応性の差も一因でありますが、通常は血中濃度の差による場合がほとんどです。

 先天的に特定の薬物代謝活性が無いか、もしくは極端に低い人たちが存在します。この人たちの薬物代謝は遅延し、「代謝の遅い人;poor metabolizer」と呼ばれます。

{参考文献} 薬事 1998.6 大阪大学大学院研究科、臨床薬効解析学 東 純一

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 薬物は体内で代謝酵素(主にチトクロームC:CYP)の作用により質的変化を受け、時間とともに効果が消失し排泄しやすい形に変えられて体外へ出て行きます。この酵素の働きが弱いと多量の薬物が体内に滞留することになり、その作用が強く出てしまいます。

 以前から代謝活性の高い集団と明らかに低い集団とに分かれることが知られていました。大多数の人は前者に属し、いわゆる正常群です。一方、代謝能の低い集団は生まれつき「薬に弱い人」たち:PMでその発生率は高くありません。

 PMの出現の原因として、薬物代謝酵素を作る指令を出す遺伝子DNAの塩基配列に変化(異型)があることが分かってきました。この結果、蛋白質である薬物代謝酵素が合成されず欠損したり、機能の変化した変異酵素が合成され代謝能が低くなってしまいます。

 たった一つの塩基置換でも酵素の変異や欠損を引き起こすことがあります。(点突然変異)。このほか塩基欠失や塩基挿入等により、機能が全く消失したり、変異した酵素が生成されます。

 プロトンポンプ阻害剤のオメプラゾールでは主としてこのCYP分子種2C19で代謝されます。この血中濃度と遺伝子型を比較すると非常に良く相関し、原因遺伝子のホモ接合体(*注)のPMではオメプラゾールの血中濃度が有意に高い値で推移しました。

<科学的な「さじかげん」に向けて>

 すでに多数の医薬品について代謝酵素が同定されています。1997年4月にFDAは製薬企業への新薬開発での薬物代謝・相互作用のガイドラインを公表し、新薬開発過程の早期に代謝酵素の同定、相互作用を検討する必要性を強調しています。

 日本では変異遺伝子保有者の出現頻度からみてCYP2C19およびCYP2D6についての遺伝子型と薬物動態、有効率や副作用発現との関連性を各医薬品について確認する必要があると思われます。

 今後、各医薬品の主代謝酵素が同定され、遺伝的素因の検出が普及すれば、相当数の医薬品について与薬前に血中濃度の推移が予測できるようになり、化学的な根拠に基づく「薬処方のさじかげん」が可能になると思われます。

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(*注)
ホモ接合体とはある遺伝子座で同一の対立遺伝子を有する個体のこと。異なる対立遺伝子を有する個体はヘテロ接合体といわれる。

日本人にはCYP2C19のPMが多く、欧米人では約 5%にしかみられないことが以前から知られていました。

最近この原因遺伝子が同定され、遺伝子を解析することで代謝能の予測が可能となりました。遺伝子多型の判定は、少量の血液の他口腔粘膜スメア、毛根などの非侵襲的検体で可能です。

関連記事 薬物代謝能の個人差 代謝多型(1) 、(2)(3)


オピオイドレセプター
モルヒネ(2)

モルヒネは中枢性、末梢性などに作用するオピオイドアゴニストで、中枢神経系に対する作用では、低用量で運動中枢や知覚に影響を及ぼさずに痛みを低下させ、呼吸および咳嗽中枢を強く抑制し、高用量で催眠作用を発現させます。それゆえ鎮痛、鎮静、鎮咳に用いられます。

また消化管の平滑筋を収縮、胃腸管の運動抑制、胃液、胆汁、膵液の分泌減少、肛門括約筋の緊張作用により強い止瀉作用をもたらします。

オピオイド受容体には、μ:ミュー、κ:カッパ、σ:シグマ、δ:デルタなどが明らかにされており、同一タイプの細分化のためさらにμ1、μ2などのサブタイプがあります。

受容体タイプは、それぞれ細胞内情報伝達機構が異なります。モルヒネはμおよびδアゴニストであり、陶酔感、脳波上の発作波、腸管運動抑制などを発現します。

オピオイド内因性活性物質(オピオイドペプチド)については、現在まで20種類以上が生体に存在することが報告されています。

受容体:副作用 :アゴニスト :アンタゴニスト

μ :呼吸抑制 :モルヒネ、レペタン :ペンタジン
(部分的) :レペタン
κ :無痛覚症、縮瞳:ペンタジン、レペタン
鎮静、呼吸抑制?
σ :頻呼吸、頻脈:ペンタジン
高血圧、散瞳
発声困難
δ :脊髄性抑制:モルヒネ、ペンタジン
呼吸抑制
鎮静、縮瞳

ペンタジン、レペタンの薬理作用はモルヒネと類似し、鎮痛および中枢神経作用を発現しますが、両薬剤ともオピオイドアゴニスト・アンタゴニストです。つまりモルヒネ様作用薬でもありモルヒネ拮抗薬でもあるわけです。

ペンタジンは、κおよびσアゴニストであり、レペタンはμの部分的なアゴニストおよびκアゴニストです。また両剤はμアンタゴニストです。

{参考文献} ファルマシア 1998.4

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  μ受容体とκ受容体

 モルヒネを始めとする麻薬性鎮痛薬は主にμ(ミュー)受容体に結合して鎮痛効果や精神・身体依存を発現します。κ(カッパ)受容体はμ受容体に対して相反的な機能を示し、精神依存を示さずむしろモルヒネに対して嫌悪感を示します。

 非疼痛(健常)状態では、μとκ神経系のバランスがとれています。そこへモルヒネを服用するとμ神経系が亢進して鎮痛作用が現れますが、μ神経系が過剰に興奮するため精神依存が形成されます。

 疼痛状態ではκ神経系が亢進しています。そのような場合は鎮痛作用は増強されますが、依存の形成は抑制されます。そのためモルヒネの服用によりμ神経系が亢進されますが、κ神経系とのバランスがとれて精神依存はほとんど形成されません。

   出典:日本薬剤師会雑誌 2003.4

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かゆみとオピオイド受容体

 かゆみは血液透析患者の大多数に見られます。
透析患者のかゆみについては、近年、内因オピオイドの関与が明らかとなっています。
 

 皮膚、リンパ球表面、中枢神経系などには、μ、σ、κ、ノシセプチンの4つの受容体が同定されていますが、血漿中のμ-オピオイドはかゆみを誘発し、κ-オピオイドはかゆみを抑制します。

 かゆみのある透析患者では相対的にμ-オピオイドおよびμ-オピオイド受容体が優位で健常者では、κ-オピオピドおよびκ-オピオピド受容体が優位あることが示唆されています。


 レミッチカプセル(
ナルフラフィン塩酸塩)は、κ受容体を選択的に活性化し、かゆみを抑制します。

 ヒトμ、σ、κ受容体を発現させた細胞膜表面における特異的標識リガンド結合に対する阻害作用を指標とした受容体結合試験の結果、レミッチのκ受容体に対する結合性は、μおよびσ受容体と比較してそれぞれ9倍、1,980倍強いことが示されました。
 


2002年6月15日号  339

薬物代謝能の個人差

   表現型と遺伝子型    


 薬の血中濃度は吸収、分布、代謝、排泄の4つの変動因子によって決定されますが、血中濃度の個人差の主な要因は代謝過程にあると考えられています。薬物代謝能の個人差は表現型(フェノタイプ)と遺伝子型(ジェノタイプ)に区別して考えます。

 genoは「遺伝する」、phenoは「現れる」の意味を持っています。

 表現型は、代謝能で示され、正常以上の代謝能を有する人をEM:extensive metabolizer、代謝能が欠損又は著しく低い人をPM(代謝の遅い人;poor metabolizer)と呼んでいます。また著しく高い代謝能を示すUMやEMとPMの中間の代謝能を示すIMという分類もされています。

 これに対して遺伝子型は、当該DNAの塩基配列の相違を指標として分類され、一般に集団中に野生型(W;wild type)以外の変異遺伝子(アレル;allele)型が1%以上存在する場合を、遺伝子多型があるといいます。

遺伝子多型
ハロタイプ
アレル:allele

 遺伝子多型は、ゲノム上のある位置で、塩基置換・挿入・欠損等の延期配列の変異が集団の一部で認められることを指します。
 変異の認められる位置の遺伝子型の1つをアレル(対立遺伝子)と呼びます。
 通常、遺伝子多型とはアレル頻度が1%以上のものを指すことが多いようです。
 またハロタイプは片方の染色体上にある複数のアレルの組み合わせで示すことが出来ます。
 なおヒトの遺伝子、遺伝子多型、ハロタイプは大文字の斜体英字で記載するのが慣例ですが、その産物である蛋白質については斜体を用いません。

 一般に変異遺伝子(m:mutated type)をホモで有する人は、PMの表現型を示します。変異遺伝子をヘテロで有する人は、EMとPMの中間の代謝能を示す場合やEMと変わらない代謝能を示す場合もあります。また、ホモで有するとIMになる変異型もあります。

 薬物代謝酵素の遺伝子変異として様々な種類が報告されており、DNA塩基の欠失、置換や挿入によって蛋白質やアミノ酸が変化することによって酵素活性が失活や不安定化したり、基質特異性が変化したりします。また、蛋白質の合成が途中で止まったり、当該酵素の遺伝子全体が欠損している場合もまれではありません。また、複数コピーを有する場合にはUMとなります。

 
CYP(チトクロームC)P450の分子種であるCYP2D6、2C9、2C19などでは詳しい解析がなされています。

 遺伝子多型の情報を活用した個別薬物療法の実践のためには、大別して1.疾病関連遺伝子、2.薬物レセプター、3.動態関連遺伝子の個人差について、個々の患者で総合的に判断する必要があります。

1.については生活習慣病の原因遺伝子等の検索研究が精力的に行われています。
2.については
β3レセプターレプチンレセプター等の遺伝子多型が知られていますが、まだその種類は限られています。
3.については、薬物代謝酵素に加えて、薬物トランスポーターの遺伝子多型の報告も相次いでいます。

 <実例>

 ヘリコバクタピロリの除菌療法では、プロトンポンプ阻害薬と抗菌薬、抗生物質を組み合わせて用います。エリスロマイシンが、オメプラゾールと相互作用を起こし、後者の血中濃度が上昇しますが、除菌率はCYP2C19によって代謝されるオメプラゾールの血中濃度に依存しています。

 CYP2C19のPMは日本人では15〜20%に存在します。オメプラゾールの血中濃度は、CYP2C19の遺伝子多型と除菌率に有意に相関し、EMで約70%ですが、PMでは100%の除菌率です。しかし、こうした表現型と遺伝子型の相関は病態によって影響され、遺伝子型と相関しない表現型を示す場合があります。

 遺伝子型が、野生型やヘテロ変異型であっても、胃潰瘍の病態によってPM様の代謝能を示す患者が少なからず存在することが報告されています。

 さらにCYP2C19の遺伝子型から判断したEMの癌患者で、オメプラゾールの代謝能を検討した報告では、16名中12名が有意に低い代謝能を示しました。このように、病態が表現型に及ぼす影響は無視できないものであると考えられています。

 今後、病態時の代謝能と遺伝子系の相関についての情報を蓄積することが求められています。

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 患者の表現型を判定することにより、服薬時の患者の代謝能を直接知ることができますが、代謝能を知るためにプローブ薬を用い、採血や採尿が必要になり、患者の負担が懸念されます。

 遺伝子型は一生変化することが無く、毛髪や口腔内皮細胞を用いても多くの遺伝子について同時に測定できます。しかし、既知の変異型がすべてのPMを予測できるわけではなく、常に未知の新しい変異が存在する可能性を考慮する必要があります。

  臨床の場で遺伝子多型の情報を個別薬物療法に活かすためには、いくつかの注意すべき問題点があります。

1.遺伝子変異と表現型が相関しない場合が多い。
2.表現が他に対して、遺伝子多型以外の様々な因子が複雑に影響を及ぼすため、その結果EMでもPMの表現型を示す場合がある。飲酒、嗜好品、喫煙、食事、環境因子や併用薬物だけでなく、年齢、栄養状態、疾病によっても代謝能は影響を受けます。
3.同じ代謝酵素で特異的に代謝される薬物であっても、遺伝子型が表現型に及ぼす影響は薬物によってかなり異なります。
4.変異遺伝子の頻度とその種類には著しい人種差が存在します。

   {参考文献}ファルマシア 2002.5

  関連記事代謝多型(1) 、(2)(3)もご覧下さい。

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プローブ;plobe: 電子測定器で、測定する場所に接触させる電極。探針。

バイオプローブ


生物機能を解析するために有用な低分子有機化合物のこと。

酵素阻害剤や生理活性物質のように、細胞内の特定の蛋白質に作用して細胞機能に干渉する低分子化合物を指します。

バイオプローブは、複雑な生物現象を解析する道具として、また新薬の開発にも重要な位置を占めています。

細胞周期やアポトーシスに関与する機能が知られていない蛋白質の生理作用を解明するために、新たなバイオプローブの開発が続けられています。

出典:ファルマシア 2003.1


医学・薬学用語解説(オ)

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