個の医学と代謝酵素
代謝多型(2)
1999年12月15日号 282
同じ1錠の薬を飲んだ場合でも、人により代謝酵素の違いにより作用が強く現れたり、全く効かなかったりすることが考えられます。 なんらかの問題となる薬物で明らかな遺伝子多型が知られている場合では、遺伝子型の判定などにより薬物治療を個別化できる可能性が高く、今後の実用化の進展が待たれています。 {参考文献}薬事 1999.11 |
遺伝的多型性を示す代表的な薬物代謝酵素代謝酵素:代謝を受ける薬剤名
NAT2(N-アセチル転移酵素:下記参照):イソニアジド、アミサリン、サラゾピリン
CYP2C9:ワーファリン錠、フェニトイン、NSAIDs
CYP2C19:トリプタノール、トフラニール、:オメプラール、タケプロン、パリエット
CYP2D6:トリプタノール、トフラニール、メレリル、メジコン、デジレル、セレネース、タンボコール、セロケンL
CYP2E1:アセトアミノフェン、カフェイン :テオフィリン(アルコール、アセトンにより、酵素誘導を生じる)
TPMT(下記注1):6MP、アザチオプリン
DPD(下記注2):カルモフール、テガフール、ドキシフルリジン、フルオロウラシル
薬物代謝酵素の遺伝子解析による薬物治療の個別化が可能であることが示唆されています。
もっと多くの薬物代謝酵素もしくは薬物受容体について遺伝子型と薬物血中濃度、もしくは治療効果、副作用発現との相関に関する情報が必要ですが、今後、薬物治療の個別化で遺伝子解析の有用性が増すことは確実です。
また、肝臓、胆管、腎臓、腸管、血液脳関門などでは、薬物を始めとするさまざまな異物を能動的に排出するための輸送蛋白が発現、機能しています。古くは抗癌剤に対する多剤耐性の原因である輸送蛋白として研究が始まったP糖蛋白(P-gP;遺伝子はMDRI)をはじめ、MDR関連蛋白(MRP;multidrug registance-associated protein)、胆管有機アニオントランスポーター(cMOAT)などの輸送蛋白が発見されました。
これらの薬物輸送蛋白は、胆汁排泄などの薬物の消失過程のみならず、消化管での吸収過程や血液脳関門などでの排出など、吸収分布などの過程でも重要な役割を果たしています。
近年では、cMOAT遺伝子の変異がDubin-Johnson症候群(抱合型ビリルビンの排泄障害)を引き起こすことや、P-gPについても変異遺伝子が存在することなどが報告されるなど、輸送蛋白の遺伝子変異や多型についての研究が進展しています。
P-gPを始めとする薬物輸送蛋白の多型は、薬物の体内動態に影響を与える可能性が高いが、必ずしも代謝多型のように血中濃度の変化を引き起こすと断定できない可能性があります。すなわち、血中濃度に大きな影響を与えずに、薬物の中枢移行性や抗癌剤の多剤耐性に影響を与えることも想定できます。
これらの輸送担体の遺伝子多型とその薬物治療に対する影響が明らかになれば、薬物治療の個別化において有用な知見を与えてくれものと思われます。
(注1) TPMT 白血病などの治療に用いられる6MPやアザチオプリンの代謝不活性化を担っているが、代謝活性の著しく低下した変異ホモ接合体(約1/300の発現頻度)の患者に常用量が投与されると血中濃度が著しく上昇し重度の骨髄抑制などが惹起される可能性が高い。
(注2) DPD フルオロウラシル系抗癌剤の代謝を担うジヒドロピリミジン脱水素酵素
代謝多型1、代謝多型3(SNP)も参考にして下さい。
NAT
N-acetyltransferase
N‐アセチル化は一般に化学物質の解毒に関与します。一方,O‐アセチル化およびN,O‐アセチル転移反応は変異・癌原物質の代謝的活性化に関与します。
哺乳動物の組織には基質特異性が異なる2つのアセチル化酵素NAT‐IとNAT‐IIが存在し、そのうちの1つ発現が遺伝的に欠損することにより、酵素活性に遺伝的多型genetic
polymorphismが存在します。ヒトの場合にはNAT‐IIの欠損者が、白人には約50%存在します。これら欠損者にはイソニアジドやスルホンアミド,プロカインアミドなどのN‐アセチル化が著しく遅く、これらの薬物の副作用の発現率に差のあることが知られています。また、膀胱癌などの発生率にも欠損者(slow
acetylator)、正常者(rapid acetylator)の間に差のあることも報告されています。アセチル化酵素の欠損者の存在率には人種差が存在し、日本人を含めて東洋人では10〜15%です。
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オミックス医療
(Omics based medicine)
技術の生命現象を包括的に解析・解明しようという研究がオミックス(Omics)研究です。
その中には、遺伝子の解析・測定を対象としたゲノミクス、蛋白質を対象としたプロテオミクス、代謝物を対象としたメタボミクスなどが含まれています。
オミックスでは、遺伝子の発現、蛋白質の構造解析・立体構造の決定、SNPの同定、細胞内の全代謝物質の網羅的解析など、個々の分子情報の差異と共通性に基づいて全体で把握し、新薬の開発などに役立てています。
オミックス医療では、遺伝子の個人による違いに基づいたテーラーメイド医療を更に拡張して、DNAチップ、グラスアレイ、2次元電気泳動、質量分析器などによって測定可能となった様々なオミックス情報、すなわち疾患に罹患した細胞でどんな遺伝子が発現しているのか、あるいはどのような蛋白質が働いているのかなどの情報を駆使して、癌などの疾患の早期診断、手術後の再発の正確な予測など、「患者一人一人のにあわせた医療」を実現することを目指すものです。
出典:日本病院薬剤師会雑誌 2008.12
非経皮的に摂取された薬物による、皮膚での有害反応(薬疹)の場合、その発症機序はアレルギー性のものと非アレルギー性のものとに大別されます。
薬疹の原因とされる薬物は通常比較的低分子であり、それ自体では免疫系に認識されないことから、アレルギー性の反応の場合、その薬剤が蛋白などの担体分子に結合したのちに免疫原性を発揮すると考えられています。
薬物として利用される物質はおおむね反応性が高くないため、代謝による活性化と解毒のバランスが結合の形成に関与することが予測されます。
一方、非アレルギー性の反応を考える場合でも、体内に入った化合物が何らかの細胞傷害的機序で毒性を発揮する場合、活性代謝産物が何らかの役割を果たしていることが想定できます。したがって、原因物質である薬剤の代謝的活性あるいは解毒が薬疹の発症に大きな役割を果たしていると思われます。
薬物代謝にかかわる主要臓器は肝臓であり、これまで主として薬剤性肝障害と肝薬物代謝酵素の関係が注目されてきましたが、肝外薬物代謝酵素、とくに皮膚での薬物代謝酵素の存在が明らかになるにつれ、有害反応の起きている場での代謝的活性化あるいは解毒についても注意が払われるようになりました。
すなわち、各臓器に発現している薬物代謝酵素およびその遺伝的多型性が発症に際して重要と思われます。
{参考文献}薬局 2000.4
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薬疹の分類
主な皮膚障害の分類
出典:薬局 2000.4、月刊薬事 2001.2等
1.固定薬疹:いつも決まった場所に出現
2.光線過敏症:降圧剤、抗菌剤、NSAIDs;日光に当たった部分にできる。
3.皮膚粘膜症候群(Stevens-Johnson症候群):多型紅斑の重症型で皮膚だけでなく、口内、唇、眼、鼻孔、肛門、尿道口など粘膜も障害される
中毒性皮膚壊死症(TEN):皮膚粘膜症候群(Stevens-Johnson症候群)より更に広範囲に表皮の壊死性変化、水疱とその剥離を生じる。
4.紅斑丘疹:麻疹や風疹の様に赤く小さく盛り上がった発疹が身体に広がる。
播種状紅斑丘疹型薬疹
5.多形紅斑:円形や連なって赤くなった発疹
多形滲出性紅斑型薬疹
6.蕁麻疹:蚊に刺されたような浮腫性の皮疹(膨疹)。赤みのある場合とない場合がある。
7.紫斑型:真皮内もしくは皮下に出血を伴う紅紫から紫色の斑状から丘疹状の皮疹
8.湿疹型:痒みと発赤を伴う粟粒大のこんもりと膨れたいわゆる湿疹
9.ループス型:SLE様(鼻の両側の頬部に蝶型にできる)の皮疹を呈する薬疹
10.天疱瘡型:表皮内に液がたまり水泡が出来る。
11.紅皮症型:皮膚が連なって赤くなった発疹
12.扁平苔癬:紫紅色の小豆大前後の扁平な丘疹からはじまり、背部では融合する。
13.乾癬:境界明瞭な丘疹ないしは紅斑で、厚い鱗屑をともなう皮疹。もともと乾癬の素質がある人に発症したり、それが薬剤で悪化することが多い。
14.その他の薬疹
Eosinophila-myalgia syndrome;好酸球増加・筋痛症候群〜L‐トリプトファン製剤内服により生じる
色素沈着びらん:色素沈着がおこる。
座瘡:通常の座瘡とは異なり、面皰(にきび)は形成しない。
脂漏性皮膚炎:頭髪部、前頭部など皮脂分泌の盛んな部分に出来やすい。脂っぽい黄色味を帯びた魚鱗屑を伴う紅色丘疹が融合する。
その他:過敏症、脱毛症、爪剥離など
EBMの誤解
その内容や形式が伝わる以前にEBMという言葉だけが一人歩きしています。EBMイコール大規模臨床試験、あるいはランダム化比較試験と誤解されています。
EBM=大規模臨床試験であるならば、基本的には患者数の少ない難病にとってEBMは何の役にも立たないのでしょうか。しかし実際はそうではありません。それは大規模臨床試験がなぜ必要かを考えれば容易に理解できます。
高血圧や高コレステロール血症に対する治療の臨床試験は、数千人を数年間観察してやっと100人ほど起こってくる脳卒中や心筋梗塞を治療により数十人に減らし治療効果を証明しようとしているのです。そのために大規模になっているだけです。
高血圧患者1000人が1年で500人脳卒中になり、治療によりそれが100人に減るというのであれば大規模試験は不要です。つまり放置すると大部分は悪化したり死んでしまうような難病では、治療効果判定のための大規模試験はもともと不要なのです。
EBMはランダム化比較試験だけを重視しているのではありません。例えば、高血圧では個々の患者の大部分は無症状ですから、個々の患者の症状が良くなることが治療の目的ではありません。
大局的見地から、高血圧治療では、患者全体として脳卒中が減ることが重要なのです。従って一人一人への適用をあまり厳密にせずできるだけ多くの人を治療することが絶対量として大きな効果を生むことになります。
ところが、難病では個人個人の患者が状態が良くなるかどうかが問題であるため、一人一人への治療の適用をより厳密にする必要があります。そのためおのずと必要とするエビデンスの性質も異なってくるわけです。
わずかの有用性を示すために人為的な定義で取り繕うよりも、すでに証明されている治療法を行う方が患者を救うことになります。
同じ医療・医学ということでも、例えば高血圧治療と癌治療では、その「エビデンス」は異なるものであることを銘記しなければなりません。
結局、EBMが目指すところは患者の為になることです。根拠に基づくということは、手段に過ぎません。もしEBMに問題があるとすれば、それを用いる者の問題です。
{参考文献} 医薬ジャーナル 1999.2EBMをめぐる誤解
NBM
Narrative based medicine
====患者一人一人の物語に基づいた医学 =====
2002年11月1日号 348
Narrative based medicine
NBMは、EBMを補うものといわれています。
EBMは、経験を頼りに行う医療ではなく証拠に基づいた医療を、大規模試験等の成果を基に医療を行うべきとするものです。しかし、一方で個人の病状には複雑な要因が絡んでいるため画一的な答えが存在するとは限らないとの考えもあります。
そのEBMを限界を補うものとしてNBMが提唱されています。すなわち、患者独自の物語を語り、聞くことにより、その患者に最も適したアプローチが成されることを目指しています。
ナラティブアプローチ、ナラティブセラピーも提示されています。
患者の物語を大切にすることは医療の原点であり、患者別個の物語を尊重し想像できる能力が求められています。
出典:日本病院薬剤会雑誌 2002.5、医薬ジャーナル 2002.10
関連項目 LEARNのアプローチ
EBMは、経験を頼りに行う医療ではなく証拠に基づいた医療を、大規模試験等の成果を基に医療を行うべきとするものです。しかし、一方で個人の病状には複雑な要因が絡んでいるため画一的な答えが存在するとは限らないとの考えもあります。
Narrative(ナラティブ)とは物語のことで、一人一人の患者には自らの人生とともに、それぞれの疾患に対する物語があります。その物語を患者と治療側が共有することで、科学としての医学と個々の人間に対する医療との間に横たわる溝を埋めていこうというものです。
NBMの特徴として、1)患者の語る「病の体験の物語」をまるごと傾聴し、尊重する。2)医療でのあらゆる理論や仮説や病態説明を「構築した物語」として相対的に理解する。したがって、科学的な説明を唯一の真実であるとはみなさない。3)異なった複数の物語の共存や併存を許容し、対話の中から新しい物語が創造されていることを重視する。などが挙げられています。
EBMとNBMという異なる性格の対立の概念を、相容れぬものとしてではなく、互いに補完しあうものとして位置づけることが重要な課題で、真の根拠に基づく医療は、その中で患者が病を体験し、医師と患者の出会いが演じられる解釈の世界を前提にされています。
医学教育では、全ての人は同一であるという前提に基づいた教育をたたき込まれた後で、今度は全ての人はそれぞれ異なっているということを臨床の場で再発見することになります。
医療は患者との1対1の関係を基板にしています。しかし医療側は、科学的・生物学的な方法論をたたき込まれています。それ自体は大変役に立つのですが、実際に患者と話をすると、それだけでは対応できない問題がたくさん出てきます。そう言うときに「患者が語る物語」に焦点を当て、もう一度医療を考え直してみると新しい視点がNBMであり、「物語と対話に基づく医療」であると言えます。この視点は、科学としての医学と、人間の触れ合いという意味の医療とのギャップを埋めていくという効果を持っています。
全ての人を同じとみなす医学を使いこなすためには、患者からの物語を抽出して、それを「病歴」という医学化された物語に変換しなくてはなりません。もしそうしなければ、疑いなく有益な現代の医科学を患者のために役立てることは出来ません。しかし、もしそれだけしかないとしたら、患者は人間として扱われず、個人として尊重されることもなく、結局のところ患者の苦しみは増すことになってしまいます。
医療でのEBMとNBMは、両岸に対峙するものですが、患者との交流の全経過を通して、物語は橋を渡って行ったり戻ったりしながら、一方の岸では、医学的な観点から「病歴」となり、反対の岸では「生きた体験としての物語」として語られることを繰り返します。
診断を下すときにEBMが重要であることが強調されてきましたが、純粋のEBMというのはあり得ないわけで、エビデンスを出すときに治療側でも、何らかの物語を持っていることが認められています。
2002年11月1日号 348
医学・薬学用語解説(セ)
医療面接技法とその学び方
患者の理解とコミュニケーション(4)
患者の理解とコミュニケーション(1) 患者の理解とコミュニケーション(2) 患者の理解とコミュニケーション(3) 医療面接
2005年4月1日号 No.403
医療面接とは、従来の病歴聴取や問診ということではなく、患者さんとの良好なコミュニケーションを図りながら、一緒に問題点について考えていく「医療者と患者さんのやりとり」の一連の過程のことです。
そのために必要なコミュニケーションスキルには、医療面接の内容・過程・認識の3つがあり互いに影響しあっています。
従来の病歴聴取や問診は、情報の収集に重点がおかれていましたが、医療面接はこの情報収集に加えて、良好な医療者-患者関係の確立、治療的効果、患者教育と治療やケアへの動機付けという4つの意義があります。
例えば、医療面接で、医療者が行う効果的な質問や交渉により、患者さんの自己決定権を尊重し、治療などの計画実行の可能性について確認を取ることができます。その結果、患者さんが処方された治療法に従う行動の程度つまりコンプライアンスが高くなります。
医療面接がもたらすと期待される効果
1)患者さんの満足度が上がる。
2)患者さんのコンプライアンスが高くなる。
3)患者さんから得られる情報の正確さや情報量が増す。
4)QOLが高まる。
5)治療効果が高まる。
6)医療者、患者さんが互いに学び合える。
7)時間が有効につかえる。
医療面接でのコミュニケーションが一般社会のそれと異なるのは、コミュニケーションをとる対象が(患者さんや家族)が非常に多様であるという点です。
対象である人の不安・痛み・苦しみなどの心理的背景や、その人の暮らしている地域・職場・家庭などの社会的背景を理解し、全人的医療を実践することを目指す必要があります。
<実際の学び方>
1)Content:医療面接の内容 何を聴いて、何を伝えるか。
2)Process:医療面接の過程 どう聴いて、どう伝えるか。
3)Perception:医療面接での認識
患者さんに対する感情、感じ方、考え方、態度など。
この3つのコミュニケーションスキルは、互いに関連影響しあっています。例えば、患者さんの性格やパーソナリティに対して、医療者が偏見やいらつき・嫌悪といった良くない感情を抱いたままでは、良好なコミュニケーションが取れる筈もありません。
<話の背後にある気持ちや感情を捉えるために>
※ キーワードを捉える
1.感情用語(不安、うれしいなど)
2.気持ち用語(心配、かわいそうなど)
3.独特な言葉(「自立心の微塵もない」など)
4.セリフ用語(「しんどいよう」など)
※ キーメッセージを捉える
1、声や目と顔の表情の変化
2.ゼスチャー
3.身体姿勢の変化
4.心のジーンとしたところ
関連用語
カウンセリングマインド: 相手の意思や考え方を理解し認める気持ち
ホスピタリティマインド: もてなしの心
医療面接もご覧下さい。
{参考文献} 医薬品ジャーナル 2005.3
名古屋大学大学院医学系研究科 基礎看護学分野 篠崎 恵美子教授
医薬トピックス(3)
スポーツは果たして身体に良いか(後編)はこちらです。