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鉄剤とお茶

禁茶は不要!

昭和63年2月1日号 No.15

 

 依然より、お茶などのタンニン含有飲料によって、鉄の吸収が抑制されるといわれ、鉄剤
服用中の患者に対しては、お茶、コーヒーなどタンニン含有飲料の摂取を禁止するような
指導が行われてきました。

 また一方では、お茶の影響は貧血の治療に支障を来すほどのものではないという意見が
ささやかれ続けてきたことも事実であり、患者にとっては身近な問題であるにもかかわら
ず最近まで十分な意見の統一がはかられていませんでした。

 昭和60年の第27回臨床血液学会総会で、「緑茶の飲用は鉄剤の効果に影響を与えない」
と題した発表を行い、翌年の日本薬剤師会雑誌に下記のようなコメントが紹介されまし
た。

*緑茶鉄吸収抑制は皆無とは言えないが、問題はその程度であり成人男子の鉄必要量が
1日1mgとされている中で患者の服用する鉄剤は1錠中に50〜100mgを含有し
このように多量の鉄を服用した場合には、緑茶の影響は弱すぎて実際上は問題にならない

○ 当薬剤部でも上記の理由で鉄剤の禁茶の指導は行っておりません。


高ビリルビン血症とフェノバルビタール

出典:薬局 12.1996

 遺伝性疾患の体質性黄疸・非抱合型(間接型)高ビリルビン血症を呈するクリグラー・ナジャー症候群?型(遺伝性不明)やジルベール症候群(不完全な常染色体優性遺伝)にフェノバルビタール90〜150mg(小児3〜5mg/kg)/日/分3内服が用いられます。

 フェノバルビタールが肝薬物代謝酵素誘導作用を持ち、それらの疾患でビリルビンの抱合・排泄に関係するビリルビンUDPグルクロニルトランスフェラーゼ値の低いとき、その活性を高めるとの見解から高ビリルビン血症乳児に与薬して黄疸症状を改善させます。

 新生児は脳血液関門が未熟なため高ビリルビン血症では脂溶性の高いビリルビンが脳内に侵入して沈着(核黄疸)、神経細胞を変成して筋痙攣や筋強直などの錐体外路系症状を呈し後遺症を残し死亡例もあります。核黄疸を起こすことなく成長すれば、高ビリルビン血症があっても正常の社会生活を行うことができます。

 クリグラー・ナジャー症候群の“常染色体劣勢遺伝:?型”ではビリルビンUDPグルクロニルトランスフェラーゼが欠損するためフェノバルビタール療法は無効で、治療の遅れは血中非抱合型ビリルビン値20〜50mg/dlにもなり生後ほとんど核黄疸を起こして死亡します。この疾患には光線療法が行われます。

 光線療法の副作用〜皮膚着色によるブロンズベビー症候群:1〜2ヵ月で消退


クリグラー・ナジャー症候群
Crigler‐Najjar syndrome

 肝でのグルクロニルトランスフェラーゼglucuronyltransferase酵素活性欠損により、間接型ビリルビンが血中に増加する。常染色体性劣性遺伝形式をとり、男女両性に出現します。酵素活性の完全に欠損しているものは type Iで、放置すれば乳児早期より核黄疸を呈するに至り,光線療法のみが有効です。酵素活性の部分欠損は type IIで、フェノバルビタールなどの酵素誘導療法が有効

John Fielding Criglerはアメリカの医師,1919生;Victor Assad Najjarはアメリカの小児科医,1914生)薬局 12.1996


プロテオーム

出典:薬事 2000.6等

 蛋白発現プロファイルと訳されています。生命体のゲノムによって発現する蛋白質の総体。ゲノムは1つであるのに対し、その形態表現であるプロテオームは細胞、臓器、温度、ストレス、薬物の存在などの環境要件により複数存在します。

 proteomeはPROTEinとgenOMEからつくられた造語であり、その概念はゲノムを捕捉するものであって、ゲノムや組織が発現する蛋白質の全てについてです。omeとはラテン語で“全体”を表します。

 genomeすべて(ome)の遺伝子(geno)に対応する言葉として、細胞や組織で発現している蛋白質全体を指す用語として用いられます。


プロテオーム解析〜標的細胞内の蛋白質の構造や機能を解明すること。

 ゲノム研究によって、生命活動を担う蛋白質の鋳型であるゲノム配列の読み取りに成果が上がってきましたが、実際に体の中で蛋白質がどのように働いて生命活動をもたらすかという動的な解析はほとんどできないことが分かりました。

 すなわち、仮にヒトの全遺伝子を解読できたとしてもそのうちの約40〜50%が既存の遺伝子とまったく類似性のない未知の蛋白質をコードしているためDNA配列だけでは蛋白質の機能を推定できませんし、体を構成している多様な組織では必ずしもすべての遺伝子が発現して蛋白質が生合成されているわけではありません。

 仮に10万種なり14万種なりの遺伝子を全て解読できたとしても、生命活動の多様生の基盤である細胞や組織の特異性を決定する蛋白質の組み合わせは解析できません。このような解析をするための新しい言葉としてプロテオーム:proteomeが1944年に命名されました。

<遺伝子は生命の設計図だがその実体ではないと言う事実>

 ある生物のゲノムはその生物を支える基本的に固定した情報ベースであるのに対して、プロテオームは動的に変化するものであり、成長過程、病的状態、あるいは環境条件で変化するものです。

<プロテオミクス:proteomics>

 生物的プロセスを解析するために、蛋白質の定性的および定量的変化を追求する手段

 ある生命体での蛋白質の機能や蛋白質の相互作用や相関を解明するためには、より詳細な個々の蛋白質の構造と機能の解析が急務です。そのため、欧米では蛋白質群の直接分析を目指す"プロテオーム"計画が次世代ゲノム研究の主役として急浮上しています。

 プロテオーム研究は最新の技術によって生物での蛋白質の一次構造、翻訳後修飾、高次構造などからその機能の解析まで含むものです。このことから、プロテオーム創薬としては、正常、病態、薬物、年齢、環境などでの細胞レベルや組織レベルの蛋白質の変化や変動を解析することによって、創薬に関連した情報を解析することになります。その方法論がプロテオミクスであり、具体的には、多種多様な蛋白質の一次構造から、高次構造の解析、翻訳後修飾の解析、生体での各種相互作用や分子認識、そして機能の解析までを含めた広範囲のシステムが必要と考えられています。


<ホリスティック:hiolistic>

 人間が全体として機能すると言う意味の言葉であり、ゲノムとプロテオームは切っても切り離せない関係にあります。


<薬理ゲノミクス>

 適切な患者に適切な薬剤を用いることを主目的に、各個人の遺伝子プロフィール(プロファイル)から臨床評価(薬効及び副作用)の予測・予知を可能にします。例えば、SNP技術を基に、個人の遺伝子多形解析と薬の応答性(薬効)や副作用、あるいは薬物代謝のデータからその相関を求めて臨床試験期間の短縮および適正使用の確度を上昇させることにあります。


ゲノミクス:mRNA単離、cDNA、配列分析、遺伝子ライブラリーなどの一連の流れの中から、遺伝子発現、病体マーカー、遺伝子治療などから応用面が検討、実行されています。

プロテオミクス:ゲノムから、mRNAを経由した蛋白質発現、およびゲノムから計算して約10万種とも100万種ともいわれる蛋白質について単離精製などにまず直面することになります。


<プロテオミクスとプロテオーム>

 ゲノムは静的であって、ある生物では明確に定義でき増幅可能であり、その溶解性は大きく、構造的には単一組成であってプロテオームに比して相対的に少数である。

 一方、プロテオームは連続的に動的変化し、外部および内部の現象に応答し増幅は不可能であり、水溶性の易溶なものから膜蛋白や皮膚などのように難溶性蛋白質などいろいろな溶解性があり、翻訳後修飾の多様性とそれらの不均一性なども超複雑で、そしてゲノムの数に比して相対的に膨大な数になる。

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ファーマコゲノミクス

2004年6月1日分 No.384

 PGx:Pharmacogenomics

 特に研究が進んでいるのが、薬剤代謝酵素の遺伝的多様性と薬物標的分子の薬剤応答性に関与する分野です。
 非小細胞肺癌でのEGFR変異検査、大腸癌でのK-ras変異検査は、抗癌剤に対するレスポンダー・ノンレスポンダーを見分け、薬剤を適正に適応するために必須の検査です・

抗癌剤、ワーファリン錠、PPI(プロトンポンプ阻害剤)、スタチン系薬に関するなどで実際にPGxが応用されるようになって来ています。
 

 ゲノム情報、技術をもとに患者各人に個別至適化されたテーラーメード医療を実現するため、ファーマコゲノミクス(Pharmacogenomics)という新しいコンセプトが登場しました。

 ヒトゲノム情報解読により薬を理論的に創る「ゲノム創薬」の戦略が、加速度化されつつあります。

 ヒトゲノムプロジェクトにより整備されてきているゲノム情報、ゲノムテクノロジーといったゲノム化学を、新薬の探索研究から開発、臨床使用するまで適応しようとすることに特化するものとして、ごく最近急速に進展してきたものが、ファーマコゲノミクスです。

 一方、従来より薬理遺伝学(ファーマコジェネティクス)という領域があります。薬理遺伝学は、薬に対するヒトの反応性の個人差を説明する因子(病態、食事・栄養状態など)の中で、特に遺伝的因子の関与するものを対象とする学問として発展してきたもので、今日までに薬物動態に関与する分子種を中心に展開されてきています。

 したがって、薬理遺伝学とファーマコゲノミクスは、重なりも大きく、明確に分離することは困難ですが、ファーマコゲノミクスは、最新のヒトゲノム情報、ゲノム解析技術を駆使し網羅的、体系的に、例えば個々の患者での薬物応答性、副作用の発現などを予測する方法論です。その目的とするところは、治療薬の薬効を最大限に至適化し、副作用を最小化して、長期間使用される場合の費用を低減化することです。また、臨床治験の費用・効果比、安全性を強化し、創薬、薬物開発にさらには認可を促進することにあります。

 現在ヒトゲノムの研究のもたらす大きな成果は、大量の遺伝暗号の解析の他、体系的遺伝子多型解析と体系的遺伝子発現情報(発現プロファイル)解析に集約されます。

 この遺伝子多型解析と遺伝子発現情報解析各々での技術、情報はファーマコゲノミクスの推進力となります。

 現在、遺伝子多型解析では
SNPによる臨床アソシエーション研究が、遺伝子発現情報解析では発現プロファイルによる生命情報ネットワークが展開されようとされています。

 患者個々に対して最も適切な薬剤を選択し、必要十分量を過不足無く用いることの重要性については従来から十分認知されています。しかし、このような当たり前のことが未だに実現できていません。

 この究極の目的を合理的に実行する手段としてまさに遺伝子型解析が注目されているのです。

 海外で双子を被験者として解析を行ったところ治療効果・副作用発現などの個人差の20〜95%が遺伝的素因によって説明できることが示されています。

 患者個々について、薬物代謝酵素、薬物輸送担体、薬物受容体などをコードする遺伝子の遺伝子型を調べることにより、薬物使用前に薬物動態学的特性もしくは薬物力学的特性を測定して、最適な薬剤を選択し、最適な用法用量を決定することが可能になると考えられています。

        {参考文献}薬事 2004.5 等

               関連情報:SNPs、DNAマイクロアレイ、DNAチップ


  医学・薬学用語解説(F) Food faddismはこちらです。


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ファーマコゲノミクスの展望

2005年12月15日号 No.420

「ファーマコゲノミクス(ゲノム薬理学)」とは,平成17年3月18日付薬食審査発第0318001号医薬食品局審査管理課長通知では,「臨床薬理試験及びその他の臨床試験において,医薬品の作用に関連するゲノム検査を利用して被験者を層別する等の手段を用い,被験薬の有効性,安全性等を検索的,検証的に解析・評価すること」と定義されており,また,米国FDAが2005年3月に公表したガイダンスでは,「薬物応答性の個人差の潜在的な原因を特定し,個々の治療の効果を最大限に,リスクを最小限にすることに資するもの」と位置づけられています。

  {参考文献}厚生労働省医薬食品局安全対策課  医薬品・医療機器等安全性情報 No.219

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 ファーマコゲノミクスは,各研究分野において,患者個人の持つ潜在的な副作用のリスクや薬効の差異に関する遺伝的要因を理解する上で重要なものとして,活発な研究が行われています。

 薬剤応答性の個人差には,体格,年齢,性別等の他に遺伝的な要因も係っており,薬物代謝酵素,薬物トランスポーター,受容体等の遺伝子の多型が関与している場合があると考えられています。

 ファーマコゲノミクスの利用例の一つとして,薬物動態に影響を及ぼす遺伝子多型を調べることにより,母集団の中で副作用のリスクが高い集団や薬効が現れにくい集団を特定しようとする取組みがなされています。

 遺伝子多型が薬物治療に影響を与える例として,次の2種類の遺伝的メカニズムがこれまでに報告されています。

 薬物代謝酵素の遺伝子多型(チトクロームP450:CYP2C9,CYP2D6,CYP2C19,N-アセチル転移酵素:NAT2,UDP-グルクロン酸転移酵素:UGT1A1等)により,薬物の代謝速度が増加あるいは減少し,体内薬物濃度等が変化する場合。 薬物トランスポーター等の遺伝子多型により,薬剤応答性や副作用発現に影響を及ぼす場合(例:多剤耐性遺伝子(MDR1),β2受容体(β2AR))。

 特に抗癌剤塩酸イリノテカン(カンプト注)については,
(1)塩酸イリノテカンの活性代謝物であるSN-38は,グルクロン酸転移酵素(UGT)により解毒化されること,
(2)UGTの一分子種であるUGT1A1には遺伝子多型が認められ,UGT1A128(プロモーターのTA繰り返し配列が7回(野生型は6回))では,グルクロン酸抱合活性が低下し,重篤な副作用(特に好中球減少等)のリスクが増加すること,
(3)人種間でUGT1A1の遺伝子多型の分布が異なること,
(4)日本人では,UGT1A128とUGT1A127又はUGT1A16のいずれかを併せ持つ場合も重篤な副作用が発現する可能性の高いことなどが報告されています。

 米国FDAでは,2005年6月に塩酸イリノテカンの添付文書について,UGT1A128をホモ接合体で有する患者では好中球減少のリスクが高いため,初回投与量の減量を考慮すべき旨を追記するなど改訂が行われたところです。わが国ではUGT1A1の遺伝子多型を調べる検査薬は研究用として販売されている段階であり,厚生労働省では,その開発,実用化への取組みを促進するよう関係企業に要請したところです。

 現在,遺伝子多型と薬剤応答性に関する知見が蓄積されており,今後,より有効性・安全性の高い薬物治療の実現に向けた方策の一つとして,ファーマコゲノミクスの利用のより一層の取組みが期待される。特に,副作用のリスク因子を持つ患者を事前に同定することができれば,予測・予防型の安全対策に資するものと考えられます。

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医薬トピックス(20) 薬物代謝酵素の遺伝子多型と薬剤応答の例


 遺伝子   遺伝子多型の頻度    薬物         遺伝子多型が関与する薬剤応答

CYP2C9 0.2〜1%:ホモ接合体  ワーファリン    出血
    14〜28%:ヘテロ接合体

CYP2D6 5〜10%(代謝の遅い人) β遮断薬       β遮断作用の増大

CYP2C19 3〜6%(白人)    オメプラゾール   クラリスロマイシン及びアモキシシリンとの
    8〜23%(アジア人)            3剤併用によるヘリコバクター・ピロリ除菌に
                          おける除菌率の上昇

NAT2 T341Cアレル        イソニアジド    末梢神経障害・視神経炎
  35%(アフリカ人)
  45%(白人)

UGT1A1
 12%:ホモ接合体,      カンプト注     白血球減少(好中球減少)、下痢
 48%:ヘテロ接合体(白人)
 3〜6%:ホモ接合体,
 15〜21%:ヘテロ接合体(日本人)


<用語辞典>

バイオインフォマティックス

 計算生物学。情報生物学、生命情報学、生物情報科学などと訳されている。

 コンピュータを駆使して、膨大な量のDNA配列から、配列の各部分の「意味」を知るために、確率モデルに基づいてDNA配列の解析を行う手法。

 遺伝子解析が進めば、創薬、オーダメイド医療、遺伝子治療など様々な分野で画期的な進歩が予想されるため、現在最も注目されている分野の1つです。

 遺伝子やゲノムに関する大量の配列データあるいは多型データから、処理技術を駆使することにより新しい知見を得る学問。実用的なデータベースを構築し、解析のためのアルゴリズムやプログラムを開発し、実際の生物学的あるいは医学的な解析を行うことが主な課題。

ジェノタイピング:遺伝子型を同定すること。


ハンチントン病

単純優性遺伝の形式を取る遺伝性疾患。日本では少ない。
30〜40歳代に発症し、不随運動が10〜15年にかけて慢性的に進行し、これに続発、あるいは先行して脳病変による精神症状が現れ、合併症などにより死に至る難病。
その病的遺伝子の座は第4番染色体の長腕q16.3にあり、そこにOCTの3塩基配列の異常な繰り返しのあることが判明している。

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