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1996年2月1日号 192

P糖蛋白質と薬物相互作用

PGP:p-グリコ・プロテイン〜P糖蛋白質

   薬物相互作用のメカニズムは二種類に大別されます。即ち、一方の薬物が他方の薬物の吸収、分布、代謝、排泄、とういう薬物体内動態に影響する機構と、作用部位における感受性を変化させる機序の二種類です。

 前者では、P450代謝酵素の阻害・誘導がよく知られていますが、これとは異なるメカニズムとしてP糖蛋白質を介する薬物相互作用が最近注目を集めています。

  {参考文献}JJSHP,VOL.32 NO.1 1996

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 P糖蛋白質は、膜蛋白質であり、ATP加水分解のエネルギーを利用して細胞内の薬物を細胞外へ排出するポンプとしての機能を有します。P糖蛋白質は当初、抗癌剤に対する多剤耐性を獲得した癌細胞において過剰に発現していることが発見され、臨床での薬剤耐性に深く関与するとされています。
 
 その後、P糖蛋白質は癌細胞のみならず、様々な正常組織で薬物の排泄や移行性を制御していることが明らかになり、その生理機能を阻害することによって今まで知られていなかった新しいタイプの薬物相互作用を引き起こすことが認識されつつあります。P糖蛋白質を介する相互作用として最初に解明されたのは、キニジン、ベラパミル(ワソラン)によるキニン腎排泄の低下です。

 ジゴキシンはP糖蛋白質により輸送される基質であり、腎尿細管刷子縁膜においてP糖蛋白質を介して分泌されること、臨床上重要なキニジン、ベラパミルとの相互作用はP糖蛋白質の阻害に起因することが解明されました。

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 同様の機構に基づくジゴキシンの腎排泄の低下は、シクロスポリン、アルダクトンA、アダラート等化学構造や薬理作用の異なる薬物併用時にも認められます。

 コルチゾール、アルドステロン等の一部のステロイドがP糖蛋白質により効率よく輸送される基質です。また肝臓の胆管側膜に発現しているP糖蛋白質は、種々の薬物やリン脂質を胆汁中に排泄する役割を果たすことが分かってきました。

 さらに小腸刷子縁膜に存在するP糖蛋白質は、ビンカアルカロイド、アンスラサイクリン系抗癌剤などを吸収とは逆方向の消化管分泌するという新しい異物排泄機構が提示されています。
 
 P糖蛋白質の広範囲な基質認識性や存在部位の多様性は、様々な薬物の体内動態への関与のみならず、その機能阻害に起因する相互作用の存在を予想させます。薬物相互作用の重要なメカニズムの一つとして認識し、現象論的な相互作用をこの視点から見つめ直してみる必要があります。

 副腎皮質表面や妊娠時の胎盤に発現するP糖蛋白質はステロイドトランスポーターとして機能していると考えられています。を管腔内へ分泌することが報告され、P糖蛋白質は腎臓のみならず様々な組織に存在し、その生理機能と薬物体内動態との関連性に興味が持たれています。脳の毛細管内皮細胞に発現するP糖蛋白質は、薬物を脳内から血液中へ排出し、脳内への物質移行を制限する血液脳関門として機能することが明らかにされました。
 
 シクロスポリンやアドリアマイシン、ビンブラスチンの脳内移行は、P糖蛋白質により制限されていると考えられています。


MRP
Multidrug Resistance Protein


 MRPはP糖蛋白と同様に薬物排出に関与する蛋白で、MRP1やMRP2が最近よく知られるようになり、薬物の体内動態へも影響を及ぼすことが分かってきました。

 MRP1は、体内に広く分布し、ビンカアルカロイドやアントラサイクリン系抗癌剤のほか、メトトレキサート、グルタチオン包合体、グルクロン酸包合体、硫酸包合体などの有機アニオン化合物の輸送を行っています。

 MRP2は、肝臓、腎臓、消化管に多く、その基質特異性はMRP1と類似し、抗癌剤、グルタチオン包合、グルクロン酸包合などの輸送を行っています。

 また、生体内成分ではビリルビンのグルクロン酸包合体の胆汁中への排泄をに司っており、その欠損ラットでは高ビリルビン血症を呈します。従って、MRP2は薬物やビリルビンの胆汁排泄に重要な輸送蛋白と予想されます。

 最近、併用薬物の血中濃度を低下させるとして注目されているセントジョーンズワートが、肝臓でMRP2の過剰発現をもたらすことも分かってきました。

             出典:日本病院薬剤師会雑誌 2003.3

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Dubin-Johnson症候群

 黄疸や高ビリルビン血症を呈する常染色体劣性遺伝病で、グルクロン酸包合型ビリルビン血中濃度の上昇を特徴とします。

 原因は胆管側に存在するABCトランスポーターであるMRP2/cMOAT(canalicuar multispeciffic orgabic transporter)の機能障害で、包合型ビリルビンが胆汁に排泄されず血中に逆流するためとされています。


2002年追記

トランスポーター

出典:日本病院薬剤師会雑誌 2002.3

 トランスポーターは、以前キャリアーとか輸送担体などと呼ばれていました。

 細胞の膜を物質が通過する際に必要な通路を形成する構造物のこと。
古くから分子として存在することが予測されていたものの実体が不明であるため曖昧な表現になっていました。

 最近になって始まった生物化学の分子生命学の発展によって、現象として表現されていたこの輸送担体は分子としての実態が明確にされたのをきっかけに、輸送(transport)の担い手(transporer)と呼ばれるようになりました。

<トランスポーターとチャンネル>

 トランスポーターと類似の膜蛋白としてはチャンネルがあります。トランスポーターとチャンネルも水溶性物質の通路にあることは同じです。

 しかし、チャンネルは主としてより低分子の無機イオンの通路で、その輸送スピードが速く1チャンネルあたり10の6〜8乗イオン/秒を輸送します。これに対しトランスポーターは有機イオンを基質とすることが多く、輸送スピードは10の2〜4乗基質分子/秒程度です。

 分子の構造も大きく異なり、チャンネルの基本ユニットが4回膜貫通のものが多いのに比べ、トランスポーターの基本ユニットは12回膜貫通の蛋白が基本となっています。

<薬物トランスポーター>

 おびただしい種類の薬物の数だけトランスポーターがあるわけではありません。

 本来は栄養素などの生体の機能維持に必要な物質や体内代謝産物等の、体内への取り込みや体外への排泄に必要なトランスポーターがそれらと類似の構造を持つ薬物をも認識するため、薬物トランスポーターと呼ばれています。従って、薬物だけを輸送するトランスポーターはありえないことになります。

 1つの分子トランスポーターが認識する基質の種類は多く、この基質認識部位は必ずしも基質の化学構造の類似性とは限らず、類似性がほとんど認められないほど異なった構造の薬物をも輸送することがあります。

 トランスポーターがどういう基準で薬物を選択しているかは未だ不明な点が多いものの、古典的な生化学で示されている酵素と基質との狭い選択性(高い特異性)に比べると、薬物トランスポーターと薬物の関係は極めて幅の広い、多選択性があります。

<主なトランスポーター>

ABCトランスポーター
有機イオントランスポーター
肝特異有機陰イオントランスポーター
ペプチドトランスポーター
中性アミノ酸トランスポーター

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トランスポーターとP糖蛋白

出典:薬事 2000.5

 多くの栄養物や薬物の吸収部位である小腸上皮細胞はタイトジャンクションにより結合し生体異物のバリアーとして働いていなす。従って、これらの物質は経細胞的に吸収されなす。しかし実際には受動拡散だけで説明できない多くの物質の推移が行なわれています。

トランスポーターによる吸収

 従来から小腸上皮の刷子縁膜構造は吸収面積拡大のため物質の吸収を可能にすると解釈されていました。しかし近年刷子縁膜構造にはいろいろな栄養物に対してエネルギーを使って吸収する輸送体(トランスポーター)が発達していることが分かっています。多くの薬物も構造上適合するトランスポーターにより吸収することが分かってきました。

アミノ酸の吸収

 消化管からのアミノ酸の吸収はペプチドトランスポーター(PepT1)により輸送されます。
そのメカニズムは刷子縁膜に発現しているPepT1が上皮細胞内外のH+濃度勾配を利用して、ジないしトリペプチドを細胞内へと取り込みます。そのほとんどは細胞内で酵素によりアミノ酸まで分解され、アミノ酸トランスポーターにより細胞内から毛細血管内へと輸送されます。

 テトラペプチド以上は輸送できずペプチドサイズとしては極めて厳格です。また小腸だけでなく弱いながら腎、肝、脳にも存在し、高等動物にとって本質的な輸送システムです。

 このトランスポーターで認識され輸送される薬物としてはペニシリン、セフェム系の抗生物質などが挙げられます。同じセフェム系でも消化管から吸収されるものとされないものがあるのは、このトランスポーターにより認識されるか否かということによるものです。

その他のトランスポーター

グルコーストランスポーター、モノカルボン酸トランスポーター、リン酸トランスポーターなど。

トランスポーターの欠損症

先天性グルコース・ガラクトース吸収不全症:生後糖の吸収不全により水様下痢が起こります。フルクトースに切替えることにより症状は改善されます。

 このように生体にとって必要不可欠な物質、特に受動拡散により吸収されにくい物質の多くはトランスポーターにより吸収されます。

生体膜には多くのトランスポーターが存在します。
排泄臓器でのトランスポーター:腎や肝
血液−脳関門でのトランスポーターは非常に重要
トランスポーターを介した相互作用

排泄トランスポーター(P糖蛋白質)

 小腸刷子縁膜で細胞内から物質の汲み出しに働くトランスポーター

 薬物を含め脂溶性の高い物質は生体膜を受動拡散により容易に通過します。すなわち生体は常に脂溶性の高い物質にされされていることになります。

 したがって生体機能を維持するためには受動拡散により生体内に入ってきた物質を積極的に排泄する働きが必要となります。その一つは肝臓や小腸上皮細胞内での代謝であり、毛一方の機能としてトランスポーターによる排泄が重要な要因です。

 簡単に言えばP糖蛋白質の働きは、受動拡散により無制限に入ってくる物質を細胞内から管腔側へ再度排出働きと言えます。

 P糖蛋白質は膜の薬物透過性を変化させることから、peameabilityのPをとって命名されました。
 
P糖蛋白質の基質と遮断剤の予測

 P糖蛋白の基質となる薬物を開発することによって中枢神経系副作用を回避できる可能性があります。

 例えば抗ヒスタミン剤中枢移行性を低下させることによって眠気などの副作用を回避しますす。

 P糖蛋白質の基質とならない薬物の開発によって中枢移行性を高めて中枢作用を効率良く惹起させます。

例えば脳腫瘍治療のための抗癌剤の中枢移行性を改善する。

 しかしどのような物質がP糖蛋白質の基質となるか、阻害剤となるか正確に予測することは可能となっていなません。


ゲートウェイ蛋白質

<パスポート・ゲートウェイ蛋白質仮説>

 各組織に発現するトランスポーター群は、その分子認識・輸送の多様性によって、条件(パスポートコード)を備えたものの細胞内侵入を許可するパスポート蛋白質と、脂質二重層に入り込んだものを代謝代謝又は排出輸送するゲートウェイ蛋白質がそれぞれ機能分担することによって、比較的低分子異物に対する膜透過制御機構として働いているという仮説。

 取り込みに機能するトランスポーターをパスポート蛋白質と呼び、排出トランスポーターと代謝酵素を総称してゲートウェイ蛋白質と呼びます。

 それぞれが機能分担することによって比較的低分子異物に対する膜透過制御機構として働いています。

 食物成分から得られる栄養分は、水溶性物質であっても小腸から効率よく吸収され、また血中から腎糸球体による濾過後、尿中から腎尿細管への再吸収も高率です。これらの体内への(再)吸収は、小腸あるいは腎尿細管の上皮細胞に備わっているパスポート蛋白質として機能する選択的なトランスポーターが、パスポートの証査によって旅行者の国境を越えて通過が許可されるように、(再)吸収すべき分子に備わっているパスポートコードを読みとり、積極的に体内に取り込むことに基づいています。

 同様に、水溶性栄養物の必要量が血液脳関門をパスポート蛋白質よって効率的に供給されます。

 一方、ゲートウェイとして開放されている脂質二重層にとけ込んだ脂溶性あるいは細胞毒性を示す薬物に対しては、ゲートウェイ蛋白質として機能するMDR/P-糖蛋白質を介してATPのエネルギーを消費して細胞外に排出します。

 この排出機構を免えて細胞内に侵入した薬物は、他のゲートウェイ蛋白質、すなわちチトクロームP450に代表される代謝酵素により化学返還され、P-糖蛋白質MRP2などのABCトランスポーターあるいは他のトランスポーターを介して細胞外に排出されます。

 実際に、小腸上皮細胞にはP糖蛋白質やMRP2など排出トランスポーターが発現し、薬物の管腔から門脈への透過障壁として機能しています。

  出典:医薬ジャーナル 2004.5


トピックス   ブレイクポイント

 

 ブレイクポイントとは、80%の有効率を示す抗生物質の量(MIC)のことをさします。

 抗菌薬はその組織移行性が各臓器によって異なっていることから、薬剤感受性の定量的表現であるMICが測定可能であれば、感染症の部位による各薬剤の臨床的なブレイクポイントとして設定されるのが理想的です。
 現在最も利用されているNCCLS(米国臨床検査標準委員会)のブレイクポイントは基準資料が米国の薬剤投与量、および体内動態に基づいて作成されたものであり、わが国における常用投与量に合わせたブレイクポイントの検討の必要が強く望まれていました。 
 
坑菌薬のブレイクポイントの概念

・対象の菌が抗菌薬に対して耐性あるいは感性であるかを判定する細菌学的ブレイクポイント      
・感染性の患者に投与して臨床的に有効かどうかの判断を行うための臨床的ブレイクポイント                  
                     
                1968年寒天平板希釈法    

1974と1981の2回にわたって感受性測定方法の改訂
             
 液体希釈法によるMIC測定〜欧米では主流 
 日本では1989年には微量液体希釈法についての標準法が設定。            
 
◎1993年日本化学療法学会抗菌薬感受性測定検討委員会において、感染症に対して抗菌薬の臨床的効果(80%以上の有効率)が期待できるMICを臨床的なブレイクポイントと定義し、呼吸器感染症および敗血症における各抗菌剤のブレイクポイントの設定をわが国での抗菌薬の常用量における組織移行性などの基礎デ−タに基づいた解析より行われました。          
 
臨床的なブレイクポイントの計算式

Breakpoint MIC=Cm×t×Rtr×A       ・・・・・・・・・・・・・・    
Cm:最高血中濃度 (Cmax)より規定される定数                
t:作用時間(半減期)より規定される定数 

Rtr:組織移行性(最高組織濃度/最高血中濃度比(R)より規定)    
A:抗菌作用特性(PAE、殺菌および静菌作用等の特性を勘案して決定)             

 {参考文献}薬局 4 1995

臨床的なブレイクポイントに関与する因子と計算式の設定  
 
 抗菌薬の臨床的効果は薬剤の感染組織移行濃度と抗菌活性(MIC)に最も左右されるものと考えられるが、それ以外の因子として下記に示したものが考えられる。               
 ただし、患者側の要因は患者個人における選択要因が増えすぎるということと普遍的な因子になりにくいという点から除外した。 
                        
抗菌薬剤の臨床的なブレイクポイントとその計算法      
  国内でのブレイクポイントの設定は初めての試みであり、定義の設定やどのようなタイプのブレイクポイント(ハイ、ロ−など)を使用するのか、感染部位別か菌種別などの検討が行われ最終的には、ここで示したような案が作成されている。         
 
 今後、開発される薬剤については、その都度、計算式によってブレイクポイントの設定がなされることになる。                          

山形大学医学部付属病院
    抗菌薬感受性測定の標準的日本療法学会
    薬剤部医薬品情報室
               こちらの記事もご覧下さい。→
「心臓の通信簿」


{添付文書改訂のお知らせ}

 

抗癌剤の耐性にも関与  ビタミンA高用量摂取での催奇形性

 補給剤の形で10000IU/日を超える既成ビタミンAを摂取した母親から出生した新生児では、およそ57人につき1人に奇形が発生したと推定できる。

関連項目:レバーの食べ過ぎで催奇形成

 

 

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