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個の医学とは

代謝多型について      関連記事 薬物代謝能の個人差 、代謝多型(2)(3)

1999年12月1日号 281

   

 薬物治療の適正化では、目的とする薬効を引きだすとともに、目的としない作用、いわゆる副作用を最小限に抑えることが最大の課題です。

 同一薬物を同一の方法で同量与薬した場合でも、薬物の反応が患者によって異なることは古くから知られてきたことであり、従って薬物治療は患者個々に併せて行うことが理想です。

{参考文献}薬事 1999.11

’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’’ 個の薬物治療の個別化は、古くは医師の「匙加減」という形で行われていました。すなわち、医師の診断に経験を加味し、さらに実際に薬物を投与した上での効果や副作用を観察した上で薬物治療のプロトーコルを決定するという方法です。

 近年に薬物治療では、患者個々に対して行われるこの「匙加減」には、徐々に科学的な裏付けが伴うようになってきました。

 薬物治療の個別化では、考慮すべきさまざまな因子があり、それぞれが薬物の体内動態や薬効などに複雑に関与しています。

<<代謝多型>>

 薬物の体内動態を決定する過程には、吸収、分布、代謝、排泄がありますが、これらの中でも特に代謝酵素については遺伝子多型に関する研究が進んできています。

代謝能が高い群:EM;extensive metabolizer

代謝能が低い群:PM;poor metabolizerが存在することが知られていましたが、近年ではこうした代謝多型の原因となる遺伝子多型が明らかになってきています。

 CYP2C9、CYP2C19、CYP2D6などのチトクロームp450サブファミリーやNアセチルトランスフェラーゼ(NAT-2)、チオプリン メチルトランスフェラーゼ(TPMT)などについて遺伝子多型が明らかになってきています。

<<遺伝子的薬理特性>>

 薬物は、受容体やチャンネルなどの蛋白分子をその作用部位としている場合が多く、こうした受容体やチャンネルについても遺伝子多型が存在することが報告されています。

 遺伝子多型によっては、特定の疾患を引き起こすこともあり、薬物治療の個別化でも病態的要因として考慮することができます。しかし、特定の疾患にいたらない遺伝子多型もあり、こうした受容体などの多型が薬物の結合解離定数などに影響を及ぼす遺伝的な変異があれば、こうした遺伝子を診断することにより薬物の選択や用量の設定がより適正化できる可能性があります。

 薬理遺伝学の研究成果を臨床的な薬物治療の個別化という形で実用化するにはまだある程度の時間が必要かもしれませんが、症例的には薬物治療の個別化で重要な要因の一つになると思われます。

<<他科受診、相互作用>>

 その他の考慮すべき因子として、薬物相互作用も個別化治療の大切な事項です。

*緑内障患者や前立腺肥大の患者に抗コリン作用を有する薬物

*喘息患者にβブロッカー(点眼を含む)

*コレステロール性胆石の既往患者に対するフィブラート系薬剤(リポクリン錠、ベザトールSR錠等)

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薬物治療個別化のために考慮すべき因子

1.病態生理学的要因(先天的または遺伝的)治療対象である疾患

・併発症、既往歴

・腎障害、肝障害

・生化学検査値(電解質等)

2.病態生理学的要因以外の後天的因子

・併用薬

・飲酒、喫煙

・年齢、体重、表面体積

・妊娠や授乳の有無

関連記事 薬物代謝能の個人差 、代謝多型(2)(3)


追加記事

Phenocopy現象

ファルマシア 2000.11

 現在までに行われているCYPの遺伝子的代謝多型の研究では、まず表現型(代謝能)に問題を持っているヒトの遺伝子構造を解析することで変異を明らかにし、次に遺伝子型により層別した健常成人を対照に遺伝子型と表現型との関係を評価する方法が多く取られてきました。このような臨床試験を通して得られる結果には、蛋白合成を妨げる変異をホモ型で有する場合は酵素欠損者であり、代謝能の低下を伴うといった遺伝子型と表現型の良好な一致を見ます。遺伝子型は生涯不変ですが、表現型である個々の代謝能は容易に変化することが予想されます。

 そのため遺伝子型では酵素欠損者ではないにもかかわらず、表現型は酵素欠損者の挙動を示す遺伝子型と表現型の不一致が生じ、この現象をPhenocopy現象(フェノコピー)と言います。

<Phenocopy現象と相互作用>

 日本人でのCYP2D6欠損者は人工の1%以下でほとんど見られません。酵素欠損の原因遺伝子は現在までに、39種類程度が知られており、その中の2,3は日本人での欠損者の遺伝子解析により発見されています。

 CYP2D6遺伝子変異のパターンはCYP2C分子種(CYP2C9,2C18,2C19)の遺伝子変異がすべて点突然変異であるのに対し、挿入、欠損と多彩な様式を取ります。その中で、日本人に重要な変異は*10変異と*5変異です。*10変異をホモ型で持っていても酵素活性は低下しますが、欠損までには至りません。しかし*5変異はCYP2D6遺伝子の全欠損型なので、ホモ型の場合は酵素欠損者となります。

 レボメプロマジンやクロルプロマジンといったフェノチアジン系薬物は強力なCYP2D6の阻害剤であることが知られており、欧米人でも併用によりPhenocopy現象が生じることが指摘されています。

 アキネトン(ビペリデン)はフェノチアジン系などの副作用である錐体外路障害を防止する目的で使用されていますが、強力なCYP2D6の阻害剤であることが明らかにされています。


人が作った定義なんて何になる?!

EBMに向けて(6)

 通常、EBMといえば、その「根拠」を裏付けるものとして出てくるのが、大規模臨床試験であり、ランダマイズド・コントロールスタディ(無作為対象比較試験)ということになります。

 EBMが依拠するものとして、すでに欧米では大規模な無作為対象比較試験の方法が普遍化しており、日本でも、その導入の必要性が議論されるところとなっています。

 しかしここに一つの落とし穴があることに注意しなければなりません。すなわち、大規模なランダマイズド・コントロールスタディの科学的評価方法の妥当性については例えば特に高血圧治療の分野では、大規模臨床試験の実施によって、至適降圧レベルの探求や薬剤の使い方、またはその安全性についての有用な結論が導き出されてきています。

 しかし同時にこの大規模臨床試験の理論は、もう一つの科学である個別医療の論理と矛盾しあう側面を持つものであることに注意しなければなりません。このことは特に、目の前の患者の差し迫った生命の危険と苦しみに対処しなければならない癌治療のような場合には、より鮮明な姿で立ち現れてくることになります。

 大規模臨床試験では平均値や中央値を評価基準にしているわけですから、その基準値はまた、「目の前にいる一人の患者にとって最も良い方法は何か」とする個別医療の考え方とは矛盾することも生じてきます。

 前号でARR、RR、RRRなどを紹介しましたが、「そんなものが何の役に立つんだ?そんな数字の勉強するくらいなら、臨床の勉強をする方がよほどましだ。」と思われた方もおられたと思います。

「欧米の科学はグループスタディが中心だが、その考え方では、例えば100人のうち50人に効いたとしても、あとの50人は見捨てられるわけで、そのような治療は(見捨てられる側に入る)患者にとっては何のメリットもない」ということになってしまいます。

 実際、平均値ほどその空くじの当事者にとってむなしいものはありません。癌治療では5年生存率が何10%であろうと、そこから外れた患者や家族にとっては、ただの0%でしかないということは、これまで多くの人々が経験しているところです。

{参考文献}医薬ジャーナル 1999.2 「EBMの誤解」 沼田 稔


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