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  徒然に ・・ 今日の出来事・今日の思い

 

    日付(24/12/28) 年の瀬

いよいよ年の瀬。今年は暦の巡りが良いとか。多くの企業が今日から1月5日までの9連休とか。コロナ騒ぎが終わって久しぶりの騒がしい年末年始の様である。でも、社会の基盤の様相が何となく違う。何を典型というのか見えないが、「若者」の「個人主義」が見える。誰もが個人の意見を言える時代、といえば聞こえは良いが、どうも団体で動く、まとまって何かをする動きがどんどん減ってきている様に感じる。コロナを契機に急速に増えた自宅勤務、ネット会議、などがその雰囲気を作り出した。今になって、顔が見える職場だとか、無駄な会話の重要性、などと見直しのトレンドもあるようだが、この種の話題は世代間、年代によって感度が大きく異なるようで、間違いなく新しい社会のあり方を生み出している様だ。年賀状が85円になって益々新年の挨拶も年賀状からメールに移っているとか。当方はそうそう簡単には年賀状を止められない方で、昨日から印刷して投函した。手書きの部分はほとんどなく、プリンター任せの年賀状だが、正に自己満足の世界。住所録を整理して、今年亡くなった人や喪中はがきを整理する。ここ数年「年賀状仕舞い」の連絡をくれた人もあり、こちらから出す枚数も自然減で大きく減っている。ただ、住所録を見直すだけで、その人との関連、お付き合いした頃の自分、世の中の動きなどを想う。これこそが年賀状の価値とも云える。古くなって写りが悪くなっってきたプリンターと闘いながら今年の印刷も終った。でもやはり「年賀状仕舞い」をした人の近況は知りたいと思う。自分だって、いつの間にか消えちゃったね、という終わりにはしたくないから。やはり年の瀬は自分や周りの変化を認識するための時間である。

    日付(24/12/22) じいちゃんサンタ

5,6年前のクリスマスに「じいちゃんサンタ」を宣言し、(4人の)孫たちのプレゼントオーダーを受けている。わずかだが、コンサルや調査のアルバイトのような形で年金以外の収入を得ている間は、と考え12月になると受付、できるだけ送料無料のネット販売でリクエストに応えている。始めた6年前はみんな玩具か衣類。それが年齢と共に小学生用(ゴルフ)ドライバーとか、シリーズ漫画本のセット、CDやDVD、等々変化してきた。今年など、最年長高校生はガラス製紅茶セット(カップとソーサー)、それどころか中学生の娘はクリスチャンディオールバックステージフェイスブロウパレット004(?)だって。じいちゃんにはそもそも何のことか分からない。中学生でディオール?なんて驚いている。先週には届いたらしく、ちゃんとそれぞれスマホで写真を撮って、ラインで送ってくれる。(それでも中身はよく判らないが)自分が子供の頃を思い出すと、大人になって、両親や祖父母に自分の稼いだ金で贈り物が出来るようになるのがある種成長の目標だった。先日、息子たちがステンドグラスセットをプレゼントしてくれたが、これはなんと喜寿(77歳!)の祝いだった。孫達が何か祝ってくれる日まで頑張って生きながらえねば、なんて思っている。でもこうして成長や季節や年齢を感じながら時を過ごせるのは有難い。来週には本物のサンタさんが孫たちにプレゼントを運んでくるのだろうか。鳥取の田舎で目が覚めたら、当時は珍しかったプラスチックのごはん茶碗に「まさかりかついいだ金太郎」の絵が描いてあって、すごく嬉しかったことを思い出す。あの頃は良く雪が積もった。

    日付(24/12/13) 次のリタイア

先週日曜に市の市民講座のPC教室の講師の仕事の今年分が終わった。その後、火・水と公民館の部もあり、これも無事終わった。その機にPC講座の講師の仕事(?)を終えることにした。理由は色々ある。例えばこの分野の進展と変化。スマホの普及と使い分けなど。特にマイクロソフト社のWINDOWS戦略も大きい。当方は今3台のPCを使っているが何れもWindows10。これが来年10/14をもってサポート終了とか。周辺業界も騒がしくなっている。新しくしてしまえば良いのだが、当方のメインで使用中の一体型はハードディスク4TBも入っていて、チョット捨てる訳にはいかない。勿論中にはデータも入っている。安価な中古Win11のディクトップを買って何とか組み合わせようとか、いやいやいっそのこと新品の11ノートを買おうとか、色々考え、楽しんでいる。一方、趣味も先日息子たちが喜寿で贈ってくれたステンドグラスも早く準備しないと手が震えてできなくなるかも知れない。自由時間を増やすためにも一つづつケリもつけていかなくては・・・と思った次第。市民講座も、公民館も「来年もお願いしたい」と言って下さるのはじつに光栄だが、まずPC講師はケリをつけることにした。こんなことを考えながら日々を過ごすのも本当の「終活」のひとつなのだろう。

    日付(24/12/9) 孫娘のバトントワリング

滋賀に住む次男の次女(中2)がバトントワリングを習っている。余りメジャーなスポーツと認識していなかったが、なるほどパレードでもマーチでも音楽との相性も良く、特に女の子には人気のスポーツらしい。関西でとくに盛んな様で学校の部活のみならず、多くのクラブチームもあるらしい。年齢別に分かれているが、15歳以下のクラブチームで関西で優勝し、全国大会があると連絡があって、昨日幕張メッセでの全国大会の応援に行った。12歳以下(小学生対象)、15歳以下(中学)、18歳以下(高校)、そして大人のチームと、クラス別に競う。彼女は15歳以下の分野で、それだけでも全国から24チームが出場、1チーム、3〜5分の演技で競う。3分で何が分かるかと思うけれど、素人眼で見ていても音楽に合わせる動き、バトンハンドリング、チームとしての動き・芸術性など、非常に楽しかった。まず、明るく、華やか、音楽も楽しい。バトンを放り上げてチャンと受け取るだけでも、チーム全体で合わせるのは容易では無い。孫娘のチームは21名と多く、それがそのクラスでは唯一、ノードロップ賞と言って、一人も一回も落とさないという好結果であった。結局15歳以下のクラスで、最高の成績、24チーム中の1位(日本一!)で終わった。我が家族にこんな娘が現れるなんて、正に驚き。どんな将来が待つのか思わぬ楽しみが増えた。韓国の次はシリア、と世界の平和に大きな疑問符が付きまとっている現代だが、孫達が楽しそうに成長しているのを見るのが何とも有難い。もっと広い視野を持たねば、と思いながら、でも良い一日だった。こんな日本が続いて欲しいと思いながら。

    日付(24/12/7) 韓国政変

もう政治向きのニュースは採りあげないと決めたはずなのに今回の韓国の政変(軍事クーデター未遂)はやはり大ニュース。国民の力の尹大統領が少数与党故に何も政治が動かせず、いわば軍事クーデターを起こした。非常戒厳宣言という大統領発表で国会も力で抑え込もうとしたが議員全員の抵抗にあい一晩で撤回した。野党は弾劾を目指したがとりあえずは決議は成立しなかった。思うように政治を動かせない不満が爆発した形だが、韓国の民主主義志向の原則は強く、戒厳令は否定された。尹大統領の親日、親米政策は好意を持ってみていたが、いかんせん韓国内の反発に耐えられなかった様だ。これでまた左派「ともに民主党」への流れが強まるのが怖い。この国と平和に仲良くなるのは、いかにも難しい。また大揺れがきて折角進んだ対日関係改善の流れが逆戻りするのが怖い。日韓関係の根本的解決は一体いつ可能になるのだろうか。暗澹たる気持ちになってしまう。

    日付(24/11/29) 秋は?

四季ではなく二季の時代になったとか。確かに今年の秋は本当にあったのか、と思わせる。いつの間にか寒い。いきなり冬である。庭にある百日紅の枝が道路に張り出すものだから頻繁に枝落としはしていたのだが、とうとう大きな幹を落とした。何しろ電動武器はトリマーしかなく、のこぎりを引っ張り出してゴリゴリ。その後でトリマーで枝落とし。結構大変な作業。裸になった幹を捨てるに捨てられず玄関わきに(オブジェの如く)立てかけていた。以前同様のことをやった時は、意外にサマになったのだが今回はやや大きすぎて見苦しい。とうとう小型チェーンソーを買った。まるでおもちゃだが、意外や機能する。昨日、捨てやすくするため50cm長に切った。やはり武器は凄い。科学技術は偉大なり!と、思い知った。こんな武器が大型化され、村が街になり、街が都市になっていくのだろう。まさかのこぎりとチェーンソーの違いが四季を二季にするわけは無いだろうが、ゆっくり味わえる四季も大切にしたい。そういえば今年は近くの公園の黄金のイチョウの黄葉もまだ楽しんでいない。大相撲のせいで散歩の回数が減ったから。早く味わわないと散ってしまうかも知れない。

    日付(24/11/22) デモクラシーを大切に

小池都知事、トランプ大統領、そして斎藤兵庫県知事。民主主義とか、選挙制度、自由平等などを深く考えさせる事件が続く。当方など単純だからこれだけ予想(期待)外の結果が続くと世界や社会を考える意欲を徹底的に失くしてしまう。しばらく政治向きの話題は採りあげたくない。こんな時に選ばれた(?)石破首相には、同情しかないが、だからこそという最後の期待は持ち続けている。意外にもこの混乱の中から驚くような挑戦と改革が転がり出て来るかも知れないと、思ってしまうから。でも、彼の国際社会での失態を聞くにつけ、期待しすぎてもいけないかなと思ってしまう。暫く政治向きの話題は中断したい。昨日はコンサルクライアントの依頼で、東京ビッグサイトの展示会、「ケミカルマテリアルジャパン2024」を見た。一気に昔に還って、周辺を知りたくなる。以前のクライアントも出展していて、懐かしい顔にも出会ったり。こんな時間は何となく嬉しい。既に忘れてしまった世界だが、「分かる(りたい)世界」はやはり嬉しいし、「もうちょっと頑張ってみようか」とすら思ってしまう。サイエンスはやはりデモクラシーと相性が良いのかも知れない。

    日付(24/11/17) 小学校の(!!)同窓会

先週14日に何と土師小学校の同窓会が開催され、参加した。とっくに6校が統合されて、今は1校しかない鳥取県智頭町の小学校。当時は当方が卒業した土師小学校のみで(名簿上)57人もいた。今は、その統合智頭小学校だけでも50人もいないと聞いた。今回はリタイア後2回目の開催。14人が、同窓生が神主を務める神社に集合、彼が祝詞を挙げてくれる奉祝祭からスタートした。場所を変えての喜寿祝賀会は13人になったが、故郷の小料理屋のランチとお酒を楽しんだ。同級生の神主さんの祝詞で祝うなんてなかなか出来ないお祝いでそれだけで感じ入った。57人中12人はもう鬼籍に入っていて他にも5人所在不明の人もいるとか、兎に角、年月はチャンと経っている。終わった後は一層田舎に嫁いだ実姉を訪ね、姪たちも入れて語り合った。夜は当方の卒業した小学校のもう一段山奥の那岐小学校が宿泊施設になっているとのことで、そこで一泊した。昔の小学校の内装は綺麗に整えられ、立派な宿。でも常駐の人はいない。運よく(悪く?)客は当方のみ。大きな元小学校の2Fの一室で「静けさ」を楽しんだ。翌朝は爽やかな空気の中、田舎の景色や川の流れを楽しみ、岡山県との県境の駅、「那岐駅」まで散歩した。半世紀前まで育った鳥取の田舎の田畑、山河、空の青さなどを満喫した。これぞ「懐かしい」山河!その後数少ないローカル線で尾道まで移動して、友人と時を楽しんだ。これぞ昔を振り返る貴重な時間。良い「喜寿」の祝いだった。

    日付(24/11/9) ステンドグラス細工再び??

先週末、久しぶりに滋賀に住む次男家族を除く家族が集まって、長男の50歳を祝った。当方はそのつもりだったが他の家族は25日生まれの当方の「喜寿(77歳)」も祝うつもりだったらしい。息子三人も打ち合わせたらしく、サプライズのお祝いが準備してあった。何あろう「ステンドグラス細工」のセット。30年近く前の米国駐在時のトライであった。一人暮らしの期間も長く、冬の雪の中ではすることもなく、不器用な当方にしては珍しくステンドグラス教室に通って、いくつかの作品を創る所までいった。大きな家の地下室でガラスを切って繋いだことを昨日のように思いだす。帰国後、全く機会はなく、持って帰った道具やガラスの破片もいつの間にか片づけられた。リタイア後、思いだしたこともあったが、道具も場所もなく、知らん顔だった。今回息子たちが思いだしたらしく、新たな老後の楽しみを提案、基本的セットをプレゼントしてくれた。これは嬉しい、けれど、さて、本当に出来るだろうか。精神面の振り返りから入っている。まず作業場所から入らねばならない、でも、もしかしたらその前に健康再チェックが先かもしれない。手先が震えるようではおぼつかない。ネットを駆使して、近所の教室を探したり、必要な作業環境や道具をチェックしたり・・・新たなテーマをプレゼントされてしまった。ハンダごてを持つ手がブルブル震えるようではステンドグラス作成までは程遠い。でも、色々チェックしているだけであの頃を思い出し、やりたくなってくる。まず、場所を準備するか・・・その気になってきた。集中するためには少しづつ仕事を減らしていかなければ。そう考え始めた。再度の楽しみの発見である。まずはゴルフかな?PC教室かな?はたまたコンサル?調査のアルバイト?幸いにも時間を創り出す候補はある。

    日付(24/11/6) 「まさか」が本当に

一応、「グローバリゼーション」を是とするビジネスマンで企業人を終えたと思っていた。人類にとって、最も妥協できる考え方として自由平等の民主主義は基盤とすべき主義主張であると信じてきた。米国はその民主主義の根幹となる国だと思っていた。だから、トランプの様なディーラーがリードする国ではないと思っていた。今日の食べ物の話ではなく、人間としての生き方の問題だと思っていた。先の東京都知事選が終わった時、「もしかしたら米国大統領も・・」という考えが頭をよぎった。今日も一日開票速報を追った。トランプの完全勝利だった。なぜこんなことが起こるのか、理解できない。党派の問題ではない。人間の問題である。口先だけの云いたい放題の人間が世界一の大国のリーダーに選ばれるなんて・・当方には今でも信じられない。一つ一つの争点で見れば頷ける点もあるのだろうが、これまでの政治家・ドナルドトランプを見てきて、もう一度、とは思わなかった。これからどんな影響が世界で出てくるのか、どこまで個人の意見を通し得るのか分からないけれど、やはりまずは米国の明日が心配である。「ビジネスマンなんだから、何とかなるよ」という人も多いだろうが、アメリカは真っ二つである。世界で起こっている問題はどう動いていくのだろうか。暗澹たる気持ちになる夜である。円安が進み、株価は(何と!)上昇している。政経は別物なんて言っていられないと思うのだけれど。小池ショックより遥かに強烈なトランプショックである。

    日付(24/11/4) 次は米国大統領選

日本の国会も落ち着かないけれど、今週はいよいよ大統領選である。今夜のニュースでもハリス対トランプの支持率の差は1%以下の状況という。当方などどうにも信じられないが、立場と望むところによってトランプに期待する人達も多いのだろう。当方は先の都知事選で小池が選ばれてほとほと選挙(庶民感覚)というものの信頼性を失ったけれど、それも「民主主義」だと言われると文句は言えない。米国大統領選でも「民主主義」を問われている。大多数がバカなら全員がバカに従わなければならないのだが、「少数意見も尊重」という但し書きがどこまで力があるのか。これで「もしトラ」も起こるといよいよ「多数」が信頼できなくなってくる。ここは何とか僅差でも良いからハリス大統領を期待したい。こちらは日本の単なる一高齢者であって、今更世界の動きに気を配る気はないけれど、でも今後、5年、10年の世界、米国、日本を考えると今回の大統領選は大きく影響を及ぼすだろう。せめて結果を決める要因の一部に世界の安定と平和の項目があって欲しい。米国に「世界の警察官の役割」を求めるのは勝手すぎるのだろうか。

    日付(24/10/28) さて、これからどうなる?

昨日の衆院選の結果が出た。当方の期待した(?)通りに進んでいる。が、25日の記述の最後までその通りになるのは御免こうむりたい。注目してきた石破総理にはここで一皮剥けて欲しい。どうせ「偶然のたまもの」で転がり込んできた総理の座なのだから最後の武器として使って欲しい。世の中や歴史を変えることが出来るチャンスが巡ってきたと思って。誰と組んで、どんな体制を創れば国民が期待してきた石破体制になるのか、それを真剣に考えるべき時である。単に数合わせだけで20名を加えて連立しても、結局、何も出来ない。やはり与野党を超えて「将来の日本をどうしたいか」「世界の中の日本の立ち位置をどうしたいか」で合意できる体制を創って欲しい。次の特別国会の首相指名選挙までの勝負である。政治面で大きな変化は来たけれど、日本経済の今の状況は酷くはない。企業や社会は政治の顔色を見ていないと生きていけない状況ではないのだろう。今なら行政面を改善できるのではないだろうか。でも投票率53%には失望する。それだけ個人は「平和に満足」しているということだろうか。昨日からメディアには最高裁裁判官の国民審査について何の報道もない。これも「司法はチャンと機能している」と国民が思っている証拠なのだろうか。当落以外に色々考えさせられる選挙であった。

    日付(24/10/25) 政変近し?

衆院選まで2日となった。石破自民の敗色は濃厚な様で、与党過半数が勝敗の境目とか。石破が本当に元の自民と同様な勝ちを望んでいるなら、この政権はこの選挙で終わりである。もし、少しでも「党内野党」リーダーとしての石破の自負が少しでも残っているなら、この選挙が終わってからこそが本当の勝負である。そういう意味では当方は自民党の「大勝利」は全く望んでいない。自民党大敗後の「ガラガラポン」が最も望ましい。どんな形で進むのが良いかは分からないが、まずは自公がマジョリティを失う所から始まって、野党の誰もリーダーシップを取れないという状態になって欲しい。当方の望む姿は(今の状況では考え難いが)石破・野田の合体である(プラス国民民主)。対抗軸として自民党の右派の整理、高市リーダーと日本保守党の合体。これが起これば真の2党政治(場合によっては立民+共産の第3派を入れて3党)が可能となる。こんな良い機会はないと思っている。でも、おそらく現実は何とか与党過半数が守られ、旧態たる自民政治が続くのではないだろうか。そうなれば世界の中の日本の位置づけはどんどん下がっていく。勝っても負けても今回の石破茂の責任はとてつもなく大きい(と、期待したい)。

    日付(24/10/19) 久しぶりのインタビュー

追跡調査のアルバイトのインタビューが久しぶりにあって、岡崎まで出張した。国立の研究所の域内を歩いた。インタビュアーの主役では無かったので(補佐役)特に緊張感もなくのんびり。でもこの種の雰囲気の中に入ると、それだけで数十年は若返った気分に浸れる。インタビュイーの先生方も現役の先生方で皆さん当方より当然10歳以上は若い。自分の年齢経過を思い知る時でもある。内容もどんどん高度になっていくので「辞め時」を考える時でもある。おそらく認知症対策にはなっているだろうが、付いて行くのは容易ではない。でもこうして大学や研究所を訪問し、世界で活躍する先生方に会えるのは自分の脳寿命を伸ばしているような気にはなる。帰り途でコンサルクライアントの静岡本社に寄り、若い世代とのバーベキューも楽しんだ。これまた自分の為の若返り時間である。いつまで心身ともについて行けるか、改めて自分の人生を考え直す時間でもある。帰宅した途端、秋が来た。あの暑い毎日が今日は「涼しいではなく寒い」。この天候不順は春や秋といった心地よいシーズンを取り去ってしまって夏と冬だけの二季にしてしまうかもしれない。それは困る。

    日付(24/10/15) 幸福って?

季節の変化を語り、世界の戦争を語り、アメリカの大統領選挙を語り、日本の石破新政権を語る。大谷のドジャースを追い、ノーベル賞をフォローする。申し訳ないほど平和の中の自分を感じる。ただ本当にこれが平和で、自分のこの上ない幸せなのか、と問い詰めると決してYesとは答えられない。人間とはいかに強欲なものか、じっと座っていて青い空を見上げ、綺麗な空気を吸って、「ずっとこのままでいられれば」と望むなら、それも最高の幸せなのかも知れないけれど、でも、強欲な我々はそう簡単には満足しない。何かに追われ、苦しい目をしながらでも別の「満足感・充実感」も求めている。「それこそが人間の証拠」と認識できれば良いけれど。こんな思いに至るのはやはり「幸福な老人の一人」ということなのだろうか。朝起きてから、夜就寝するまでの間に、TVのニュースを追い、新聞を読み、時々刻々と変わる世界の変化を、これでもかと早くネットで追う。やはり"Something New Now"である。この言葉が幸福感のバロメーターにまで昇格しようとは思っていなかった。でもそれがあると明日も生きたいと思う、明日も生きようと思う。新たな「幸せの定義」である。

    日付(24/10/11) ノーベル賞

この週になるとノーベル賞の発表が気になる。追跡調査のアルバイトとして、かなり著名な研究者にインタビューする機会があるものだから、例年特に化学賞の発表にはドキドキする。今年の発表は終わったが残念ながら今年も当たらなかった。物理学賞も、化学賞もAI関連に決まった。物理学賞などこれが「物理学?」と疑問に思う。でも化学賞で示されたようにAIが全ての学問を変えているのかも知れない。当方は若い頃「分子軌道法」なるものを学び、計算結果と実験結果の比較、実験結果を理論的に説明できるか、といった学問で卒業した。当時の大きな電子計算機を駆使して計算したが、今では小さなPCで可能な計算らしい。そこにAIが表れた。収束(繰り返し)計算とか、網羅計算は今のAIの最も得意とするところである。囲碁のアプリ(アルファ碁)を作った人が、DNA配位の計算で表彰されている。当方が注目する化学賞候補はやはり実験結果とか、生まれている新規物質などを対象にするが、どうもその分野もAIで予想し、AIで評価し、AIが実用化するということなのかも知れない。図らずも物理学賞・化学賞の両方にAI技術が入ったのが、今後の技術トレンドを示すようで何となく寂しい。でも、今日は平和賞の発表、日本の「原水爆被害者団体協議会(被団協)」の受賞が発表された。ウクライナでも、パレスチナでも、今や明日にでもあり得る核使用。世界の人々に注目させる効果は絶大である。

    日付(24/10/10) ガラガラポンが望まれる

昨日衆議院が解散され、いよいよ久しぶりの選挙である。この変化の真っ最中の世界の中で、同じ理屈で解散総選挙などをやって、早ければ早いだけ自民党に有利だとか言っているけれど、今回は「本当にそうか?」と疑わせる事象が多くある。まず自民党の派閥は大きく変貌している(ハズ)。トップの石破首相は自民党の云わば左派である。世論の動向は反政治腐敗で、どんな投票動向になるか読めない。対する野党はまるで魅力に欠ける。与党に勝つための合流の気配もまるでない。「放っておいても自民党は自滅する。(そして自分の所属する党は伸びる。)」と信じて疑わない。投票する側としては一体何を基本軸として捉えれば良いのか、全く分からない。もう現自民党のトップになってしまったから望むべくもないだろうが、石破首相を支持する自民党と、野田代表を支持する立憲右派と、国民民主と一体化して一つの党(左派保守党)となり、高市右派自民、日本保守党、(日本維新の会)などが一体化して右派保守党となれば、おそらく有権者には分かり易くなって、政府も動き易くなり、政権交代も起こりやすくなるのではないだろうか。こんな分かり易いガラガラポンが起こる舞台が整いつつある。今回の石破政権にはそんな「日本改革」の意識を求めたいが・・・無理だろうか。国民サイドがそこまでの変化は期待していないのだろうか。地球規模で俯瞰すれば、日本の立ち位置は本当に低くなっていると思うのだけれど。

    日付(24/10/8) 石破さん、日本は何とか平和に

ハマスのテロ事件からもう1年経ったとか。ガザの現状を見ても戦争のレバノン・イランへの拡大をみても、最初のハマスの事件は何故だったのか、全く理解できない。ただハマスをアラブの国と捕らえないで、IS(イスラム国)の様なテロ集団だと捕らえれば何となく読めて来る。イスラエルや米国の徹底した攻撃もおそらくISは誰も赦さないと世界が思った時と同じ前提に立てば何となく分かってくる。でもネタニヤフ首相の頑固な態度はやはりユダヤにでもならぬ限りは分からないだろう。米国のサポートにも限界はあるだろう。以前からそうだが、中東の問題の根本は宗教迄戻る故に途中で理解できなくなってしまう。「戦争は悪」の一言では片づけられない。ISがやりたい放題だった時、力で抑え込むしかない、と思ったことを思いだす。今の状況をどう治めるのか、見えない。イランも参画せざるを得なくなってきたも知れない。こちらも「核」の話題が出てきそうである。「他人の命を奪う悪」より悪いことはいくらでもあるようだ。毎日MLBの大谷君にチャンネルを合わせ興奮している我々はわざと目を背けているということだろうか。スッキリしない毎日は続く。石破さんも公認の問題で胆は据わっただろうか、もう逃げられないのだから所期の信念に戻って勝負して欲しい。少なくとも日本を平和なままで引っ張っていくのは上手に操れば出来ないことでは無さそうだから。

    日付(24/9/30) 「石破おろし」を防ぐためにも

選ばれてしまった石破茂。これからどう出るか、楽しみではある。「あいつだけは許せない」と何度も言われたアンチ主流が主流になった。早速、高市や小林に党役員や入閣を拒否されたとか。これまでの人事手法は通らないのだろう。見方を変えればチャンス到来である。例え1か月しかもたなくても、例え3か月しか持たなくても「言いたいことがいえるトップ」のチャンスである。「石破おろし」は放っておいても必ず来る。それなら主張を通してみるべきではないか。人事も、経済も、国際関係も。今朝報道されている人事案も、やや心配である。新任大臣は初めての顔ぶれで、これは良しとしよう。でも旧派閥のバランスなど考えても仕方ない。何しろ心からの味方は多くは無いのだから。裏金も統一教会も、これまでの自民党の悪かった部分は全て公表し、安保条約改定(特に基地協定の見直し)を目指し、北朝鮮にも乗り込んで拉致問題にもケリをつける。小さな課題は信頼できる大臣に任せて一気にことを運ぶ。おそらく大波乱を巻き起こすだろうが、それは先日の選挙の結果だと思えば良い。「そんなことをすれば総選挙で大敗」という声が上がるかも知れないけれど逆に政界再編にも繋がるかも知れない。どこまでの覚悟で明日からを迎えようとしているのか、従来の新総理とは状況は大きく異なる。期待と、大きな不安がある。

    日付(24/9/27) 石破新総裁!

昨日「石破が決選で選ばれることは無いのだろう」なんて書いたが、選ばれてしまった。これは嬉しい。鳥取出身だから、なんてことは言わない。確かに選挙地盤は近かったが、生まれは東京で鳥取は中学校まで、高校・大学は慶應ボーイで「田舎者仲間」とは言えない。でも当方にとって「石破」といえば父親の「県知事、二朗氏」だった。昨日考えていた総裁選は石破・高市・小泉の内の2氏の決戦で、石破が残っても負けるというストーリーだった。今日はドジャースの西部優勝を確認した後、女子オープンゴルフを見ながらの自民党大会だった。決戦投票の最後の最後まで注視してしまった。相手が高市氏になったので、「それだけは止めて!」の意識が強かった。石破は「口だけ」の感じも強く、国際性や実行力に不安はあるが、これまで思ってきた心情に従って舵を取れば、顔色ばかり伺ってきた自民党を本当に変えられるかも知れない。まさかが起こった以上、応援せざるを得ない。頑張れ、鳥取出身新総裁!

    日付(24/9/26) 問われる自民党

新総裁が明日選出される。自民党内の問題であって、当方には何の権利も無いのだが、即総裁・首相となるからには無視も出来ない。ダメなら総選挙で・・なんていうけれど、じゃあどの野党の誰に期待しろというのか、盛り上がりもない。明日の最大の関心事は、本当に石破・小泉・高市の内二人が決選投票に残るのかどうか。石破が決選で選ばれることは無いのだろうから、小泉・高市による決選となるのかどうか。そんなメディアの云う通りになるのなら何のための「民主主義における選挙」なのか。とにかく最初の投票結果を注視したい。有権者には「人気投票ではない」こと、「今後の日本国のリーダーを選ぶ」こと、「この難しい世界の中で存在感を保たねばならぬ」こと、など、メディアに惑わされない良識を示して欲しい、と期待する。都知事に小池が選ばれた時の失望感を味わうのは期待しない。そんな事を言っている様では、「もうあなた達の出番では無いのですよ!」と言われそうだけれど。いよいよ「普通の国民のレベル」が問われる。

    日付(24/9/24) まず野田元首相

秋の政治シーズンがスタートした。片やウクライナもイスラエルも一向に平和が見えず中東戦線はとうとうレバノンにも拡大、イランが本格参戦でもすれば第5次中東戦争も近いだろう。ロシア・ウクライナもいつの間にか「ロシア侵攻」だけで通じなくなってきている。日本の立ち位置も難しいというのに、自民総裁選では「安保・外交」を取り上げる候補者は少ない。個人ベースでは考えがあるのだろうが口にした途端、分断に繋がるからだろう。野田元首相は今の立民立て直しには最適だろうが、どこまで親共産左派が協働するか。野党協力を目指すらしいが一本化ができるのならせめて国民民主と位は出来ている筈だ。先が明るいとは思えない。折角の政局シーズンなのだから、与党も野党もごちゃまぜにして2つか3つの党にして総選挙ができれば、一番良さそうに思えるが・・・何しろ個人尊重、少数意見尊重の「民主主義の世界」だから・・・これから総裁選、総選挙(?)、米国大統領選・・・新聞ネタには困らないけれど何故か高揚感はない。自分の住む団地がどんどん高齢化しているのと何となく似ている。政治家の云う「少子化対策」を聞いて白けている気分にも共通している。折角訪れる「政治のシーズン」に興奮するには、自分自身が何にエキサイトするか、に掛かっている様に思える。やはり大谷君かな??

    日付(24/9/21) 語彙不足

今、唯一誰もが笑顔で話せるニュース。大谷翔平君の活躍。最も日本人が使っている言葉「彼は凄い!」。それ以外の適当な表現が見当たらず、今日も使ってしまった。52*52?凄いね。昨日は6打数6安打、10打点、3本塁打、勿論、盗塁も、そして51*51。何とも表現のしようがない「凄さ」である。英会話を学び始めた頃、英語の「良い」の使い方で悩んだ。good,super,splendid,excellent,great,amazing,beautiful,fine,marvelous,nice,outstanding,wonderful等々あって、どんな時にどう使い分けるか、結局分からぬままだった。今の大谷君を米国人たちはどんな言葉で褒めているのだろうか。He's really something.なんていっているのだろうか。こうして思いだしてみると日本語の良い表現の方が見当たらない。でも本当に何という凄さであろうか。こんな人間(日本人、プレーヤー)を造り出すなんて神様も信じられないことが出来るものだ。45*45から昨日の50*50到達に至って自分の語彙力の貧困さに思い至った。新聞記事を読んでいても、これだと思わせる表現に行きあたらない。翔平君はおそらくメディアの表現能力も問うているのかも知れない。いやはや「黙らせる凄さ」を見せてくれる。こうなったら60*60でも+三冠王でも、考えられる何でも達成して欲しい。なんてったって、来年にはそれに「投手としての成果」が加わるのだから。「天は二物を与えず」と言ったはずだけど・・・と呟いている。

    日付(24/9/16) センテナリアン

敬老の日である。まさか自分がこんなに早く「老」で敬われる(?)ことになろうとは驚きである。100歳以上の高齢者を「百寿者」、「センテナリアン」というらしいが、現在日本人で9万人を超えているらしい。統計値があるのは1963年からでその時は全国で150人、それが1998年で1万人を超え、5年後(2003年)には2万人越え、2009年には4万人越え、と凄いスピードで増えている。我々団塊がそこに到達する2050年には50万人に到達すると推定されているらしい。これはいわゆる少子化とは関係ない。100歳以上の絶対数の増加である。慶應義塾大学医学部には(チャンと?)百寿総合研究センターというのがあるらしく、そこの先生の話では長寿者の共通点は@認知機能が高い(認知症になりにくい)Aフレイルになりにくい(身体的な衰えがない)B心臓を中心とした循環器系血管が丈夫ということらしい。当方は、主な病院通いが循環器系なので、Bでアウトということだろう。でも@やAは何とか避けたい。Cとしてお酒が好きで、毎日ゆっくり楽しんでいる。なんてのが入っていれば、実は最も嬉しいのだが。先日NHKのインタビューに答えていたセンテナリアンは何人もが知足(足るを知る)だと言っていた。今に満足して生きる、ということか。一方、何かに向かって生きる「意欲」を主張する人も多い。さて、認知症にならないで健康を保ち続けるには、何が一番大切なのだろうか。センテナリアンなど望まないからせめて明日、明後日が、美味しい酒を飲める日であってくれたら・・・そう思いながら生きていたい。敬老の日なんて作らなくても良いのに・・・なんて思ってしまう。

    日付(24/9/12) 大統領選・自民総裁選・そして

政治の動きを追うのに忙しい。ハリス・トランプの討論会はかなり注目した。前回のバイデン・トランプよりはましだったが、それでもさすが米国と思わせる様な「ディベートの国」を尊敬させるような内容ではなかった。ただ米国民だって討論の中身より態度や口調などの方に注目するとのことなのでそういう意味ではハリスの方が「これならいけるかも」と思わせる安心感を醸し出した。注目はABCの司会者の態度で、見るからに反トランプ。メディアがそう思っているのならなぜこれほどのトランプ人気を支えているのか、不思議に思った。あくまで尊敬し続けたい「民主主義のリーダー国」であって欲しい。さて、同時に自民党総裁選。多くの立候補者で安心感を与えるという作戦は成功しているかに見える。でも、メディアが言うように一次で石破・小泉になり、本選で小泉が選ばれるようなら自民党の思うつぼであろう。兎に角早く解散総選挙をし、自民が勝ち、元通りに・・というのがシナリオだろうから。今の政局はそんなことばかり考えている余裕は無さそうに思うけれど。当方なら基本から変えそうな上川、正当な政治家と言えそうな林、茂木の中から選ばれれば、自民政権継続で安心するが・・・ただ、前者のストーリーなら野党も頑張らねば。立憲リーダーには我々世代では野田待望論が出るかも知れないけれど、そのためにはまず野党が一体となる準備をしてからでないと・・・やはり全体をみた戦略は自民党の方が一枚も二枚も上のように思える。自分では何もできないがTV政局だけで忙しい秋になりそうである。

    日付(24/9/1) カバヤキャラメル

大谷翔平選手の活躍が余りに凄いものだから今やベーブルースしか比較の対象がなくなっている。当方がベーブルースという名を知ったのは(おそらく)小学校低学年の頃。その頃子供の為の読本などほとんどなく、よく覚えているのはカバヤ文庫だった。カバヤキャラメルの「おまけ」で点数を貯めれば本一冊がもらえるというもので、「10円」キャラメルを買いたくてお手伝いに励んだ覚えがある。ベーブルース物語もきっとカバヤ文庫だったと検索したが、残念ながら外れだった。カバヤ食品は(鳥取県の隣の・・)岡山県の企業でそんな流れもあって常に気になる企業であり続けた。トレハロースで有名になったバイオの「林原」は今や長瀬産業の一部となっている。ホームランを病気の少年に約束して果たすベーブルース物語はなぜか忘れられない。子供心のスター選手への憧れを生んだ物語だった。あの頃大切にして読んだ本は何処に行ったのだろうか。妙に懐かしい。時代を感じるのは、「大谷翔平物語」はとっくに次々と発刊されているらしいが。

    日付(24/8/30) 迷走台風

これまで常識と思っていたことが次々と通用しなくなる。特に気候については多い。都会と田舎の気候差、太平洋側と日本海側(表と裏というと最近は叱られる)の違いもその例である。殆ど地球温暖化で説明されているが真偽のほどは分からない。台風の進路や上陸後の動きなどもその例。コンピューターによる予測が幅を利かせるが、これは基本的に過去のデータ蓄積による統計処理で、多くのデーターを使えばそれだけ確度は増す。最近の天気予報の正確さは天気予報士を生み、天気予報を一職業にまでしている。AIそのものの限界とも云えるが、過去に例のない件は決して得意ではない。「初めて」対「AI」の戦いは今始まった所と言えるかも知れない。今回の台風10号は発生してから真っすぐ日本列島に向かって北上。伊豆半島から紀伊半島の間に向かっていた。それがいつの間にかどんどん西に寄って、奄美に近づいてからはスローダウン。どこへ行くのかの予報も出来なくなった。ようやく九州に上陸して九州内でもウロウロ。台風は一たび上陸すると後はスピードアップして「台風一過」というのも常識のようになっていたが、それも一向に動かず。それよりも雨の降り方が異常で、九州四国より関東で被害続出。東北や北海道まで被害を及ぼす。これも皆温暖化の影響なのだろうか。地震予知の可能性で名を上げている気象庁だが、最もデータが蓄積されている筈の台風の進路、予測でもまだまだ難しいようだ。困る点は「繰り返しは予測できても、全く新しい現象は予測できない」点にある。我々の頭には刷り込まれている(だろう)ことだが、最近の学校教育ではその「未知」をチャンと教えているのだろうか。ここはおそらく自然科学の発展に大きく影響しそうだ。

    日付(24/8/25) スーパースター

パリオリンピック、そして甲子園も終ってスポーツ観戦も再び朝のNBL中継、大谷君に戻ってきた。8月に入ってややスランプかと思わせたがホームランだけは並みの選手以上には打っていた。ところがこの人の凄いのは「何かでカバーできる」。打つのが不調なら「走る」。盗塁での貢献が目立ち始め、先週からの関心は40-40(Forty/forty:ホームランと盗塁)。観戦していても気になってしまう。一昨日までに39-39になったものだから昨日もついつい観戦。まず40盗塁を決めていよいよ次はホームラン。同点で9回裏。2アウト満塁なら大谷だな、と思ってみていたら本当になってしまった。まさか逆転満塁サヨナラホームランはないだろうと思っていたら、あった。こんな絵に描いたようなマンガ家でもそうそう作らない様なシーンを現実に作り出して「やってしまう」。出来る状況は決して本人の努力からではないかも知れないが、本当に「もしや」で舞台を作り、「もしや」を達成してしまう。この人には「仮想を現実化する」何かがある。何故こんなことが?と思うが分からない。「才能と努力と」だけではない「何か」、痛快を通り越して「恐ろしく」さえある。自然災害の時、「X年生きているが(住んでいるが)こんなことは初めて」というコメントをよく聞くが、彼の活躍には同様の驚きがある。そもそも彼は「ピッチャー」である。これで、今年ドジャースが優勝し、彼は50-50を達成し、三冠王を獲り、来年はピッチャーでも大活躍をしたら・・そんな想像をさせてくれるだけで凄い。こんなスーパースターが政治家にも出て来ないだろうか。現れたら恐怖以外にはない。やはり「人間で良い」と思ってしまうのはこれまでの生き方から「パーフェクトの怖さ」を学んだからか。でもスポーツなら・・・やはり応援する自分がいる。

    日付(24/8/22) 重要な選挙が近い

去年の夏の暑さにはほどほど驚いて、まさか温暖化がこんな形で日常に入ってくるのか、と心配した。今年の暑さはそれ以上、というか日常化しつつある暑さと言うか、驚いてもしようがない暑さである。連日35℃以上が続く。しかもそれが特別ではなく、日本海側であろうが北海道であろうが、どこでも暑い。故郷、鳥取に電話しても、昔の話題はもはや通じない。とにかく鳥取が日本でもっとも暑かったりするのだから。そんな中で関心は政治に向く。この秋は忙しい。米国大統領選はトランプ対ハリスになり一安心。といっても、トランプは強い様で、ハリスになってようやく五分の戦いとか。当方など信じられない話だがまだまだ分からない様だ。東京都民に「Why小池?」と問いたい当方としては、まさか12月に「Why Donald?」と聞きたくはない。でもビジネスとか、経済とか焦点の異なる人の眼には「やはり共和党でないと」と言う人達も多くいるようだ。そして目を日本に移せばこれまた自民党が大混乱。裏金不信を首相の首のすげ替えで誤魔化そうとしている。11人もの候補者が出ているようだがやはり自分には投票権もなく窓の外から騒いでいるに過ぎない。どんな時でも新鮮で若者を好む当方だがどうも小林とか小泉とかに期待する気にはならない。自分自身が歳を取るということはこういうことなのかと驚いている。やはり政治のトップは「大人が良い」。

    日付(24/8/15) 日光で

関西に住む次男は孫達の夏休みに何とかジジババと会える機会を作ろうとしてくれている様で、一昨年は伊豆、昨年は横浜、そして今年は日光に来るということで宇都宮迄ドライブして同じホテルに泊まり翌日日光東照宮にお参りした。暑い一日で運転にはやや疲れたが、今や年に一度の楽しみで、高校生・中学生になった孫娘たちの成長に目を見張った。いつの間にか会話の内容も将来の目標、目指す専門領域、大学など、大人の会話になってくる。一方のこちらは、病気と医者とその後の話など、青春の若者達とは関係ない話ばかり。現代の子供たちの文化にも触れてみたいと思いつつ、会話のスピードにすらついて行けない。夜の会話でプレゼントをくれた。ドーパミンの分子構造のネックレス。当方にとってみればこれならかけてみても良いかなと思わせる。以前プレゼントした元素の周期律表が気に入ってくれていると聞いて、一層嬉しく思った。いよいよ社会の中でどう生きていくか、それがテーマになりつつある。嬉しい様な、それでいてあの可愛い娘たちが変わっていくのが寂しい様な。年齢を経ていく淋しさではあった。来夏はどこで会えるのだろうか。

    日付(24/8/12) お盆の8月

パリオリンピックも終った。競技の内容だけ追えば、久しぶりの興奮の多いオリンピックだった。パリ市の計画・演出も卓越したもので、さすが芸術・文化のパリと感じさせるものであった。でも原点に還って政治の関わらない平和の祭典、という見方(希望)で見ると周りの社会はどう見てもそぐわない。世界の中の多くのアンバランスが極限に近い。五輪停戦も絵にかいた餅。ウクライナもイスラエルも、イランも北朝鮮も、難問の「平和に向けた解」は見えない。8月6日と9日の「核を考えるべき日」も今の政治を反映する催しになっている。お盆には早かったが昨夕は家内の妹夫婦が来宅、久しぶりに飲んだ。話題はやはり故郷、親族、家族、孫達。こんな時が過ごせるのはやはり「平和」の有難さ、か。今夏の暑さはやはり尋常では無いようで猛暑が続く。孫達が成長した時の夏を想像してしまう。どんな時代が来るのだろうか。昔を思い出すだけではなく・・・将来の予測も恐ろしい8月。

    日付(24/8/11) 友人の男声合唱コンサート

現役時代の友人が大学生の頃男声合唱を楽しんだ。彼らが社会人OB(?)となって集まり、定期演奏会を開いている。2021年、2023年はコロナ禍で開かれなかったが、今年は再開され、新宿オペラシティホールに出かけた。彼が入会した頃から、このホールでの開催が誇り(自慢)で当初はこのホールの音を聴くだけでも価値がある、と思っていた。何しろ名門の成功者ばかりだ(ろう)から、やろうと思えば何でも計画出来るとか。定期的に海外公演を継続したりもしている。アマチュア合唱団としてはそうそう出来る活動ではない。(実は)演奏そのものもハイレベルで、特に今年は酔わせた。おそらく平均年齢は70歳台だと推測するが、高齢者とは思えない「円熟のハーモニー」を聞かせてくれる。今年は最後にオーケストラにソプラノ、バリトンのプロも入れてフォーレのレクイエムが演じられた。自分たちの演奏会をより素晴らしくするために(推測だが)団員が身銭を切ってプロを呼んだのだろう、と思った。余裕ある高齢者の最高の贅沢な趣味の形だと羨ましく思った。彼も年々ポジションが上がって、今や「常任指揮者」。現役のころ飲み屋でカラオケを楽しんだ時代を思い出しながら、「やはり酒が無くても歌える人はレベルが違っていたのだな」と、妙な感慨を覚えた。

    日付(24/8/5) 猛暑の8月

7月30日にこの夏2度目の仕事(インタビュー)があって八王子まで出かけた。それ以降、真夏の暑さが続いている。部屋に籠っているが、どうも仕事もはかどらない。ディスプレーを前にボーっとしている。TVはやはりオリンピック。色んな競技で熱戦が続く。「本当にこんな状態で良いのかな」と世界情勢を考えながら、でも種目ごとの争いになると、いつの間にか日本を応援している自分がいる。バレーもサッカーもどんどん強くなっている日本チームがいるが、やはり世界の壁は厚い。オリンピックスタート後の4〜5日間は日本のメダル獲得数が多くて、「ホントカナ?」と思っていた。このご時世でそんなことが起こったら社会問題になるかも、などと心配すらしていた。でもほぼ半分が過ぎて、「収まるべき形で収まる」感じになってきてホッとしている。勿論、応援者としてはもっともっと活躍して欲しい気持ちはあるのだが。さて、ここにきて金融・経済がおかしい。歴史が示すようにどこかで戦争をしていれば、潤っている国や産業が必ずあり、今回だって米国はウクライナ戦争やイスラエルの戦争のおかげで経済は好転しているのかも知れないけれど、決して正常な好況ではない。停戦の動きがあり、バイデンからハリスの変転も起きそうで、潮目が変わってきた。非常に人為的ではあるが、急に円高も進行し、株価も急落してきた。頭も仕事について行けないけれど、社会の変化にもついて行けない。一体、何が起ころうとしているのか、世界では、戦地では、社会では、日本では・・・大きな変化の兆しがある。さて、日本の政治などこれについて行けるのだろうか。何となく心もとない。

    日付(24/7/28) 平和の祭典?

「平和の祭典:オリンピックの開会」なんて言う言葉がいかにも空しい。IOCや国連で休戦宣言を出そうが「スポーツと政治は別」と言おうが、世界中で戦争は継続され、市民の命の危機が続いている。「平和な日本」では、のんびりテレビを楽しんでいる。ネットの情報で、開会式の後半が素晴らしかった、とあり、NHKプラスでじっくり観た。さすが歴史が教える芸術・文化の街、パリである。一つ一つのシーンに意味を持たせようとしていてその意図を探っているだけで楽しかった。トータルコストの比較は出来ないが、もし予算も少なくて済んだのであれば、大成功と言えるだろう。「個人個人」の顔が見られるショー、が流石だと思った。最後のセリーヌ・ディオンの「愛の賛歌」は何も言う必要はなく、ただ酔った。カナダで難病と闘病中とのことだが、解説不要の絶唱だった。全てを通して「やはりパリ」と思わせた。これだけ市民も「文化に誇りを持つ国」なのに、極右が力を持ち、二極化していく。芸術や文化の力で一体化が進めば良いのに・・と感じた。プーチンは次は「もう一つのオリンピック」の開催を計画中とか、現実はますます理想からかけ離れていく。このままいくと地球が二つに割れてしまうのは避けられないのかも知れない。暗澹たる気持ちになる。競技も始まった、柔道で金を取り、サッカーは勝ち進み・・・良い話もあるけれど、男子柔道は??、体操橋本や卓球混合はまさかの・・スポーツ競技だから当然、と思いながらもついつい力が入る。この人達の陰に多くの「同じくらい努力している選手たちがいる」ことも脳裏をかすめる。多くを考えさせてくれる祭典が続く。暫くチャンネル選択が続く。

    日付(24/7/22) バイデン撤退にホッと

東京都知事選にはもう触れない。情けなくなるだけだから。民主主義の限界も感じてしまう。でも、米国大統領選はこれからだし、その結果の影響は計り知れない。何としてもトランプ復活だけは起こって欲しくない。暗殺未遂事件まで起こってしまって、おそらくトランプ教は大盛り上がりだろう。彼の(候補)受諾演説を読むと、昔の民主党候補かと思わせる。それだけ強いポピュリズムで、「弱者の味方」の立場に立っている。第三者的に見れば「何が弱者なの?」と言いたくなる成り上がり成功者なのだけれど。米国民がどう捉えているのか聞いてみたい。当方は別にバイデンを支持・応援していた訳でもないので、今日彼が撤退を決め、民主党候補が新たに決まることになったのは安堵である。でもトランプ教(狂)に勝つには余程のアピール力が必要に思える。確かにカマラハリスなら闘う武器には事欠かない、女性・黒人・アフリカ系・司法系など、強力なDiversityを持っている。米国が「本当の民主主義」を取り戻す代表になるにはうってつけだろう。後は誰を副大統領候補に持ってくるか、いかに米国民を動かすか、本当の力量も問われる。今後の半年の米国を注視したい。日本のリーダーもいよいよ頼りないが、もう一度全てを投げうって将来の日本国を考えた方針を打ち出してもらいたい。岸田総理にその覚悟が無いのなら誰か若いリーダーが出てくるチャンスである。いよいよ世界中の「変革」が回り始めた気がする。これから1年の間に何が起ころうとしているのか、もう「期待」というより「覚悟」が要るのかも知れない。

    日付(24/7/21) 暑かった北海道

先週後半、暑い北海道に行ってきた。いつの間にかリタイアして14年も経ってしまった。生活パターンも旧友とのメールやり取りや、孫達との交流、一人で近所の池の周りの散歩など、流石にやりがいとか、生き甲斐を確認するイベントは少ない。ただ、今回はリタイアしてから所謂コンサルという名で付き合ってもらった企業の関係なので、正に第二の人生における人の絆を意識した旅だった。既に終わったけれど四国通いをさせてもらった企業で、当方との窓口をしてくれて、途中でその会社から転職をした(当時の)若者が、どんどんテリトリーを広げ、旭川でプラスチックリサイクル事業の責任者をやっている。一度現場を見せて貰いたいとずっと願っていた。一方、今もコンサルを継続中の東京の中小企業でも、10年以上その成長ぶりを見せて貰っている若者がいて将来を楽しみにしている。機会があればこの二人を会わせてみたいと思っていた。二人共、当方に言わせてれば「Start from YES」というタイプで、何にでもまず積極的に話を聞こうという姿勢が気に入っている。SDGsにも関心があり、一緒に訪問することになった。48歳、42歳という当方にとってみれば息子達と同世代だが、それぞれの環境の中で、いかに成功を目指すか、考えながら毎日を努力している。工場見学をさせてもらい、双方の企業紹介があり、夜は共に食事をして嬉しい時を過ごした。何に貢献できたか、と聞かれても答えは無いが、こうして紹介しあえる時を持てたことが嬉しかった。経歴や、考え方や、血液型迄同じであったのが妙に嬉しかった。翌日は北海道ドライブや温泉を楽しみ、最後は旭川ラーメンに舌つづみを打って帰路についた。中身は何も見えないが、アフターリタイアメントの一大イベントを終えた満足感があった。連れて行ってくれた東京の社長にも刺激を与えられたかも知れない。ロートル組にも今後の楽しみを与えてくれた貴重な時間だった。我々ももう一度何か頑張らねば、などと思ってしまった。

    日付(24/7/12) こうなったらAIに

どうも都知事選以来すっきりしない。ここにきて米国大統領選挙もバイデンへの信頼性低下が表沙汰になってきている。今更の感はあるが、当方も民主党候補のすげ替えに賛成したい。オバマ夫人でも、カマラハリスでも、ウィトマー・ミシガン州知事でも構わない。若い女性候補なら特に良い。トランプにさえ勝てればとりあえず・・・都知事が不愉快だったので話題のAIに訊いてみた。質問は「基本的に小池都知事は「嘘つき」だと思っています。そんな人が都知事を務めることが正しいのか、それを子供たちがどう捉えるのかこれからが心配です。メディアや知識人はどう思っているのでしょう?」と単純化した。AIの答えは「小池百合子都知事の「荒唐無稽な嘘」について、日本のメディアや知識人の反応は興味深いものですね。彼女の学歴詐称疑惑について、以下の点が指摘されています。・カイロ大学首席卒業の疑惑:小池都知事は「カイロ大学を首席卒業した」と主張していますが、実際にはエジプトの国立名門大学であるカイロ大学はアラビア語の古語で授業が行われ、文語の習得はエジプト人でも容易ではありません。彼女の自著によれば、カイロ大学を卒業できた日本人はまずいないとされています。・メディアの対応:一部の大手メディアはこの疑惑を「冷笑スルー」していると指摘されています。なぜ彼女の疑惑が大々的に報じられないのか、その理由は不明ですが、政界やメディア関係者の間では一種の「公然の秘密」となっているようです。・告発と議論:元側近の小島敏郎氏が小池都知事を公職選挙法違反容疑で刑事告発したことも話題です。彼の告発には「7つの重大証拠」があるとされています。・子供たちがこれらの報道をどう捉えるかは重要な問題ですが、メディアや知識人の対応にはさまざまな意見があることを理解しておくべきでしょう。」と出た。なかなか旨く答えを探している。やはり、メディとか知識人は大前提としての「嘘つき」は認めた上で、「それが政治さ」という態度なのかな、と思わせる回答である。AIにまでこう答えられると上乗せして「8年間の実績」だとか今後の「公約」だとか詰めたくもならない。でも、「選んだ人たちの本心」にだけはやはり興味がある。米国民にはこうなって欲しくないけれど・・・

    日付(24/7/8) それでも

都知事選挙が終わった。投票率60%超えは悪くはないが、それでも結果には不満である。80歳近い高齢者が小池百合子を目の敵にするのは「大人げない」と言われるかも知れない。でもやはり彼女が「大嘘つき」でないのかどうか、ははっきりしたい。学歴詐欺が表面に出るがそれだけではない、彼女の経歴や約束を知れば知るだけ「口先だけ」「メディア受けだけ」で泳いできたことが分かり、それをうまく利用してきた狸たちが沢山いたことが分かる。政治家や官僚や、メディア関連の人達も、「表沙汰になることの悪影響」を忖度してきた。「女帝」の著者や、元側近小島氏、カイロの友人北原氏など、最後は実名で暴露した人達はこの投票結果をどう捉えているのだろうか。291万票という支持得票に、黙るしかないのだろうか。投票した人達に単純に「彼女は嘘をついてきたと思いますか?」と問いたい。「No」や「Yes, but」と答える人が多いのかも知れないけれど、「Yes!」で投票した人にはやはり再考を促したい。子供の頃から何を叱られたか、「嘘も方便」をいつ習ったか、我々の善悪の基準は何をスタートとしたか。今回の選挙結果は子供たちにどう伝えられるのか、知りたい。「政治家なんてそんなものだよ」と教えるのだろうか。今ごろ何をと言われるかも知れないが「ロッキード(真山仁)」を読んでいる。Mr.政治家・田中角栄物語である。オオボラであろうがオオブロシキであろうが「本人が正しいと信じる信念」があれば、それはそれで立派なのだろう。果たして小池氏のそれは何か・・何とも後味が悪い選挙である。まさか11月も同様の不快感を味わうことに??

    日付(24/7/3) 入社同期会

やっと梅雨になって、7月になって、「普通の年になるのかな」と期待するけれど、やはり「暑い夏」の傾向は変わりそうもない。昨夜、1972年入社(S47年)の東京地区同期会があって出かけた。当方は名古屋入社で東京は遠かったけれど、後半の何年かは東京だった。本社から見れば扱い難い海外との合弁で、なおかつマジョリティは海外にあった。こうして同期の人達と話しても時々「違う常識」があったりして、これはこれで面白い。参加対象の70数名の内、20数名の参加。会話は弾んだ。個々に色んな歴史を持つ仲間がこんな時は、すぐに共通の話題を探すことが出来る。これを「年の功」と言うのだろうか。残念なのはこの種の会は今や1年1年参加者が減り、主な話題は健康・病気、そして故人の話。必ず近況報告があるので、せめて誇れる趣味が欲しいが・・・大したものはない。最近の我々世代の趣味の主役は、勿論、旅行、ゴルフ、絵画・・・個々が個々の楽しみを見つけている。当方は、健康、仕事以外では、HP、囲碁、そして酒・・・飲む楽しみの貴重なことを改めて知った。次は「誰と」がテーマになりそう。良い会だった。

    日付(24/6/28) 大統領選討論会

一緒に並べては申し訳ないが、今朝はドジャースの中継(試合)が無く、代わりに(?)バイデン・トランプ戦を観た。今後4年の世界のリーダーを選ぶ選挙のディベートとしては何とも不満な内容だった。特に英語圏でない国には通訳の選択が大きく影響するな、と思った。勿論、生で見れば良い訳だが、政治討論を理解できるような英語力はない。でも今日の通訳は(両方共)余り能力が高いとは言えなかった。トランプのまくしたてや、バイデンが時々詰まったのは良く分かったが、肝心の内容はイマイチちゃんと通じなかった。ディベート社会の米国の、しかも大統領選なのだから、もうすこしましな戦いを見せて欲しかった。相手の攻撃をするにしてももう少し「視聴者がどう聞くか」という配慮が欲しかった。昔から営業マンの売り込み会話の基本に”Yes,but・・"と言うのがある。まず相手の意見を聞いて同意出来る所は同意して、場合によっては褒めてから自分の主張に入る。これはディベート戦略と言うより討論をスムースに進める基本である。岸田総理の主張する「聞く力」の出発点でもある(残念ながら失格だとは思うが)。でも、よくぞあそこ迄意見の異なる候補が並んだものだと驚かされた。ディベートとしてはトランプの勝ちだったか。だから余計に時間の無駄を感じた。やはり二人共老人である。これから共和・民主共に党大会が開かれるのだから良い機会である。特例であっても党大会で首を挿げ替えても良いのではないだろうか・・・やはり、そんな方法はないのだろうな。

    日付(24/6/22) 長い一日

昨日は関東地方も漸く梅雨入りとかテレビの天気予報も梅雨、梅雨と忙しい。昨日はアルバイトの調査の仕事で東京まで出かけた。久しぶりに本格的大雨、インタビューに着くまでにビショビショになってしまった。終わってからが大変。何しろ千葉でOB会の総会。少し遅れてしまった。毎年、この時期に開催されるが今年も40人の出席。でも中身は変化の兆しがあって、年長者から順に徐々にメンバーが変わっていく。現役の人達も来てくれているが社名も変わり、2つの会社になり、どんどん変化していく。でも現役代表がその変化を受け入れ、ちゃんとOBに感謝してくれているのを聞くと、自分たちの時代も無駄では無かったのだと認識できて嬉しくなる。時代と共にリタイアしてもまだまだ、再度別の仕事に就いたり、定年延長して貢献を継続したり、生き方はどんどん多様化しているが、こうして昔共に仕事をしたメンバーが集まって昔話に花を咲かせることが出来るのは、とまれ嬉しい。我々が若い頃見ていた老人たちと比べると、まだまだ若くて健康そうだがそうは言っても共通の話題は病気とお墓と周りの訃報と・・・時代が変わっても変わらない。帰り途では雨もあがって乗合タクシーで帰宅した。梅雨明けの本当に長い一日だった。来年も無事この日を迎えたい。

    日付(24/6/15) 小池支持者に問いたい

いよいよ次は都知事選挙。小池百合子も後出しジャンケンで立候補表明。蓮舫は共産党の正式な支持を得たことで、おそらくマイナスのイメージ。連合も小池支持に回るとか。これで3選の路線が固まった様に見える。当方にとって結果はどうなっても構わないけれど、都民の責任は大きい。「女帝小池百合子」と「文芸春秋5月号」を読んだ当方としては「普通の常識人であれば・・」と思う所がある。これまでだって、都知事がそれ程尊敬に値する人物だったとは思わない。ただ一極集中で「裕福な一国」に相当する世界であって、知事の自由度も高く行政サイドから見れば「好きに言わせておいた方が良い」的な所もあるのだろう。だから最低限、小池に一票を投ずる人達に問いたい。「あなたは学歴詐称を認めた上で支持するのですか?」と。それも政治の一環だから、これまで東京はどんどん発展してきたから、などと今を認める人は仕方ない。でも、嘘でごまかしを続ける人間には大きな裏があることは誰もが知っている。個人の能力は分かっているつもりだが、根本的に相いれない。「政治だから」が通用するのならこういう人こそが「政治不信」を増長させる最大の罪人であるように思える。後は投票日を待つしかないのか。自民党も余りに情けないけれど・・・

    日付(24/6/10) 久々のゴルフで

ここの所、好天続きで梅雨の気配すらなくこのまま夏かとすら思っていた。ただ今日はOB会ゴルフの予定で2,3日前から天気予報が気になって、強い雨の予報になったら参加取り消しをと考えていた。今朝目を覚ましたら雨。でも天気予報はどんどん良くなるとか。覚悟を決めてゴルフ場へ。本当に8時を過ぎると雨は完全に止み、昼頃には太陽も。雨模様と思って直接半袖シャツで行ったら、午後は日に焼けて左手は赤くなった。結局、練習場にも行かずせめてもの準備は昨日のTVでの日本ゴルフツアーの応援。さすがにその効果は特にない。でも、練習なしでもちゃんと(?)プレーできるのは大きい。アウトでは全ホールダボ以内。今年初めてかも。でも後半は短いロングでスリーオン。パーは固いと思ったとたんに4パットの7。そこからいつものゴルフになってしまった。ゴルフの精神面の影響の大きさはプロの試合をみて散々味わってはいるのだが・・・でもこの好天は神からの贈り物か。雨上がりの緑の中でスポーツウオーキングを堪能した。久々の12000歩。良い汗をかいた。プレー中の話題は、健康、訃報・・等等やはり高齢者ゴルフ。出来る間は何とか付いて行きたいけれど。

    日付(24/6/4) 偲ぶ会

ちょっと一人になった時、誰かと話したいと思う時、相手として表れるのは、現役時代の仕事仲間、大学・高校・中学・小学校時代の同窓生、その途中の友人達、後はいつの間にかできたゴルフ仲間・・・でも大した数ではない。リタイアしていつの間にか14年も経って、多くはないがリタイア後にできた友人も何人かある。特にリタイア後すぐに始めたコンサル仲間の会は、因島の安政柑を守る会として輪も拡がって、色んな友人もできた。その中の一人、因島出身で、安政柑仲間の言い出しっぺ、だった人が3月末に亡くなった。全く知らなかったが先日「偲ぶ会」をやるという誘いがあって、今日参加した。20名近い人が集まって思い出話に花を咲かせた。このブログを始めた頃からの知り合いで、特に因島の安政柑は当方のリタイア生活を思わぬ方向から彩ってくれた。この活動を通して人の輪も広がった。酒が好きなことが大きな共通点で、この人の育った因島の家の庭で毎年開かれたバーベキューパーティーの雰囲気は忘れられない。今日の偲ぶ会でもその仲間が何人かいて懐かしかった。人の絆と安易に言うけれど、その一言には絆を作った時間、思い出が必ずある。こうして絆の相手がいなくなった時、改めてその価値と有難さを思い知る。これからもこんな新しい繋がりが増えていけば良いけれど・・・

    日付(24/5/31) Trump Guilty!

ロシアの侵攻、アラブの戦争の終結以外では、米国大統領と、東京都知事はどうしても今年の世界と日本の関心事である。メディアに振り回されないように、と自分自身に言い聞かせながら、でも米国内のトランプ支持者の考えは理解できない。当方は共和党政権でも全く構わない。例えば大統領候補がヘイリーになったら心情的にはそちらを期待するかも知れない。でも、トランプにだけはなって欲しくない。だから今日の陪審員裁判の34のGuiltyにはほっとした。多分、ビジネスをやっていたりGlobal問題に関わっている人達には「もしトラ」期待の人達が沢山いるだろうことは容易に想像できる。安倍元首相の着眼点も対応も秀逸だったのだろうとは思うけれども、「それでも、ダメなものはダメ」と思う。「政治なんて・・」なんて高齢者が話し出すと「濁っていて当然」となるわけだが、それでも守りたいものはある。Guiltyがトランプファンを熱狂させるという説もあって、決してバイデンへの流れを作るものでは無いらしいが、取りあえず、ホッとした。さて、次は東京都知事。これも圧倒的強さがあるようだが、当方は「女帝」も「文春5月号」も疑うことなく読んだので、これも再選には抵抗がある。メディアの扱いにも不満がある。蓮舫に頑張って欲しいなどとは言わないが、「今回は小池さんには降りて欲しい」と思っている。トランプの戦い方より良いと思うのだが・・・暇な高齢者にはもってこいの夏が来ようとしている。

    日付(24/5/26) 小結 大の里

どんな世界でも大きな変化が起こると興奮する。スポーツの世界など今や数字の記録で正に一歩づつ変化が進んで行くのが普通。10年単位で見ると信じられない変化なのだが1分1秒(どころか、0.00X秒)の更新が大きな変化をもたらす。さて、相撲の世界。ずっと見てきて稀勢の里、照ノ富士など大きな変化があった。そして今、貴景勝、霧島、豊昇龍、琴桜、と新大関が生まれ、次は誰が横綱になるかと楽しませてくれている。ただ、際立った強さがなく、ここ数場所、平幕や若手など新しい世代の活躍が目立つ。混戦の場所も勿論見ていて楽しいが、「・・・時代」と言われるほどの力士はそうそう容易には現れない。でも今日終わった五月場所で優勝した大の里はいよいよ相撲の世界にも新しい時代が到来か、と思わせるに相応しい。相撲界に入って僅か1年でもう小結で優勝した。ケガさえしなければこれからの活躍は疑いない。1年後には相撲界を背負っていくような新横綱が誕生しているかも知れない。どんな世界でもいきなりスターが表れ、何かがあるといつの間にか消えていく。でもこの大相撲の新人は「令和」を担うかも知れない。TV桟敷のファンとしてはコロコロと変わるスターを追うのも楽しいけれど、「憎たらしいほど強い」力士が出てくるのは待ち遠しい。今回の「大の里」にはそれを感じる。荒れ狂う社会情勢、どうにもなりそうもない世界情勢の中で何とか「安定」を探したい現代社会の展望と同じなのかも知れない。

    日付(24/5/22) こんな一日

朝、目が覚めると今日のスケジュールを思う。まず曜日の確認で今日のゴミステの対象。燃えるゴミ、燃えないゴミ、リサイクルゴミ・・その後は朝刊を取ってきてザっと見て、朝ドラ・ワールドニュースとテレビが続く。ここのところで新しいのはNHK-BSの放送予定を必ずチェックして、大谷・ドジャースの放送予定を確認する。大谷の応援が精神衛生上、今最も良いのかも知れない(それだけ彼の活躍は凄い)。今日の分のコーヒーを沸かし、新聞を読みながら味わう。そうして本来の予定や仕事の為にディスプレーの前に座る時にはもう10時を過ぎている。後はその日のスケジュールをこなし、大相撲を見れば18時。あわてて散歩。相撲がある時は1万歩はキツイ。あっという間に昼間が終わる。風呂に入り汗を流し、缶ビールを飲みながらニュース9を見て一日が終わる。さて明日や将来をいつ、どう考えるか。今の問題はそこにある。このパターンが崩れるであろう最大の懸案事項はやはり健康問題か。何とか自然の流れに逆らうことなく・・・と思うけれど、こればかりは思うようにはいかない。メールやインターネットの時代。多くの人とのコンタクトは続けることが出来ている。おそらく最大の懸案事項の「認知症対策」の最も強力な助っ人はこのITの世界であろう。就寝前のオンザロック一杯を口にしながら、今日を無事終えたことを感謝する。ウクライナやイスラエルやミャンマーや、そして三陸や能登や熊本や・・・多くの被災地の事も頭に置きながら、さて自分は何に注力すべきなのか、なんて考えながら、目の前にある調査資料に目を通している。結局大したことは出来る訳でもない。と言うことはしっかり分かっている筈だから。

    日付(24/5/18) 同期会

大学時代の同期会が今年も開催され。ノコノコ大阪まで出かけた。開会前に同じ同期が一人、脳梗塞で倒れ、介護施設に入っているという話を聞いていて、お見舞いに立ち寄った。昨年亡くなった次兄の場合とそっくりで、認知症の傾向もあって、意思疎通もままならない。体調は既に安定しているとか、珠には意思の疎通も出来て表情も変わる、とのご家族の意向もあって、会わせてもらった。痛い、苦しいというステップではなく、静かな時を過ごしている、という状態だった。当方達の訪問が分かってもらえたかどうか良く分からなかったが、穏やかな表情で我々の会話に耳を傾けているという感じで、取りあえずは安心した。次兄もこんな状況だったのだろうと想像した。先輩や友人達が色んな形で闘病している。その姿に自分を重ねて今後の生き方を考える。おそらくこの年齢になると人生観を固めて状況の変化に対応していくしかないとは思うが、何とか「意思疎通」だけはできたら、と期待する。夜の同期会ではもう既に5人に1人は他界し、今も闘病中の同期生も多い、と聞いた。いよいよだなと思う。来年の次回の幹事を頼み、その後2次会までやって分かれる。これから何年間継続できるのか分からないけれど、来年も出席できる状態なら良いな、と期待する。5月とは思えない好天となり、翌日は法隆寺迄足を延ばし、焼けた金堂の収蔵壁画を見てきた。歴史を考えさせる旅であった。

    日付(24/5/11) 大切な時間は?

高齢になると「他人と話す機会」がどんどん減ってくる。「その日が来るのを待っていた」と言う人もたまにはあるようだが、通常はこれが認知症や体力低下の大きな原因だと言われている。(大)家族主義の大きなメリットとも言われていて日本の歴史の中でもおそらく長寿をもたらした一因かも知れない。今は加えて一人暮らし、二人暮らしが多く、最後は一人になってしまう。「だからどの時点かで施設に」と言うのが子供世代の言い分の様だが、これまた決して楽そうには思えない。さてさてどうやって時間を有効に遣えば良いのか、悩みは尽きない。仕事でも、スポーツでも、何かに打ち込めている人は幸せである。当方も「スケジュール表を埋める」ことを目標にしているが、次第に難しくなっている。ディスプレー相手の調査の仕事に助けられてはいるが、こちらは「頭の方がついて行けなく」なって来つつある。終活もしなければならないし、家族の心配も(まだ)しなければならないし、そうは思っても実はそれを怠ったらどうなる?と訊かれれば、「別に大事件ではない」。次第にこんなことを思う時間が増えてきた。やはり、居酒屋で一杯、でも良いし、ネット飲み会でも良いし、誰かと話しながら飲む時間が最も精神衛生上良さそう。日々の業務で喧々諤々やっている若者たちも、何れこんな日が来ることを想像すれば、「今」の大切さ、価値が分かるかも知れない。さて、今夜のアルコールはまだあったろうか?

    日付(24/5/7) 指紋認証

めったにスマホの新しい機能などトライしないが、ゴールデンウイーク前に「指紋認証」にトライした。別に誰かの覗きを心配している訳ではないし、覗かれて困ることも無い。ただ、最近、何でもかんでも「スマホ登録」があり、その度にパスワード(PW)設定もある。スマホの立ち上げにもPWとかでついこれをやったら、何とも面倒くさい。そこはスマホサイドも抜け目なく、今度は「指紋認証」ときた。なるほどやって見ると立ち上げる度に、指紋マークがでてきてこれに指をあてるとスッと立ち上がる。これは良い、と使い始めた。ところが数日経ったある日、台所でガチャン!配達ヨーグルトの瓶が落ちて壊れた。慌てて掃除機で壊れたガラスのかけらを吸い取った。翌日、掃除機を使うと異音がしてまるで吸わない。吸引ホースを外してばらしてみると、ガラス瓶の口の大きめのかけらが詰まっている。「これは直接やると危ないな」と思いながら指を入れて取ろうとした。ホースに2点で引っ掛かっていてクラクラ動くのだが一向につかまらない。結局、人差し指を約1cm程切って出血に至った。部分的には深かったようでかなりの出血。バンドエイドをクルクル。さてホース内のガラスは意外に苦戦。ふと思いついて潤滑剤(クレ5-56)を吹き付けてペンチでつかんだら簡単に取り出せた。その後である。スマホをチェックしようとしたが、指にはバンドエイド。さすがにこれでは認識できない。これにはやや焦った。指紋認証解除法を前もって調べていなかった。今度はパソコンに戻って、元通りPWで立ち上げる方法を調べて1件落着。やはり便利の陰の不便利は余計な手間を食う。これが新技術がもたらす暗部である。勿論、今は傷も癒えて元通りにはなったが、新しい便利さの採用には要注意、の典型例であった。でも本当に指紋と言うのは歳をとっても変わらないのかな・・?いまさらの疑問だった。

    日付(24/5/3) 庭木のトリミング

ゴールデンウイークでこれ程好天になると、朝から何か動かなくては、と思う。久しぶりにトリマーを取り出して朝から庭木の手入れにかかる。これぞゴールデンウイークという好天で、これまでを思いだしながらトリミングに励む。今年もこの時期に同じ作業が出来ると、何となく幸せな気持ちでトリミングを進めた。ところが歳のせいかトリマーがコードに引っ掛かりどうもトリマーでコードを切って断線させてしまったらしい。それからが大変。ホームセンターまで行って、断線コードの修繕キットを買い集める。一応直して結線、作業を再開したが、自分の足や梯子に引っ掛かって折角繋いだ結線が外れてしまう。かなりの手間を取られ、結線のやり方を再トライ、何とか使えるようになった。「だからこんなコードになっているのだな」とか「やはり太いコードにはそれなりの理由があるのだな」などと、正にトライアンドエラー。結局一日かかって、修理とトリミングを終えた。毎年そう思うのだが、こんな作業が来年も出来るのだろうか。今年も出来たことが嬉しい分だけ、来年以降は心配である。とにかく、汗を流し、最大の目標である美味いビールとワインを楽しんで「最高の憲法記念日」が終わった。一年一年が経って行く、ということは正にこういうことか。昔なら子供たちがこんなことは手伝ってこの家を保ち続ける相談をするのだろうけれど。おそらく我々の代でこの家も終ってしまうと思うと庭木も終わりで淋しい。でもこうして「ゴールデンウイークの庭木のトリミング」というビッグイベントが何とか終わった。

    日付(24/4/30) 衆院補選終わる

衆院補欠選挙は「やはり」自民3連敗(と言えるかどうか、どこも勝てず)。見ものだったのはやはり、島根1区。日本政治を操ってきた保守王国島根県の竹下・細田の流れもブレーキがかかったようだ。どこの選挙も「やはり」低投票率、島根54.62%、長崎35.45%、東京15区は40.70%はいかにも低い。例えば東京で自民党が推薦を出していたとしても果たしてもっと高かったか、どうか。やはり、「政治不信の証明」と言ってよい結果だろう。低投票率の方が好結果に繋がるという共産党、公明党の様な政党もあるが、それが良いこととは思えない。やはり全国民が「参画意識」を持つことが民主主義の出発点だろう。次に来るであろうのは「衆愚政治批判」になるのだろうが、それこそ「衆愚」であって、国民の責任ということになる。賢人の独裁政治に憧れる気持ちはあるけれど、その陰には単独意見に操られる危うさが付いてくる。でもこうしてたった3区の補欠選挙に刺激されて誰もが「政治」や「あるべき姿」を考えるのは悪くない。色々言っても日本は戦争にもならず、世界の中では「信じられない無風」の中を何十年も生き抜いているのだから。これを幸運と言うのならその幸運を次世代・次々世代に少しでもより良い形で引き継いでやりたい、とは思う。やはりゴールデンウイークは、憲法や、国の在り方について考えるべき季節であろう。

    日付(24/4/26) ゴールデンウイーク

いよいよ明日からゴールデンウイークとか。世間は騒がしいが高齢者には関係ない。アンケートでは60%の人は「家籠り」とか。積極的に「ゆっくり休みたい」人達と、「社会情勢として」出たくない人達も多いようだ。今日は為替は158円/$を付けたとか。円安の動きは留まらず、政府日銀も容認している様で益々安くなる。「昔は360円/$だったんだよ」と言っても流石に会話が通じる人たちも減っている。それより「70円/$の時もあって、輸入品が安かった」という会話に乗ってくる人の方が多いかも知れない。当時は海外旅行費用も安く誰でも海外に遊びに行ける時代だった。今は日本中、外国旅行客が溢れていて、日本人が行く所を失っている。今日も東京に出張(?)したが、何処を歩いても何に乗っても普通に海外旅行客を見かけた。円安とオーバーツーリズムで日本人はいっそう「家籠り」となっている。家族親戚が集まるのもこの季節だったが、今や孫達も部活と塾と・・・爺ちゃん婆ちゃんの出番はない。何とも「興奮の無い」季節である。次の日曜は衆議院議員補欠選挙、島根・長崎・東京15区の3カ所で選挙戦をやっているが、肝心の自民党は2カ所で不戦敗宣言。ヘタをすると3カ所すべてで敗戦かも知れない。ただ、今の衆議院で3議席減ったところで何も大きくは変わらない。心配しているのはその先の政局だろう。我々の関心はどうしても世界(ウクライナ、イスラエル、米国、ロシア、北朝鮮、台湾・・フィリピン、ミャンマー・・)政治の日本への影響の方に偏ってしまう。かなり直接的に円安や物価、経済へも影響を及ぼしている。そんなニュースを追うゴールデンウイークになりそう。そうそう、大谷君の活躍は毎朝の楽しみで、「なぜこんな日本人が現れたのだろう?」と首を傾げながら不思議な満足感を貰っている。もしかしたらこれが最も明るいニュースなのかも知れない。

    日付(24/4/21) カルチャーも変わって

コロナ禍のせいで「働き方改革」も一気に進んだとか、我々の年代は「そうは言ってもコロナが終わればまた・・」なんて言っているが、考えてみれば社会の全てでプレーヤーの年齢そのものも変わっている訳で「元に戻る」訳ではない。連絡も打ち合わせも電話からメールへ。顔を見たければネット会議。無駄話で一杯飲むのもディスプレー内の友人の顔を見ながら飲んでいる。自分のスケジュール表を見なおしても「ネットM」の数が実に多い。これでこの種の仕事がなくなれば、いよいよ誰かと話すことも無くなっていくのだろう。我々の様なリタイアリは「そろそろ静かにして」いれば良いのかも知れないけれど、働き盛りの若者たちが皆そうなったら、社会はどうなっていくのだろう。世界で起こっている戦争も今や「主役はドローンと無人機」。アニメや映画の世界がどんどん現実化している。アニメで育った世代はドローンに攻撃されて死んでいく人々の話を聞いても、血は騒がないかも知れない。殺されていく人達が何とも哀れである。これも「人間の格差」だと言ってしまえばそれだけの事かも知れないけれど。カルチャーの変化に合わせ人間らしさが失われていく。年齢のせいだろうが「新プロジェクトX」が始まるとそれだけで目頭が熱くなる。「人が見えてくる」と感情がほとばしる。ネット世代も「感動して涙」しているのだろうか。昨夜は東北大震災からの三陸鉄道の復興だった。元に戻っても、走っているのは一両のみの車両。通学時間を除けばガラガラで収益は出ないだろう。それでもそんな文化を大切にしていくために、今大切なのは何か、考える。

    日付(24/4/17) 国際展示場で

以前は良く行った国際展示場だったが長らくご無沙汰だった。クライアントの一つが初めて出展するとのことで、招待され顔を出した。CPHI Japan(国際医薬品開発展)という展示会。医薬関連の展示会なのだが、とにかく入った途端に驚いたのは海外企業、特に中国(とインド)の企業が多い。日本の医薬業界は海外企業にとっては進出するのがかなり難しい分野、特に最終製品の「薬品」には法規制や多くの制約がある。そのせいもあって、日本企業は制約にかかる前の段階までを海外に依存しようとする。すなわち、いわゆる「医薬中間体」の海外依存である。これはいわゆるファインケミカルの一つであって、コスト競争に勝てれば日本の医薬産業に原料として供給できる。何年も前からその傾向はあったが、今日展示会をみるとかなりの大手の製薬会社までぎりぎりの中間体迄輸入に頼っている。おそらく最後の反応とか、場合によっては製剤・パッケージ前で輸入しているようだ。やはり、コスト競争が激しいのだろう。先日の「紅麹」事件で、官のコントロールはまた強くなるかも知れないけれど、そうそう独自には進めないだろう。日本の「失われた30年」の一つの理由がこの「厳しい法規制」だったと考えると、ここでも「日本、いかに行くべきか」を考えざるを得ない。高価な付加価値の高いものを供給し続ければ良いのだが、我々市民が買い続けることができるかどうか。それどころか、おそらく「単に寿命が延びるだけの薬など不要」と言われる時代がすぐそこに来ている。人間がどんな終わり方を求め、何に最後の出費をしたがるようになっていくか、これまた難しい問いを与えてくれる。久しぶりの展示場での迷いだった。

    日付(24/4/12) 「小池百合子」再び

「裏金問題」で揺れる自民党が次の逃げ道として「初の女性総理」を思いつき、麻生元総理は上川外務大臣に目を付けた、とか。一方、またもや「小池都知事」を自民党に戻して総理へと言う案も強いらしい。そこで文芸春秋の5月号、「小池元側近の爆弾告発」と「カイロで共に暮らした友への手紙」の記事。これは「読ませた」。もし、メディアが2020年の「女帝小池百合子」の時と同様、これを問題にしなかったら、本当にメディアというものが信じられなくなる。ノンフィクションが発行された'20年の時は都知事選の真っ只中でベストセラーになったというのに小池の完勝だった。失望とあきらめの様なものを強く感じた(徒然に:20/6/28、読書:20/6/27)。今回も同様の結末になるのだろうか、それとも少しは社会を揺るがすのだろうか。今月は衆議院補選があり、東京15区では都民ファーストの会として乙武氏を応援しているらしいが、小池マジックがそうそう通用するのだろうか。「それも政治ですから」と言ってしまえばそれまでだが、ノンフィクションを読み、今月の文芸春秋を読んだ当方としては、東京都民に「皆さんも読みましたか?」と問いたくなる。もともとの問題提起は「学歴詐称」だったし、「カイロ大卒がどうしたの?」と言ってしまえばそれまでのことかも知れないけれど、メディアごと国民が都知事の掌の上で転がされていると思うと許せないと思うのは異常だろうか。当方なら、今回本名も明かした「北原さん」の言葉の方を信じる。都民の正義心を見たい。

    日付(24/4/7) プロジェクトX再び

「プロジェクトX」は本当に興奮した番組だった。もう20年も前の話と言われると、これまた自分が年老いてきたことを再認識する。NHKがこの番組の新シリーズを始めると予告を始めてある意味、楽しみにしていた。昨夜その第一回があった。東京スカイツリー建設の物語で、番組構成は正に復活版で、同じパターン、同じ様なドラマであった。同じような感動はあったが、残念ながらこちらには前シリーズ終了以降、色んな情報が入っていて、これが邪魔をした。Wikipediaにまとめられている様に、前シリーズの後半には多くの「やらせ」があったようで批判も受けた。メインプロデューサーだった今井彰氏は不祥事もあり、NHKを辞めて「ガラスの巨塔」を書いた。(趣味・読書:2010.3.7、正にリタイア時の読書)その読後感もあまり良くなかった。観る方の当方がそれだけ濁ってきたのかも知れない。でも、社会へのインパクトと言う意味では若い人達がこんな番組で刺激を受けて将来に夢を託してくれたら良いな、という気持ちは変わらない。前のシリーズでは「24時間戦えますか」的モーレツ社員の成功物語が多かったが「働き方改革の時代の努力と成功」をどう描いていくか。第二回以降を楽しみにしよう。

    日付(24/4/5) 政治不信

4月になって、このホームページも遂に15年目に入った。我ながら良く続いている。何とか健康で生き続けていられる基盤の一つになっているのでは、と「第二の人生」と銘打った価値はあったのだろうと思っている。「継続」の価値も分かるし、毎日カウンターをチェックするとほぼ平均10名前後の人がフォローして頂いている様でそれを確認出来て嬉しい。リタイアしてもう14年も経つ。日本はどうかと考えてみる。今回の「裏金問題」は政界を揺るがせている。今、解散・総選挙となれば何が起きるか、おそらく極度の低投票率で政治不信の証明をされるのではないだろうか。政党でも政治家でもなく再び官僚に政治を任せる時代が来るかもしれない。それも良いかも知れない。この問題が起きた時、岸田総理に大チャンスが巡ってきた、と書いた。彼に本当に政治を、国を変革する信念があれば今こそチャンスである。風は吹いている。経済が上向きで本当に好循環が起きるかもしれない。戦争のお蔭、と言ってはいけないだろうが、世界経済も米国経済も回っている。今年はこの秋の米国大統領選挙に向かって走るのだろうが、結果はどうであれ「興奮」は回り続けるだろう。そんな中、岸田総理がどこまで自分の「ツキ」が使えるか、国の為、国民の為に適用できるか、が問われる。歴代宏池会のやや左がかった保守のバランス政治が可能になってくるかも知れない。決して「岸田一強」の独裁政治にはなら(れ)ないとは思うけれど。まず心ある人達の政治への信頼・期待を取り戻せるのではないか。今だからこその期待がある。

    日付(24/3/31) 開花宣言との闘い

地球温暖化の影響だの、三寒四温だの、言いながら寒い日も続き、今年も天気予報は苦戦している様で、開花宣言もかなり遅れている。テレビを観ながら当たり外れを楽しんでいる我々は良いけれど、今やその天気予報に振り回されている人達はどんどん増えているようだ。観光業は勿論だが文科省、学校、食品業者、ゴルフ場に至るまで天気予報に頼っているビジネスは多い。我々が子供のころはラジオの天気予報を聞いていたが「当たらなくて当たり前」。傾向を知ることが出来れば十分だった。今や「天気予報士」なる資格もでき、スポット予報など「外れたら罰金」に至る業務も出来てきているらしい。今日は年度末、3月も終わり。漸く開花も関東に届き、例年より遅い開花。でも気温は容赦なく、今日は関東で夏日、とか、確かに一昨日位迄まだ羽毛のジャンパーを着ていたのに、今日は半袖。やはり尋常な気候とは思えない。(ギリギリだが)3月の最高気温などと言っている。夕方いつもの散歩コース、長袖白シャツ一枚に変えたのに、汗をかいてしまった。これからの気候変動はやはり心配である。何でも「自然の変化に逆らってはいけない」と自分に言い聞かせているが、気候変動は本当に「自然の変化」なのか。最近、身の回りで起こっている「自然」の多くが人為的な変化に見えてしまうようになってきた。開花だって、満開だって皆自由にコントロールされるようになるかも知れない。それが望ましいこととは思えないけれど。

    日付(24/3/27) OBの楽しみ

定年がどんどん伸びて、今や70歳台でも後期高齢者でも働いている人が普通になってきた。勿論、現金収入が少しでもあって、自由に使える資金があるのは良いけれど、どうもそれだけではない。人間って健康であればあるだけ毎日何か目標がないと生きていけない。テレビの画面に映し出される老人ホーム内で、ただ座ってテレビを観ている人達を見ていると、「ああ、幸せそうだな、あんな時間を過ごせるようになりたいな」と思わない。そこは人生観の問題かも知れないけれど、どうも朝、目を覚ますと「今日の予定」を考えてしまう。そこに「病院通い」が入り込む余地も大きいのだろう。スポーツを楽しむ人たちも多い様で、ゴルフ派、テニス派、ランニング(散歩)派、登山派、等等何かに体を動かしていることを生きがいにしている人も多い。先日、東京と千葉のOB会メンバーのゴルフコンペがあった。当方にとってのゴルフは散歩の延長でスコアは一向についてこない、が、こんなコンペがあると出ない訳にはいかない。今回は朝から雨模様。少しでも雨が降るとゴルフは中止の当方としては「いやいやゴルフ」。確かに30人もの参加者がいて遠い所から参加となると中止の判断も難しい。結局、何とか開催、そして夕べの反省会。当方などこのために18Hを「耐え」て、反省会を楽しんだ。やはりゴルフ組は健康で、しっかり盛り上がった。この会だけは何とか出席し続けたいが、さていつまで出られるか。年齢的にはとうとう上から4番目。こちらのリタイアも近いかも知れない。今日も朝起きて、「まず燃えないゴミ、次は掃除・洗濯、次はPCに向かい、その後は読書・・・」と計画を立てる。やはり、人と会ったり、話したり、と言う時間が減ってきている。「孤独を楽しむ」などというセリフは余り浮かんでこない。やはり誰かと話すのも重要な要素なのだろう。「リタイアリ、いかに生くべきか(死ぬべきか)?」は正に現団塊の世代のメインテーマである。

    日付(24/3/22) MLB開幕戦

ソウルでのメジャー開幕戦。そもそもはパドレスの韓国選手が大スターで、彼がいるから、と言うのがその理由らしいのだが、そこに大谷がドジャースに入団して、一層大きなイベントとなった。日本中が釘付けになった休日のナイターだった。そこはチャンとスターらしく打つべきヒットを打って結果オーライ。翌日はもう一人の日本代表、山本のメジャーデビューだったが、あっさりノックアウト。それはそれでメジャーの凄さを見せて良い開幕戦だった。でも今朝のニュースは野球のニュースでは無くなった。大谷担当通訳の賭博(大金使い込み)事件。まだ詳細は分からないが、社会の表裏を見せるに十分な、残念なニュース。ギャンブルには合法・非合法があり、人間の本質とのバランスなのだが、流石に大谷の周辺では金額のスケールが大きい。これで世界の大スターに傷がつかねば良いけれど。やや、心配もする。大スターをめぐる人間模様、経済模様は少し視点を変えるだけで、「子供たちの憧れ」だけでは済まなくなる。政治・経済・社会・文化と並べるとそのベースとしての「生き物としての人間」がいて本音と建前の間を蠢いている。蠢く(うごめく)のは春の虫で「モゾモゾと動く」ことらしいが、どうも良い意味ではない様だ。「暗黒街を蠢く」なんて言う言葉がすぐ浮かぶところからしても好感はない。今年のソウルでの開幕戦が悪い想い出の一つにならなければ良いが・・・

    日付(24/3/18) 大相撲春場所

テレビでは桜前線の話をしているというのに今日の強風は強かった。このところ、まるで外出していない。ルーチンの夕方の散歩も寒さと強風では嫌になる。加えて大相撲春場所。丁度歩く時間に面白い取組が当たる。今場所は新人の大活躍があるだけになかなか目が離せない。ついつい歩くのはパス、となる。自分が相撲を取るわけでは無いし、この世界に関わっている訳でもないが何故か他のスポーツと違う関心が高い。歴史の古さも、一種の「興行」性も、何となく目が離せなく、フォローしていて楽しい。流行歌手のはやり歌が気になるのとも似ている。今場所など横綱は休場、4大関もバラバラで引っ張っている訳でもない。先頭は全勝新入幕・幕尻・尊富士、次は一敗大の里、まだマゲが結えない若者。この二人の大活躍で新大関琴ノ若も目立たない。これからどう動くか分からないけれど、日本独自のスポーツショーとして見ていて楽しい。テレビ文化との相性も良かった。勿論勝負も観ていて楽しいけれど、あの特殊な体形と体力の保持、鍛錬、部屋制の保持と、相撲文化そのもの。普通人と異なる社会を築いてその文化と歴史を保ちながら、世界にも門戸を開いている辺りが何とも不思議で面白い。自分自身の歴史と変遷の中に、時折相撲が出てきたりする。今場所は待望の新大関琴ノ若の横綱に向けての滑り出しを期待していたがこの若者たちの出現で、新たな興味が膨らんでいる。もう宮城野親方(白鵬)がどうなるのか、などどうでも良くなってきた。観客に徹する春である。

    日付(24/3/14) 淋しい電話

突然、現役時代にお世話になった元上司から電話があった。何故今、何故当方に?と、訳も分からず、かと言って質問するタイミングもなく、ただただお話を聞いていた。現役時代の人間関係や、親会社との関連、など、広い、深い話が続いた。主目的は千葉に居る昔の仲間たちが無事、平穏に暮らしているかと言うことの確認だったようだが、どうも話の内容はチグハグ。もしかしたら老人病の表れかと。何かそれを確認できる会話をしたいと試みるのだが、こちらにはチャンスをくれない。結局、一通り話して終わった。90歳前後の筈で、でも現役時代は健康な方であった。ここ数年続く先輩たちの訃報を思うと、やはり順番に歳は取っていると再認識し、特に認知症は怖いなと思った。ただこの電話がきっかけで、あの人は、あの人は、と先輩方の近況を知りたくもなる。今や、同期生や、後輩迄、病床にいたり、亡くなったり。何とも歳を取るとは淋しいものである。珠にはそれも振り返って己の残された時間を大切に過ごせと言う先輩からの忠告なのかも知れないと思った。でも、ここまで不愉快感を残すような電話をするようになってはダメだな、と自分にも言い聞かせた。

    日付(24/3/9) 「もしトラ」

今後11月までこの言葉が主役になる。当方は2大政党制は米国の魅力・強さの根源だと信じてきたし順番に交代しても構わない、むしろその方が健康な米国の証拠になる、位に思っている。でもトランプは厭だ。何故か。おそらく最大の理由は「個人として信頼できない」と言うことからか。おそらくトランプVer.2が起こってもそれほど無茶苦茶な政治はしないだろうとは思うが、それでも米国大統領の権力の大きさを思うと恐ろしい。ヘイリー氏がここまで頑張ったのは共和党内部でも「脱トラ」をしなければ、という人達がある程度はいるということだろう。国連大使と言う経歴から見れば次期共和党代表として支持したくもなった。でも結局はトランプーバイデン再戦となりそうである。昨日のバイデンの一般教書演説はややトランプ攻撃が多すぎる感はあったが、信頼に足るものだった。こういうと「だからダメなのだ。新しい米国は変わらねば。」という人達が多いらしい。でも、当方などはどうしても「民主主義の正義」は最低限守りたいし、米国にはその砦であって欲しい。現代の日本には昔のように「強い日本」に戻って、脱米国で・・世界をリードする、などと言う戦略は出て来ないだろうし、無理がある(不可能)ように思える。政治にも経済にも文化にも大切にしたい原則があるはずでそれを何処に置いて何を守るか、また考える1年が続きそうである。

    日付(24/3/5) 株価史上最高

何故、この時期に株価が「史上最高!」になるのか、理解できない。とうとう4万円まで越してしまった。やはり中国経済が世界を動かしているのか、コロナ禍も含めバラまかれた金の行き先がいよいよなくなって、円安で安くなった日本株になだれ込んでいる、とか。確かに今海外に居て使い道のないドルをいっぱい持っていたら日本株や、日本の不動産など、お買い得に見えるだろう。企業業績も次々と発表されているが輸出企業は勿論、それに釣られてハイテク企業も好業績を発表している。我々リタイアリにとって貯えの持ち方の一つは金融資産だったが、「読みの浅い」当方など半導体関連株を買っておく、などという知恵はなかった。昔の知識が応用できる素材、化学、などの株を少しはもっていたが、この史上最高株価の世でまるで上がらず、却って下がっている。先月亡くなった大先輩の元上司は当方が新入社員の頃から「少しでも小遣いが出来たら株を買いなさい。社会勉強には最高だ」と言っておられた。結局「株で大儲け」なんて別世界の話だったが、「史上最高値」とまで言われるとやはりそうだったのだな、と思わざるを得ない。企業一つ一つ取れば浮沈も大きく、損得も大きいのだろうけれど、こうしてバブル期まで突破すると「いつでも勝者はいて、彼らは努力している」と言うことなのだなと再認識する。世界や日本も新しい時代に突き進んでいるということか。個々の庶民の生活は相変わらずの30年前なのだが・・・

    日付(24/2/29) 裏金問題政倫審

三寒四温とはこんな天候を言うのか、地球温暖化が言われ、2月でも半袖と言われながらも、寒い日は本当に寒い。北海道の流氷も荒れ、能登の被災地も復興もままならない冬との闘いの様である。これだけ世界が荒れまくると日本の天候などどうでも良い様にも思えるが、やはり春は待ち遠しい。日本のニュースにはウクライナもイスラエルも出番が大きく減ってきた。人類や地球の歴史と言う視点ではニュースと言うより「地盤変化」とでも言いたい大きなうねりなのだけれど。日本では「政倫審」が騒がれる。決して無視して良い問題には見えないけれど、でも第三者的にみるとみんな「デキレース」のように思えて真剣な改革を求める運動に見えない。岸田首相があえて手を挙げて出席を決めてそれに促されて安倍派キーマンも手を挙げた形にはなったが、新しい何かをもたらすとは到底思えない。「知らぬ、存ぜぬ」だけで十分乗り切れる問題だから。検察(司法)が諦めた政治への突っ込みはおそらく不発に終わるだろう。経済サイドはもう知らん顔、連日株価は上がっている。子供たちにこの現状をどう説明できるのだろうか。時間に余裕があって、政倫審をライブで見たけれど・・・何も感じなかった。こんなことで良いのだろうか・・・

    日付(24/2/24) ロシア侵攻丸二年

2年前の2月、憩室炎とかで救急車のお世話になり入院した。輸血を受けベッドに縛られた状態だったがその年の今日、ロシアがウクライナに侵攻した緊急ニュースが入った。その前のクリミア侵攻・占領のニュースの時と同様、またもプーチンのやりたい放題か、と思っていたが、今回はその時の反省もあってか、西側欧米諸国の反発は大きく協力体制ができた。ロシア内の乱れもあり、今度はウクライナが踏ん張れるかと応援してきたが、何故かロシアは強力、2年も経つのに逆に侵攻が成功してウクライナが小さな国になってしまうのでは、と懸念される状態である。社会主義的体制の国々のロシア支持の動きも見られるようである。我々の様に常識ベースで民主主義的な善悪評価でしか考えられない人間には、無力な国連(国際連合)に失望するのみである。第二次世界大戦前の松岡洋右が国際連盟で席を蹴って脱退に至った(何とこれが1933年の2月24日とか・・)悪い歴史を思いだす。国際連盟から国際連合へ移った歴史から言えばまた新たな「国連」が必要とされる時なのかも知れない。難しいのは国連メンバーも権威主義国も「民主主義」をすべて悪だとはしていない故、自由平等論を振りかざしても全てが平和には収まらない。米国も民主主義国のリーダーと言われながらイスラエルへの肩入れ度合いは異常で、今やアラブのジェノサイドの主役にされようとさえしている。「力」が「武力」で決まり、武力は人と金で決まるのなら、小国はどう生きて行けば良いのか、やはり何か新しい地球や人類を導ける概念や体制が必要である。経済面で見れば大国の「兵器産業」のみが笑っている状態は正に非人間的である。これでロシアが勝利し、米国で「もしトラ」が起こったりしたら「日経平均最高値」などと浮かれている時ではない。

    日付(24/2/22) 銀行窓口

テレホンバンキングだのネットバンキングだのの拡がりで銀行窓口に行くことなど殆ど無くなった。勿論ポケットにも現金は無くてもプラスチックのカードが1枚あれば買い物でも振り込みでも出来てしまう。従ってメインバンク(と言うほどの顧客ではないのだが)も変更も必要なく今でも現役の頃から行っている大銀行の日本橋支店の口座である。年単位で顔を出したことも無かったが僅かな投信の満期が来るとかで呼ばれて行った。相変わらずの博物館の様な貫禄ある銀行建屋だが、何とも静か。順番待ちのお客も非常に少ない。窓口に居る女性も少ないこと。これにはビックリ。でも金融関係は好業績らしい。会った女性は「お客様サービス課主任」何と日本橋、人形町、神田駅前、浅草橋・・と6支店を兼務している。後で出てきた副支店長さんも同じ6支店を兼務。やはりIoT化で人は減らしているのだろう。ただ試算だとか、目論見書など資料の準備などは素早い。やはりコンピューターの世界である。当方が顔を出した途端、女性が持っている資料には当方の全財産(と言うほどはないのだが)のリストがあった。女性の花型職場であった銀行窓口業務も今や様変わりということか。いずれは「いらっしゃいませ」から「有難うございました。」まで全てロボットが対応するようになるのだろう。それなら家でPC相手にカチャカチャやっている方が良いように思える。女性(ここでこだわると既にセクハラ?)の憧れの職業はどう変わっているのだろうか。また「昔が懐かしい」。

    日付(24/2/16) 確定申告

毎年のルーチンとして1月になると確定申告の準備と言う名で昨年の我が家の経理を振り返る。リタイアした頃に先輩たちのアドバイスを受けて個人事業者の登録を済ませ、毎年確定申告を続けている。初期の頃は事業者として何の売り上げも無かった訳だが、コンサルと言う名のビジネス(?)を開始し、2,3のクライアントを持ち、途中から特別研究員と言うアルバイトもやる様になって、「個人事業」と言えるようになって、確定申告でも税の還付があるようになった。当たり前だが税を納めていなければ還付はあり得ない訳で、ちゃんとどこかからの収入に応じて所得税を払っていなければ還付など無い。昨年までは企業年金も貰っていた。これにはしっかり所得税がかかっていて、確定申告の対象としてはこの企業年金と、特別研究員の収入(で払った所得税)であった。昨年後期高齢者で企業年金も大幅に減額になったので、これからはいくら控除額が増えても還付される所得税がなくなってくる。でもこの確定申告の作業があってこそ、今の自分の社会における存在感を見直すことができる。何の消費が多いか、例えばガソリン代やエネルギー代はどれ位使っているか。一昨年、昨年と医療費はタップリ使った。そんなことを見直すにはもってこいの機会である。昨年には車もハイブリッドに代えた。ガソリン代は大幅に減っている。このままいくと今年分以降の確定申告は余程収入を増やして(どうやって??)所得税をしっかり払って(そんなにはないな?)おかないと還付の対象がなくなるかも知れない。悪いことでは無いかも知れないけれど、「社会人」としての存在感がなくなるようで・・・今年はホンのチョッピリ還付がありそう・・チョット寂しい。

    日付(24/2/11) 国は、政治はどう動く?

本当にこの国はちゃんと継続していくのだろうか。何とも疑わしい。世界が揺れ動いている中で、日本だけは誰が引っ張っているのか分からない。円安のお蔭らしいが企業業績はどんどん良くなっているとか。そんなことがあるのか、と不思議である。最近ニュースをみていてもウクライナもイスラエルもどんどん後回しになってきている。停戦や解決策もまるでみえていないのに・・これで良いのか、と不思議でしようがない。能登地震がトップであり続けるのは悪くない。でも我々が習ってきた民主主義では一人の命は一つの命。原則的にはもっと世界を意識するべきでは、と思ってしまう。国を率いる政治家たちは今何を優先順位一位で考えているのだろうか。今こそ政権交代を、か打倒岸田政権か、毎年毎年驚くべき額の国債を発行して借金生活を続け、おそらく挙句の果てはデフォルトに陥るか、他の国の支配に身を任せることになるのか、恐怖は迫っている。少子化、高齢化の問題はすでに我が日常である。今の(平等で)平和な日常が継続するのだろうか。毎日、心配しながら歳をとっている。「もしトラ」が真剣に言われている。米国がもう一度トランプを選んだ時、日本はどうするか。今の国会議員や政府の人達は「自分はこう動く」「日本はこうあるべきだ」という考えがあるのだろうか。曝露記事に振り回され、自分の意見を表明できない政治家たちに子供達や孫達が平和に生きられる社会が構築できるのだろうか。残りの人生が短くなるのを意識するたびにそれが心配になってくる。岸田さんに乾坤一擲を期待するのは甘すぎるのか、では誰が??

    日付(24/2/7) 自己治癒力

健康とか寿命とかと言う話題が当然、の年代である。誰かと会っても幾つの病気を持っているか、何人の医者と付き合っているか、手術か、薬か、等等この種の話がある程度できないと「老人付き合い」もできない。当方も幸い(?)にも後期高齢者(75歳)を期して入院もし、薬の種類も増えている。昨年は家内の順番でこれまたフラフラしながら何とか頑張っている。当方など30歳台から高血圧を言われ、40年間降圧剤を飲み続けているが、一昨年の最初は消化器系で、入院中に循環器系にも世話になった。考えてみればこの歳になると病気が治ったとしてもさしてやることもない。当方は少しは社会性を求めて仕事らしきものをしているが、これとて「自分でなくては」というほどのものでもない。とりあえず朝、目が覚めた時に「今日の予定」を考え動き出すきっかけ位には、と思っている。友人達も元気な人ほど「今日のゴルフ、明日のテニス・・・」。何とか予定表を詰めている。当方はずっと「自然治癒力」を信頼している。ただこれには効き目の度合いがある。例えば吹き出物とか腹痛とか腰痛なども含め、ある程度までは「寝ていれば治る」病は多い。今回のコロナでもワクチンが回らなかった国々でもいつの間にか死者数は減ってきた。ただワクチンのお蔭で助かった人も多くはいたわけだが、初期に予想したような「人類滅亡に至る」様な状況にはならなかった。おそらく人類の環境の中に抗体が生成し、それが最終的に打ち勝ったのかも知れない。最も高い死因、ガンでも、手術をしなくても、抗がん剤を使わなくても治るガンもあって、お祈りしたり、怪しげなものを食べて治るものもありそうだ。こうしていよいよ80歳台が近づいてくると少なくともわざわざ健康診断をして「病気になりたがる」必要はない、と思えるようになった。自然治癒力で治らないのならそろそろ寿命ですよ、と言うことなのだと思えるようになってきた。だからこそあえて「痛い、苦しい」目をしてまで医療のお世話にはなりたくない。「生かされている」と思える間は生を満喫する。そうありたい。いつまでこんなセリフを吐けるのだろうか・・・

    日付(24/2/3) サウンドバー

毎年新年には「ウイーンフィルニューイヤーコンサート」を録画し、後でゆっくり聴くことにしている。今年は能登地震や羽田事故があって、放送は遅れたがちゃんと録画が流され、我が家も録画できた。さてゆっくり楽しもうかと思った時にふと「音楽のレベルアップ」がしたくなった。「聴く耳」に自信がある訳ではないが、少なくとも喫茶店に入って迫力あるスピーカーからの音が耳に入ると心地よくはなる。当方が意識して楽しむクラシックはいつの間にかこのニューイヤーコンサートだけになりつつあるので、再びモーツアルトやブラームスやショパンに還るためにもTVサウンドの改良は良いアイデアだと思い、大した下調べをすることなくよく目にする横棒型TV用スピーカー(サウンドバー)を購入した。やや邪魔ではあるが昨日セットした。セットは簡単だったが、いざニューイヤーコンサートを流して観ると残念ながらその音の差が分からない。ボリュームを上げるとなるほど迫力はあるが元々のTVのスピーカーでもボリュームさえ上げれば十分楽しめる。リモコンには、ミュージックだけではなく、シネマとかボイスなど選択ボタンは付いているのだが、どれを押しても違いが殆ど分からない。まずい買い物をしたかなと反省している。今朝はYouTubeで懐かしメロディーを聴いてみた、高橋真理子、井上陽水、玉置浩二・・・何れもボリュームさえ上げれば十分楽しめる。当方の期待する音にするにはまず部屋の防音をしてBoseのスピーカーにしてボリュームを一杯に上げて・・・かな。でも久しぶりに「音を楽しむ」喜びを思いだした。時間タップリのリタイアリには捨て難い楽しみである。そうそうコーヒー豆も買い出ししなくては・・

    日付(24/2/1) 岸田政権にチャンス

内閣支持率も30%を切り、裏金問題に振り回され、中国・ロシア・北朝鮮にも今やろくに相手にもされず、新年になった途端、能登大地震にまで襲われて、四面楚歌の岸田政権。でも最近のニュースに見られる岸田総理はどことなく吹っ切れたように見える。確かに自民党派閥政治の中で振り回されながら到達した首相の座であって、そのよって立つ派閥バランスの根本を変えることが出来る機会が訪れたと思うと、これまでやりたかったことができる絶好の機会を得た、とも言えるかも知れない。少なくとも今現在は他の派閥のサポートを得ないと何もできないという状態ではなく、他派閥であれ、野党であれ、中身で勝負できる機会なのかも知れない。自民党の派閥政治を理由に日本の政治の在り方を変えようという意思があれば、絶好のチャンスだろう。当方はもともと宏池会的スタンス(左寄り右)には好意をもっていたので今こそ新たな路線を期待したい。ただ池田隼人の所得倍増などという世界ではなく、宮沢喜一のような経済財政主体で、でもマイナスを強いる財政再建的方針を掲げれば、大きな流れを作ることが出来るかもしれない。「世界の中の日本」を意識させることもできよう。「岸田でないと言えない」的な「国民と語る」政治に舵が切れれば新しいタイプのリーダーになれよう。バランス感覚はありそうだし、苦労もしてきたわけだから今こそ乾坤一擲の勝負に挑んで欲しい。この時代だからこそ応援してみたい。「聴く耳」と「読むだけ答弁」では誰も付いて行かない。

    日付(24/1/29) ホロコースト

イスラエル/ハマス(アラブ)戦争の話になるとどうしてもユダヤ/アラブの歴史になり、ホロコーストに行きつく。米国駐在中にワシントンでホロコースト博物館に行き、初めて「体で恐怖」を覚えた記憶がある。あの貨車から出た時の恐怖はやはり強烈であった。ユダヤ人はあの「虐殺の歴史」から離れられず、それが「イスラエル建国」に繋がり、中東戦争、パレスチナ分断、独立、パレスチナ侵攻へと繋がる。ホロコースト基準になるとどうしてもイスラエル寄りになり、パレスチナ・ハマスは許せなくなる。ただ、そんな原則論ではなく、昨年末からのイスラエルの「ガザ戦争」は無差別殺りくに近く、どうしても納得できない。最も大きな疑問はこうなることが分かっていながら、なぜハマスがイスラエルに侵攻したかである。今や世界を分断するところまで至っている訳で、「世界の眼を中東に」「イスラエルの独断侵攻を許さない」という訴えとしては成功だったのだろう。でも単純な「反戦意識の日本人」としては何もできずただただ多くの人が死んでいくのを見ていなければならないのは余りに辛い。早く、原点に返って、国際紛争を解決する手段で合意して欲しい。国連を世界が尊重しない限り解決策は見当たらない。ホロコーストは歴史だけれどそれを理由にして次のホロコーストをやって良いという理由にしてはならない。何とも「平和への道は遠い」。

    日付(24/1/27) 金婚式

我々夫婦が結婚したのは1974年1月13日であった。その年の11月に長男が生まれた。元日に地震の後だったが長男と3男とで飲んで、長男が今年「もう50歳だよ」と言うものだから「エッ、金婚式かよ!」と驚いた。子供の頃、若い頃、両親や兄弟の結婚や、家族を見ていて、50年も続くものなのかな、とよく思っていた。だって、そもそも70歳台の後半まで生き続けることが「普通の事」では無かった訳だから。それが今や全く普通になって、平均寿命も男性が81.4歳、女性は87.4歳とか。30歳前後までに結婚すれば、「金婚式なんて当然」という時代になった。健康寿命で見ても男性が72.7歳、女性が75.4歳。「健康で金婚式」も当たり前の様である。誰からもお祝いのお声かかりがないものだから、先日東京で「金婚ディナー」を催した。二人だけで東京の夜景を見ながらのディナーだった。「よく50年ももったね」位が会話らしい会話だったが、年月の重さには代えられない。半世紀の出来事が走馬灯のように目の前を回った。ここまでくると、「有難う」も「ごめんなさい」もない。次は来るべき"How to die?”である。エメラルド(55)、ダイヤモンド(60)・・・と続くらしいが、これだけ長寿命化が進むと、もっと長いブルースターサファイヤ婚(65)とか、プラチナ婚(70)なんてのまで騒がれるのかも知れない。当方はとにかく歩けて、話せて、考えることさえできるのなら何婚迄でも祝いたいけれど。それより綺麗に焼かれて、C(炭素)、Ca(カルシウム)、P(リン)、Mg(マグネシウム)、Si(ケイ素:多くは無さそうだけど)にまでなってしまうともう〇婚式などの対象ではなくなってしまう。宝石である必要はなさそうである。Goldのネックレスも贈っていないけれど。

    日付(24/1/22) 能登地震

元日に日本を襲ったショック。能登半島の大型地震。輪島市では火災が引き続いたのでその映像はまるで広島の原爆投下の後。街が破壊され加えて焼け焦げている。それが元日に起こるなんて想像を絶する悲劇である。若者たちが田舎を離れ、でも正月に帰省して団欒を楽しんでいたであろう時間。でも亡くなった人達の主は殆ど高齢者たち。この事件は多くの問いを与えてくれる。なぜ高齢者は田舎に残っているのか。観光立国の主役であるはずの能登地方だというのに意外なまでに高齢者ばかりの地域。当方も数年前に訪れたが本当に「日本が残っている」。でも若者は離れていく。やはり人間の価値観が変わっていった、としか言いようがない。今の当方に何故帰郷して田舎に住まなかったのか?と聞かれてもやはり我々の価値観、幸福感がそれを拒否したのだろう。衣食住の便利さ、贅沢さを求めたのは人間・動物の本能に寄るところも大きいだろうが、でも高齢者たちは今になって、「自然の中でノンビリ」とか「お日様と共に生きる喜び」とか「汗を流して生きる価値」とかを求めている。「手作りの味」を貴び、自然の環境に価値を見出し・・・でも、その価値観に至るにはやはり衣食住にそれなりの満足感を感じてこそ至れる価値観のようにも思える。テレビに映る避難所の人々のかなりの比率の人は「去年までの生活に戻りたい」と言っている。そこにこの問題の解答の一つが含まれているのかも知れない。個々人で異なる幸福感、満足感はやはり時と共に移っていくのだろうか・・・災害があると感じるこの疑問である。

    日付(24/1/17) 次は荒れる米国?

クリスマス以降のやり取りで、米国に住む友人が一言。「アメリカで、なぜトランプが現在も人気があるのか私は全く理解できませんが、選挙権のある娘たちには11月の選挙には少なくともトランプにだけは投票しないように言っています。」とあった。世界の情報は誰が発する情報かによって大きく左右されるのでそれに振り回されたくない、と極力慎重に捉えるようにしているつもりなのだが、こと米国大統領については気になって仕方ない。憧れる2大政党制で、数年ごとに民主・共和が交代するのが好ましい。でもトランプ出現以来、どうも信頼できなくなってきた。高齢バイデンにもう一期ぜひと言う気にはなれないが、それでもトランプにとは言えない。やはり、米国には世界を俯瞰して「世界の警察官」であって欲しい。「戦争を知らない子供達」から育った我々は、民主主義・平和主義の価値観は捨てたくない。なぜバイデンの後継者は現れないのか、なぜ共和党エリート層もトランプを支持するのか。そこが政治ですと言われればグーの音もでないのだが、超大国米国には常に主役であって欲しい。ロシアのプーチン、中国の習近平、北朝鮮の金正恩などをリーダーとして崇めて「大多数の平和と国力増強」を求める国のあり方の方が良いとはどうしても言えない。「いでよ強力な大統領候補!!」そう叫びたい。

    日付(24/1/13) 年賀状

ずっと毎年年賀状だけはやり取りしていたのに今年は届かず、何かあったのではとメールをしてみたり、共通の友人とコンタクトしてみたり・・そうして今年の年賀状シーズンも終わる。今年は年賀状を購入した後で次兄が亡くなって、追加で喪中はがきを買って、2種類の印刷をしたりで、まだ目の前には数十枚の印刷済みの挨拶状と賀状が残っている。今年も頂いた年賀状に目を通す。「今年で最後にします」というメッセージが増えてきた。当方は「賀状のみの付き合い」も意味があると考える方なので、「これも無くなったら寂しいのにな」なんて思っているが、その人達はある種の覚悟をされてのことだろうと思いを馳せる。新年に賀状をめくりながら親しかった当時の事を思い出すのはとても良い習慣だと思ってきたのだが、それは当方がまだ「今年も、来年も・・」という意欲を残していることだと言って良いのだろうか。きっとどこかで当方も「長い間、お付き合い有難うございました」という最後の年賀状を思いつくのかも知れない。ただ、新しいトレンドもあるようで、それは「メール賀状」。いつもと同じようにメールを送って、「元気だよ」「今年もよろしく」というもの。若者たちの間でははこれが主流の様だ。でも、メールの管理もそれ程た易くもないようで、若者の新たな頭痛の種にもなっているらしい。いずれにしろ人間にとって「絆」は生きる支えの一つではあるようだから新年に誰かを思う習慣は大切にしたいものである。当方は今年は新たな試みで挨拶状や賀状にホームページのQRコードを張り付けてみた。特に高度なテクでも何でもないけれど読む方が何だろうとリーダーをかざしてみてくれれば面白いかもと思った。フォローしてみると元日から少しアクセス数が増えている様でもある。緩いけれど「絆」も感じることができた。

    日付(24/1/12) 今こそ変化を

朝起きてニュースを観て、新聞に目を通して、世界の、日本の毎日の変化に驚いて自分自身のおかれた立場で特に大きな変化が無いことにホッとして・・そんな毎日が続いている。夫婦共にそれ程健康を実感することは出来ないのだけれど、まず自分が思うように動けて、最低限やるべきことが出来ることを確認する。世界も、日本も、身の回りも動いているなと認識する。とりあえず自分自身の生きるか死ぬかという状況は無い訳で、それを幸せと言うなら幸せな毎日が来ている。ただ、イスラエルとハマス、ウクライナとロシア、紅海周辺の争い。どれを取ってみても、この機に乗じてと計画された気がしてならない。日本の地震や羽田の新年のトラブルも偶然ではあるものの社会を根底から揺さぶる。自民党の裏金問題など優先順位が落ちてしまうほどの社会の揺れ方である。周りの変化に希釈されている様にさえ思えるが、日本の政治も今年はもう一段、浄化に向かって変化せざるを得ないのかも知れない。岸田総理がこの機に一皮むけて日本の政治に新しい風を吹かせてくれれば良いのだけれど、いままでの所その気配はない。せめて「読む」のではなく「話しかける」態度が取れれば、と思うのだけれど。それほど「脱皮」は難しく、「保身」に走るしかないのだろうか。個人の考えがはっきりしていれば、それを表面に出して勝負に賭けることができるのはトップに立って初めてできるのではないかと期待してしまうのだけれど・・株価は上がる、企業は好業績へ、何とも理解しにくい変化の真っ最中?

    日付(24/1/6) 幸福

新年は幸福を考えるに相応しい。人は幸福を求めて生きているとか言うけれど、そもそも自分にとって何が幸福なのか、定義すらできていない。個人差があるからこそ求める対象として相応しいともいえる。これが「人類全体の」とか「日本人の」とか「家族の」「みんなの」・・とか、対象が規定されるとどんどん広がってあるいは深くなって難しくなる。いつ「ああ、幸福(しあわせ)だな」と感じているかと思うと良く分かる。家族や友人の健康を確認した時、親しい人の声を聞いた時、など人間関係の絆を確認した時の喜びは一種の幸福感だろう。他にも美味しい物を食べた時、美味しいお酒を飲んでほろ酔いの時、加えて美しい自然を味わう時、美しい芸術を楽しむ時・・自分の満足感で測れる幸福感もある。歳を経るということは、一つづつその喜びやそのための機会を失っていく事か。ただ幸せに死ぬ(こんなことができるのかどうか分からないが)と言うことは、失っている一つ一つに相当する新しい何かを探していくということである、とも言えそうである。子供達、孫たちの成長、世界や日本の平和、守られる美しい自然や音楽、進歩していく科学技術、最後に己が生きた証。振り返りながら先をみていればまだまだ生きていく楽しみや目標を見つけられそうである。それを、求める幸福としたい。こんなことを考える新年とはやはり、人生の終局が近いということだろうか。ゆっくり温泉にでも浸りたくなってきた。

    日付(24/1/2) 一体どんな年に?

何とか来客をこなし、年末にはまず長男が帰宅して、静かに新年を迎えた。元日には3男の家族がやってきて久しぶりに新年らしい夕食を楽しんだ。でも夕方に能登半島を襲った大地震にはビックリ。日本中、全てのメディアが振り回された。どんなシーンを見ても東北大震災が蘇る。ただ津波の規模が小さく、被害も少なくて済んだようだ。でも、インフラへの影響は大きい様で、今年の日本のスタートしては大きな宿題となった。当方はここ二年お参りしていなかった成田山に今日連れて行ってもらった。3男の車で孫たちも一緒だったので、心身共に楽な初詣だった。もっと混雑かと予想したがそれ程ではなかった。皆の胸につかえていた「ここ数年初詣に行っていなかったから・・」という懸念も晴れた。でも帰宅した途端、今度は羽田の衝突事故。恐ろしいシーンが映し出された。JALの乗客乗務員全員が救出されたと聞いて安堵した。でも衝突した海上保安庁の飛行機サイドは6人中5人の死亡が発表された。新潟への支援物資の運送途上だとか、何とも痛ましい。こんな正月で始まるとは思わなかった新年である。何とか穏やかな一年になって欲しい。世界や日本と言う世の中の穏やかな平和と、自分や家族の静かな健康的な生活が両立してくれれば有難いのだけれど。

 

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