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徒然に ・・ 今日の出来事・今日の思い (2013年)
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日付(13/12/29) 何を「決められる」政治か
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安倍政権になって政治の動きが間違いなく速くなった。一重に経済の堅調さがあってこそだがやはり「ねじれ」より小気味よい。ただ年末が近づいての特定秘密保持法と、最後の突然の靖国参拝は頂けない。確かに公約事項だったかも知れないが自民党に投票した人が皆安倍首相の個人的信念まで全てを支持している訳ではない。靖国問題はおそらく日中韓の関係をますます停滞させるだろうし、悪いことに欧米さえ反発している。私は個人的には「靖国問題なんて個人的問題」と思っていて、「なぜ軍人や武士を祀っている神社に日本人が揃って参るのか」と不思議に思っている。庶民を含む国民全体の戦没者慰霊の形を求めた方が良いのに、と思う。先に、米国ケリー、ヘーゲル長官が千鳥ヶ淵戦没者墓苑を訪問したことなど大きなニュースにもならないが、彼らの念頭にも日本のアーリントンは(靖国では無く)千鳥ヶ淵だという認識があるのだろう。私もそう思う。もう一つは、「日本の謙虚さ」が減っていっているのではないかということ。世界戦争の敗戦国であると言うのは厳然たる事実。それに耐えて世界に認められる大国となったが、その裏には自由主義国の信じられない位の許容とサポートがあった。資源のない我が国がこれからどう生きていくべきか、それは「平和でお互いを認め合う世の中」を求め続けるしかない。何となく、「もう一度列強になりたい」という意欲が強く出過ぎているのではないか。そう思える年末である。 |
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特にあれをしなくては、というものがある訳ではないが、今年の12月は妙に忙しい。勿論、これまで無かった12月のパソコン教室もあるにはあったが、それ程のプレッシャーがあった訳でもない。何はともあれあっという間に時間が過ぎて、この2,3日で大忙しの年賀状。パソコン教室ではテンプレートの応用で、年賀状は一つのハイライトなのだが、自分自身は相変わらず、昔ながらの同じパターンを踏襲している。20歳になった時に、妙にこだわった年賀状。もう40年以上も、ちょっと違ったスタイルを保っている。このホームページの自分史でも採り上げているが、年賀状へのこだわりはある。今年も、大急ぎで仕上げた。家内の分も含め、240枚。当方の様な経歴では、多分多いんだろうと思う。数年、一方通行であれば止めているし、どうしても無事でいることを伝えたければ一方通行でも出し続ける。たった、年に一回のことだけれど、住所と名前を確認するだけであの時の思い出が蘇る。形式だけだからもう止めますとか、数年間返事もないから止めようとか、色んなケースはあるけれど、それでも今年も200人以上に出した。こちらが、嬉しいのだから・・やはり、年末の風物詩。 |
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あの暑い夏は何だったのか、地球温暖化はどこに、と思わせる位、寒くなってきた。自然の移り変わりは単純ではない。この年の瀬は妙に多忙。スケジュール表には毎日何か書いてある。リタイアリにとってこんな幸せなことは無いのかも知れない。現役世代との最も大きな違いは、そのスケジュールの中味。大半は、忘年会や親睦会だし、たまのコンサルもその責任の度合いは、実に小さい。でも、そんな舞台があることを羨む人も多い。先週は2日忘年会、今週も毎日の様に。でもこれは本当に幸せなこと。色んな人と一年を振り返り、無駄話ができるのは幸せ。だって、ごちゃごちゃ言う老人は、どんな集まりでも嫌われるだけだから。こうして、色んな関係の人達が年末のスケジュール表を埋めてくれるだけでも有難い。さて、クリスマスカードは何とか間に合ったけれど、次は年賀状。パソコン教室の生徒さん達に、「年賀状の作り方」の講義をしていながら、自分のことはいつもタイムリミットギリギリ。そんなことをしながら、年の瀬が訪れ、新しい年を迎える為の準備に入る。これまた楽しい。また新しい年がくる。 |
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本屋で立ち読みすると、最近どうも気になるのが我々世代向けの本。仲間が集まると一つや二つ病気の話ができないと会話についていけないのと同じ様に、如何に生くべきか、そして如何に死ぬべきか的な本。今でも死因トップは「癌」なので、癌対策の本は多い。特に注目されているのが「近藤誠」医師と「中村仁一」医師。二人が共著の「どうせ死ぬならガンがいい」という本はセンセーショナルだ。近藤先生は、「がんもどき」で手術や抗がん治療をするなという、中村先生は「自然死」を勧める。何れにも100%賛成するわけではないけれど、何れにも心ひかれる。ベッドに繋がれてただ「呼吸をしている」だけの「自分はそうなりたくない」タイプの人生を思うと、この種の意見は重要だし、そもそも今の医学の病気に対するアプローチが正しいのか、と疑問に思う。先日、「安政柑を守る会」で親しくなれた因島の主(アルジ)が亡くなった。満100歳。今年の3月には親しく話した。ギリギリまで自宅で過ごされたそうだ。そんな生き方ができるのなら、ずっと生きたいけれど・・。考えさせられる。 |
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北朝鮮のニュースはそもそもどう流れてくるのが事実なのかと信頼できないものが多い。北朝鮮の広報ニュース、韓国からの情報、そして時には中国経由。正に隔靴掻痒で何が本当で何が恣意的に流されている情報かが判り難く、そしてその情報の流し方そのものが大きなニュースであったりする。今回の張成沢氏の失脚と最後は死刑執行、それが堂々と北朝鮮から流れている。もう、自由世界のしかも平和な国、日本の国民では決して理解でき無い程の大きなニュース。でも西側国はあれやこれや推測するしかない。こんな動きをする国と、どうすれば相互理解ができる付き合いが出来るのだろうか。人間は、一たび一対一になれば、理解できると言う人もいる。そうかも知れないとも思う。でも、こんな政変を知ると、やはり我々は平和ボケなんだろうとも思う。太平洋戦争前の日本を、世界の人達がどう見ていたか、この北朝鮮の動きをみていると、「気味が悪くて怖い」国だったんだろうと思う。終戦後65年以上経ってようやく日本人も自由世界の人達の考えが判るようになった訳で、さてロシア、中国、そして北朝鮮の今を本当に判ることができるのは、後何年の月日が経ってからなのだろうか。 |
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色んなニュース番組で、何かトピックスがあった時に、必ず出てくる「専門家の御意見」。どうしてこの人が?と思うことは多いし、「この意見のどこが専門家なの?」と思うこともある。そもそも、「専門家」の定義がわからない。大学の先生って一般的に専門家なんだろうか。狭い一専門分野についてはそうかも知れないけれど、社会性の高い分野についてはどうみても「経験も無いのに・・」と思ってしまう。広い社会で生きている(生きてきた)人の方が専門家としてふさわしいのではと言いたくなる。逆に言うと、大学の先生を含む「専門家」は、「専門家と呼ばれる責任」をもう少し感じて欲しい。「下町の縁台に座ったおじいさん」の方が世の中を捕え、適切なコメントをしているケースも多い。政府が頼る「第三者委員会」の委員達も、その種の自覚をしっかり持って貰わないと。官僚と戦うのは大変。多分、最も強力な武器は実社会における経験。官僚達も実はこれが最も難敵と思っているだろうから。 |
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ついこの間まで、漢方薬に対する信頼感は低かった。化学系技術者としては、やはり現代科学に裏付けされた医学なり、薬なりに全幅の信頼を寄せていた。「それが合理性ある理論だ」と思っていたから。でも、最近徐々に考え方が変わってきた。それは、「生きる」ということへの姿勢からだ。ベッドに縛り付けられて長生きするのと、畑で野菜を作りながら、ある日ポックリ死んでいくのとどちらが幸せか、という疑問に戻る。ここのところ新しい医薬品の勉強をしている。最近処方されている薬には20世紀の薬はない。全て2000年以降の薬。部分医療については、それ程進歩していると言うこと。でも裏返すと「ある部分的病状を治すためだけに」有効な薬を飲んで(飲まされて)いる。一人の人間としての治療ではない。これを続けると、(多分)寝たきり老人になる。僕が望むのは自然な生き方・死に方なのだから、その点ではおそらく(歴史に基づいた)漢方医療の方が良いのかも知れない。無理やり呼吸だけさせて生き延びさせる医療ではなくて、一つの「命」を出来るだけ生き延びさせる手法として、自然の力に頼る漢方はとても素敵に思える。次の目標、「健康で死ぬ」ということを突き詰める為にも、漢方薬の世界は見直すべきだと思うようになった。 |
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「兎角日本人は」「兎角中国人は」、「最近の若者は」「男と言うものは」「老人と言うものは」。メディアも含め、そう言ったひっくるめた言い方が好きな様だ。振り返ってみると、自分たちもその種の「ひっくるめた総論」をしょっちゅうしている。それでいながら、各論となると例外がどんどん出てくる。「でも、皆がそういう訳ではない」ということも、よく話す。この種の会話は、凄く危険だ。誤った見方を押しつけることにもなる。メディアがよく使う手法で、たった一人の例や意見で、世論を変えることさえある。さて、本当に「全てを見渡した上で、自分の意見を決める」なんて、可能なのだろうか。結局、我々の考え方も「一部の例」を参考に決めているのだから。 |
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海外の旅をしたこともあって、11月はあっという間に過ぎ去った。今や、朝起きると寒い。身の回りの片付けが追いつかず半袖シャツが散らかっている。ウオーキングコースに出れば、枯れ葉も散って枝は寒々しい。こうして時が経ち季節も変わっていく。この年齢、この立場になると「今」が愛おしい。その中に価値を見つけようとあがく。一歩歩くにも、一杯のコーヒーを飲むにも、ボーっとすることにさえ、価値を与えようとする。兎に角自然に、と言い聞かせるのだが、何とか一瞬にも意義づけしたい気持ちも騒ぐ。これが、現世を生きると言うことなのだろう。確かにテレビを観たり、本を読んだりと言う時間より、何か新しいことを考え、誰かと話し、できれば自分の存在感を認めようとする。それが、生きがいというものなのだろうか。最近、ゴルフさえ遠ざかっている。早く、これまでの悠々自適の第二の人生を探す時間に戻さねば、と思う,、でも幸せな時間。 |
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素人には何故こんなにこの法案を急がねばならぬのか判り難い。逆に言うと相当奥は深い。まず「機密」の定義すらが明確になっていない。おそらく、政府としても苦悶の中で急いで通さねば(法のバックアップをつくらねば)ならない理由があるのだろう。それはおそらく、@尖閣を含む対中国関係、多分普天間辺野古問題もからむ、ATPP問題。今何が話されているかをオープンにされては決まるものも決まらない、B福島原発問題。そう思いたくはないが、機密にしておかざるを得ない情報が多く有るのだろう、C対北朝鮮。アンダーザテーブルでないと、何も進まないのかも知れない。相当な理由が無い限り、こんなに大急ぎで通さねばならない法律とは思えない。何かある。我々国民は、何事でも、最終的にはプロの判断に頼らざるを得ないが、そこでも色んな意見がある。明日を、誰に託すか、誰の言うことなら(いやいやでも)最後はウンというか。民主主義のいきつく先である。 |
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当方は、その種の霊場巡りは多分無理だろうと思っていたものだから、リタイア後の第二の人生設計の中にも入れていなかった。ただ、古寺古仏が好きなものだから、八十八か所巡りではなく、五木寛之の「百寺巡礼」を目標に巡っている。今回、四国の二寺目、徳島の「霊山寺」に行くプランを立てた。昨日、それを知ったコンサル先の若者が、プレゼントと言って、大変なものをくれた。霊山寺は四国八十八か所巡りの第一番なので、ということで所謂「納経帳」の立派なものを贈られた。そして今日、霊山寺に参ったが、出さない訳にもいかず、納経してもらい、八十八か所巡りの基本まで教わった。その上、二番寺の極楽寺も散歩の距離と聞いてついつい歩いて、結局早くも二つ目の納経をもらった。さて、問題はこれから。五木寛之の百寺は勿論目標だが、さてこの四国八十八か所巡りをどうするか。とにかく既に二つの御朱印を貰ってしまった。こりゃ、新たな次の目標にせざるを得ない?一番二番のお寺で手を合わせて、逝きし人々を思い出したりしていると、成程、多くの人々が巡るのも判るな・・と。又、新しい目標を貰った出張だった。 |
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中国の動きがいかにも恐怖を呼ぶ。我々は(とりあえず)ずっと平和な日本にいて、皆で平和主義を唱えていれば良い訳だが、世界の国々はそうはいかない。最大のネックは貧富の差の拡大だろう。中国の指導者たちも、今最大の問題は、国内問題で貧困者をどうするか、だろう。そもそも、共産主義(平等)と自由経済は両立しない訳で、都会での成功者は、愛国心は薄く、儲けたお金は、海外に飛ばしている。これまで、政権は何とか外交問題に国民の眼を向けさせ、不満のはけ口にしようとしてきた。尖閣諸島の問題などは、それにうってつけだった。今回の防空識別圏設定など、世界の常識では計れない。ただ、中国指導陣の立場で考えれば、万が一、小競り合いの戦争が起こったとしても、天安門のデモとそれ程変わらない。外国と戦争を始めてでも、もし国内がひとつになれるのなら、その方が良いと考える可能性は十分にある。これから、自衛隊戦闘機とのニアミス位までは、計算に入っているかも知れない。そんなことには付き合って欲しくないと心から思うが、おそらく、それこそか、平和ボケ日本なのだろう。機密保持法案とか日本版NSCだの、政府も「万が一」のケースに入っているのだと思う。それにしても、「何でも反対の野党」の空気はまだまだ。政権を取ったら自分達が責任を負うことになるのに、それを考慮しているとは思えない政争が続く。数の力を持った与党に向きあう野党に必要なのはやはり謙虚さ、そして、「自分達がまた政権を運営することになるかもしれない。」という、責任感だろう。最近の米国共和党は頂けないが、そうは言っても。さて、我が国は・・・ |
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パソコン教室は夏休みの恒例行事だった。会場に小中学校のパソコンルームを借用するための必然だった。ところが、今春、市が生涯学習センターの中にパソコンルームを作るに至って状況が変わった。今夏のシルバーカレッジがそのルームでの初仕事。この秋から、会場を気にすることなく新たな市民講座が始まり、パソコン教室も毎週日曜午前中の開催となった。経緯上、頼まれれば嫌とは言えず、今回も担当することになって、この間の日曜から行くことになった。やはり、受講者は年配者か、子供が手を離れた主婦層。毎回同じ様な構成だが、でも、メンバーは異なる。逆に言えば、こんなに、高齢者になってからでも「パソコンに親しくなりたい」と思っている人が多くいるということだ。教えるのも、当方のように「余り判ってもいない高齢者」の方が受講もし易いのかもしれない。スイッチオンから、ローマ字入力の基礎まで、ゆっくり、丁寧に。それが安心させるのかも知れない。センターの人が当方の紹介をする時に、「この講座が終わってすぐ、初めてパソコンを買って、今ではアルバムを整理したり、お孫さんとやりとりしたりしている人がいます。」と言ってくれた。そんな人が一人でもいてくれれば、やった甲斐があるというもの。また、5週間の講座が続く。 |
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昔々からの経緯で、今でも7穴のシステム(手帳ではなく)ノートを愛用している。問題は、レフィル。6穴のものでも結構高価。7穴のものは手に入れるのも難しく、現役の頃は出張時に優先順位一位で買いに走ったりした。リタイア後は、ネットで購入したりしているが、日記部分は自分で作るようにしている。普通のパソコンと普通のプリンター、そして7穴パンチで作る訳だが、これが意外に大変。一か月/頁の12ページを作るのがまずスタート。その次は、週/2頁の記録用ページ。毎年、苦労しながら、でも工夫を入れて作る。ネットで買えば、色々あるけれど、今や自分で作ったものが最もしっくりくるようになった。今日、2014年分の作成に入った。来年は、いつ祝日が入るか、ゴールデンウイーク、お盆、正月がどんな暦になるのか、楽しみながらレフィルを作成した。ネットで買えば、何十ドルもするものが、自分のパソコンとプリンタでできる。今日はそれを印刷しながら、「この作業を後何年出来るだろうか」と考えた。2015年のカレンダーはまだ頭にない。こうして、時の過ぎ行くのと共に、自分の人生の行く先を考える。 |
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日付(13/11/22) ギリシャ、イタリア、スペイン
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今回の旅の主役はギリシャ。観光案内の説明の時代のケタが違う。話のスタートが紀元前3000年!パルテノン神殿は紀元前430年に完成、とか。どうも日本史の頭では戦えない。やはりアジアでは中国だけか。その、偉大なるギリシャが苦しい。観光以外に産業がない、とか。その後をついだ、イタリア、スペインも同様の歴史を歩んでいる。世界に冠たる地位を築くと、豊かな楽な生活へと走る。自分では働かず、働かせる。獲れるものは、獲ってくる。自分では物を造らず獲ってくるか、買ってくる。そして時間は、快楽のためにのみ使う。勤務時間は短く、昼食時間もたっぷり、昼寝の時間もゆっくり。格差は広がり、底辺の住民は家畜同様。この3カ国は、全く同じような歴史を経て、同じような「今、危ない国」になった。さて、ギリシャ文明、イスラム文明、ローマ帝国時代と振り返って、その次に来るのはどの国だろう。一つは英国、そして米国。その後に続くのが日本か。それは、過大評価か。ただ、500年単位で歴史を考える時、英国・米国・日本はどうなっているか。日本も、国内に産業が無くなって、唯一観光だけで、奈良や、京都に世界中から観光客が押し寄せ、独自の歴史を誇り、「日本的なもの」を振る舞っているかも知れない。でもその時、東京は?横浜は?大阪は?名古屋は?神戸は?北九州は?、廃墟と化した大都市の中で、人はどうしているだろうか。そんなことを考えた旅であった。明治維新の様な、「ドンデン返シ」の歴史が起きないと、この流れは止まらないのかも知れない。 |
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ヨーロッパを旅していても、やはり日本で何が起こっているか気になる。現役時代は、常にネットで繋ぎ、どこにいても判るようにはしていたが、今の身では敢えて有料Wi-Fiに頼る必要もない。それでもTVをつけると、せめて英語のニュースをと探す。今回のイタリア客船では、「NHK−World」をつけていた。この放送は多くの国で観たことがある。良い番組を流していると思うが、注意しないと、余り日本のニュースなどない世界にいると、この番組だけで「偏った日本観」が持たれるのではないか、と危惧する。さて、この10日間は(幸いにも)日本では大きな事件も無かった様で、殆ど100%、トップはフィリピンの台風禍だった。どんどん死者や行方不明者の数が増えていくのは正に3.11の再来という印象だった。そこに分けて入ったのは中国問題、フィリピンへの救済の度合いを下げたり、上げたり、わざわざ難しい国であることを世界に公表している。また、「アベノミクス」も色んな形で。NHKの責任は重いなと感じた。世界は小さくなっている。もう、一国で閉じこもることなどできない。いつ、どこで、何が起こっているのか、隠せる時代ではなくなった。多国籍の船の中で、つくづくと避けて通れないグローバル化を再認識した。 |
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リタイアして'10年にスイス・スペイン、'12年はイタリアと海外旅行を楽しんだ。毎回その前の経験で学んだ要素を入れてプランを立てる。スイスは安価で欲張りなツアー。天候にも余り恵まれず、不満が残った。スペインは宿泊施設にポイントをおいて「パラドール」に泊った。この点はまずまず。それでも疲れはあった。イタリアは同じ場所に2泊するツアーで少しゆっくり。そして今回は友人の勧めで初めて「クルーズ船」に乗ってみた。確かにこれは疲れが少ない。宿泊は常に船内で、宿が変わらない訳で時間の使い方もゆっくり。10万トンのイタリア客船に3500人の乗客。内、日本人は僅か200人。正にマイノリティー。イタリア人を始めとするヨーロッパ人が主体。言葉は、イタリア語、英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、ラテン語と続いて、日本語などなかなか出て来ない。これまで多くのグローバルな環境を経験したがこれ程の多国籍環境は初めての経験だった。イタリア、ギリシャ、クロアチアなどの名所に到着すると、各グループごとにバスが出て観光する。まさにつまみ食いツアーだが、自由な解放感があった。暇さえあればバルコニーで海を眺めていた。これから、徐々に写真も含めまとめてみたい。リタイア後の旅を考えておられる読者の方には是非参考にして頂きたい。今日10日間を終えて帰ってきて、さてどう料理しようか、と思案を始めた。 |
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小泉元首相が脱原発を主張して大きな話題になっている。郵政民営化同様「自民党をぶっ壊す」意気込みの様だ。きっかけはフィンランドの「オンカロ」をみて、無毒化に10万年かかると知ったかららしい。でもここは良く考えたい。そんなことはずっと昔から判っていたし、それでも日本は(自民党は)、いや世界は原発を推進してきた。人類を支えるエネルギー源としての原発を使わざるを得ないのだ。今、政治家が主張すべきは、核燃サイクル確立にもっと力を入れること、徹底的に廃棄物を減らして、その上で処理法も確立すること。次の世代達が原子力の世界に踏み込むよう仕向けること。夢を語るのも大きな仕事だから。原発は決して一国の問題ではない。一たび事故になれば、世界の問題。一国だけ脱原発を推進してもどうにもならない(日本は原発技術を売っているではないか)。そうであれば、核燃サイクルの確立や、核廃棄物の処理法は世界の叡智を集めて研究すべきだし、そう仕向ければ若者達も夢を持つだろう。丁度今若田さんで騒がれている宇宙ステーション(ISS)のように。ついでに調べてみた。現在のISSの総重量は約400トンだとか。福島4号機の燃料棒全てとほぼ同等の重量だ。世界中の、知恵と金を集めれば、核廃棄物をどこかの星に運び込むのは夢物語では無いかも知れない。どうせ宇宙は放射線だらけだし、ある星の引力圏に閉じ込めてしまえば完全解になるのではないか。小泉さんがそんな夢を講演してくれれば、「さすが!」と叫ぶのだが・・ |
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四国に出張した帰りに関西を周って家族を考えた。まずは法事。長兄の13回忌に合わせて、少し早いが母の33回忌、父の50回忌をまとめて、兄弟が集まった。いつの間にか皆、リタイア老人。残された人生をいかに生きるかを考える。皆、支えは子供や孫達が周りで健康で生きていてくれること。それを話しながら、「仏教ってうまくできているな」と思う。一人が亡くなってもそのあと、ある年数が経つとお互いに忘れ去らないよう、亡き人に関わる残された人々が集まる、先に逝った人を偲びながらお互いの生きざまを確認する。こんな仏事でもないとどんどん疎縁になっていく。翌日は次男の次女の七五三。二人目の孫がもう3歳。これまた、人間の「生きる」を考える日。孫がすくすく成長していくのを確認するのは正に嬉しいが、逆に言えば自分たちの残された人生は確実に減っていることを意味する。「この子の何歳までをこの目で見えるのだろうか」と。これまた、明日からの自分の生き方を考えさせる。花嫁姿が見えたら良いのに、と思いながら、「でもその日に老人は要らないか」とも思ったりして。逝った人、逝こうとしている我々の世代、そしてそこから生まれた次の世代。わずか50−100年の単位だが、こんなに皺が増えている。でも大震災で学んだ「生きているというより生かされている」という考え方で言えば、「生きているからには精一杯生きねば」と思う。人生、家族を考えた日。 |
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現役の頃は、仕事の一環として、恰好つけていえば周りに対する責任の一環として、毎年の健康診断や人間ドックの受診を欠かさなかった。リタイア当初はそれがまるで普通のことの様に、人間ドックに行った。そして今、昨年から、市の検診に切り替えた。昨日も保健センターに出かけた。持病の検診は定期的に受けている訳で、これでいいだろうと思って。毎回感じるが、この雰囲気は悪くない、老人・主婦・そして自由業や、仕事を探す若者まで色んな人達が検診に訪れる。国ごとの福祉や文化の進展具合のバロメーターとして、この国民総検診は価値がある。自分のことはそっちのけで、周りを観察しながら、「やはり日本は素晴らしい」などと思っている。この分野で働く人達も多いし、皆さん「皆の健康の為に」頑張ってくれている。さて、どんな結果が届くか判らないけれど、ここまで来たら自然や寿命には従順であって良いよな、と自分に問いかけている。何とか一つでも多く自分の病気を見つけようとする人、何とか「問題ありませんね」という一言を貰わないと心配でならない人。色んな人が居て、でも検診の場は、とりあえず健康な人が主なだけに、見ていて楽しい。 |
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昨日はまたまた家に居て欲しくない日、とかで、ぶらっと映画鑑賞に。アニメ「風立ちぬ」を観るつもりだったが、時間と場所が合わず、急遽変更して「ダイアナ」。世紀の美女ダイアナ妃が自動車事故で亡くなって、もう16年も経つ。この間、ウイリアム王子に子供ができて、もうおばあちゃんだ。ゴシップ記事を含め世界中の話題をさらったのは’90年代。もう20年も前の話だ。離婚や、自動車事故の蔭に、こんな「真実の愛」といった物語があったとは知らなかった。映画のラストに彼は今でも生存中、と出るのだからフィクションだけでは無いのだろう。心臓外科医のパキスタン人との悲恋物語。派手で、奔放な生き方をした王妃の心の中に迫る物語だった。「ローマの恋人」を思い出したり、雅子妃のことを考えたり。事故の陰謀説の謎解きよりも心に迫るものがあった。珠には真剣に愛と死を考えるのも大切なことだろう。最後にでてくるペルシャ詩人ルーミーの詩が良い。イスラムと言われるとそれでけで身構えてしまうが、唯物・拝金に流れる世相から、珠に心とか神仏、そして死について考えることがいかに重要か、余韻が残った。 |
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所期の予定であれば、今頃は準備で大忙しだった筈なのだが、台風27,28号のお蔭で大狂い。昨春の早春上高地の続編として、今回は涸沢の5段紅葉を目指して明朝からカメラ旅行登山を計画していた。先週の台風26号に続き、27号そして28号まで発生して、結局中止となった。行けなくなればなおさら恋しさはつのる。キャンセル後も涸沢の天気をネットでフォローしている。今の所はやはり悪天候の様で、悔しくて地団太、ということは無さそう。何しろ山登りは年齢との勝負、もう一度と思っているアルプスももう無理かも知れない。涸沢なら、まだ、と次回の機会を狙っている。異常続きの天候で、スケジューリングも難しくなってきた。「予想外」の連続。もう過去の統計に基づく予想は、割り引いて見ざるを得ない。これから、どんな気候変動がくるのだろうか。悔しい予定変更。 |
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日付(13/10/20) 次は「デザイナーベイビー」
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ずっと考え続けている「自然への人間の挑戦」。事故の撲滅も、病気の治癒も、みんな人間の挑戦の成果だろう。多分、僕も含めて、そのお蔭で初期に決められた寿命より生き延びている人も多い。そして次のターゲットは生死のコントロール。一方、今朝の新聞の「デザイナーベイビー」はまた違った人間の欲望の現れ。自分の子供は、何でもできるパーフェクトな人間であって欲しいと言う親の願いを具現化する。「遺伝子解析とその操作」によって、決して夢物語ではなくなってきた。美男美女、身長・体重の高低、果てはIQ値に至るまで、遺伝子に関わる持って生まれる能力は全て制御しうる、という。病気の治療の間は良いけれど、余りにこれを突き進めると、いよいよ、「死に方の選択」が課題になってくるだろう。多くの人達が「自然に還ろう」と言い始めたけれど、個人の問題となると、さて。 |
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日付(13/10/18) 「スケジュール」が無いと?
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OB仲間が会うと話題の中に、「スケジュールに追いまくられなくなっただけでも」という言葉がある。一方、「何とかスケジュール表が埋まっているよ」という挨拶もある。さて、何が必要で何がストレスの基か。人間ってやはり、明日を考えながら生きたい動物の様で、「スケジュール」即ち「これから、その次」何をやるかというターゲットはあった方が良さそう。多分それは「生きがい」に繋がる。一方の、「ストレスの基になるスケジュール」は「本人の意図に違って、好むと好まざるに関わらず与えられるスケジュール」だ。これはおそらく健康にも悪い。でも多くの人達は、OBも含めて、「スケジュールを埋めたがっている」のも事実だろう。考えてみると、そこから先は「考え方」「捕え方」。結構、大変なことでも、自分で楽しむ捕え方のできる人はそれでも生きがいと思える。一方、何でも周りからの圧力としか捕えられない人は、余りにすることが無くなると、あとはボケるしかなくなってくる。外に出て一万歩歩くでも、周りの季節の変化を写真に収めるでも、孫の成長を記録するでも、一日一冊読書するでも、「目標」と言えるものをスケジュール化することはおそらく老化防止に効果がある。ストレスフリーの生活を求めることと微妙に違う感じがする。そういう意味では、まだまだ当方のスケジュール表はしっかり埋まっている。これは、良しとすべきことなんだろうと思っている。 |
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「10年振りに関東地方に大きな台風襲来」、というニュースで昨日から珍しく台風対策。庭のゴミや空きポリ容器を片付けたり、戸締りをしたり。そして今朝、確かに風雨は強かったが、「それほどでも無かったな」なんて思った。でも、ニュースを見てビックリ。伊豆大島では、24時間で800ミリ、朝方の4時間は毎時100ミリの大雨が降り続け、沢が川に化けて大氾濫。大惨事となった。今回もまた「生まれてこのかた経験したことのない」というセリフがテレビに流れる。この氾濫は凄い。避難情報の遅れが取りざたされているけれど、毎時100ミリの豪雨の中、しかも真夜中、避難所まで行くだろうか。家でじっとしていた方が安全と普通は思うだろう。このケースの検討は専門家に任せるとして、やはり、最後は「運」か。生き残った人、土砂に埋まった人、いずれも「運命」としか言えない。こうして人類は賢くなってきたのだろうけれど、自然は容赦ない。一つ立ち止まって、もう一度「人間は自然をコントロールしようとしてはいけない」と、心すべきなのではないか。科学分野に身を置いた人間が言うべきセリフではないかも知れないけれど、だからこそ本当にそう思う。 |
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大学の同じ化学工学科出身で関東地方にいるメンバーが時折集まる。そんなに沢山いる訳ではないが、50歳を過ぎてから頻度が上がった。先週も、今でも現役で中国南京でエンジニアとして活躍している友人が久々の帰国と言うことで集まった。もう、現役バリバリと言う人は、それほど多くないが、出世頭は今や財界の重鎮。普通なら会うこともままならない様な存在だが、ご本人は、こんな集まりが好きな様で、時間をやりくりして出席してくる。この二人の存在は大きい。我々「第二の人生」を考えているメンバーも、第一線で活躍している人達の話には興奮する。そんな存在の友人がいることを誇りにも思う。あとは、考え方の問題。持てる力を徹底的に使って、世界のプラント技術に貢献する人、日本の財界や学界のリーダーとなって、存在感を出す人、そして我々の様に、サラリーマンとしての人生を終えて、第二の人生を探す、人生を見つめ直す人。感じるのは、何れにしても、自分自身か「俺は生きている」と感じているかどうか。夫々の悩みを聞き、己の話を聞いて貰いながら、ひと時を過ごすのは、何と楽しいか。それは多分、お互い何の利害関係もなく、でも自分の生きざまにそれなりに自信を持っている人達の集まりだから、なのだろう。こんな集まりは続けたいし、出席し続けたい。結局は「健康で長生き」「いかに元気に死ぬか」という話にはなるのだけれど。 |
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3年前にテレビを買い替える時実に悩んだ。大型化の真っ只中で買うからには、と45型以上に的を絞った。液晶テレビの技術もどんどん向上し、大型化も可能になっていた。量販店まで行って、実際に見比べて、でもパナソニックのプラズマテレビ(46型)を選んだ。ガラス面の反射が少しデメリットに思えたが、画面は綺麗で応答も速い。親会社の技術も入っていて今でも間違っていたとは思わない。ところが先日パナソニックがプラズマからの撤退を決定した。ブラウン管から液晶の流れができてしまった。昔のビデオ戦争のソニーのベータを思い出す。今でも放送局などプロの世界ではベータが重用されているというが、民生用は完全にVHSの勝利に終わった。価格を下げて多くを売って、または多くを売って価格を下げて、主流になって支配するのも大きな力で、その競争に負けると撤退が待っている。そして、ビデオテープの時代も去っていった。技術力だけの話ではない。日本人技術者、日本のメーカーには「良いものを作れば売れる」という思い込みがある。それが日本を支えてきたのも事実だが、ある一線を越えるとそうも言えなくなる。プラズマテレビでゴルフを見ながら、「やっぱり綺麗だけれど・・」と思いながらこの世界の厳しさを感じている。テレビの世界も次は4K、8K、はたまた有機ELか。 |
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昨日のコンペ。同じ組の友人がやってしまった、ホールインワン。これまで多くの人から聞いていたが、目にしたのは初の経験。ホントにあるんだと、改めて。海外では、皆でお祝いするらしいが、何故か日本では本人が「厄(?)落とし」とかで、何かを振る舞う。保険まであるのだから面白い。それはさておき、191ヤード、3番ウッド。グリーン手前で大きくバウンドした所までは見えたが何しろ距離のあるショート。行ってみるまで判らず。「入ってる!」の一言に、同組の3人がおおはしゃぎ。本人は、ややキョトン。確かに、そうそうある話ではない。100ヤード前後でも、オンはしても、入りはしない。ゴルフが仕事のプロでも、ホールインワンはしたことがないと言う人もいる。一方、アマチュアでも複数回やった人も多い。実力は必要だが、それにプラス何かがあるのだろう。夕方の反省会は、ただただこの話題で盛り上がった。自分もやってみたい、という気にはなるけれど、ま、ないな。楽しい一日だった。 |
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鳥取の田舎の高校の、関東地方にいる仲間の同窓会が16回目を迎え、終わった。50-60人位は対象者がいる筈なのだが、毎年20人との戦い。でも1998年からと言えば、良く続いているとも言える。鳥取では、同様の会が開かれているようだが、そうそう帰郷もできない。こうして年に一回、お互いの無事を確認し合うだけでも意味がある。当方は、夫婦で会員故、出席率も高い。毎年できるだけ出席している。年齢を経るごとに、田舎の話題だけでなく、介護の話、自分の健康の話、年金の話と、歳相応の話題には変わっていくが、最後は「来年も会いましょう」で終わる。もう、この会を通じての損得も無ければ、好き嫌いもない。ただ、同郷の仲間が集まって、ワイワイガヤガヤ、それで良い。一人の女性が声をかけてくれた、「良い歳の取り方をしていますね」だって。そんな印象を与えたとしたら、良い第二の人生を歩んでいるのかも知れない。このホームページのお蔭だろうか。 |
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米国がおかしい。上下院のねじれのせいで、「決められない政治」が続いている。今、国立公園に行っても入れないそうだ。国家公務員を自宅待機にして、何かメリットがあるのだろうか。確かに民主主義は、多数決の重視と、少数意見の重視の両方を求めている訳で、こんな状況もあってしかるべきかも知れないけれど、何となく「余りに政治的で」引っかかる。振り返ってみると、日本も大きな期待の元に起こった政権交代だったけれど、結局政治の空白期間を作っただけに終わった。それを国民が知ったが故の、自民党回帰・ねじれ解消だろう。ただ、これもいつでもひっくり返される危険ははらんでいる。「政治は安定した方が良い」に決まっているが、それを保つためには少数意見に耳を傾けるという努力が必要だ。「妥協」ができるかどうか、にかかっている。どんな方針にも、考え方にも、「正当な反対意見」は間違いなくあるし、それを支持する勢力もある。「政治は妥協だ」というのは、多分本当なのだろう。米国政府のヘッドとしてのオバマ大統領は民主党の党首だ。何とかしてくれないと、一国の国内綱引きが、世界の不況をもたらす。注目の米国政治。 |
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JR横浜線の踏切で74歳の老人を助けて40歳の女性が亡くなった。阻止しようとした父親を振り切って踏切に飛び込んだ。このニュースは広く取り上げられ、多くの人が考えた。「自分ならどうするか?」。自分もやっていたと思うと言う人もいれば、怖くて到底できない、という人もいる。当方も到底飛びこんではいないと思うが、こんな状況は理屈とか、心構えとかの問題ではない。おそらく普段からの生き方、考え方、そしてその場の状況における「とっさの判断」に因るのだろう。心の中に「放ってはおけない」「何かしなくては」という考えが過るのは誰でもそうだろうと思う。このニュースを見て誰もが感動するのは、誰もが「そうありたい」と思う要素があるからだろう。特に日本人の根底に流れる「自己犠牲の美」にあこがれる気持ちはよく判る。おそらく世界のどこの国より強いのではないかと思う。「武士道」に則った我々の教えられてきた常識の中にその種の価値観が残っているのだと思う。それを皆、「古い」とか「保守的だ」と拒否すべきだろうか。家族や愛する人達を「命がけ」で救おうとする事態はいつでも起こり得るし、それを他人にも広げる心も「優しさ」だと思うから。 |
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高速道路を逆走して正面衝突という事故が君津市であった。こんなことが何故起こるのかといつも他人事で批判の目だけで見ていた。ところが、先日、自分自身が遭遇した。酔っ払っていた訳でも、体調不良でもないのに。三叉路のほんの少し先にゴルフ場の入り口がある。そこを目指して右折信号を出しながら近づいた。かなり向こうの正面から右折信号を点滅させた車が走ってきた。この時、僕の頭は何故か四叉路モードになっていて、双方ともに右折できると思った(としか思えない)。真っ直ぐくる車がいるのに平気で右折してしまった。途中でぶつかりそうな状況に気づき慌ててアクセルを踏んで間一髪衝突は逃れた。もし一瞬ずれていたら大きな事故になっていただろう。客観情勢は明らかに当方に100%の責任がある。一日中ホッとしたり、反省したり。それ以降、運転が怖い位。相手の運転手も怖かったことだろう。これが、年齢のせいなら怖いなと思っている。認知症と判る様な状態ならまだしも、「鈍くなっていく途上」なら防ぎようがない。多分、僕はこのニアミスのおかげでより慎重運転になるだろうが、誰も彼もがこんなニアミスを練習する訳にはいかない。どんな事件でも他人事として見てはいけないのだ、と心した。さて、社会としてはどう対策すれば良いのだろうか。これから益々増えていくであろう難しい問題。 |
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「多数決で決定する」ということと、「少数意見の重視」、この矛盾が民主主義の原点だろう。最近、新大久保で「ヘイトスピーチ」なるものが、強くなって多くの人が参加しているとか。そしてそれに反発する人達のデモも増えているらしい。直接、日中韓関係に影響を及ぼすだけに、無視できない問題である。しかも、この論争は「ネット上」で、特に過激なようだ。ここでは、相手の攻撃に「死ね」という言葉が多用される。このニュースを見ていると、決して「世界一安心して住める国・日本」を誇る気にはなれない。終戦から今までのこの国のリーダー達が、いかに「甘えてきた」かを感じさせる。今の若者達も、日本が良い、海外勤務は興味なし、と言うらしい。その大前提の、「明日の日本は今日の日本と同じかそれ以上」と思っている所が危険だ。「そんなこと、あり得ないでしょう?」というのが団塊の叫びだ。韓国・中国とも揉め事を減らし、世界の中でも「民主主義国家とはこういうものだ」と言うことを示す為にも、そろそろ「この国のあり様」を示す必要がある。「日本・日本」と言い続けてそれが許され得る世界とは思えない。だったら、「軍備」に走るの?今は、それがテーマになっている。
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暑い夏が終わって、水不足を豪雨が一気に解消して。ここ数日の天候の何と気持ち良いこと。これ程までに変わるか、と朝、目覚める度に思う。そろそろ毛布が必要になってきた。昨日は何と2カ月ぶりにゴルフ、芝の感触を楽しんだ。これから暫く、ゴルフも増えそう。今日は今月の「居て貰っては困る日」とのことで、朝家を出た。いつもは映画館や、美術館、本屋と相場は決まっているのだが、青空に促されて「百寺巡礼」に入っている唯一の千葉県の寺、成田山新勝寺にのんびり電車で参った。例年正月には家族そろって車で初詣でに行くのだが、こんな時期に電車に揺られて行くのも新鮮で悪くない。参道の店先を覗いたり、成田山の本堂に入って座って手を合わせたり、広大な公園の中をゆっくり歩いたり。良い散歩だった。曼珠沙華の花も咲き、すすきも風に揺れ、公園を歩いた。しばらく「普通の季節の移ろい」であって欲しい、と願う。まもなく、十月だ。 |
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米国が凄いと思うのは、世界中を見渡して、民主主義や自由主義に反する動きに対しては武力をもってでも対抗する。兵士たちは「命がけで」出兵する。「それで兵器産業が儲けている」とか、「兵士と言う職業を与えている」とか、解説する人達もいるが、当方などは「何故、直接関係ない国にまで命がけで出兵できるのか」が不思議だし、それを誇りとする米国人が多いのに圧倒される。戦後の日本は平和憲法と経済優先策によって、世界平和を考えることをしないで済んだと言えるのかも知れない。武力だけが問題解決法ではなく、経済協力とか話し合いによる解決策もある訳だが、イラクや北朝鮮などの動きを見ているとやはり最後は武力なのかと思うこともある。全世界が(一応)認める「国連軍」というものがあることから見ても武力衝突は避けられないのだろう。「日本が武力を強化することが見えざる恐怖」と各国で捕えられるのは、やはり「技術力」か。おそらく「核」でも「大陸間弾道ミサイル」でも各種兵器でも「作ろうと思えば作れる」技術力を持った国だ、と思われればそれは抑止力の一つだろう。それが、世界に平和をもたらす武器になれば言うことはないのだが。やはり、米国依存は続けて行かざるを得ない、と思う近来の世界情勢である。 |
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ふとしたきっかけで、コンサルタントをすることになった四国の中小化学企業がある。時々呼んでもらって四国に「出張」するだけでも、リタイアリにとっては又とない刺激。呼ばれると意気揚々と出かける。とは、言っても雇われるからには義務もある訳で、自分が何をやればこの会社に寄与できるか、常々考えている。この週末には、初めてこの会社の社員教育に同席した。非常に面白かった。どんな企業でも社員教育は大切だが、考えてみると小さな企業ほど重要とも言える。何故なら、会社全体に対する一人の比重が大きいから。大きな企業の様に、まずテリトリーありきとはいかない。全社員が、会社について、事業について、業績について知らない訳にはいかない。自分だけ、自分の部署だけ良ければ、ということはあり得ない。色んな教育を通じて、一人一人に対する期待と求めている責任を説明する必要がある。この会社の教育に同席して本当に素晴らしいと思ったのは、社員50人程度までなら、小中高の一クラス、社長から新人まで誰もがお互いに人となりまで知り得る。正に、一体。普通、株主も経営者だから、ガバナンスもやり易い。羨ましいとさえ思った。ただ、残念ながら企業は伸びるか落ちるかしかない。昨日と同じ明日はない。経営者としては、何としても伸び続ける、即ち、事業も人員も拡大していくしかない。その時、事業の変化に合わせて組織も教育も変えて行かざるを得ない。こんな所に顔を出して、「このままずっとこれでいけるなら、誰もがハッピーなのに」と思った。それを許さないのがビジネスであり、発展なのだろう。こうしてリタイアした後で、新しい価値観と事業形態を学べるのは正に幸せ。この会社の為に自分は何かできるのだろうかと、日々問い続けている。個人的に言えば多分、老化防止に一番役立っているのかも知れない。 |
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先の連休。最終日は台風の大荒れだったが、金曜から次男の家族が来てくれて、久し振りに家族が集まった。最近はこんなことがあると、「あと何回こんな時間があるのだろうか」などと思ってしまう。孫達もとにかく狙いは「ディズニーランド」、土曜の大混雑の中に繰り出して、でも凄いのは本当に「楽しかった」と笑顔で帰ってきた。これが、ディズニーの凄い所だろう。翌日は3男の家を訪問したり、のんびり。さて、夕方、息子が妙なことを言う。「親父、孫娘を風呂に入れてくれる?」。大サービスの心算かも知れないけれど、こちらはドギマギ。何とか平然と入れたけれど、考えてみれば、男3人育てた当方としては、男の子は何でも来いだが、女の子はどう扱って良いか判らない、まして風呂に入れるなんて。この歳になって初体験だ。えらく、緊張してしまった。確かに、これからも含め、そうそう経験できる訳ではなさそうだ。次男の、考えた(?)プレゼントだったか。もうそんな機会はないと考えれば、成程貴重な時間だった。 |
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こうして結果として成功するのであれば、8月の延期(失敗?)は正に大成功と言える。すんなり成功するより、自動メンテナンスができることを実質的に示した訳だから、素晴らしい。文句を言うのはせいぜい8月に観に行っていた人や報道陣位のものだろう。技術面から言えば、カウントダウンまで行って止めたのだから素晴らしいとも言える。一機の値段から言えば、安価になったとは言っても数十億円もする訳で、それを灰にせずに済んだのだから。おそらく日本の技術のセールポイントになるだろう。「災い転じて福となす」とはこういうことを言うのだろう。被害さえ小さいのであれば、失敗は成功の元である。大震災は被害の方が大き過ぎた。でも、だからこそ、そこから学ぶ教訓はこれでもかというほどあるだろう。千年先か、百年先か、十年先か、もしかしたら明日かも知れないけれど、次に同じことが起こるとすれば、どこまで今回の教訓を生かすか、を歴史に問われる。そこに重点をおいた議論を望みたい。責任問題や補償の話題ばかりが多すぎないか。8月のイプシロン打ち上げ延期で困った人も多くいただろうが、それで訴えたと言う話は聞かない。 |
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日付(13/9/13) 今日を忘れさせるボイジャー1号
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36年飛び続けて、昨年8月に人工物体として初めて太陽系の外に出た。約190億km離れた所を約時速6万kmで飛んでいるらしい。これは、物差しが違うニュース。そう言われればそうだろうな、と疑う術も無ければ必要もない。多分、当分または永久に人類の生活には関係ないことだけれど、仮想と現実の間で、「今も飛んでいるんですよ」と言われても、現実感はない。嬉しいとか悲しいとかという概念を飛び越えた「感動」の様なものはある。この物差しで見ると、我が人生などなんと瞬時のことか。宇宙の話となると未だ未だ現実的なのは太陽系の中だった。遂にその範囲さえ飛び出して・・さてどこに行くのか。既に今でも情報が地球に届くのに17時間かかるとのことだが、それが年の単位になって、子供の頃訳が判らなかった「光年」という単位さえ現実化してくるのだろうか。色んな病気を治すことができるようになって、平均寿命が100歳を越す、というニュースより、心豊かになる。何れも科学技術の発展なのだろうけれど。 |
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この蚊に咬まれ方は何なんだろう。例えば朝、玄関から数mの郵便受けから新聞を取ってくる間、おそらく30秒?、例えば、外から帰ってきて玄関の鍵を開ける、多分1−3分、必ず蚊に咬まれる。しかも時には2,3か所。家族が一緒の時にも間違いなく最初の被害者は僕に決まっている。幼い頃からよく蚊とは戦ったが、ここ数年は特に酷い。単なる被害妄想かと思い、チェックしてみた。又もや便利な検索機能、Webで「蚊に咬まれやすい」と打つと、出てくる出てくる、いかに普通の質問であるか、が良く判る。とりあえず一通り当たってみると、これまた頷ける点が多い。血液型ではO型、これは殆ど常識らしい。何故、と言う所になると途端に怪しいのだが。次は皮膚表面の炭酸ガス濃度。だから、炭酸飲料を飲むのは悪く、且つアルコールを飲むとアルデヒド、酸となり、炭酸濃度はあがる。だからビールは特に悪い。あとは、汗かき、夜更かし、肌が黒い、妊婦など。特に当てはまらないのは後半の2つ位。当方にとっては、O型と、炭酸(アルコールを飲む人)だけで十分。すぐに納得してしまった。何故って、子供達にはO型はいない。2歳になる3番目の孫が、待望のO型、やはり蚊に咬まれやすいらしい。ついに表れた同志である。彼はまだアルコールは飲まないけれど、ぜひ一緒に飲んで蚊と戦いたい。蚊取り線香、蚊取りスプレーなどのキーワードは「精油」らしい。そう言えば昔、蜜柑の皮を乾して、火鉢でくゆらせて、蚊取り線香代わりに使ったな、とまた思い出す。「故郷の、おばあちゃんの知恵」。 |
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18歳の時に父は逝った。もう47年も前の話だがこの間の出来事の様に思える。中学校の校長で仕事を終えたが、専門は漢文の教師だった。戦前に東京に勉強に出て学んだようだ。諸橋轍次という漢字学者がいて非常に尊敬していた。この人は東京高等師範を出て、國學院大の教授になり都留文大の学長になった人である。大修館に言われて30年かけて大漢和辞典全13巻を完成させた(1960年)。初めての巨大な漢字のバイブルである。父はこの辞典が欲しくて、最も金が無い時だったのに初版を買いそろえた。今でも兄の家に揃っている。子供心に漢字や本に親しみをもったのはこの辞典のお蔭だろう。時々開いては自分の名前の由来とか、初の姪が誕生した時の命名を手伝ったりした。今でも漢字のパズルは好きだし、リタイア後に漢検に挑戦したりしたのは、この頃からの流れかもしれない。逆に「いい加減な理科系」になったのも・・周りに読みたい本が散らかっている。考えてみれば父だってこんな辞典を読破した訳ではないし、もしかしたら買って本棚に積んだだけでニヤニヤしていたのかも知れない。人間にはそんな所がある。諸橋先生は新潟の田舎の出身らしく、今でも記念館があるらしい。これは訪れてみたい。 |
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昨日あんな予想をしたが、なんのその、2020年オリンピックの東京開催が決まった。まずは単純に良かった、と思おう。多くの人が自分の年齢に7を加えて、「オリンピックを見なくちゃ」と新たな生きる目標を手にしただろう。アベノミックスには新たなサポートである。ブエノスアイレスからの映像では顔に自信が溢れている。この人は、久し振りの「本気の首相」で、命がけ的な魅力がある。環境もサポートしている。ただ世界で大見栄を切った原発・復興問題には集中して対処して欲しい。まずは、建設業者の取り合いがスタートするだろうが、東北で働いている人達が東京へと動くことを懸念する。労賃があがるのは致し方無いだろう。インフレへのワンステップと捕えるべきか。明朝からの経済指標がどう動くか、久し振りの円高・株高となるか。そして消費税上げが続く。 |
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2020年オリンピック開催地が明朝決定されるらしい。あらゆるメディアが躍っている。そりゃ、来てくれれば嬉しいけれど、一方、そんなことで良いのか、という疑問も起こる。東北復興もまだまだ、それよりも少子高齢化の大津波がいよいよ現実のものになってきている。これからの日本はこの問題に取り組む先進国でなくてはならない。お金や叡智を集中させるのはお祭り騒ぎではないのではないかと思ってしまう。そこへきて「原発汚染水問題」、廃炉まで何十年もかかるのにまだまだ何が起こるか判らない。世界の人達は日本の現状をどう見ているのだろうか。今夜の投票はそれを映し出すかも知れない。 |
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最近のテーマは「非日常の日常化」。まさかと思うことが起こり、「生まれてから経験したことが無い」というセリフが多用され、天気予報のメッセージまで変わってきている。米国に居た頃「トルネード(竜巻)」の話題が多かった。その対策の為にどの家にも地下室があった。日常空間として使っている人もあれば、避難部屋的な家庭もあったようだ。当方も大きな家に住んだが、地下室があって、まわってきた卓球台をおいていた。また、ステンドグラス作業室を作って趣味に没頭した。幸い、トルネード対策に逃げ込んだことは無かったが、日本に帰って2−3年後にはその辺りをトルネードが襲い、良く行っていたホテルの屋根が吹っ飛んだと聞いた。そんなこともあって、竜巻は米国のことだと思っていた。そもそも広大な平野でこそ起こるものだと。確かに関東平野は広いし平坦だが、アメリカの平べったさと比べたら比較にならないから。ところが、一昨日は埼玉・千葉、昨日は栃木とかなりの被害を出している。暑さ、豪雨、そして竜巻。自然の狂い方が違う。竜巻は逃げようがない。短時間の勝負。防災訓練のしようも無い。またまた新たな災害がやってきた。日本人得意の、「いざという時の備え」が、難しい。多分、戦おうとしてはいけないのだろう。自然が暴れる時は「身を守る」術を持つくらいしか無いのだろうと思う。自然に身を任す、基本的には「生かされている。」と思うしかない。自然の脅威。 |
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この週末は久し振りの「音楽漬け」。土曜は、現役時代の友人の男性コーラスコンサート。舞台は何と、かの「新宿・東京オペラシティコンサートホール」。昔、学生時代にグリークラブで活躍した人達で熟年に達した人達。60人もの大合唱。かなりの年齢の人も含まれていそうだが、皆さん、兎に角元気。声は若々しいし、姿勢は良いし。今ぞ青春と言った感じ。おそらく現役時代にはモーレツ社員だったか、顔も効きそう、だからこそのこの舞台か。観客動員能力もあるようで、ほぼ満席。後半はプロのアンサンブルまで交えてハイレベル。いやはや、圧倒された。こんな、輝く第二の人生もあるんだ。そして今日は、息子の嫁のピアノコンサート。アマチュアピアノ教室の発表会だが、義娘を含む後半の数組は、音大ピアノ科の卒業生。流石にプロ(?)。指の動きから腕・体の動きが曲に融け込んでいた。音楽の先生をさせておくのは勿体ないな、とさえ思った。途中にはピアノ教室の先生の伴奏で義娘の両親を含む合唱も。これも良かった。音楽で輝く人生を目の当たりにして、その良さを心から感じ、羨ましく思った。久しく、部屋で音楽を聞くのも中断しているが、また再開しよう。沢山のCDが待っている。まずは、今夜の「JET STREAM」から。城達也のナレーションが懐かしい。良い夢が見えそう。 |
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日付(13/8/28) どう考えても「平和ボケ」日本
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シリア情勢が不穏だ。オバマですら、攻撃をしかねない。英仏加などが続く。化学兵器の使用が事実であれば、戦争してでも・・・という話だ。日本は「蚊帳の外」に居られる。平和な国だ。でも、こんなことが続いて良いのだろうか、長い目でみればそれは許されないことに思える。武力を持たない、戦争をしない、という宣言だけで、世界一平和な国であり続けるなんてできるのだろうか。戦争に負けて(沢山の犠牲者を出して)、でもそれ以降は他の国々の戦争を機に豊かになり、低価格品で輸出を伸ばし、それ以降も高品質化でやはり輸出で世界No.1とかNo.2とまで言われる様になった。こんな形が継続することなど考えられない。輸出を押さえて国内マーケットだけで細々と生き延びる(現代の鎖国政策)か、さもなくば自衛隊の力を強化し、活躍のエリアも拡大し、「米国の核の傘に頼らなくても国際社会の中で生きていける国」にするか、どちらかしか無さそうに思える。それにしては、世界を目指さない若者、子供に頼らないと言う名で自分の墓の心配までしている裕福な老人。世界を舞台に見まわすと正に「例外の国」。我々はもっと自分と自分達の国と、そこで生きて行く子供たちのことを考えねばならない。「痛みを伴う改革」まで踏み込めるか、今正に、分岐点に立つ安倍政権。「好かれてばかりでは改革はできない。」これは歴史の事実。信念に基づいてやりたいことをやって最後は「バカヤロー」解散も致し方あるまい。 |
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「メルトダウン」が起こったのは間違いなさそう、それ以降何が起こっているのか。2年半経っても、福島の原発で起こっていることは誰も判らない。積極的な言い方をすれば、「そうは言っても2万人の死者のでた津波被害に比べれば、一人の死者も出ていない、犠牲者と言われる人達は人為的な原発難民だけだから」という人もいる。でも、おそらく彼の地では人類の経験したことの無い何かが、今なお起こっている。何故って、大抵のことは、ある時間経てば、「素人でも判る解説」が必ずされる。でも、原発内部の話は全く推測の域をでない。穿った見方をすれば、「情報を出せばパニックにも成り得るから」かも知れない。今回の汚染水の問題など、もしかしたら正面からこの問題に立ち向かっている人達の眼から見れば、「まだまだ小さなこと」なのではないかと推測する。もしかしたら、メルトダウン以降の「生きた」燃料棒は今なお地中で核分裂を続けているのではないか、それは今後も100年単位で放射能を出し続けるのではないか。太平洋から世界中の海まで「ある程度の」汚染は覚悟しなければならないのではないか。ただ、それが、人類の破滅に繋がるレベルなのかどうかまでは判らないけれど。日本は勿論、世界中の技術者が、この問題に取り組んでいる筈だ。核燃料のその後、廃炉技術、汚染水の精製、人体への放射能の影響の長期的調査・・おそらく色んな分野の人達が色んな研究を続けているのだろう。正に、人類の科学への挑戦。少しでも技術の世界に身を置いた人は、覚悟が必要なのかも知れない。「ある程度の放射能なんて自然の一部」だという認識、逆に今考えるべきは、最悪のシナリオとそれに対する個々人の対応だろう。国も東電も表に出る所だけに注力すると地球を滅ぼすかも知れない。それ位の覚悟で臨まないと。2020オリンピックは東京に来ないかも知れない。 |
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先週木曜の朝、習慣になっている朝のごみ出し作業。確かにいつもより多く、両手に重い袋を一つづつもって、収集場まで。帰る途中腰に異変を感じた。2年振りの腰痛。ま、また時間と共に直るだろうと思って、先週末から今週にかけても夕方のウオーキングも続けてきた。ところが今週初めから痛みが増し、連続した東京出張も立ったり座ったりがぎこちなくなった。昨日が最悪だったが今日は遂に決心して整形外科へ。まずレントゲンを撮って、「特に異常は無いですが、一言で言えば老化の現象の一つでしょう。日本人は二人に一人は苦しむことになりますから。」で終わり。安心する様な、悔しいような。リハビリルームに行くとこれは圧巻。多くの患者が、腰や首を機械に引っ張ってもらっている。成程これは国民病だ。簡易コルセットを貰い、貼り薬と飲み薬を処方してもらって帰った。そう言えば、腰痛がきっかけでゴルフをしなくなった人が多い。これは真剣に戦わねば、と夕方はおそるおそる久し振りのウオーキングに出た。いつものメニューの半分にしたが、何とか歩けそう。やはりビールは美味かった。年齢・時間との闘いだろうが、ここはひと踏ん張り頑張りたいものだ。処方された薬に加えて、コラーゲンと人参エキスと、サプリの助けも借りて。いよいよそういう問題がのしかかってきそうだ。 |
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日付(13/8/23) 忘れていた「アカデミック」な世界
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昨年後半、ふとしたことから、調査研究をするアルバイトを担当した。非常に学問的にハイレベルな仕事で、かなり苦戦で、研究所の方のサポートを貰って何とかレポートをすることができた。ところが、本件には続きがあって、今夏3件のフォローインタビューを頼まれた。相手は何れも学会で名の通った教授ばかり。自信が無いので、逃げようと思ったが、「何とか」と頼まれてやることになった。今日はその第一回。相手は東大の若手の教授。将来、「ノーベル賞も」と言われている人。浅い知識で、でも興味津津で話を聞いた。年齢的には一回り下だが、正に今が盛り。ちゃんと丁寧に応対して頂いた。判り易い説明、自信に満ちた解説。基礎から応用まで夢もあった。成程と思った。化学系教室の前の廊下、通りすがる学生さん達。45年前を思い出す一時でもあった。この世界で生きていると歳を取らないのかも知れない。「日本(の官も民も)は自分で責任を取ろうとせず、皆で橋を渡ろうとするから、結局決断が遅い。」という言葉が印象に残った。世界で競争する時には誰もが味わう問題なのだろう。あと2人あるが、もっと自信をもって楽しみたい。この歳になって、良い経験。 |
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何しろ「捨てられない」我が家故に、時々色んな「長期在庫品」が転がっている。先日はちゃんと包装された「そうめん」の新品の箱が出てきた。賞味期限を見たら2010年。何と3年前に期限切れ。早速ネットでチェックする。「賞味期限切れのそうめん」で検索するとちゃんとある。アンケートもあって、2年過ぎたものがあるがどうしますかと問うている。半数位は、「当然捨てる」。でも中には「2年なら無条件で食べる」。そうめんは特に「時間をおくと美味しくなる」なんて記事もある。開けて食べてみた。「美味い」、何ら問題ない。何だか特に美味いとさえ思った。さて、賞味期限の話。農林水産省の定義でも決して「食べてはだめ」とは(勿論)書いていない。腹痛を起こしても文句は言えない。位の話。我々は如何に何でも「周りからの判定や保証」に頼っているか。情けない感じがする。子供の頃は口に入れてみて、不味ければ吐いていたし、自己責任で食べていたケースが多かった。食べたことの無いものを食べたりして喜んだことも多かった。今は何でも「権威」に頼る。明治時代に漬けられた梅干しがでてきても、メディアが「絶品」と言えば高値が付く。賞味期限などと言う言葉は文明が創り出した「不要な」言葉なのかも知れない。世界で飢えている人達からすれば「許されない」言葉だろう。ただ、カビが生えた古いうどんは、流石に食べないけれど。 |
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8月にもってこいの映画を観た。ハリウッド映画「終戦のエンペラー」。米国では昨年公開され、なかなかの評判だったらしい。若い頃、「天皇の戦争責任が何故問われなかったのか」が不思議でならなかった。おそらく我々が受けてきた日本近代史を教えた教師達の影響もあったのだろう。ただ、昭和天皇の人間天皇としての抑制のきいた努力や、天皇家の動きにはずっと好感をもってきた。そしてこの映画が日本ではなく米国で作られたことが良かったと思う。主人公フェラーズ准将の日本感が個人的恋愛から導かれているというストーリーがやや不満だが、でも天皇とマッカサーとの会見で、天皇が人間天皇として振る舞うところは、良い描写だった。今の日本人には、「天皇を裁けば多くの日本人が自決する」といった感覚は無いだろうから、天皇制のあるべき姿を時代に合ったものにすることは悪くはない。でも、歴史的事実として、終戦時の米国と天皇の努力のその後の日本の復興への貢献は大きかったと思うし、それは例え戦争責任があったとしても償われたというべきレベルのものだった、と思う。青少年にも観て欲しい映画だ。 |
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この猛暑の中でも、国民大移動は起こっている。自分が動かなくなって思うのだが、こんな素晴らしい習慣は他にない。故郷を想い、家族や先祖を想う。年に一度の「ほんわかとした暖かい季節」だ。昨日から、近くには住むけれどなかなか会えない息子家族が来てくれ、それでは、と独身長男も帰ってきて、幸せな一時を過ごした。孫が成長し、息子達が夫々一社会人として生きているのを見ると、無条件に嬉しい。でもそれは裏返せば、自分自身が年老いていくことを意味する。それで良いのだと思う。宗教も、先祖たちもそういう機会を通して、いかに生くべきかと共にいかに死ぬかを考える機会を与えてきたのだろう。正月とお盆の年2回、歴史を思い、過去を思い、そして明日を思う。その時に、既に先に逝った人々のことも思う。抵抗なく「いずれ追い付きますよ」と思える。だって、絶対軸は人類だけで4−5千年、西暦で2千年。将来を考えれば何万年?自分で確認できるのはその中の50年から100年のみ。個々に誤差が何年あろうと大した違いではない。お盆というのは、そんなことを改めて考えるのに良い季節。人類だって、地球だって、永遠ではないかも知れないけれど、自分自身が有限だと認識すれば、何が起こっても大したことではない、と思える。暑いお盆。 |
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この週の天候は凄かった。暑い方は全国至る所で最高気温と体温との闘い。37℃以上が続出。この何年間でも暑さの厳しい夏はあったし、年々そんな日が多かった様には思うが、毎度「異常気象」と呼んでいる。ただ今年の特徴はそれに加えての豪雨。九州、中国、東北と西から順に一時間に50mmとか100mm以上とかと言うレベルの局地的大雨が続いた。気象予報士達は、高気圧と冷たい空気の組み合わせでちゃんと説明するが、地球全体でみればこんな小さな国で、それでも猛烈な暑さと、豪雨が分布する。異常気象と片付けることはできなくなっている。やはり過去のデータと比較しながら、明日以降、来月以降、来年以降の予想と、「予想される異常」とそのための準備をすべきだろう。「想定外のレベル」はもう言い訳には使えない。技術の世界では、過去の極端な値に安全率を掛けてそれを設計の基準に使ってきた。その前提や手法を、時間と共に改める必要がある。「日常化する非日常的事故」と同様、異常を日常の一部として捕える癖を付けなくてはならなくなってきている。しかし、暑い。今日は40℃突破の地域も出るかも知れない。 |
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大分前の新聞だが、将来の動物性たんぱく源としての「昆虫」が載っていた。子供の頃イナゴや蜂の子の話は多かった。ところでここ数カ月、夕方、いつものウオーキングルートに数人の男性が自転車で現れる。見たことの無い人だし、ちょっと怪しげだし、気になっていた。彼らは夕方に現れ、懐中電灯を手に、公園の周りをうろつく。でも、徐々に状況が判ってきた。彼らは中国からの所謂研修生で、そのアパートが我々の住宅地の中にあるらしい。そして、その夕方の行動は、何と蝉の幼虫を捕りにきているとのこと。話を聞いたりネットで調べたりすると、蝉の幼虫は食用になる。日本に来て、日本人の食べない食材が目の前にあることが判って、毎日夕方に捕りに来ていることが判った。さて、問題はそこから。ある日本人は、それを厭がって止めに入ったらしい。おそらく、蝉の命を大切に、的なことを言ったのだろう。思い出すのは、米国駐在の頃の話、ミシガン湖で鮭を捕っている先輩が言った。「米国人は、タマゴは食べません。日本人が欲しいと寄っていくのはあさましいので止めて下さい。」。日本では高価なイクラだが、ミシガン周辺では、ゴミのように捨てられていた。食物の対象ではなかったわけだ。欧米人にとってみれば、こんなものを何故食べるのかという対象だったのだろう。蝉の幼虫を調べると、日本でもイナゴや蜂の子と同様、食用で知られているらしい。正に成虫になる前なので、おそらく栄養価は高いのだろう。夫々の国にその食文化がある。欧米人が日本の食文化をとやかく言うのも判る。我々だって、驚く様な食物があるのだから。蝉の幼虫を捕っていた中国人をとやかく言う日本人は、やはり問題だと思う。だって、外部から見たら驚く様な食文化を我々も持っているのだから。小さい頃、イナゴを集め、その佃煮を食べた。将来の蛋白源として昆虫食が見直されているとも聞く。食文化の面白さ、それは将来の平和にもつながる。 |
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夏のパソコン教室も早や4回目に入った。いつまでも声をかけて頂くことに感謝しながら、でも問題の難しさを実感する。先日、中学校の先生に会って話した。今は、中学校のカリキュラムには「パソコンを学ぶ」コースは無いと言う。なぜならパソコンは単なるツールだから、それを教えることはない、とのこと。逆に、小学校ではこれでもかとばかりにコンピュータ室が混みあうらしい。即ち、今やパソコンを使うことは社会生活を送るための常識になりつつある。こうなると、高齢者は大変、孫に教えを請う時代になったということだ。今回始まったシルバーカレッジの教室には、それを習得しようとする意欲のある人達が集まっている。この眼の輝きを見ているだけで日本人の底力のようなものを感じる。たかがパソコン、されどパソコン。参加者の意欲を見る度に、この問題が社会に及ぼしている影響の大きさを実感する。団塊の皆さん、ここで投げては一気に「話したくない老人」になってしまいますよ、頑張りましょう。そう呟いているパソコン教室である。 |
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日本がイケイケドンドンの頃は、これ程の問題にはならなかった。中韓が国際的な力を付けてきたことの証といえばそれだけのことだろう。ひとたび対日主張を始めると決して収まらない。「既に対等」ということを、国民に知らしめる最も良いテーマなのだろう。多くの面で政治に勝ってきた経済だが、そこが対等になると、政治の問題がますますクローズアップされてくる。尖閣も竹島も歴史問題も、なぜここまでこじれたのか、それはおそらく日本の戦後の経済第一政策がもたらしたものだろう。本来、もっと並行してこの種の問題も議論・解決を志向すべきだったのだろう。経済議論ではなく、政治に絞って歴史を語れば、日本が曖昧にしてきた点が多くある。ひたすら経済成長を遂げていた間に、歴史教育を行い、竹島を占有し、「お金にならないことでも、国にとっては大切な問題」を取り上げて、「民意」を作り上げてきた成果なのだろう。今、日本はどう対応策を打ち上げるべきか。これまでと同じように、経済優先だけでは済まなくなっているようにも思える。経済以外の「アベノミクス」の真意が問われることになりそうだ。そう考えると、「憲法」を国民にもう一度見直させるというのは原点に帰る本質的政策と言える。 |
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日常化しつつある事件を追うつもりは全くない。ただ今週メディアが追った山口県の過疎化した村の殺人事件は気になる。8世帯15人の村で5人が殺される事件。被害者も加害者も皆老人。加害者の63歳は若い方。こんな過疎化した村が全国に沢山あって、老人達が暮らしている。夫々に家族があって、農林業、経済的問題、病気・介護の問題など、悩む人達は全国に散らばっているのだろう。農業従事者の平均年齢は63歳という。TPP問題で「農業を守る」闘いをしても、誰がそれを継続するのだろう。ばらまく税金があるのなら、人口再分布に繋がる対策にすべきだろう。大震災を経て、「絆」の重要性が騒がれるが、一方で学校の教育では「見知らぬ人には注意しなさい。」と教えざるを得ない。どうすればお互いに信頼できるコミュニティが作れるのだろうか。今は、農村の話になっているが、この問題は、都会にも移ってくる。見知らぬ老人ばかりのマンション、住宅地はどんどん増えていっている。友人が言った。「退職後、妻がサイフを握るとこの問題が拡大する。」そうだ。元サラリーマンの男性は行く所も無く家に籠ってしまうという説。確かに女性達の方がコミュニティを持っているなと思うことが多い。さて、自分自身はどう日常を過ごせば良いのか。とりあえず、サイフは共有しているし、出て行く先もあるし。それが無くなる時の準備をしろということなのだろう。個々人でできることと、社会が考えねばならないことがある。「日本を取り戻す」政治に何ができるのだろう。この危機は世界が経験したことのない危機故、「取り戻す」対策は無い。 |
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今年の夏もパソコン教室の講師を頼まれた。去年と同様、市のシルバーカレッジと共に、3つの公民館のプログラム。ところが異変が起こった。かなり前に「大丈夫ですか?」と確認はしていたのだが、小中学校のパソコンルームのプログラムソフトのバージョンアップがこの夏休みに実施されることになり、結局2つの公民館は教室自体を中止することになった。要はWindows-Xpのサポートが来年から無くなることに対する対策。Windows-7になる。それと共にWordやExcelを含むOfficeも2007から2010になるようだ。シルバーカレッジの方は新たな場所にパソコンルームを設置、これは間に合った。さて、その準備。テキストも多くのページを改訂する必要があり、てんてこまい。ようやく終わった。昨年の報酬を使って、新デスクトップを買っていて役立った。このパソコンのOSはWindows-8.準備はしてあるが、まだ使いきれていない。ことほど左様に、Microsoft社に振り回されるパソコン業界。講師を続けるには不断の努力も必要。何しろ、系統的な教育は受けていない訳で、バージョンアップ毎に、見よう見まねで学ぶしかない。「こりゃ何れWindowsの時代も終わるかも知れないな」と思う。折しも新聞には、パソコンの売れ行きダウン、パソコンからスマートタブレットへ、の文字が躍る。パソコンに触れるかどうかで老後の生活が一変しますよ、という教育をしているが、これもまた変わっていくのかも知れない。 |
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予想通りというか、予想以上というか、自民・公明の圧勝で参院選が終わった。注目の投票率は52%代。何とも低い。投票日の前日、暇に任せて選挙区の予想をしてみたが、確かに自民の圧勝で、「どうせ、そうなるのなら、わざわざ投票に行かなくても・・」という人達が増えていくのも頷ける。でも、それはやっぱりおかしい。原則に反する。こんなことを繰り返していたら、目立たぬように議席を増やしていくのは公明党と共産党だろう。有権者の半分の中の大多数の信任を得てもそれが「民意」と言えるのか。投票前に「今回投票に行きますか」と聞かれて、90%の人ができるだけ行きたいと答えていたというのに。この低投票率の件だけは納得できない。好意的に言えば、「メディアの予想結果でOK」という、「予想信任」だろうが。開票率0%で続々と当選確実が発表される件も含め、メディア選挙に対する反発心は強い。さて、安倍政権はこれから何をやるか、「政治家の最もやりたいのは独裁だ」と言われる。舞台は整った。独裁の良いのはスピード感だろうが、必ずある反対勢力をどこまで考慮するか、が問われる。今の日本国民は独裁を許さないだけの知恵を備えているとは思うが、それでも一本筋の通った独裁なら許容しかねない。結局、誰を基準に、どんな国を目標にするのか。そこに落ち着く。100%の人間が納得する政治などあり得ない訳だから。唯一願いたいのは「世界の中の日本」という立ち位置を忘れないことだ。この選挙で二院制の原則的価値がますます無くなっていくことを懸念する。 |
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40代最後を過ごした米国の地はミシガン州だった。その親会社は、丁度赴任した頃に製品安全問題が騒がれ、沢山の訴訟を背負い、多額の賠償金を命じられるに至って連邦倒産法11章(チャプター11)を宣言した時だった。企業としては問題ないことに確信をもっていたが、訴訟社会米国内では大変な騒ぎだった。結局9年後には11章から脱出できたのだが、米国の訴訟問題は気になる。Chapter-11は日本で言えば民事更生法的なもので、倒産法という割には企業が宣言し企業が更生を計れる。さて、一昨日からの大ニュースはデトロイト市のChapter-9。これは、本当の倒産。外部の経営に頼ることになる。市職員への影響は勿論、住民への影響も計り知れない。今でさえ、公的機能は大きく下がってきているというのに、どうなるのだろうか。駐在中にデトロイトまで買い物に出かけたり、それ以外でも成田−デトロイト便を幾度も利用した人間としてはあの街がどうなっているのか心配になる。収入の殆どを税金に頼る国や自治体の経営は難しい。収入の多い時に多くのサービスを始めてしまうと、収入減になった時にそう簡単に止めれられない。住民の意向に沿って続けていて収入が回復しなければ、破産に至る。デトロイトの姿を見て、学習しなければ、多くの自治体も、日本国も同じ道を辿る可能性は非常に高い。社会福祉の充実だけを唱えて選挙を戦う政党は常に財政面をどうマネージするか、訴える必要がある。明日の選挙の争点でもある。 |
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新クライアントとして中国人の化学相談にのっている。しばしば、中国や中国人の話になる。何しろ、13億人の人口を抱える超大国である。どうやって国を動かしていくのか、共産党独裁もその一つの形だろう。でも、今の中国はグローバル化、IT化の中で、ますます歪が拡大している。おそらく、近代化の世界を知ってしまった指導陣達は国や国民全体を、全体として良くしていくことより自分達や能力ある人達からまず豊かになることに重点を置いているように見える。話していてもやや寂しいのはハイレベルの人でも愛国心が薄れていて、どこか他の国にベースを探しているという点である。判っている人ほど信じられない社会、だからこそ自力で這い上がらねばならない社会なのだろう。そうは言っても、世界における存在感はますます上がっていく。どう、国民を納得させるか、想像を絶する難しさなのだろう、と思う。尖閣や歴史問題を持ち出して溜まった不満を国外に向かわせるのも、指導陣の苦肉の策なのだろうと思う。ただ、このままでは済むまい。知識層も増え、ITの進化も相まって情報のコントロールはどんどん難しくなっているから。いつ、何が起こるか、世界の抱えた爆弾、と言えるだろう。 |
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いわゆる、平等条項。国民は基本的人権として皆平等。さて、この条項がニュースで躍る。理由は、婚外子の差別の問題、ただその提起された理由は相続時に於ける差別。それだけで引っかかる。勿論、婚外子が差別されることは基本的に反対で何ら問題はないのだが、よくよく考えてみると、「相続」ということ自体が大きな差別を生んでいるのではないか。婚外子は実子と平等に相続したいと言っている訳で、ちょっと視野を広げれば、所詮、何とか少しでも生まれた時からの有利な条件を得たいということではないのか。この訴訟を取り上げて、「生まれてくる子は皆差別されるべきではない」という議論を展開している人達には納得できない。生まれてくる子供は差別されるべきでないと言うなら、「相続」と言うこと自体が差別なのではないか。その疑問の方がずっと大きい。「憲法は理想で良い」という人もいるが、やはり目指すべき目標でありたい。それでも時代とともに変わっていく目標はあってしかるべきで、今の9条の拡大解釈などもう限界だろう。14条問題も大きい、と思う。憲法を考える良い機会が来た。 |
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偶然と偶然が重なって、コンサルタントの新しいクライアントを得た。その会社で、何年かぶりのプレゼンを行った。内容は、どこにでも書いてある内容。特に、僕ならではのことはない。この会社、団塊の世代が去って、一気に平均年齢が下がった。プレゼンを頼まれた研究所は何と遂に30歳を割って平均年齢29.6歳と言っていた。リタイアリの古い知識でも多くの人が耳を傾けてくれた。後で、若い研究者と夕食を共にしたが、正に自分の30年以上前の姿。やる気もあるし、燃えている若者達がいた。ただ、先輩達が皆去って、経験から教わることができない。そのジレンマを感じた。でも、色んな長短はあるにしても、今さえ乗り切れればやはり若者の会社の方が将来性が高いだろう。酒を酌み交わしながら、思い出話をすると目を輝かせながら真剣に聞いてくれた。おそらく、彼らより、こちらの方が久し振りの高揚心を感じたかも知れない。あんな時代があったな、と25年前を思い出した。こんな時が持てるなんて思ってもいなかった。嬉しい時間。少し若返ったかも知れない。 |
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今年本当に梅雨があったのだろうかと思わせる梅雨明け宣言。同じ小さな国なのに同じ時に豪雨の被害が出ている。とにかく、ここ数年の気候のメリハリのつき過ぎには驚く。そして昨日、今日の猛暑。東北北海道や、北陸山陰は少しくらい涼しいのかと思いきや、日本海に近い方でも軒並み35℃。昨日の最高は山梨県甲府。もう、「故郷の涼しい夏」なんて無くなっているようだ。今日も暑い盛りの時間に東京にいた。特に、東京の気温は「自然の気温」ではない。いかにも、「人工の気温」。アスファルトから陽炎が立つ。空から来る熱気ではなく、足元から湧いてくる暑さ。こういう時は皆で汗をかけば良さそうなものだが、デパートの冷房の下にはひとだかり。この、文明の中の自然現象は、普通の自然現象では無い様に思える。さて、将来を生きる人間達に対し、我々の残すべきメッセージは何だろうか。去年のよしずを引っ張り出して再び立てかけた。その日蔭で読書をすると、これぞリタイアリか。 |
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参議院選挙は始まったばかりなのに、新聞もTVも、「与党過半数確実」、「自民党過半数も」、「民主党半減」等々。もう選挙区ごとに誰が当選するか詳細に予想されている。一つ一つを見れば、そうかも、とは思うが、こんなに予想されると、益々投票率は落ちる。そうなると、確実に集票が期待できる共産・公明が伸びる。ところが、その点も予想には考慮されている。これも民主主義なのだろうか。マスコミの記者達が集まって投票して各政党に議席を割り当てれば、終わる。何のための選挙か、と空しい感じを持つのは僕だけだろうか。ネット解禁とのことだから、例えば若者の投票率アップで、意外な結果が続出すれば一気に国民の関心がアップするだろう。世の中の動きが何でも予想できて、その通りになるなんて、おかしいし、面白くない。兎に角、世の中の動きに文句のある人はまず投票に行って、その結果をみてそれに従う。それが民主主義と言うものだろう。選挙前調査にかけている費用を、弱者救済や環境保全に充てれば・・・ |
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高松にコンサルのクライアントがあるおかげで、時々訪問する。リタイアリの身にとって、「出張」という言葉だけで、なぜか心地よい緊張感が走る。通常は一泊二日の日程で行くが、その度の楽しみは、昼食の「讃岐うどん」。香川県の人は本当にうどん好きで、実に良く食べているらしい。いまや、「最も糖尿病が多い県」と不名誉なレッテルまで貼られている。でも、確かに美味い。出張の度に食べているが、全く飽きない。色んな、美味しいと評判の店に行くが、どこも美味い、そして安価。ぶっかけ素うどんを頼んで、通常はいかや、たこや、アジ、野菜、かきあげ等のてんぷらを追加する。聞いてみると、特に小麦が香川県の特産でもないらしい。所謂「街起こし」の元祖。「讃岐」のみならず、「うどん」を県の名前に付けようとまで言われているらしい。とにかく素晴らしいのは、県外からの観光客だけではなく、地元の人達が本当に好きで、毎日のように食べていること。これが続いていれば、決して一過性のブームでは終わらない。行く度に、味わい、楽しみ、そして驚いている。 |
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いかにも政治的な参議院での首相の不信任決議を経て、即ちいくつかの合意可能な重要法案を犠牲にして、参議院選挙モードに入った。それすらも政争の具にするのが許せない。自民公明圧勝の気配だが、一つ間違えばいくらでも変わる。表面的な言葉で、結果が予想され、それによって投票率すらが下がり、公明・共産が伸びる。それで良しとするのが「民意」だろうか。政府は、今こそ「いかに投票率を上げるか」、真剣に考えて欲しい。この件については、メディアの責任は重大だ。本当に民主主義が自由主義の基本だと思うのなら、まず選挙における投票率アップを目指すべきだろう。投票率が高くなると、何が起こるか判らない、もしかしたら、望ましくない方向にきれるかも知れないけれど、低投票率でやりたい放題できる政府を選ぶよりましだろう。日本にも大きな格差は存在(増大している?)するし、価値観も大きく変化している。でも、判っている人達は判っている人なりに、判っていなくても判っていないなりに、マジョリティの意見で行く末を決めるべきだろう。いわゆる大衆が、任せておいて後になって不満を言う、という形は今回の選挙では許されない気がする。50%以下の投票率で民意を問うよりも、少々衆愚になっても、皆が結果について責任を感じる様な選挙でありたい。 |
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口を滑らせて痛い目にあうことを舌禍というなら、最近のホームページ、フェイスブックなどでの批判される呟きは、タイプ禍か。当方は、とりあえず自分の名前は伏せてホームページを続けているが、それでもあれほどの意見表示はしない。高級官僚と言われている人が、昼間あったことに関する本音を、あれほどまでに辛辣に書くだろうか。しかも、多くの人が支持してくれる意見ならともかく、その一言で、自分の首が飛ぶようなことを。こうしてパソコンやネットを相手にしていると、少なくとも「悪いケースはこんなことが起こり得る。」ということ位は常日頃考えておく必要がある。当方の様に気楽な身分で、自己満足で書いている人間は、「いつでも止めれば良い」と考えているから、気楽に続けられる。フェイスブックもツイッターも何人かの人が仲間に誘ってくれているが、フォローの責任の様なものを感じてまだ対応していない。やはり最低限のマナーとかルールはあると思うから。次の参議院選挙からネットの利用が進む。せめて「顔が見えて責任が取れる」利用法であって欲しい、と思う。タイプ禍の多発は逆行だろう。 |
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千葉工場のOB会の年次総会があった。歴史の浅い会社なのに、いつの間にかOBの数も増えてきた。当方が千葉に来た時にはまだ退職者がいなかったというのに。毎年この会に出ると、いかに先輩達が、会社に誇りを持ち、それが自分の人生に対する自信に繋がっているかを感じる。自分が現役の時、OB会なるものの位置づけに悩んだことがあった。最も大きかったのはM&Aの時だった。複数の会社が一つになると、必ず消えて行く運命の社史がある。それは痛々しかった。でも、だからOB会など不要と言うつもりはない。多くの先輩達が自分の卒業した会社を暖かく見守っているとすれば、現役の人達にとっても自分の将来を重ね合わせれば嬉しいことだろう。ただ、最近のグローバリゼーションの影響で、人材の流動化が激しくなってきている。これはOB会とは矛盾する。特にOB会の会員資格としてリタイア年齢や滞在年数が挙がると流動化人材は関心が無くなってしまう。M&Aが頻発すれば尚更だ。この辺りはグローバリゼーションの問題点の一つだろうが、さて本当に解はないのか。人の心も関係することだけに、考え方一つで良い解もありそうに思うのだが。 |
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今日は都議会議員選挙。自民党・公明党がカムバック。大きく議席を伸ばしそう。これで弾みをつけて7月の参議院選挙に向かう、という筋書き。メディアで予想された通りの結果が出ているのが何ともやる気をなくす。こんなにメディアの予想通りになると、投票率は益々下がっていく。本当にそれで良いのか?と問いたい。ハンディキャップのある人や、在日外人など、何とか選挙権を得ようと頑張っている人が沢山いると云うのに、折角の投票権を無駄にしている人が多すぎる。その責任は、間違いなくメディアにもある。世論調査とか、現場調査など止めて、純粋に投票結果だけで結果を発表するようにすれば、おそらく投票率も上がるだろう。一票の格差の話題も投票率50%以下ではいかにも空しい。7月の参議院選挙も、言われているような結果になるのなら、またまた投票所に行く人が減る。誰かが予め、選挙結果を持って行きたい方向を打ち出しているとしか、思えない。結局は投票に行く人行かない人を含め、全責任は有権者に有るのだけれど。 |
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大学同期と言っても沢山の人がいるので、結局は同じ学科の卒業生でたまに集まる。昨日は大阪からその内の一人の友人が上京するとのことで久し振りに急遽の関東同窓会。9人が集まった。ホントの現役はだんだん減ってきてはいるが、それでも夫々生きがいを見つけて頑張っている。その内の一人は今や経済界の大物。新聞雑誌にも良く採り上げられる。超多忙人の筈だが、昨夜は参加。集まってしまえば、一気に20代。口角泡を飛ばしで青春。普段はなかなか会えない人でも、一旧友。夫々が、色んな人生を歩んでいる筈なのに、またもやタイムスリップ。楽しいひと時。話し方にも、酒の飲み方にも、色んな苦労が偲ばれる。2次会まで付き合って、酔う。思い切り酔いたい事情もあるのだろう、と同情もする。人間ってこうして、歴史を背負って生きて行くのだな、と実感する。これからも、色んな生きざまがあるけれど、まず健康でね、と最後はいつもの「団塊のシメ」で終わった。再会が楽しみ。 |
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3男の新築の家に初めて泊って孫の2歳の誕生日を祝った。車で30分の距離なので、なかなか泊ることにはならない。でも義娘の両親と共に話が弾んだ。男の子だから両方から新幹線のプラレールやミニカーのプレゼント。孫はもう興奮状態。翌日は、本物の新幹線を見る為に東京駅に3代揃って電車で行った。よく乗る新幹線だが、入場券でホームに入って、東北・上越・東海道と、じっくり見たのは初めて。成程、子供たちが興奮するのも判る。最新の「はやぶさ」と「こまち」のドッキング部など、両方の緑と赤の色合いも含め大人でも興奮する。この間の青森行きで初めて「はやぶさ」に乗ったが、これ程のこととは思わなかった。東海道新幹線が初めて走った時、自分が初めて乗った時、色んなことを思った。この孫が大人になった時、どんなイノベーションが起こっているか、想像できない。月旅行に皆が行くようになっているのだろうか。少なくともリニアは日常になっているのだろうか。この日は父の日とか。何と、息子に昼食までご馳走になって、何となく面映ゆい。己の歳を思い知る日になってしまった。でも、心温まる日だった。有難う。 |
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世界に誇る民主主義の国の筈なのだが、グローバリゼーションの悪い方の影響か、格差は明らかに広がっているようだ。努力や成功が報われることには全く異を挟まないが、生まれながらの格差はやはりひっかかる。教育機会なんて最も平等でありたい分野だが、どうもどんどんおかしくなっているようだ。確かにどこでも良くてお金があれば、大学でも大学院でも窓口はかなり広がっているようだが、大学はでたけれどという若者ばかり増やしてもしょうがない。国公立大学なんて最も平等であって欲しいが、そうでもないようで、東京大学の学生の親は半分は年収1000万円以上とか。結局生まれた時からその気になって義務教育以外の教育を続けないと入れないということなのだろう。大学に入るために全力を使いはたして、その後は目標を失ってやる気のない若者が増えているとか。これも明らかにおかしいし、長い目で見ると日本の世界の中での競争力を落としている様にも感じる。明治維新の後であれ、大戦後であれ、日本が急激に発展し力をつけたのは、生きる為にもガムシャラに貧しさと戦う集団が居た時代ではないか。そう考えると、やはり現代はおかしい。天災であれ戦争であれ、また一度痛い目に会わないとそのガムシャラさは帰ってこないものなのかも知れない、と思う。 |
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今月リタイアして、長い単身赴任を終えて、東京から関西に帰る同期の友人の壮行会(と言う名の飲み会)をやった。久し振りに八重洲で遅くまで酒と会話を楽しんだ。会社の同期生と言っても、人生の半分以上、何と41年の付き合い。途中お互いに全く知らない人生を歩んではいるのだが、会うと共通の話題にはことかかない。今後についての話題は、まず病気と健康。そして、どう「第二の人生」を過ごすか。今日のニュースを聞くと、生活保護者はもう215万人もいてその半分は高齢者だとか。不正需給も問題だが、動けない老人受給者が間違いなく増えていくのは大問題。我々だって75歳を越すと年金もそうそう当てにはできなくなる。さて、どうすべきか、酒の肴にするには適していない話題。最後は「まず、健康で」で終わった。日本中で、こんな話題で飲み交わしている団塊が沢山いるのだろう。ま、とにかく41年間御苦労さまでした。 |
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2,3回電車に乗ってから、ズボンのひざ下に草の実か種か、所謂ひっつき虫がついているのに気付いた。さて、どこでこんなものが付くのか、草むらを歩く訳ではないし・・後で判ったことだが玄関先に忘れな草の鉢が二つ、これが犯人だった。もっと雑草のひっつき虫だとばかり思っていたのに。そこで考えた、「忘れな草」とは花の季節が終わっても私のことは忘れないでというメッセージに違いないと。早速、ネットで調べるが、一向にそんな説はない。そもそも、忘れな草のひっつき虫がなかなかネットに出てこなかった。心配になってダイレクトに[忘れな草・ひっつき虫]と入れてようやく、確認できた。そもそも輸入種で、忘れな草の語源もドイツのラブストーリーだった。この花を摘みに行った騎士が川に流され、その際恋人に「忘れないで」と言って投げた、という話らしい。これより「花の季節が終わっても忘れないで・・」の方が良い様に思ったのだが。もう花も終わって、ひっつき虫ばかり。梅雨入り前の花らしい。 |
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梅雨入り宣言はどこへやら、真夏の好天が続く。今日はちょっとだけだが、庭の手入れ。先日やったばかりなのに、植物の成長は速い。今日は庭に繁ったドクダミの整理。名前は悪いが、綺麗な白い花を咲かせ、刈れば香り高い。この季節には欠かせない花だ。加えて、ヒイラギの若葉カットと、キンモクセイの枝カット。適当な季節にやらないと、花が咲かないとか、とにかく繁る枝をカットしたい者としては長期的視点に欠け、失敗も多い。リタイアして、この種の作業が好きになった。草花に詳しくはないし、園芸のイロハも判っていない。ただ、庭木の手入れは、「努力の結果がすぐ目に見える」。だからこの季節になると進んで汗をかく。でも、基礎ができていないから、「今やってはいけないこと」や「草花の喜ばないこと」も多々やっているらしい。でも、何でも人間は「やったことの成果」を求めて頑張る。それも生きがい、やりがい。長期的視点とか、先を見据えたアクション、などと言いながら、でも今目の前で枝を切った庭木がスッキリすれば、満足感がある。実はこれが単純すぎるのだが・・・ |
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ここ数カ月のアベノミクス効果か、誰もが「株はもっともっと上がる、円はもっともっと下がる」と、思い始めたのかも知れない。でもそこは、蔭にいるプロ達。ちゃんと、調整している。長い目で見れば、少しずつ円が下がり、少しずつ株価も上がるのが当然。なぜなら経済政策の効果なんてそんなに一朝一夕に出るものではない筈だから。ここ数カ月は余りに噂相場、何の効果も出ていないのに、まるで景気が良くなったが如くの景気指標の変動ぶり。ようやくここにきて実体経済へのマッチングが始まっていると見るべきだろう。中期スパンでみても、トレンドは良い方向に動いている訳で、近視眼的に大騒ぎする必要も必然もない。わずか1−2カ月のトレンドを見て、「売っておくべきだった」「買っておくべきだった」と言う人は、甘いアマチュア、というべきだろう。1、2年前の状況と比較することを忘れてはならない。アベノミクスという一大チャレンジは今始ったばかりであることを忘れてはならない。真価は1−2年スケールで問われる。 |
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先日、「65歳以上3000万人突破」の記事に大きな驚き。総人口はどんどん減っているというのに、長生き老人ばかりが増えていく。80歳でエベレスト登頂のニュースも元気づけはするものの、誰でもそうはいかない。今日は追い打ちをかけるが如く、「認知症500万人に近づく」。総人口は既に1億3千万人を切っているわけで、間もなく25%が老人、その15%が認知症となる。これはもう統計上の総論の話ではない。自分自身がいかに老いるか、いかに死ぬかという問題だ。難しいのはこれがまた自分では選べないし、正に一人一人異なる。認知症なんてなってしまえば、(おそらく)本人は楽になっていくのだろうが周りが大変。結局「元気に死ぬ(?)」ための努力をするしかない。まず健康を維持する。とにかく体を動かす。スコアなんて2の次(もってこいの言い訳)のゴルフとウオーキング。認知症対策は、まず読むこと、脳への刺激を怠らないこと。とにかく誰かと話すこと。漢字パズルだろうが、ネット囲碁だろうが、SUDOKUだろうが、運転しながらの4桁ナンバーから10を作るとか。いろいろやっているつもりだが、固有名詞などどんどん出て来なくなっている。でも、多分ここで諦めてゆったり、ノンビリになると一気に認知症へ突っ走るような気がする。このホームページを読んで頂いている皆さん。もし、65歳を過ぎておられたら、体と脳の健康に気をつけましょう。それが多分我々にできる大きな社会への貢献だと思います。今日ゴルフ、間もなく75歳の先輩とラウンド。素晴らしいプレー。これを見習わなくては・・ |
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日付(13/5/29) いわゆる「従軍慰安婦」の問題
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橋本維新の会もこの件で一気に四面楚歌。何と、人気とか民心とか云うものは移ろいやすいものか。橋本市長の一言一言をちゃんと聞けば、そんなに問題発言とは思えない。現代に生きる人達が、現代の常識で、売春が認められていた時代の事件を論じること自体が意味があるとも思えない。そういう意味では日本の慰安婦の問題だけをあたかも「日本国の悪事」として攻撃するのはどう考えても腑に落ちない。ただ、もう一つの視点で、現代の日本人に感じるのは、「敗戦国である」という歴史的事実の認識のなさ。戦勝国だからこそ、米国の原爆投下は正当化され、戦勝国に核の傘まで頼って安全保障を頼み、その優位性をフルに使って、大革新を遂げた日本。でも、これだけ存在感が上がっても、依然として国連常任理事国にはなれない。やはり時には「我々は敗戦国なのだ」という現実を認識すべきではないか。日中関係、日韓関係の問題もそこに還る。少々理不尽なことで攻撃されても、敗戦国を前提に発想すれば、良い妥協案も生まれそうに思うのだが。この考え方を弱気と言うのなら、やはり憲法を改正して軍備を持つことに戻らないと、何となく「良い所とりのズルイ奴」と思われても仕方がないように思う。いよいよ戦争を知る世代がリーダーから消えていく。ここで、何を原点に将来を考えるべきなのか。一つ一つの懸案事項が問いかけてくる。 |
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もう数年前から、久し振りの日本人横綱候補として稀勢の里を応援している。今場所の彼は一皮むけた強さを見せた。昨日の全勝同士の白鵬戦は久々の好勝負だった。でも今日の千秋楽の琴奨菊戦は最初から負けるかも、と思わせた。今場所見られなかった緊張感が顔にでた。おそらく今夜は寝られないだろう。それでも、この人は応援したくさせる。大舞台になると実力が出せない、「ノミの心臓」などと言われながら、それでも徐々に大物になってきている。今場所でまたもう一皮剥けるのだろう。心身ともにもう一頑張り、本物の横綱になって欲しい。それはともかく、白鵬は強いし恰好よい。昔、大鵬や北の湖が強すぎて、相撲は面白くないと思ったことがあったが、だんだんそれに近づいてきた様に思う。強すぎて憎まれる位が本物の横綱なのだろう。稀勢の里の今後を追いながら、どうすればメンタル面を克服できるのか見てみたい。自分が社会人であった時、本当の勝負に入る時、どう精神状態をコントロールしてきたか。それを思う。運や、社会情勢の降りまわされることが多かったが、さて相撲の世界は何なのだろう。 |
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中国の経済状況の見通しが悪い、か何か知れないが、たった一日で日経平均株価が1140円も落ちる。いかにアベノミクスは実態の無いものに乗っているかを示したような一日。これが、本当に日本や世界の経済の実態に大きな動きが起こった時にはどうなるのだろう。もう一つは、株の売買がいかに情報のみに振り回されているかも良く判る。プロの世界にアマチュアが入ると、痛い目に合わされるのもアマチュアの役目だ。政治の上では、順風満帆を謳う安倍政権だが、本当の政治の結果として経済が改善されている訳ではない。円安にしても、株高にしても情報が金融を動かしている。問題なのは、その一事一事で大きな額の経済が動くこと。本来経済は、(情報ではなく)物の動きで金が動くものの筈なのに。不透明な将来を暗示するような今日の株価の動き。 |
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昨日、ゴルフ仲間の先輩がチケットが手に入ったとのことで、総武CCでの日本プロゴルフ選手権の観戦に行った。今年の話題の新人、松山英樹が8アンダー、2位と4打差を持ってスタート。風はあったが好天でまさかこれほど崩れるとは思わなかった。最終ホールで観ていたが、藤田寛之もバーディーパットを入れれば、松山に至ってはパーパットを入れれば、プレーオフだったのに、共に入らずキムヒュンスンに優勝をさらわれた。でも、プロに成りたての松山が多くのギャラリーを引き連れてラウンドしているのを見て、絶好のタイミングの新人の台頭と、プロゴルフ協会の安堵を察した。ここ数年の石川遼人気に男子プロゴルフは支えられてきたが、今年から米国ツアーに行くとなった丁度その年に、松山が現れ、いきなり大活躍。スター性も感じる。でもこんな若者が何故現れるのか。メンタルの影響が大きいゴルフの世界での若者の台頭に不思議な感を持つ。「頼りない」とか「親離れが遅い」とか思う世代の中に、先輩達を凌駕する強心臓が現れる。これは将来も安心していられるかも知れない、と思う。大逆転を許した昨日だが、一旦3アンダーまで落ちた後、最後優勝争いまで残った所に大器の将来性を感じる。遼君と二人、将来の日本のプロゴルフを支えることは間違いないだろう。帰ってみたら観戦時の日焼けで両腕が真っ赤。気持ちの良い一日だった。 |
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飯島内閣官房参与の北朝鮮訪問が北朝鮮ルートで入ってくる。今の段階で見る限り、北朝鮮の「日米韓分断作戦」に体よく利用されたか、と思う。もし政府が本当に米韓に何も言わずにやったとしたら、おそらく極秘交渉が前提だったのだろう。それを北朝鮮サイドにあっさりと巧く使われてしまった。この種の戦略には日本と比べると大幅に長けているのだろう。さて、色んな「トップ会談」が行われる時必ず前もっての根回し会談は必要で、通常は秘密裏に行われる。今の日朝にはホットラインがない(?)故に、こんなことが起こるのかも知れない。やはり日本の政治、国民感覚は世界から見れば大幅に甘いのではないか、と思えてくる。平和は日米安保に頼り、食べ物も輸入品に頼り、国全体が工業(技術力)に頼ってきた。そりゃ兵役もなく、稼いだ金で食料を買って、良い目をしていれば世界観は甘くなるのかも知れない。でもいよいよ明らかになってきたのは、それだけでは生きて行けなくなるかも知れないと言うこと。老人ばかりで何も生み出せない国になった時、この国はどう生き続けるのか。日々命がけで戦っている国々から問われている。 |
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白眉とは兄弟や集団の中で最も傑出した人の事を言うらしい。ただ、当方は眉の白髪が何故か嫌いで、ここ数年苦労している。多分、放っておいたら今やとっくに「白眉の老人」になっていただろう。リタイヤ以降、時々気になって、白い眉毛を抜いている。ちょっと気を抜くとすぐに一杯生えている。、なぜ不快なのかは自分でも良く判らないが、白眉になる位なら、眉毛が無くなっても良い位の気持ち。でも、最近は抜いても抜いても間に合わない。困っている。色んなことが判ってくる。白髪を抜こうと思って黒眉を抜くと凄く痛い。白眉の毛はいとも簡単に抜ける。眉毛にも年齢があって、歳をとると白くなるんだ、と摂理を思い知る。さて、この闘い、いつまで続けられるか・・・ |
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日本国の政治は不思議だ。国会議員や大臣など無くてもちゃんと動くようにできている。もう少し国会議員に責任と主体性を持って欲しい。国としての優先順位(Priority)を決めるのはこれこそ国会や大臣の責任だろう。今の日本に於いて外交問題の重要性は議論を待たない。日米、日中、日韓、日ロ、日欧・・どれを取って見ても、いくつかの(日本の将来に関わる)大問題を抱えている。国会の中の環境委員会のしかも(リーダーたる)委員長が、中国の要人と会談できる日程が一日ずれて出張期間が延びたからと言って、委員長を解任したりするのが政治に責任を持つ人達のすることだろうか。どちらが次善の策が取り易いか、議論は不要だ。メディアの扱いはこれも参議院選挙の前哨戦だとか、安倍政権が巧くいっているから失策を探すのに必死だとか。元外務大臣の委員長を解任してそれで存在感を示して票に繋がると思われるようなら、とことん有権者をばかにしている。この件だって彼女一人で決めた訳ではなく、多くの官僚が関わっていたはず。その人達は表に出てこない。結局、国会議員は、内閣のメンバーも含めて掌の上で踊らされて、見掛け上に責任を取らされる役目に過ぎないのか。官僚を選べない有権者としては望ましい姿が見えない。でも、多分、普通の人が普通に首を捻ることは、殆どは民主主義の正義のように思うのだが。ただ、色んな「普通」がある。そこが矛盾や問題を生む。でもな、今回の解任はどうにも不可解。 |
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ちょっと旅に出ると必ずいくつか心に残る出来事がある。今回の青森の旅ではまず「レンタカー」。今回は初めてJRの「大人の休日・ジパング」を使用したものだから、直接新幹線で新青森に着いてそこからレンタカーにした。契約したのはいつものプレミオクラス。もう一段小さくするとディスカウントも増えるのだが、何しろ相手は運転。万が一のことを考えると少しでも大きい方が良い。さて、新青森をスタート、その近辺はまだ新しいので、ナビも知らないという。言われるままに弘前に向かった。でも、途中からどうもおかしい。道路標識とナビがどんどん食い違っていく。結局は道路標識を便りに弘前のホテルに着いた。それ以降のスケジュールを考えると、ナビが頼れないとなると苦戦。早速、レンタカー会社に電話。応急処置をトライしようとしたが、やはりナビの故障。全くの故障ならともかく、性質が悪いのは、それに近い所を示すが、数10kmレベルで違う。レンタカー会社も判ってくれた。その後は、さすがこれぞ日本のサービス業。代車を探し、ホテルまで届けてくれるという。部屋で待つこと約45分。持ってきてくれて、低身低頭謝って、車は最上級のクラウンロイヤルサルーン。同じ車が無かったのでという。勿論レンタル料金は初期契約のまま。それ以降二日間、高級車のドライブを楽しんだ。そこで、「いざという時の日本的サービス」。それは「契約の問題ではなく、どうすれば顧客が許してくれるか、満足してくれるか」と言う点に重点を移すこと。これができるかどうかが問われる。このお蔭で後味は良かったが、でも最後に残る懸念は日本のナビでもこんなトラブルが起こるのだという事実。やはり、「想定外の対応」は必要なのだ、ということだった。 |
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桜の名所として有名な青森県弘前城。一度行ってみたかったが、例年満開はゴールデンウィークの真っ最中。混雑の度合いも凄いと聞いていて、ゴールデンウィーク明けの旅行を計画した。ところが、今年は雪と寒さのお蔭で開花から満開まで10日以上かかって、ゴールデンウィーク中は寒さと雨、結局丁度8日に満開が当たった。こんなにラッキーなことはない。弘前市も大変で桜祭りを2日延長したが、それでも昨日は午後ようやく人が出てきた感。地元の人がメインとのことだった。確かに日本一の桜と言う人が多いのも頷けた。予定していたリンゴの花見物は、勿論到底無理、昨日は十和田湖に足をのばした。途中の道路には雪が一杯残っていた。奥入瀬はまだまだ新緑は遠かったが、渓流の流れは美しかった。昨年の同時期の上高地と梓川を思い出させる景色だった。新幹線が新青森まで開通して、何とか観光で売ろうとする青森県。途中で会った熟年層には「青森にはまっている」人達も結構多かった。歴史の中で田舎の代表の様に言われる東北だが、それが「故郷を求める」日本人の心には響く所も多い。リンゴと観光で食べていけるか。やはりそこには米と魚介類がなくては・・初めての青森の印象は良かった。満開を見せてくれた天候の影響も大きいとは思うが。 |
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端午の節句の時期になると必ず菖蒲湯を楽しむ。子供の頃は菖蒲を刈ってくるのが手伝いだった。あやめやカキツバタとこんがらがっていた。今年も菖蒲湯に入った。昔と比べて香りが弱くなっているように感じるのは、菖蒲のせいか歳のせいか。この種の楽しみは是非とも次の世代に引き継ぎたい。日本のお風呂の快適さと繋がっている。冬の柚子湯も小さい頃から楽しんだ。今や、ネットの時代。「季節湯」で検索すると、あるある、一度も楽しんだこともない風呂が続出する。1月:松湯、2月:大根湯、3月蓬(ヨモギ)湯、4月:桜湯、5月:菖蒲湯、6月:どくだみ湯、7月:桃湯、8月:薄荷(ハッカ)湯、9月:菊湯、10月:生姜湯、11月:蜜柑湯、12月:柚子湯、と出ている。入ったこともない湯が多いが、でも楽しそう。加えて、薔薇湯(4月)、アロエ湯(7月)なども。香りのみならず植物の色合いも楽しい。これから、もっと季節感を楽しみたいものだ。 |
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何とも理解できない気候の変化。この間はもう夏かと思わせる暑さだったのに、今日などは冬に逆戻り。本当に、毎年こんなにアップダウンがあったのかなと思わせる。おそらく近年ますますメリハリが効いてきた。人間の非日常な自然への挑戦が生み出している変化ではないかと思う。今日は昔一緒に仕事をし、一緒によく飲んだ仲間の告別式。4年に亘る癌との闘病の結果、闘い尽きた。でもその間に、旅行も酒も楽しんだとか。それを聞いてほっとした。一人一人逝く時期には差があるが、100年単位で考えれば、誤差の範囲。結局、最後に「良い人生だった」と言えるかどうか。この件だけは自然には逆らえない。無駄なあがきはすまい、と霊前で思った。時には逆らえない。合掌。 |
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新たなコンサルのクライアントとして中国人女性の立ち上げた化学品商社の技術担当を始めた。医薬などの難しい化合物の名前だけでも苦戦している。その関係で、東京ビッグサイトの化学品の展示会に行き、中国商社の人とコンタクトした。仕事の中味はともかく、雑談で驚いたのは、彼らが帰国前に行きたい所として、「ユニクロでのショッピング」と言ったこと。ユニクロの人気製品の殆どは中国製。なぜ、東京に来て、ユニクロ製品をお土産に買わねばならないのか、不思議に思った。まず、ユニクロ上海の製品は「高級品で高価」らしい。同じ製品が日本で安く買える。これはやや驚き。でも考えてみると、今や日本でもユニクロ製品は「安いからユニクロ」ではなく、「安くて高性能なユニクロ」というイメージが定着した。「まず品質」という日本文化の成功例だと思い知った。 |
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企業の健保経営は、益々難しくなっているようで、健保寮も5月いっぱいで全て終わるという情報を聞いた。もう健康保険は国保になったし、何の権利もないが福祉関係は利用させて貰っている。一度も行っていなかった蓼科の寮を利用することを思いつき、ドライブした。評判が良かったことが判る、良いエリアの良い施設だった。折しも、季節外れの降雪にあたり、雪の中の桜や春の花々、ドライブウエーからの雪をかぶった山々の景色を楽しんだ。蓼科辺りは縄文文化が発達したエリアで多くの史跡も残っている。一万年前からの歴史で、桁が違うが、そんな歴史を育てた地域ならではの美しい自然を感じる。結局我々は、自然から生まれ自然の中で育ち、自然の中に還っていく。それを感じる小さな旅だった。 |
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またまたの驚くべき非日常。忘れてしまう程の速さで、「忘れてはいけない」事件が起こる。今回の事件は、アメリカ人になりたくて、アメリカに住んで、その上でのテロ。しかも兄弟で。これはアメリカ人には勿論、世界中を震撼させる。日本のメディアの驚くべき扱いは、「なぜ彼らがこんな事件を起こさざるを得なくなったのか」を理解しよう、または理解したいと言う立ち位置で扱っていること。これは正に日本の「平和ボケ」。色んな立場の考え方を理解して底に流れる問題点を理解することが、「ハイレベルの知識人の証拠」と思っているのではないか。忘れてはならないのは、「絶対相いれない考え方」を持つ人はいるわけで、例えそれを判ったとしても、「許せない行動」は許してはならない。チェチェン紛争の影響、溶け込めないアメリカ社会、などと解説がされているが、それはアメリカが将来同様の事件を起こさないためにはどうしたら良いかという立場で考えることであって、日本のメディアが、だからアメリカのカルチャに責任がある的な扱いをするべきではない。日本のメディアの第三者的平和ボケも余りに過ぎると我慢できなくなる。日本でも毎日の様に「普通の常識では起こる筈のない事件」が起きている。それをどう捕えるかは、社会と個人の責任で、しかも結構重い。 |
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「平等」の話は難しい。民主主義の夢を語っても、行きつく矛盾は平等との矛盾。例えば労働に対する報酬でも、創造に対する評価でも、何に対して平等であるべきか。努力(例えば労働時間)さえすれば報われるべきか。ふと思いついたアイデアはどう評価されるべきなのか。現役時代は「成果主義」だった。「生み出した価値」に対する平等が、利益を追う企業に於ける平等の原則だった。さて、アベノミクスの刺激策の「孫への贈与税の無税化」。これは、どう考えても頂けない。報われて手にしたお金はその人が生きている間に精一杯使って、死んだ後残ったら社会に還元すれば良い。本来、生まれた時点では、皆平等が理想だろう。貧乏人は学校にも行けない、スポーツでも芸能でも、ありとあらゆる世界が、子供の頃からお金をかけないと大成しない。そんな不平等を益々助長する。信長・秀吉・家康の中で、秀吉の人気の高さ、「今太閤」という言葉が使われている理由か決して成りあがった後の歴史ではなくて、成りあがる過程の素晴らしさだろう。親や、ましてや祖父母に恵まれたから金銭的に幸せ、という世界は「平等」から遠い。増税するなら、まず贈与税、というのが主張なのだが・・ |
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熟年・リタイア組のパソコン観は大きく分かれる。「今更パソコンやっても・・」とか「パソコンなんて独創性を奪い人間を駄目にする」とまで言う人もいる。でも、OB会の幹事をしたりすると、メールでコンタクト出来る人とできない人では、どうしても差が出てしまう。毎夏引き受けている「熟年の為のパソコン講座」の初歩の初歩は、まず「パソコンで何ができるか?」を説き、「さて、貴方は何をやりたいですか?」と、スタートする。何か無くてはやっても身に着かない。ここのところ、毎週大阪にいる次兄と囲碁を楽しんでいる。次兄もまさかこんな楽しみ方があるなど思ってもいなかったようで、病気の見舞いに行ってからというもの、結構生きがいにもなっているようで、張り切っている。もう一人、三兄がやはり大阪にいるのだが、この人はアナログ時代の電気屋さん。今頃になってパソコンをやる気になって、メールのやりとりも開始した。次兄との囲碁の話を紹介したら、次兄、三兄の間で将棋をやり始めたらしい。二人の兄とも、思いもしなかった楽しみを得て喜んでいる様子。さて、これを聞いて、アンチパソコン派は何と言うだろうか。それでも「パソコンなんてやったって」と、言うだろうか。マストではないけれど、知っただけ得という感じだけはあるだろう。TVを見てるのと、相手の顔を思い浮かべながらの対戦は、おそらく人生の楽しみ方の大きな差。だから、今年も夏には地域のパソコン教室の講師を引き受けようと思っている。肝心なのは、個々のプログラムの詳細ではなく、「皆さんの人生でどんな役が果たせそうか」という助言をすることだと思っているから。 |
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久し振りに鎌倉を歩いた。趣味の「百寺巡礼」の鎌倉で「大仏」のみが残っていた。ついでに長谷寺に寄って花をみたり(今は、シャガが満開。シャクナゲやボタンも。)由比ヶ浜の潮の香を楽しんだり、ついでに小町通りでシラス釜飯を味わった。30歳から35歳の働き盛りを過ごした地なのに、余り土地勘をつける所まで動かなかった。後で考えてみると、行っておきたかった場所、しておきたかったことも多い。今は外国人の若者が多いのか、メインの通りに、横文字の店や、ジャンクフードの店が並ぶ。五木寛之の百寺巡礼には驚くほど鎌倉の寺が少ない。今回も高徳院に行ったのだが、寄り道の長谷寺の方が良かった。自分の歴史と並べて、「一人の奈良」、「二人の京都」、「家族の鎌倉」と分類しているが、家族で巡った寺は少ない。こうして、リタイアしてぶらっと訪れるにはもってこいの場所。久し振りに鳩サブレーを買って帰ってコーヒーを楽しんだ。 |
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古事記1300年とか日本書紀1300年とか、奈良にからむイベントがあって、時々抽選に当たるものだから東京で参加している。今の奈良県知事荒井正吾氏は、なかなかの人物で、話も面白いし、知的刺激を与えてくれる。古事記のイベントに参加した時に、NARASIA-Qという冊子を2冊貰った。これは、凄い。奈良県が無料で配布している冊子だが内容が濃い。NARASIAプロジェクトは奈良(NARA)とアジア(ASIA)をくっつけたもので、古代まで遡って、アジアに於ける奈良を位置付ける。日本は多くを学んできたし、多分現代においてはリードすべき立場だろう。それらを皆飲み込んだ上で、アジアにおける、日本・奈良を考える。奈良ファンとしては、テーマを聞いただけで嬉しくなる。0号と1号を貰ったものだから、2、3号が発刊されたと知り、メールで申し込んだ。すぐに送るので、住所を知らせろと返事が来た。当方としては、金を払ってでも読みたいと思った冊子なので、返信用封筒を入れて申し込んだ。今、目の前に0−4号の5冊が積んである。内容は難しいが、でも、奈良ファンとしては、それを見ているだけで嬉しい。東アジアの将来を考える時、今の政治状況を考える時、一度振り返って、1300年前に思いを寄せると、近視眼的に時代を見るのではなく、「ながーい目」で見ることの重要性を感じる。日本がアジアの中で偉そうにしているのは、たった100年の歴史だ。1000年単位で見れば、中国や韓国に教わってきた歴史と言えなくもない。NARASIAって良い造語だと気に入っている。 |
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この間の日曜、今は鹿島に単身赴任している次男が思いついて電話をしてきて、「食事をしよう」とか。千葉まで帰るのは時間がかかるので東京まで出てこい、と言う。大分、いい年になってきたので、ようやく親孝行で御馳走でもしてくれるのかな、と思いきや、「たまには美味いものを食わせてよ・・」と。やや失望はしたが、こちらも暇な日曜のこと、のこのこ出かけた。夜景を見ながら食事をしたり、ワインを楽しんだり。その時、彼がポロッと洩らした。「自分の先輩で親父より若い人が急に亡くなった。こりゃ会える時に会っておかないと、いつそんなことが起こるかわからないもの。」。さて、喜んで良いのか哀しむべきか。いよいよ子供達がそんな心配をするようになった。それだけ成長したと喜ぶべきなのだろうが、喜んでばかりも居られない。いつまで、「たかられたら払う」父で居られるかどうかも含め、考えさせられる、嬉しいがやや苦い夕べだった。 |
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昭和47年入社ということで、4月7日に同期会をやることになっている。今年は日曜で、5日に繰り上げて。東京地域なので事務系の人が多く、まだ半分以上は現役だが、多分この春にはこの内の多くがリタイアとなるだろう。当方は既に65歳を迎え、老人宣言を受けてしまったが、多くの同期生がいよいよ「毎日が日曜」に入る。やりたかった趣味ができると張り切っている人、「孫」と一緒に過ごせると喜ぶ人、いやいやまだまだ、何か社会に貢献したいと張り切る人、個々のコメントを聞いていると、3年前の自分自身を思い出す。そうですよ、「生きている」というより、「生かされている」と思えば、どんな生き方でも良いのです。でも、唯一、「自分のことは自分で済ませたい」、その為にはまず「健康」で。と、結局多くの健康談議をした。41年前に知り合った友人達、いつまでも元気で付き合っていきたいと願った。心温まる夕べ。 |
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北朝鮮の挑発が著しい。毎日の様に、臨戦をあおる。平和な日本で生きてきた我々には、「なぜ、こんな一人相撲をするのか」、全く理解できない。ただ、もし自分が北朝鮮にいて、日々の食一つままならず、生きていけるかどうかが判らない様な状態にいたとすれば、何を生きがいにするのか。しかも、同民族である韓国人が先進国入りを目指し、世界の中で存在感を上げていると知ればなおさらである。「こんな苦しい目をするのなら死んだ方がまし」なんていうセリフは日本では(個人レベルではともかく)消え去っているから。我々の一世代前はいつ死ぬかもしれない戦争を経験し、とにかく生き抜くためにこの国を成長させてきた。そして今、遂に戦争を知らない団塊が定年を過ぎ、どこを見て生きれば良いのか迷っている。そのこと自体が多分国としては平和な証拠だろう。それでも、死は訪れるし直視せざるを得なくなる。その時こそ、このままで良いのか、これからこの国はどうあるべきなのか見つめる時なのだろう。自分自身を含め、戦後の日本は「良い所取り」をしてきた。そのツケは間違いなくやってこようとしている。 |
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また、新しい年度。4月1日は季節の効果もあって、元旦とまた違った新鮮さがある。もう当方には大きな変化はないが、息子達にはやはり年度の変化がある様子。聞くだけでも楽しい。新聞やTVのニュースを見ると、やはり新入社員や入社式のニュースが躍る。さてこれから社会はどうなるのか、新人のみならず気にはなる。少々年寄りが犠牲にはなっても、明るい将来の為に頑張って欲しい。もう一つ今日はエイプリルフール。今年もGoogleがやってくれたらしい。You-Tubeサービスの終了だって。このニュースの凄さが判る年代と判らない年代があるのは確か。判る人達は笑い飛ばしていたのだろうが。このホームページも満3年経った。アクセス数をみると、'10年度が3390、'11年度が3709、'12年度は3974と順調に増えている。これも嬉しい。何がある訳でもないけれど、新しい年度を祝う。 |
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先日購入した新デスクトップ。初期立ち上げはしたものの、あえてこれを使わなくても従来使用しているノートがあるので余り触らない。ところが不思議な現象で、しっかりシャットダウンしているのに、帰宅すると電源が入っている。これは気味が悪い。ネットで調査すると、意外に同じ経験をしている人がいることが判ってホッとした。NECのパソコンで、テレビ機能のついたものは、(ビデオ予約をするためだろうが)初期設定がそうなっているとのこと。いくつかの対処法が載っているので、順に試した。何しろ、最後の項目は「コンピュータウイルスが原因」というものもチャンと書いてある。あのサーバー乗っ取り事件を思い出すものだから安心できない。スリープ解除タイマーや、タスクスケジューラなど、順に対策をとってみた。パソコンサイドで対策をとったのにやはり立ち上がった時は、真剣にウイルスを疑った。でも、テレビ・録画機能の電源プランまでいってようやく対策できた。いやはや、迫力のあるトラブルだった。もし、録画機能を最初から使用していたらこんなことにはならなかっただろうが。「他人のコンピュータに入ってなりすましてメールを送る」などという事件が起きると、こんな心配までするようになる。一つ対策を取って結果が出るまで約1日かかるものだから安心までに時間がかかった。同様の事象が起きて悩んでいる人がいるのではないだろうか。でも、検索機能は凄い。「パソコンが勝手に立ち上がる」と打つと、色んな事を教えてくれる。凄い時代になったものだ。 |
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広島高裁の格差の憲法違反を認めるとともに選挙の無効まで認めた判決は、「司法側の我慢の限界」とメディアは好意的に捕えている。確かにこれまで何度も憲法違反を言われながら、何もできていない立法側の怠慢は大きい。そもそも「自分の首を絞める」法律など作りたい政治家はいないだろうから別の手を考える必要もあろう。さて、でも、と思うのは、実質的格差の話。今議論されているのは、有権者数の議論。本当に大事なのは実際の投票者の数。昔から投票率は地方程高い。政治家や農協の締め付けも強いし、そもそも隣の人達に対する関心も強い。一方、都市部は個人主義のせいか、社会に関する関心が薄い。結局それが低投票率に繋がっている。鶏と卵かも知れないけれど、格差是正が高投票率に繋がるだろうか。関心の薄い人達のエリアが重視されることになったら、ますます参画意識が下がるかも知れない。選挙制度で今最も改善すべきはいかに投票率を上げるか。これは喫緊の問題だと思う。投票率50%で過半数とってもそれは全体の25%に過ぎないのだから。それで「国民の過半数の支持を得ている」なんて言うようではその民主主義は「形だけの」民主主義になってしまう。 |
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東京は例年より12日も早い満開とか。昨夕は東京で仲間と花見をした。小伝馬町の小さな公園だったが、寒くもなく月まで出て美味しい酒を楽しんだ。ただ、地域の桜祭は準備が間に合わないらしい。時々驚くほどの暖かい日もあったけれど、寒い日も多かった。何故又、これ程に咲き急ぐのか。日本中の桜の名所が振り回されている。まさか、これをみて桜の開花と満開の時期をコントロールする技術なんて開発されて、毎年予定した祭りの予定した日に満開をもってくる、なんてことにはして欲しくない。でも、きっとそれを目指している人はいるだろう。これまた、人間の自然への挑戦の一環だろうか。昨日、無理な延命ではなく、幸せな死を考えるべきという答申の記事があって、ちょっとホッとした。自然への挑戦はあるとしても、自然との調和の方が人間らしくて良い。何のテーマを考えていてもどうも最近この方向になってしまう。多分、我々団塊が今何に一所懸命になっても、このテーマから離れられないのだろう。今夕も、少し早い時間から歩いた。この辺りは満開までには後2,3日かかりそう。例年同じ道の同じ桜を楽しんでいるが、樹はやはり歳をとっている。花は自然側ではなく、人間側かも、と気づいた。 |
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平均寿命や平均余命が発表される度に余り嬉しくないのは何故だろう。おそらく病院に繋がれている老人の姿が目に浮かぶからだろう。先日訪れた安政柑を守る会の100歳のお祖父さんを見るとこれなら良いな、と思うのだが。毎日の様に新聞記事になる医療の革命。iPS治療はいよいよ臨床に進む、遺伝子治療もアルツハイマーを治すとか。技術進歩は目覚ましいが、どうもすっきりしない。それは自然に逆らう後ろめたさか。個人レベルで考えれば、長生きしたいし、動けるなら、話せるなら、判るなら、と勝手な条件を考えているが、周りの人間はどう考えるか。出生率はどんどん下がり、寿命はどんどん延び、おそらく定年延長は避けられず。正に老人大国となる。じっくり長い目で考えると、医療革命が本当に人類に良いことなのだろうか、と思ってしまう。確かに心臓にステントを入れたおかげで、正に健康に生きているし、薬を飲み続けることで、何でもできる。その恩恵に浴しているのも事実。寝たきり老人が皆同じように元気で動けるようになるのなら・・・そう思ってしまうが。本当にそれで良いのか・・これこそ実に難しい問題。 |
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昨年もほぼ同時期に同様の記録を書いた。今年も、約1週間の「春の旅」。まず高松でコンサルの仕事。その後、昨年同様因島に周り、安政柑の収穫祭。今年は、何と23人の会員が参加。ところが、今年は作柄が良かったとかで、美味しい安政柑にはなったが、イノシシに荒らされた。予定した農園からは半分も収穫できず、急きょお隣の農園で収穫を楽しみ、不足分は購入した物も足して、何とか会員への送付作業も行った。この会を通じて集まった人達が、前夜祭、収穫、運搬、箱詰め、送付、その後のバーベキューまで、楽しんだ。殆どは既にリタイアした高齢者。でも親しく言葉を交わしながら、色んな作業を協力した。昨年植樹した苗木の成長ぶりも確認した。オーナーは今年満100歳を迎えた老人、面倒見て貰っている農家の方も70歳を超えている。そうして参加者も皆・・。余り先は明るくは見えないが、それでも作業に励み、収穫を祝い、来年の約束をする。そこにあるのは、「生きる、頑張る」喜び。今を一生懸命生きる我々は、明日何か起こればそこで、対策を考える。それで良いのではないかと。こんな集まりもあって良い。 |
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日本での予選を全て観戦。単純に興奮する。台湾戦の9回など、後であれは元々シナリオができていたのではないかと疑わせる程の面白さだった。あの2アウト後の盗塁、その後の井端のヒット。やはり、「筋書きのない闘い」というのは、面白い。頭の中がグローバリゼーション促進であろうと、容認であろうと、ナショナリズムと大きな矛盾がある訳ではない。世界の平和を第一に置くか、日本の平和を第一におくか、はたまた家族とか自分自身の平和に優先順位をおくか、いろんな考え方があろうが、「母国を忘れよう」とまで言う人は限られているだろう。どんなに世界をベースに活動している人でも、スポーツの国際試合を見れば、まず自分の母国を応援したくなるだろう。これは、本能に近い。さて米国に渡って、いよいよ残り2試合。周辺の条件を無視して、単純に応援しよう。頑張れ、「サムライ」(「侍」より、カタカナが良いな)ジャパン! |
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あの3.11から、今日でもう2年。余りの月日の経つ速さに唖然とする。「風化」というけれど、流石にこの災害は、そうそう忘れられるものではない。不謹慎な様だが、今日はゴルフ場にいた。ラウンドが終わってお風呂場で2:46になった。場内放送で黙祷の呼びかけ。前もって聞いている訳でもないし、周りの人達がどうしたか知らないけれど、タオルを巻いた状態で黙祷した。長い1分間に思い出すのは、やはりあの日のヘリコプターからの津波のシーン。あとで、多くのシーンが放送されたが、あの「何が起こっているのか、起きるのか想像もつかない静かなシーン」の恐ろしさが忘れられない。そして、命のはかなさを知った。人生観を変えた日だった。以前と同じように生活しているけれど、「同じ」ことはあり得ない。誰もがみんな何かを感じ、2年と言う時間を過ごしてきているから。生かされている我々としては、あの日亡くなった人達に黙祷するしかない。 |
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大震災の復興第一を叫び、バラマキ大盤振舞いも入れて、補正・新年度予算も通りそうだ。でも、余り予備検討もされていない「使うこと第一の予算項目」が多くあるようだ。考えてみれば、各省庁にとってみれば、これまで「いかに減らすか」ばかりを考えていたのに急に「いかに使うか」と言われてもそうそう練られたアイデアが出てくるとも思えない。「政治主導」の浅はかさが却って惨めですらある。これまでやりたかったけれど出来なかった項目を無理やり復興予算に入れている。ちょっと考えてみれば、被災地の辺りは、大地震がなくても、高齢化が進み、第一次産業も国からの補助金で何とか保っていた。若者は帰ってくることもなく将来どうなるかと心配されていた日本の過疎地だった。急に復興と言ってもどの時点を目標に元に戻すのか、それが見えていない。あの地域の将来を語る時に前提にすべきは決して「震災前」の状態では無い筈だ。それは、日本全体の過疎化地域の将来をどうするかを考えて進めるべきだろう。大きな予算を使って、今の多くの田舎の、車もめったに通らない高速道路に囲まれた姿に戻しても何も希望は生まない。この機会に、都会にいる若い世代が帰りたいと思う様な街づくりを同時にやるべきだ。第一次産業の復権と共に、各種の企業が人と共に移り住む産業移動が最も重要だろう。今こそ、東京一極集中から逃れる良い機会だと思うのだが。今朝の新聞にいずれ被災地に帰りたいと言う若い世代が少し増えて来ているとあった。もしそうなら、それこそが「望ましい復興」だろう。 |
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正に三寒四温。強烈な寒さの後でホッとするような好天が来る。こうして冬から春になっていく。ただ、関東ではそんなことを言っているが、今年の東北・北海道の積雪はもの凄いようだ。人が住む所で、5mの積雪と言われても想像がつかない。掻いた雪の捨てる場所が無いというのも大変だ。夏の暑さは、地球温暖化で何となく判るように思うが、実は南半球は今、夏な訳で、一体地球の温度分布はどうなっているのだろうと思う。強風の度合いも違う。北海道のホワイトアウトは正に悲劇。目的地の数百mの所まで来て力尽きて死ぬなんて、まるで小説の世界だが、こんなことが起こる。昔からあった自然現象なのだろうが、どうも最近はメリハリがつき過ぎていて、無惨な事故に繋がっているように思える。おそらく自然現象の変化に人工物が影響しているのだろう。エアコンもビル群も舗装道路も、そして人類の増加とその偏った分布と・・これらも全て含めて地球の歴史と考えるべきなのかも知れないけれど。やはり、何でも人間の思い通りにできると思う人が増えるのが良くないのでは、と思ってしまう。もっと、自然に春を待ちたい。そこには、自分自身が一年一年歳を取っていることの自覚も含めながら。北海道でホワイトアウトの中で娘を抱いたまま亡くなった父親は涙を誘うが、これは人の心で自然と戦って勝利した、と言えるのではないか。悲しいけれどでも「良くやったお父さん!」とも言える。 |
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昨年後半から頑張った調査のアルバイトの報酬が入金された。それを元手にパソコン更新をすることにした。今は主にラップトップを使っていて、基本的には全く問題はないのだが、何しろ毎夏「パソコン講座の講師」をしているものだから、「買い方」も勉強の内。加えて、ソフトの問題。OSは古いデスクトップがXP、ラップトップは7、今回は8.OFFICE(ワード、エクセル、パワーポイント)は古いものが2003、ラップトップが2007、今回は2010と2013が両方使えるようにした。いずれも、講師の仕事が無ければ、(多分)全く不要の代物。でも、驚いたのはハードの方。メモリは8GB、ハードディスクは3TB(テラバイト!!)。(アンテナさえ繋げば)TVを観るのも録画もバッチリ。なんでこんなに何でもできちゃうの?と驚く位。そして価格はほとんど上がっていない。この世界は怖ろしい。この分野で世界と闘う企業の苦しさが良く判る。パソコンショップで詳細を決めて支払いをして、「お持ち帰りですね」と一箱もって来てくれたが後は何もない。「ディスプレーだけでは無いんですよ。」と言ったら、笑われてしまった。何と、液晶テレビと同じサイズの箱で、全て入っている。デスクトップだから、大きなCPUが別にあるとばかり思い込んでいたら、全てディスプレーと一体化。加えてキーボードもマウスも全て無線。組み立て結線もなし。ハード面の外観にも驚いた。買って良かったと思ったのは、導入教育の話し方が大きく変わること。こんなスピードで進化していったら、すぐについて行けなくなりそう。教育現場の先生達も、「パソコン教育は厭だ。」と言いだすのではないだろうか。このアルバイトの稼ぎが無かったら、この夏の教室では全くの初心者に「古いですね」と言われていたに違いない。刀と槍の老兵が鉄砲と戦うにはやはりイチから・・・ |
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久し振りの映画。封切館では終わりそうとのことであわてて観に行った。話題の「山田洋次の”東京家族”」。こんな映画が話題になって多くの観客が入っている、という事実だけでなぜかホッとする。どこにでもある、普通の家族を描いて、それでも感動させ、考えさせる。最後に「小津安二郎に捧げる」とメッセージが出る。昔の東京家族と深いテーマは変わらないけれど、環境の変化は大きい。瀬戸内海の島に住む(老と言いたくないけれど)夫婦が東京に暮らす3人の子供たちを訪問する。その最中に妻が倒れ、そのまま逝ってしまう。そんな話。残された夫はこれからどうなるのか、そこは描かないままで終わる。途中、夫役の橋爪功が友人と飲んで酔っ払って嘆くシーンがやけに残る。「我々は、日本は何を間違ったのか」。どんな今を作っていたら正解だったのか。多くのことを考えた。昔なら自分の両親を考えたわけだが、今は当然自分達が老人役。これから、団塊達はどう死ねば良いのか。自分の問題として考えた時間だった。映画芸術として良いか悪いかなんて考えさえしなかった。でも、なぜ、普通の生活を観ていてあんなに涙腺が緩むのだろうか。 |
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大きな事故ニュースにはことかかない。海外のニュースにも日本人が現れる。今回はエジプト、ルクソールの熱気球。アルジェリアの人質事件ほどではないが、今や世界中のどこで何が起こっても、他人事ではない。いつも日本人が関わっている。2組の団塊夫婦が亡くなった。冥福を祈るしかないが、でもアルジェリア事件やグアム島ほどの痛ましさはない。同じ「誰かに殺される」という事件かも知れないけれど、観光ツアーの途中でかつ恣意的に殺された訳ではないことが影響しているのだろう。冬山遭難程ではないにしろ、危険に対する心の準備はある程度はあったはずだから。グローバリゼーションと共に、個人の責任と言うことを考えさせる事件。我々の考え方は、だんだん甘くなっているのかも知れない。 |
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日付(13/2/25) マニュアル人間では面白くない
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現役時代、グローバルを謳った訳で、グローバルオペレーションとは即ち、マニュアル化だ。誰がやっても同じ結果が得られるように完璧なマニュアルを作ることが基本。いわば人間のロボット化だ。でもそれが、世界化には最も効果があった。そうは言うけれど、リタイアしてからまず料理学校に行った。一年通っていくつかの料理も出来るようになった。その後も、ちょっと材料をみると、何か作ってみようと思うのだが、最初にレシピーを探す。Aを400g、Bを50g、醤油を大匙一杯、塩を少々(少々ってどれ位だ?)というレシピーをみて、10分加熱と言われるとタイマーを探す。でも、どうもこれでは面白くない。誰が作っても同じ味かも知れないけれど楽しくない。だから、料理は中断してしまった。ここにきて再度、挑戦。世の中の主婦達がやっているように、目の前に主材があるとそれに合わせて副材を探し、自分流に調理する。勿論、凄く難しいのだが、楽しみは大きい。この間からポテトサラダに凝っている。ジャガイモの種類、その茹で方潰し方、混ぜる季節の野菜達。アレンジはいくらでもある。勿論、カップも匙もタイマーも使わない。一回一回出来栄え(味)は異なるけれど、とりあえず酒は飲める。料理人も主婦達もこうして身につけてきたのだな、と奥深さを感じながら。さて、サラリーマンにとってこの種の個性はどこで発揮すべきなのか・・そんなことまで考える。 |
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日付(13/2/23) 出来るか大河、”アベノミクス”
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一度失敗しているだけあって、この新総理には単なる「やる気」以上のものを感じる。今日のオバマ大統領との会談をみても「成し遂げようとする」意欲と義務感が見てとれる。人間、一度死と向き合う様な経験をすると、筋が通ってくる。おそらくオバマ大統領にとっては野田首相が最も「一緒にやっていきたい」パートナーだったのではないかと思われるが、それ以上にこの「出戻り首相」には「一本筋の通った信念」のようなものを感じたのではないか。一つ間違うと、大変な問題となり得る「アベノミクス」も今の所は環境が大きくサポートしている。円安だって100円程度で収まればハッピーだが、200円だの300円だの予想する人もいて、どうなるか判らない。中国韓国との問題だって、一つ狂うとどんな流れができるか判らない。ただ、歴史をみても、「タラは北海道」。同時に二つの歴史は進まない。歴史に名を残した大物たちは、この「読み切れないキーポイント」を最後は自分の信念で突破した人達。大成功と崇められる蔭にはその為に泣いた人達がいる。要は、大多数(マジョリティ)が何を待っていて、何を成功と認めるかだろう。これまでの流れをみるとこの安倍政権には、これからの日本を託す大きな追い風が吹いているように思う。でも、この風は逆風と感じる人達を一杯抱えている訳で、あとはどう「迷わずに突破できるか」だろう。平行棒の上を走っているようなトライ。でも近年まれに見る状況だけに、年金生活者は犠牲者の役割だが、ついつい成功をと祈ってしまう。 |
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リタイアを記念して、「第二の人生」はより趣味の世界に近い方にと考え、そのシンボリックな行動として「日経新聞をやめた」(11/5/8)。が、いわゆるサラリーマンではないものの、自由業としてのコンサルタントにクライアイント(お客様)がつき、月に何日かは東京に出勤(?)する。その際、必ず駅で買うのが日経新聞。コンサルをするにもやはり今何が起こっているか、それも経済面で何が起こっているかは知っていなくては駄目な様だ。というわけで、また毎日日経を購読することになった。TVのCMでよくやっているように、就活の基本とまで言われている日経新聞。社会に於ける存在感は40年前と比べると雲泥の差だ。今でも、高価格がちゃんと通っている。やはり、需要と供給か。またこれで、毎朝の活字との闘いが増える。ま、ボケ防止対策と考えることにしよう。やや、いいわけがましいのは何故か。 |
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妻(義娘)が泊りででかけるので孫を連れて一晩、という3男、東北から関西への飛行機が雪で止まったので、電車に変更、ついでに寄った関西に住む単身赴任の次男、二人が来るなら、と駆けつけた長男。盆でも正月でもないのに、降って湧いたような、家族の集合。突然のプレゼントに喜んでいたら、余りに偶然の賜物なので、悪いことでも起こるのではないかと心配までされて。でも、死ぬまでにそうそうあることではないから、何が起こっても良いよ。と喜んで酔っ払った昨晩。成長していく3人の息子と飲みながら、こりゃ自分が歳とっていくのは当たり前だな、と、でも幸せな一時を過ごす。もう親父色を出す必要もない。ただ、聞いている。思い出すのは彼らが小さかった時のことより、自分が彼らの年齢だった時のこと。この思い出し方が、老人の証拠か。誰からの贈り物か、ただ単純に嬉しかった。 |
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独身時代からの奈良ファン。これは流石に年期が入っている。お寺も仏像も、一人の時間の心の支えだ。今の奈良県知事の荒井正吾氏は、なかなかのインテリ、かつアイデアマン。2010年の平城遷都1300年のイベントから、昨年は古事記1300年、2020年の日本書紀1300年までの間、記紀1300年のイベントが続けられる。1月には「古事記と時間軸」というシンポジウムを聴きに行き、今日はNARASIA(NARA+ASIA)フォーラムに出席した。題して「グローバル化とこれからの日本」。ユニークで面白かった。日本国の出発点としての古事記はあるが、その次のステップとして、奈良時代の世界に開かれた扉がある。仏教伝来以降、日本は中国や韓国も通じて多くを学び、それを咀嚼して日本文化と言えるものに変えていった。感謝を込めてこの話をしようとしても、今の中国・韓国は現国家と繋がる話でないと相手にしないとか。確かに唐や、元や明は中国ではないし、高句麗や朝鮮王朝も韓国では無いかも知れないけれど、日本人が国の初めに多くを学んだと感謝してそれを議論の出発点にすれば、折り合える所はいくらでもありそう。こんなタイトルのシンポジウムなのに、後半は「いかに死すか」というテーマになった。いかに生きるか、いかに死すかという所まで意識しながらグローバリゼーションを考えれば、「後世のためになる」国の在り方が見えてくるのかも知れない。知的刺激に満ちた時間だった。やはり、奈良は良い。 |
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正午のニュースの真っ只中に飛び込んできた北朝鮮の核実験。中国さえ含む国連の決議を無視して予告通りの強行。もう、この国を止める方法は無いのかも知れない。どの国にでも技術開発の権利はあるはず、という意見もある。ただ、国民の生きる権利さえも犠牲にして武力で生きていこうとする姿勢は、我々の「常識」では理解できない。自爆テロが頻発するイスラム圏に北朝鮮から核が拡散する事態が起これば、原発事故より早く「渚にて」(地球滅亡)になりそう。非現実的が現実的となる。こうして毎日世界で起こっていることを見ていると、我々の「常識で」非日常的と考えることが、日常的に起こっている。余りに頻繁過ぎて、忘れてしまうのが怖い。大震災も、秋葉原の殺人事件も、トンネル天井滑落も、銃乱射も、アルジェリア人質事件も対策を検討している間に次々と。そんな中で、我々も、人生を終えていくのだろう。それは究極の非日常だけれど。 |
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昨年ゴルフを何回やったか確認していて驚いた。31回!ということは、12カ月の内1カ月ゴルフをやっていたことになる。加えて、1回8千円から1万円として、30万円!こりゃ、少しアルバイトでもして稼がなきゃ、と思ってしまう。この種の計算は怖ろしい。例えば、現役の時、週休2日になった。週休2日ということは、年間104日以上が休日、これは3カ月以上となる。即ち、1/4は休日。当然のことだが、驚いてしまう。そして、そんな休んだ感覚はない。もっと言えば、一日6時間睡眠を取ると、人生の1/4は寝ていることになる。限りある人生の内の1/4なんて、何と勿体ない、と思う人もいるだろう。一方、疲れた翌日の朝、休日だと認識してもう一度目を閉じる時のあの幸福感。これも忘れられない。明日があると思ってこその幸福感とも言える。時間、日、週、月、年・・勘定していくと、余り沢山残っていない時間だが、一時一時を大切に楽しみたい。勿論、ゆっくり眠ることも含めて。何しろ、我々が生きるのは国の、地球の、宇宙の歴史のほんの瞬間なのだから。要は、何をするにしても「大事な時間の一瞬だ」と思えば良いのだろう。 |
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昨年31回もやって、まるで進歩しなかったゴルフ。周りの仲間が皆認めてくれる「楽しむゴルフ」。確かに練習もロクにせず、ただジョッギングと同じで、でも仲間とワイワイ言いながらできることがあって、リタイア後回数も増えている。TV観戦も好きで、遼君の追っかけまでやっているが、それが自分のプレーに影響するとも思ってもいない。今日のゴルフはいつもの仲間が計画してくれて、これまで行ったこともないゴルフ場で、かつ気温も低いが兎に角風が強くて、どうみてもゴルフ日和とは言えなかった。特に何か良かったかと聞かれてもそれほど思いつかない。ただ、いつもの「大叩き」が無かった。トリプルが2ホールのみ。これが幸いしてまさかの自己ベスト、というのも恥ずかしいが、自分では大満足。OUT48、IN47でトータル95.記憶する限り、自己ベスト。一緒にプレーした人達もビックリ。INなど、4人中僕がベスト。それ程良くないコンディションだったのに。ま、メンバーもうるさくもなく、ただ「なぜ、この人いつもより調子良いの?」位の顔はしていたが。当分、このスコアは出ないだろうが、今年の本格シーズンインが楽しみになってきた。今日心掛けたのはただ一つ、こんな日にでもこうしてゴルフが楽しめる幸せ。これが、良かったんだろうな、きっと。 |
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NHKの土曜ドラマでやっている「メイドインジャパン」。リストラが定常化した今の日本にぴったり。見ていても他人事ではない。急成長した日本経済も今やグローバリゼーションの嵐の中で、良いものさえ作っていれば世界が買いに来る時代ではない。もっともっと競争は激しくなっていくというのに我々の頭も社会も相変わらずのモード。リストラと言っても欧米の様なドラスティックな首切りができる訳もなく、結局「希望退職」と言う名の総人員削減。しかも大企業は多くの割増退職金つき。この方法は、多くの矛盾を抱えていておそらく日本企業のグローバル競争力を大きく落としている。まず「能力ある人達の望まれない流動化」。企業が欲しい人材でも、平等に辞める権利をもつから、会社の状況をみていち早く辞める検討をするのは優秀な人材。この人達は行く所がある。最近の韓国・中国への高度技術流出の一因だろう。かといって、希望退職を募る度にそんな人達だけ待遇を良くして引きとめるなんて不可能である。「割増退職金」も支払える会社は良いが、何しろ人員削減をしたい場合はそれ程余裕はないだろうからこれも満足いくほど払えない。企業がやせほそろえていけば、無理となる。やはり究極の姿としては、もっと人の流動化の自由度を上げざるを得なくなる。政治はそこに注目して、「格差是正」ではなく」弱者救済」の方に重点を置くべきではないのか。能力ある成功者には報いれば良い、そして得た報酬はその人一代で使いきって貰えば良い。それを子孫へ引き継げるようにするから、余計な(生まれながらの)格差が生まれる。相続税なんていくら増税しても構わない、と思うのだが。安倍首相のいう「努力が報われる社会」というのは結局格差社会なのだから、政治はその対策を掲げるべきだろう。「メイドインジャパン」はこの難しい問題に何を提言しようとするのか、次の土曜が楽しみである。 |
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中国の大気汚染の問題。いよいよ他人事ではない。微粒子は怖い、体内へ浸透する。公害防止管理者試験の勉強をした頃、微小粒子(PM2.5)なんてなかった。規制は何と平成21年。これは中国からの影響。北京ではみんなマスクをして生活している。もしかしたら福島の原発事故の放射能より大きな影響を後世に残すのではないだろうか。放射能を含め大気汚染には国境がない。中国に「何とかしろ」と言っても意味がない。これこそ、世界で一緒に、できれば日本がリードしてでも対策を打ち、解決すべき問題だ。いつも主張しているように原発問題も同じ。日本だけが脱原発を叫んでも、放射能に汚染される大気は地球規模。グローバルな視点で原発技術を進展させることが人類の義務だろう。若い頃、読んだり映画で見た「渚にて」を思い出す。地球規模で考える問題だと頭に染みついた時だった。何とこの小説は1957年に書かれた。ナショナリズムでは絶対解決できない地球規模の問題。 |
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日本女子柔道の監督の暴力・パワーハラスメントが問題視されている。所謂「体育会系」ではないので自らの経験としては言えないが、日本人の文化として本当に強くなるためには「しごき」も必須、という常識もあるように思う。ここでいう「しごき」と暴力・パワハラとは違うかも知れないが、少なくともそんな常識があるのは事実だろう。それが派生して、「体育会系出身者は、我慢強い。」という新人採用の常識に繋がっている。怒鳴ったり、暴力をふるったりという指導が効果的とは全く思わないが、だからこそ「本当に効果的な指導、個々の持てる実力を引き出す方法」ということには興味がある。残念ながら、これまでの成功者には「少々のしごきに耐えられない様では勝負の厳しさには耐えられない」という人達がいるのも事実。若者を見る時、「我慢できる人」を求める自分がいるのも事実。「父親のゲンコツ」は安売りしてはいけないけれど、たまにしかないと、大切な思い出として残っている。いきすぎと日常をミックスしてしまうのもひっかかる。時代の変化も感じる事件。 |
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アベノミックスのスタートが順調に見える。雌伏3年、野党にいた自民党ならではの一気呵成の攻め。久し振りに見ていて心地よくもある。ただ、大変な借金を増やして、時間のかかる景気回復を短時間でやろうとしている。これは、かなりのギャンブル。確かに円安に振れ、株価は期待上昇、順調に見える。このまま会社員の給料も増え、消費が一気に増せば、大変な成功となろう。ただ、残念ながらこれまでの歴史と比べ、多くの新しい点がある。まず、まともな会社員が減っている。今や非正規社員が定常化している。果たしてこの「労働問題」にも手が打てるか。おそらく、この問題の解決には労働市場の自由化という大きな痛みが伴う。これは難しい。もう一つはマジョリティ「団塊」をどこへ引っ張っていくか。年金を減らすのは無理だろうから、インフレにもっていって実質のインカムダウンを図る訳だが、果たして団塊がそれを受け入れるか。働く場所も含めてなら良いかも知れないが、やはり新しい働き口は若い人達に譲るべきだろうから、白けてすることも無くなったマジョリティは怖ろしい。その対策が絶対必要だ。それが見えない。それを知る団塊は果たして期待通り、消費に浮かれ、孫に財産を贈与するだろうか。格差のない社会はありえないのだから、そうであれば色んな制約をできるだけ減らして、政治は最低限の生活保障に注力すべきなのかも知れない。日本が世界を引っ張る時代がもう一度やってくるとはどう考えても想像できないものだから・・我々はできるだけ早く「本当の幸福とは?」とか、いかに「健康に死ぬか」という問題に自分なりの解を見つけておく必要がありそうだ。アベノミックスドリームだけに期待し過ぎたらまた大きな失望がやってくる。既に1ドル300円を予想する人もいる。 |
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現役仕事人間(?)だった頃、時間があれば若者達と飲んで話した。こうしてリタイアした後でも、思い出しては声をかけてくれる。彼らもとっくに当時の当方と同年輩だ。同窓会や、OB会と同じで顔を合わしたとたん、昔の会話に戻る。今でも呼んでくれるということは、おそらく「顔もみたくない仲間」ではなかったのだろうと自分に言い聞かせる。でも、全ての人達とそういう関係ではあり得ない訳で、反省することもある。昨夜もそんな(元)若者達と飲んだ。年寄りの話題に合わせるのではなく皆、司馬遼太郎が好きで、中でも戦国時代ファン。余りにマイナーな部分に詳しくてついていけないのだが、その大きな理由は「国盗り物語」「太閤記」「関ヶ原」や「播磨灘物語」を読んだ上に名作ゲーム「信長の野望」で遊んだ世代だから。主役より、脇役に詳しい。この歴史上のスター達を、現実の政治家や、企業家達、ひいては今一緒に飲んでいる仲間に当てはめて遊ぶ。これは、酒は進むし笑いも止まらない。いやいや昨夜も楽しんだ。何人の武将に当てはめられたか、どうもみかけからスタートするようで、「道三」だの「恵瓊(えいけい)」だのと言われている。もっと小物で良いからスカッとした人物の方が良いな・・ |
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悪い予感は当たった。アルジェリアの人質事件は、「目の前の人命第一」より、テロの危険の拡大を押さえる方向へ動いた。我々の常識では、「何故もっと時間をかけて交渉しなかったのか」、「余りに人命を軽視しているのではないか」、「国との合意を得て一緒にやっている筈の企業になぜこんな犠牲を強いるのか」と疑問だらけの一気の作戦。何故、何故と思うけれど、殺し合いが日常茶飯事な環境では優先順位が変わるのだろう。犠牲者にただただ手を合わせるとともに、苦しむ友人に同情を申し上げる。現役の時から「Globalization」と取り組んできた。均一な価値基準から、全く異なる価値基準の中で現象を見ると重要性が大きく変わる。今回の「日揮」関連のニュースでも、日揮はまず社員XX名(内日本人X名外国人Y名)という発表の仕方をするのに、メディアはまず日本人X名の方が先。これがGlobalizationに慣れている環境と、そうでない島国根性の差だろう。おそらく日揮は日本人であるなしに関わらず、企業で雇っている社員と言う意味では同じ扱いをしようとしているのだろうと思った。これに続き、次々問題が起きてくるだろうが、Nationalismに寄った議論にはして欲しくない。昼夜なく苦しんでいるであろう友人の健康を心配する。当方には何もできないけれど・・ |
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政治が不安定だの、景気が悪いだの、貧富の差が広がっているだの、色んな不平不満が溜まっているが、アルジェリアの人質事件の様なことが起こって見ると、我々国内にいる日本人は平和で裕福な環境にいるのだと思い知る。この天然ガスプラントを建設している日本企業が「日揮」であり、その会長は大学時代の友人である。ゆえに、この事件は他人事に思えない。彼も「そろそろリタイア」と言いながらなかなか辞められず今度はこんな大事件。大きな渦の中で大変だろうと同情する。まだまだ多くのプラントエンジニアが世界中の国の辺鄙な場所で、日本を背負って活躍していること改めて思い知る。しかも命がけで。何とか「人命第一」で救出して欲しい。でも、ニュースを聞いたり読んだりすると、我々の発想そのものが、「現実の世を判っていない」ということでもありそうだ。テロ活動を続けているテロリスト達、彼らと闘う欧米の軍人達はやはり生死の境で生きている。常識が全く異なるのだ。丁度、地震や津波やはたまたトンネルの天井滑落事故や、そんなものに遭って命を落とす人達がいるように、予期せぬ事態に直面している人達がいる。心から無事を祈りたい。 |
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去年の4月、宮城県塩釜からカキが届いて喜んだ。大震災の時の寄付の話。いくつか寄付をしたが、滞って被災者に届かず、無力感を感じた時、塩釜のカキ養殖の人達の話を聞き、これだ、と思って贈った。こちらは贈ったつもりだったが、何と昨年4月にはカキが届いた。そして、今日、予期せぬ続編。確かに口数でいえば、多めに送金したかも知れないけれど、まさか再度の品物が届こうとは思ってもいなかった。生では食べるな、と書いてあるものだからカキフライで食べたが、なんとも身が締まっていて、美味しかった。まだ半分残っている。こちらは最初から「すぐに役だつ貢献」を願っていた訳で、見返りを期待はしていなかった。だからこそ、余計にこのプレゼントは嬉しい。浦戸漁協の皆さん、ご馳走様、ぜひ頑張って元の、いやそれ以上の復活を遂げて下さい。何だか、嬉しくて・・・ |
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先の「弁論」を書いている時、丁度午前中の雨が雪になりかかっていた。大きな牡丹雪、この冬の初雪。いつものことだが、雪が降ると心が騒ぐ。子供の頃は、「積もれば明日は(学校が)休みかな」といった理由だったかも知れない。でも、大人になってからのこのはしゃぐ気持ちは、故郷や、思い出への回帰。「あの頃を思い出す」喜び。それは同時に「一瞬変わる世界」の興奮。今日の午後はその度合いが強かった。牡丹雪が1時間、2時間と続く内に積雪。あっという間に5cm以上積もった。雪は風に変わり、おそらく明朝は道路が凍る。そう思ったとたん、こりゃ雪掻きだ、と。明日になったら掻くのが大変、と暗くなるのにジャンパー、軍手に、長靴、ショベルの雪掻きセットを引っ張り出して大奮闘。汗をかいた。この作業も頭の中は「思い出の文庫」。テレビを観れば大騒ぎ。東京・横浜の積雪は大ニュース。やれ滑って転んで、やれ追突事故で、どんどん怪我人が増えていく。雪国の人達は笑っているだろうな、と思いながら。今夜は冷えている。明日の朝は、また転んだニュースばかりだろうか。 |
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成人の日というと、すぐに「青年の主張コンクール」を思い出す。結構気を入れてテレビを観ていた。というのも、子供の時から一回り上の亡き長兄が「弁論部」でならしていて、それに憧れていた。自分も中学2年で初めて校内弁論大会に挑戦した。これは強烈な思い出。もう原稿もないが、論題は「すえこざさ」。父が東京に出張した時の土産話から、牧野富太郎博士が新発見の笹に亡き愛妻の名を付けたという話で、内助の功と家庭平和のような内容だっと思う。練習に練習を重ねて全て丸暗記をして演壇に立ったが、兎に角、周りに目をやることもできず、ただ「キョーツケ(気をつけ)」の姿勢のまま、覚えたものを早口で喋って終わった。目には真正面にあったバスケットボールのボードとバスケットだけが残った。緊張で涙が出そうでそれをこらえるのに必死だった。勿論、講評は「内容はともかく、弁論なのでゆっくり、聴衆の顔を見ながら・・」というものだった。それ以来、高校まで弁論を続けたが、だんだん慣れていったのだろう。ただ、世の中の流れか、一方的に喋るだけでなく、相手の意見を聞いてそれを論破する、所謂ディベートの世界へと変わっていった。既に、多くの「弁論大会」が世の中から消えていっている。ただ、僕にとっては、自分の考えをまとめ、相手に伝えるという訓練をああやってしてきたのだ、という懐かしい思い出である。 |
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高品質や安心・安全で勝負する日本のマーケットだが、食品の「賞味期限」表示にはいつも抵抗がある。どう保存されているかで品質変化は大きく異なるし、そもそも「美味しい」と感じるのは消費者であって、それをいついつまでに食べないと・・・と言う所まで断る必要はない。間違いなく腐敗したり、菌が増殖したりする様な場合は「賞味」ではなく「有効期限」とかメーカーサイドの「保証期限」だろう。最近の若い人達はまず賞味期限を見てそれを過ぎていると食べようとしない。ちゃんと冷凍保存をしていてもしかり。多くの十分食べられる食品がその一言で廃棄されている。一方、世界をみれば(日本でも場所によっては)餓死は無くならない。これも大きな矛盾だ。この間テレビを観ていたら、「50年ものの梅干し」を有難がって試食していた。この梅干しの賞味期限はいつだったのだろうか。「消費者サイドの自主性」を考え直す必要があるように思う。 |
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いずれこれについて書こうと思いながら読んでいたら、もう2月号が届いた。「文芸春秋」1月号の特集、「(文芸春秋創刊90周年で)激動の90年。歴史を動かした90人」の記事。その内の65年を生きてきた訳で、90人の殆どを「同時代を生きた人間として」知っている。一人一人について書く必要は無いが、名前を連ねておくだけでも良さそう。吉田茂・本田宗一郎・正田美智子・石原裕次郎・野茂英雄・手塚治虫・山本五十六・土光敏夫・長嶋茂雄・小泉信三・松田優作・緒方貞子・渥美清・向田邦子・小倉昌男・松本清張・梅原龍三郎・力道山・湯川秀樹・原節子・池田勇人・森光子・岡本太郎・土門拳・柳田邦夫・小泉純一郎・杉村春子・三島由紀夫・黒沢明・岸信介・昭和天皇・井深大・田中角栄・吉永小百合・出光佐三・三浦知良・勝新太郎・中村歌右衛門・山口百恵・司馬遼太郎・中内功・白洲次郎・小津安二郎・小沢征嗣・植木等・王貞治・東條英機・佐藤栄作・宮崎駿・松下幸之助・丸山眞男・三宅一生・大松博文・有吉佐和子・石原莞爾・川端康成・阿久悠・中山素平・徳川夢声・小林秀雄・大山康晴・南方熊楠・古今亭志ん生・平岩外四・岩波茂雄・渡辺晋・北大路魯山人・ビートたけし・植村直己・嘉納治五郎・樺美智子・杉原千畝・横田(滋・早紀江)夫妻・萩本欽一・丹下健三・武見太郎・谷崎潤一郎・宮本顕治・正力松太郎・双葉山・新村出・川淵三郎・萩尾望都・梅棹忠夫・本田靖春・桑田佳祐・種田山頭火・江戸川乱歩・池田大作・美空ひばり。こうして名前をタイプしておくだけでも、内容を思い出す。過去の人も、現役も、色んな世界の人が入り混じって。適不適はともかく、一つのまとめとして面白かった。ちなみに、自分より若い人でも三浦知良・山口百恵・(松田優作)の3人。 |
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「アベノミクス」とかが効を奏したか、米国「財政の崖」の見通しの影響か、年末から円安・株高が続く。久しく見ない傾向で、これが本物なら日本や経済にとって良いことだろう。何とか「世界が認める日本」に戻って欲しいと願う。「インフレ」もその指標の一つ。本人がそう言ってはいけないが、年金生活者にとっては、おそらくデフレが続いた方が良いだろう。政策として年金減額は非常に実施が難しいだろうが、インフレ下で年金額を保てば、実質減額だから。我々には明らかにマイナスだけれど、国や社会の為には、致し方ないのだろう。年金に頼らない「持てる者」にとっては、こうした経済の活性化は嬉しいことだろう。おそらく、高齢者の格差はどんどん大きくなっていくだろうが、これは仕方ないというべきか。多分高齢者も、自分のことはさておいて子供や孫達が元気を出す社会に変わることの方を望むだろうから。意外に難しい問題。 |
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毎年同じことを繰り返していても、周りの景色は年々異なる。成田山に初詣に行く。道路や駐車場の混み方、そしてそもそも人出の数も、年々違っている。おそらく元旦・2日・3日のばらつきも大きいのだろう。今年は2日だったが、妙に少なかった。成田山本殿に何の制御もなく入れるなんて経験がない。さて、これをどう読むか、景気が悪いと言う人、良くなりつつある証という人、老人が増えて混雑を避けていると言う人、若者には初詣は似合わないと言う人。まず何か言いたいことがあって、それに結びつけるのは何とでもなる。ただ、隣にある「出世稲荷」の参拝客は年々増えて行くように思う。これも、「実利が無いと」という人もあれば、「パワースポット人気」も、おそらく「楽しめないと」と言う辺りが現実だろう。何十年も繰り返していると、そんな観察も楽しい。元旦の夜、飲み過ぎたか、胃腸を壊した様。体はやはり無理が効かなくなってきていると言えるか。一つ一つのシーンで、「来年もこの状態があって欲しい。」と願う。このこと自体が、年齢を経ていることであり、また、一つの風景。。 |
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