徒然に ・・ 今日の出来事・今日の思い(2010年)

 
 

  日付(10/12/30)   手段の目的化  

就職ができない。就活、就活で正月も無い、とか。一方で、中途採用増加、即戦力でないと務まらない。折角入社したのに半年後には退職・・・。就職について多くのことが語られる。難しい時代。子も親も社会も、まず職にさえ就ければ・・・と考えている。でも一度職に就くと、「面白くない」、「話が違う」、「やりがいが無い」、と平気で退職。どうも子供の頃から、手段のみを目的にし続けてきたのではないか、曰く、良い会社に入れば楽ができる、良い会社に入るには良い大学に、良い大学に入るには良い高校(予備校)に、そのためには・・・皆そればかり。本来は、「この世に生を得たからには・・したい。」「世の中、人々のために・・したい。」という高邁な精神が必要だろう。そして、その次の低レベルでは、しかし、「まず自分で食っていかねば。そのためには・・せざるを得ない。」、「世の中に迷惑をかけないためには、最低限・・はしなくちゃ。」といった目標がある。ずっと、後者で生きてきた。それで精一杯だった。それなら「我慢」できる。でも、最近の若者は前者。そう言わせるのは・・・?

  日付(10/12/27)   「不安がない」なんて有り得る?  

日曜、新聞を手にテレビを。朝日新聞の新特集、「孤族の国」。ついていたテレビ番組はサンデーモーニング、特集「"豊か”なのに"幸せ”になれない」。ほとんど同じアプローチ、世界で初めて日本が挑む「老人社会そして孤独社会」。色んなデータや議論はあるが、団塊が歳を取り、結婚しない(できない)若者が増え、出産減少少子化、は疑いない事実、トレンドだろう。その中で膨らむ日本国民の将来に対する「不安」を取り上げる。経済が政治がそして日常生活がどうなるのか、どうあるべきなのか。誰もが自分の立場で考えられるテーマだが、共通の解はあるはずはない。なぜなら、不安はどんな時代でも、どんな環境でも、人間であるからには逃れられないものだから。そこに、宗教が生まれ、芸術があり、酒もある。「昔は良かった」的アプローチも多いが一概には賛成できない。ただ言えるのは、人によって異なる「いつ、何を幸せと感じるか」が問題。それがそのままリタイア後の生き方にも繋がる。

  日付(10/12/23)   安全の話  

先週、安全に関する講演会を聴いた。安全と一言で言っても余りに広すぎる。誰もが安心して生活できる社会の基本が安全、だから何についても安全の問題はある。基調講演は製品(特に食品)安全についてだった。所謂消費者というものの常識の危うさがテーマだった。(1)化学物質は危険、(2)複合汚染の恐怖、(3)天然・自然が安心、(4)化学物質は蓄積、(5)中国産食品は低安全性、などの所謂常識が多分に合理性に欠けるという話だった。確かにフグやキノコで亡くなる人は後を絶たないのに、食品添加物で亡くなる人はない。食品添加物の上限値などは膨大なデータの下に設定されている。天然物中の毒物なんて化学式で呼んだら、一般消費者は目をまわす。何れも頷ける説。でもいつの間にか我々の常識は形作られてきている。ある学校のPTAが相談して、給食の全ての原料を国産品にするよう申し入れた、という話すらあるらしい。カッターは使えない、金槌も打てない、暗い夜道は歩けない、そして食べ物は絶対腹痛を起こさないもののみで。人間はサバイバルではなくなっていくのか。メディアとかマスコミの責任の大きさも感じた。ヘンナ世の中。そう言いながら、「俺達の子供の頃は・・」の話は普通危険と冒険だらけなのだが。

  日付(10/12/18)   誰が明日のことを?  

'11年度予算作業の記事を読んでいると、暗澹たる気持ちになる。民主党の「バラマキ」が止まらない。持てる層から取って、持たない層に、という基本概念は正しいように見えるが、人口分布から考えて、マジョリティを持てない層と定義しているように思える。「票になる政策」しか関心がないかのように。徹底的にばら撒いておいて、消費税上げしかないと言おうとしているのであれば、それは全く逆だろう。「消費税上げより先に、まずバラマキを止めろ」と言う声がどんどん正論になってくる。政治家が「百年」を考えることを止めたか。官僚も政治の混乱に嫌気がさして今日のことしか考えなくなったか。メディアも「あげつらう」アプローチしかできなくなったか。徹底的に世界でおいてけぼりにされて、痛い目に合わないと誰も長期的視野を持たなくなるのだろうか。刹那的日本。

  日付(10/12/14)   リーダーシップ  

「今こそリーダーシップを」と毎日叩かれる菅総理。民主党に対する失望感の拡大、変化を求めた筈なのに何も変わらない。でも、多数決の民主主義の政治で、リーダーシップをどう発揮できるのか。今はリーダーシップを発揮できる術(すべ)が無いのだろう。戦術がないのなら、戦略まで戻らざるを得ない。やはり、ここは基本に戻って何を大事にするのか明確にして支持を仰ぐしかないのだろう。政権交代時はそれを試みて一応サポートされた訳で、ただ余りに幼稚すぎたか、参議院選挙で負けたのもまた事実。ここは政治家として居直るしかないだろう。結局選んだ選挙民の責任であることを、もっと知らしめるしかないのだと思う。日本だけでなく、世界各国で民主主義の矛盾が露呈、全ての進捗に時間がかかる。でもそれを選んでいるのも我々市民なのだから。経済・産業、外交・軍事、福祉・年金、税・公共等々、一つ一つの問題をどうしようとするのか、どんな優先順位付けでやるのか、それを示すしかないだろう。君子豹変も可、理由を明白にできれば、理解できる筈だ。今こそ・・・Speak-Up!!

  日付(10/12/10)   爽やかな朝  

冬の好天の朝。一週間ぶりに海浜公園に富士の写真を撮りに行く。三脚をセットしてパチパチやっていると一人の若者が背後に立っていて、「ここがポイントなんですか。」と話しかけてきた。「まだまだ素人なんでね、良く分からないんだけど、今日は綺麗だね。」、「ホントに自然って良いですね。今日はお休みなんですか。」と彼、「この4月にリタイアしてね、カメラもそれがきっかけなんですよ。」というと、その時彼が言ってのは「そうですか、有難うございました。」。リタイアと聞いて「ご苦労様でした。」という人は多いが、「有難う。」とは、チョット驚いた。富士山の話や、団塊世代のリタイアの話をひとしきりして、「今日は休み?」と聞くと、「はい、僕たちも頑張ります。」って。それで別れた。20歳代後半位だろうか、「・・王子」的なすっきりした顔つき、丁寧な言葉遣い、妙に感動してしまった。最近の若者は・・なんて言ってはいけないな、と思った。爽やかな朝。海ほたるの上に見えた雪山を、丹沢じゃないかな、なんて言ってしまったけれど、どうもあれは南アルプスだったようだ。訂正したいけど・・・

  日付(10/12/8)   サラリーマンに酔って  

ちょっと相談事があって、元居た会社を退職後初めて訪問した。丁度先日ビルが変わった所で、計らずも応接室のみならずオフィスまで見せてもらった。4月以降、顔を出さないようにしていたが、やはりいざ行ってみると、入れ物は変わっても中にいる人達は同じ。ついつい話しかけて邪魔をしてしまった。半年以上経つのにうっかり現役の様に振舞ってしまう。懐かしい、というだけなのだが、元サラリーマンの性(サガ)というものだろう。結局夕食を共にしたり、イッパイ飲んだり。久し振りの日本のビジネスマンを堪能した。この生活にドップリ浸かっている人ほど、退職生活はつらいだろう、と良く解る。時にはこのホームページでも開いて、「その日のための準備」が必要ですよ、と忠告したい。楽しい趣味も、旅も、いねむりさえも、多忙な時にこそ価値が大きい。結局人間改造に努めることになる。「お元気そうですね」と声を掛けられて、「有難う。ストレスがないからでしょう。」なんて答えながら、「・・・本当かな・・」と。でも記念すべき楽しい半日。

  日付(10/12/6)   葉隠  

この間、新渡戸稲造の「武士道」を読んだ。彼は外国人に「日本人は宗教なしに道徳をどう学ぶのか」と問われて、この本を(英語で)書くことにしたらしい。太平洋戦争に繋がる軍国主義教育に徹底的に使われた武士道的精神だが、その気になって読むとなるほど僕の頭で「道徳的」と考える事柄の根本に多くの思想が入っている。仏教も儒教もあるかも知れないが、少なくとも子供の頃家庭で「躾」として教えられたことは武士道の流れを汲む。少なくとも我々団塊の世代まではそんな歴史を背負っているのではないだろうか。もう一歩進めようと「葉隠」と三島由紀夫の「葉隠入門」を読み始めた。リタイアが動機とは思わない。それより親しい人達の訃報が聞こえてくることの方が影響しているかも知れない。でも、こうしてじっくりこのような書物を手にして、日本、日本人、歴史、そして道徳、死生観について考えるのは非常に良い。もっと若い時の方が哲学的で良いのかも知れないけれど、でも今だからこその捉え方の方が大きいようにも思う。「我ながら古い道徳観だな」と思いつつ、でも無理して思い込もうとしてきた西洋的な考えより、すっと納得してしまったりする項目が多い。若者達からすれば「いよいよジジイ」ということになるのだろう。

  日付(10/12/3)   不思議な嵐  

おそらく、「神のたたりじゃ」と言われる自然現象は、ずっと続いているのだとは思うけれど、ここ数年、何だか多くなっているような気はする。今朝、東京でまた新しい知識を得ようと、セミナーの予定で家を出た。朝からの雨風も収まってきた、と思って京葉線に乗ったのが運の尽き。海浜幕張駅でストップ。動かず。急いで総武線に回ったが、既に開講の時間。諦めて帰った。ニュースで見れば、日本中大荒れ、竜巻、雨、風、色んな被害。加えて午後は気温が上昇。確かに、マフラーもコートも要らなかった。ホントに不思議な嵐。天気図を解説することは出来ても、「神のたたり」のレベルの予測は難しいようだ。人間が傲慢に成り過ぎないためには、その方がよいとは思うけれど、でもそれで命を落とす人がいると言う点は科学が挑戦せねばならないということなのだろう。やはり人間は自然に挑み続ける必要はあるのだろう。お釈迦様の掌の上の話だろうとは思うけれど。

  日付(10/11/29)   Hooters  

「Hootersが遂に日本に上陸」、とは聞いていたが、やっと先日行ってみた。日本では、いきなり赤坂見附、東京のど真ん中、「庶民の溜まり場」とは言えない。このレストラン(?)チェーンには思い出が多い。文化の話題にもなる。10年以上前に米国出張、その後米国に駐在した時も、最も好みの(日本語で言う)一杯飲み屋だった。多くの友人とビールとチキンウイング(フライドチキン)とシーフードを楽しみに行った。駐在中に他の都市に出張や遊びに行った時、レストランのお目当てがないと、Hootersを探した。このチェーンの売りは、女性従業員、ショートシャツとホットパンツ。セクシーという人もいるが、実に健康的。話しかけても楽しい。Hootersとはフクロウのこと、ただ「びっくりして眼がフクロウのようになる」という意味と、加えて女性の胸を示す隠語としても使用されるらしい。僕はもっと健康的に「オッパイちゃん」と訳していた。そんなこともあってか、米国でも所謂「インテリ」はHootersと聞くと眉をひそめる人達もいる。僕が居る頃、日本人の仲間達は(人にもよるが)しょっちゅう家族ぐるみで行っていた。我が家の家族など大のファンだった。そのHootersが赤坂に。期待・予想通りだったが、外人の若者達以外は、(場所柄か)ネクタイ姿のサラリーマンばかり。夕方になると連日の行列とか。さて、この店今後どうなるか、楽しみ。あの健康美の明るい笑顔の少女達が東京の何でもありの競争社会でどうなるのだろうか。皆TOEICは800点代とか。どっかに引き抜かれそう。日本でも眉をひそめるオバタリアンはいるのだろうか。懐かしくてずっと座っていたい時間だった。

  日付(10/11/26)   人間ドック  

昨年までは、いわば義務の一つとして行っていた人間ドック。今年は正に自分のために。あえて誕生日に予約しておいて受診した。同じ項目で、同じパターンでチェックを受けるが、やけに一つ一つの項目・データが気になる。10年スパンでデータを振り返ってみると、やはり多忙の頃、苦しかった頃には体を苛めていたのだと再認識する。少々悪いデータが出ていても、精神的にはどうってこと無かった。それも又精一杯生きていたと言うことなのだろう。勿論、今年もそんなに健康なデータが出るわけは無いのだけれど、リタイアして継続している早足の散歩、できれば一万歩、の効果はてき面。体重は減少、それが各種データに良い方向で反映しているらしい。一方、ついつい増えがちなアルコール量は、マイナスばかり。散歩の後のビールが美味いので・・つい。自由人のやることは勝手だな。また新たな目標を設定するか。

  日付(10/11/24)   北朝鮮韓国砲撃  

考えて見ると、世界中で最も平和慣れしている国、日本。そこに生きていることを幸せだと思うけれど、それとてわずか65年。世界は、歴史はやはり動いている。昨日の延坪島(ヨンピョンド)砲撃には驚いた。振り返ってみれば古くは大韓航空機爆破、先の哨戒艦撃沈まで朝鮮半島はずっと戦争状態だとも言える。世界中どこの国に行っても、軍隊があり、兵士がいて、色んな場所で戦い、命も落としている。米国ですら、近い人が軍隊にいたり、ベトナムやイラン、アフガニスタンで亡くなった話題にはことかかない。日本は正に例外。これとていつまでも続く保証はない。我々の常識では考えられない国があり、強力な武器をもって、かつ餓えに苦しんでくれば、何を始めても不思議はない。戦争を知らない我々が既にリタイアの時代になった。平和ボケが充満している。今の政府の面々の対応をみると、この国が突然砲撃を受けたら、どうなるのだろう、大パニックとなり、個々人が家族で丸くなってじっとしゃがんでいる、だけになってしまうのではないか、と危惧する。現役時、色んな社会問題があるごとに、同じ問題が自分の会社に生じたらどう対処するか、ケーススタディをし対応練習をした。今の日本・政治にはその種の訓練が無さ過ぎる。経済だけが政治ではないことを思い知る出来事。

  日付(10/11/22)  菅政権迷走  

参院選大敗でただでさえどうなるかと思っていた民主党内閣。尖閣諸島だの北方領土だの予期していなかった外交問題が起きたと思ったら、次は大臣失言続出。補正予算位通しておかないと政治が動かない。野党はここぞとばかりに解散総選挙狙いになってきた。そりゃ政権交代を甘やかしてきた国民の責任と言えばそれまでだが、もう少しやりようがあろうに。常日頃心配しているが、それでもなお、こういう時は、リーダーは思い切って独裁的に正面突破を図る方が支持が得やすいだろう。許された権限内ででも、「自分はこうしたいからこの方針でいく」と明言するしかない。阿久根市長のやりかたを決して支持しようとは思わないが、一つのやり方ではある。これまでの民主主義のおかげで、踏むべきブレーキは準備されている。今の政党の枠組みでは、どこが与党になろうと、誰が総理になろうと、コンセンサス志向では何も進まないだろう。民主主義とは結局多数決であって、100%の合意では無い筈である。今は立ち止まって居る時ではなく、兎に角、歩く/走る必要がある。何故なら、日本は日本人だけの為の国ではないし、日本だけ良ければ良いという世界ではない時代だから。菅さんが頑張るか、総選挙に打ってでるか。バカヤロー解散、貧乏人は麦を食え、所得倍増、日本列島改造計画、近くは郵政解散に至るまで、リーダーの意見を主張する必要性は歴史が証明している。

  日付(10/11/19)  近代史に弱い  

週刊「司馬遼太郎VII]が発行されて、またすぐ飛びついて買って読んでいる。間もなく再開される「坂の上の雲」の特集が多い。司馬作品のみならず、我々は幕末から明治維新位までは結構強い。テレビ、小説、映画などいつでもどこかでこの辺りを採り上げている。ところが、坂の上・・の日清・日露が精一杯で、大正、昭和前期の歴史は意外なほど弱い。「テストには出ない。」とか「入試でも採り上げられない。」とか果ては、3学期の終わりになるので時間切れ、に至るまで、余り気を入れて学んでいない。司馬特集を読んでいても、第一次世界大戦の話になると、とたんに頭の中の年表が途切れる。太平洋戦争の話になると、祖父母・両親の思い出話の領域で、なかなか「本史」というものを知らない。敗戦によって歪められた所も多いのだろう。政治・経済・社会・文化、全ての面で子供や孫に正しい歴史認識を伝えることの重要性を感じる。我々の世代の責任大であろう。

  日付(10/11/18)  グローバリゼーション  

昨日、とある講演会を聞きに行った。主催者が「最近、龍馬とか坂の上の雲とか、とかくナショナリズムを煽るような風潮がある。グローバリゼーションこそが日本の生きる道なのに。」的発言をしていた。彼の言うには、日本はそのナショナリズムの故に最後は太平洋戦争で徹底的に打ちのめされた、という表現になる。そうだろうか、僕はやはりスタートは江戸時代の鎖国におくべきだと思う。鎖国から外圧にどう対処するか、というのが明治を作った。開国をし、民主主義も学んだ。今の日本も「国益」のみ主張することは許されない立場になっている。それでも国民は「まず日本・まず日本人」という。その一言が実は世界の弱者を苦しめることになるのに。龍馬や坂の上の雲から学ぶべきは「世界の中の日本を見る目」であって、「日本が世界を動かす」ということではないはずである。「正しいグローバリゼーションの進め方」を考えるべき時なのだろう。

  日付(10/11/16)   日蓮上人に叱られた?  

日曜、今年も御殿場で遼君を応援して、その後、本栖湖で一泊した。昨日は足を伸ばして日蓮宗総本山身延山までドライブ。富士側の山から下りて52号線に左折したとたん、後ろからパトカー。息子より若いお巡りさんが、「何故止められたかお分かりですか?」。スピードは大丈夫だし信号無視もしていないし・・「いいえ」と答えると、「一旦停止しなかったでしょ」って。山から下りて52号線に突き当たったとき、三叉路で信号の手前に、(無くていいのに)左折方向の一方通行。すっと入って、右から車が来ないか確認(その方が大事でしょ?)して本線に入った。ところが、その入り口が一旦停止だったらしい。高速道路の入り口を考えて下さいよ、一旦停止しますか?まずは右から来る車両の確認が第一ですよ。なんて、言っても仕方なし。「気がつきませんでした。すみません。」と陳謝。若いお巡りさんは、優しい丁寧な言葉で、でもしっかり違反キップ。長い間無事故無違反で堂々のゴールド免許だったのに。そうして日蓮宗総本山に参拝。ま、事故を起こした訳でもなし、逮捕された訳でもなし・・と自分に言い聞かせ、「安全運転を忘れかけていた警鐘だ。」と。日蓮上人のお言葉かも知れない、と。どっと疲れたドライブ。無事帰っては来たけれど。

  日付(10/11/13)   G20とAPEC  

こうしてG20(韓国)の結果とAPEC(横浜)の進行状況を見ると、世界中、どの国も難しい時代に直面しているな、と思う。各国が変化の時と思い、日本も平成維新などと言っているが、実はもう一国としての革命は起き得なくなっていて、大変化が起きるとすれば、それは地球規模でしかないのかも知れないと思う。これまでの歴史に学ぶとしても、これまでは今ほど世界の情報が世界中に瞬時にして巡り巡っていたわけでは無く、とりあえず自国のみのあるべき姿を考えることができたから。でも今は、例え中国でさえ、情報コントロールは出来なくなっている。あえて言えば、北朝鮮位しかできないのかも知れない。だから時の為政者が、自分(達)の方針のみで司ろうとしても結局不可能。民主主義が勝利、とは言っても同時に格差問題を解決は不可能。どうすれば個人個人の眼が輝くか。それは本当に欲しい「物」を手に入れることか。それは世界中全ての人類が本当に求めるのか、考える。パーフェクトが不可能であれば、政治もマスコミもどこに重点をおいてどこには自由を与えるのか、やはり基本方針が重要だな、と思う。

  日付(10/11/11)   爪の話  

8月7日富士山に登頂した。下山時に登山靴の紐の締め方が甘かったらしく、足の親指を痛めた。自覚症状は殆ど無かったのに、後で見ると両方の親指の爪が内出血で真っ黒(濃紺)。何とも無いので放っていた。9月頃になると少しグラグラする。何かに引っ掛けるとめくれそうで、大型絆創膏で固めた。そして10月、絆創膏と共にポロリと剥がれた。左右は2日違い。そして今、色も取れ、新しい爪が約半分生え進んでいる。これには感動。この3ヶ月、足を見るたびに、「生きている!」。不思議な感動がある。人間って凄い。考えてみると、先端部に指があって、夫々に爪が生えていて、指先をガードしているなんてこんな設計は出来すぎている。爪って表皮の変化したもので、角質器といってケラチンというたんぱく質でできている。根元の方が強くうまく皮膚とくっついている。しかも毎日伸びている。神のなせる技と言うしかないが驚くべき機構である。足の爪が元で、自分自身とか人間、そして世界の動植物、自然などを見直してみると、やはり判っていないことは多いし、それで良いのだと思う。余りにも神の領域に入って行くのは冒涜かも知れない。爪から学んだ話。

  日付(10/11/9)   アクセス延べ2000人突破  

4月にこのホームページをスタートして延べの閲覧者が2000人を超えました。自分自身は極力毎日入っているし、親しい人たちがチェックしてくれているのだろうとは思いますが、平均して毎日5−15人のアクセスがあります。当方のアップは平均週2−3回位なのに、それでも毎日見てくれている人がいるのが嬉しいです。フルリタイア以降の毎日で、このホームページがあって良かった、と思うことが多いですね。旅行であれ、色んな趣味であれ、何かで時を過ごす時、「ホームページでどう書こうか」なんていつも考えています。「徒然に」コーナーで生き甲斐論も続けていますが、やっぱり人間って、自分一人では生きられなくて、「誰かが見ていてくれる、誰かが一緒にいてくれる、誰かが話してくれる、褒めてくれる、けなしてくれる・・・」どんな形にしろ、他の誰かと関係していることが「生きている証」なのだな、と思います。今日、図らずも期待しないような掲示板書き込みが入りました。また全て消すことになるかも知れませんが、でも読んで下さっている方々との交流は何らかの形であったらいいな、と思う次第です。何とか今位のペースでは続けて行きたい、と思っています。5000、10000、50000人・・・とアクセス数が増えて行ったら良いな、と思っています。今後ともよろしくお願いします。

  日付(10/11/8)   TVドラマ「99年の愛」  

5夜連続のドラマ。NHKの大河ドラマは欠かさず見ているが、それ以外でこれほど気を入れて見たのは久し振り。橋田寿賀子ドラマで予告編をたっぷり見せられていて、面白そうだな、と。山崎豊子の「二つの祖国」、高杉良の「祖国へ・熱き心を」など、日系人・日系二世と太平洋戦争の物語は多いし、心にも残る。442部隊のヨーロッパ戦線での死闘とそれによる日系人の評価の変遷なども大きな歴史のひとこま。橋田ドラマらしく、主題は家族愛になっているが、底に流れるのは彼女の反戦意識だろう。米国に残った収容所での苦しみと日本に帰国した日系人の苦しみを比較すると、やはり民主主義の方が優位だと思わざるを得ない。ただその米国でも差別があり、原爆を使い・・戦争とは惨いものだ。こんな歴史もきちんと次の世代、その次の世代が「知っていること」、が重要と思う。真剣に見たためやや疲れたが、後味は悪くない。若者達よ、珠にはこんなドラマも見てね、と言いたい。

  日付(10/11/4)   オバマ敗れる  

予想されたとは言え、米国中間選挙の結果は共和党の圧勝。上院で粘ったのが政治バランスか。リーマンショックは100年に一度の経済危機と言われ、その責任がオバマ政権にあると言う人はいないと思うが、その煽りを大きく受けた。世界中で、政治に対する国民の批判と民主主義の矛盾が露呈する。全体と個人、格差の容認と是正、大きな政府と小さな政府。どれを取ってみても、全体を満足させる解などあろうはずもない。民主主義はマジョリティ(過半数)に決定権を与えながら、同時に少数意見の重視を求める。何に対して平等であるべきか、という問いに行き着く。自由も尊重せねば、競争も認めなければ、同時に弱者も救済しなければ・・全てを満足させることは到底不可能である。ねじれにねじれる各国の政治、こういう時は独裁が力をもつ。それがヒトラーであり、日本の軍事政権であり、ソ連の共産主義であった。現在の、中国、ミャンマー、そして北朝鮮。右向け右で何でも動くのなら、方針は立てやすいだろうが、そちらに行ったほうが良いとは思わない。世界の警察官、米国はこれからどうなる?その時、日本は?激動する世界を感じる毎日。

  日付(10/10/31)   こちらとあちらはそんなに近いの?  

電話の知らせにただただ驚いて何も言えず、何しろ同じ団地の中なので飛んで行ってみたが、彼の顔を見ても、すぐ起きてきて、「さあ飲もうか」って言いそう。現役時代お世話になった先輩で、同じ町内会。リタイアしたら、「仲間に入れ」と誘ってくれて月に2回の親睦会。10日前にも一緒に飲んだ。二次会も常連。この間初めてカラオケを誉めてくれた。口は悪いし、つっけんどんだし、始めはホントに付き合い難い人だった。その分、一度信頼感ができると、特に話題が無くても杯を交わしているだけでほっとした。そんな人が今朝、朝食の後急に悪くなって、病院に着く前に亡くなった。こんなに簡単なの?って。こちらとあちらはそんなに近いの?って。教えて欲しい。これからこんな寂しいことが次々と起こって、そして自分の番なのか。これは落ち込む。合掌。

  日付(10/10/30)   渡辺淳一著「孤舟(こしゅう)」  

”定年退職して始まる本当の孤独!バラ色の第2の人生のはずが、待っていたのは、夫婦関係と親子関係の危機。人生最大の転機をいかに乗り切るか!?”。この広告をみた時。「この本は買うまい。」と何故か思った。「デフレの正体」を読むまでも無く、我々団塊の世代はいつまでたっても世の中を作っているし、その世代が今いよいよ本当の退職に入っている。この世代に焦点をあてれば、殆どのイベント、商品は当たる。この本の広告を見た時、ここまでやらなくても・・と思ったのだ。その後著者インタビューもあって、著者流のセンセーショナルな官能小説にはあえてしなかった、とあった。暫らく買わなかったが、昨日本屋で手にして、ホームページで第二の人生をテーマにしている以上、やっぱり読まねば、と買って読んでしまった。確かに読後感はいつもの渡辺物とは全く異なる。それでこの後主人公はどうするの?と普通は思うだろう。こうならないために何年も前から心の準備をしてきたつもりだが、書かれている主人公の心の機微は頷けるところが多い。ストーリーには不満で、著者の意図も良く分からない。でも結局本人が何を「生きている」と感じるか。そこに行き着く。サラリーマンをやっていた時も、いつ「生きている」と感じていたか、それと同じものが本当にずっと欲しいのか。そうであればあるだけ、孤独の舟はきつい。主人公よりは、ちょっと考えてきたつもりだが、さて本当に毎日「生きている充実感」を感じていますか、と問われると窮する。でも現役の時だってそれほど自信と満足に囲まれていた訳ではなかったから。さてさて困った読後感。

  日付(10/10/28)   政と官  

仕分け第3弾とか。民主党政治になって新たな人気を得た政策。確かに国民にこれまで注目してこなかった政治の裏側まで知らしめたというのは非常に意義深いし、政権交代があってならでは、の快挙だろう。でも、良く分からないのは、本当に官僚たちは国や国民の将来より、自分の属する省庁第一で政治を考えてきたのだろうか。自分の損得勘定についてはどう考えても政治家の方が感度も技も上手のような気がするし、選挙に振り回されない官僚の方がこれまでの日本の政治を何とか世界に追いつくレベルまでもってくることに貢献したように思えてならない。そのエリート中のエリートが一年前にようやく国全体を考える地位について正に勉強中の議員達の素人質問にオロオロしている姿は何とも寂しい。例え政権が代わっても最後は官が長い目で継続性を考えている、と心の中で信じているのは、本当に甘いのだろうか。そんな思いをさせる政治ショーだ。

  日付(10/10/26)   もう冬の話題  

この間まで猛暑猛暑の話題。ころっと変ってあちこちで豪雨。奄美大島の雨も「常識外」のレベル。これまでの統計とか「普通」のレベルが意味をなさない。やはり「天の怒り」か。今日は北の方は雪、大阪には木枯らし一号。まだ十月だというのに暖房の準備。この辺りの楓はまだまだ緑なのに。秋はどこに行った?どうも日本の誇る「美しい四季」がなかなか印象に残らない。

  日付(10/10/21)   関鉄之助って主役だったんだ  

6回目の料理教室が終わって帰り道、珍しく映画をみた。「桜田門外の変」、原作は吉村昭。司馬遼太郎の短編集「幕末」は読んだが、どちらかと言えば薩摩の有村治左衛門が主役、余り認識がなかった。明治維新革命につながる混乱で最も単純化しにくい水戸藩の動きが面白かった。桜田十八士といわれる浪士がいて、殆どが井伊大老暗殺の価値を見ることも無く世を去る。この映画の主役は事変のリーダー、水戸藩士(浪人)関鉄之助。薩摩にも、雄藩にも、そして水戸藩にも裏切られ捕らえられて斬首の刑。大事を成した割には何も無いままに死んでいく。水戸藩が維新の歴史で目立ったのはこれが最後だったか。ちょっと歯車がうまく回れば、薩長土肥と同列ないしはそれ以上の存在感があっただろうに。現在の国会議事堂と桜田門が映画の最初と最後に写る。何が言いたいのか。どの政変と比較せよ、というのか。まさかこの政権交代が桜田門外の変で平成維新の引金とか・・

  日付(10/10/19)   明るいニュースに飢えている世界  

チリの鉱山の事故。33人全員無事救出。しかも初期の予想より2ヶ月以上も早く。救出劇は世界から2000人ものメディアを集めて実況中継。何だかショー化して違和感はあるが、でも良かった。世界が興奮、極限を経験した人達、いずれ映画化とか。昨日はいのししの赤ちゃんの背に乗る猿の赤ちゃんの画像。これもメディアが集合して福知山は大騒ぎ。どうして同じニュースのためにこんなに多くのメディアが集合せねばならないのか。半分のアナウンサーの経費をもっと価値ある使い方をすれば、その放送局は見直されるんじゃないかな、などと思ってしまう。でも、明るいニュースは良い。無条件の感動、ほっとするにこやかな笑顔。おそらく世界中がそれに飢えているのだろう。メディアが集まれば集まるほど、今の世の中、明るいニュースが無いということなのだろう、と思う。

  日付(10/10/15)   元気な先輩方に感動  

退職した会社の元役員の懇親会があった。2年前には招待する側だったが今回は招待される側。客観化というより主客処が代わった。先輩達が楽しみにしておられた気持ちが良く分かる。一方で、変わっていく世の中で「そんな時代ではなくなるな」という予感もある。忘れる努力も必要だろう。昨日は有志でゴルフ、皆さん年長者ばかりなのに、当方ゴルフにならず恥ずかしいブービー賞。努力不足を実感。最年長85歳、綽々。この方が元気にプレーされるのを見るだけで、皆生きる元気を貰う。VIVA人生!と思ってしまう。一緒にラウンドしたのは80歳のこれまた大先輩。ティーショットでほとんどオーバードライブ。こうなるとショック。難しいことは言わないで、頑張って行こう、と言われているよう。刺激をもらった一日。

  日付(10/10/12)   驕れる日本?  

スペイン旅行の真っ最中、マドリードでゼネストに遭遇した。現在のヨーロッパ連合(EU)で、国として破綻しそうなのが1にギリシャだが2はスペイン(そして3はイタリア)だそうである。いずれも歴史があり、一時期は世界に君臨し、世界の富を集めた。歴史的建造物、世界遺産も多い。共通通貨ユーロを使用する国々にとってみれば、何としても財政再建してもらわねば、たまったものではない。だからこの3国に対しては厳しい予算を求める。でも、締め付ければ国民は怒る。景気は悪く、失業者も多い。これまで、僕のこの3国の印象は「働かない国」だった。昼休みはゆったり、食事は昼でもワインを飲んでゆっくり、音楽・美術など芸術も多彩で優雅な印象だった。独英と比較して、なぜ同じヨーロッパでこんな国があるのかとさえ思った。多分、一時期の世界に君臨した時代がこの文化を作り、それがこのグローバル競争の激しい時代についていけなくなったのだろう。翻って、我々の国も、一時期Japan as No.1を誇り、一億総中流となり、ゆとり教育、仕事より余暇、休むのが美徳、それでも利益は他国との貿易の中から得てきた。さて、働かない老人国となって、これからどうなる?スペインにいる間中、50年後、100年後の日本を思った。

  日付(10/10/9)   どうする?中国!  

同じノーベル賞の話でも、今日の平和賞の話は平和ではない。中国の劉氏の平和賞は、西側諸国の触れたくても触れられなかったある種の現代のタブーにずばりと切り込んだ。経済発展すさまじく、リーマンショックの解決に大きく寄与し、今や中国経済抜きで世界経済が語れない、という所まできて、中国の民主化問題に、やや挑戦的とも言える受賞である。政経分離は不可能な世界で、いずれはこの種の矛盾の表面化は来ようとは思ってはいたが、よもやノーベル賞とは思わなかった。尖閣諸島問題に続く頭痛の種となろう。ただこの件は対日の二国間問題ではなく、対世界となる。どう出るか、中国。中国内でこのニュースが出るとテレビが真っ黒になるというニュースが最も身近で、衝撃的。世界を見渡してもそれを良しとする国は、そうそうは無いだろうから。

  日付(10/10/7)   ノーベル化学賞  

また日本人のノーベル賞受賞のニュース。割と増えてきたので以前ほどの驚きはないが、でも単純に喜ばしい。また化学賞なのも何となく嬉しい。一歩踏み込んで考えると色々ある。二人とも高齢、言い換えるとかなり昔の業績。この年齢で昔パデュー大に留学していたというのだから、当時としてはかなりの研究者だったのだろう。受賞の裏にはブラウン博士の強い後押しがあったようだが、我々ですら「ブラウン」は有機化学の教科書の代名詞だった。やはり誰の所に留学したか、は研究内容のみならず評価にもつながるのだろう。現役の頃白金触媒の反応が多く、白金価格の変動に右往左往したものだ。勿論パラジウムにも興味はあったが、これまた産業界では・・と思わせる高価品。でも医薬・液晶など高付加価値物質の世界では多用されていたようだ。本心はならばその元になる京大の熊田先生にももっと昔にノーベル賞を上げて欲しかったな、と思う。身近な学問だけに興味は尽きない。

  日付(10/10/3)   スペイン旅行  

9/23-10/2、退職記念海外ツアー第二弾、スペイン旅行に行ってきた。「太陽と情熱スペイン・パラドールで巡るスペイン10日間」。フルコース料理を食べ飽きたという感じか。正味一週間だが、早くも記憶が曖昧。歴史上の超大国の一つであり、今は世界経済の問題児の一つ。日本の将来の懸念も含め色々考えさせられる旅でもあった。折りしも、29日にはEUの今後の緊縮予算要求に対し労組が反発、スペインではゼネスト。表面的ツアーがメインなのに図らずも現実のヨーロッパ・スペインの問題点を目の当たりにした。(1)スペイン史の核を成す、イスラム教からキリスト教への変遷。多くのイスラム教寺院がキリスト教へと変化(セビリア)(コルドバ)している。その中でユダヤ人の存在も大きい。いくつかのユダヤ街も見た。もう残るユダヤ人はほんの僅かとか。(2)文化の香りは高い。寺院の彫刻は言うまでもなく、ステンドグラス(旧)(新)の美しさには目を見張る。宗教の限りない力を感じざるを得ない。バルセロナのサクラダファミリア聖堂は、128年前に建設をスタート、依然として工事中。完成は20年後とか。余りに壮大。闘牛の文化も面白い。日本の大相撲と比較されるのは良しとしないが、芸術性すら感じる。丁度マドリッドでTV中継を見た。これぞ欧米狩猟民族文化の中の芸術か。食事にも特色有り。日本人には食べやすい。その中にオリーブ油の果たす役割の大きいこと。あの水の少ない大地に逞しいオリーブ畑は印象に残る。フラメンコのリズムも未だ頭に残る。ゆっくり写真の整理でもしたいが、早くもどの寺院がどの時代で、特徴が何だったか、怪しくなっている。もっと若い時にこんな刺激を受けていたら、人生観も変わっていたかも知れない。

  日付(10/9/22)   分からない中国  

現役時代、一時期中国の仕事を担当し、かなりの頻度で上海通いもした。多くの中国人とも一緒に仕事をした。確かに日本人が忘れつつあるほどの上昇志向とか、新しいものなら何でも吸収してやろうといった貪欲さが、鼻についたことはあったけれど、終戦後の日本人はもっと凄かったかも、と思うとさもありなん、と納得したものだ。個々人については、本当に良い人が多く、これが共産党政権下の「人民」なのか、と思うことも度々だった。今回の尖閣諸島問題、この「国としての対応」は何だろう。どうみても、国内対策、国民の目を国外に逸らしたい何かがあるとしか思えない。日日、日中経済に携わっている企業・サラリーマンにとってみれば、何故、と叫ばざるを得ないだろう。結局、自由主義対全体主義で致し方なし、となるのだろうか。

  日付(10/9/21)   iPS細胞  

NHKの番組でみたiPS細胞の山中教授。銀河鉄道を使った構成も秀逸。最近の報道ではノーベル賞の呼び声も高いとか。でも、見終わった後に残るのは恐怖・不安。技術の発展を良しとはしてきたが、本当にどこまでも必要なのだろうか。彼の顔にも誇りと共に悩みが見える。今でさえ、既に命をお金で買っている時代、お金を持つ人のみが助かる、延命している時代。もっともっと技術が進歩すれば、命どころか人間の能力さえもコントロールしそう。最終的は世界が万能人間のクローンの集合体に・・手塚治虫や松本零士や藤子不二雄の想像した世界が本当にやってきそう。こんな時は心を収めるために、山や川や空や月や星や・・自然を思ってほっとする。でも自分や自分の家族が「臓器移植しか助かる術はありません」と宣告されたら、やはり街頭に立って募金をお願いするのだろうか。そんなことまで思いを巡らす、重いテーマ。

  日付(10/9/17)   秋の気配  

あの猛暑で、今年は「残暑」は来ないのでは、と思っていたが、昨日・今日、クーラーのスイッチも切って、何となく秋の気配。余りの猛暑ゆえ、セミが少ない、蚊も少ない、サンマもマグロも・・でもイワシはバッチリ・・せめて自然の振動幅の中であって、人為とは思いたくない。
菅改造内閣スタート。さて、どう動くか、党内融和の難しさと野党との話し合いと・・大変そうな政治。でも最も気になるのは国際関係。長期に見ても、短期に見ても今の日本の将来は世界の潮流にかかっている。前原外務大臣、期待して良いか。

  日付(10/9/16)   できるか反小沢政権  

「世論」というはっきりしないものが圧勝。菅政権が保たれた。残念ながら菅支持ではなく反小沢が主流だろう。ただ、こうなればリーダーシップをいかに発揮するかが問われる。はっきりした意図をもってすれば「世論」が後押しするだろう。問題はその中身。「誰にも良い政策」なんて無い訳で、頑張る人には自由度を、政治は弱者サポートに。そんな希望がある。第一の為替介入は正解だろう。ただこれ一つとっても長い目で見た時には失政といわれるかも知れない。「世界から見た日本」が目の前を覆う。やはり、「輸出だけに頼らない日本」に向かう方針が欲しい。信念をもって実行して、反論が噴出した時、再度の政界「ガラガラポン」は致し方ない路線なのかも知れない。折角の機会だから「再編成」の方が望まれる。

  日付(10/9/13)   歴史の視点  

大河ドラマ龍馬もクライマックスが続く。薩長連合、寺田屋事件から、おりょうさんへ。NHKも撮影新機軸で惹きつける。維新の物語は何回やってもちゃんと視聴率を稼ぐ。観ている我々も次に何が起こるか分かっていて、なお面白い。趣味「読書」の項にも書いたが、司馬の「世に棲む日日」を読んでいなかったので、この夏一気に読んだ。吉田松陰と高杉晋作の物語。国家主義の原点として特に昭和前期に利用された感があって、僕などは何も知らない癖にアンチ松陰。でもようやくこの本を読んで、価値が分かった。長州という藩の明治維新に果たした役割と共に松陰の重要性も理解できた。司馬に目覚めたのは龍馬であり、西郷・大久保であり、新選組であり、大村益次郎であった。誰を主役にして歴史を見るか、それによって全く異なる面白さがある。将来、我々団塊が生きたこの時代を、どの視点で見るか、おそらく孫の時代には既に歴史として語られるようになるのだろう。そう考えると今日のニュースが一層大切に思える。

  日付(10/9/10)   二人目の孫誕生  

予定日から10日も遅れたが、二人目の孫が誕生した。現役の頃、同年輩で飲んでいるといつしか「孫自慢」となり、携帯の待ち受け写真を見せながら目を細めている人達がいて我々はそれを「クラブ・グランパ」と呼んで羨ましくも、半分は「ああはなりたくないものだ」と思い、待ち受けには愛犬の写真を入れていたものだ。いつの間にかその立場になり、待ち受けには初孫の写真が入り、孫談義にも入れるようになった。そして遂に二人目。自分が歳を経ていることの証拠なのだがこの件だけは「生きている」ことを喜びとして認識させる。本当に「血が通っている」ということなのだ、と思うと神秘。どう生きてくれるか、新たな楽しみを得た。

  日付(10/9/8)   異常に慣れて早や9月  

異常とも言える猛暑の中、一週間滋賀にいた。暑さについて多くの記録続出。39.9度が京都ででた、と思いきやその値に疑問符、これまた異常。台風が少ない夏かと思えば、出来だすと次から次へ。今回の9号などはくるりと回って日本海から上陸。雨も降るとなれば豪雨。すぐに被害が出る。おそらく報道のせいか、今我々は世界で起こっていることを常に見聞きしている。相当妙なことが起こっても、直接自分の身に降りかかりでもしない限り心から驚かなくなっている。異常に慣らされている。もっと言えば異常があるのが日常。裏返していうと、我々が日常と思っていることも、チョット視点を変えれば異常なのかも知れない。歴史の中からみれば、未来の子供達が「平成の時代って・・・してたんだって」と驚くようなことが山ほどありそう。そんな中、9月になった。

  日付(10/8/27)   こうなったら  

ついに菅対小沢。民主党の来るべき時がきたか。小沢立候補は正に意外。本当に立つとは。でも、立たなければ闇の実力者と言われ続ける訳だから、この危機に最後の勝負をかける方が良い。ぜひ、自らの潔白証明も含め、正々堂々自分の理想と戦略をオープンにして欲しい。良い意味でも悪い意味でも現民主党の中で最も気骨のある政治家であることには異論はなかろう。バラマキ政策を良しとするのなら、どうすればバラマケるのかを含めて政策論争が聞きたい。最大の関心事は勿論「世界の中で日本、如何に生くべきか」である。

  日付(10/8/24)   マスコミの責任  

マスコミが世の中を牛耳っている感じがしてならない。もっと責任をとるべきではないだろうか。マスコミに操られる我々が悪いのだ、と言われればその通りだろうが、せめて数字の大小と、ことの大きさに対する解説は入れるべきと思う。一方で何百兆という国の借金、予算の話、他方、例え一千万円の話でも、我々にとっては大きな額。問題はその差が強調されないこと。仕分けでセーブできる額と、バラマキで必要な額の差。なぜ消費税のアップなのかを話すなら、もっとInとOutの額と、今の借金の額の話を誰にでも分かるようにすべきではないだろうか。また、民意の報道のありかたも疑問。一億人以上の国民の中の一人・二人の意見をアップで写して、これが民意です、という形だけはやめて欲しい。ニュースで流すときは多くの意見があることをはっきり示すべきだし、マスコミの意見を言いたいのなら、それを断わって流して欲しい。「・・新聞としてはこう思う」、とか「これはあくまで・・放送局としての意見ですが」と言った主張は歓迎だ。米国のニューヨークタイムスやワシントンポストなどは、民意形成の中での役割が良く分かった上で、でも主張を展開している。今のマスコミを見ていると、批判は私の仕事、主張はしません、と言った立場で不愉快なことが多すぎる。

  日付(10/8/22)   現状をどうみるか  

今回のバグ事件で消えてしまったけれど、以前I-Kobyさんという方が掲示板で、政治向きの話は良くないとコメントしてくれた。でも、リタイアリという環境は世の中のことを何の制約もなく考え、批判もできる。昨今の日本、特に政治状況は目を覆いたくなるばかり。経済は大企業から徐々に回復というが、それでさえ儲けた金を使う場所がない。国内産業に刺激がないから中小企業は仕事がない、働く場所は減るばかり。Global戦略が無い故の円独歩高。これも国の実力などとは決して言えない。単に各国の輸出を助けているだけ。こんな時こそ政治の出番なのに、今度は民主党の代表選。即ち総理大臣なので、勝手にどうぞとは言えない。こんな時だからこそ正々堂々この国をどうしたいか、を訴えて国民の支持を得て欲しい。100%の支持など有り得ないわけだから、せめて選択のプロセス位は、誰もが結果を受け入れざるを得ないような方法で。観客席から楽しんでいるような気分になれないのは、やはり将来への不安か。ヒトラーでは駄目だが、強力なリーダーシップを待望する。小沢大連立などという奥の手があるのだろうか。

  日付(10/8/18)   やっぱりバグは入るのですね  

16日の月曜。掲示板に覚えの無いアドレスからメッセージが2通入りました。これはまずいな、と思ったものだから、とりあえずこの2通のアドレスとかURLには入らないようメッセージを発しました。それでも夕方見ると、立て続けに7−8通の英語の言われなきメッセージが入っていました。ということで、掲示板をとりあえずストップしました。それ以降、メールにも変な動きはありません。今、Hi-Hoに問い合わせて、何とか次の手を打って、掲示板も再開しようと考えています。ま、これまで掲示板で、これと言った大きな交流も無かったので、影響は少ないとは思いますが。これまで掲示板に投稿頂いた方には申し訳けありません。これまでの分は消えてしまいました。Webの碁と同じです。この世界は、誰が入ってきたのか、何をしようとしたのか相手の顔が見えないのが怖いですね。でもだからと言って、この世界を毛嫌いすると、世の中の進歩に置いていかれます。悩ましいですね。このホームページは当方としては失うものが何も無い世界ですから、誰かが読んで頂いている間は継続しようと思っています。今後ともよろしく。

  日付(10/8/16)   囲碁も  

7月の帰郷時、高校時代の恩師に会った。元気で、酒と話が弾んだ。その時、囲碁が話題になった。リタイア後の趣味でベストは囲碁だと言われる。確かに、戦略性をもって、全体・部分を見ると言う意味では直線的闘争の将棋とは異なるゲームで、疲れる程頭を使う。ボケ対策には良いのだろう。「一番打つか」と言われて尻込みした。でも、このきっかけで俄然やる気になった。まず、碁会所へと言われるが、今は便利なコンピュータがある。早速探してみると、あるわあるわ、色んなサイトがあって、無料碁盤もいくらでも。関西にいる兄に準備をするよう申し入れた。と、同時に一般の人と何番か打った。勝ったり、負けたり。でも、顔の見えない勝負はやはりつまらない。途中で、さっと投げられる。例えネットでも、やはり「参りました」とか、「勝ちましたね」とか、メッセージのやり取りが欲しい。この機会にと、昔買った本を引っ張り出したり、碁盤を出してみたり。江戸時代からの「ご隠居さん」の体も成しつつある。

  日付(10/8/14)  八頭高完敗  

母校の甲子園、今年は応援寄付金も振り込んで、12日はテレビの前に座って応援するぞ、と張り切っていたのだが、前日友人からゴルフの誘い。汗を楽しんでしまった。プレーが終わってすぐ携帯で結果を確認。残念ながら、やはり完敗。しっかり点を取られて。予選の難易と、本番の結果には関係ないんだ。と言ってはいるが。やはり・・と無念。でも良い事だ、一生懸命の姿を応援団に、地元の人たちに、そして我々の様に遠く離れた場所に住み着いた卒業生達に見せてくれることは。故郷や、母校を懐かしく、有り難く思う気持ちというのは、何なのだろう。丁度お盆。父母兄、先祖の墓参りも少しご無沙汰、それを想う気持ちは、きっと源は同じ心。

  日付(10/8/11)   不思議な円高  

いよいよ85円も切ろうかという円高。新聞の解説をみると分かったような気にはなるが、どうも解せない。確かに各企業の業績回復が次々と発表されていて、世界の中で最も信頼される国と言われるとそうかも知れない。でも、政治上の信頼は地に落ち、経済面だって国としてみれば例外として扱われる程の借金体質。推し量るに、おそらくまず欧米経済を救うために円を強くしておこうという世界戦略の片棒を担がされている。ただ、人口の増えない日本で、これ以上輸入は増えない、増えるとしても安価な輸入品が増えて、国内産業を弱くするだけ。輸出が弱くなる分、生産基地は海外へと進出せざるを得ない。空洞化そのもの。円が強くあり続ける理由はない。それが分かっているから、雇用も給料も一向に増えず、デフレも止まらない。国内だけでは解決できない問題ばかりの中で、どうも円が矛盾を背負っているように思える。リタイアリは海外旅行を計画する位しかないか・・・

  日付(10/8/9)   富士登山  

一度も登らぬ馬鹿、二度登る馬鹿、とよく言われる富士山。若い頃、山登りが好きだったのに富士山は登ったことがなかった。昨夏、還暦記念とかで子供達、親戚、ホームステイ中の米国人若者など8人のパーティーで須走口から挑戦。途中7合目で強い風雨に合って敢え無くリタイア。今年は息子3人と、次男の義父、計5人でリベンジ。最もポピュラーな吉田口から臨んだ。6日の朝の5合目は雲ひとつ無い好天。6時間かけて8合目の小屋着。雲海に酔いしれた。影富士も幻想的だった。ただ混雑振りは情報通り、一人当たり幅約70cmの寝床、寝返りも打てない位。これまた経験したことのない窮屈さ。7日は午前1時起床、1時半には出発して長蛇の列の登り、かなり苦しかったが2時間で登頂。4時半の日の出を待った。街中の様な混雑だが、清清しかった。周りが明るくなって4:40頃ご来光。手を合わせたくなる神々しさ。トライして良かった!フラフラ状態で、でも無事9時半には下山。途中一風呂浴びて、ゆっくり帰ってきた。筋肉痛は残るし、日焼けで唇も痛むし、でもこの爽快な満足感。退職記念にと計画、同行してくれた息子達にも感謝。こんな幸せな山行ができる父親はそうそうはいないだろう。

  日付(10/8/7)  シルバーカレッジ教室のお手伝い  

8月になって、4日間、市のシルバーカレッジのパソコン講座の進行の手伝いをした。7月に市のボランティア活動に何か貢献できるものがあればと登録してもらったのがきっかけ。けっしてパソコンのプロではないし、人一倍詳しいわけでもないが、特に中高年にとって、パソコンを使えるかどうかが日々の充実感を変える鍵と思っているので、何か手伝えれば、と思った次第。ほとんどパソコン経験のない、60−70歳代の人達が真剣に取り組む姿に感動。この人達が日常の一部としてパソコンを使いこなせたら良いなとつくづく思った。ただ、ハードルは非常に高い。やはり、まず「パソコンで何ができるか」、「パソコンで何をやりたいか」を考えてもらうことがスタートだろう。子供さんや、お孫さんにパソコンをプレゼントされて、「さて困った」という人もいる。インターネットやメールが第一か。詳細は兎も角、自分がタイプした文字がスクリーンに現れ、その大きさや色やデザインが簡単に変わり、はては写真を取り入れたり、表にできたりする度に、驚きと喜びの表情を隠さないのを見て、これは重要だな、と思った。我々が若い世代においてきぼりにされない為の重要な手段。

  日付(10/7/30)  ふるさとを想う心  

この間鳥取に帰って(一応帰鳥という)、友人に会い、兄弟親族に会い、恩師に会い、生まれた家のあった地域や、通った小学校や、通学で使ったJRの駅の姿を写真に撮ったりしてきたものだから、一段と故郷を恋うる気持ちが募る。時も折り、高校野球の地方予選。鳥取県代表は母校八頭高校と決まった。昔は甲子園など夢の夢だったのに、今や7回目の常連高の一つ。確かに8−10回も勝たなければ出場できない県に比べれば、鳥取県は4−5回勝てば、代表。容易な県ではある。でも予選が大変な県が甲子園で強いかと言われれば、必ずしもそうとは言えない。母校には久し振りに緒戦を突破して欲しい。この応援する気持ちも、故郷を想う気持ちも、グローバリゼーションの中で働いてきたと言うことと、全く相関性がないのが面白い。

  日付(10/7/27)  氷河特急事故  

あの区間は乗らなかったけれど、ついこの間乗ったスイスの氷河特急で事故。多くの日本人観光客が死傷した。年齢層を見るだけで、自分達が同じ目に会っても全く不思議ではない。運命ってこんなものなのか。同情が増す。周りで、「(貴方達は)無事でよかったね」と言ってくれる人もあるけれど、白けて返事をする時には、「でもね、確率論で言えば、この間の長距離ドライブで事故死するほうがよっぽど高いと思うよ」などど言ってもみる。自分達の努力では如何ともし難い出来事、天命と言った方が良いようなことが一杯ある。庭の花びらがポトンと落ちたり、買った本の一頁が折れ込んでいて、サイズが大きくなっていたり、何で今これが起こるの、何でこれが自分に当たるの、って驚く。この偶然の当たりは素直に受け入れるしかなさそう。

  日付(10/7/24)  猛暑  

神仏を信じる人は、きっと言うに違いない。この気候はたたりか、予兆だと。たった半月の間に、あの豪雨と、この猛暑。この一週間は連日35℃。暑い都市同士で、最高気温を争っているとか。これが日本だけならともかく、世界中で起こっている。やはり、人間の驕りだろうか。最近、五木寛之の「百寺巡礼」を読んでいるからか、歴史の中における宗教の力、価値を感じる。

  日付(10/7/24)  ヘッダー写真変更  

故郷、鳥取県八頭郡智頭町埴師の昔半鐘のあった場所に行って、写真を撮ってきた。この風景が田舎の原点。向うに見えるのは那岐山、鳥取県と岡山県の県境。時々ここに登ってきては、ボーッとしていた。歌を歌ったり、ハーモニカの練習をしたり。雪景色も思い出深い。ここを離れて既に44年。これから暫らく、この写真をヘッダーで使おう。

  日付(10/7/23)  長距離ドライブ  

ホームページも10日間ストップ。15日から22日までドライブ旅行をしてきた。総計1800kmも走った。やや運転疲れ。出発時は豪雨の影響を心配。でも途中から熱波。気候が大きく変わった。何度も、「いつまでこんなドライブができるか」と思った。とはいえ、内容は、焼津の温泉、滋賀の次男の家庭、故郷鳥取巡り、帰りは箱根で休憩、とゆったりしたスケジュール。途中、ホームページのネタが一杯。写真も沢山撮った。これから暫らく楽しめそう。旅の間、多くの人や、懐かしい景色に思い出を辿った。無我夢中で走ってきた人生だった。何か変化のある度に価値を確認する余裕はなかった。こうしてリタイアした状態で、同じ人や場所を訪れて、やはり異なる感覚があった。どこかの本にあった、「ノーと言える定年」。悠々自適とは、余計な気遣いをすることなく「ノーと言える」ことだと言う説。そうかもな、と思うことが多い旅だった。

  日付(10/7/12)  参院選挙・A党躍進  

日経ビジネスの記事はやはり「的を得ていた」。昨日書いた記事、そのまま。民意はA党を選んだ(?)。(1)みんなの党の躍進、(2)自民党、中でも小泉チルドレンの復活、(3)バラマキへの不信・不安、などなど。自民党が復活している所からみて、決して民主党の惨敗の原因は消費税だけではない。さて、これから政界再編劇だろうか。お茶の間から見ている分には面白いかもしれないが、もうそんな余裕はない。我々は、日本は世界の中で生きている。給料だって、税金だって、世界の中で認められ、成功してこそ始めて増える。だから、大至急、「世界が認める日本」にならなくては・・・やはり、民意はA党だと思う。

  日付(10/7/11)  今日は参院選挙・A党支持  

日経ビジネスオンラインで自己判定した所、僕は"A党"支持らしい。日経ビジネスの6月7日号に参院戦後の政界再編の記事があり、そこで現国会議員を4党派に分類している。曰く、A党:競争重視・成長派(民主・自民・みんな)、B党:安定重視・成長派(今のMajoriyty、民主・自民・公明など)、C党:大きな政府派(民主・自民・公明)、D党:格差是正派(民主・社民・国民・共産)。民主・自民党などは4党の集合体。だから再編の基本的考え方はもっと統一したほうが良い。意見代表としてはA党:自民・塩崎、B党:民主・野田、C党:民主・階・橋本、D党:国民・下地、民主・中川が挙がっている。A党は経営者の支持は多いが、現議員の中では最もマイナーとのこと。さてどうなる?

  日付(10/7/6)   静かな選挙  

もう3ヶ月経った。昨夜ある友人が、「リタイアしてから3ヶ月、早かったですか」と尋ねた。答えに窮した。分からない。光陰矢のごとし、と言った感じと、米を一粒づつ食べているような、ゆったり、ゆっくりした感じが混ざっていて。ただ、救いは「毎日無為に過ごしている」という後悔はまだ感じない。「何かを求めて、かつその日に満足して」過ごしている。
11日の選挙はどう出るか。迷ってもいる。民主に過半数を取らせて徹底的にやらせてみたい、という気持ちもあるが、どうも気に入らない所が目立つ。バラマキが一番、郵政が二番、外交・経済の基本方針のなさ、も。じゃ、誰が勝つのが良いか。小政党に票が集まっても政治が混乱するだけだし。難しい。この千葉の田舎には何も聞こえない。小沢は田舎を回っているとか、この辺りに来れば良いのに。

  日付(10/6/30)   残酷PK  

ワールドカップ決勝リーグ第一戦、パラグアイ戦、やっぱりTVで応援。面白かった。今回の日本チームは正に挑戦者、全ての試合が挌上との戦い、良くやった、の一言。パラグアイ戦も良く踏ん張った。ピンチもあったけどそれに負けないチャンスもあった。そしてPK。駒野を責める人はいない。可愛そうで仕方ない。これからの人生でずっと引きずって行くだろうから。勝負の世界の厳しさ。ただ、戦略的な、リーダーシップの話をすれば、やはり監督か。あえて原因を探せば、キッカーの選択。そこに帰す。「"たら"は北海道」とよく言う。仮定の話は意味はないかも知れない。でも何か今後に残すとすれば、「どこまで考えて、キッカーを選ぶか」、それしかない。結果は運だろうから。

  日付(10/6/29)   まちのせんせい  

申し込んでいた市のボランティア活動「まちのせんせい」の説明会に出た。場違いだったかな、と。伝統の竹細工や紙細工が得意な人とか、戦争体験や人々の相談体験などを今後の人に伝えたい人、が一緒。こちらはそんな社会に誇れる様な特殊な技能や体験があるわけでもない。ただ、「何か役に立ちそうなことがあれば、何か貢献したいので・・」と、迫力不足。何かあるのかな。サラリーマンって、つくづく駄目だな、と思う。でもコンピューターを使うとか、とりあえず外人さんとコミュニケーションできるとか、もっと言えば子供達に社会や経済や技術に至るまで、話そうと思えば少しは・・という気にもなる。何かあったらいいな、と思いつつ。

  日付(10/6/26)   ワールドカップ・デンマーク戦  

それほどサッカーファンというわけではないけれど、時間の余裕のある身としては、このデンマーク戦はやはり実況で観たかった。ちょっと早めに寝てちゃんと3時に起きて、終わってからまた寝なおして。でもその努力に十分値する勝ち方。満足感があった。やはり今現在起こっていることを観たり聞いたりするのは後で結果を聞くのとは違う楽しさ。グローバリゼーションを語り、日本より世界を、と声高に言ってはみても、やはりオリンピックでもワールドカップでも、全米・全英ゴルフでも、ウインブルドンでも、日本チームなり日本選手なりを、応援する。これは理屈ではない。しかも老若男女、興奮している。景気浮揚とか、生きがい探しとか、多くの問題解決にこの種のエネルギーはもっと利用されて良さそう。ただ、一つ間違うと観念的で危険なナショナリズムやファッショにつながる危険は常にある。今度の参議院選挙などは、はやりムード選挙にはなって欲しくない。人の心を捉えるのって、難しい。

  日付(10/6/24)    日本流株主総会  

株主総会のシーズン。単純に「1マイナー株主」として出席した。典型的日本流総会。最近は総会屋はいないし、当会社を気に入って株を保有している株主が多く、「少々業績が悪くても暖かく見守るから頑張れよ」的雰囲気。質疑応答も紳士的。ある意味ではこれぞ日本流の強み、とも言えるが、でもやや引っかかる。マーケットも技術もそして企業自体も否応なくグローバル化の波に洗われている。日本国の繁栄も利益も国際ビジネスの上に成り立っている。であれば、日本流ももっと変わらねば・・と思ってしまう。欧米流の厳しさは日本では受け入れられないのかも知れないが、それでも「如何に世界と戦うか、生き残るか」の基本方針は必要だろう。政治が世界の中で翻弄されて変化が追いつかない今、ビジネスの競争に曝されている企業は一歩先に「世界の中で日本如何に生くべきか」を示す必要がある。リーマンショックは欧米流の限界を示した、という論調もあるが、日本もしっかり影響を受けている。結局政治と同じように「格差」の問題になる。ただ、企業は勝ち組・負け組ははっきり結果として出てくる。政治のように「皆で渡れば・・」という訳にはいかない。

  日付(10/6/21)    スイスツアー旅行  

14日から21日まで「スイス4大名峰と2大絶景列車の旅8日間」というツアー旅行をしてきた。国内のツアー旅行を4月には経験したが、海外のツアー旅行は正に初体験。添乗員がいるので言葉は心配要らないし、言われるままについて回れば良いので楽と言えば楽。出張の帰りにどこかに寄ってレンタカーを借りて寸暇を惜しんで走り回るようなこれまでの旅行に比べて別世界。これまた、「本当にリタイアしたんだな」と、思い知った。参加者18人中、男は6人のみ、いずれも中年というより高年齢。母娘組がいて華やか、これが現在の典型か。(絶景)列車は楽しめたが、名峰(ベルニナ、ユングフラウ、モンブラン、マッターホルン)は4戦全敗。雲の中に見えた一瞬のモンブランマッターホルン以外は全く駄目。悔しかった。こればかりは誰も恨めない。逆に、途中で寄った、ルツェルン、ベルンの旧市街の美しさは記憶に残る。歴史に翻弄された永世中立国、そのキャッチフレーズだけで興味はつきない。いつものことだが、日本と言う国の面白さを認識し、それにしては大切にしていないのでは・・と思う。旅行のまとめは趣味のコーナーで写真も入れる形で新しく始めたい。

  日付(10/6/13)    日経テスト  

明日から退職記念旅行に行こうというのに、家内は同窓会とかで東北へ、こちらは昨日はゴルフ、今日は日経テスト。昨年10月に初めて挑戦。余りの出来の悪さにショックを受けてリベンジ。今回はコツはつかめて少なくとも全問解答はしたけれど、自信があった訳ではない。たった80分で頭はボーッと。年齢のせいにはしたくないけど・・。でも老若男女が広く分布していて何だか嬉しい緊張感。日経新聞は何年間も読んではいるけれど、これじゃ何のために読んでいるのか。経済・ビジネス・経営そして世の中の動き。難しかった・・・。例え1点でも昨年より改善していたいけど、どうだろうか。最低限、このチャレンジ精神をキープしているだけで・・・自己満足。

  日付(10/6/9)    菅新政権誕生  

これだけ急に支持率が回復すると、民衆は愚か、と言われているようで悔しい。でも、民主党としては満を持しての菅新政権か。野党は攻めあぐねて、「左翼政権」を表面に出して攻撃中とか。でも今の世論に対し、左翼政権だから怖いよ、という脅しはおそらく殆ど効果はないだろう。それよりも将来の日本はいかに世界の中で生き抜いていくのか、バラマキ政策の原資はいかに稼ぐのか、と言った本質論議の方が重要な時期と思うのだが。労組依存体質が最大のポイントだろう。さて、新内閣の顔ぶれ。驚くのは高学歴。自民・公明も真っ青。たたき上げ労働階級という感じは全くない。我々の世代以降、こんな大学に行けるのはかなりハイソでないと・・・ま、それだけ日本の平均が中流以上になったということだろうか。あと残っているトゲは亀井さんか。小泉選挙の盛り上がりを思い出すと、郵政民営化路線を支持する人たちは決してマイナーだとは思わない。今の民主党ではそんなことは誰も言えないのか。何だか寂しい。政治を国民に取り戻した、というと聞こえは良いが、政治のプロ、本当のリーダーが居ないということも言える。国民の人気取りだけでやっていける国でも政治でもなくなっているというのに。

  日付(10/6/5)    Win-Win  

理由は分からないが庭の沙羅の木が枯れた。何しろ時間があるのだから、と自分で切ることに決めて挑戦。昨日、良い汗をかいた。問題は、その後。最大直径10cmの結構太い幹が4本あり、夫々を鋸で切り、捨てやすくするために枝も1m程度に切って紐で縛って。やることをやったつもりでごみ置き場に積んだが、今朝、市のゴミ収集車は、張り紙を残して去った。50cm長以内、一回あたり3束まで、と。そんなこともあろうと、昨夕、近所の元同僚の親睦会があって、訴えた。もし、我が家が昔のように燃料として薪を燃やしていたら格好の燃料なのに・・と。そうしたら参加者の一人が今朝、薪を燃料として使っている人を紹介してくれた。早速、ゴミ置き場から、彼の自家用車に運んで、お礼を言われてしまった。これこそ、WIN-WIN。してやったり!世の中にはこんなことがいくらでもあるのだろうな。社会の一般化されたルールとは外れたところで、でもお互い合意すれば双方にとって良いという解決策が。そう思った。

  日付(10/6/3)   鳩山首相退陣  

やはり一言残さないわけにはいかない。昨日の首相退陣宣言。とにかくあきれてものも言えない。ただ、これまでの流れで少しだけうがった見方をして自分を納得させた。すなわち、昨年9月からの全てが、ストーリー通りだと考える。民主党のできること、目指している変化を徐々に示しながら、でも最も困難な所は鳩山・小沢をうまく利用して、従来路線に落ち着かせる。二人を徹底的に落としておいて、支持率も下げるだけさげて、その上で同時離任で一気に逆転を狙う、と言うもの。米国CIAなら考えそうなストーリー。もう一つは官僚達の叛乱。自分達を重要視しないとどんな事態になるか、ちょっと知っておいてもらおうというもの。これも十分考えられる。「官僚達の夏」を引用するまでもなく、やはり本当に国の将来を考え、一歩先を見据え、世界の中の日本を意識しているという意味では、官僚たちは上の上、という気がする。政治が選挙で動き、選挙がマスコミで動く、という社会では、官僚政治の方が頼れるのかも知れない。高邁でないあぶれた官僚たちをどうしたら良いのか、という問題と一緒くたにはできないようにも思う。こんなことを考えさせたくれたのは民主党政権の成果か。

  日付(10/6/1)    ミュージカルを楽しんだが・・  

もう6月。悠々自適も2ヶ月が過ぎた。過ぎてみると早い。今日はブロードウエイミュージカル、”ドリームガールズ”の公演を観た。久しぶりのアメリカ、これぞ輝けるアメリカ!ストーリー、舞台、衣装、照明、音楽、全て良かったが、やはり歌唱力、感動!観客を見ると何と80−90%は女性。確かに火曜の午後にのんびりミュージカルなんて普通のサラリーマンじゃ難しい。でも、ちょっと引っかかる。こんな感動をなんで女性だけが楽しめるの・・・良かっただけに働き虫達に同情。世の中って、こうなっているのか、と、妙な所で首をかしげる。

  日付(10/5/24)    謝れば良いとうものではない  

日米重視、仕方ない。正直に謝る総理、OK。でもね、昨年の政権交代の時、何を考え、どういうプランを立て、どうしようとしていたか、何故あそこまでの自信に満ちた発言を繰り返したのか、その説明をすべきでしょ。一市民として、今の状態がまかり通るのは、許せない。アンマリジャナイノって言わざるを得ない。だってきっと何か奥の手があるに違いない、そうでなければあんな発言はしない、と思いながら見ていたのだから。これじゃ鳩山さん、民主党、そして日本国の将来は暗いな。こんなことが続いていく時に、ヒトラーみたいな人が現れると、世の中が一体になって狂ってしまうんじゃないかな。暗澹たる気持ちにさせる、普天間。

  日付(10/5/20)     「料理教室」始まる  

ついに始まりましたよ、「料理教室」。元同僚で先輩退職者の紹介で今日からスタート。その名も「基本料理の会・男性クラス」。なる程まるで同世代の会、自己紹介したら「私もこの四月から・・」と、同年輩のリタイアリー。打ち解けるのも超簡単。第一回は「茶碗蒸し」と「切り身魚の煮付け」。皆さん熱心、基礎知識(経験)は僕のほうが勝ってるな、とは思ったけど。また新しい世界が始まった。楽しいとは思ったけど。もしかしたら「ささやかな勝ち組」でないと駄目な楽しみかな、と思ったり。いずれにしても、我々世代を対象の新ビジネスは当たりそう。さて、台所を任して貰う交渉をするかどうか、ここは考えどころ、かな。

  日付(10/5/19)    団塊いかに生くべきか  

サラリーマン時代の同志と待ち合わせて久しぶりに飲んだ。どんな話になるかな、と思っていたが、暇のつぶし方、健康法、旅、年金・・・世の中で言われている通りの団塊の話題が弾む。やはりこれからの残された人生をいかに価値あるものにするか。そこに集約される。50坪の農地を入手して週に3日は農耕。野菜を栽培して・・だって、これも凄いな、と感心。とりあえず、「いくら儲かるか」、「食っていけるか」という指標がなくなるというのは、やはりメリット。それを生かさない手はない。快い酒で、またちょっと二日酔い気味。

  日付(10/5/15)   若さは年齢だけではない  

近所のスーパーに割引券があったとか。急に思いついて市民会館のコンサート。空席一杯。一部は素人のカラオケ発表。皆さん、プロはだし。でも素人カラオケはやはりグラスを片手にの方が良いな。第二部、第三部は山本リンダと三田明のワンマンショー。聴衆は、と見れば殆ど全員団塊の世代の男女。この二人も今年は60歳と、63歳。しかし、若い、元気。客席の我々との違いは何だろう。唄う曲は、とにかく懐かしい。なるほど若い世代が聞いても楽しさ十分の一以下かな。最初は、客席を見ながら、「アー年取ったな」という感慨。でも、二人の歌う姿を見て、「まだまだ、頑張らなくっちゃ!」と元気付けられた。一曲一曲で、思い出をたどる。目をつむると色んなシーンすら浮かんでくる。これこそ歌の、音楽の価値。良いものだ。ペンディングしていた、音楽からみの趣味も始めなくては、と、刺激を受けた。(でもどうすればあの若いスタイルが保てるのだろうか。謎。)

  日付(10/5/11)    だからこそ言える  

新進気鋭の書家に武田双雲という若者がいる。確かに魅力的な字だなとは思うがそれ以上でも以下でもない。でも彼が今日テレビで話してた一言には心が動いた。「だからこそ言える」というセリフの価値。マイナスのイメージの言葉を入れると分かる。「貧しいからこそ言える」、「失敗したからこそ言える」、「失恋したからこそ言える」、勿論成功でも良い。「当選したからこそ言える」、「出世したからこそ言える」、そして当然「リタイアしたからこそ言える」。確かにこのニュアンスは"I can say only because"だけでは言えない何かがある。応用範囲が広いなと思いながら聞いた。発想、経験、状態・・プラスアルファがあってこそのセリフ。さて、リタイアしたからこそ言える・・いっぱいありそうだが、言って何になる?

  日付(10/5/5)    本当はもっと筋書きがあるはず  

50年ぶりとか。好天続きのゴールデンウイークが終わった。読書とエクササイズのみで終わったが、テレビのニュースは鳩山・沖縄普天間ばかり。ここまで高度な政治的な問題を庶民の日常会話に持ち込んだのは政権交代の大きな成果か。歴史を振り返れば大きな政治的変化にはもっともっとプロの目の裏や表があったはず。本当にこのままこんな素人の衆目の中で、進んでいくのだろうか。もしかしたら、もっと大きな筋書きの中で、政治もマスコミもそして我々も動かされているのかも知れない。そう思いたい。折りしも、北朝鮮金正日が中国入り、もう一つの大きな動きがある。日本のみが余りに素人くさい。プロ達は何をしているのか。期待もある。

  日付(10/5/3)    ゴールデンウイーク  

「毎日がゴールデンウイーク」と息子が言った。確かにそうだ。これからは、こんな時期には家でじっとしているに限る。今年は、特に凄い。1000円高速、久々の好天、そしてもしかしたら、一年半のリセッション下での我慢疲れも。人出が多い様だ。こちらは、テレビと読書三昧。
昨日の遼君には興奮。18歳でナンデ?と言わざるを得ない活躍。もう、現実とは思えない。解説者の言うように「解説は不要。ただじっと見ていましょう」。この若者にはやはり、何かある。オールバーディー54だってあり得る。日本人初のメジャー制覇だってあり得る。何が起こっても不思議ではない。でも特に凄いのは人間性。周りが全て好感を持って応援している。これもまた奇跡的。爽やかな気持ちで手を叩く。
本棚で寝ていた堺屋太一の「平成三十年」をふと思い出して読む。これが書かれたのが平成十年と知り、驚き。これで政権交代も予想していたら、凄いんだけど。でも随所に現実に起こっていることが予想されている。官僚政治の流れは止められないという前提に立っているところが限界か。そうしてみると、民主党のこの半年のチャレンジは多くの意味がある。こういう読み方も面白い。
時々片づけをしたり、運動不足解消のために公園の周りを歩いたり。これぞ、悠々自適か。

  日付(10/4/30)    雪の立山  

添乗員の旗の後ろをついていくツアー旅行というのは果たして何年ぶりだろうか。おそらく最後は高校生?余計なことを考える必要ないし、とにかくついて行けば良いわけで何とも楽。「冬の立山・黒部アルペンルート」のツアーに参加してみた。朝の東京は豪雨、山中に入ってからどんどん青空。室堂平では驚くばかりの好天。かの、「雪の大谷」も少し歩けた。夜の、満月に照らされた天狗平も幻想的。ところが、夜半から暴風雪。翌朝は予定変更を余儀なくされる程の雪。またまた自然の驚異を目の当たりにした。人間の人生なんて、いかにも点。ゴールデンウイークを前にして参加者は殆ど退職者と思しき老年予備軍。皆さん、旅行慣れしていてお行儀も良い。ルールもエチケットもおそらく団塊組は優等生かも。こんな「つまみ食い旅行」も珠には悪くないな、と思ったり、やっぱりもう少し自由度も、と思ったり。

  日付(10/4/27)    何に平等?  

民主主義が本質的に持つ矛盾点がやたら目立つ。格差是正、民意重視、人類皆平等、でも、と、引っかかる。平等って何?何に対して平等?生き物皆平等?自分の経てきた歴史から、せめて努力、能力、社会に対する貢献度、に対する平等にこだわる。一応歴史は共産主義の敗北を示した。何故なら、人間ってやはり何らかのモチベーション、もっと言えば競争における勝利を求めて頑張るから。やはり自由競争は是、格差が生じるのも是、それらを認めたうえで、どうしても生じる敗者、弱者を社会が積極的に救うシステムが必要。それがセーフティーネット。何故それを声高に叫ぶ政治家が出ないのだろうか。何故自分の力で子供を育てることに生きがいを持って頑張っている人にまで子供手当てを出さなければならないのか。日本は世界に成長させてもらってきた。これからも世界の中で生きていかねばならない。(世界との格差は認めながら)日本の中だけの平等を叫んでも余り意味はない。鳩山さん、民主党さん、誰にも良い顔をして、誰からもサポートされて、皆が幸せに・・なんて本当に可能なの?最近ニュースを見る機会が多くなってくるだけに、どうもがまんできない。

  日付(10/4/24)    角館の桜は遠かった  

退職後、初めての遠出。角館の有名な枝垂桜を見ようと、ウイークデーに計画した。ところが木曜は曇・雨。途中の福島辺りは雪景色。えっ、これが4月後半の天気?例年混む時期だから、武家屋敷辺りはかなりの人。でも、桜の蕾はまだまだ固い。急遽、予定を変更して八幡平方面に雪見に。宿も変更して、途中の湯治場、新玉川温泉に宿泊。周りは雪景色、ちらちら粉雪も舞った。強酸性、硫黄臭の強い温泉。確かに「湯治」に良さそう。翌日、話題の玉川温泉にも寄ってみた。多くの「何らかの病持ち」と思われる人達が、その効能に期待して、押し寄せている。宗教やおまじないに比べれば、十分科学的根拠もあるのだから、こんな辺鄙な所でも多くの人達がやってくるのも頷ける。ついでに八幡平の雪の回廊をドライブした。この天候不順はひどい。東北にいつ桜が咲くのか、新緑の季節は本当に来るのだろうか。
ゆっくりと時間を考えずに旅をするなんて、もしかしたら人生で初めてのことかも知れない。ポケットに入れた携帯も鳴る訳でもなく、帰宅してもメールが溜まっている訳でもない。「第二の人生」を考えるには、スタートとして「旅」はなるほど良い。

  日付(10/4/20)    やっぱり世界の中の日本  

ようやく会社が遠くなってきた。でも、メールを開くとどうも仕事モード。昔の仕事仲間とゴルフをしてもついつい会社の話。昨夜は女性ばかりの華やかな送別会。またまた会社生活が主題。まだまだ会社生活を引っ張っている。(だって、38年もやってきたんだから、仕方ないでしょ。)でも本を読むのも楽しいし、ビデオを撮ってゆっくり観るのも楽しいし、朝のごみ捨てだって、身の回りの掃除だって。兎に角、時間があればやるのに、と思ってきたことが、ゆっくり、じっくりできる。この楽しさがなくなる日が、やっぱり来るのかな・・・。
一人で時間を楽しんでいても、やはり世の中の動きは気になる。日本人って、やっぱり幸せそう。政治も相変わらずショー化して。一応世界を舞台に生きてきた身としては、「ねえねえ、本当にこんなことを続けていて、この国は大丈夫なの。」と心細くなってくる。そりゃ庶民の目線で、格差を無くして、皆平等で、平和で豊かな暮らしができれば、こんな良いことはないのかも知れないけれど、これまでもこれからもこの国の豊かさは全て海外に頼っていることを、忘れているんじゃないかなって。今更、鎖国政策は無いんでしょ、って。やや子供じみた政治やマスコミを見ていて、イライラは募る。

  日付(10/4/16)    世界は揺れている  

小説家を目指した先輩から、このホームページに対し、励ましのフィードバックを貰った。単純に嬉しい。アクセス数も、順調にふえている。誰かが読んでくれているんだな、と思うだけで、今夜も書くかな、と。ある種の自己顕示欲だとは思うが、これで一儲けも無ければ、立候補も無いのだから、誰かが興味を持ち、読んでやろうかな、と思ってくれるなら、それで満足。僕自身が「何らかの社会とのコンタクト」を保っている、と感じれれば良いのだから。
でもこの天候、酷い。今夜は広く雪とか。桜吹雪の感想はもう書いてしまったのに。アイスランドの噴火、中国奥地の地震、マグマの怒りは収まらない。日本列島も地震で揺れている。日米関係が収まらないと、地球も大人しくならないのかも知れない。

  日付(10/4/15)    やはり人間  

現役時代から親しくしていた友人の奥様が亡くなって、告別式。どんな葬式でも誰かが亡くなるのは悲しいが、未だ若い人は特に悲しい。運命のいたずら、生きることの厳しさを感じる。彼のメッセージに「周りの人達からの生存中の思いやりに対する感謝、と、これからもよろしくという願い」が、あった。人間って、一人では生きられない、喜怒哀楽、全て誰かと一緒だからこそ。そう思うとやはり、社会の中の人間関係、誰かと共に生きているという意識、それが人間であるという証か。涙をこらえながら、ガンと転移と闘った報告をする彼に、涙した。生きるのは、嬉しい、楽しい、でも苦しい、淋しい。最後は同じなんだけれど、結局生かされている間は精一杯、それしかないのかな。いかに生きるか、考える日。

  日付(10/4/11)    今日がベスト  

久しぶりの近所の散歩。「ホントの花吹雪」に当たった。桜の木と、風の方向と強さと、色んな条件が合わないと、これほどの「花吹雪」には会えないだろう、と思うほどの、感激。今、読んでいるのは「今日よりよい明日はない」というエッセー。「今日より良い、今日より進んだ、明日」を目指して生きてきた人間にとっては、ダメなのかも知れないけれど、丁度このタイミングにこの本を読んでいるのは偶然ではない。何のために、何を目指して生きるのか、という本質的テーマを良い時に考える。「余り考えなかったな、兎に角生きるのに精一杯、あえて言えば、自分が何が、どこまで出来るのか確認したい」ということで精一杯の生き方だった。「今日、今がベスト」という発想は無かったな、と感動の花吹雪の中で思った。おそらく、これ程のタイミングは将来もそうそう無さそうに思えたから。

  日付(10/4/6)   まだ送別会

間もなく一週間になろうというのに、元の会社の一部門の送別会。たったこの5,6日の大きさを実感する。退職を祝って貰って、美味しい酒を飲ませて貰って、幸せ。でもね、分かってね去り行くロートルの一言。変化を楽しんで、良い方向に行くよう様、戦ってね。のんべんだらりで昨日と同じ明日は無いんですよ、って。又もや意味の無い先輩風。でも嬉しかったな。

  日付(10/4/4)    やはり桜は美しい

桜、満開。あの強風でも全く散っていない。桜の花びらは非常に強く、己の責務を全うするまでは散らないのだそうだ。受粉が済めばさっと散る。この速さが、人の、日本人の心をうつ、とか。刀と一緒にして、軍国主義に利用されたり、皇室と一体感を持たされたり、時には精神主義に使われたり。でも、単純に、綺麗。薄いピンクという桜色そのもが、惹きつける。年に一度の楽しみ。退職した今年の桜はまた格別。

  日付(10/4/1)    ホームページスタート

とうとうこの日がやってきた。厭でも、というべきか、やっと待望の、というべきか。妙な感慨はある。昨夜は気のおけない仲間のみの送別会。最後の最後は午前2時!「良い歳をして何やってるの」「ま、今夜位は良いにするか」などと自問自答。ビジネスホテルで夜を明かし、のこのこ帰宅。昨日までの寒さから一気に暖かい南風。4月だ!ゆっくりと椅子に座って、さてと、何から手をつけるか。帰りの車中で考えた。これからは、「今日できることは今日やる」。「今日やらなくても明日」と言ってしまうと、負けそう。

現役の頃、社内向けにブログを書いて、結構沢山の人から好意的な反響をもらって、それがこのホームページの発想の原点。閑職になってからは「趣味人倶楽部」というSNSに日記を時折投稿。その内容はこちらに。日記と思いつくことを思いつくままに。

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