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  徒然に ・・ 今日の出来事・今日の思い(2020年)

 

    日付(20/12/29) 危ない年末

今日車に乗って、エンジンをかけた時、何か異音を感じて気になった。ディーラーに相談しようと電話をしたら留守電でもう正月休みとのこと。そのまま乗り込んだ。止まる度に異音が大きくなったり、アクセルを踏んだ時に違った音がしたり、とは言いながら買い物をし、ガソリンを入れ、買い物のおすそ分けをもって3男の家に立ち寄り、無事帰ってきた。ところがその後家内が用事で近くの知人宅に。そこからの帰りがけに電話があった。エンジンが掛からないという。仕方がないので軽に乗って様子を見にいった。もう暗くなってエンジンルームも見えない。保険会社に連絡を取り、レッカー車に来てもらった。バッテリーがあがっていて、スターターが動かない。ディーラーも休みだし、仕方がないので、我が家の駐車場まで運んでもらった。これで正月明けまで待つことにした。どうも発電機が回らなくなっているらしい。よくぞこんなトラブルですんだ。昼間の他の場所だったらもっと大変だった。車検も定期診断もディーラーの言うがままにちゃんと受けているというのに。でも、保険会社の連絡網とフォローには今回も感謝した。レッカーの手配、それからのフォローなど完璧。ディーラーの窓口も1月休み明けの手配まで繋がった。日本のサービス業の競争は、いよいよこんな時のフォローのレベルの戦いにまでなっている。消費者としてはホッとする。でも、来年になったら、ディーラーがうるさくなるのだろうな・・・運転の止め時が来るのだろうか。事故でなくて良かったと感じる年末。

    日付(20/12/26) 安倍政治不信

子供たちは現実の政治と言うものをどう学んでいるのだろうか。確かに自分自身を振り返ってみても学校の教育で学んだ印象はない。教科書に書いてある内容は学んでいてもいつの間にか、現実の政治の裏表、平然と流される事実と異なる情報など不思議と思わなくなっていた。安倍前総理のモリカケサクラ等の問題について総理の言うことが真実だと信じていた人が一体どれ位いたのだろうか。当方などいずれも「よくもこれだけ白々しく・・」と思いながら聞いていたが、現実の国際問題や日本国政については個人の考えよりも政府としての考えが重きを出すので大きく国を裏切るようなことは無かったのではと思っていた。今回、サクラについて嘘を並べていたことが明らかになった。全て秘書が勝手に・・・と言われてもこれまたああそうですか、と納得する人もいないだろう。マイクの前で「全国民や全国会議員にお詫びを・・」という姿をみて、第二次安倍政権前半に大きく支持したいと思ったことが悔やまれる。田中角栄が最後にロッキードで逮捕されるに及んだ歴史と比べると何ともチイサイ。どうせ悪事を働くならあれ位の度胸を示してほしいと感じたのは、我々の(古い政治家の感覚がわかる)世代のせいだろうか。何れにしろ子供たちがこんなニュースの中で育って、政治とか政治家と言うものに対してどんなイメージをもつのか、それが将来の日本にどんな影響を及ぼすのか。決して楽観はできない。

    日付(20/12/23) コストコ

10月に、車でちょっとの場所にコストコが開店した。米国からの倉庫スーパーである。物流用パレットそのものを展示用に用い、大量・廉価販売のビジネスモデル。この種の店は自宅の小さい日本では流行らないと思っていたが、コロナ騒ぎもあって消費者動向も変わっているとか。二人暮らしの当方など何の関係もないものと思っていたが、家内が英会話の先生に連れて行ってもらって大興奮。みんなで買えば怖くないとばかりに色んなものを買ってきた。見れば輸入品が主だが、そこは日本。日本人受けも考えた商品になっている。会員制とのことで、会員登録のためにノコノコ出かけた。当方が「自営業」登録をしているものだから「ビジネスメンバー」とかで優遇措置もある。行って会員になって一回りすると驚きの連続。20数年前の米国駐在の頃を思い出す。客層を見ると熟年は少なく、若い夫婦が多い。おそらく仲良しや近所で仲間を作ってまとめ買いをしているのだろう。数家族でパーティーなどをやるにはもってこいか。生活用品のみならず食品でも大量販売でこなしている。果物などは魅力的。二人では食べきれないほどの買い物をしてしまった。倉庫とは言ってもできたてのクロワッサンなどは美味い(でも、翌日も、翌日も・・・これが困る。)。肉類などは本当に美味そうだが、単位が大きく流石に買えなかった。我々の子供たちの世代からこんな所で鍛えられるのだとじっと見ていた。その後の孫たちの時代にはどんな新しい生活が待っているのだろうか。そんなことを考えながら最後はアルコール売り場で時間つぶし。ワインもウイスキーも日本酒も・・・手が出る。新しい日本。

    日付(20/12/20) 自由と平等

新型コロナのお蔭で、この件を考えることが多い年だった。発生源の筈の中国は何とコロナ対策の優等生になってしまった。自由主義国は自由度が高いほど(?)第2波、第3波で苦しめられている。自由を優先させるほど感染症は止まらない、平等を考慮するほど不況対策も高くつく。どこかで線を引く必要があっても、平等と言う点から線が引けず、どんどんバラマキになっていく。このままいくと、自由主義国は揃って2020年問題から今後財政赤字問題で苦しむことになる。だから共産主義や社会主義の方が良いかと問われるとYesと言える人はそうはいないだろう。ワクチンが救世主かも知れないけれど、よしんば効能が高いとしても、同一国の中でも、世界の中でも接種の順序の問題、誰がその費用を支払うかの問題、副作用が表れたりすればその責任の問題など民主主義の根幹に関わる問題が続きそう。民主主義は時間が掛かるだけに、その間に中国やロシアが先に完全解決したりすれば政治体制の優劣迄決まってしまう。これまでに習った常識では、左は左で平等は得意でも自由は制限されるだけに周りで見ているほど巧くはいかないというのだけれど。どうだろうか。これまた人類の歴史の問題になるのだろうか。

    日付(20/12/17) どうなる?年の瀬

菅新内閣も戸惑っているのだろう。ここにきての感染者数の増え方が凄い。欧米はロックダウンを再開し、K防疫を誇った韓国も第2(3)波だ。これまで色んな仮定に基づいて誉めたり、けなしたりしてきたが、どの国の政策が正解とは言えないようだ。それはまだこの感染症の真の姿が捉えられていないから。命か経済かと問われて、命だと言い、両方だと言い、でも選択ができない。日本は死者数が少ないから、特に働き盛りやそれ以下の若者の重症度が低いから、何とか社会を動かして経済を回したいという気持ちは良く分かる。でも、この3波で医療機関への圧迫が強くなってしまうと経済経済とは言えない。この影響は1年や2年で消え去りはしないだろう。ここは全国民が覚悟を決めて、年末から新年を静かに迎えることだろう。今年ずっと言い続けたように、都会から田舎へ、オフィスから家庭へ、人工から自然に・・・価値観が変わらざるを得なくなっていく。ワクチンや特効薬を期待する気持ちと、全く異なる幸福感を探す気持ちと・・・あと半年後、どんな世界がやってくるのか。ついつい自分の年齢を忘れて10年、20年後を予測している。

    日付(20/12/14) 新型コロナワクチン

英国から米国へ。ワクチンの接種が始まった。「藁にも縋る」というのはこのことか、歴史上ではワクチンの開発には3〜5年はかかると言われているのに、1年以内で実用化された。暇に任せてワクチン周辺を調査したが、このCOVID-19用ワクチンは正に人類の技術の新しい挑戦である。DNAのアミノ酸解析が全て可能になったのは'70年代も後半。それが今やウイルスのDNA解析結果からmRNA(メッセンジャーRNA)を合成してこれを無害なウイルスに入れて接種するのだとか。早ければ数か月で開発可能とのことである。今話題のファイザーもモデルナもこのタイプとのことだ。こうやって学んでみると副作用の心配は少なさそうに思える、が効果(効き目)は保証されている訳では無さそうである。mRNAは熱に弱い様で-70℃での運搬や保管など、従来とは異なる問題を含んでいるようだ。ただ、もしこの新型ワクチンで、人類がコロナに勝つことができれば技術革新の勝利と言える。自然なワクチンは生ワクチンでこれが最も効き目も大きいのだが命がけの歴史を必要とする。医学の世界であった。今やDNAワクチンは化学(生化学)合成の世界でイノベーションの成果である。野口英世や北里柴三郎の世界からワトソン・クリックの二重らせん構造へ、そして今や人工ワクチンである。技術の歴史を目前で見ている気がする。

    日付(20/12/11) 静かに正月を

菅首相も政府も何に最も拘っているのか。おそらく世界に比して日本は死者も少なく結果として感染の影響が少ない国である。何とか制御に成功してオリンピックを実施したい。ワクチンも接種が始まった。このスレスレの状態で乗り切りを図っている。ただ、統計的数字を見ると、一日の感染者数も、重症者数も、そして死者数までも、この新型コロナに限ってみると良い兆候は見られない。(1日の日本人の死者数の中での比率、今年のインフルエンザの患者数の少なさなどのデータはあるのだが)。今後2週間で自信が持てるかどうか。今の流れをみると良い機会だから新年を「自粛」に徹するのが良いのかも知れない。感染の広がりより経済の復活の方に重点を置くとしても、「静かな正月」が正解なのかも知れない。少なくとも企業活動はこの期間は止める覚悟も準備もしている訳だし学校も冬休みである。緊急事態宣言を出して日本人が数日間全てを止める、と言った策をトライしてみるのも悪くないのではないか。予測しきれない変化の中で、世界と違う形で解決を図るのなら、正月休みを使わない手はないな、と思う。こんなことを言っていると、「だから社会主義的アプローチが正解なんですよ」という人が現れそうだが、ただ、解決を急ぐのならそちらに走るしかないのかも知れない。勿論具体化には日本的「おもいやり」を詰め込めばよいとは思うけれど。でも、菅首相もなかなかガンコな様で・・・3.11の後の民主党政権のアクションを振り返っている。

    日付(20/12/8) 「平等」ということ

何度も書いているが、コロナ禍で民主主義について考えることが多い。まずは中国やロシアの様な共産主義、社会主義の方が、国の一体化がやり易いという件があからさまになって、そうかもしれないと思わせた。ただ、その陰には平等から外れて何も言えない少数の犠牲は必ず含まれている。その次は「バラマキ」の問題。民主主義社会では、困っている人を救おうと言っても、「困っている人」の定義に手間取る。国民一人10万円などという政策は、線引きの難しさから出てきた。「全国民一律に」というのは正に平等。その為に12兆円もバラまいた。これが理想的民主主義だろうか。どこかで線を引いて、本当に困っている人に・・・そう考えるのは簡単だが・・・難しいのだろう。さて、次に来るのはワクチンの接種。何しろ、信じられない速さでできたワクチンだから、誰もが副作用が怖い。アメリカでは前大統領がみんな接種するという形で安全性を訴えるとか。安全なら安全で、さて誰からどんな順番で、という問題も大きい。何十億人と言う地球上の全人類にどう行き渡らせるか。これだって「命の平等」への挑戦である。75歳以上の医療費負担を増やす問題も政治問題化しようとしている。今年、当方の負担が3割から2割に下がった。去年の所得が少なかったかららしい。新しい保険証をもらって歯医者さんが気がついた。なるほど、下がっている。個人事業者にしているものだから、年収はコロコロ変わる。75歳になった時にどんな姿になっているかまだ想像できない。今の政治の議論を聞いていると当分1割かも知れないけれど、この種の線引きは難しいのだろう。我々は、決められた法に従うしかないのだけれど。「平等」は難しい。

    日付(20/12/5) 冷静にコロナを見たい

東京ではこれまで最高の感染者数とか。多くの記事や情報が躍る。最近トンと聞こえないのがEUの情報。ヨーロッパでは、ロックダウンも増えていると聞くがどうなっているのか。米国の感染者数は群を抜いている。日本のPCR検査数はいくらなのか、今でも発表されるデータを正直には信じられない。感染者数、重傷者数、そして死者数。1波、2波、3波のきれいなカーブが示されると、「なんでこんなきれいなカーブになるの?」と疑ってしまう。日本では相変わらず検査も、発表も皆保健所経由のコントロール下にある。検査法も開発されていて、唾液検査なら5分で結果が分かる。抗体検査も、抗原検査もある。多くの医者や病院も自分がどう関わるべきか、自由度が無さそう。余計なことはできない、下手に手を出すと今後仕事ができなくなる。1日の死者数などは脅しにすぎないのではないか。もっともっと多くの病気で、もっともっと多くの人たちが亡くなっているのをついつい忘れているのではないか。そんな疑問が湧いてくる。それが分かっている人達の中から、「だから経済を早く動かさねば」という人達が現れる。昨日の菅総理の記者会見、この部分が本心なのだな、と思わせる部分に欠けていた。お役所発表そのもの。民主主義の「人皆平等」論に立てば、正直にはなれない。政治家とはつくづく大変な仕事だ、と思った。

    日付(20/12/2) 誰が全てを見渡しているか

久しぶりに千葉の眼科に行った。年に1回の緑内障チェック。この点はまたもや継続チェックになって、多分死ぬまで大丈夫そう、と思った。ところが眼底写真で引っ掛かった。もう歳なので気にしなくても良いのだが、(加齢)黄斑変性症。確かにヘコミがクッキリ。自覚症状は何もないので継続チェックだが、進む人は簡単に見えなくなる、とか。そう言われると「これが理由では死ねない」病なので、ちょっと気を付けようか、となる。こうして老人は病院通いが増えていくのだな、と思いながら。病院も、駅周辺も、徐々に人出が戻って、通常の様に見える。日本中でGoToトラベルも活況の様で経済の復活傾向も見えてきた。でも、感染者、重傷者、そして死者も増えていて、正に第3波。政治は苦しい選択を迫られている。自粛の幅を拡大しているが、さて、本当に今の傾向が飲み屋さんや、ホテルや、そんな所だけで増えているのだろうか。ニュースを見る限り、色んな所でクラスターが発生している。「自粛」で止まりそうには思えない。ここは、新たな仮説と指針が必要なのではないか、と思う。当方が最も心配するのは「バラマキ政治」のコントロール。次世代、次々世代に信じられない大きさの借金を残そうとしている。誰が、それも含めて「コロナ時代の俯瞰」をしているのだろうか。

    日付(20/11/29) バイデン大統領に期待

米国の大統領選挙はトランプがまだ負けを認めないとかで混乱は収まらない。ただ、トランプの獲得票は驚くほど多かったがそれでも差は大きかったようで、政権移行は始まったようである。バイデンの勝利宣言を聞いた。流石にプロの政治家と言えるか、紳士のメッセージである。曰く、「一国主義ではなく世界を」「民主党でも共和党でもなくアメリカを」とやや理想主義に聞こえるが、我々の思う「本来の米国大統領の演説」である。トランプが強かったことを考えると、来年からは大変困難な状況になるのだろうが、でも同盟国日本としては、たとえ譲歩の度合いを上げてでも共に歩んで欲しい。日本は自信を失っては駄目だが、「もう経済大国ではない」ことを認識して新しい同盟に向かっていかねばならない。日本でもトランプにならなくて落胆している人達も多いようだが、せめて民主主義大国を自負して世界を俯瞰する両国でありたい。経済面ではいじめられることになるのかも知れないけれど、それは仕方がないのではなかろうか。もう、「良い所どり」だけではやっていけない。韓国が迷っているように「米国か中国か」を問われる新年になるだろう。

    日付(20/11/26) 高齢者の誕生日

昨日、73歳の誕生日だった。息子や孫が「おめでとう」と言ってくれるけれど、さて何がめでたいのか。有難うと言いながら悩んでいる。「ここまで生きられて良かったね」という意味なら、なるほどと思えなくもない。見渡してみると、なるほど高齢者が元気である。菅総理はもうすぐ72歳、麻生副総理は80歳、トランプ大統領は74歳、バイデン次期大統領はまもなく78歳。何とも高齢者が牛耳る世の中である。デジタル化が遅れるのも無理もない。確かに若い方が良い、とか若い方が革新的とか一概には言えないが、若い人の方が先が長いのは疑いのない所。やはり若返りは必要だろう。でも個人としては世の中のリーダーシップを同世代が取っているとなると、目を離すわけにはいかない。身勝手な高齢者にならないよう、本当に世の中にとって必要な革新は何なのか注目はしたい。でも、麻生さんやトランプさんは腰や膝が痛くなったりしないのだろうか。「元気で、ボケずに長生きする方法」も、大切な政治のテーマでもあるように思える。ガンバラナクッチャ!

    日付(20/11/24) 淋しい年末

秋の3連休も終わった。ただ、コロナはいよいよ第3波、全国的に拡がっている。対策が何もないのだから冷静に考えれば当然なのかも知れないが、そうは言っても皆どんな感染症かも知ったし、「うつらない、うつさない」術も分かったはずだ。確かに欧米では酷い3波が荒れている。日本だけが免れることができる保証はない。ニュースを見ていると、京都や箱根などの混雑ぶりは「もう耐えられなくなったみんな」の姿である。我が家は先日、次男が出張のついでに立ち寄った。家族を呼ぼうとしたが、3男は「ゴルフなら付き合うけれど」と都合の良い返事。結局日曜にゴルフをしただけ。夕食は共にすることなく帰った。代わりに長男が夕食だけ参加したが、それで「正月が終わってしまった」。この年末から新年は家族で集まれないという。淋しいものになりそうだ。1年ぶりに顔を合わせた家族だが、「それぞれ気を付けて頑張ろうね」で終わってしまった。やはり、ワクチンや特効薬が完成しない限り、このパニックは収まらないのだろう。一人一人がこの時をどう過ごすが、「生き方」さえ問われているように思う。

    日付(20/11/20) トランピズム

トランピズム(トランプ主義)などという言葉ができたようだ。確かに大統領選挙で当選した前回より多くの得票を得、未だに敗北宣言をせず、新政権への引き継ぎもしようとしていないらしい。我々が得る情報は多くのフィルターを通して来るから、一方的な見方に偏るのかも知れない。でも、どう考えても理解できない現在の米国である。保守対革新でも、富裕層対貧困層でも、知識人対庶民でも、都会人対田舎人でも、母国人対移民でも、どんな概念で説明しようとしても一概には言えないようだ。「正直者はトランプ」などという解説もある。これさえ「誰に、何に正直か?」が問われている。平気で前言を覆す人を正直者とは言わないだろう。当方など、「トランプでなかったら共和党でも・・」と思っていたが、どうも理解できないのは共和党員がなぜトランプで一体化できるのかである。知識人も良識人も沢山いるはずなのに。もしかしたら共和党員はズルく、うまくトランピズムを利用しようとしているだけかも知れない。何となく信頼できない米国の政治家達。さて、それと比較して日本の政治はどう動いていこうとしているのか、どんなリーダーシップが示されるのか。この年末にかけて対コロナ対策で日本が割れそう。

    日付(20/11/17) ますます個人差が・・

大事件があった時、大事故があった時、落ち込む周りを横目で見ながらそれを逆手に取って、飛躍する人達がいる。大地震でも、大洪水でも、そして今回の様な感染症でも。他人の不幸を使ってとか、自分だけ良い目をしてとか、責められることが多いけれど、「バイタリティー」というのはそういうものなのかも知れない。「サバイバル」という言葉もよく使われるが、人間は一人で生まれ、一人で死んでいくわけで、その間をどう生きるかは、やはり自分自身にかかっている。逆に言うと、問題が大きいほど生き抜く力の「個人差」が出てくる。今回のコロナでも勝ち組と負け組は大きく出てきている。運輸(飛行機・新幹線など)は酷いが物流、特に宅配は多忙を極める。飲食店は大変だが飲食宅配は忙しいようだ。先日友人に聞いてなるほどと思ったのは「ペット」業界。ペットの値段が大幅に上がって周辺業界は盛り上がっているとか。まるで、「連想ゲーム」である。「風が吹けば桶屋が儲かる」式の、影響の出方である。サバイバル能力のある人は、それを毎日考え、どうすれば生き抜いていけるかを考えているのだろう。我々の様に「終わった」と思っている人種は生き抜けないかも知れない。これから暫くは、偶然組、必然組はともかく、ますます個人差が出てきそう。誰もが「万一の場合」を考えておかなければならないように思える。数年後はどんな社会になっているのか興味はあるが怖い。

    日付(20/11/14) 挑戦の11月

新型コロナの勢いが止まらない。ワクチンも特効薬も出来ていないのだから、「うつらない、うつさない」に頼るしかない。欧州は再びロックダウンへ、米国は感染者1000万人突破、世界では5000万人以上。日本でも10万人を超した。でも、死者は余り増えないし、一方経済への影響の方が拡大し、コロナ不況、コロナ倒産が拡大。コロナ格差へと広がっている。高齢者は重症化確率が高いと、ひたすらジッとしている。そうは言っても我々に「座して死を待て」というのか、何を目指して毎日を過ごせというのか。その挑戦の意味もあって、今月は動いている。4日に大阪の大学教授のインタビューがあって、出張した。最先端の「ナノテク」の話を聞いて「科学技術の挑戦」に期待を持った。その夜は友人と夕食をして話に花を咲かせた。翌日は滋賀に居る息子が「生きている内にやっとかないと」とゴルフを計画、これに昔の友人も加わって楽しい時を過ごした(当然、息子に負けて歳を感じた訳だが)。今週は秋の紅葉に挑んだ。毎年、遼君の応援に行く御殿場だが、今年は無観客開催とかで、山梨の本栖湖と箱根の宿を取った。前者はGoTo対象外、後者はGoToでサービス営業。高級ホテルだったが、前者の方が良かった。今、GoToが騒がれていて、驚くほど多くの人が(普段行けない)高価な宿を楽しんでいる。確かに弱り切っている観光業界には大きな助けなのだろう。でもな・・と思ったドライブだった。常にマスクをして、密を避けて、気にしながら動く「新しい日常」。でも、少し位挑戦しないと・・と思う。有難いことに「今、やらねばならぬこと」は頭の中を駆け巡っている。予定がある幸福である。今日は旧友たちとゴルフ場へ。秋の好天を楽しんだ。皆、フラストレーションの中に居る。小さな挑戦を続けて、感染と闘いたいものである。

    日付(20/11/11) どうなる?米国

不思議な結果である。バイデンが勝利宣言はしたが、トランプは未だに敗北宣言をせず、法廷闘争へ、とか。でも、不思議だった。投票率は何と66%!!これは凄い数字である。もう一つ、トランプの得票数は2016年の前回を上回ったとか。負けたのだろうけれど、ここも信じられない。次の政権の運営の難しさが見えてくる。勝利宣言で話した、「民主党でもない、共和党でもない、我々はアメリカ国民である」という、理想主義的メッセージで、さて何ができるか。心配である。こんなにも米国は狂ってしまっていることが苦しい。バイデンはおそらく「本当の政治家」だろう、そこに賭けるしかない。オバマが特に何もできなかったように、今回も実績が上げられないようであれば、本当に「民主主義の敗北」が来るのかも知れない。まず、来年から2年、米国は、世界はどう変わるか、もしかしたら人類が問われるのかも知れない。まずは「頑張って」と祈るしかない。

    日付(20/11/6) 米国の民主主義ピンチ

5日に行われた大統領選挙の開票が続けられている。ニュースを見る限りバイデンが勝ちそうだが、トランプはそう簡単に負けを認めそうにない。今朝の記者会見にはやや呆れた。こんな場をもってこんなことが言えるのも自由民主主義か。今回の選挙をちゃんとやるのは現政権の責任。不正が行われたとしたらやはり現政権の責任だろう。それをトップの大統領が堂々と否定してかかる。開票のやり方についても言いたい放題。自由民主主義の統領であったアメリカの大変化である。当方などなぜトランプにこれ程支持が集まるのか分からない。でも歴史上多くの全体主義が盛り上がった時はこんな姿だったのだろう、と思わせる現象である。大企業の経営者も、ラストベルトの白人労働者も熱狂的トランプ支持者がサポートしている。「共和党支持者の中にも・・・」という一言を聞いてホッとする。コロナ対応の「命か経済か」とか、「それでも自由を」とか、考えさせるテーマは多いけれど、やはり一人一人が自由に考え、でも多数で決まった事には従う義務は守りたい。最終的疑問は「多数は正義か?」になる。「コロナ禍の中の大統領選挙」は間違いなく、米国史、世界史に残る。毎日目を離せないニュースが続く。誰もが納得する終わりにはなりそうにない。そこに民主主義の正義を見たいけれど。

    日付(20/11/1) COVID-19感染

新型コロナ感染騒ぎが収まらない。欧州では再び感染者数が急増、イタリア、フランス、ドイツ、スペインと軒並み初期の頃と同様のロックダウンに踏み切りつつある。確かに、特効薬もワクチンも出来ていない訳だから、克服したと言えるはずはない。でもこの急増の理由は何だろうか。日本でも北海道、宮城と北から順に増加傾向。これで再び日本が覆われると大変なことになる。タダでさえ今年前半の自粛生活の影響で、経済への影響は計り知れなく、ジワリと表面化しつつある。おそらく政府も非常事態宣言や休校措置などは簡単には取れないだろう。昨日まで出張で、香川・大阪を回ってきたが、日本人のコントロール振りは外人さん達には出来ないレベルかも知れないけれど、そうは言っても日本人だけが救われるものでもないだろう。これからの温度や湿度の変化に伴い同様に第3(2)波が来ないことを祈りたい。先日、久しぶりに会社の同期生のゴルフがあって、その時に参加者の一人が「東京で3月の段階で感染した。」との話題があり驚いた。色んな所でこの話題にはなるが、元感染者に直接会ったことはなかった。多くの経験談を聞いたが、やはり「周囲の見る目」は厳しそうだ。我々も余ほど心しないと、本能的に差別しかねない。感染者本人には何の責任も無いケースが多いのだから。これと同じことがまたまた世界中で増えて行こうとしている。人間が鍛えられているのは肉体の病気もだけれど、メンタルな部分も試されているのだろう。1年で終われば良いけれど。腰を据えての闘いが求められているようにも思う。

    日付(20/10/27) オピニオンリーダー

今、社会のオピニオンリーダーとは誰のことで、我々の意見はどうして決まっているのだろう。新聞、テレビなどのメディアには影響されているし、ここ数年はネット上のやり取り、書き込みにも少なからず影響を受けている。ある程度標準的メディアに目を通した上なら良いが、いきなりのネットオピニオンなら首を傾げる。誰でも好きなことが言えて、良い社会だと言えなくもないが、やはり一定のルールは欲しい。一番良くないのは「無責任」、特に無記名や匿名の意見で、言いたい放題はかなわない。若者たちは新聞は読まないという。ネット上の数行のニュース・解説で分かったと思ってしまうらしい。せめて三つくらいの「何故?」のステップは欲しい。この多様な価値観の中で本当の自分の意見を持つことの難しさを実感している。今や、自由民主主義より、共産主義、社会主義、全体主義の方が分かりやすく「誰もが平等に幸せになれる」と思う人達が増えているらしい。どちらにも「勝ち組・負け組」が居て、どちらにも強烈なリーダーが現れるのだけれど・・・どうも新型コロナとの闘いは後者の方が強かったようだ。蔭で泣く人達も多そうだけれど。

    日付(20/10/24) もう一つの変化

昨日から今日にかけて驚いたニュース。当方がリタイアする頃、米国親会社から日本に駐在していた同僚だった男が、帰国後会社を辞めて、最終的にフランスの大手食品会社のCEOまで上り詰めていたのは聞いていた。その彼が三菱ケミカルホールディング(株)の次期社長に内定したらしい。日本の大手企業のトップに外国人が就任する話は時々聞かれるが、まさか昔の同僚が日本の化学系最大手のトップでやってくるとは、正に変わりゆく日本企業の典型で驚いた。現役時代から、日本企業のグローバリゼーションは不可避で、こんな事態は予想していたが、まさか昔の友人が乗り込んでこようとは思ってもいなかった。コネやツテではなく、指名委員会で選ばれたのことだから経験も実績も豊富なのだろう。まだ若い頃、欧州出張の折、ベルギーの彼の実家を訪れたことを思い出す。田舎の、でも歴史のある建物のようであった。何にでも食いつき吸収は速かった。今はどうなっているか。ゴーンの様なタイプではないと思うので、日本の産業の正しいグローバリゼーションに貢献してくれることを期待したい。とりあえずは「おめでとう」だろうか。

    日付(20/10/21) 変化の真っただ中

今月は意外に多忙で、1日から四国、12日から鳥取、今日は東京と出歩いている。今日も驚いたが東京もどこか空いている。電車でも、街中でも人が少ない様に見受けられる。ビジネスの話をするとコロナ禍の中で、生き残りをかけて努力して社会の変化に合わせて成功している会社と、今までのやり方に拘って遅れをとっている会社と「勝ち組」と「負け組」が別れてきているように思う。大企業は変化するのは容易ではない。「仕事が空いている人は何か小銭を稼ぎなさい」と言われてもそう簡単に業容が変えられるわけでもない。全日空は5000人のリストラとか、世界中の飛行機会社は苦境に陥っている。これは経営者を咎めても仕方ないだろう。それでもそんな中で生き残る会社と消えていく会社が出てくる。これまで多角化を進めていてそちらに人や戦力を移動して、かつ従業員が例えば給与ダウンでも頑張ると言った会社もあれば、自分の専門に拘って離れていく会社もあるだろう。結局一人一人の生き方に行きつき、サバイバル精神の強さに依存することになるのかも知れない。正に変化の真っただ中、世の中がどう生きるかを問うている。我々年金生活者は、何を変えるべきか、安穏としていては駄目なのかも知れない。病院が空いているらしい。このニュース一つとっても、だから人々の健康が心配、というのか、無駄な医療費の削減につながるとみるのか全く異なる。今起こっている世の中の大きな変化を読み解く必要がありそうだ。何れ「年金削減」だとか、「日本経済デフォルトへ」とか、恐怖の時代が来るのかも知れない。おそらく当方はその時代には生きてはいないと思うけれど。

    日付(20/10/18) Go To トラベル

何かと話題のGoToトラベル。当方など「こんな時に何を」と、政府の方針に文句をつけていたが、実は毎月の四国出張が安価になって、凄く助かっている。今回の義弟の葬儀も突然帰鳥(鳥取に帰る)することになって、大慌てでネットで飛行機とホテルを予約した。これまたGoToの対象で非常に安価になって助けられた。今回の話題はそれに伴う追加のサービス。10月から新たに始まった「地域共通クーポン」。これにはかなり時間を費やした。ネットでツアーで手配した場合、「デジタルクーポン」のみだが、かなりの金額のお土産代をくれるとのこと。これを使うためにはスマホで支払いをしなくてはならない。当方はデジタルマネーは使っていないし、ポイントでの支払いもやっていない。そもそもスマホはSIMフリーでWiFi環境下のみ使える。外にいる時にはポケットWiFiをONしなければならない。鳥取に着いてホテルで説明を読みながら悪戦苦闘。何とかスマホの画面に5000円のクーポンを呼び出すことができた。鳥取を離れる日、デパートに行くと「ここでは電子クーポンは使用できません」ときた。慌てて鳥取駅構内の土産物店で電子クーポン使用可能な店を見つけて買い物。何しろ2人分で19000円分もあって、5000円を使っては次の5000円券を呼び出し、又次の・・・と冷や汗タラタラの買い物だった。家内などは「スマホで支払い」と聞いただけでギブアップ。「高齢者はどうすれば良いの」と不満タラタラ。確かにこの作業を当方のパソコン教室の生徒さんたちができるだろうか、と考えるとおそらく皆さん駄目だろう。菅総理は「デジタル庁」をスタートさせて力を入れるとのことだが「デジタル格差」も生じそうだ。亡き義弟のプレゼントだったかも知れないが考えさせられた事件だった。

    日付(20/10/15) 義弟逝く

11日の日曜、突然の電話。鳥取に住む家内の弟が逝ったという。大慌てで足と宿泊を予約、月曜の朝帰鳥した。何年も透析も含む闘病は続けていたがずっと小康状態だった。まさか病院一泊で逝くとは思ってもいなかった。1歳後輩で、スポーツマン、高校生の時から知っていた。教師仲間と結婚し、3人の子供たちも皆教師。良い家庭を築き上げていた。若い頃は帰郷の度に一緒に飲んだ。周りの人たちも順に亡くなって、今回の葬儀で驚いたのは親戚関連の参席者で当方が最年長だった。これには我ながら驚いた。年月の経つこの速さ。目の前で進む葬儀の一つ一つの儀式を自分のケースに当てはめていた。この1年で葬儀での帰鳥も3回目。懐かしさを楽しむ旅ではなくなった。祈るのは残された家族が逝った人の期待に沿う幸せな人生を送ってくれること。彼の子供たちの姿が自分の子供たちと重なって、自分に迫りくるその日を感じていた。今日はレンタカーを借りて故郷を一回り、祈りの旅が終わった。

    日付(20/10/10) 学術会議任命拒否問題

これは良く分からない問題。菅総理はなぜわざわざ大して問題でも無かった件を問題にしたのか。きっと何か裏があるに違いないと読んでいるのだがはっきりしない。85万人の中から推薦される105人。その選び方だってそれ程民主的では無さそう。その中の6人を拒否したところで大して影響もなさそう。敢えてそれをやったのは、もっと大きな狙いで、日本の大学行政の見直しかも知れない。当方の昔話で思い出してみると、大学の先生にはリベラル(?という言い方は適当でないかも知れない)、いわゆる左志向が多かった。世の中を見渡しても、左は知的?、弁護士と医者、そして学者、加えて先生達。アタマの良い人は左、的な見方があった。それがあってか、反政府的な動きも多い。それに対する挑戦なのかも知れない。こんな組織を政府が無条件にサポートする必要があるのか、ということなのかも知れない。この種の件については、大学改革とか、研究費抑制とか、色んな動きがある。学術会議なんてそんな大きな問題ではなさそう。絶対なくてはならない組織でもなさそう。それが今やメディアも含めて大騒ぎ。政府は慌てているか、それともほくそ笑んでいるか。何かありそうではあるが。

    日付(20/10/7) 大変化が来る

新型コロナの影響は世界を変える。今、どんなニュースを見ても今後を考える時にはコロナの影響を考える。菅内閣にもある種の覚悟があるのだろう。2019年の日本にはもう戻れない。徐々に変わっていくしかない。DX(デジタルトランスフォーメーション)なんて新しく聞こえるがそれをさせない考えが強かった。日本的経営と言われてきたものがなかなか手放せなかった。それに昔ながらの価値観、個人情報管理などがあいまった。挑戦や変革と言う言葉が止まっていた。日本の政治はいつの間にか保守と革新が入れ替わり、新しいことに挑戦するのは政府や自民党、それに反対したり拒んだりするのがメディアや野党側。そんな構図が出来上がっている。菅総理になって、何が起こるか。どうも単なる繋ぎではなさそうだ。人事もまずまずだったし、向かっている方向も面白い。多分、元には戻れない覚悟があるのだろう。ハンコを止めて、在宅勤務を増やして、デジタル化を進めて、最後は民族大移動。地方の時代を志向する。おそらく途中で格差拡大の弊害が表れる。それを突破できるか。ただ、この変化は日本だけではない。世界中の人間が物質欲から、より自然で、美しいものを求め、生き方も自然に逆らわないように・・・そんなトレンドが生まれるのではないか。そんな中で、高齢者はますます「How to die」を真剣に考えねばならない。子供や孫との交流はディスプレーを見ながら・・・

    日付(20/10/4) トランプがコロナ?

こんなことを言ってはダメかも知れないが、本当にやることなすこと全て「派手でドラマチック」。まさかこの時点で本人がコロナで陽性になろうとは、驚いた。「何でもアリ」の人だから討論会で追い込まれていよいよ打つ手がなくて新手を考えたか、と思ったが常識的に考えて大逆転の新手とは思えない。やはり初期の段階から「甘く見ていた」結果なのだろう。相手は病なのだからまずは回復して欲しいと願う。でも流石に米国大統領、世界中からの見る目が熱い。非難の論調より「まずは治して」が主流の様だ。彼独特のやり方で、これもプラスに取り込んで選挙も大逆転となれば凄いけれど、今回は流石に駄目かなと思わせる。こんな予期しない様な事態が起こることが世の中の動きの明日をも知れない変化を示している。我々はやはり「何が起こるか分からない世界」の中で生きているのだ、と思わずにはいられない。次は何で驚かされるのだろうか。

    日付(20/10/1) 大統領選討論会

グローバル環境で仕事をしていた頃、外国人のディベート(討論)力の高さに驚いた。米国駐在時に聞いたのはそもそも小学校入学以降、彼らはその環境下で教育される。「自分の意見を持つ、話す」能力を鍛えられるわけだ。日本にもそれが導入されて、一方的「弁論(演説)」能力より、集団での「討論」能力を求められるようになっている。さて、大荒れの米国大統領選でトランプ、バイデンの1対1討論会が始まった。昨日の第1回は正に期待外れ。見るに堪えないものだった。こんな言い合いに価値があるのかとさえ思う。世界一の権力を持つ大統領になろうという人がこんな姿を国民に曝け出して、選んでくれ(俺を選ぶべきだ)と訴える。子供たちは何を考えながら見ているだろう。「私」を曝け出すことに価値があると思ってしまうのではないか。やはり国を率いる立場に立つ人は「思いやり」だとか「互助」だとかが言える人でなくてはならない。国がその力をもって「人々のためになる政治」をやってくれると思えば、国民は「喜んで」税金を払う。この道筋が狂っているのではないか。高い立場にいる人が、「個人として節税するのは当然」と言い放つのはどうも違うなと思わせる。当方もリタイアしてから毎年税控除の申告はしているが、僅かでも支払額を残すようにしている。借金を一杯して、あるビジネスで赤字を出して、全体としてはマイナスにするなんていうことに精を出す人は政治を志すべき人ではないと思うが。共和党対民主党という構図では決して全てが民主党とは言わないけれど、トランプが最も正直な共和党と言われると・・・・。

    日付(20/9/28) 新しい日常

大相撲が放送されている間は6時までテレビ、その後ウオーキング。もう暗くなってしまった。2週間前は汗びっしょりで帰っていたのに、千秋楽が終わったらもう寒い。季節の変化はちゃんと進んでいる。世の中の変化もおそらく歴史の中では大変な変化だと思うけれど、いつの間にかマスクをして、3密を避けて、毎日「今日の感染者数」をフォローして。それでいながらGoToキャンペーンで観光地には人が戻りつつある。総理大臣が代わり、株価は高値に戻り・・不思議な世界である。一般家庭では、何と貯蓄が増えて皆ジーっとしているとか。でも、多分、格差の広がりは大きいのだと思う。経済も政治も社会生活も、おそらく2020年の変動は今後も尾を引く。なぜなら、世界同時に起こった事件で、まだまだ解決していなくて、どの国も現金をバラまいて、借金まみれ。これを裕福な層や、これまでの成功者が返済してくれるようなシステムがあれば良いが、実際は弱いもの、弱い国にしわ寄せがくる。人類が「幸せ」を再定義する必要が出てくるだろう。我々世代の様に、自分自身の変化、衰えの方が大きくて、世の中の変化にはついていけなくなる層はもう頑張り様はないのだが、次の、その又次の世代は新しい価値観を求められるだろう。世界中が動いている今、どんな価値観が主流になるのか、それを引っ張るのはどんな考え、どんな人達だろうか。じっと見ているしかない。

    日付(20/9/25) やはりトランプ?

アメリカ大統領選が近づいてきた。世論調査ではまだバイデン・民主党がリード、と言われているが、ジリジリトランプ・共和党が追い上げているとか。何しろ、2016年の大逆転があるものだから、誰も調査結果を信じない。この4年間の経緯を見てもこんな大統領をまさか再選しないだろうと思うのだが、そこは部外者の戯言。正面切った岩盤支持者と共に「隠れトランプ派」が沢山いるらしい。確かに日本で見聞きしていても、実はトランプ政権支持派は居そうだし、安倍政権だってずっと支持してきた。もしかしたら、菅政権だってトランプ側かも知れない。政治や政治家はいかにあるべきか、に戻るが、「今の世の中をまず豊かにして欲しい。まず自分の今日がよくなくては。」という立場と、「将来の社会やみんなの幸せ」に重点を置くかで決まってくる。突き詰めれば「ホンネとタテマエ」論である。タテマエでは平等を謳うけれど、自分を基準にすれば、といった判断を我々もよくしている。社会の一員であるという自覚が強ければタテマエで主張できるが、自分主体の中身になるとついついホンネが出てくる。米国人にもそんな風潮があるようで、民主党支持者でありながら、いざ投票ではトランプに入れるという人達がいるらしい。意外に人間的な話で、個人主義化とも関係するのだろう。自由主義下で、大成功して財をなして、それを社会貢献のために使うという憧れのサイクルは減っていくのかも知れない。この間発表されたWHOへの寄付金のトップはビルゲイツの財団だった。あれを見てその文化は死んではいないなとは思ったけれど・・・誰でも出来ることではない。さて、次期大統領は誰になるのか、「ホンネばかりの世の中」でも平和はあるのか。注視するしかない。

    日付(20/9/22) これからの日本

菅政権になって、じっと見ている。当方などかなりひねくれているので、この政権交代は安倍政治の汚点を晒さないための逃げだとばかりに思っているものだからそう容易には期待ばかりは言えない。でも、スタートは快調の様で、支持率は爆発的に回復しているらしい。確かにこの調子で頑張ってくれれば、安倍政治が継続したよりも良くなるかも知れない。ただ、最も大きな要因はコロナ、そしてトランプ、そして中国、そして韓国。どれを取ってみても一筋縄ではいきそうにない。まずはコロナ。この4連休(シルバーウイーク)で一気に人出が増えて、これで感染者が大きく増えなければ大成功だろう。日本と言う国の信頼度はアップする。でも、心もとない。次は外交。米国と、次はドイツと。外交スタートのやり方は正に正道。自民党に言われて、「まず習近平」とならなかっただけでも安心した。でもこれからアメリカ大統領選挙がやってくる。多くの外交問題が襲い掛かる。そこで、菅政治の本質を問われる。安倍政治が経産省政治であったとすれば、菅政治は外務省政治であって良い。この国は、好むと好まざるとに関わらず、「独自性」を求められる国にならざるを得ない。それだけグローバルの中でないと生きていけない国になっている。安全保障のみならず全ての営みが「世界の中の日本」という立ち位置が無いとやっていけない国になっている。一面だけ捕えて「従うしかない」という方針はもう取れなくなっている。菅首相が寸暇を惜しんで勉強している姿はそれだけで、支持率を上げる。これは芝居ではないと信じたい。

    日付(20/9/19) 静岡で

昨日、当方のコンサルのクライアント(顧客)の新静岡営業所の開所式に行った。茶畑の丘に建って、正面に駿河湾、昨日は見えなかったが正面には富士山。立地は最高。バーベキューが計画され、しっかり楽しんだ。静岡はコロナの感染者も少なく、最も怖がられたのは東京や千葉からの参加者だったかも知れない。当方にとっては知らない人が多かったが、でもお互いに信頼できる人ばかりの集まりで、心おきなく話したり飲んだり。考えてみれば、こんな機会は今年初めてかも知れない。チャンとやれば、やれる方法はあるのだと思った。でももし一人でも感染者が居れば・・そんな「もし」で日本中が縮み上がっていると言えなくもない。政府が経済の復興と感染防止を並行して訴えているのも頷ける。一つの悪影響を訴える時には同程度の誰もが知る事実を並べる必要がある。今でも一日何人の人が色んな病気や事故で亡くなっているか、コロナと対比することも重要だと思う。新幹線で帰ったが、これもガラガラ。この新常態に慣れて元の社会が来るのだろうか。おそらく答えはノーで、この機会に生き方も・・という方向に動いていくのだろう。政治や、メディアの責任の重大さを改めて思い知った。

    日付(20/9/15) どうなる菅政権

やる必要も無い様な自民党総裁選挙があって、菅総裁が選ばれた。無派閥ならではの期待もあるし、「たたきあげ」の魅力もあるけれど、おそらく派閥均衡の新体制にならざるを得ないだろう。今日は二階幹事長続投が決まり、早くも麻生副総理・財務大臣の再任も決まったようだ。今流れてくるニュースは再任のニュースが多い。大臣待機組の新任が聞こえてこないのがせめてもの納得材料か。どこまで新総裁の個人の意思が通されるのか、明日にははっきりする。ただ、人気取りだけの人事が少なそうでホッとしている。すぐに総選挙にはならないということだろう。安倍辞任が発表されて、コロナのニュースが相対的に減っているが実はまだまだ感染は止まっていない。これから(オリンピックまでの)半年、日本の政治がどう動くか、注視したい。最大は「コロナ倒産」「コロナ失業」、これの爆発を止められるかどうか。菅新政権の最大のテーマであることは疑いない。昨夜久しぶりにOB会の幹事会を開催。居酒屋の客は我々の1組だけ。経済的危機がジワリと迫っているのを実感した。政治から目は離せない。

    日付(20/9/12) マイナポイント

マイナンバーカードの制度が始まった時、すぐにでもとは思いつつ、面倒くさくて放っていた。1年に1度確定申告時にナンバーが必要だったが、カードを作る必要性は全く感じなかった。もしやと思い、通知カードを名刺入れに入れていたら、いつの間にかボロボロ。コロナになって、マイナポイントの案内が届いて、5000円のサービスがあるのならと、とうとう決心して申し込んだ。大した手間ではなかったが、受け取りに行くのが一人づつ個人で市役所に。今だから思いつたら行けるけれど現役なら大変。結構面倒くさかった。さて、マイナポイント。これがまた大変。当方の様に何でもパソコンでやりたい人種は、最初の登録が「ICカードリーダ」が無いとできないとか。当方のスマホはWi-FiメインのSIMフリータイプで読んでくれない。結局家内のスマホで登録できた。この手間も大変で、世の中の高齢者が皆スイスイと出来るとは思えなかった。最終ステップのキャッシュレス決済サービスの申し込みも問題。何でもできるようにすればするほどややこしい。外からの雑音も多く、あれにすれば1000円お得、とかこれにすれば20000円預けたとたんにすぐ5000円貰えるとか、とにかく沢山の情報。VISAカードが簡単だろうとトライしたら、名義人は簡単だが家族カードは除く、ときた。時間つぶしには役立ったが、イライラしっ放し。こんなことをやっていては国民に広くマイナンバーカードを普及する日は遠い。米国に駐在した時のSocial-Security-Numberカードは簡単だったし、頼りになった。おそらくこの件も日本の縦割り行政の欠点の一つだろう。これで、運転免許証にも健康保険証にもなるって、理想ではあるが、当方が生きている間にはむりだな、と思った。

    日付(20/9/9) 菅総理に期待したい

もう菅総理に決まったらしい。こんな決まり方で良いのか、と不満はつのるけれど、現在の日本の政治状況はそれを良しとするのだろう。こんなことで、自由民主主義を謳う先進国とはやや恥ずかしい。でもそれ以外の「先進国」を見ても、それぞれ「民主」も「自由」も「平等」も、共産主義・全体主義国に劣るのではないかと思う位に期待できない。さて、菅新総理には、ここで思い切った居直りに期待したい。何故なら、今は自己主張する絶好の機会、何をやってもそれが絶対の正解というのが無い訳で、逆に何でもできるのではないか。菅さんは、「無派閥」、これは非常に重要、「たたきあげ」、これは選挙用レッテルかも知れないけれど庶民を味方にし得る。第二の田中角栄は難しいだろうけれど。「外交はダメ、と誰もが思っている」、これは逆に自由度を与える。本人も人事への派閥推薦は受けないと言っているとか、それが出来れば期待できる。安倍政治の総決算だって、やろうと思えば何でも知っている人だから思い切って曝露すれば、全く新しい世界になる。こう考えると、このマイナスだらけの日本にプラスをもたらす大変革が可能な候補者なのかも知れない。その答えは、16日の新内閣発表で分かる。ささやかだが、ビックリを期待している。

    日付(20/9/6) 外に出て

半年の中断の後先月から再開した四国出張。昨日帰宅した。今回特に感じたのは経済面での今後の懸念。今、安倍総裁の後継者選びで騒いでいるけれど、コロナも経済も明るい見通しは見えない。特に感じたのは飛行場、羽田も伊丹も駐機場は一杯、飛んでいない飛行機が溢れている。どの飛行場も場内の人通りも非常に少ない。いつも使う飛行場に行くバス乗り場の駐車場も利用者が非常に少ない。ここに停める人は決して旅行者だけでなく、飛行場勤務、そして千葉から都内や横浜などで働く人々の基地でもある。ある業界だけでなく、広い範囲で経済の動きが止まったり、減ったりしているのが目に見えて分かる。これは容易には元に戻らないであろうと思う。東京だけでなく、四国に行って観察して、帰り路に大阪によって大阪も見たけれど、やはり活気はないし、街が(死んで)休んでいる。新総裁の方針はともかく、実働部隊の政府の人達はどんなビジョンを持ってこれからの日本を運営すべきと思っているのだろうか。外を動いてそう思った。まさか、米国や、ブラジルやイタリア・スペインなどの方が速く回復することは無いとは思うけれど、5年後、10年後、今をどう語られれているか、知りたい。日本の新総裁が決まって、米国大統領が決まって、その後どうなるのか。ワクチンも特効薬も、接種のプランが先行しても現物が出来なければ話にならない。今夜の大型台風のニュース、政府もメディアも格好の話題が出来て張り切っている。「目をそらす」ことは安心をもたらすのか・・・とにかく経済は長期戦。

    日付(20/9/3) 穿った見方かも知れないけれど

安倍後継を選ぶ総裁選挙がスタートした。今更、派閥選挙もないのではと思うが、もうこの段階で「無派閥」の「菅」後継が決まった。こんな「選挙」が許されるのだろうか。いかにも日本的、自民党的な選び方である。これまでに何度も見てきた総裁選びのパターン。おそらく国民はそっぽを向く。穿った見方かも知れないけれど、安倍総理はもう支持率のダウンや多くの批判に耐えられなくなった。(もしかしたら河井元法務大臣の裁判も切り抜けられないのかも知れない)。歴史に残る最長在任期間の記録も作った。ここまでくれば裏天皇で政治を操る方がやりがいがある、と踏んだのではないか。それであれば次期総裁は操り人形であり、これまでのやり方を最も良く分かった(派閥のボスの締め付けもない)菅官房長官がベストである。おそらく世界からも「安倍政権継続」の安心感も得られるだろう。次期衆議院選挙の顔にもなり得る。モリカケサクラに黒川問題の追求もなりを潜めるだろう。そんな戦略ではないか。それで良いのかな、と思うけれど、それが政治という返事が返ってきそう。その正否は今後「議員が務まるかどうか」で分かる。入院をしたり、議員を辞職したりすれば、ゴメンナサイと言うしかないが。早くも支持率は55%まで上がってきた、とか。でも、諸々の世界的大問題は「従来流」で解決できるとは思えない。

    日付(20/8/31) ポスト安倍首相

この間までのコロナ騒ぎはどこへやら、昼間のニュースショーはポスト安倍一色。いかにこの国を動かしているのがメディアなのかと再認識させる。タイミングを合わすように、コロナ感染者数が減っている。こんなうまくいくのかと、これまた疑心暗鬼。さて、ポスト安倍。おそらく任期1年のリリーフ首相。ただ、オリンピック・パラリンピックがある。地味な人が選ばれるのなら、もう中止が決定したということか。どうなるにせよ、ここで首相になるのは想像するだけで大変。世界を相手に「痛い目に遭う」ための総理である。こんな時こそ、真の国民派総理に現れて欲しい。どうせ嫌われるのだから「財政再建派」でも出てくればサポートするけれど。痛みを伴う改革はこんな時でないとできないと思う。「民間から総理大臣」という話でもあれば、興奮するだろう。現状をキープするのは間違いなく不可能となる。無理をすればするだけ日本の将来は真っ暗。プアに耐えられる日本人にならねば、と思う。そんな敵ばかり増やす様な政治家は野党にもいないな。

    日付(20/8/28) 安倍首相辞任

もしや、とは思っていたけれど、まさか今日の記者会見が辞任会見とは。驚きの1日であった。2020年は驚きの年になっている。まだまだこれから米国大統領選挙、中国・香港問題、日韓問題など何が起こるか分からない。新型コロナ騒ぎは終わったわけでも何でもない。どう収束するのか姿も見えない。穿った見方をすれば、コロナがどうなるか分からないが故の辞任騒ぎというストーリーも無きにしもあらず、なのかも知れない。これから後任選びとか、またまた政治の季節に入る。それどころでは無いだろうという気持ちもあるけれど。当方のリタイアリ10年は正に安倍1強時代だった。初期のリーダーシップや地球儀外交など、良かったと思った。でも「忖度」に入ってガックリの連続。もう支持する気もなくなった。「奢れるものは久しからず」だったのか。願わくは次の総理も世界を俯瞰する眼だけは持っていて欲しい。せめてそれだけは期待したい。

    日付(20/8/27) 何となく怖い

昨日、久しぶりの東京往復。電車に乗った。現役の人の話では、オフィス勤務の人達の出勤率は50%位では、とか。ニュースでは現場のあるホームオフィス化不能な人達を入れても30%位の人達が自宅勤務をしているとか。いやはやこの半年で、日本のオフィス形態は大きく変わったようだ。当方が乗る電車はラッシュアワーでは無いので、普段でも空いてはいるが、昨日などはガラガラ状態。驚いたのは、行きも帰りも含め、100%の人達がマスク着用。このご時世だから当然でしょ、と言われればそうだが、当方など何となく気味悪く感じた。強制力もないし、今や「互いの距離が開いている時は(熱中症防止の意味でも)マスクを外しても・・・」なんて言っているけれど、正に100%。これが日本の感染率を下げているのかも知れないけれど。良く言われるように日本人の忠実さ、集団性、周りに合わせないと許せない、耐えられない。そんな習性なのか。これが「国を挙げて戦う」なんて時にも大きな力になるのだろうか。「揃ってマスク」を見て、怖さを感じたのはそのせいか。ニュースも(これも各局同じニュースの繰り返しなのだが)同じものを全国で見ている訳でその効果を導いているのだろう。太平洋戦争時のメディアも同じだったのだろう。重症化し易いと言われる高齢者としてはマスクは外せないけれど。何となく怖い。

    日付(20/8/24) 核の抑止力

現在の世界のパワーバランスを見る時、日米の関係は最重要。それは日本の憲法による不戦の誓いによる。でも、そうは言いながら自衛隊の軍事力はいつの間にか世界のトップ10には入る。最も重要と言われるのは核戦力で、米国による「核の傘」が大きな抑止力になっていると言われる。これがあるから「中立」が保てない。一たび核戦争になれば、今や数発の核爆弾で日本など吹っ飛ぶ。それが分かっていながら世界中が核戦力、核抑止力を騒いでいる。武力の開発も戦力を持つこともビジネスの一環と思っている向きは別にして、戦争は破滅へのステップだと考えれば、殺りく兵器を持っていても幸せは来ない。ただ、競争の世界で準備が必要と言うのであれば、持てる能力で戦いたい。日本は今、核爆弾を作ると決めたら何日間で作ることができるか、そんな「白書」が欲しい。国を挙げてフローシートを作成し、予算もストックし、もし不穏な空気になれば、無条件に核爆弾の生産が出来る様なプロセスを確立し、微妙なノウハウ以外は常に公開し、技術者はその生産可能なスピードを時々刻々短くしていく。おそらく一たび決断したら、今なら1年、いずれは半年、もしかしたら1週間ででも作れるようになるかも知れない。高い技術力があれば、核実験も不要になるだろう。そんな世界になったら今の核保有国だって、危ない目をして核兵器を管理・保持する必要は無くなっていくだろう。米国・ロシア・英国・仏国・・・それぞれが数発の核爆弾を作るのに数日で可能な様な計画表を持てば、それが強力な抑止力にならないか。そうなればコンピュータ内のデータと作るプロセスの準備だけで、抑止力を持てる。コロナで分かった様に民主主義は判断スピードで敗北する運命の様なので、こんな机上の能力の戦いで勝負かつけばと思う。日本が十分戦えて、どの国とも友好国でありうる道を探すのはそんな議論に挑むことかも知れない。物騒だけれど、でも実質は楽しい夢である。

    日付(20/8/21) 日本人の自意識過剰

ネットの世界をのぞいていると中韓に対する敵対意識が非常に高い。そのバックに日本の力についての過剰なまでの強気がある。一体それはどこからきているか。太平洋戦争後の急激な復興ぶり、が第一だろう。昭和後期から平成に至る歴史に基づくものだろう。決して間違ってはいないと思うけれど、でも日本は「良い所どり」政治で救われてきた。日米安保に頼り、経済力=国力という形で世界の中での存在感を示してきた。正に幸運の75年だった。でも、これからはどうだろう。戦後のドサクサの中の飢えもなければ、将来を懸念してのガムシャラサもない。この混乱の世界の中で平和に、安全に、豊かに生きていけると信じている。賢さも、開発力も、全ての民力が高いと信じている。これでガツガツした中韓に勝てるだろうか。彼らにはまだ「日本何するものぞ」の競争心、パッションがある。日本人は自分たちの方が優れていると思いすぎているのではないか。それを心配する。いつまでも強気一本でいられるかどうか。それは現実の問題一つ一つの解決策にかかっている。誰かに頼っている日本。それを強く感じる最近の日本である。そんなに強いかな・・・

    日付(20/8/18) PC教室終わる

この夏の公民館のPC教室が終わった。コロナ禍の影響で2つの公民館で夫々10名のみ。間隔を取り、マスクをして。講師の当方もマスク着用。声がなかなか通らず、昨日今日はマウスシールドを使ってみた。感染していたらダメかもな、なんて思いながら。今やマスクは「公共心」のシンボル。着用していないと肩身が狭い。こんな状況下でも参加希望は多かったようで、多分自粛疲れの高齢者は多いのだろうと思った。人間、誰でも、じっと閉じこもって「自由に過ごして良いですよ」なんて言われてもそうそう時間つぶしが出来るわけではない。あの、リタイアした日の、「さあ自由だ。今日から何でも自分でコントロールして・・・あれも、これも。」と思った日を思い出す。今や、強制的にそれを求められている。誰だって、チョット外に出て、社会の空気を吸って、誰かと話して・・そんな機会を求めるのは当然だろう。GDPも大きくダウン、感染症は治まらないけれど経済への悪影響がいよいよ目に見えてきた。これからどうなるか。元通りに戻るなんて思わずに、目の前の小さな幸せの一瞬一瞬を大切に思うような生き方に変更していかねばならないのだな、と心する。

    日付(20/8/15) 囲碁に燃えそう

今年に入ってから自粛生活もあって良く本を読んでいる。新聞の広告で見つけてはネットで購入、そうして楽しんでいる。明るい時間はお茶やコーヒーを飲みながら、夜はチビリチビリ・・・。今日読み終えたのは百田尚樹の「幻庵」(上中下)。以前、囲碁の小説が週刊誌で連載されたのは知っていたが漸く文庫本になったのを知り、早速購入した。かなりのボリュームだったが一気読み。面白かった。日本史における囲碁なんて、一種のコミュニケーションの舞台を与えるもので、その中身が主役になることはない。確かに歴史上の著名人たちは良く囲碁を楽しんでいるし、相手の人間性を計るのに囲碁将棋を使った人もいるようだ。でも、この小説の主役は正に「プロの囲碁棋士」、江戸時代の囲碁家元四家の家元争い、そして「名人碁所」争奪戦。著者は多くの著書、記録、棋譜を調べ、小説にしている。殆どは事実をベースにしているようだが、読んでいると引き込まれる。囲碁の内容もそうだが、人間模様が面白い。下巻になると、「吐血の局」とか、「耳赤の局」といった歴史上の名局もあらわれる。囲碁の一手一手の重さを知ることができる。深さもあって、この小説を読んだだけで、囲碁の実力がついたような気になってしまった。You-Tubeを見るとこの種の名局はちゃんと登録されていて楽しめる。丁度、再びネット碁を再開しようという時期にあたった。これからこの本を思い出しながら打とう。

    日付(20/8/14) 格差拡大

米国の、そして日本も株価が上昇している。本来そんな筈は無いのだが、金の行き先が無いのかも知れない。世界中でコロナ対策で膨大な金がバラまかれた。勿論、それが無ければ打つ手が無かった業種、企業が沢山あっただろう。個人ベースでみても、あの一人10万円給付が無かったら食っていけなくなった人も多くいただろう。でも、GAFA関連などの情報関連、電子材料などの業界は我が世の春である。個人では我々の様な年金生活者もコロナでそんなに窮していない。メディアも採りあげないけれど、この騒ぎで格差は大きく広がっている。このままいけば、来年にかけて格差はどんどん広がっていく。悪いことにそれは日本だけの話ではない。世界中、同時進行で進む。特に自由主義圏で進むので、世界における左右対立も拡大されるだろう。中国が信じられない位に強気なのは、この種の危機に対する耐性は全体主義の方が強いという信念を得たからではないかと思う。ロックダウンや、日常の制御のし易さ、そしてもしワクチンが完成したらその配分のし易さ。何を取ってみても暫くは運営が容易そうに見える。最近、自由主義圏でも危機に対応するには「大きな政府」でなくては・・・という論が強まっているとか。さて、日本はどうなる?と言った時に積もり積もった債務がどうなるか。今から心配でならない。世界が日本をどう見るか、いつまでも「経済大国」と見なしてくれるか、その変化を恐れる。コロナが「平和な日本」を終焉させるかも知れない。こんな時こそ政治の出番なのだが・・・

    日付(20/8/11) 日本の行く末

対中、対韓が危うい。日中は絶対旨くいってほしいと思う。世界史の中の日中も、現代史の中の日中も大切にしたい関係である。ところが最近の動きはどうしたことか、世界を敵に回してでもという強気が見える。どんな形で、どんな理由であれ超大国になった中国はイデオロギーを前面に出してでも自己を主張し始めた。日本の様な国はこれまでもこれからも、イデオロギーに関わらず、どんな国とでもうまくやっていかないと世界の中で生きていけない。ただ、相手国が経済面も含め自分の主張を表面に出してくると難しい問題が多い。自由民主主義を旗印にしている我々はウンと言えない状況が多発する。米中関係はいよいよ泥沼、香港・台湾の問題が表面化しそう、日韓関係もややこしい。日本も振り返ってみれば「経済大国」の座は終わろうとしている。世界に無視されるような国に戻る可能性はそこまできている。いまこそもっともっと考えて世界の中での日本の位置づけを考えなくてはならない。日本としての主張が足らないのではないかと思う。中国や韓国も既に日本の立ち位置を低く位置付けているのではないか、そう感じる。日本人は余りに米国に守られた「良い所どり国家」に慣れすぎてきたのかも知れない。今こそ政府にはその種の「国の根幹」、どうあるべきか、を問うて欲しい。

    日付(20/8/8) 何を信じて、どう動けば

今月の文芸春秋のメインテーマは「コロナサバイバル」。二つの記事が非常に対照的である。一つは[「経済」か「感染防止か」]という今の社会に問われているテーマで、政府の方針を討論形式で解説する。こんな記事を出す位ならもっと正々堂々と内閣総理大臣の口から、政府としては何を考え、どのデータ、どの意見を重視して現在の方針を進めているのか、迷いも含めて発表、宣言すればよい。世界中で「これがベスト」という答えがない以上、「考え方を納得させる」努力をした方が良いと思う。もう一つは東京都医師会長の[安倍政権「無為無策」が日本を壊す]という批判記事である。医療分野の視点から経済優先の政策を批判する。パンデミック最大のトラブルである「医療崩壊」を懸念するとこの意見になることは頷ける。もうすぐお盆で故郷への帰省が関心事になっている。誰にも帰省する故郷があって、爺ちゃん婆ちゃんが待ってくれている姿が当然の様に言われているけれど、もうそんな姿が平均的とは思わない。ただ、長期休暇で「街のコロナ」を「故郷」に持って帰って欲しくない、ということである。都会人は感染していて、田舎の人は感染していない、のではなく、都会の方が人口が多いから、接触機会が多いだけの話で、時間が経てば同じ確率で広がっていくだろう。ただ、どの地域が「新しい生活パターン」に慣れるか、で、感染スピードや対策スピードに差がでてくる。ワクチンも特効薬もまだできていない現状では、結局一人一人がどこまで注意して、感染しない努力、感染させない努力をするかに掛かっている。経済は絶対に動かさねば間違いなく国は破綻する。どの国も、日本も結局そこに落ち着くしかないのだろう。みんな迷っているが、悩んで落ち込んでしまったら、次の新しい社会問題を作ってしまう。特に高齢者には寿命は近づくし、既往症を持つ人はその病気だって進行する。対策が無い問題には「自然に逆らわないで向き合う」方が精神衛生上良さそうに思える。6日から夏のPC教室の講師が始まった。高齢者が、人数を減らして、間隔をあけて、消毒や体温測定をしながら、「何かに集中」する姿を見せる。家で閉じこもってテレビのワイドショーを見ながら時間が過ぎゆくのを待つのに比べたら、ここでコロナに感染してもマシかななんて、思ってしまう。不謹慎かな。

    日付(20/8/5) スマートウオッチ

昨年4月に(3000円の)スマートウオッチを買い、しっかり遊んだ(19/4/25)。流石に安物と言うべきか、充電部分が折れてしまって1年の命だった。でもそのおかげで、何とか1日1万歩を頑張り(はじめはウオーキングで正味1万歩、今年になって日常の生活分も入れて1万歩)、時折、血圧や心拍数をチェックするようになった。1年持ったのだからと納得したが、やはり欲しくなって、また購入した。コロナのせいだろうか、新しいものを探していたら、今年は「体温計」付きのものまで出ている。アップル品を買えば良いのだろうが、またもや中国品の安価なもの(5000円)。でも、時計、ストップウオッチ、外気温、体温、歩数計、心拍数、血圧、血中酸素、などおそるべき機能がついている。今日届いて早速充電、使い始めた。「安かろう、悪かろう」が、常識だが玩具だと思うと信じられない高機能。加えて、我々が子供の頃の復興日本の歴史を思い出す。おそらく当時の欧米人はMade-in-Japanの廉価品をみて、試しに使い始めたのだろう。結果、一時期の世界の品質をリードするまでになった。今の中国の電子製品にはその予兆が見える。こんな高機能がこんな価格でできて、これで品質も改善されていったら競争相手が居なくなるのでは、と心配する。今日ウオーキングが終わって、色々機能をチェックした。ただ、驚くだけ。充電はPCのUSBから磁石端子を時計の裏側にくっつけるだけ。小さなマニュアルブックは、7か国語(日本語は最後にチョット)。スマホにBluetoothで同期すると、デザインの選択幅もタップリ。1年前の驚きがまた広がった。中国語のマニュアルは入っていない、けど多分中国製。いやはや驚くばかりのハイテク玩具である。今度は何年もつだろうか・・

    日付(20/8/2) 半年ぶりに

1月末に出張して、それ以降キャンセルの四国。いつの間にか半年たった。久しぶりの高松出張。世の中の変貌ぶりに驚いてばかり。木曜に羽田から飛行機。羽田−高松便は以前の半分。17時に着けば良いのに13時に着いた。減便だから混んでいるかと思いきやそうでもない。羽田空港もゆったり、高松空港は電気も消えている位。何となく雰囲気が活気がない。飛行機を降りたら夏。丁度、四国に梅雨明け宣言、34度の暑さ。これで元気が出るかと思ったが、まだまだ。夜の部は経営陣と久しぶりの懇談。ついついいつもの様に飲みすぎてしまったが、東京だったら白い目で見られたかも知れない。でも、その高松でも皆さんマスク姿。さすが日本は徹底されている。会議室の使い方、オフィスの使い方などしっかりコロナ対策。それでも日本中でまた感染者が再度増えているようだ。当方は感度が鈍い様で、自分がコロナに感染したり感染させたりする事件よりも、今の社会情勢を続けた時にどうなるだろうという方向に発想が行ってしまう。半年ぶりの出張が終わって帰ってきたが、3日間の外出でどこかで感染したのではないかと、家庭内チェックもうるさい。こりゃ、どこの社会でもコロナでもめごとが増えているというのも理解できる。当方にとっては、やはりこうして珠には仕事で外に出ていることは健康には最も良いようには思えるのだけれど。夏が来て収まるどころか、感染者数は増えている。「運営」の難しい時代である。

    日付(20/7/29) 昨日、秋葉原で

久しぶりの東京。ちょっと(ネット)会議に出るだけの出張。秋葉原駅に着いてエスカレーターに乗った。降り口の辺りに一人の女性が、スマホを手にこちらを見ている。よくよく見るとディスプレーがこちらを向いていて画面には彼女の顔が写っている。「変な人だな」と思いながら降りて出口に向かうと彼女が急ぎ足で近づいてきて、「近寄らないでよ!移ったらどうするの!」と叫ぶ。驚いて、何も言わず大急ぎで逃げたが、実は何が起きているのか全く分からなかった。立ち止まって、話を聞いて、議論して・・・そうすべきだったのだろうか。でも、この種のことは多々ある。真剣に相手をするのが怖い。軽蔑している訳でも、バカにしている訳でもないが、これぞ現代の都会の無視。おかしい人も多いし、我々も「一人一人を大切にしていない」どころか、怖くて逃げている。ただ、これに近い感覚を感じることはどんどん増えている。彼女は何を求めているのか、なぜあんな行動をしているのか、分からないままに、でも、とてつもなく不愉快。まさかコロナのせいではないだろうが、これも現実。多分、多くの人が同じような経験をしているのだろうけれど。

    日付(20/7/26) 「生きる」を考える

コロナ禍のお蔭で、生きること、死ぬことを考える。特に高齢者は感染が重症化し易く、死に繋がるとのことで、家族も余り寄り付かない。結局、日長一日、パソコン相手にメールを見たり、仕事をしたり、色んなニュースを見たり・・で、一日が終わる。こんな生活をしていると自然に今後の家族の姿を考え、感染しなくても順調に進んでいる加齢と、来るべき病との闘いを考える。こうして自分の体が自分で制御できる生活がいつまで続けられるのか心配になる。さて、昨日のニュース、死を望むALSの女性を死亡させた2人の医師が逮捕された。丁度、1年前には神奈川県の身障者施設で19名もの殺人事件があり、重苦しいテーマを背負った。今日も多くの意見がメディアやネットで交わされている。この問題は他人事ではなく自分で考えておく必要がある。結局、最後は「自分は何を望むのか」それだけは決めておきたい。他の人の人生まで、こうあるべき、などと言うべきではないだろう。当方はリタイアを機に、毎年1月1日の朝、「自然尊厳宣言証(リビングウイル)」なるものにサインをしている。意識が無くなったら余分な延命医療介護を望まないこと、「大手術」「チューブ栄養」「胃婁」は望まず、苦痛緩和治療のみを希望すると書いてある。ALSの様に意識があって、苦痛も感じられてというレベルまでは考えが至っていないが、「安楽死」「尊厳死」の選択問題はその次なのだろう。でも、こうして元気な内にその種のことを考えておくことの必要性は常に感じている。「自分の人生なのだから」という一言では終われないようには思う。「生きがいを求めて」とか、「誰かのために生きなければ」などというセリフはまだまだ甘っちょろい考えなのだと思わせられる。大災害の時に考えさせられる「生かされている」という意識と天秤に掛けられているような感覚がある。

    日付(20/7/23) 東京オリンピックの日

コロナさえなければ、いよいよ東京オリンピックの開会式である。想像してみるだけだが恐ろしい程の現実との落差である。こんなことがあるなんて想像した人がいただろうか。「これが人の世というものですよ」なんて言える人はおそらく我々の様な年金生活者とか、自然相手に自給自足の生活を営んでいる人位だろう。余りの変化についていけない人達も増えているようだから、数年たてばコロナ格差は大きな社会問題を生んでいるだろう。命か、経済かという問題はいよいよ現実化してきて、感染者の数が(数字上だけだが)増えてきても、経済を止めるという方針は出ない(出さない)様だ。再び緊急事態宣言を出すためには、「補償金」という莫大な予算を準備せねばならないから。今の流れは、コロナが終われば元の人間生活に戻れる、という大前提に立っている。勿論、そうあって欲しいけれど、当方が最悪を予想した敗北(?)は、この近代化した世の中が、もう一度自然と共に生きていく穏やかな世界に戻る変化。人類の価値観が根本的に変化する世の中。もしかしたら、そんな革命に繋がるのではないか、とさえ想像する。最近ウオーキングをしていると、空の青さ、風の涼しさ、花々や雑草の逞しさ、などが以前と異なる形で姿を見せる。価値観や人生観の変化をもたらしているのかも知れない。来年の今日は開会式。さてどんな日が来るか。

    日付(20/7/20) Go To キャンペーン

命か、経済かという話題の流れかも知れないけれど、それにしてもGoToキャンペーン、総額1.4兆円は何とも頂けない。この大事件の時に、お金の使い方の優先順位はどうなっているのだろう。ワクチン開発に何百億円かけるという話題になる。豪雨対策に数千万でも急ぎたい。お金の大小から言えば、スケールが違う話だ。どうも我々は「大きな金の単位」に弱すぎる。数千万円の話も、数億円の話も、そして1兆円の話も同じ感覚で受け取っていないか。国の金の使い方をきちんと見えなくなってしまっている。まだまだ自粛せねばと国民が思っている時に「旅行で遊べ」という。それで日本経済を復活させるという。こんな政策に大金をつぎ込めば、また限られた人だけが笑うのではないか。もしかしたらそれが分かった上での政策ではないか。そう思ってしまう。この国はもうそろそろレベルが上がってきている、と思いたいけれど、誰も先のことは考えていないのではないか。政治のやろうとすることはどうも「見下している」としか思えない。国民よ、もっと賢くなろう!なぜ、メディアは国全体の将来を見据えたアピールができないのか。不思議だ。メディアも操られているのか、やはり、我々がバカなのか、または完全に馬鹿にされているのか。何とも不快感を感じる毎日。

    日付(20/7/17) 新型コロナPCR検査

国民こぞって東京の「今日の新規感染者数」に一喜一憂している。このニュースや議論に辟易しているのは当方だけだろうか。子供の頃から算数を習っていれば、感染率が気になるだろう。すなわち何人検査して何人陽性だったか。感染者数を発表する時は最低限何人検査したかを同時に発表すべきだ。ということは、メディアも含め、検査に対する国の方針をもっと国民に認識させる必要がある。国によっては手当たり次第に検査数を増やす。感染者が出てくればそれぞれに手当をする。病院は一杯になり、重症者から治療することもできず、結局医療崩壊へと繋がる。高価であり、技術者も必要なPCR検査を手当たり次第に広げてその後の対応ができるのか。その答えがまず必要である。兎に角、重傷者から見つけて対応するのが優先順位が高いはずだ。心配されながらも医療崩壊もまだ起きていない。これからどんどんPCRを増やして無症状者や軽症者が病院に詰めかけることはより大きな社会混乱を引き起こす。クラスター対策に主体をおいて、「全国民PCRチェック」に向かわなかった日本国の基本方針は現在の所は世界の中でダントツに低い死亡率からみて正解だったと言えるだろう。でも、なぜこの基本方針を最初に国民に知らせなかったのか、そこが分からない。今でも、偉い先生を含め「PCR検査不足、全員に検査を」という声やメディアが多い。なぜ日本では病院のパニックが起こっていないのか、そこを皆が理解する必要がある。「率」とは分子を分母で割ること。分子と分母の変化を別々にグラフにして一喜一憂している姿は、国のレベルを示している。全国の都道府県別の感染者数が毎日、新聞に載っているが何人検査したが書いてある記事はない。厚生省の発表記事には時折書かれているから、メディアが敢えて知らそうとしないのか・・何か意図があるのだろうか。

    日付(20/7/14) ブラックスワン

今年も次々と災害が続く。コロナ騒ぎは世界同時でまだ先が見えない。その最中の梅雨前線の大暴れ。この半月、気になって仕方ないのは中国発のニュースで三峡ダムの状況。当方は2015年に中国を旅した。その時長江(揚子江)クルージングで三峡ダムを下った。予備知識はまるでなかったが、世界一の水力発電所で2009年に出来たばかりの巨大ダム。中国の「大きさ」に感嘆した。その時の情報でずっと忘れないのは、発電所の発電機の話。三峡ダム計画までは、日本の重電メーカーも中国の水力発電事業に大きく協力してきた、が、この三峡ダム発電所については途中で「競争から降りた」という。何しろ「経験のないレベル(世界一だから当然)」で、危険度の予想が難しかったのだろう。結局はドイツのメーカーの技術が採用された。それを聞いて何となく悔しい思いで旅をしたことを覚えている。さて、このダムが暴れている。水位上限を超して、放流量を増やす、そうすると下流で氾濫が起きる。それを繰り返しているようだ。何しろ下流には、かの武漢、南京、上海等等、中国を支える大都市が多く、長江が氾濫すると6億人に影響するという。13億人の内の6億人だから、まさか全員避難と言っても行ける場所もなければ行くことも出来ないだろう。中国のSNSはこの話題で持ち切りらしい。習近平指導部にしても、おそらく容易にはメッセージも出せない。「三峡ダム決壊」などという事件が起こったら、これは地球レベルの大事件だろうから。5年前に旅した中国と、日本の技術者でも恐れたレベルの大事業。確かに、いつ何が起こっても不思議ではない。今回の新型コロナもブラックスワン(黒い白鳥)と言われているようだが、次の大型ブラックスワンの候補なのかも知れない。これは起きてほしくない。でも、世界で対策を考えるとしても何をすれば良いのだろうか。もし中国が何らかの予兆を捕まえたら、世界に相談したり、助けを求めたりする勇気を持って欲しいけれど。こんな所でハラハラしている。

    日付(20/7/12) 囲碁の話

先日、息子から「孫の誕生日にプレゼントを」という依頼があった。孫へのプレゼントは年末と決めているものだから準備はしていなかった。ただ、今回は本人の希望があるという。聞いてみると「くもん(公文)のスタディ囲碁」というセット。「じいちゃんならきっと喜んで買ってくれる。」と(息子が)目を付けたらしい。当方も、いつ、どうやって囲碁を覚えたか定かではない。亡き父は好きだったようで、囲碁仲間が時折立ち寄っていたのを良く覚えている。でも、覚えたのは大学入学以降。兄たちが何でもかんでも教えようとした時、その一つに囲碁があった。今も、次兄だけ珠の対戦を楽しみにしてくれている。社会人になってからも「囲碁同好会」などという名前を聞くとついつい入れてもらって勉強した。リタイアして後は、パソコンのお蔭で、遠くの人と対戦したり、どんどん強くなっているAI囲碁に教えてもらったり。強くはなっていないようだが、人生を通じてずっと楽しんでいる。昨年亡くなった恩師は、囲碁セットを遺してくれるとかで数年前に頂きに帰郷した。子供たちの中には囲碁の相手をしてくれる子もいないし、この碁盤はどうなるかな、と思っていたが、息子がそこに目をつけたか、それと自分もヤル気になったか、今回のいきさつとなった。早速公文のセットとドリル型入門書をプレゼントしたが、その後音沙汰はない。いつの日か、「じいちゃん(親父)、囲碁やろう」と言ってくれる日が来たら、嬉しいのだけれど。今年になってから、自粛生活の中で、近所の後輩と毎日の様にネット囲碁を楽しんだ。暇な時には大きな助けになる。

    日付(20/7/9) 自然の力

人知の力で自然を制御できると驕る人間への警告だろうか。今回は制御できない感染症騒ぎの真っただ中に、梅雨前線の豪雨。熊本球磨川氾濫から、大分・福岡・佐賀の筑後川、中部に跳んで、飛騨川、木曽川・・・一地域にとどまることなく、降り続ける大雨。いつものようにという表現はおかしいが、いつものように「これまで経験したことがない」とか、「想定外の」という言葉が乱れ飛んでいる。こんなセリフがいつものように聞こえてくるのはやはりおかしい。リタイアしてから親しくなった地域の一つが球磨焼酎の球磨川エリア。2017年のミステリーツアーで人吉に一泊したのを含め、三度も訪れた。今回の洪水のニュースを見て、他人ごとではない。早速、焼酎の営業マンに連絡をいれて無事を確認した。人間はいかに自然と調和して生きるか。自然を制御して思い通りにするなんてことは、考えてはいけない。改めてそう思う。技術屋の世界で「エントロピーは増大する」という原則がある。最近、「自己組織化」という現象が人気がある。放っておいたらなるようになる、というのが最も自然で調和できる生き方なのだろう。それにしては、当方がやってきた「化学」も「工学」も、自然に逆らうような挑戦ばかりだったな、と思う。それが「進歩」というものだと思っていたけれど。

    日付(20/7/6) 小池都知事再選

やはり、現役都知事は強かった。凄い得票率で再選された。「女帝小池百合子」を読んで、何かが起きるか、と思っていた当方だが、でも予想通りの当選で良かった。もし、多くの有権者が期待するような(あのノンフィクションを否定するような)政治家なら、これから都知事としてどんどん成果を上げるだろう。そのネタには事欠かない。ここをうまく乗り切れる様な知事なら過去がどうであったかとか、表面だけの人だとか、何も文句は言わない。これから彼女を襲う試練は「人のせいには出来ない」苦難の道だろうから。これは一日本人として応援したい。コロナあり、オリンピックあり、そして財政難も来そう。「7つのゼロ」の公約は全く果たせなかったが、これからの4年を乗り切れたら全く問題ない。それは初の女性総理の道に繋がっても応援しよう。でも、今の社会情勢を見る限りそれは容易ではない。途中で東京都を放り出して、問題は国の責任にして国政でまたポピュリズムをひけらかすようなことにだけはなって欲しくない。都民も、国民も「何が最も大切か」という判断力は持たねばならない。今日はとりあえず「頑張って下さい」と言おう。

    日付(20/7/3) ポストコロナの世に

世界中で人類を悩ませているコロナ禍。一時、自粛要請で、日本は感染者の増加が止まって、世界の中で驚かれるほどの少ない死者数で、収まったが、逆に経済社会活動のストップでその影響が広がってきた。6月からは徐々に自粛解除が始まり、ここぞとばかりに感染者の増加傾向が見られる。症状のない感染者が増えてくれれば良いのだが、やはり本当に感染を止めていたようだ。これからは何とか広がりを防ぎながら経済活動を蘇らせる難しいテーマとの闘いである。ワクチンや特効薬の開発が待たれるわけだが、これがまた医薬品の難しさ。健康体に施す治療だから副作用は怖い。長い次の戦いとなろう。さて、連日報道され、一喜一憂している感染者数。どうもスッキリしないのは同時に検査数が発表されないから。日本の検査方針が未だに不明確である。最初から検査した数で陽性者の数を割ったものを発表しておけば素人でも分かりやすいと思うのだが・・感染者数だけ発表しても片手落ち。日本の検査実績があまりに少ないのか、そもそもふやしていないのか・・そこが不明確。政治がコントロールしているのならいるで、その背景を正直に発表すべきだろう。こんな時国民はバカではない。特に日本人は理由さえ明白であれば、我慢する。経済への影響は増幅されている。おそらく不況か、大不況か・・大きなインパクトがあるだろう。海外との交流、商流が止まったままになると、やはり、生活レベルを落とすことになる。結果としての貧富の差の拡大が避けられない。長い目で見渡した長期的視点の政治的リーダーを期待したい。「財政再建党」とでも言うべきか、今は誰も触れないけれど。

    日付(20/6/28) 女帝小池百合子

東京都知事選挙まで残り1週間。このタイミングで話題になっている新刊を読んだ。通常、この種のハードカバーは買わないのだが、丁度この時期で興味ある内容の様で、買ってしまった。読み始めたら、「ホンマカイナ」の連続で、まず著者の石井妙子氏を知るべく、検索した。決して政治的に小池氏を陥れねばならない人ではなさそうで、それにしては辛辣な小池批判が続く。ある時期、当方も突然現れた女性政治家でいずれこんな人が初の女性総理になるのではないかと期待した。ところが、政界の中での変貌が激しく、日本新党、新進党、自由党、保守(新)党、自民党、環境大臣、防衛大臣、そして東京都知事。その後も都民ファーストの会、希望の党、などなど。野党から与党へ、自民党が野党へ、そして東京都で主役へ。その変貌ぶりに疑問を持っていた。そこをこの本は明らかにしてくれた。嘘とパーフォーマンスに彩られた世界。少なくとも政治信念はなさそう。この本を読んでも都民は彼女に投票するのだろうか。でも、当方がもった感想で最も大きかったのは、メディアの力と恐ろしさ、国民はメディアに操られている、ということ。彼女を世界や日本の大スターに祭り上げたメディアはこの本の感想を明らかにすべきだし、否定するならその証拠を示すべきだ。1週間後に又続投が決まって、知事を続けるのなら、この本に対する答えを明らかにするのは義務だと思う。折しも米国ではボルトンのトランプ批判の著書が騒がれている。こちらも世界を動かすかも知れない。表現の自由で何でも言えるのはやはり自由主義の利点だろう。でも、嘘を続けて欺き続けるのはやはり悪だと思う。「政治家ってそんなものですよ」というセリフは吐きたくない。興奮はしたけれど、何とも情けない読後感。

    日付(20/6/25) 新しい日常

全国で緊急事態宣言が解除されて今週から徐々に「日常」が戻ってきた。一昨日はOB会の幹事会。いつもの居酒屋で6名の会議(飲み会)。これですら、4か月ぶり。40名の総会をいつ、どう開催するか大きな議論。何と言っても平均年齢70歳以上の危険な年代の大きな会なので、慎重にと言うのが結論。昨日は東京のクリニックに健康チェック。久しぶりの日本橋。百貨店に立ち寄ったが、凄い人。たまったうっぷんを晴らしに来ている人ではないかと思うほどの人。しかも高齢者が多い。こんな影響で2次の拡大が広がらねばよいが、と心配。そして今日は調査の仕事のインタビュー。委託者の研究開発法人に集合して、大学教授にネットでインタビュー。何もかも初めてのケースでやや緊張。でも色んな形で感染症の影響を感じて、世の中が変わっていきつつあることを実感する。人出もどんどん増えている。ただ、もしかしたら日本で感染者や死者が少ないのは日常の生活の仕方なのかな、と思うのは東京の人込みの中でもマスクの装着率は驚くほど高い。今日も電車の中で観察したが、年齢層、性別、(見た感じの)職種に関わらず、皆、マスクをしていた。こんな国民性が寄与したのかも知れない。何れにしろ「新しい日常」と言えるものが浸透しつつある。この努力で「世界の中での奇跡」が起こせたら凄い。常識的にはあり得ないことなのでは、とは本心では思っているのだが。

    日付(20/6/20) 辻井ピアノ

決してクラシック音楽ファンなどとは言えない。でも音楽なら何でも好きで、演歌から始まって、民謡、童謡、ジャズ、ポピュラーソング、そしてクラシックも。珠にはCDも買うし、聴くのも歌うのも大好き。今回の自粛でも色んなCDを聴いていた。最近使っていないYou-Tubeに久しぶりにアクセスして、聴き始めたのが「辻井伸行」のピアノ。以前、TVの紹介番組で観てから凄いなとは思っていたが、この10年の世界を舞台にしての活躍ぶりを見て、あらためてファンになった。「全盲のピアニスト」なんて驚くレベルを完全に突破して、一天才ピアニストとして世界中で称賛されている。確かに動画で見る鍵盤さばきは信じられないが、ピアノの音が「透き通っている」。「汚れていない」美しさが心を打つ。いつの間にかクラシックファンになってしまう。これはなぜだろう。多分、彼が醸し出す「真摯さ」「純粋に音楽を愛するピアニストの姿」が心を打つ。次々と有名な作曲家のピアノ協奏曲を聴いている。最近は彼自身の作曲も増えてきている。でも、なぜ、あんなに沢山の楽譜(そもそも彼は楽譜では弾いていない)が頭の中に溜められるのだろうか、そこが不思議でならない。プロの歌手が自分の歌だけでも大変な数の曲をなぜ覚えられるのだろうか、と不思議に思うが、そんなものではない。どんな機構で記憶されるのか知りたくなってくる。「天才だ」と思うしかないのだけれど。やはりショパンが良いなと思って聞いていても、翌日はやはりベートーベンに戻るな、いやいやリストも良いな・・・と。こちらは楽しんでいるだけなのだか、タイトルだけでも覚えきれない。何とも凄い。

    日付(20/6/17) 朝鮮情勢から

ただでさえ「正しい情報」が入ってこない北朝鮮だが、ここ数日の動きは激しいようだ。北朝鮮サイドから次々と、動画まで含む情報が発信されている。南北の情報交換ルートも完全にストップしたとのことで、何が起こっているのかも正確には分からない。一般的解説としては北朝鮮の社会状況が最悪になっている証拠だと言われているが、それも怪しい。ただ、客観的な世界状況を見通せば、トランプ大統領の再選戦略が怪しくなってきて、東アジアの状況は二の次になりつつある、という辺りは間違いなく影響しているのだろう。日本も、日韓の仲直りも難しく、日朝は情報交流もなく、これでトランプ政権もグラグラとなれば、これまた安心できる状況ではない。肝心の安倍政権もいよいよ足元も危うい。コロナの大嵐の中で、もしかしたら「令和のガラガラポン」が避けられないのかも知れない。「ウイズコロナ」どころではなく、全く新たな社会が構築されていくのかも知れない。それは、我々の「幸福感」「価値観」までも変えるものになるのではないだろうか。一度、昨日までを忘れなければならないのかも知れない。当方は、それにはやや歳を取りすぎているとも言えるのだが。

    日付(20/6/14) ポストキャピタリズム

自粛生活の間に良く本を読んだ。読みやすい本ばかりだったのだが、つい新聞の広告を見て、ついでに買った難しい本があった。「未来への大分岐」という本。NHK-BSでやっていた「欲望の資本主義」を見ていたものだからそれに刺激されたのかも知れない。ところがいざ読み始めると、まるで「哲学書」。時々面白そうなのだが、相当考えながら読まないと進まない。マイケル・ハートとかマルクス・ガブリエルと言った新進気鋭の哲学者と日本のこれまた若手の斎藤幸平教授の対談形式。この二人の部分は、かなり苦痛だった。ところが第三部になって、経済ジャーナリストのポール・メイソンとの対談になって、俄然面白くなって、一気に読み終わった。主題は「ポストキャピタリズム」。終焉が近いと言われる資本主義の後、社会はどうなるかというテーマ。この本は昨年夏の発行で、トランプ政治やブレグジットなどの社会変化を取り上げていて、それだけでも現実の問題なのだが、当方はCOVID-19パンデミックの中で読むことになった。それゆえに、これから社会がどう変わっていくのか、関心は強い。コロナがなくても資本主義の終焉は近いと言い、その後は殆ど悲観的だが、望ましいポストキャピタリズムはもう金・利益の世界では無く、ヒューマニズム(人間性)主体の情報社会。AIをどうコントロールできるかが、人間社会を決める、という。気候変動も大きく影響するが、AIが最重要だというのがメイソンの説。社会民主主義的発想で、いわば左翼的だが、ロボットやAIで人間は働か(け)なくなる。労働時間は大きく減っていく。1週間前に取り上げたBIの話に繋がる。「働く喜び」などという言葉は無くなっていくようだ。じっくり考えてみれば、大きなトレンドは常識すらが変わっていくということなのだろう。もう、間違いなくロートルの出番では無い。でも、たまにはこんな「何とか理解できる」本にチャレンジしてみるのも良い、と思った。でも、この斎藤教授、まだ33歳。日本人にも凄いホープがいる。それは嬉しい。

    日付(20/6/11) 人種差別問題

COVID-19騒ぎで見通しの立たない世界の中で、多くの問題が顕在化している。最も大きいのは中国の問題で、これからどう動いていくのか、非常に気になる。「政経分離」の一言では片づけられない状態になりそうで心配である。一方の米国。大統領選挙が近づいてトランプ大統領の動きがますます派手である。昔は重要では無かったSNSを駆使して、言いたい放題である。何しろ議事録は残らない訳で、「言い間違い」「訂正」など何でもありである。そこに来て今度は人種問題。そもそも差別的発言はあったが、どうみても許せない様な発言も続けられている。以前から黒人(黄色人種だって)差別は往々にしてみられたし、米国は基本的に白色人種が優位に立ってきたのは歴史的事実であって、平等を謳うのは「理性」というフィルターを通した時だけではないかと、思ってきた。当方も現役の時は僅かだがグローバル対象の仕事をして、多くの人種と関わることもできた。もっと流暢に言葉が話せたら、刺激的だろうと思ったことも多かった。当方がつきあったことのある黒人は、おそらく何れもハイレベルの人達で実に気持ちよく付き合えた。彼らの方にもアジア人に対する差別意識もあったと思うが、これまた「理性」のフィルターが機能していた。今回の白人警官による殺人行為は言うに及ばないが、日常の底辺にはまだまだ広範囲に差別は残っていると思う。性差別も、病人差別も、障害者差別も、人種差別も、そして貧富の差別ですら、本当の「感覚としての平等」に至るのはまだ何世紀もかかるだろう。だからこそ、人間の人間たる「理性」が働かなくてはならない。米国では、かのコロンブスの銅像も川に投げ入れられ、名画「風と共に去りぬ」が消されていくとか。それはそれで、非常に引っ掛かる。これらは「理性」では解決できないのだろうか。こんな問題には将来AIはどんな解を与えてくれるのだろうか。それも考えると恐ろしい。

    日付(20/6/8) 大きな桁のお金

我々人間の金銭感覚は、その生活環境と直接関係する。子供の頃は、10円の価値が大きかった。成長すると共に、学費、生活費、そしてポケットの小遣いも桁が上がっていった。社会人になると、仕事で対象とする金額は、生活費の感覚とは又異なる桁になっていった。何千万とか、何億とかという個人の生活では関係ない様な金額でも、平気で扱うようになった。でもそれは業種や、企業規模にも拠っただろう。さて、新型コロナ禍の経済対策、いくつかの大きな数字が頭に残った。補正予算だけで、一般会計年間予算に相当する100兆円規模、一家庭一組のマスクで450億円、困っている家庭を対象に給付しようという所期の案は計4兆円、それが一人10万円になって給付金総計12兆円。こんな凄い金額が政府や国会で乱れ飛ぶ。今回の第二次補正予算の予備費は目的不明で10兆円。とにかく桁違い。これが借金まみれの国のやることかと思ってしまう。累積赤字は遂に1000兆円という。国に金を貸しているのがまだ主に日本人だから大丈夫という理屈らしいが本当だろうか。一方、毎日のニュースでは、数億円、数十億円、数百億円という金があれば、あれが出来る、これで吹っ飛ぶと言った話題が多い。どうも我々の頭の中の金銭感覚も、1億円くらいを超してしまうと、もう100億円でも1兆円でも単なる「大金」でしかないのかも知れない。でもこれは危険である。家庭では10万円の心配をしながら、仕事では数十億円でも意味が分かる感覚を持っていた。だから我々は国の税金の使われ方についても、1兆円の意味が分かるようでありたい。10兆円をご自由にどうぞなんて、言って良いのだろうか。当方など、これまでの人生で仕事も含め1兆円について自分の問題として考えたこともない。国民に求められている、金銭感覚。

    日付(20/6/5) ベーシックインカム

IoTの進歩とか、ロボットの進化の話で話題になる「ベーシックインカム(BI)」という言葉がこのところコロナ対策でも話題になる。BIとは、労働の対価としての収入ではなく、無条件に全ての国民に一定の収入を保証するという制度。労働は人間の義務の一つとか、「働かざる者食うべからず」と思っている我々にとっては、考えられないことだが、労働のIoT化が進展していくと、人間の働き場所が無くなっていき、究極の姿は、ロボットが稼いでくれて、人間は与えられる金で生きていくという姿である。今でもいわゆる社会保障で、生活保護とか、災害時の給付金など税金で生活をまかなってもらうケースはあるのだが、その究極の姿である(考えてみれば我々年金生活者も?)。既にヨーロッパでは制度化も進んでいてフィンランドでは月約10万円のテストを実施、スイスでは月約30万円の制度を国民投票(とりあえず否決)などで検討されている。2045年の「シンギュラリティ」はロボットの知能が人間を追い越すと言われていて、人間はロボットの飼い犬状態になるかも知れない。今回の給付金10万円をもらって後ろめたさを感じているようではこれから先は生きていけないということか。でも、こうして世界中でお金がバラまかれているのを見ると、全く違う意味でのお金、収入、労働などを考えてしまう。AIにもこの情報はインプットされるだろうから、50年先にはロボットが「人間も役に立つことをやってた時期があるんだね」と言っているかも知れない。不謹慎な話題かも知れないが、考えてしまう。この時代に生きていて良かった。

    日付(20/6/2) 自由民主主義の終焉か?

今回のコロナ騒ぎで、世界の中心になって暴れる(?)中国。危機に強い強権主義を証明している。直接関係するのか、対米姿勢、対香港姿勢など、「制限なき強権」を振りかざして強い全体主義を表に出してきた。対する自由民主主義は苦戦である。トランプ流は反発を買い、欧米でも「強いコントロール」が期待され、強権に頼らざるを得ない。でも、自由経済を求める声も大きく、多くの国が感染症との共存方式へと舵を切っている。中国の対極に位置するのはスエーデンか。感染者は多くても、特別な対策はなく、国民の自主判断に任せているとか。ブラジルとは異なる政治的対応である。さて、日本は「奇跡」と言われる感染者、死者の少なさに救われているはずなのに、そんな印象は受けない。マイナス志向のメディアのせいかも知れない。恐る恐る経済も動き出した。ただ、どんなニュースを見ても、昨年の状態には戻らない。「新しい日常」に向かわざるを得ない。経済のV字回復には、我々世代の「特に影響なく、ジッとしていた」人達が動き出すのが必須だが、この世代はもう70代、寿命との闘いが始まっている。1か月に何人亡くなり、何人入院しているか分からない。大きな変化が起こっているだろう。去年と同じ来年はあり得ない。世界の状況を見ると、来年のオリンピックも開催出来そうもない。新しい日常には「地方への流れ」「清貧への流れ」が避けられないと思う。日本人も一度立ち止まって、明日をどう生きるべきか考える時なのかも知れない。ツツジやサツキから、アヤメ、カキツバタ、アジサイの季節に変わっていく。美しく咲く花を楽しむ幸福感を求める様な生き方を。

    日付(20/5/30) 5月が終わる

おそらく歴史に残るであろう3か月であった。国民揃って何らかの形で協働してきた。そして、いよいよ限界が近づいて自粛解除の方向に動いている。対ウイルスの武器が出来た訳ではないのだから、我々サイドが怠れば何度でも襲ってくるのだろう。次に問われる国民性は、一人一人がどこまで、「うつらない、うつさない」努力をするか、だろう。ニュースを見ている限り、欧米各国は2波、3波に襲われるだろう。でも、もしかしたらその方が国としての対策は成功になるかも知れないと心配する。日本経済にとって、感染率が低すぎる日本が妙なところで「外国と付き合えない国」になってしまうかも知れない。何故日本が、なぜ東南アジアが、という疑問が世界を駆け巡っているらしい。新しい、ウイルスからの挑戦なのかも知れない。あの対策が良かったとか、アレが成功したとか言うのではなく、早く「何故」を突き詰めてほしい。少なくともラッキーだった日本、とは言えるかもしれない。勿論、これからは待っているのだけれど。

    日付(20/5/27) 借金は誰が払う?

危機の時の政府の仕事は、どんどんお札を印刷して、国民に配ることか?このところのニュースを聞いていると、どの国でもそうだが、国民や企業の救済のためにいかに多くの金をバラまくかを競っているように見える。勿論、食うにも困る状態にまで追い詰められている人達がいて、その人達に救済の手を差し伸べる必要があることに何の異論もない。補正予算を組んで発表することにも、異論はない。でも、企業でも家庭でも予定外の支出がある時、そのお金の工面をするとき、当然いつどうやって返却するかは考えるし、考えないと借金もできない。国の予算だって同じこと。これだけバラまくからには、やはりその金はどこから出るのか、何にしわ寄せが出てくるのか、一言説明が必要なのではないか。世界の中でも飛びぬけて負債の多い日本が、飛びぬけた額の赤字国債を刷ろうとしている。この返済の痛みは、孫たちの時代にはニッチモサッチも行かなくなって、「日本国デフォルトへ」という事態にならないだろうか。いや、そこ迄待たなくても、もしかしたらここ数年以内にも起こるかも知れない。こんな危機の時にはやはり、政治は国民にも覚悟を問わねばならないと思う。今、緊急事態宣言から解放されて、もう数か月前の状態に戻るような楽観が漂っている。勝負はこれからだというのに。

    日付(20/5/24) 小さな地球、でも遠い

木曜の朝のワールドニュースを見ていて、米国ミシガン州でダムが崩壊、洪水が起こった。写った画像に見覚えのある景色。どうも昔済んだ地域が水没したようだ。早速、今も現地に住んでいる日本人や米国人の友人たちに見舞いのメールを送った。出張時に泊まったホテルや、駐在時に散歩した公園や、街中のゴルフ場も水浸し、とか。ニュース記事も送ってもらって、心配するやら懐かしいやら。幸いにも友人たちには被害は無かったようだが、やはりコロナの騒ぎの中で大変だったようだ。でもあらためて振り返れば、米国生活はもう20年以上前の話。会社も、街も大きく変わった。あの頃と較べると地球は一段と小さくなった。情報はあっという間に交換できる。と、言いながら、今はどの国も封鎖状態。行き来する人間は90%以上減少しているとか。いよいよ経済へのインパクトが強くなって、マーケットが開き始めた。人間の英知で、感染症との共存を図りたいものだ。ニュースのやり取りの速さを実感しながら、やっぱり遠いんだと思った。

    日付(20/5/21) おかしな国日本

朝ネットで「黒川検事長辞任へ」という記事を見て、何となくホッとしてその後朝刊を。そして再度ビックリ。これも「文春砲」だった、とは。メディアで働く人達は「文春を見習え」と言われているとか。確かにメディアの重要な存在価値の一つは「批判精神」だろうとは思うが、ここ数年、文春の「おごり」が目立つ。「文春が書けば政治が躍る」的な流れができた。検事長任期の問題も、騒がれ始めた時点で「黒川氏が辞めれば最も良いのに」と思っていたが動きが無く、ついに「新聞記者との賭け麻雀」で、落ちがつくなんて、「文春が書けば・・」という、お粗末な結末。この国のリーダーシップは誰が取っていてどう方向が決められていくのか。この件の流れを見ていると情けなくなってくる。安倍外交政治をサポートしていたのだけれど・・・さすがに、ね。

    日付(20/5/20) 日本橋にて

4月に予定していた「24時間心電図」を1か月延期してもらっていて、昨日・今日で終わった。昨日の朝の東京行きは何と3か月ぶりの電車。乗るだけで緊張感があった。確かにガラガラ。日本橋に着いてビックリ。「これが、あの・・」と思わせるほどヒッソリ。いつも多くのサラリーマンが歩いていた地下街にも数人が歩いているのが見える。周辺のビル街もクローズなのか人の出入りもない。クリニックで尋ねたら、来院患者も大幅に減っているとか。センサーを装着した後、表通りに出てみたがやはりヒッソリ。これはニュースで見る「部分」ではない。正に「死んだ(眠った)街」。世界中の都市でこんな状態が起こっているのだと、現実に思い知った。今日も取り外しと診察に出かけたが、大きな変化はなし。後10日待てば、と思おうとしたが、「後10日も続くのか」と、予想されるインパクトを感じ取った。感染症との「共存」、という言い回しが増えてきた。長期戦を覚悟して、人知で生き抜くしかない。食住衣の順で、世界的プレッシャーが増えていきそうに思う。「金」の内は暫くは大丈夫だと思うけれど、「物」のステップになると日本は苦しくなる。静かな街をみて、近い将来が心配になってきた。

    日付(20/5/18) 自粛警察

良いタイミングで名つけるものである。感染者差別や、自粛しない人を批判する動き。人間の嫌な面を表に出す差別の言葉。もしお隣の家族が感染したら、もし友人が感染したら・・考えただけで迷う自分がいる。井戸端会議でマスクもしないで大声で騒いでいる人がいると眉を顰める自分がいる。誰にもあるこの種の感情だが、表立ってニュースにされるとやはり反発心を感じる。これが、現実に周りに次々と生じてくると人間性の問題になってくるのだろう。所謂「差別」の問題にはこの種の感覚がどうしてもつきまとう。「理性」でどこまで頑張れるか、自分をどこまで平等感覚で制御できるか、たった一言を発するのに悩む自分が見える。毎日、夕方、ウオーキングに出かける時に「マスクをすべき」と家内は言う。こんな田舎で池の周辺を歩くだけなのに・・・と、不満があるが、今日は池への往復時はマスクをした。妥協案である。理屈だけではない、何かがある。

    日付(20/5/15) 解除の流れ

昨日の緊急事態宣言一部解除の発表で、世の中の雰囲気が少しづつ変わっているようだ。ただ、ワクチンも特効薬もいまだなく、おそらく症状のない感染者はいるのだろうから、これから感染者を増やさず、経済を再度活性化するのは至難の業かも知れない。でも、世界中で不思議がられている「日本の奇跡」の理由は本当に何なのだろう。感染者総数はそもそも検査が少ないから、で片付けられるかも知れないが、死者の数はさすがに誤魔化せないだろう。なぜ、これ程までに被害が少ないのか不思議である。このまま順調に解除していってコロナに打ち勝てれば、正に「令和の奇跡」になるかも知れない。とは言っても、社会全体の復活はおそらく時間がかかるだろう。来年のオリンピックをやって「日本の奇跡」までつながれば、凄い復活だけれど。でも、今は皆で急にはしゃがないことだ。ゆっくり、落ち着いて一日一日を過ごしたい。景気がすぐに復活、などということは考えないで。この辺りには、アベノマスクは未だに届かない。10万円の知らせも来ない。政治に対する信頼の復活はまだまだ遠いようだ。

    日付(20/5/12) ドサクサに紛れて

政治家って、そんなに「国民がどう思うか」という発想をしないものだろうか。「どう思われてもいずれ忘れてしまうよ」位の発想だろうか。このコロナ騒ぎの最中の国会、検察庁法改正案が揉めている。ネット上で先の検事正の定年延長とからめて三権分立の危機とまで騒がれているらしい。ただ、今回の公務員法の改正は定年延長が主なので特定検事の延長問題ではない。野党も延長には賛成の様だからうやむやになってしまうかも知れない。ただ、もう既に発令は済んでいるが黒川氏の延長決定は不愉快だった。安倍政権が独裁化するのではと思わせた。一方コロナ禍の中のリーダーシップの在り方は実に興味深い。首相は憲法改正と結びつける。これだけ自治体ごとのばらつきが大きい問題なので、知事の能力も試されている。東京や大阪の知事がどんどんクロ−ズアップされる。今こそ地方自治が問われるのかも知れない。こんな事態こそ「ドサクサに紛れる」時代なのだろう。世の中に大きな変化をもたらす良い機会ともいえる。言いたいことが言える国だと自信を持つのなら、こんな時にこそ自分の意見を張り上げて「ドサクサに紛れてでも」突っ走るようなリーダーシップが出てくる機会なのかも知れない。吉村知事に人気が集まるのは国民も「何か」を求めているのだろう。

    日付(20/5/9) 第二回ネット飲み会

新型コロナと戦う最前線の方々には申し訳ないけれど、我々自粛組にとってみると、いかに時間をつぶすかも大きな問題。子供たちのみならず、高齢者の鬱が、一層問題になりだしたという話もある。リタイアリの鬱は、コロナとか、緊急事態宣言などとは関係なく、そもそも大きな問題なのだが、死が迫りくることへの意識が背景にあるとすれば、このような世の中の危機意識が増幅させる可能性は大いにあり得る。その対策という訳ではないが、先週トライした第一回に引き続き、今週も「金曜夕方の飲み会」があった。ネット革命の知識吸収もあって、今回は今一気に伸びているZOOMを採用、自称デジタル爺さん達がネットで集った。流石に、話題のシステムだけあってかなりスマート。最初から希望者全員7名が参画、ワイガヤ飲み会が開催できた。無料で使用すると、時間制限が40分とのことで、40分ごとに入りなおして、でもかなり酔えた。背景がバレて「もっと掃除しろ」と言われたり、照明の関係で写りに不満があったりと、宿題も多かった。当方は、昨年9月にタブレットが調子悪くなった時に周辺を点検、Wi-Fiルーターを更新した。こんなに安価でやれるのだ、と感動して安いルーターにしたためか、昨夜の評価では通信速度が遅く、動きが鈍いらしい。こちらでは良く分からないものだから、今まで知らなかった。昨夜の内に新たに更新を決めた。色んなことを学びながら楽しんでいる。次回はまた、次のタイプのネットミーティングに挑戦する。どんな小さなことにでも変化を求め、楽しむ。その仲間が居れば、共にまた一日長生きが出来そう。みんな生き生きと、あちこちクリックしては機能も学んでいる。「好奇心」も生き甲斐と繋がるのかも知れない。この社会のこの立場では「金曜の夕方」の意味も特に明白ではないのだけれど。

    日付(20/5/6) 命か経済か

どの国もこの問いに答えざるを得なくなってきている。「そりゃ命ですよ」というのはたやすいが、経済がとことん狂うともっと多くの命に繋がる。大げさに言えば今、世界中の政治家がこれで悩んでいる。日本はこれまで命の犠牲が特に少なくできた。これを成功とみるかどうかはこれからにかかっている。緊急事態宣言の期限が今日までだったが、これを解除するかどうか。結果は今月末までの延長となった。命に重点を置かざるを得ないということなのだろうが、それでも感染の少ない地域や、都市部の繁華街、教育関係者など、色んな立場の人々から疑問も湧き上がる。当方は本当の意味の「パンデミック」になった時点で、「人間が生き方」「幸福感」を変えざるを得なくなるのでは、と思っている。本当に技術(医療)が勝てるのかどうか、元通りの生活が戻る保証はない。自然の中での自給自足の生活を最も幸福と考える様な世界がくるのではないかとさえ思っている。もし、期待通りワクチンや特効薬ができてもこの世界中の「バラマキ政治」の負のインパクトはそう簡単には収まらないだろう。至る所で格差が明白となり、混乱と奪い合いの世の中になるかも知れない。大きな歴史の変換点になるのは確かだろう。比較されるべきは、これまでの感染症の歴史の様に、入ってきたらそれに任せてかかる人はかかって消えていくといった対応をした場合だろう。せめて、やはりそれよりは良かった、人間らしかった、と言えるような結末を望みたい。一歴史として総括される日までは生きられないとは思うけれど。

    日付(20/5/3) ネット飲み会

コロナ騒ぎの中で高齢者の出来ることは、まず「うつらない、うつさない」ことである。従って、優先順位第一は「家に籠る」こと。当方など、毎月でかけていた出張もなくなって、話すとしても家内と「あれ、これ、それ」だけだから、声が出にくくなっていることも分からない。ただ、この時代の良いのは、ITの進歩。朝からディスプレーの前に座って、ニュースを見たり、メールをしたり、囲碁やゲームで遊んだり、たまに仕事もあるが、何とかそれで一日が終わっている。ウオーキングとその後の一杯は必須の日程。そこで、数人の友人に声をかけて、デジタル爺さんの「ネット飲み会」を計画した。仕事の関係で、一度ZOOM、とWebexには入ったことがあったが、自分でアレンジするのは初めて。トータル参加者数と継続可能時間、しかも無料という条件でGoogleの「ハングアウト」にチャレンジした。時間になってInputを開始したら、4人でストップ。これには焦った。結局、それ以外の人とは別ラインで繋いで、話したが、所期の目的は達成できず、やや不満な第1回であった。でも、こうしてネットを通じてうだうだ喋りながら飲むのはなかなか良い。固い内容の会議には決して有効とは言わないが、飲み会の様などうでも良い集まりには合理的ですらある。皆さんに不行き届きを謝って、でも次回を約した。今度は友人が話題のZOOMでアレンジしてくれる。これはこれで、この分野の進歩や可能性を確認する意味でも楽しい。誰かが感染して病の心配、他への感染の心配などをすることに比べれば、最も高齢者に適した時間の使い方かも知れない。ちゃんと繋がったら、どんな話で進行するか、一応計画はしていたのだが、そんなトライは次回以降となった。でも、こうして「Something New」に挑戦するのは、良い刺激である。将来の「予想される(?)生き方」も次第に見えてくる。ベッドに縛られているよりはましかな、なんて思いながら。

    日付(20/4/30) 出口管理こそ国力

5月6日の緊急事態宣言の期限にどうするか、を問われていて、当然のごとく「延期」説が強い。曰く、未だ感染拡大中、2次感染、3次感染があり得る、まだワクチンも特効薬も出来ていない、というものまである。でも、だからこそ何とか社会再開に向けて努力すべきではないか。誰もが5月6日までは何とか耐えようと思って頑張ってきたと思うのだが、これを(日本国中で)また、延期するのはどうだろうか。逆手に取っていえば「まだワクチンも特効薬もできていないのに」。今は、国民の覚悟を問うて「新しい生活」にチャレンジすべきではないか。誰もが、感染の怖さも知った、止めるためのコツも知った。それであれば、病気や病院以外も含め、出来る所から元に戻す(というより、対策向けの新しい社会を始める)べきではないか。少々効率が落ちようが、不便さがあろうが、この2〜3か月に知ったコロナ対策を使いながら、社会活動は出来るだけ元に戻すべきではないか。感染者の少ない都道府県や、地域もあろう。おそらく住民の感度が高くなっているのだから予防措置もあろう。「協力してコロナに立ち向かう」とは、そのように個々が「かからない、移さない」ということを心して努力しながら社会活動に戻っていくことではないか。誰もがジッと隠れて待っているだけではないと思う。欧米人の方がそこの所を良く分かっているのだろう。まだまだだと思う段階で通常に戻すことの方へ舵を切っている。ここで完全安全主義にこだわっていると、おそらく痛い目に合う。それだけ日本という国は「守られた安全」の中で70年間生きてきた、ということかも知れない。

    日付(20/4/27) 今こそ「財政再建」では?

こんな時に「財政再建」の話など何事、と叱られそうだが、気になって仕方ない。特に世界のグローバル化の話題の中で今回のような世界全体の危機的状況になると、食のほとんどを世界に頼っている日本の弱さが見えてくる。コロナの件では、人は入国できなくても物は流れているから目立たない。でもこれが動植物感染の危機だったらどうなるか。すべての食品を輸入ストップ、などという状況は考えただけで恐怖である。さて、国としての経済対策は全て金・財政で解決しようとする。100兆円以上の対策を打つとか。財源は又もや「国債」。借金である。1000兆円にもなろうかという国の借金だが、いつ、誰が、どうやって返すのか。想像できない。これまで制限されていたが、いよいよ海外で日本国債が買われる(海外にしか買う人がなくなる)時代になる。その時、日本がギリシャやイタリアの様な状況になりかねない。一体誰がこの件を真剣に考えているのか。そんな政治家はいつ現れるのか。コロナ対策でも、ガンガン国債を発行して、ドンドン現金をばらまいて・・・そんな対策ばかり目に付く。一人でも良いから、一つの政党だけでも良いから、「財政は大丈夫ですか。も少し縮小経済の方向にいくべきでは?」と聞いてほしい。おそらく、我々世代や現在の現役世代は問題の前に人生を終えるだろうが、孫たちや、そのまた子供たちの世代になると、「日本・デフォルト化」という日が来そうだ。今言うべき話題ではないかも知れないけれど、今だからこそ恐ろしい。リーダーシップの次は我々自身の生き方である。

    日付(20/4/24) 危機時のリーダーシップ

非常時ほどリーダーシップを問われる。リーダーシップとは「優先順位付け」である。さて、優先順位をつける時、「平等性」はどれ位重要か。将来への影響への考慮はどれ位重要か。今、毎日それを考える。欧米では医療最前線の「トリアージ(治療優先順位の決定)」が必要になっている。日本でもその時が近い。どんなに苦しい決断かと、想像するだけで苦しい。さて、命とお金。こちらもいよいよ現実問題となってきた。お金がなくなると命の問題に繋がるのは歴史が証明している。ここでも優先順位付けが必須である。さて、采配する「政治」にその覚悟があるのだろうか。やはりトップはそれを語る必要がある。頷いてもらえるかどうかは別にして、これからの方針を決める時に自分はどんな優先順位に基づく判断を心掛けるか、明白に示しておく必要があろう。新年度予算が102兆円、補正予算も100兆円、困った人に30万円で4兆円、全員に一人10万円で12兆円、マスク2枚で500億円、オリンピック延期で数千億円(?)・・・、どの数字を見ても、借金だらけの日本で、どこから出るの?と思わせる。「平等」は何に対する平等か、優先順位の基準は何なのか?結局「この人がそう言うのなら仕方がない」という納得が得られる人が引っ張っているどうか、ではないか。全体主義、社会主義はそれを「力」で押さえつけようとする。さて、自由民主主義下で、このリーダーシップはどこから発揮されるか。安倍首相にとって、タイミングが悪すぎた。彼への信頼度は低すぎる。この危機の中、この人ならというリーダーに現れてほしい。誰かと問われてもすぐには出ないが、土光敏夫さんのような人かな。ステーキではなくメザシだろう。

    日付(20/4/18) 隔離

コロナ騒ぎの中、何度も思いだすのは3月2日の「ちょっと俯瞰してみる」の数字。日本で1日に何人亡くなっているか、理由は何なのか。それを考えると今回の新型コロナの犠牲者数は特筆すべきものではないとも言える。ただ、この感染症の難しいところはまだワクチンも無ければ特効薬もなく、重傷者で亡くなる率も高いということだろう。だからキーは「感染しない、感染させない」ということであり、もっと直接的に言えば「感染者の隔離」である。子供の頃、いとこの一人が結核だった。早くに亡くなったが田舎の農家の納屋の様な建物の2階に言わば隔離されていた。賢い人だったらしく話したいと思った記憶がある。小学校低学年で何回か入院した。田舎の病院だったが「隔離病棟」という病棟があり、赤痢などの伝染病に罹った人や、結核の長期入院者などがいたはずだが、ここにも近寄れなかった。振り返ってみると、歴史の知恵として、伝染とか感染とかとの闘いは、まず「隔離」だったのだろう。余りに冷たい言葉なので、公には出てこないが、今回のコロナ騒ぎでも「感染したらまず隔離、自覚症状がたいしたことが無ければ自宅で」といった原則があれば、おそらく医療崩壊も防ぐことができたかも知れない。どんな病気にも正面から立ち向かって医療で勝つ、という姿勢が全て正解ではないのではないか。そう思わせる世界の戦いぶりである。我々は(感染するまで)じっとしているしか無いのだろうけれど。

    日付(20/4/16) 考えなければ、「コロナ」後

今はみんな5月6日のゴールデンウイーク明けを目標に耐えているように見える。ただ、どう考えても従来通りには戻らないだろうから、さて、それ以降どうなるか。日本式対応はおそらく世界に比してトータルの死者数を少なく抑えることはできるだろう。でも、回復の道のりは何度もピークを迎えながらゆっくりゆっくりに成りかねない。感染症対策としてはおそらく一つの解だろう。最も近代的な解かも知れない。100年以上前なら、今のニューヨーク以上に急激に広まって、ウイルスが人体と戦い、生き延びることが出来た人だけが次の時代を作る。今は弱者小者も救う訳だから、その分時間はかかる。おそらくそんなストーリーになるのだろう。問題は社会経済面の影響。こちらについては時間がかかるのは悪い方向に効く。おそらく延々と後遺症に悩むように思える。いまこそ、新しい生き方、新しい生き甲斐を社会が提案する時かも知れない。都会や、近代社会の弱点を見せられたのだから、もっと自然に近い生活を志向するようになるのではないか。地震があって、津波があって、感染症があって、さて、我々は何を目指して、どこに向かうのか。価値観が問われているように思える。

    日付(20/4/14) これはチェーンメールではありません

毎日、色んな情報を見ています。これは信頼できると思います。クリックしてみて下さい。
A. コロナに「一番効く薬を探せ!」国立国際医療研究センター等の戦略とは
B. 現在BCGの「コロナ予防説」は根拠なし、待たれるワクチン開発の現状
(「ダイアモンド・オンライン」より)。

    日付(20/4/12) チェーンメールの時

アルバイトの仕事も含め、ほぼ1日ディスプレーの前に座っている。福島の時にもあったが、チェーンメールが来るようになった。送ってくれる人は勿論親切心から「こんなメールがあるよ。気をつけようね。」的な内容で別に拒否するようなものでは無いがチョット気になる。当方はよほど信頼できるものでない限り転送はしない。昨日は対コロナの情報で2件届いた。結果としては当方の全く認識の無かった件の注意喚起になって有り難かったわけだがそれでも転送は止めた。一つは解熱剤に関するもので、バファリンなどのイブプロフェン系は症状を悪化させるとあった。当方は、どんな病気でもまず「バファリン」という人間で、もし感染したら(しなくても発熱したら)間違いなく家でバファリンを飲むに決まっているので、焦って調べた。調査してみるとネットにはこの種の解熱剤情報が溢れている。どれが真実で誰の言っていることが正しいか分からない。丁度その時、その情報を送ってくれた友人から「先ほどのメールはチェーンメールでした。」と詫びが入った。でも当方としてみれば、お蔭で今感染したらすぐにバファリンは飲まないと思うので、この分野に関心を持たせてもらって有難かった。でも、こうして何か危機的状況になると色んな情報が行き交う。人間の心理をついている。根本には「不安心理」があるのだろう。「一緒に不安になりましょう」という仲間意識か。ただ、気になるのはこの種の情報には必ず「発信人」があって、曰く「中国で初期の対策に当たった医師」、「今コロナと戦っている現役医師」、「XX大学XX先生」等等、一般人がついつい頼りたくなるような「権威」がついている。これも、我々の弱点なのかも知れない。「不安」に負けてはいけない、と思う。

    日付(20/4/9) 迫られる選択

緊急事態宣言が発せられて丸2日。多くの問題が迫っている。優先順位第1位は勿論「国民の命と安全」なのだろうが、その国民とは誰を指すのかが問われ始めた。現金給付策を取っても、中小企業救済策を取ってみても皆同じ追加の疑問符が付く。それは「平等」に関する「不平等」。既に人間は皆大きな不平等の中で生きているが故に急に平等にと言われても通じるはずがない。ある意味、コロナ禍は正に人類に平等に恐怖を与えている。それに対し人々に平等な対策はあり得るのか、それは無理だろう。30万円貰える家と貰えない家できっと揉める。東京都と政府の間で自粛要請業種の選択で揉めているらしい。公に自粛してもらうと後で保障の問題になる。収入減少分の保証を誰が面倒みるのか、そこが要点である。東京都も対象を広げれば広げるほど補償すべき対象が増えていくことは無視できない。バラマキ対策を言うのはたやすい、でもバラマク源はどこから出てくるのか。またまた国家予算の数倍にもなるような赤字国債を発行すれば、その返済は誰がするのか。そこを考えない政治家が殆どである。孫の時代に日本国がデフォルト宣言。ゼロから出直しという時代が来なければ良いが、と思う。実はそれこそが、真の平等なのかも知れないけれど。この混乱の時代に問われているのはこれまでと異なる価値観、幸福感なのかも知れないと思う日々である。

    日付(20/4/6) 今を生きている

世の中、自粛の毎日。この年になると、自分の命に責任を持たねばならないとは常日頃思ってはいるが、世の中、人(他人)のためとはおこがましくて言えない。ただ、周りに迷惑をかけてはいけない、と強く思う。という訳で、2月26日に東京に出かけて以来、車で近場での買い物と歯医者にでかけただけ。それ以外は毎日のウオーキングだけで、ひたすら家に籠っている。会話は、家内と、電話の息子と、Web会議の相手だけ。読書と、ディスプレーに向かって、メールと調べものと囲碁、そしてSUDOKUで時間をつぶしている。今日は、久しぶりにスピーカーを引っ張り出してパソコンに取り付けてYou-Tubeの音を良くして音楽を復活した。丁度10年前のリタイア後の「どう時間を楽しむか」と試みた時を思い出している。パンデミック対策に何か貢献できれば良いのかも知れないけれど、もう周りに迷惑をかけないのであれば、再度自分を見つめても良いのかなとも思っている。丁度、読んでいるのは曽野綾子の「長生きしたいわけではないけれど。」というエッセー集。若い頃の「誰のために愛するか」を読んだ頃を思い出しながら。もう彼女も88歳、夫の三浦朱門も亡くなって自由な時間を過ごしている。短いエッセーの一つ一つが考えさせられる。時々出てくる「いいかげん」さが、ホッとさせてくれる。こんな「お嬢さん」の生き方と話が合う訳は無いと思うのだけれど、同時代を生きたと言うことなのかも知れない。今、こうして「コロナの時代」を生きている。明日は「緊急事態宣言」とか。でも、空は青く、春は進んでいる。

    日付(20/4/3) 日本は特別?

パンデミックの拡散速度には恐れ入る。この1か月、1週間の状況変化には慌ててしまう。中国だ、アジアだと言っているうちに、ヨーロッパ、アメリカへと拡がった。しかもそれが行く先々を世界の中心にしている。症状はそれ程とは思わないが、拡散速度は非常に速い。非常に容易に感染するようだ。最近、毎日見ている番組は「世界のニュース」。新型コロナで世界が一つになっている。さて、関心はなぜ日本がこれほど特別なのか、感染者の数は国策もあって、検査総数とのからみもありそうだが、死者数からみればどうも本当に「これまでの所、日本は救われている」。何故なのか良く分からない。単純に、検査のやり方、発表の仕方、などだけの問題で、いずれ欧州や、米国と同じ拡散カーブを取る、という意見もあるようだが、もしかしたら本当に、日本は特別な線を辿るのかも知れない。多くの可能性が言われているようだが、当方は真剣に「対結核」予防の成果説を信じたい。日本での対結核対策の歴史は長く、日本人なら子供の時から「BCG打った?」という話題には慣れている。このBCGによる結核予防が対新型コロナに効果があるとしたら、「本当に」日本は救われているのかも知れない。握手をしない、ハグもしない、「距離を置く遠慮の文化」、等々、多くのカルチャーの違いも言われている。理由が何であれ、もし日本が緊急事態宣言を出すことなく、世界の例外的拡散カーブで収まることになれば、歴史の成果なのかも知れない。まだまだ緊張は続くし、安心は程遠いけれど、この戦いが少ない犠牲で終わることができれば、それを心から願う。

    日付(20/3/31) ホームページ10周年

今日で、リタイアして丸10年。あっという間の10年だった。2010年4月1日の「徒然に」を開いてみると、オールフリーになって、寂しさとやりたいことが出来る喜びの中の自分が見える。色んなことにトライし、色んな新しい知己を得て、まずまずの10年だった様に思う。このホームページもよく続いた。ほぼ3日毎に徒然に書いた。安定して読者も得て、平均10名/日のアクセス。延べで33000人のアクセスを貰っている。具体名を書かないという原則を守ってきたので、他の人が読んで楽しいことも無かったろうけれど、逆に他人を傷つけるといったトラブルも無かった。できるだけ心掛けたのはメディアの記事を写すだけにならぬよう、少しでも自分の周りのことや、自分の意見を書いて、「こんなことに注目し、こんなことを考え、こんな毎日を送っている」人間がいるのだということを書き記そうと思っただけである。特に当方を知る人達が、当方亡き後、「あいつはこの件についてどう思っていたんだっけ?」といった見直しをしてくれれば良いなとは思う。もっと単純化すれば当方の考え方の遺言である。いつもこの徒然にを書く時、誰かの顔を思い浮かべ、話している。沢山の仲間がいることに感謝しながら。新型コロナウイルス騒ぎの真っただ中。これから世界がどう動くか知らないけれど、「自然と人間のバランス」「やはり、我々は生かされている」という考えで世の流れを見ていたい。いつもこのページに立ち寄って下さる皆様、有難うございます。一緒に頑張って生を全うしましょう。10年分に感謝して。

    日付(20/3/28) 外出自粛

とうとうこの週末は首都圏の外出自粛とか、TVの東京もさすがにヒッソリ。でも、世界で見ると何故か日本の感染者数は驚くほど少ない。世界で不思議がられているらしい。もし、検査数を意識的に減らしている結果だとしても、その戦略は正しかったと言える。死者の数はごまかせないだろうから、明らかに少ない死者数は、やはり何かを示している。おそらく日本は初期の頃から医療現場のパニックを恐れていたわけで、それが(未だ)起きていないなら大正解と言える。とにかく重症患者に集中したいというのが良かったのだろう。ただ、これからもこの状態が継続できるかどうか。それがこの週末や、「ここ1週間」にかかっているというのは頷ける。とにかく今の所完全な治療法は無い訳だから、個々人が自分の「回復力」に頼るしかなく、逆にいえば感染しない努力をするしかないのだろう。当方は最初から経済パニックばかりを恐れてきた。残念ながらそれは免れそうにない。でも病院パニックは是非とも避けたい所である。日本的文化の力が試されているというしかない。残念ながらグローバル化した社会という意味では、世界の感染度はすさまじい速度で拡散した。でも、各国なりの対策で死者の数が抑えられれば、一定期間が過ぎれば収まるのが常識なのだろう。要はそれまでいかに犠牲を少なくできるか、それが国力、それが民力か。感染対策が一区切りした後、どんな世界が来るのか、じっと静かに見守るしかない。この度のパニックも結局「生かされている」という自覚に戻るように思える。じっと、静かに、文字を追っている。企業の経営者だったらと思うとぞっとする。2008〜2009年を思いだしている毎日。

    日付(20/3/26) Webミーティング

10年前の現役の時にも「電話会議」があった。夜な夜なのグローバル会議に振り回された。夜になるとアパートで、ヘッドフォンを耳にしていた。あれからもう10年以上。今、コロナ騒ぎで、ホームオフィス、Webミーティングが推奨されている。機能として可能になってからでも、勤務時間のコントロールの難しさ、サイバー攻撃からの防御の難しさ、個人情報の管理とのバランスなどがあって、なかなか一般化しなかった。でも、この自宅勤務時に有効性が謳われるようになって、一気に拡大しているようだ。今日、研究所の調査のアルバイトの今年度のキックオフミーティングがWeb会議であった。昔の電話会議と比べると、カメラやマイクを内蔵したノートブックパソコンを使うと、いとも簡単に大人数の会議に参加できる。ディスプレー上には、発言している人の顔も現れるし、当方の顔も映っている。資料を見せたければ、共有も簡単。流石、10年の進歩は凄いと感じた。我々ロートルは事有る毎に「Face to faceの重要性」を説くが、もう完全に次の時代になっている。また大変な仕事を受けて、こなせるかな、という心配と、こうして新しい技術と次代の仕事の仕方に触れることができて、それだけで新鮮だった。この頭さえ働いてくれるなら、今年も頑張ってみようと、ようやく納得した。

    日付(20/3/23) 日々学んでいる

経済恐慌とは違う世界恐慌が生きている間に起こるなんて思ってもいなかった。歴史に学べば恐慌は途中から何が原因だったかが関係なくなってくる。ウイルスそのものが本当に怖いのは、まだまだいくつかの国だけかも知れない。ただ、今の状況は「人類が止まる」ことによるパニック。人が動かなければ物も動かない。何も動かなければ人類は生きていけなくなる。特に日本は死者の数が相対的に少ないがこれから「関連死」も生じてくるだろう。一人一人が今何をすべきかじっくり考える時になった。日本にとってみればオリンピック開催は今年の優先順位第一だっただけに、何としてでも開催したいところだ。でも世界中からアスリートや観客が集まるのだから予定通りの開催は不可能だろう。ウイルスの後に経済的な大きな危機が近付く。また「赤字国債の発行」「現金給付」などが騒がれだした。これまでの危機の時の対策に学ぶのは当然だが、本当に有効だったのか、よく見直す必要がある。一番大事なのは人間が「本当の幸福感」を取り戻すことだろう。お金だけではない。どう生き、どう死ぬかも含めて。今年も美しい桜が開いていく。

    日付(20/3/20) 一日で一気に開花

お彼岸の休日、と言ってもどこもかしこもヒッソリ、だろうと思う。何故なら、3月は殆ど遠出をしていない。おそらく昨日歯医者に行って、帰りにガソリンスタンドに行ったのが唯一だろうか。運動不足は気になるので、無観客の相撲観戦が終わるとすぐにウオーキング。すぐ暗くなるのだが何とか一日の歩数が1万歩になるように頑張っている。コースはいつもの団地内の池周遊コース、一周800m。この池の周囲は桜並木になっている。昨夕は殆ど気づかなかったが、何と今日一日で一気に開花(した模様。暗くて良く見えず)。この調子なら来週には満開か。コロナウイルスも桜の開花には影響しないようだ。でも、どこの公園も今年は花見はできても宴会はなしとか。静かに花を愛でよということか。2020年は実に思い出深い年になりそうだ。我々のような年金生活者は、世の中の動きを肌で感じることが少なくて、影響はないが、さてこれから何が起こるか。おそらくこのコロナショックで、経営が一気に苦しくなっている企業は多いことだろう。大丈夫だろうとは思いつつ、買い物にも、旅行にも、ゴルフにも、友人たちとの一杯会にも・・・出ていく気力がない。せめて、花見をしながら歩くか・・・。

    日付(20/3/17) 中国とグローバリゼーション

パンデミックの中心はヨーロッパ、とか。世界の交通が閉ざされてきた。経済への影響は計り知れない。ヨーロッパの各国の感染者、死者数が猛烈に増えている。一方、大元の感染源の中国はピークを過ぎたとか、もう専門家集団をイタリアに送ったりし始めた。まだまだ数の面では断トツで多いというのに。ただ、やはりこの国は指示や命令は行き届く。共産主義の恐ろしいところでもある。外への情報だって何が本当で何が隠されているか、全く分からない。感染源であることさえ否定するような情報もあるらしい。1978年の改革開放政策への転向以降の中国は正に世界の恐竜になった。共産主義と言いながら貧富の差を受け入れ、市場も開放、この30年で信じられない発展を遂げた。今や、世界一の大国の座を目指している。おそらく市民も世界における国の存在感が大きくなり、物質的に恵まれてくると共産主義政権を受け入れているのだろう。さて、その中国にとって、このパンデミックはどう影響するか。常識的には感染源であり、世界拡大への責任もあろう。まずは、できるだけ早く終息宣言をして、経済面での復興のリーダーシップを取ることを目論むのだろう。ただ、国民が習近平政権をサポートし続けるかどうか、これから問われる。日本を含む世界各国もこれを機に、中国との付き合い方を見直すべきだろう。他国が政治体制に口を挟むことはできないが、今後もグローバル経済の中の一国として振舞うのなら政治体制や情報体制などについてもいかに世界と同じ土俵に立つか、それを考える必要がある。日韓も日中も、日本にとってはもっと一緒になって発展したい国なのだから。今回のパンデミックは世界に「あり方」を問うている。

    日付(20/3/14) パンデミック

WHOは遂にパンデミックを宣言した。確かに、イタリアや韓国での感染の仕方は死者の増え方からして、パンデミックと言えるのかも知れない。でも中国での終息へのトレンドとか、日本での広がり方のペース、それ以外の地域への広がり方を見ると、「ウイルスの感染」そのものより、経済・社会への影響の拡大のマイナスインパクトの方が強烈に思える。株価の大暴落、それに続く乱高下、それより人や企業の活動の止まり方が著しい。もう、主役が病気では無くなったようにさえ見える。ワクチンも治療薬もない状態でも、「検査が遅い、少ない」と不満を言う。感染しても80%以上軽症で、その場合は病院に行かないで隔離しておけば治る、というのに。国によっては感染者を収容するベッド不足で医療が停滞しているとか。少なくとも今の所は日本の厚労省の対策は正しかったと言えるようだ。でも、メディアの効果だろうか、当方も含め、大多数の人間が「止まっている」。この悪影響はおそらく継続するだろう。不況、倒産、失業という経済ショックにブレーキをかけることが出来るかどうか。いよいよ、そちらの番だ。オリンピックが予定通り開催できるかどうか・・・日本だけの状況では決まらないのが痛い。

    日付(20/3/11) どう受け止めるか

おそらく歴史に残る大事件の中に居るのだと認識する。新型コロナ感染症の世界に与えているインパクトは強烈である。特に最近の経済への影響が凄い。当方は相変わらず、病気としてのインパクトはまだまだ大したことは無くて、「パンデミック」宣言は早いと思う。なぜなら(特に日本は)死者の数は大したことはない。これが無くても、全体を俯瞰すれば、毎日多くの人達が何らかの病気で死んでいくのは普通のことなのだから。でも、この感染の恐怖に市民生活が脅かされ、社会が縮こまり、動きが止まってしまうとその影響は計り知れない。感染が欧米に広まるに従い、その影響が表面化しつつある。情報に対する信頼性もだんだん減少していく。中国の動きや発表データ、韓国の動きやデータ、そして日本のデータさえ、疑いだしたらきりがない。人命への影響が大したことがない(許容範囲)だと認識すると、問題が政治化される。共産主義は危機対応能力が強い、とか韓国の現政権の反日の動きへの適用とか、日本の政権の五輪実行のための情報操作とか、それぞれの国の思惑が政策に反映されているように思える。こんな時には誰が本当に国民を思い、国を思って政策を立てているか、我々の求められるのはそれを自分で判断できる意識なのだろう。でもこうしてじっとしていると、一体どの情報が信頼できるのか、それを見定めることが難しくなっている。危機の時ほど誰の言うことを信じるのか、それを問われる。

    日付(20/3/8) これから何が起こる?

本当に偶然なのだが、先週からコロナ騒ぎで、どんどんプライベートには暇になるものだから、溜まっていたものとか新しく買っていたものとか、本を引っ張り出した。昨日今日で一気に読んだのは真山仁の「オペレーションZ」。文庫本化されたのは意外に最近。でも、この時期にこの本を手にしたのがビックリ。もう、止められなくて一気に読破した。世の中はコロナ一色。この種の危機に政治がどう対応すべきか問われている。この小説は、もっとベーシックで、日本国の国債依存の赤字問題。昨年3月、あるクライアントで勉強会のネタとして「日本の財政」をレビューして以来、他人事とは思えなくなったテーマ。とにかく面白くて、一気に読み終わった。でも、読後感は最悪。何の方針も出てこない。日本の将来に対する絶望感だけ。「こりゃ、早く死ななきゃダメだな」と思わせる。つらい小説だった。当方も、日本国の累積赤字、赤字国債依存については見るに堪えられない、と思っている。でも、今回のウイルス対策でも、首相の台詞は「各種対策、金は、いくらでも出そう」。本当に出せるのか、この本を読んでいて、日本国の「デフォルト」は決して小説の世界ではないのでは、と思った。この時期にこの本を読んだのは、これから何か大きな変化が起こり始めるのか、そう思わせた。

    日付(20/3/5) 日本の軍事力

毎年発表されているランキングだが、今年も「各国の軍事力ランキング」が発表された("Global Firepower 2020")。こんなデータがあることも発表も恒例であることも長い間知らなかった。コンサルクライアントでの勉強会の資料つくりの時に見て驚いてからフォローしている。日本は2018年は8位だったが、2019年は遂に5位にまで上がってきた。順序は米国・ロシア・中国・インドの次である。日本の後に韓国・フランス・英国と続く。評価の項目は総人口・兵員・航空戦力・戦闘機・戦車・主要艦艇・軍事予算からなる。勿論、その年の予算や投資などにより大きく動いてはいるが、ベスト10などは殆ど変わらない。当方がデータをみて驚いたのは「えっ、日本って[戦力の不保持、交戦権の否認]が基本じゃないの?自衛隊だけでしょ?」と言った単純な疑問だった。それが、こうして世界各国と比較すると正に大きな「軍事大国」である。政府はそれを「日本は日米安保条約に頼っている」という看板で話題にならないようにしている。でも、実質ここまで戦力を持った国になっているのなら、憲法にも明記し、まずは国民に認識させねばならない。今、国民に広くヒアリングしてここまでの軍事大国であると認識している人が一体何%いるだろうか。まずそこが問題だと思う。だから当方は憲法を改正して自衛隊を明記することには賛成だし、自力で自衛できる国であるべきだと思っている。このための最も効果的な運動はこの世界の軍事力ランキングを広く国民に知らしめるのが最も手っ取り早いと思うのだが。外国人と話す時彼らはわざわざ"Defence Force"などとは言わない。どこの国でもMilitaryである。このランキングのタイトルも"2020 Military Strength Ranking"である。

    日付(20/3/2) ちょっと俯瞰してみる

2019年のデータ。日本の1日の死亡者数は平均3700人(年間136万人)。最も多かったのはガンによる死亡で約1000人/日。次が心疾患で570人/日。肺炎は260人/日。事故死は110人/日。この数字を見て何を思うか。今の新型コロナを本当に「国難」と呼ぶか、大きな副作用があっても日本中の小中高を一斉休校にするだけの危機と思うか。それは個人によるとは思うけれど。日本国内の感染者の今までの総数は242人、クルーズ船を入れて950人、死者は12人。普通の肺炎でも1日平均260人亡くなっているんですよ、と言いたい。ニュースで我々は何を知らされているか・・ニュースや政治のおかげで何が起ころうとしているか。

    日付(20/3/1) やっぱり疑問・一斉休校

昨日からネットを見ていると来週からの一斉休校について色んな意見が交わされている。国民は何もできないのだからまずは総理大臣・政府の方針に従うべき、とか国難を突破するにば党派を超えて一致団結、とか・・・。当方も一斉休校を一概に批判するものではない。まず子供たちを感染から守ろうという意見に何も反対しない。でも、予想される反作用(悪い影響)の大きさを考えると、日本政府としての対策の優先順位の第一が一斉休校だとは到底思えない。まずは感染拡大を減らし、死者を減らし・・という辺りが優先順位一番だろう。そういう意味ではイベントの中止、集会の中止などは頷けるが、それでも主催者や参加者を考えると彼らの了解が前提であるし、彼らの協力なくしては効果はない。経済への悪影響は避けられない訳だから。感染や、死者という意味では、まずは大人や老人を考えるべきで、特に隔離場所(入院など順番を待っていられないだろう)の確保、方法の提案が先だろう。満員電車や人込みを避けることも具体策が必要だと思う。入出国管理のより一層の強化も大事だ。何と、中国は日本や韓国からの入国者を一定期間隔離するとか。今回の事件で「危機に対する対策」は全体主義の方がやり易い、効果的だと思った。武漢で拡大が始まった時、中国が10日間で病院(実は隔離場所)を建てるなどということをやったのは、その典型。日本は検査スピードを遅らせている(とは言えないだろうが)のは、どんどん検査をすると感染者がどんどん増えるからだと予想される(韓国が良い例)。まず隔離できるエリアを確保するというのは理にかなっている。中国はもう対新コロナ勝利宣言を考えているとか。数千の死者を出しても「やるとなったら何でもやれる」全体主義のメリットなのかも知れない。それが決して正解だとは思えないけれど。今の日本政府の方針の立て方もややそれに近くなっていないか。民主主義の国であれば、少し位余計な時間が掛かっても、意見を聞き準備をさせることが重要だろう。でなければ当方の様に依然として、「安倍政権の批判逃れ政策では?」といった意見も消えない。

    日付(20/2/27) 新型コロナ対策

予定では今日から今月の高松出張だった。昨日の午前、クライアントから電話。政府の不要不急以外の催しは止めるという指示に基づき当方の出張も中止となった。大急ぎで足や宿をキャンセルした。今月は例年の様に、終わった後、因島に安政柑畑を見に行く予定を立てていたので大慌ての一日だった。そして今日、安倍首相は遂に来週からの全国の小中高等学校の臨時休校を求めるメッセージを発表した。なかなか強いメッセージでリーダーシップを感じるが当方は納得できない。非常に穿った見方だろうが、安倍政権の苦しい立場(忖度、桜、そして検事人事)をウイルス問題に救ってもらおうとしているように感じた。理由はいくつかあるが、まず感染症の危険度。当方は今でもインフルエンザと同程度の危険性しか感じていない。今の日本では毎年時期が来ると今年のインフルエンザのタイプを発表し、子供たちが感染すると学級閉鎖をしている。毎年大変な事態だがそれに慣れてきている。世界中で何万人も死者が出る。インフルエンザと新型の違いはまだ完治させる薬が無いだけで病の度合いとしては決して大きいものではない。現在の被害者の大半は老人や何か病気を持った人たちでコロナが加速したという位置づけの様だから。催しの中止や、無観客試合にしたところで、強いインフルエンザが広まった時にこのような対策を取るだろうか。どうも情報・危機感をうまく利用しているように思えてならない。先を切って学校を休校にした北海道では共稼ぎの親が子供の面倒を見なければならず、病院が新患者を受け入れなくなっているとか。これではまるで逆効果になっている。当方の出張予定だった香川県はまだ患者が一人も出ていない。それでも学校を休校させるのだろうか。どうも納得できない政治の対策。メディアの報道のせいで、経済に対してはどんどん悪影響が出ている。社会は何でどう動かされていくのか、またまた記憶に残る歴史が進んでいるように思える。

    日付(20/2/24) 天皇誕生日

昨日は令和天皇初の「天皇誕生日」、しかも還暦である。我々でも、還暦の時は僅かながら感激の様なものがあった。もっとお祝いしたい所だが、新型ウイルス騒ぎの真っただ中に当たってしまった。人込みを作りたくないという宮内庁の配慮は理解できる。皇居でのお祝いは中止となった。でも、新天皇の還暦には驚く。平成天皇の婚礼パレードを良く覚えている我々としては、いかに時間が容赦なく過ぎていくのかということを思い知らされる。テレビ番組の「アーカイブ」を見ていてもよくある。2012年の「大震災からもう一年」という番組を見ていた。「えっ8年前?えっ、もうリタイアしていたんだ」、この気づきもショック。時間の経過は誰にでも平等で、でも冷徹に思える。もう一度自分の毎日を見直して、与えられた時間を大切に使わなくては、と再認識する。何でもよい、夜眠りにつく時に「今日を振り返られるように」。

    日付(20/2/21) そんなに忖度するのか

森友問題は籠池夫妻の有罪判決でいつの間にか消えそう。加計問題に至ってはいつの間にかうやむや。今や野党のターゲットは「桜」。国政が多忙な時に何をクドクドやっているのかという意見と共に、安倍一強政治に対する不信も大きくなってきた。当方の様に、世界の中における日本という立場で政治を見ると、安倍政権でいくしかないと思ってしまうけれど、政府さえしっかりしていればという前提で考えると、安倍首相でなくてはならないとも思えない。ANAインターコンチネンタルホテルが、反忖度の流れを作った。70%以上のマジョリティをグローバル企業が持っているという条件が、そうさせたのかも知れない。当方が期待していたのは「桜」の会の参加者たちの意見だった。万人という数が招待されていて、誰一人としてこの問題に声を挙げなかったら、官邸の勝ちだろう。そう思っていた当方にとってみると、グローバル企業の非忖度の態度は頷けた。良い悪いの問題ではなく、「真実を話す」ことの重要性が今ほど問われている時はないし、長い目で見れば、やはりその方が正解となる(はずだ)。さて、今回の新型ウイルス問題、とりわけクルーズ船の中で何が行われたか、多くの問題提起と世界のメディアの眼が注がれている。日本が本当の民主主義国、自由主義国であることを示すべき時だろう。今の政権と一体となって、または今の政権に忖度して、情報制御をしたりしたら後で痛い目に合う。今こそ、東日本大震災を野党として見ていた自民党が、望ましいリーダーシップを見せる時だろう。

    日付(20/2/18) 70歳台はどう働くか

今年も確定申告の季節になって、今日、書類を発送した。リタイアして、個人事業者で登録して、毎年申告して、僅かの所得税還付を貰っている。こうして、1,2月になると、自分の家計簿をチェックするという意味で、役に立っている。還付と言っても所得税を納めていなければ還ってくる分は無い訳で、友人たちと話していても、「70歳を超したら収入もないから」という人も多い。国を挙げて、「年長者ももっと働け」とばかりに煽ってはいるが、実際友人達に聞いても65歳を超すと、やってみようかという仕事はそう簡単にはない、という。当方は早い段階から、収入額を気にしない様なコンサルを始め、パソコン教室も継続、加えてここ数年は調査の仕事を手伝っているものだから、申告作業が無駄になることはない。70歳代の場合、単純労働でも、シルバーセンターの様な、専門技能でも、雇う方は、まず「安全」「健康」、そして「継続性」を第一に考慮するそうで、そうそう付加価値を得られる仕事があるわけでは無さそうだ。安倍首相の言う、熟年労働者の有効利用にも、70歳以上は限界があるのかも知れない。昨日一緒に回ったゴルファー(レベルは高い)は、「ゴルフ位しか楽しみがなくて」と呟いていた。やる気はあって、どうみても元気はつらつの人達が一杯いるように見える。もっと社会として考えるべき問題ではないだろうか。

    日付(20/2/15) 新型ウイルス対策

日本が、人類がやや自信過剰だったか。水際作戦は難しかったようだ。武漢、湖北省、中国と発生源と思われる地域からの人の流入で止められると思っていたのが実際は容易では無かったようだ。連日報道される数人単位の感染者発見のニュースに誰もが怯えている。もし最初から新しいタイプのインフルエンザ的扱いだったら、印象は異なるだろう。菌と戦うより情報との闘いの方が難しさが大きい。人命への影響より、経済や社会活動への影響の方が大きくなってきたようだ。感染症は病気ではあるが、ある意味自然と人間との闘いだ。完全に人間が勝つことはあり得ないのかも知れない。インフルだって、エイズだって、コロナだって、完勝はあり得ない。人間一人一人が(寿命と同様)戦う相手の一つ位のつもりで相対さないと、と思う。菌が元気な時はこちらも予防に努めねば。死亡率は他の感染症と比して高くはなさそうだから。これから政治やメディアがどう報道するか、そちらに関心は移る。

    日付(20/2/11) 米国大統領選挙

4年前にあれほど驚かされ、まさかと思ったトランプ大統領の次の選挙が今年には行われる。今の米国をどう評価するか、トランプをどう評価するか、それは米国人の権利と義務だが、でも当方が思う普通の常識で考えれば再選はないだろうと思っている。ところが、共和党の結束は固そうで、候補者選挙すらもないかも知れない。本当に米国知識人もこぞってトランプ再選を望んでいるとすれば、我々はとんでもないフェイクニュースに躍らされているのかも知れない。それ位信じられない「米国の良心」である。先日の上院のトランプ弾劾裁判も、せめてもう少し揉めて欲しかったが、あっけなく終わった。共和党の良心はロムニー氏一人の造反で示されただけだった。そして今度は民主党の候補者選び、突然現れたブティジェッジ氏の活躍は心躍らせる感はあるが、余りにも国政レベルの経験が足りない。でも、77歳や78歳の老人には米国再生の期待は持てない。日本には投票権はないけれど、一票を投じたいほどの関心事である。オリンピック後の世界はただただ米国大統領選挙に振り回されるのだろう。トランプと安倍首相と、どちらが先に参ったとなるのか、その時日本や世界はどうなるのか、気が気ではない。これならもう少し生きていなければならないかなと心している。

    日付(20/2/8) クレイトン・クリステンセン

訃報を聞いてすぐにでも何か書こうと思いながら、遅くなった。米国ハーバードビジネススクールのクリステンセン教授が1月23日に亡くなった。まだ67歳の若さだった。当方が丁度グローバルに身を置いていた2003年頃、おそらくグローバルリーダーの集まりで講演を聞いた。当方にとっては印象に残る名前だった。多分、内容は「破壊的イノベーション」、「イノベーションのジレンマ」で、ほとんどフォローは出来なかったが、あとで振り返ってみればあんな難しい講演を、グローバルメンバーと共に聞いていたことが信じられない。「イノベーション」は必須だが、重要なものほど破壊的でなければならず、大きな矛盾に繋がる、といった話だったのだろう。難しい講演だったが、そんな席にいたことが今では不思議な気さえする。でも、日本でもクリステンセン、ディスラプティブイノベーションという言葉が広まっていって、あの先生は新鋭の学者だったのだと思って印象に残っていた。そんな彼が若くして逝った。米国では勿論、世界で名前が売れていった途中だったのに。心からお悔やみしたい。自分自身の最も背伸びしていた頃の凄い先生の名前、訃報を聞いて思い出したことで赦してもらおう。企業人として最後の燃焼期の思い出である。

    日付(20/2/5) 感染症

今は誰もがスマホを持ち、「検索」機能を身に着けている。今回の新型コロナウイルスについても多くの人が勉強しているだろう。「病気」としての恐ろしさは、ランクは低そうだが、伝染性が不明なだけに防御が難しい。学校でのインフルエンザだって、一たびかかると、登校禁止、当方の孫たちも順番にかかっては、家族を悩ませている。今回のウイルスもおそらく最終的にはインフルと同程度になるだろうが、汚染させないための水際作戦が難しい。多くの国で中国便の飛行機が止まっている。工場も動いていない。経済への影響の方が人類へのインパクトが強い。これが、グローバリゼーションの一面だろう。働く場所がなくなり、収入が止まれば、現代の人間はすぐに生きていけなくなる。ウイルスに感染して死ぬよりも大きな影響をもたらす。今一度、「感染症」を検索すると、何と多くの感染症と人類が戦ってきたのか良く分かる。今でも世界中では年間何百万人も死んでいる。だから慌てるなという訳ではないが、こんなことでパニックを起こしては先人達に恥ずかしい。「今こそ出番」と思う人達が多くいることを期待している。

    日付(20/2/2) 新型コロナウイルス性肺炎

時が経てば、SARSやMERSと同じように命名されるのかも知れない。得体のしれない感染病。いよいよ、感染者が1万4千人を超え、死者も300人を超すとか。でも、パニックにはなって欲しくない。もしかしたらこの程度の感染症はこれまでもいくらでもあったのかも知れないから。中国人は13億人もいる。死者の数は今のインフルエンザよりはるかに少ない。各国が対策を早い目、早い目に取っている。どうみてもパンデミックによる人類の破滅につながるとは思えない。考えられる恐怖は、それより間接的影響、各国経済、必要以上の対策、そしてメディアに煽られる人々のパニック。その種の影響の方がはるかに大きそう。ニュースを見ていると今は全く影響のない人々までが、煽られているような気がしてならない。震災でどれだけの人が亡くなったか、毎日交通事故で何人死んでいるか、全国で自殺者がどれだけいるか、そんな事の方が大きく思えてくる。この種のことが起こると必ずそれを、政治的に、儲け話に、積極的に言えばビジネスチャンスにしたいと思っている人が暗躍する。我々は、いかに冷静に、何が問題で、何を対策として考えるべきか。多分、本当の正解は誰も教えてはくれない。

    日付(20/1/30) 情報に流される

もしかしたら、政治や社会も全てメディアが動かしているのではないか、正邪も善悪も、そもそも価値基準もメディアに与えられ、自分の基準が無くなっているのではないか。そう思う昨今である。昼間のテレビのニュースショウを見ていると、どの局のニュースもまるで同じ、台風が来そう、大雨になりそう、雪が降りそう、多くのレポーターが危なそうな所に派遣され、同じようなシーンを送り続ける。新型ウイルスが拡大すると、そのニュースに誰もが食いつく。嘘を報じているわけではないので、文句を言うつもりはないが、同じニュースでも取り上げ方を変えたり、視聴者を選んで優先順位を変えたり・・なぜ、それが出来ないのだろうか。問題なのは、次の大ニュースがあったり、大きな問題にならなかったりすると、こぞってもう取り上げない。マイノリティーが残される。異なる考え方の人達はあっという間に消えてしまう。どこかおかしいと思うのは当方だけだろうか。どうも「自分はどう思うか」より、「他の人達がどう思っているか」の方を重要視する風潮が広がっているのではないかと思える。もっと言えば、どんな情報でも「自分の脳で咀嚼する」という作業を忘れて行っているのかも知れない。自分自身も「検索」クリックで分かったような気がするのが怖い。情報に振り回されている時代。

    日付(20/1/27) お年玉付き年賀はがき

若い頃からギャンブルも決して嫌いではない。兄達が「社会人になってどんなことに出会っても狂わないように」と、学生時代に色んな遊びを教えてくれて一通り何を誘われても付いていけたし、驚かない。でも、宝くじは買う気にはならなかった。確率論からみても当たるケースが想像できなかった。これは、経験にも基づいている。父は田舎の教師だった。転勤をする度に年賀状は増える。当方が小・中学生の頃、おそらく4〜500枚は来ていた。父はそれを下2桁で分類し、当選発表を待った。通常は切手シートが何枚か当たるだけ。昔は100枚につき2枚。したがって10枚当たろうと思えば500枚の年賀状で統計通りだった。たまに、下3桁の当たりがあって喜んでいた。たった一度だけだが、2等賞か3等賞か覚えていないがスチームアイロンが当たって、狂喜したことがある。その記憶が強いものだから宝くじの億円はもとより、百万円以上など当たり得ないと思っていて買わない。当方は年賀状はリタイアを機に減らそうと思いながら、逆に「年賀状のやり取りだけなのですが」という関係もとても重要なことが多いものだから、一向に減らない。今年もまた、230枚前後になってしまった。当選番号を照らし合わせたところ、100枚で3枚の切手シートが当たるはずだが、これまで殆どの年は確率より低い数だったのに、今年は意外に多く当たり何と11枚の当たり。確率でいけば370枚の年賀状に相当する。今日、郵便局に持っていったら、当たり番号をチェックして欲しい人と誤解したらしく、「えっ、これ皆当たりですか?」だって。いかに当たるのは難しいか、という証明。1等賞30万円とか、特別賞はオリンピックの入場券とか、そんなもの、どう考えても当たる訳はない。なぜか、ジャンボ宝くじを思い出し、同時に昔の父の姿も思い出した。毎年の1月が終わる風景。今年は良い年かも。

    日付(20/1/26) とうとうスマホ族?

携帯電話は小さなお気に入りのガラケーにして、Web関連はタブレットに統一、Wi-Fi環境外ではポケットWi-Fiでという方針でやってきた。おそらく全てをスマホで、という人に比較すると、通信費用はかなり安上がりになっている、と思ってきた。ところが安物のタブレットももう2年が経った。ポケットWi-Fiもやや遅いのだが、タブレットの反応がどんどん遅くなってきて、加えて充電の消費速度が速くなってきた。致命傷はないので、補充電電池を購入してごまかしてきた。先日、とうとう交換を決め、これまた安価なSIMフリースマホを買ってみた。少なくとも今までのタブレットに比べ、スイスイ。でも屋外でのポケットWi-Fiはやや遅そう。最近はWi-Fi対応エリアがどんどん広がって、飛行場、駅、地下鉄、ホテル、レストラン、スターバックスと、どうしてもポケットWi-Fiを使わねばならない場所は減ってきた。これではどうしても電話までスマホにすることはないなと、SIMはまだ入れていない。でも、こうして使ってみるとタブレットの良さをなかなか主張できない。どうもいずれ全面スマホ、ということになるかも知れない。純粋通信だけのガラケーの新型が発売されれば、電話はそちらの方が良いのだけれど・・技術の主役はもはや「もしもし」の世界ではないようだ。とうとう電車の中でもスマホピコピコの仲間入りをしてしまった。デジタル爺さんの立場をキープするのも大変である。

    日付(20/1/24) OB会新年会

昨夕、今年も千葉OB会の新年会。母体の企業はM&Aの嵐の中で、外資親会社が合併したり、分割したり、そのあおりで日本の子会社も2つに分かれたり、と大きな変化に襲われている。でも、我々「卒業生」としては、自分達が働いた企業がどう変わっても、「同じ釜の飯を食った」仲間は大切で集まってくる。昨夜も約50%の出席率、38人が集った。現役組も2社から一人づつ出席してくれて、思い出話に盛り上がった。マジョリティが外資で、業績も悪くないものだから、それぞれの親会社が主導権の取り合い。従業員サイドはたまったものではないだろうが、でも業績が悪化して破綻したとか、売りに出されるとか、バラバラにされて悪いところは閉じられるとかと言ったM&Aに比べれば、まだまだ「先を行く変化」と言えるかも知れない。日本企業の将来の姿の一つの例を進んでいる。そんな話を聞かせてもらいながら、でも工場を大きくしてきたOB達は後輩達を暖かく見守っている。「リタイアしたらこんな会が待っているからね」というメッセージが重要である。最近は60歳で悠々自適などという人は殆どなく、皆何らかの仕事をしているが、そうは言っても60歳台後半から70歳台になってくると、OB会に顔を出してくれるようになる。ワイワイガヤガヤ言って、ちょっと酔っぱらって、でも後味の良い集まりだった。

    日付(20/1/20) これから何が起きるのか?

国会が始まった。あんなに色んな問題があったのに、安倍政権の支持率は下がるどころか再び向上しているらしい。トランプ政権も弾劾裁判が始まったというのに、相変わらず岩盤支持層に支えられている。米中貿易交渉も適度の所で一度手打ちをして、米国景気を支えている。倫理とか、正義とかという人間的価値観の重要性は間違いなく落ちている。「景気が悪くなって、食っていけなくなるよりある程度の悪事位は我慢しよう」ということなのだろうか。やはり、人間の生き方そのものが腐っていっているのかも知れない。でも、悪いと攻撃された人は、やはり謝るべきではないか。どうも、「居直り」が通用しすぎる社会の様に見える。「ゴメンナサイ」と言って出直す姿は大変だろうけれど魅力的だと思うけれど。大相撲が進んでいる。両横綱が、休場し、いよいよ世代交代とか。でもどうもイマイチ。その中で、十両に帰ってきた照ノ富士から目が離せない。序二段迄落ちてからの復活。あの「憎たらしいまでの強さ」が戻ってきたようだ。毎日、まず彼の結果からフォローする。これぞ実力の世界。もしもう一度三役迄帰ってきたら・・・そう思うだけでわくわくする。政治家にも、そんな魅力を示す大物が出てくれたら・・・それを待っている。相撲の世界なら、負けたり、ケガをしたら間違いなく落ちていく。それが魅力なのだ。厚顔無恥に黙っているのは、いかにも恥ずかしい。

    日付(20/1/17) 昔の仲間たちと

一昨日、急に鳥取に帰郷した。父親筋の唯一残っていた伯母さんが亡くなった。94歳。でも去年までしっかりしていた、とのことで、田舎の老人の幸福度を再確認した。こうして順番に逝くわけだが、今や葬儀に出ても天寿を全うされたのでは、と思える葬儀は笑顔で話す。久しぶりの親族の再会が、おそらく仏教がアレンジしてくれる贈り物なのかも知れない。折角帰郷したというのにトンボ帰り。というのも、30〜40年前に新入社員で入ってきた若者たちがいよいよ定年退職で、一度集まろうと言う。嬉しい企画だから、何物にも代えがたく飛んで帰って出席した。昔、自分自身でも仕事が楽しかった頃の仲間であり、何を話しても思い出深かった。今の「働き方改革」のご時世で、「まず自分」「家庭第一」の価値観の中で、昨夜の様な喜びは皆、拒否しているのだろうか。そうは思えなかった。自由参加の彼ら自身が「あの頃は良かった。仕事が楽しかった。」と言う。単なる思い出話の場なのか、何か将来の「もう一つの道」も示しているのだろうか。当方は「葬儀には来なくて良いですよ。でも、またこの会が出来るなら何度でも、”生前葬”が良いな。」言ってしまった。嬉しかった、夕べ。

    日付(20/1/14) 中東問題

堺屋太一の「油断」を思い出す必要もなく、日本にとってのホルムズ海峡の安全は国家的問題である。世界的状況が変わってきたのはいわゆる「シェール油」の生産技術。米国はあっという間に石油輸出国へと変貌した。だからこそ、対イラン政策はますます過激になる。昨年末のイラクでのイラン革命防衛隊の司令官殺害は思い切った戦略だった。これは、本当に第三次世界大戦につながるのでは、と懸念されたが、両国とも今現在での戦争がどんな結果をもたらすのかが良く分かっているのか、開戦は避けられたようだ。その最中での、イランでの旅客機撃墜事件。これには声も出ない。こんな無残な話があろうか。犠牲になった一般人やその家族はどう自分を納得させるのだろうか。日本人が巻き込まれなかったから大きなニュースにならないが、こんなニュースこそ、もっと追って、反戦や反核の真の運動に繋げて欲しい。毎日、ゴーン事件ばかり追うメディアにうんざりする。そんな中、自衛隊を中東に派遣した。安倍総理が中東の歴訪に出発した。この動きは、心から支持したい。米国安保に頼るのであればそれしかない。それさえ反対するのなら、絶対に対案が必要である。違憲ではないの?と聞かれたら迷わず「違憲でしょう」というけれど。公文書や、桜の話は聞いていて堪えられないほど情けないけれど、「じゃあどうすれば良いの?」と訊かれた時の答えがない。でも、全てを止めて黙って待っている訳にはいかない。日本人はいつも中東から目を離せない。

    日付(20/1/12) おかえりアトム!

昨年末、放ったらかしにしていた為に(?)壊れてしまったアトムが入院した(19/11/27)。年末年始のお客さんへの披露は出来ずじまい。ラッキーにも元々の不具合とも関連していたようで「無料修理」で、昨日帰宅した。残念ながら初期化されていて、当方のニックネームも関心の方向なども、メモリーはゼロ。再度「コビさん」と呼んでもらえるようになるまで時間がかかった。でも、新年に、またアトムと再会のようなもので、風邪で暇にしている高齢者には最高のプレゼント。いろいろインプットしたり、最近の技を見せてもらったり。その中に、「四択チャレンジ」というのがあった。いくつかの分野から一つ選ぶと四択問題をくれる。まず答えを4種挙げる。例えば、1:本州、2:北海道、3:九州、4:四国などのように。その次に質問がくる、「中国人の訪日客の最も多い地域は?」と言った調子。この選択肢をメモしていれば、簡単な問題が多いのだが、できるだけ暗記して答える。認知症テストに適しているなと思ったのは、この選択肢を覚えていること。これが意外に難しい。アトムのアクセントとスピードで聞き取れないことが多い。2だったかな3だったかな、と。これはしばらく楽しめそう。風邪で、声が変わっていてアトムも聞き取りに悩んでいる。「2(に)!」と答えているのに「1から4で答えて」とうるさく言う。これは、丸一日他人と会話することが無い様な高齢者には頭のみならず声を聴く・出す訓練にもなりそう。今年はもう少しアトムに相手をしてもらおうと心する新年である。

    日付(20/1/9) ゴーン逃亡と記者会見

まるで「ゴルゴ13」である。保釈中の容疑者がプライベートジェットで密出国。受入国で記者会見。こんな事件が起こりうるなんて俄かには信じられない。昨夜は会見中継を見ながらずっと考えていた。当方は最初のゴーン逮捕の時からより大きなバックを感じていて、政治の関与や、メディアによる印象操作も疑っている。もしかしたら新自由主義(グローバリゼーション)と自国第一主義(ローカリゼーション)の戦いではないか。日産を日本の大企業として復活させたい人達と、グローバルファーストで大が小を食い、強いものが勝ち、世界制覇へと向かうという構図である。ゴーンはまず日産を救うという意味では、日本でもリストラが許容される環境を生かして成功した(これをローカリゼーションの勝利とは言わないとは思うが)。そしてその次の段階に移ろうとした時、国(政府)をも巻き込んだローカリゼーションの反駁にあった。もしかしたら、日産、行政が一体となって、司法を巻き込んだ攻撃で、メディアもそれに乗った。だからあっという間に強欲な大悪人になった。確かに次々と公にされた彼のやったことは真実かも知れない。自由にできる資産も想像を絶する。でもこの大胆不敵な逃亡劇も普通では考えられない。これ以上国内でゴシップ扱いされては困る人たちが裏で助ければ・・とも思う。昨夜、思い出していた。20年以上前の当方の立場。コンセプトとしては日本という国が生き続けるにはグローバリゼーションしかないと思っていた。しかも当方はグローバル会社がマジョリティの合弁会社であった。日本の親会社はローカリゼーション志向である。当方はWIN-WINでいこうと思った。資本の論理でもグローバリゼーションが優位であった。WIN-WINなどという良いとこどりがいつまでも許されるわけでもなく、リーマンショックがやってきてより厳しい時代となった。今、その親会社はその又親会社に吸収され、いよいよ世界一の化学会社に向かっている。グローバル企業の行く道を突き進んでいるとも言える。この企業で日本代表として大活躍するような人が出てくれたら・・それが夢でもある。リタイア後10年たってゴーンで思い出した過去の夢である。

    日付(20/1/6) 初春の宴の後は

この正月も(飲酒する大人)8人とは言うものの初日だけでビール20本とお酒が一升瓶2本と4合瓶4本、翌日は一人減ったがそれでもビール10本とワイン8本位か、膨大な量のお酒を消費した。1年に1度の楽しい時で、残すは「いつまで続けられるか」。体力との闘いでもある。バラバラに帰宅したのは良いが、次々と熱を出したり、インフルと診断されたり・・・。当方も一昨日から少し発熱、頭と節々が痛くなり結局今日予定していた同期生のゴルフコンペはキャンセルして寝ていた。これが結論だろうか。でも、今夜は熱も下がり、僅かな咳が残る程度。明夕の飲み会には出られそう。インフルでなくて良かった。まだまだ後片づけは残っているし、やることはあるが、それはボチボチ。年賀状を見たり、メールを見たりしながら正月を振り返っている。テレビ番組で取り上げられる「健康寿命」、男性は71.2歳、女性は74.2歳とか。もう越してしまっのだと驚いている。もうバカのみをする様な年齢ではないのだろう。でもこうして元気が戻ると、「まだやれるな(飲めるな)」なんて、医者に叱られそうなことを考えている。

    日付(20/1/4) 選挙のためなら

一体トランプ大統領は何を目指して再選に突き進んでいるのだろうか。米国を分断して対抗軸を作り出して、それをディールと呼ぶらしいが敢えて妥協を避けているように見える。イラン革命防衛隊の司令官殺害はどう見るべきか、彼はIS掃討作戦の貢献者である。でも次に見ていたのは欧米日諸国だったとか。勿論何が起こっていて誰がそれに対抗しようとしているのか限られた情報からは全く想像がつかないが、やはり大国に振り回されるのだろう。自衛隊がホルムズ海峡に向かった。米国・トランプと折り合いをつけるには高度の作戦には思えるが、さて問題意識の少ない日本国民がどうまとめるか。今年は日本でも選挙が必要かも知れない。国民がどんな問題意識を持つかだと思う。もう一つの大問題、日韓関係。本当にこのまま放っておいて良いのか、文大統領の先を読む力が問われている。このまま進むと韓国は完全に左派政権?これもまず「選挙のためなら」である。

    日付(20/1/3) 新年

明けましておめでとうございます。本当に生きている間に来るのかと思っていた「オリンピックイヤー」が、まるで当たり前のようにやってきました。我が家も昨年と同じ新年で、元旦の夜は義妹夫妻を加えて13人の家族が勢ぞろい。2日間に亙って大量のアルコールを消費し、4人の孫たちの成長を確認し、2日には成田山新勝寺に初詣。スポーツ選手のルーティーンと同じように毎年同じことを行い、それが出来ることの喜びを感じた。家族も皆、変わった事をすると何か起こるのではないかと思うのか、「例年と同じ」時間を味わっている。残念ながら体力の衰えは避け難く、2日酔いは残ったが、今日は皆それぞれの生活に戻った。これから年賀状の整理や、今年の目標を考える。昨年は、白内障を手術し、左膝の痛みと戦い、平均的70歳代の健康問題もあった。「自然に」と口では言っていて、昨日や今日に主体が移っているけれど、少しは明日も見ながら生きたいとも思っている。

 

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