徒然に ・・ 今日の出来事・今日の思い (2014年)

 

    日付(14/12/29)  贈与税

国の稼ぐ力が小さくなれば、国内にもつ金を消費させて経済を保つと言うのは当然かも知れない。今、お金を持っているのは団塊をはじめとする熟年世代であり、彼らは将来が心配で遣おうとしない。そこで出てくるのが、贈与税優遇策。数年前まで100万円/年まで無税だったのにそれが1000万、その次は「住宅取得補助」そしてついには「孫の教育資金」や「結婚資金」まで。なぜそんなものを「爺ちゃん、婆ちゃん」に頼るの、と思うものまで対象にされつつある。当方は、生まれながらの格差は極力減らすべきだと思っているので相続税をたっぷりとって、それを広く分配する方が理に適っていると思うのだが、どうも政府の方針はそうではないようだ。一人っ子の孫は、たっぷり与えられ、「何の努力もしない子」になりかねない。幸か不幸か当方には3人息子がいて、既に4人の孫がいる。教育資金一人1000万円贈与税無税なんて言ってくれても何の助けにもならない。そもそも、持てる人達に訊きたいのは「本当に家族だけ幸せにすれば良いのか」ということである。欧米の資本主義の良い点の一つは「持てる者」による「公的な寄付」の多さ。「持てる者」のレベルが違うと言われればそれまでだが、ただ、日本人の「公に対する寄付」をしようとする意欲が小さ過ぎるのかも知れない。死ぬ時を考えれば「相続税」はその種のものの筈だが。

    日付(14/12/26)  燃料電池車

まさか今年FCV(燃料電池車)が売り出されるとは思ってもいなかった。技術の発展の速度には目を見張る。当方は元化学工学のエンジニアで、曲りなりにも(実際は全く使わなかった)高圧ガス製造保安責任者免状という国家試験の中でもハイレベルなものを取得している。その頭で考えると700気圧の水素ボンベを燃料タンクとして自動車を走らせる技術がこんなに早く実用化するなんて考えられなかった。それが、ボンベの材料技術、水素の圧入技術、車両の設計技術などの進歩で完成してしまった。電気自動車より走行距離は長く、今回のMIRAIで650kmも走るらしい。まだまだ世の中に水素充填ステーションが無いので、広く普及するには時間はかかるだろうが、これほど原理的に分かり易く将来の人類のエネルギー革命を引っ張る可能性のある革新は珍しい。でも、車庫の火災とか、衝突事故とか「想定外」の激しい事故を想像すると自分で「早く乗り換えたい」とは思わない。次の世代に任せたい。火炎噴射器を抱いて歩いているような姿を想像してしまう。これが、我が限界と言うことだろう。でも、これは凄い。

    日付(14/12/24)  第三次安倍内閣

安倍首相の目論見通り、与党圧勝で選挙は終わり、安倍第三次内閣が誕生した。確かに昨今の社会情勢を見ると、安倍さんの解散はラストチャンスだったかも知れない。円安もこれ以上進めると世論は反発するだろうし、株高も12月初旬から止まったままだ。今日を見る限り、安倍さんはベストタイミングの解散を打ったのかもしれない。後は、この環境で何に重点を置いて、どんな手を打つか。「人気を得るための政治」ではなく「将来の日本を見据えた、痛みを伴う政策」がどこまでできるか。それが問われる。信念に基づいた政治を実行してほしいと思う。ブレさえしなければサポートし続ける庶民は多いと思う。でも調子に乗ってやり過ぎるときっとどんでん返しが待つ。そうなっては欲しくないけれど。

    日付(14/12/20)  工場見学

コンサル先の監査について廃棄物処理工場の工場見学をする機会を得た。大規模工場で、数百トン/日の色んな廃棄物を全て高温で焼却している。排水問題があるので、水系も有機系と共に燃焼させる。「廃棄物処理」という言葉から感じる汚さは全くない。顧客にもオープン、誰にでも工場を見せる。近所の子供たちも親子で工場見学をしているとか。非常に清潔感を与える工場で驚いた。今や化学工場における「廃棄物処理」は重要課題であり、ここが詰まると全てが止まる。膨大な初期投資だろうが一たび動き出して社会の信頼を得れば誇りをもって働ける職場だろう。勿論化学も複雑で、色んな物質の混合系故高度な知識も必要となる。技術の発展の中ではどうしても後回しにされかねない所だが、逆に言えば、この部分が強い企業、地域、国が生き残れると言える。もう海外進出も進んでいるようで日本の強さまで感じることができた。リタイアして5年も経ってこんな機会が持てて刺激的だった。やはり、日本は「技術立国」しかない。そう思った。

    日付(14/12/17)  異常気象

今度は強烈な低気圧。北海道で台風並みの低気圧になって、ドカ雪と暴風をもたらしている。「これまでもあったことでしょう」と思うか「やはり最近何かおかしい」と思うかは人それぞれだが、当方はやはり地球は怒っているという気がする。当然のことだが人類が発展させる技術と、自然との闘いだ。そんな中で、当方は政治面も含め日本がこれから生きていくにはやはり原子力の応用を武器にするしかないと思う。今の石油時代が到来した時、石油を持たない日本は大きな戦争をせざるを得なかった。今、米国のシェールオイル技術を得て、石油価格が下がっている。だからと言ってエネルギーをいつまでも(輸入の)化石燃料に頼り続けて良いのか。今の異常気象は人間がこの2-300年頼った石油時代によるのではないか。もしそこに原因があるのなら、次世代は「原子力をコントロールできる国」が仕切るのではないか。おそらく日本にはその機会が現時点では平等に与えられている。福島の経験はおそらくチェルノブイリと比べれば、人類に大きく貢献できる知恵をくれているはずだ。それは日本の将来を支える大きな財産ではないか。そう思えてならない。最終目標の核燃サイクルの完成は日本が目指すべきターゲットだ。

    日付(14/12/15)  虚しさの残る選挙

師走の選挙が終わった。全くの予想通りで、何のサプライズもない。これでは投票率が上がる訳もない。今朝の為替や株式市場も「選挙結果は織り込み済み」とかで、何の興奮もない。改めて何のための選挙だったか。おそらく安倍政権長期化のための選挙と言うのが最も理解しやすい。これで安心して「やりたい政治ができる」ということか。でも、共産党が伸び、沖縄で自民党が勝てないというところは、政治の2局化も進んでいくということか。誰にも文句を言えない。あえて言えばやはりメディアが悪い。選挙結果を誰より早く発表することより、そんな金があるなら少しでも投票率を上げるためのキャンペーンを張るべきだろう。それが、民主主義の基本だと思うから。52%の投票率で2/3を確保しても、選挙民全体の35%にもならない。それでマジョリティと言って良いのか。何となく虚しさを感じる選挙だった。

    日付(14/12/12)  プリンター用インク

何しろインクジェットプリンターの価格がどんどん下がるものだから、ちょっと調子が悪くなると修理より新しいものを買った方が安くてかつ高性能だ。またまた新しくしたが、何しろソフトも新しくなっているものだから余計なメッセージが多い。特に気になるのが「純正インク」。今度のプリンターなどカートリッジを交換するたびに「純正でないので補償できません。それでもこのまま使用しますか?」と確認が出る。ネットショップで買うと純正品の2割位の価格で相当品が購入できる。当方などそれで全く問題がないので安価な相当品を買う。でも、こうして交換するたびにプリンターとパソコンの両方から「純正を使用しないと保証しません」というメッセージが出ると、何だか悪事を働いているような感じがする。少なくとも当方の認識は「法的な問題はなく、選ぶ方の自由」だと思っているのだが誰もがそうは思わないかも知れない。パソコン教室で自分の作った文書をプリントして持って帰ってもらおうとすると、「インクジェットはプリント代が高くつくので」と制限がつく。細かな色合いに気を付ける訳でもないので、安価な相当品を使えば気にならないのに、と思う。これこそ、メーカーの「インクジェットはインクで稼ぐ」という方針なのだろうが、どうもすっきりしない。どんな分野でも相当品もあって、消費者の選択だと思っているのだが・・・

    日付(14/12/11)  若者たちと

リタイアして後、こんなにも疎遠になるものかと驚くほど元いた会社と関係が無くなって、淋しく思った。今年になって、少し風向きが変わり工場見学を再開できたり少しどんな会社に変わりつつあるかを教えてもらったり。今回は若い人達の教育の手伝いを依頼され、昔話をしに出向いた。嬉しいことに今リーダーをやっている人達の多くが当方が現役の頃教育をした人達。もう当方の出る幕はない。と、言いながら自分のキャリアを基に望ましいグローバルリーダーについて説いた。当方のリタイア後に入社した若者もいて、でも昔の経営者の話に耳を傾けてくれたのは喜びだった。何しろ飲みながらの雑談が好きなことはしっかり分かっているものだから夕べの部も計画されていて、久しぶりに多くの若者を相手に楽しんだ。もう、説得したり主張したりする相手ではない。ただ、リーダーシップを発揮するためには何が大事なのか、「年寄りの戯言」を話した。昔、新入社員を迎えて歓迎会をしてくどくど言ったのと同じように、多分戯言に聞こえただろうが、今や一介のリタイアリ、一人でも耳を傾けてくれる人がいると嬉しい。世の中が猛烈なスピードで変わり、企業も業界も技術も大きく変わる。だからこそ、「変わらない」「変えてはいけない」根本は何なのか考えてほしかった。「うるさいジイサン」が現れて「エラソウナ口を叩いた」、と思った人が多いだろう。当方はただ、今の若者の姿を覗いて楽しんだ。こんな機会が貰えるなんて幸せ者だ。美味しい酒だった。

    日付(14/12/6)  ウイスキーブーム

トリスや山口瞳の頃から、サントリーの宣伝はハイセンスで、楽しかったし、その効果で酒を楽しむ文化が育ってきた。ウイスキーは一時期、日本酒やワイン、焼酎のブームに押されて停滞気味だったが、2年ほど前からサントリーの角ハイボールの宣伝で徐々に盛り返してきていた。そして、今秋からの朝ドラ「マッサン」で再び火が付いたようだ。リタイアしてから時間に余裕が出てきて朝ドラは時々見るようになっていたが、この「マッサン」は、サントリーとニッカのウイスキー戦争や、歴史に少し知識があったこともあって、楽しみに見ている。競争の結末は今のシェアを見れば明らかだが、でもドラマの主役はニッカの竹鶴政孝であり、実際に「竹鶴」が売れているようだ。再び「ニッカ」に火がついてサントリーも黙ってはいない。「日本で最初のウイスキーは鳥井信治郎によるものだ」と大きく宣伝している。今週号の日経ビジネスには宣伝のDVDが入っていて、これが又面白い。なぜサントリーは1兆6千億もかけて世界一のバーボンメーカーBeam社を買収したかのヒストリーを紹介している。そこには日本ウイスキーを誕生させた鳥井の話はあるが竹鶴の紹介はない。JimBeamもMakersMarkも良く飲むだけに、マッサンを見て、このDVDを観るとウイスキービジネスの歴史を楽しみながら、また一杯飲みたくなる。こんな業界で働くのも楽しかっただろうなと羨ましくもなる。一方マッサンを見ると「愛すべき技術屋魂」にも思いが移る。何故か青色LEDの中村教授を思い出したりもする。成果とか貢献というものも、何で評価すべきか考えさせられる。お蔭で楽しい話題が増えた。これから飲み会があるごとに楽しめる。二次会が増えるかな。

    日付(14/12/4)  若者よ選挙へ

選挙の度に不愉快に思うことが多い。まず選挙制度そのもの。政治家達はわざわざ自分達の首を絞めるようなことはしない。先延ばし先延ばしが続く。一票の格差の議論も本来は有権者数ではなく、投票者数で議論すべきだ。今朝の新聞の見出しは揃って「自民300議席をうかがう」。こんな記事を見せられればどんどん投票率が下がる。「結果が分かっているものに何で」というのは当然でもある。加えて投票時間締め切りすぐに出る「開票率0%での当選確実」。もしかしたら1分前に投票した人がいるかも知れないというのに。選挙に対するメディアの態度に不満が溜まる。何故、開票率100%まで待てないのか。発表が最終得票が判明してからという制度になれば間違いなく投票率はあがり、民主主義を実感できる。我々団塊はおそらく高い投票率だろう。この世代が政治を決めることになる。でも若者たちが投票に行かないとその部分が強調され過ぎるのではないか。おそらく福祉関係の出費が増えすぎて益々将来につけを残す。少々痛みを伴っても子供や孫たちの世代の為になる政策を進める時ではないか。メディアの世論調査も固定電話のみでなく、携帯電話を使い、インターネット経由の調査も増やすべきだろう。何とか若い世代の政治への関心度を上げて、投票所へ行かせる工夫をすべきだ。そんな論調がないのが寂しい。若者よ、シラケる前に、まず民主主義の原点へ!そう訴えたい。

    日付(14/12/2)  喪中葉書

まだ、クリスマスカードも年賀状も準備さえしていないが、この時期になると喪中葉書が届く。結婚していれば4人の両親がいて、ひとによっては兄弟が亡くなっても喪中葉書を出す人もいる。別に、定められていることでもなく心の痛手があったと思えば良いと思う。さすがにここ数年この喪中葉書が増えてきた。我々団塊の世代の親の世代が亡くなっている。葉書をみると、80代、90代で亡くなっている。当方の様に早く両親を亡くした場合は「もっと面倒診たかった」なんて言えるが、介護で疲れてきた人も多い。「90数歳の天寿を全うしました。数日前まで庭の花の手入れをしていました」なんて言葉をみると、こんな幸せなケースもあるのだなと思う。ベッドに繋がれたままで「ただ生きている」人もいれば、ぎりぎりまで元気な人もいる。後者の仲間に入るにはどうすれば良いのか。「いかに生き続けるか」ではなく、「いかに良いタイミングで死ねるか」、にかかっている。喪中葉書の一枚一枚に込められた人生を思い、それで自分の余生を思う。年末とはいささか淋しい季節でもある。

    日付(14/11/30)  同行二人(どうぎょうににん)

この月末も、高松への出張を利用して、四国八十八ヶ所巡りを続けた。香川(讃岐)の涅槃の道場を回り、次が徳島(阿波)の発心の道場。次は行きやすさから愛媛(伊予)の菩提の道場かな、とまるでルール破りのいい加減な遍路。しかもレンタカーで一日6寺以上回る。正に、年寄りのスタンプラリー。でも結構楽しんでいる。遍路装束にはよく「同行二人」と書かれている。信頼できる人、愛する人と旅していますよ、というのもディスカバージャパンとしては良いキャッチフレーズだが、実はこの言葉は歴史も古く、「一人で歩いていてもいつも弘法大師と一緒という意味らしい。確かに当方もすでに53寺回ったが、誰かと行ったのは初期に案内してくれた若者と行っただけ。この旅は一人が良い。自分を見つめ直す機会なのだから。この週末、松山の市内のお寺6寺を回った。本当は、道後温泉とか、正岡子規・秋山兄弟の記念館など行きたい所は他にもあったがまずは寺巡り。なるほど良い習慣をつくったものだ。こんないい加減なドライバー遍路は単なる「同行一人」だが、回っているだけで良いのでは、と言い聞かせている。さて、全て回れるのだろうか、地図を見ながら頭をひねっている。

    日付(14/11/26)  歌いながらバッタリ・・

日本橋三越劇場で「ポピュラー・ハイライト2014」を聴いた。現役時代の大先輩の奥様が出演されるとか。紹介して貰って行った。いくら若い奥様と結婚されたと言ってもおそらく我々と同年代のはず。それが、輝くドレスに身を飾り、朗々とカンツオーネ2曲絶唱。実に声も良く出ていて、なるほどセミプロ。ゲスト陣も凄い、雪村いずみ(77)、坂本スミ子(78)、菅原やすのり(69)、ボニージャックス(結成後56年、二人は80歳、一人は78歳)などなど、この人達が相変わらずの美声で歌う。その他のシャンソンやラテンを唄う人たちもほとんどがかなりの高齢。どうもそんな唄う人たちの発表会の様だった。でも驚いた。こんな人達がいること自体に。みんな溌剌としていて元気。女性たちはキラキラと輝く衣装で、年齢など分からない。リタイアしたら第二の人生と言っているが、こんな世界で頑張り続けている人達も多いし、かつそれで幸せそう。羨ましくも思った。亡き父は「教師は教壇でバッタリ逝くのが理想」というのが口癖だった。この人達は「歌手は舞台で歌いながら・・」と思っているのかも知れない。大きな刺激を受けた一日だった。

    日付(14/11/23)  市のパソコン教室

先週の日曜から、市のパソコン教室の講師の仕事を再開した。昨年から年末の日曜を使ったコースに代わって、今年も依頼された。今日、今年の2回目が終わった。この種の講師を引き受けてからもう5年目になる。昨年までは公民館同様、小学校・中学校のパソコンルームを借りるため夏休みの期間に限られていたが、昨年末から、市のパソコンルームができてそこでやっている。当方には何のスペシャリティーも無いが、多分習う方も同じような年寄りで、退職者の様な講師の方が良いのかも知れない。受講生は、やはり退職者か、年配の主婦。世の中のIT化の進歩にちょっと乗り遅れた人。皆さん実に熱心、こちらが圧倒される位。でも、こうして新しいことにトライする熟年がいることは良い。こちらも遅れないようについていかねば、と思う。今年は現役時代の後輩を、この世界での後輩として紹介して補助者をしてもらっている。こんな毛色の違った楽しみ・やりがいを感じてくれる人が増えてくれればこれまた嬉しい。結局我々の世代も、皆さん「生きがい探し」をしているわけで、教える方も、教わる方も新たな生きがいを見つけていると思えば、良いのだと思う。今日も、皆さん目が輝いていたな、と振り返る。

    日付(14/11/21)  やはり解散

土壇場で10%増税の実施を発表する高度な作戦では、と思っていたが本当に解散してしまった。何のための、と尋ねたい。おそらく低投票率で、公明・共産が躍進するパターン。政治不信は高まるだろう。そこが作戦と言われればそうかもしれない。でも、選挙制度改革だけはやって欲しかった。民主野田元総理さんに同情する。「身を削る」なんてやはり誰もやりたくないのだろう。当方ですら安倍さんには期待していたけれど、何となく無力感・虚脱感を感じる政局である。

    日付(14/11/17)  安倍政権どうする

本人は何も言わないのにいつの間にか解散・総選挙の流れができて、今日のGDP伸び率の発表。おそらくこれで消費税率10%の話は延期になるのだろう。でも、当方は安倍政権の、信念と挑戦にも期待したい。解散だの、総選挙だのと言うのは全て最後の一徹のための舞台造りだと。明日、安倍首相が法律で定めたように予定通り来年には10%上げる、と言って欲しい。もし、現政府が日本のみならず、「世界の中の日本」を意識しているのなら、そうあるべきだ。今解散などして何のメリットがあるか。総選挙をして自民党が大勝する確率がどれほどあるか、世界の金融からの評価も無視はできないだろう。国債金利は上がって、市場の信頼が落ちることも予想される。どうせ、色んな問題が予想されるのであれば、今こそ勝負に打って出て、予定通りの消費税10%を宣言すべきではないか。無責任なメディアをあやつる作戦としては高度だと思うのだけれど。まず、選挙制度の改革を先にやってほしい。選挙はそれからでしょ。そう言いたいけれど。安倍さんがそこまでの冒険の時期だと思っているかどうか。いずれにしても、又もや、ややこしい政局になりそう。どこに優先順位を置いているのか、まず各党にそこを聞きたい。

    日付(14/11/15)  鹿教湯温泉鹿乃屋旅館再び

あちこち行ってみるのは好きな方だが、同じ宿に2回行くのは珍しい。この8月、帰郷ドライブの帰りに寄った長野県の山間の鹿教湯温泉にまた泊まった。もう秋が深まって、紅葉は終わりに近かったが、山の色はまだまだ黄色で秋の陽に映えた。宿泊客はわずか7人。それでも家族的な料理と温泉を味わった。親戚の不幸の情報が入り慌てて帰ってきたが、再び行けて良かった。夏と同様、夕食後にはたった5人の聴衆のためにお嬢さんによるフルートのコンサート。家族による経営、無駄をしないように、でも古い建物、古い雰囲気を大切に磨いて「わざとらしくない」良さ。部屋に残されているノートを読むと、リピーターも多い様だ。こんな世の中で、こんな宿がちゃんと生き抜いていくにはどうすれば良いのだろう。「ビジネス」の価値と、あるべき姿について考えさせられる。当方の口癖、「ビジネスには昇りか下りしかなく、フラット・今日と同じ明日はない。」のは間違っていないとは思うが、でもこんな心休まる宿には何とか生き抜いて欲しいと思う。目立たないけれど、ウオッシュレットがつき、エアコンは最新式に。経営努力もされているのだろう。団体客や、旅行社も入っていないようでほとんどはネットによる客か。これも新しいチャレンなのだろう。拡大路線、豪華路線に進まずにぜひ頑張ってほしいと思った。

    日付(14/11/12)  政治の世界は

APECがあって、ASEANがあって、アジア地域で世界の動向を決めかねない大きな会議が続く。政治のトップ達は、裏表の交渉を進める。APECの舞台で目立ったのは、習近平の顔色。安倍首相との握手と、パククネ韓国大統領との握手の時の顔色の差。これさえも演技だと言われると、やはり「政治家って大変だな」という言葉しか出てこない。確かに、国際関係を背負っているとすれば個人の感情・印象とか、思想とかと言うものをそう単純に表に出すわけには行かないだろう。でも、前日にあえて合意4項目を(細かなニュアンスの言葉まで)発表してまで、何とか首脳会談の形を整えたのは、政治として何とかしなければという意向が勝ったのだろう。もう日本から「上から目線」で見えてはいけないアジアの状況だけれど、やはり日本人はそれを意識してしまう。国民全体がそこを忘れて、アジア人いっしょ、人間いっしょという気持ちになれるまではまだまだ続く。そして、次のステップとして「衆議院解散」まで出てきた。政治の世界は難しい。そんなことをやって、誰が喜ぶのか。正にパワーゲーム。余計な無駄遣いは止めて欲しいな。

    日付(14/11/9)  羽生のフィギュア

昨夜のフィギュアスケートの中継は気になった。案の定その後はネットでもマスコミでも格好の話題になっている。練習中に中国選手と激突、二人とも暫く立ち上がれなかった。その後中国選手の棄権が発表されたが、羽生は出場を決め、結局中国選手も演技した。二人とも通常の演技とは言えず、羽生は二位にはなったがとても世界一のプレーヤーでは無かった。さて、問題はこの経緯に対し多くの議論が起こっている。まず「感動した」「二人とも立派で涙が出た」が会場やTV観戦者の主流。でも徐々に「演技させたのは間違っていた」という意見が増えている。当方もTVを見ていて当然棄権だと思った。出場と決まって食い入る様に観たがやはり「怖いもの見たさ」的な気持ちだった。あの後羽生選手の健康はどうなのだろうか。顎の傷は7針縫合と報道されているが、それより脳震盪の方がどうなったか。心配する。本人の強い意志があったというのが理由だろうが、でも、未だ19歳の若者である。周りの大人達は何をしていたのか。なぜ止めなかったのか。まさか「彼ならこの状況でもパーフェクトの演技ができる」と思った人はいないだろう。競技会の都合、番組の都合、スポンサーへの対応、もしかしたら「悲劇の主人公つくり」などなど色んな計算をしたのではないか。もし自分の子供や孫だったらどうしたか。大きな課題を残した。完全回復を祈りたい。

    日付(14/11/6)  先輩たちと

3年前にふとしたきっかけでリタイアした会社の元役員の懇親会の幹事をすることにした。外資系の会社で日本の親会社との距離も広がる一方だったものだから、リタイア後位はお世話になった先輩方と会う機会は何とか保ちたいという願望があった。勝手幹事を初めてもう4回目となって、今年は千葉の工場見学までプログラムに入れて、でも喜んでもらえたようだった。自分たちが一時期勤めた、率いた会社が今どうなっていて後輩たちは幸せかどうか。それを知りたいと思うのは当然のこととも言える。変わっていく会社を見、次世代の人達と会話し、そして懇親会となれば近況を報告し、昔話に花が咲く。リタイアリにとってみれば、幸せな時間である。もしこれが、自分のいた会社が倒産したとかもうなくなったということにでもなれば、どんなに淋しいか。グローバルな生き方を学んできたけれど、これはこれで別の価値ある時間。こんな同窓会がグローバルでできたら楽しいだろうな、と想像した。宇宙に向かうロケットの切り離される1段目、2段目と同じような働きができたかどうか、振り返る時間でもあった。そういえば先日打ち上げ失敗もあった。ケースバイケースなのだろうけれど。

    日付(14/11/4)  LEDのノーベル賞

青色LEDのノーベル賞はエポックメーキングな出来事だった。日亜化学と中村教授の紛争はこれまでも注目していたし、そのおかげで企業の研究者への報奨制度が大きく変わったと言える。その意味では彼の貢献は大きい。でも、昨日の中村教授の「仲直り希望やノーベル賞金半額徳島大に寄付」のニュースを聞いてもどうもすっきりしない。今日の日亜化学のコメントも何となく白々しい。余程根深い問題なのだろう。おそらくだが、該社で一緒に事業化に励んだ人たちはかなり不信感をもっているのではないか。確かに企業における、かつ事業化研究にわずかでも携わった人間には、「個人だけでは何もできない。事業化研究は共同作業。」という意識があるのは否定できない。おそらく、その根は深いのだろう。基礎研究の大学教授は単純だからこそ目立ってしまう。二人の教授と一緒に企業化した豊田合成には音沙汰ないだけに後味は良くない。企業の利益を追求する事業化研究とノーベル賞には最後には相容れない矛盾があるのかも知れない。取り敢えず身の回りには多くのLED製品があふれ、人類への貢献は大きい技術だったのは事実だろう。でも、今やこの分野の主役はどんどん中国に移りつつある。これもまた引っかかる。

    日付(14/11/1)  日銀追加緩和

今回の追加緩和は世界中で「サプライズ」と捕えられているようだ。先に米国が脱緩和を発表したばかりでその対比も興味深い。インフレ期待が一向に進まない焦りと言えるが、相当切羽詰まった方針だろう。タイミングは良く計算されていて日本の休日が考慮されている。金曜午後に発表してその夜の欧米の反応を見て、加えて祝日月曜夜の欧米を日本が動く前に見ることができる。取り敢えず欧米は積極的に捕え株価は上がり、円安も進んだ。さて、月曜もそれが続くかどうか。日本の投資家たちは火曜の朝どう動くか見守ることになる。経済の動きを金融政策だけで制御するなんて不可能だと思うけれど今の政府にはそれしか持ち駒がないのだろう。街に出るとまだまだ「お買い得」商品が並び、チラシをみても否応なしに価格が上がっているのは輸入のみに頼る一部の商品群のみの様だ。ガソリンなどこの円安と言うのに再び下がってきた。結局、こういう経済のトレンドを変えるのは「心理」に他ならない。どんな手段であっても庶民が「財布のひもを緩めない限り」、国としての活性化には繋がらない。一部の富裕層のマネーゲームが活性化するだけに終わってしまうのではないか。でも結果が気になる今回の政策である。

    日付(14/10/27)  世論形成

先にネット族の意見を世論調査に取り入れるべき、という件を話題にした。最近の世論調査では、もう一歩進んで、これまでの見方が違ってきているということを、調査をする方ももっと捕えなければと思うことが多い。例えば、安倍政権に対する評価。以前ならどんな理由であれ、野党に追いつめられる与党の場合、その理由が何であれ、支持率は落ちていた。ところが、最近は(これは当方の穿った見方かも知れないが)世論も、「ことの重大性」を考慮するようになったのではないか。「うちわ」が有価品であるかないかなんてことより、「もっと大事なことがあるでしょ」という(当たり前の)考え方をする庶民が増えているのではないかと思わせるデータが多い。安倍政権への支持率が、そんな細かな事象では動かなくなっている。野党は、大至急そのことをしっかり認識すべきで、このまま旧態依然たる国会運営をやっていたら、例え正しいことを言っていても「優先順位が付けられない野党」というレッテルを張られるかも知れない。各政党は今こそ「庶民は馬鹿ではない」と言うことを認識すべきだろう。昔と同じアプローチではいかなくなっていることを早く戦略に取り入れる政党が将来を託されるのではないか。そう思わせる最近の政治状況である。

    日付(14/10/25)  芋ほりハイキング

昨日はOB会主催の芋ほりハイキング。毎年の行事なのだが初めて参加した。初秋の青空のもと、集合場所から30分ほど畑の道をハイキング、農家に到着するやすぐに畑に出て薩摩芋掘り。あっと言う間に、袋一杯の芋が。その後、弁当を食べ、大根まで貰い、またハイキングで集合場所へ。こんな時間は子供たちのものかと思っていたけれど、リタイアリ達の再会の場としては実に良い。ゴルフをしない人達と会うのにはもってこいの場。集まってくる人達は皆さん元気。70歳をはるかに超えた人達が皆を引っ張って歩く。こういう時間も良い。ただ、聞いてみると、前回までの常連だった人が今年はいないとか、今年は期待より少ないとか、参加者数が話題を占める。交差点を渡る時ふと停車中のドライバーの眼になる。どう映っているのだろう。「年寄りたちがゾロジロと何しているんだろう?」「皆元気そうなのに仕事もしないで・・」なんて、色々考えているんだろうな、と。でも、仕事もなく、することもなく、ただただ老いていく高齢者にとっては、こうしてワイワイ言いながらの「遠足」だって、健康に長生きするためにはもってこいの機会だ。最近、ゴルフも含めこんな機会があるごとに、病院のベッドに繋がれている自分を想像している。ひと時ひと時がいかに貴重な時間であるか。噛み締める。さて、まずは芋天か。ビールにはよく合う。

    日付(14/10/22)  ダイバーシティ

ダイバーシティと言う言葉が頻繁に使われるようになって久しい。ダイバーシティとは多様性と訳され、特に機会均等の時に使われる。人種や、性別やそんなことで差別しないというのが根本。安倍内閣の「女性活用」もその一つ。今回の二人の女性大臣の辞任は「目立つラベル」を剥がされた様なもので、政治的な見地からは大きな痛手かも知れない。ただ、当方の様に古い考え、意識の強い人間には、なぜ、何でもかんでも同じにせねばならないの?という疑問は消えない。徹底しようと思えば、女性は子供を産めなくなる。社会や人類の継続性を重要と考えれば、子供を産み育てるという能力は、男ではどうしようもない女性の特典である。女性を大切に扱うということはその能力に敬意を表し、そこに重点を置いた生き方を大切にしてもらうことではないのか。常にその思いがある。勿論、ありとあらゆる分野で能力のある女性たちを見てきたし、その人達に十分その能力を発揮してもらう環境を整備することは重要だ。だけど、(出産、育児などの)数年を「遅れ」と見るなと言うのは無理がある。男が子供を産めない分、女は遅れる部分があって良いのではないか。年寄りたちはそう思っている。あえて絶対数の少ない女性から、かつ経験の面でも不十分の女性を抜擢するのか。そこに疑問が残る。欧米でも「誇れる主婦」は多い。日本でも「できたら主婦の道を」と思っている若者も多い。ただ、「共稼ぎせねば生きていけない」という条件がいつのまにか「共稼ぎが当然」の社会を作った。本来、ダイバーシティというのはどんな人でも差別されることなく生きたい人生を選べる、ということではないのか。単一の幸福感をベースに議論すべきものではないように思う。

    日付(14/10/19)  グローバリゼーションからは逃れられない

日本人のかなりの人達が今でも「グローバリゼーション」から離れた生活が可能だと思っている。今の生活の元になっている経済成長の根本にはひたすら経済に集中して、しかも輸出に助けられた日本があるというのに。日本がいくら技術力を高め付加価値をつけることができても、国内マーケットだけを見る経済はあり得ない。TPPだって、日中韓関係だって何とかしようという空気は根底にあるのは日本だけのクローズドシステムの中では今の生活は維持できないからだろう。さて、西アフリカで広がっているエボラ熱。スペイン、米国など、アフリカ以外へと広がりを見せている。もし人類平等を言うのなら、「自国にだけは入れたくない」というセリフは言ってはならないだろう。世界の叡智で対策を立てる必要がある。これこそ先進国が対決すべき問題だろう。もう我々は何を取ってみても、「自分だけ」「自国だけ」良ければ良いという発想も行動も許されない時代に生きていることを皆で再度認識しなおす必要がある。

    日付(14/10/16)  RDD(Random Digit Dialing)

自分も含め今の社会はいわゆる「世論調査」に大きく振り回される。以前から調査の対象の選び方に疑問が提起されて、できるだけ数を増やし、ランダムな層を選べる工夫がされていると聞く。ただ、最もニュースになる新聞・TVの世論調査は皆「RDD」方式による電話調査の様だ。乱数表で電話番号を選び、調査しているとのことだが、一つ大きな落とし穴がある。それは「固定電話」に限っていること。それで広く公平と言えるだろうか。各新聞、各局非常によく似た結果になっているのでついつい信用してしまうが、ぜひ一度、携帯電話でのRDDをやってほしい。今や、若者は勿論、若い家庭でも固定電話を使わない人たちが多い。世論調査にその人達が含まれないとすると結果に疑問符が付く。そしてまたこの人達の選挙における投票率も低い。最近のネットでの意見交換を見たりすると「ネット世論調査」も見てみたい。おそらく年齢が高いほど、ネットは勿論、携帯も使わなくなっている。「公平性」の担保は決してたやすくはない。それで「世論」が形成されていくと思うとやや怖い。

    日付(14/10/14)  一人だけの家事

久し振りの独身(単身)生活、それなりに楽しんではいるが、一方、本当の一人だけの老後生活と言うのは難しいだろうな、とも思う。いわゆる「家事」というのは誰かが一緒に住んでいてこその「家事」か。一人で料理して、一人で掃除洗濯して、一日誰とも話さない、なんて生活はおそらくすぐに破綻しそう。当方はまだ出かける所もあるし、待ってくれる人もいるから良いけれど、それが無くなったら、と思うと気が滅入る。今日も変化一杯。朝から市の「胃がん検診」、午後は少しゆっくりしてその後は台風一過の青空のもと一万歩の散歩、帰ってすぐに夕飯の支度。今夜は麻婆茄子、焼き手羽中、キャベツとキュウリのサラダ、と頑張って、ビールとワインを飲みながら大阪の兄とネットで囲碁2番。忙しい一日で楽しかったけれど、これが毎日になればだんだんやる気がなくなってくるのかも知れないな、と思うことしきり。やはり、人間は世の中と何らかのコンタクトがあって、できれば何かを通じて社会に於ける存在感を感じて、そんな生活の中に「家事」もあるのだろう。自分のため、自己満足のためだけの「家事」は楽しくなさそう。そう思った。

    日付(14/10/12)  遺体の価値

御嶽山噴火の後始末といい、東北大震災のフォローといい、何故日本人は遺体や遺骨にこれほどまでにこだわるのか。僕には分からない。もし捜索隊の人達の中から二次災害に合う人が出たりすればどう償うのか。そのために使われる莫大な費用は本当に税金の使い道として正しいのか。いつもそう思う。遺族としては「感謝」以外の何物でもないとは思うが、自然災害のフォローの仕方として本当に正解なのか、と思ってしまう。毎朝、新聞を開くと、色んな所で色んな人が色んな死に方をしている。個々のベースで考えれば、この事件の人は丁寧に、この事件の人は適当に、なんて差はないのではないか。一人であろうが多人数であろうが、個人ベースで考えれば同じこと。僕に言わせれば、もう絶対に生きては帰れない、という人の捜索は後回しにしても良いのではないか。だってもう、先祖の墓を守るなんてセリフさえ過去のものになろうとさえしているのに、いかに周りに迷惑をかけずに死ぬか、ということを真剣に考え始めているというのに。ニュースに出てくる自衛隊や、警察や、消防の人達が身を賭してでも遺体を探して家族に届けたい、と頑張ってくれている姿をみると、これは何が違っているのではないかと思ってしまう。遺体を探し出すのと救命活動にはどこか一線があるのではないだろうか。ここ数日のニュースの灰汚泥の中で頑張る人たちの映像を見てとっても疑問に思った。これは非人間的発想だろうか。

    日付(14/10/9)  久しぶりの独身生活

「検査入院」とやらで家内が今日から東京の病院に入院した。車で送り届けたが、こんな健康な入院患者がいても良いのか、と言いたくなるほど正に健康。遊びに行っているんじゃないよ、と言いたくなる位。久しぶりに病院の入院棟に入ったが、やはり自分は行きたくはない。綺麗だし、看護婦さんたちは非常にトレーニングされていて今や「サービス業」の一員かと思わせる位。でも、「家に居てもつまんないから又入院するか」的な生活にはなりたくない。帰ってきて一人で夕食の支度をしながら、「やはり自由が良いな」と身に染みた。一万歩の散歩にも力が入る。ことあるごとに考える「いかに老いるか」「いかに死を迎えるか」。団塊には優先順位一位の問題になってきている。ま、余計なことを考えず、久しぶりの独身生活をエンジョイするとしよう。

    日付(14/10/7)  避難勧告

昨日の台風18号は首都圏直撃、我々リタイリは出勤対策も考える必要もなく朝から雨風の中をじっと静かにテレビを観ていた。死者まで出たがそれでも予期された程の被害ではなかった。驚いたのは次々と発表される「避難勧告」、おそらく首都圏だけで100万人を超える人達に勧告された。さぞやその効果かとおもいきや、今朝の新聞では実際に避難した人は数%にも満たないとか。先の広島の土砂崩れや御嶽山の噴火など、災害がある度に気象庁や予知連絡会など、官公庁の責任を問う声が大きくなる。その結果が「立場を守るための勧告」の増加につながっている。昨日ほど増えるともう「オオカミ少年」の現実化の方を恐れる。勧告する側の責任の取り方、受け取る側の信頼感のアップなど、何か対策が要ると思う。もう一つ、このニュースを見ていて感じたのは小家族高齢化の現実。「A所帯、B人に避難勧告」のニュースの一所帯あたりの人数をついつい計算している。一人代は普通、二人を越すと多い方、3を超すのは殆どない。一人暮らしが多いんだと改めて思った。当方の暮らす団地も今や老夫婦二人が普通、中に一人になってしまった家庭も増えてきている。おそらく一所帯一人代だろう。10年後を予想すると暗澹たる気持ちになる。こんなことまで考えさせる避難勧告だった。

    日付(14/10/5)  シェリー

先週の金曜、久しぶりに映画を観た。クリント・イーストウッドが監督したミュージカル映画、「ジャージー・ボーイズ」。ただ、楽しかった。我々世代を意識したのだろうと思わせる作品。フォーシーズンズの歴史は全く知らなかったが、あの時代のアメリカでこんなサクセスストーリーや裏話があっても違和感はない。ただ、大ヒット曲「シェリー」がどんなタイミングで生まれ、どうヒットしたのか、それだけでも面白かった。大ヒットというのは凄い。この何年も聞いたこともないのに、しっかり覚えていて、画面に合わせて体がリズムを取っていた。昔、「グレンミュラー物語」を見た時の感動をなぜか思い出した。分野は違っても、音楽が人生に与える影響はこんなにも大きい。若返って初期ロックを楽しんだ。音楽は時代を作るというのは本当な様だ。クラシックでも、演歌でも、どんな音楽でも脳にしっかり刻まれたものはちょっと一部を聞くだけでその時代まで思い出させる。音楽偉大なり。でもこの日大きくショックを受けたのは映画館で尿意をもよおした時の対策。エンディングまで耐えられたのが不思議な位。これも年齢のせいだとするとこりゃ要注意だと思った。これまた久しぶりのヒヤヒヤ経験。

    日付(14/10/2)  NHK朝ドラ

朝ドラの視聴率が高く、人気も上がっている一つの要因は「団塊の世代」の退職、という話もある。確かにここ数年、朝ドラの人気も高いし、話題も多い。当方は、ひねくれていたのかリタイアした後も、東北の「あまちゃん」旋風が起こった時も、殆ど気を入れては観なかった。そして前回の「花子とアン」、これも初めの内は余り興味がなかった。ところが途中からしっかりはまった。今でも理由が何なのか良く分からない。山梨の田舎の娘が東京の女学院に入るあたりから真剣に観るようになった。8月9月の後半に至っては「これを見なきゃ一日が始まらない」位の意気込みで楽しみにした。理由を聞かれても分からない。田舎者の成功者というストーリーがはまった、とか「赤毛のアン」という影の主役の存在が大きかったとか、いろいろあるのだろうが今でも良く分からない。「花子とアン」のお蔭で生活のリズムに朝ドラが入ってきて当然の如く次の「マッサン」も見ている。ストーリーも面白そうで、アルコール大好きの当方としては日本初のウイスキー誕生は面白いテーマで、楽しみにしているが、さて朝ドラとして魅力があるかどうか、観てみなければわからない。でも、自分が観られなかった頃まで遡ってみると、この朝ドラという怪物、日本のカルチャーまで影響したかも知れない。今頃になって目覚めた一人。

    日付(14/10/1)  一つ狂うと、文明の恐ろしさ

先月末の高松出張。台風17号の影響が心配で、天気予報をチェックしていた。逸れてくれて、当日(9/25)の朝は良い天気。昼前、安心して羽田行きのバスセンターへ。予定通りバスも来て、全く普通にスタートした。ところがアクアラインの手前の停車場に着いた時、突然運転手曰く「たった今、風のためアクアラインが通行止めとなったので元の停車場に戻ります」だって。これは慌てた。仕方がないのでJRまで戻り、車中でJALに連絡、すでに飛行機は飛び立った。どうしようもないので羽田に急ぐ。調べると夕方の夕食の約束に間に合うかも知れないギリギリの便があるではないか。カウンターに駆けつけたら、「その便は満席。キャンセル待ちも沢山」とか。これで万事休す。次の便を予約した。でも、これは感激。途中で電話していたのが効いて普通はダメなディスカウントチケットに関わらず次の便が予約できた。さすが、サービスの日本。アクアラインの通行止めなど飛行機会社にとってみれば何の関係もないことなのに。とまあこんな具合で、ホテルに着いたら20時を過ぎていた。いつもの時間通りの生活に慣れていると、便利で速いものほど狂った時の影響は大きい。今でこそ、のんびりしたリタイアリだから、「遅れます、キャンセルします」で済むけれど、現役の頃は大変だったな、と思い出す。でもあの頃は周りの人が、色々アレンジしてくれたけれど、今は全て自分でこなさねばならない。こんなことにハラハラドキドキするのも、社会との接点だろうか。便利なものほど恐ろしい、実感した一日だった。

    日付(14/9/29)  御嶽山大爆発

一度だけ登ったことがある木曽の御嶽山が噴火した。まだ社会人になったばかりの頃で独身寮の仲間と一日で。単独峰で真正面からまっすぐに登るといった登山だった。あの頃でも確かに生きていた。白い煙を噴いていた。そして一昨日、大噴火。多くの人達が秋山を楽しんでいたのだろう、犠牲者も出ている。これまた感じさせる「我々は生かされている」という感覚。誰にでも、どこででも、何が起こるかわからない毎日。善人でも悪人でも、信仰心がある人も無い人も、RichでもPoorでも何区別することなく色んな不慮の事故、事件が降りかかり、運が悪ければ命まで落とす。地震、津波、豪雨・土砂崩れ、噴火、交通事故、通り魔事件・・・多くの人々がそんな偶然に当たり死んでいる。だから思う「生かされている」と。だから思う「精一杯生きよう」と。そして願う、時が来れば「自然に(元気に)死にたい」と。特に自然災害が起こると、それを思いおこす。今、生かされていることを自覚する時だ。一人でも多くの被害者が救われることを祈るばかり。

    日付(14/9/25)  大相撲

大相撲を良く観る。国技であり、最も古いしきたりを守り、日本文化の一つであるのに、プレイヤーの面ではこれ程グローバル化が進んでいる分野は無いだろう。今や3横綱全てモンゴル出身、幕内力士も外国人が一杯。新星、逸ノ城もモンゴル出身。それでも国技館は連日満員御礼。ある意味不思議な現象だが、日本人の特性を示しているようにも思える。一つは寛容さ、それも文化やしきたりを守る人への寛容さ。もし彼らが、相撲界の厳しさを嫌がり、普段の生活も自国風にしようとしたり、インタビューで自国語を話したりしたら、一気に人気はなくなるだろう。彼らが一所懸命相撲文化を継承しようとし、日本語を鍛え、それらを含めて日本文化を継承しようとしているからこそファンも集まる。そして最後は実力の世界、何と言われようと強くなくては生き残れない。それを目の当たりにして白鵬に拍手しながら、稀勢の里や遠藤が横綱になる日を待ちわびる。稀勢の里が次期横綱候補と言われてから長い。アスリートとしての実力は十分備わっていると思うのだが、どうもメンタル的にもう一山超える必要があるのだろう。日本文化的に言えば、ここは禅寺にでも籠って座禅を組む時なのかも知れない。昨日の逸ノ城との一番は精神力を計るにはもってこいだった。終わった時にやっぱりな、と思った人は多いだろう。それに加えて、「プレッシャーってきついな。自分もこうなりそう。」と同情し、それがある種自虐的ファン心理に代わる。もう少し、応援しよう。頑張れ、稀勢の里。

    日付(14/9/23)  今度は円安

世界第二の、いや第三の経済大国と言われる我が国日本だが、この円相場の動き方については甚だ心もとない。80円を割ろうかという円高の時にはそれは世界からの日本たたきだと言わんばかりに嘆いていた。このままでは日本経済は立ち行かない、と言いながら世界中から安価な輸入品を調達していた。今度は円安、又もやこのままでは日本経済はダメになるという。確かにその時点その時点で有利になる業界もあれば不利になる業界もある。それを、日本経済と言う言葉で表して被害者意識のみ強調するのはいかがなものか。振り回されているのは、いかに日本が主体性をもった経済運営をしていないかということではないのか。もっと積極的な見方をすれば、円高の時はグローバルな見方をしましょう、海外旅行が安価でできます、と考え、円安になれば輸出を奨励し、海外からの旅行客を迎えそのメリットを認識してもらう。世界に振り回されない主体性のある行動をとるべきだろう。振り回されていると言いながら、良い所どりをするのと、苦しくとも主体性をもって世界経済をリードしていくのと、いよいよ日本は本気で後者を演じる時なのだと思う。円安は日本と言う国の信頼が薄れていることだと認識している人がどれくらいいるのだろうか。

    日付(14/9/20)  民主主義を考える

いつも矛盾だらけで胡散臭くなる「民主主義」、でもこれまでの所今回のスコットランド独立に関する住民投票は「民主主義とは」を考えさせるテーマとしては秀逸だった。何がそう思わせるか、最大のポイントは投票率の高さ、85%の投票率なんてあまり聞いたことがない。日本の選挙なんてどんな田舎でも50%がやっと、都会では30%の投票率でそのまた過半数で・・・信じられない「民意」で物事が決まっている。今回のスコットランド投票は、まず英国議会がスコットランド議会の決定に耳を貸し、同意した。後で慌てた訳だが、もし独立となったとしても強権で阻止、デモ、騒乱・・・という流れにはならなかった筈だ。そこにまず進んだ民主主義を感じる。この一連のいきさつでおそらくスコットランドは独立しなくても多くのものを得たはずだ。賛否が拮抗していたから英国としても何らかの対策は打つ必要があるのだろう。これを民主主義と言わずして何を・・・という位の結果だ。少数意見の重視なんて民主主義の矛盾の最たるものだが、この結末は良かったのだと思う。「腐っても鯛」なんて言ってはいけないが、やはり西側民主主義の歴史的リーダーの一つなのだと思わせる問題だった。

    日付(14/9/18)  イスラム国

そもそもイスラム圏の出来事は理解するのは容易ではないが、今回の「イスラム国」は一段と難しい。ただ、世界の歴史と言う広い、長い目で見ると、その恐怖の度合いは一段と深まる。世の中を不必要なパニックに導いてはならないというメディアの計らいはあるのだろうがこれからどうなるのか気になって仕方ない。いくつかの理由はあるが、一つは彼らが「リッチであること」。油田を手にしたが故にお金を持っていること。これは従来のRichi対Poorの対決ではない。だからこそ、世界中から多くの「差別された不満族」が集まってくる。このグループが、「核」を持ったら何が起こるか。おそらく、世界の歴史終焉のストーリーが現実化する。それを見通してこその大国の宣言なのだろう、さて、こんな時「平和憲法に守られた日本」はいかにあるべきか、悩みはつきない。日本国民が平和に生きていけること、だけで無事進んで行ける世の中ではないことは皆分かっていることだとは思うのだけれど。

    日付(14/9/15)  平均寿命と健康寿命

「敬老の日」らしい。子供達から、特に「頑張って生きてね」というメッセージもなかった。こちらもこの日は特に期待もしていない。でも、公に認められた「高齢者」であることは事実だ。最近、この話題しかないのか、と思うほど考えることは多いが、「いかに老いるか」、「いかに死ぬか」というのは、誰もが考える大きなテーマだ。いつも、「元気で死ぬ」という理想を持っている。最低限精神的には健康で死にたい。その術を考えている。「元気で死ぬ」ことは「健康寿命」を目指すこと、話題にはされないが「平均寿命−健康寿命」の差を減らすことでもある。今、この差が何と10年近くあるらしい。男性の場合、健康寿命が70歳、平均寿命は80歳。これは何とかしたい。医学の進歩や介護の充実で解ける問題ではなさそうだ。難しい問題はありそうだが、一番重要なのは「個々の人生観」、心の持ちようが人生を変える、そんな気がしてならない。まさか敬老の日に「自分たち」老人のいかに生くべきかを考えようとは思わなかった。きっと、昨夜遊びに来てくれた息子夫婦と孫たちの元気な顔をみた後遺症なのだろう。

    日付(14/9/10)  朝日新聞吉田問題

この間の朝日の問題は慰安婦、「吉田証言」。そして今度は東電福島の「吉田調書」。内容も、時代も、背景も全く異なる問題だが、昨夕の記者会見でも一緒に質問されていた。やはり背景には「朝日の驕り」か。吉田調書の方も非難されてしかるべき一方的な報道。あの時点(今春)では吉田調書はスクープだったわけで、その中で「特に目を引く見出し」が欲しかったのだろうが、それにしても限られたメンバーだけでセンセーショナルな記事に仕上げたのはなぜだろうか。慰安婦問題も含め、社として「世論を持って行きたい方向」のようなものがあって、その方針が事実を報道するより先に来ているのではないか。新聞社が主張を持つことは決して悪ではない。ただそれを示すのは社説であり、評論・解説であるべきであって、事実を報道する時にその主張に合わすようにネジまがった記事にするのはやはり間違っている。我々一般人は報道を通じてでないと殆ど世の中の出来事を知りえない。だから、メディアはまず事実をきちっと知らせることを心がけ、その上で自分たちはどう思うか、どう評価するのかを示せば良い。読者や視聴者はその部分については色んな考え方があるはずで、その一つがこれだ、と思えばよい。そこのところが時々おかしくなる。朝日が左翼的で批判勢力でありたいのならそれはそれでよい。でもその色眼鏡を通してのみ事実を伝えるのなら、読者は去っていくだろう。我々が最も重視するのはまず客観性であって、その上で代表的意見を伝えることだ。反新聞、反メディアが広がっていけば皆自分の周りで起こることにしか関心を示さなくなる。それは非常に危険な社会に繋がる。この機会に国民がメディアいかにあるべきかを真剣に考えるべきだ。朝日の信頼性を落とす事件が続く。さて、我が家はいつまで我慢すべきか。

    日付(14/9/9)  残念!錦織選手

あっという間に、日本人に「テニス」を思い出させた快挙。全米オープンの錦織選手の活躍には大いに興奮させられた。WOWOWやユニクロ、森永に日清、そしてウイルソンと言った錦織ブランドの株が急騰、そして今日は反落とか。いやはや、影響は日経平均にまで及ぶ。WOWOWの契約を止めたので実況では見えなかったが、ジョコビッチとの試合は圧巻だった。ことあるごとにケガで落胆させられたが、今回の準決勝はまさにタフな日本人、だった。もう一人の勝者チリッチがフェデラーに圧勝と聞いて、こりゃ決勝で敗けるのではと嫌な予感を感じたのは当方だけではないだろう。挑戦者で勝ち続けた錦織としてはフェデラーの方が良かったと思う。チリッチが格下であったことが敗因の様に思える。でも、結果としてはこれで良かったと思う。まだまだこれからいくらでも活躍できるわけだし、徐々にランクを上げて行けば良い。これを機にテニスファンが増えるだろう。また、フォローすべきテレビ番組が増える。暇なリタイアリには楽しみだ。でも、彼のインタビューの英語には驚く。正に体で覚えた英語、カタカナ英語ではない。おそらくどんな分野でも世界に挑戦する人達はこの種の「グローバルに育った人達」になっていくのだろう。

    日付(14/9/6)  朝日新聞

幼い時から新聞と言えば朝日新聞だった。独身時代、結婚してから、ビジネスマンとして日経新聞を読まざるを得なくなった時でも常に朝日はあった。8月の慰安婦問題の検証記事は良かったと思った。ただ、その記事が影響してきた日韓問題についての反省が無かった。翌日から、「声」の欄を毎日見ていたが、何も取り上げられなかった。これは逆に失望だった。こんな歴史の見直し方はないのでは、と思った。そして今回の池上彰の記事の問題、一週間遅れで掲載して、かつ今朝はご丁寧にもその解説記事まで。それでも、最も重要な吉田レポートの誤報とそれが歴史に及ぼした大きな影響に対する反省とお詫びはまだない。今頃になって本件についての「声」の採り上げも増えている。今、朝日新聞の内部では何が起こっているのだろう。当方の様な幼い頃から「新聞は朝日」という環境で育った人達が、「もう許せない」という日が来るのではないだろうか。もし、日経が最終ページにTV欄をまとめてくれたら、もう朝日は要らなくなるかも知れない。そんなことまで思う今回の事件である。朝日は本気で「慰安婦問題に関するこれまでの記事の世の中に与えた間違った認識」についての詫びをまとめるべきだろう。

    日付(14/9/4)  第二次安倍内閣

野党の党首はいつもと同じように評価はせず紋切り型のケチをつけるが、訴える力はない。第二次安倍内閣がスタートした。第一次の閣僚たちは大きな失言もなく、取り敢えずしっかり仕事をした、と言えるだろう。首相の本音は、このままの陣営で引っ張りたいのかも知れない。その証拠に、第一次の重要と言われる閣僚はほとんど留任。矛盾するのは復興相位か。石破を立て、谷垣を立て、女性を増やし、順番待ちの年寄りも少しは入れて、非常にうまくバランスを取った人事。これなら国際社会からも文句は出ないかなと思わせる。右傾化の懸念とか、独断の傾向とか言われるけれど、第一次で大きな疑問は靖国問題位で、後は久しぶりの安定内閣だった。病が治り、政権交代が起こり、その後の自民党内閣だったので、安倍首相の(「命を懸けたような」)尋常でないやる気に、おそらく国民は好意をもってサポートした。中韓との関係もそれを失政とする声が小さいのは、おそらく「自分の考え・信念を前面に出す」やり方を支持しているのだろう。どんな問題にも、100%が支持する方針はあり得ない訳で、それに押しつぶされることなく突き進むやり方を今は好意をもって見ているのだと思う。さて、この第二次内閣、どうなるか。方針の段階は良くても実行になると民意はどう変わるか分からない。5人の女性大臣を含め、何が起こるか、期待して見守りたい。

    日付(14/8/31)  世論の形成

ニュースを読んだり、観たり、聴いたりしていて、メディアの責任を強く感じることが多い。例えば、何かに反対する運動。良く聞くと参加者はわずか10人、20人の会であっても、「・・・に反対する会」が採り上げられる。聞いている人達は参加者の数など気にも留めない。これこそ正にメディアが責任を持つべき問題だ。わずかの意見を紹介するのなら、同時に大多数の意見についても同時に紹介してほしい。それこそが、多数決に依存する民主主義のキーだろう。最近どうも大多数の意見が分かっていない段階での少数意見をメディアが強調しすぎるのではないかと思うことが多い。それで世の中を変えて行こうなどと思ってやっているとは思わないけれど。特に採り上げられるのは、「・・被害者の会」、「・・に反対する会」等、反マジョリティで表面切って反対できないような問題。こうやって、世論と言うのは、形成されていくのだ、と感じることが多い。一定の年齢を経て表の意見を聞けばすぐその裏にある意見を思い出すことができれば良いけれど、そうでない場合はまず、「多くの人はこう思っているけれど」、「実はこんな意見もあります」的な、紹介をして欲しいと思うのは間違っているだろうか、余計な心配だろうか。世論がどう形成されていくのか気になっている。

    日付(14/8/29)  新しい宝物

この度の帰郷ドライブの目的の一つに、高校時代の恩師に会うことがあった。数年前にドライブで帰省した時、「これを持って帰れ」と碁盤・碁石セットを見せられ、「こんなものを頂いたら先生を早死にさせます」と言ってお断りした。ところがそれ以降も、毎年のように「早く取りにこないと俺が死んでしまう」とまで言われるものだからとうとう今夏、車での帰郷となった。思ったのは、このままでは当方の方がロングドライブに耐えられなくなるかも知れないと思うようになったから。まだ80歳台そこそこで記憶力は抜群、元気なものなのだが、何度か倒れて死線を彷徨ったとか。どうみても「形見分け」の様だった。5寸近い栢の碁盤に、蛤・那智黒の碁石のセット。見ただけで、常日頃大切に使ってきたと思わせる美しさだ。これまで我が家には折り畳みの安物碁盤とプラスチックの碁石しかなく道具については全く無頓着だった。こりゃ、もっと囲碁も打たなくては、と強い意欲を感じている。この先生は日本棋院のアマ六段とか、そりゃ良い道具も欲しかっただろう、と思う。当方は正に遊び碁で、おそらく二級前後か。相当頑張らないと道具に負けそう。大阪にいる次兄とはネット囲碁を続けてはいたが、強くなったとは思えない。この先生が元気な内に対局帰省することを目標に少しは腕を上げたい。この碁盤に向かい、パチッと石を打つと手を離したときにクラクラと左右に揺れる。石を置いてみるだけで楽しい。また一つ第二の人生の目標ができてしまった。高校時代から、ずっと可愛がってもらったお礼は何をすれば良いのだろうか。ただ、西を向いて元気で生き続けて欲しいと祈るばかりだ。何物にも代え難い新しい宝物ができた。

    日付(14/8/26)  米寿の祝い

昨日、嬉しい集まりがあった。現役時代の大先輩の米寿の祝いのランチ。当方がサラリーマン生活の後半を送った外資系会社の中興の祖。この会社に移った時点で、もう雲の上の存在だったが、それでも当方が責任ある立場になるごとに、必ず現れて相談に乗ってもらった。この世代で、これほどグローバル視点に立てた人は決して多くないだろう。多くのことを学ばせて貰った先輩だった。その方が、何とリタイアと共にダイビングにのめりこみ、世界中のポイントを潜り、美しい水中写真を撮り、この度、小冊子にまとめられた。一冊頂いたが、何とも夢がある。当方も、まずまず暇な時間に困るような第二の人生は送っていないと思うけれど、この先輩のパワーには頭が下がる。90歳に近づいても、蒼い海の中で熱帯魚を相手にシャッターを押しておられる。これは羨望と尊敬しかない。健康でいられるなら何歳まででも生きていいな、と思ったパーティーだった。今からダイビングを始める勇気はないけれど、今色んな事をやって、空いている日は一万歩歩いて、こうして自分の体と対話しながら一日一日目標をもって生きれば、まだ生きられるのかも知れないな、そんなことを思った。

    日付(14/8/23)  広島水害

この種の事故が起きるといつも考える。「何が悪いのか」、「本当に防ぐ手はあったのか」と。そして、最近の結論はいつも「自分は生かされている」ということ。おそらく、この種の「経験したことの無い事態」の事故は防げない。それに遭遇していない我々は、生かされていると思うしかない。勿論、予知や予防の技術開発はすべきだし、自分たちも災害から身を守る精いっぱいの努力はすべきだ。けれども、その想定外をまた一段想定して、手を尽くすことが本当に必要なのか。ここまでいくと疑問が残る。例えば、東北大震災の経験から、とてつもない高い防波堤を作ろうという動き。数千年に一度の想定外を想定すべきかどうか、ここには疑問符がつく。今回の広島は、想定内だったのかも知れないが、夜中の2時や3時に豪雨の中でも非難すべきだったと誰が言えるだろうか。危険地域として指定すべきだったという人も多いようだが、このレベルを皆指定していたら、地価が下がり、住む人はなくなり・・町が消えてしまうだろう。人の生きるのには必ず限界がある、という認識で自然とは立ち向かうべきではないか。最近、特にそう思う。歩いていても、上から何が降ってくるかもわからない、車を運転していても対向車線から突入してくる車もある。どんな状況でも、突然の非日常はしょっちゅう起こっている。どこかで、あるレベルから先は、「与えられた運命」として受け入れざるを得ないのではないか、そう思うこの頃である。勿論被害に合われた方々には、哀悼の意を表してはいるのだが。

    日付(14/8/21)  今年もパソコン教室始まる

昨日から、公民館のパソコン教室が始まった。5年前に市のカレッジの教育に立ち会ってから、いつの間にか徐々に増えて継続してきた。当方も別にこの分野のスペシャリストではない訳で、単に高齢者(特にリタイアリ)の生活で、パソコンが使えるかどうかが大きく影響を及ぼすと思ったものだから、遅れをとっていた人たちの手助けをしようと思ったのがきっかけだった。おそらく生徒さんたちにも同世代の素人の講師の方がとっつきやすいのかも知れない。色んな場所で、色んなレベルの講師を勤めるようになった。当方としても遅れをとらぬよう、WINDOWS-8を入れたり、Officeも2007,2010,2013と色んなバージョンを使えるようにしたり、勉強にもなっている。昨日から始まったコースでも、1コース20名で、2クラス。皆さん、目を輝かせて励んでいる。そのやる気を見るたびに、やって良かったと嬉しくなる。歳をとっても何か新しいことにチャレンジする精神、これが美しい。団塊の世代は、年寄りの生き方も大きく変えているようだ。当方も遅れないよう、頑張らなくては・・

    日付(14/8/20)  鹿教湯(かけゆ)温泉

7泊ドライブの最終日は長野県上田市の秘湯(?)鹿教湯温泉に泊まった。福井からまっすぐ帰宅すると疲れるから、という理由でどこか温泉に泊まりたかった。とは言え、予算の問題もあって、そうそう高級宿には泊まれない。そこで、前もってネットで検索、たどり着いたのが鹿教湯温泉だった。上田市あたりの山中には多くのひなびた温泉地があり選択の余地はあった。選んだのは鹿教湯温泉でも最も奥の鹿乃屋旅館。着いてみたら、何となく古びた旅館で、こりゃ失敗だったかと思った。歴史はありそうだが単なる旅籠。ところが評価は時間と共に上がっていく。まず風呂が良い。わざとらしくなく、内湯も露天もゆっくり、何しろ湯温がぬるいものだから、いくらでも入っていられる。2度目など、空を見てウトウト。次が料理、これも地域の野菜料理に加え、馬刺しまでついて満足。地酒も美味しかった。最後が、音楽。何と古い旅館の中に、立派なホールがあって、その日は館主の娘(東京の音楽大卒)のフルートの演奏会。日によっては館主がギター演奏を披露するらしい。これにはびっくり。文化の香りが漂う温泉宿だった。競争が激しい業界だろうが、こうして特徴を出して地道に経営している旅館に当たって応援したくもなった。温泉宿は決して豪華絢爛だけではない。好感がもてた一泊だった。ちゃんと3回温泉を楽しんだ。紅葉の時期にまた来てみたい。

    日付(14/8/18)  ナビも大変

今回の帰省ドライブで意外に参ったのはナビ。今や、どこに行くのもナビ頼り。昔なら、地図を開いて色々事前調査をしたものだが、今はナビがあるので、ろくに調べもしない。勿論、自由気ままなドライブなのでだからどうなの、と聞かれると返す言葉もないが、少なくとも目的地に何時ごろ着くかというのはナビに頼る。現在の当方のナビは、5年前のもの、更新など考えたこともなかった。ところが、スタートの第二東名、そして鳥取道、その後舞鶴・敦賀道路、帰りは外環状と、ナビが知らない道が次々と。運転する方は、頼るしかないのだが、時々山や畑の中を走っている。到着予想時間などまるで信頼できない。こりゃやはりナビの更新も大事だなと思った。裏返して言うと、それほどに今でも新しい高速道路がどんどん拡張、繋がっている。便利にはなっているのだろうが、俯瞰した視点が足らないのか、思わぬ所で渋滞が発生したり、時には新しい道が一車線故、前に遅い車が来るとただただ、じっと我慢する運転になったり。でも、やはり「土木族」はちゃんと生きていて努力しているのだな、と思ったドライブだった。

    日付(14/8/17)  「まんだらけ」問題

日本って本当に弱者にやさしい国になっているんだと思う事件。高価な鉄人28号を盗んで、しっかりカメラに写った犯人像をわざわざ期限付きでボカして。期限までに返還しないなら公表するよ、とまで警告して。でも、結局は警察の意見を入れて公開しなかった。この件、世間では賛否両論とか。当方など、わざわざ警告しなくても自信があれば、即公表しちゃうのに、と思う。そんなことをされたら、人生を棒に振るとか、万が一にでも間違いだったらとか、色んな反対意見もある。でも、これからネット上での冤罪なんて日常茶飯事になりそうに思う。気に入らないことがあれば、平気で攻撃し、画像を入れれば誹謗も中傷もいとも簡単。誰だって、その対象にされる。誰にでもそんな危険があるのに、間違いない犯人を公表するなんてどうってことないと思う。この話を友人としていたら、彼がこんな話をした。日曜(今は毎日)畑をやっているのだが、アスパラガスとかチューリップの球根とか、ちょっと価値ある良いものができると、軒並み盗まれることがあるそうだ。余りに続くと、畑仕事をやっている時に傍を散歩やジョギングする人が犯人に見えてくるという。そりゃそうでしょう、例えそれが趣味だと言っても、数か月手塩にかけていざ収穫と言う時に黙って持って行かれたりすれば、許せない気持ちは大きいだろう。彼は「実行犯を写真に撮って公表してやりたい」と言う。こんなコソ泥がどこにでもいるとすれば、決して世界一の安全な国なんて言えない。誰もが警官になろうなんて言う訳ではないが、効果的なアラームがあるのなら、採用すべきだと思うのだが。

    日付(14/8/14)  エボラ熱

こんな怖い病気が未だあるのだ。アフリカでは現代技術と自然(?)との壮絶な戦いが繰り広げられている。これで欧米やアジアで患者が発生したりすればパニックになるかも知れない。この件で、今議論されている新薬の話。米国で2人の患者に効果が見られたとかで、承認申請抜きでの生産が求められているらしい。これは、医学や薬学についての基本的問題提起である。確かに今自分や家族が難病にかかって、「放っておいたら死ぬ」という状況なら、通常「藁にもすがりたい」だろう。でも、だからと言って本当に藁をばらまくべきなのだろうか。強い副作用で死ぬまで苦しむかも知れない。実は効果は限定的かも知れない。それでも・・・だろうか。目を最近の病気治療に戻してみると、時間軸はやや異なるだろうが、同様なことが行われている。各種のがんの治療薬に、同様の傾向はないか。寝たきりでなかなか死ねない老人を増やすことになっていないか。どうもこのテーマにいきついてしまう。人間のエボラ熱に対する最も重要な対策は、まず知識を広めて、徹底的に拡散・伝染を止めることだろう。自然は、人間に日々新しい問いかけをする。「人は必ず死ぬ」ことを前提に考えることを恐れてはならない、と思う。

    日付(14/8/13)  甲子園高校野球

やはり、試合があるまでに、記事にして「隠れ応援団」を増やしておかねばならない。今年の夏の高校野球の鳥取県代表は我が「八頭高校」。昔は、読んでさえ貰えなかったが、いつの間にか8回目の出場とか。先日の帰郷時にあったミニ同窓会のメンバーにちゃんと後援会員がいて寄付も求められた。久々の出場で、1回戦突破を狙う。(幸いにも?)初戦は、初出場の青森角館高校。おそらく該校も、初戦が「弱い」鳥取県代表と当たって喜んでいるだろうが、こちらも勝てない相手ではなさそう(?)。これは楽しみ。加えて、千葉県代表の東海大望洋には、息子2人がお世話になった。今年の甲子園は目が離せない。校名がメディアに踊るのを見るたびにわくわくしてくるのは何だろうか。この記事を読んだ皆さん、八頭・角館戦は、ぜひ八頭の応援を!当方の生まれた智頭からはそれでも40分ディーゼルカーに乗って通学していました。先日運転したら、15分もあれば到着する距離でした。世の中動いています。

    日付(14/8/12)  2350kmドライブ

いつもこの「徒然に」をチェックして頂いている方には申し訳ないことをしました。一言、断っておけば良かったのですが、実は、5日から今日(12日)まで、夏の長距離ドライブに出ていました。主目的は、久しぶりの帰省で、鳥取。でも、行きも帰りも直接ではもう体が持たないとか何とか理由をつけて、行きの途中(と言うには無理があります)には鳥羽に寄って、帰りの途中(これもかなり無理がありますが)には、福井を回り、加えて最後には長野の鹿教湯温泉で一泊して、疲れを取って、と、リタイアリならではの余裕のあるドライブでした。それでも、走行距離は計2350km。相当なものです。普通は一人でハンドルを持つ距離ではありません。でもこうして無事帰ってくると、「やればできるんだ」と妙な自信を持っています。出発した日は台風12号がいて、こりゃどんな旅になるかと心配。でも鳥羽はバッチリ晴れでした。ところが12号が去ったと思いきや、ノロノロの11号。これにはほとほと振り回されました。鳥取でも、福井でも時には暴風雨の中のドライブ。でもなぜか目的地に着いたら止んだり・・とにかく不思議な天気でした。鳥取では、恩師に会い、先祖の墓参り、家内の家族との親睦会、ミニ同窓会、福井では現役時代からの友人夫妻と一杯やって、空いた時間には「百寺巡礼」。永平寺や、長野では善光寺と、大物を訪れました。過去を振り返るお盆としては、格好のドライブでした。多くの人と会い、色んな場所を訪れ、感動もありました。これからの「徒然に」のネタが一杯です。今日の所は、この10日間の空白の説明と、お詫びです。こうして、年齢を経てくると、やはり「振り返る時間も大切」なんて言うようになります。「振り返っちゃダメ、前を向いて!」と言っている人達、それは過去の自分でもあるのですが、には申し訳ないような時間でした。

    日付(14/8/3)  市川花火

昨夜はあちこちで花火大会があった。今年も市川花火にでかけた。猛暑の中、ものすごい人出。でも、人間(日本人)の良いのは、こういう時は皆、思いやりがあって、我慢強い。行きも帰りもちゃんと列になってゆっくり歩き、席を譲るのも鷹揚。隣の人とでもすぐに話し、親しくなる。今年も14000発、心なしか大輪が大きくなったように思えた。花火技術も年々進化しているのだろう、素晴らしい一瞬の芸術だ。飛び散る火の粉の一つ一つを「星」と呼ぶらしいが、一体一本の花火で何個の星が飛ぶのか、下から見ていて一つの星で一人の人生を思った。パット光って、色を放ち、ある時は尾を引き、ある時は一瞬で消える。一発で数えきれない星が輝き、それが14000発。それでも多分人の歴史の全人類はカバーできないだろうな、なんて思った。人が花火に惹かれるのはこの一瞬輝いて消えてしまう美のせいか。桜が好まれる理由にも通じる。自分の人生は何色の光だったか、いくつもの星と一緒になってどんな形を創ったのか、そもそも存在感はあったのか、色んなことを考えながら楽しんだ。嬉しい(?)のは、この世界は団塊が牛耳っていない(牛耳れない)。何しろ暑いし、体力も要る。主役は若いカップルと、若い女性達。声も華やぐ。まもなく、こんな元気もなくなって、「テレビで良いよ」となるのだろうが。

    日付(14/7/31)  ”ストリートビュー”

夏休みの季節になって、今年もまた、二つの公民館でのパソコン教室の講師をすることになり、テキストの見直しをしている。あるクラスでは「あいうえお」がタイプできるようになったらすぐネット検索をやってみる。検索をやったことの無い人はこれだけでパソコンのとりこになる。練習を兼ねて、いくつかの便利なアプリも紹介する。その中に、地図があって、例年まず自分の住所をインプットして、地図と航空写真を見てもらう。初めての人は、まさか自分の家の写真がこんなにくっきりと、と驚き、人によっては「こんなことを許して良いのですか」と怒り出す人もいる。今年もその準備をしていて、「グーグルマップ」をチェック。ストリートビューをクリックして驚いた。いつの間にか、殆どの住所についてストリートビュー(道路から見た景色)が入力されている。以前は、ニューヨークの街とか、日本では限られた場所だけだったのに。これにはビックリ。自分の住所録から友人たちの住所をインプットしてみると、彼らがどんな家に住んでいるかバッチリ。これは今年の教育ではまたヒトモメあるかな、なんて思った。個人情報保護法を天下の悪法だと思っている当方としては、これほど住所一つで暴かれると思うと、なるほど住所も公開したくない人も増えるわ、と納得もする。いやはや、一番怖い人間は街中(マチナカ)にいるのではなく、いつも家の中でパソコンに向かってカチャカチャやっている人かも知れないと思うようになった。

    日付(14/7/29)  久しぶりの奈良

四国への月一回の出張の機会を使って八十八ヶ所巡りをしているが、今月は久しぶりに「百寺巡礼」に戻った。寺めぐり原点の奈良に立ち寄った。四国から高速バスで夜遅く奈良に到着。翌日夕方、伊丹から飛行機で羽田に帰る、ほんの隙間の一日。猛暑に当たってしまって、歩くだけで汗びっしょり。まずは、以前来たことがあるかどうかもあやふやな当麻寺に。夏日のために訪れる人も少ない。受付の若者が、わざわざ当方のために金堂や講堂を開けてくれて、解説テープのスイッチを入れてくれる。四国の寺めぐりと比べるとやはり「仏像との出会い」が良い。やはり「奈良は仏様」だ。ただ、この寺の本尊は「當麻曼荼羅」と呼ばれる織物。勿論原本ではないが、それでも500年の歴史がある。本堂でゆっくり汗をふいた。まだ時間があったので大和西大寺に戻り、バスで秋篠寺へ。ここも思い出の宝庫。「伎芸天」は相変わらず美しい。若い頃の感激を思い出す。汗まみれではあったが、良い時をもった。「一人の奈良、二人の京都、家族の鎌倉」などと言いながら続けてきた寺めぐり。新たに、「再び一人の四国」を加えて、自分を見つめる時を味わう。

    日付(14/7/26)  不休業災害?

台所で火傷を負った。現役の頃の事故を思い出した。炊飯器に右手を出した途端、右手首が間にあった鍋の蓋に当たってビリッときた。かなり強烈な痛み。最初は不思議だった。いわゆる湯沸かしポットの上にステンレス製の蓋がおいてあった。数分前に家内が水を追加し、「湯沸かしモード」にした時だった様だ。確かにその時温度は100℃を示していて、沸騰中。この沸騰蒸気が鍋の蓋に当たっていたため、おそらくかなり高温のスチームで蓋は加熱されていた。水だから100℃なんて大間違い。目の前は水道の蛇口だからすぐに水で冷やしたが、もう表面の皮がめくれる状態。痛かったし、どうなるか心配するほどの火傷。現役時代なら、「裸のスチーム配管に腕を接触して火傷」となり、医者に診てもらえば「不休業災害」。家庭内災害なので、医者にはいかず、様子をみた。我が家の万能特効薬「ローヤルゼリー」を塗り、大型バンドエイドを貼って。翌日は知らんぷりでゴルフ。実は痛かった。一日2回は張り替えて、4日後に取れた。じっくり見るとかなり深かったことがわかる。でも湯沸かし器でこんな火傷を負うとは、やはり物理化学は正しい。一生懸命スチーム温度の話をしても、家内の一言「歳をとって反応が遅くなって接触時間が長かっただけじゃないの?」。ムムー、ここにも加齢か・・・。傷跡をじっと見ながら、「事故対策委員会」。ま、この程度ですんで良かった。

    日付(14/7/21)  朝日と日経

朝日新聞を読み続けている。いかにも長い。おそらく田舎にいた頃から。だから、転居しようが結婚しようが、何があっても「新聞は朝日」だった。現役時代、やはり経済面は日経、とこれまた何年間もとってきた、日経新聞そのものが我々団塊世代の伸長とともにメジャーなメディアになってきた。リタイアしてすぐに日経を止めたが、コンサルの仕事をするにはやはりあった方が良いなと再び両紙を購読している。この二つを読むもう一つのメリットは色んな問題に関する意見のかなり両極端が読めることだ。勿論、現役時代は企業社会にいた訳で、日経の方が安心もくれたし役にもたった。リタイア後は一庶民として朝日よりになるかと思っていたが、ここの所、朝、朝日新聞の記事に対し文句をつけていることが多い。いくつかの理由があるが最大は原発問題か。反原発など誰でも言えるし多くの人が運動もしている。だからこそ、メディアにはそれに伴う問題をえぐって欲しい。例えば、大震災まで地球温暖化は人類の大きなテーマだったし、日本は対策に熱心な優等生だった。それが今や原発問題から火力発電回帰が進み、劣等生になりつつある。円安もあって貿易赤字も続く。こんなことは分かっているわけでなぜメディアは、こうなるから生活を変えましょうと言わないのか。しかも並の変化では追いつかない。根本から生き方・価値観を変える必要がある。脱原発を叫ぶ人はそこまで触れる必要がある。集団的自衛権行使容認も然り。今や自衛隊の違憲問題など触れもせず、ただ憲法を守ることだけを謳う。メディアの力は「世論形成」なのであって単に「反対」を言うだけではない。最近の朝日には「反対」が多すぎる。全てを俯瞰した政策に基づいたあるべき姿の提言が欲しい。反対だけなら誰でも言える。

    日付(14/7/18)  ベネッセ名簿事件

ベネッセの名簿がジャストシステムに流れてダイレクトメールに使用された事件が大きく扱われている。名簿を売って儲けた人間が逮捕された。勿論、不当な商売をして稼ぐ人間を許そうというのではないが、当方はずっと「個人情報保護法」には疑問を持っている。昔は身の回りに名簿が一杯あって結構役に立っていた。卒業校の卒業者名簿、学会の会員名簿、趣味の会があれば必ずその仲間の名簿、団地の自治会の名簿、子供が学校に行けば保護者の名簿などなど、今はその種のものはどんどん消えて行っている。そんなに大多数の人にとってダメなものだろうか。名簿がなくなれば、ふと思い出して連絡を取る方法もなく、季節の便りや年賀状を出すのも大変だ。当方など、自分の住所で「個人事業者」登録をしているので、住所も電話番号もアケッピロゲ、たまには覚えのないダイレクトメールがきたり、迷惑メールが届いたりするが、それで困ったことやどうしてもやめてほしいと思う事件もない。今回の事件の発端も、「なぜジャストシステムから来るはずのない住所に紹介がきたのか?」という疑問からで、それがこんな大きな事件になるのは奇妙。一方で、人と人との繋がりが減っている、もっと絆を大切に、孤独死を防ぐ手立てをなどと騒ぐ。個人情報を大切にすればするだけ個人は孤独になる。名簿の功罪を比べれば功の方が大きいと思うのだが。多くの人が次々とカードを作り(カード会社には個人情報たっぷり)、ゴルフ場やホテルに行けば当然の如く、住所・氏名を書く、それに基づいて案内はがきも届くけれど、ごみ箱ポイでそれほど迷惑感はない。それより、同窓会や同期会の幹事をする時に名簿がなくて大変なことの方が問題としてはずっと大きい。名簿なんて、名前を載せたくない人の分は、「不明」と一言入れるだけで済むと思うのだが、と、同様に考える人も多く、当方のパソコンには色んな名簿が溜まっている。昨日のテレビでは、これだって値がついて売れるかも知れないだって。どうみても変な世の中。

    日付(14/7/15)  炎天下でも動ける喜び

昨日は昔の仲間とのゴルフだった。途中崩れる予報だったのに何のその、梅雨の最中というのに一日中好天。一日で真っ黒になった。水分はたっぷり、1.3リットルも飲んだのに、途中トイレなし。体にとってはギリギリの頑張りなのだろう。でも、一日回れた満足感は大きかった。そして翌日の今日は、夕方から動き出して、庭の手入れ。何しろこの天候のお蔭で、庭木の成育が著しい。少々切っても追いつかない位。今日はそれに加えて消毒も。(多分)アブラムシが車の片面をベトベトにする。久しぶりに植木の手入れと消毒を一気にやった。やはり、第一の目的は風呂上がりのビール。イヤー美味かった。昨日も今日も、ビールが美味しいのは、こうして汗が流せる喜び。これまでは、「これで明日は」とか「これからよくなる」という明日のための今日の喜びだったが、今は「今日が良かった」「今日も満足できた」という、「今日の喜び」。いつまで続けられるか知らないが、こうした「今日も生きられた」的、満足感を追うことも許される年齢ということだろうか。快い疲労感の中で。

    日付(14/7/12)  写真展示会

現役の頃の後半、色んな分野を担当する時期があって、「広報」も含まれる様になったことがあった。その時、中途で採用した女性と勉強しながら進めた覚えがある。当方がリタイアした後暫くたって、彼女も退職、英国に留学して、写真を勉強、卒業実習のテーマに大震災後の福島と、そこで相馬野馬追の祭りを継続しようとする人たちの姿を追った。まず英国で好評を得て、この度日本で初の個展を開いた。早速、今日観に行ってきた。会うのも5年ぶり、見た目はあまり変わらないが、色んな経験を積み、自分の力を再発見した自信のようなものに圧倒された。やはり、突き進む若さというのは美しく輝く。これから国内でもどんどん良い写真を撮って欲しい。知己がこうして世界を広げているのをみると嬉しい。楽しい日だった。

    日付(14/7/10)  台風の季節

また、台風が来て、「これまでに経験したことのない」雨量や、暴風が荒れる。長い日本の歴史の中で、「これまでに経験したことのない」ことが、そうそう起こるのは、やはりおかしい。さすがに沖縄は、台風慣れしているからこそ、こんなに降っても、被害のレベルは低い。でも、やはり長い目で見ると気候のトレンドはどこか大きくうねっているのだろう。どんなに最新の技術を駆使しても、死者や怪我人は出るし、予報も間に合わない。地震だって、津波だって、火山の爆発だって、台風だって、大嵐だって、それをすべてコントロールしようという発想は、新しい薬品を次々と発明して、「病気で死なない人類」を創り出すことに繋がる。我々はどこかで「制御できない何か」があることをもっと認識しなければならない。そう思う、今夜のニュースである。

    日付(14/7/7)  七夕の夜に

駅を降りたら目の前の焼き鳥屋の入り口に七夕飾りが出ていてこれから飲もうかというお客が短冊を読んでいた。我が家ももう何年も七夕飾りをしたこともない。子供たちが居た頃は何とかやったものだが。昔は旧暦7月7日だったようだが、戦後は新暦の7月7日。この頃は梅雨のど真ん中、夕方晴れる確率は非常に低い。今日は昼間雨も降ったというのに月夜だった。新暦の七夕にしては珍しく織姫と彦星のロマンが今夜は見えたかも知れない。普通は旧暦の方が晴天の確率がずっと高いらしい。中華圏では、この日の雨は織姫・彦星の流す嬉し涙と言われているとか。それなら、雨の方がロマンチックなのかも知れない。でも、雨の日は会えなくて「催涙雨」と呼ぶという話もある。こんな歴史の中で生きてきた話を、今の若い人達もその子供たちに話しているのだろうか。スマホピコピコには無い、心に訴える何かがあるように思うのだが。何といっても、当方が子供の頃にはテレビが無かった、時間の過ごし方が根本的に違っていて、こんな季節の移り変わりの中の催しものは凄く楽しみだった。だからこうして思い出すのだろう。さて、何が残り続けるか・・知る由もない。

    日付(14/7/4)  国際展示会

大都会に住んでいるメリットの一つに、すぐ近くで全国的(世界的)規模の展示会があるという点がある。現役時代はその価値も知らず余り関心もなかった。ところが、時間があってちょっとコンサル的なことをしようとすると、この種の展示会は価値がある。この3日間、国際展示場でインファーマとインターフェックスという展示会があって、一昨日と今日の2回訪れた。中身は、医薬品やその原料の製造、物流、サプライチェーン全般のショー。海外からの展示にも力が入っていて、この分野に対するインドの力の入れようも見て取れた。我々が若かった頃と同じで、日本人は若者たちが勉強に来ている。あくまで教育の一環。ただ、こういう場所に来ている外人、特に、韓国・中国・東南アジアの人達の目つきは違う。何か一つでも価値のある情報を見つけて持って帰ろうという意欲が見て取れる。昔の日本人は欧米でこんな態度だったんだろうと思うことしきり。当方も、現在のクライアントのコーナーに行ったり、興味のありそうなところを一緒に回ったり、好奇心を満たすには格好の場所。あちこちの展示会場で、こんなコンタクトがされているとすれば、これは意外に「日本の底力」に繋がるのかも知れないと思う。沢山の入場者が何を目的に入場して、何を得ようとしているのか聞きたい、と思うような場所だった。国、自治体、企業が、こんな舞台を大事にするカルチャーが続けば、日本の将来も捨てたものではないかも知れない。そんなことを思った展示会だった。

    日付(14/7/1)  集団的自衛権行使容認

今日、与党合意とか。この問題はメディアでも大きく取り上げられている。当方の基本的立場は、「当然、容認すべき」だが、合憲かどうかはよくわからない。これだけ騒がれるのだから憲法改正への道筋はつけるべきだろう。戦後日本が真の一独立国になるためには憲法を時代と環境に合ったものにすべく努力すべきと思う。世界の中の日本として、勿論血のにじむような努力のお蔭だが、経済面に集中することによって世界の歴史の中で稀にしか見えないような大発展を遂げたのは、憲法に守られてのことだろう。それは言い換えれば米国との安全保障政策に守られてのことだ。ただ、今やその米国が「真の独り立ち」を求めているのだから甘え続ける訳にはいかない。国連で認められた集団的自衛権を行使できないなどやはり一独立国としてはおかしい。時として国連の常任理事国になっていないことに不満をいいながら国連の活動についていけないのは大きな矛盾である。戦後の「甘えの構造」を脱する努力はもっと続けられなくてはならない。経済や、企業は代わりに世界の中で戦いを続けてきた。その中での犠牲者も沢山あった。それも忘れてはならない。メディから知識人までこの問題に大きく反発するのは、違憲の問題か、「戦争が嫌だ。子供や孫を戦場に行かせたくない」といった感情論か。冷静な議論が必要だろう。家族や友人に自衛隊員がいたら・・いつもそれを考える。我々世代は若い頃、「自衛隊違憲」を議論していた。今はその議論すらない。

    日付(14/6/29)  徳島ドライブ

高松への出張ついでに始めた八十八ヶ所霊場巡り。最も都合のよい香川県が終わったものだから、今回本来の「発心」、徳島県に戻って、発端となった1番(霊山寺)、2番(極楽寺)を飛ばして、3番(金泉寺)からスタート、11番(藤井寺)まで回って帰った。吉野川沿いの寺寺。穏やかな日本の田舎の風景の中に溶け込んでいる。丁度、田植えも終わり、美しい田園風景。でもよく見ると、田んぼの中に、各種の畑や、休耕田が点在する。もっと、ショッキングなのは、触ったら崩れそうな屋根の空き家が点在していること。おそらく、稲作をやっているのも老人ばかりで、動けなくなると休耕田になるのだろう。やはり、日本の農業政策は間違っていたのでは、と思わせる風景。10番の切幡寺で急な330段の階段を上って息を切らせた。加えて、何十段かの階段を上って重文の大塔まで行きついた。振り向けば、吉野川平野がバッチリ。来てよかった。納経所で居合わせた女性に、「ここはきつかったですね」と話しかけたら、「これからはこんなものではないですよ」だって。心の中では、「当方、讃岐は終わったんですが」と言いたいところを我慢して、「もう、何度も回られたのですか」と聞いたところ、「ええ、まあ、もう30数回」だって。これにはビックリ。余計なことを言わなくてよかった。きちんとお遍路姿で歩いて巡る人、団体バスで巡る人、ドライブで回る人、当方の様に、スタンプラリーのように思い付きで回る人、色んな人がいるが、何の義務もなければルールもない。ただ、こうして霊場に来て手を合わせ、お寺と周辺の自然を楽しみ、おそらく自分自身と対話する。それで良いのだろうと思う。「同行二人」というけれど、これは「いつでも御大師様(空海)と一緒」という意味。一人で自分を見つめるのが良いのだろう。まだ、88分の35。まだまだ先は長いけれど、目標にはなる。

    日付(14/6/25)  ありがとう、でもショック

早起きして5時からサッカーワールドカップ、日本の第3戦を応援。やはり奇跡は起こらなかった。あえなく一次リーグ敗退。これも実力なのだろう。やや寝不足の目をこすりながら、東京へ。内房線に乗ったら一応満席。網棚に荷物をおいて、さて新聞を読もうかと。その時、目の前に座っていた高校生らしき若い女性がすっくと立ち上がって、「どうぞ」。これは、ショックだった。初めての経験。今でも座っていて(自分より)老人や妊婦、体の不自由な人を見かけると自然に席を譲っているのに。「ついに来た」。分かってはいるのだけれど、目の前の若者に譲られるといやはや戸惑った。両手を出して、「大丈夫ですよ」、そして「有難うね」、これが精いっぱい。心の中では驚きとショックが一杯。冷や汗さえ出そうだった。ついに、「席を譲られる年齢になったのか・・」、降りてからトイレに行って鏡をマジマジ。確かに、順調に、歳をとっているのだろう。この高校生も自分の子供たちより当然若く、一つ間違えば、孫に近くなる。意外に辛い。誰に文句を言うわけにもいかず、ややしょんぼり。そのあと、仕事で先輩に会って、その話をしたら。「ついに(その時が)来ましたか。僕なんて最近は甘えて喜んで代わってもらいますよ。疲れているときなんか、わざとシルバーシートに座っている若者の前に行って立っています」だって。しかもなかなか代わりましょうとは言わないとか。これはまた微妙に難しい話題。何れにしろ今日は初めてシルバーをしっかり認識した。チョット、ショックな出来事。

    日付(14/6/23)  「安全第一」の危険

ここ数年、化学工場で大事故が続く。一つ一つに原因はあるのだろうが、一般論として言われているのは「団塊の大量離職による技術伝承の不足」。こんなまとめた言い方は良くないかも知れないが、そうだろうとは思う。急成長の中にいた我々は、無事故安全を優先順位第一でやってきた。結果として多くの企業で、「最高の安全成績」を上げ、多分日本の安全管理は世界最高の技術の一つになった。ただそれを成し遂げた世代は実は、「俺たちが若いころは、硫酸だろうが塩酸だろうが・・」とか、「実験室で火を出して叱られた」などと平気で自慢(?)していた人たちである。その世代が努力して超長期の無事故記録を競争して達成してきた。さて、その世代がいなくなった時、そのプラント(工場)や実験室を引き継いだ人たちは、文字でしか「本当の危険」を知らない。水の中に金属ナトリウムの塊を投げ込んだ経験もなければ、反応を暴走させてドラフト内を煙だらけにしたりした経験を持つ人がどんどん減っている。ましてや、製造現場の大プラントで事故にあったことがある、なんて人は希少価値だろう。我々は、そんな経験の持ち主は尊敬して「何を話すか」耳を傾けたものだ。おそらくこれから暫くは、化学の製造技術、特に「現場の力」は落ちていくだろう。一方、「中国品は信用ならない」なんて言っているが、今、中国の化学会社の現場で鍛えられている人たちはおそらく、1960年代の日本の若者たちと同じ経験を重ねているだろう。だから、40−50年後の中国の「現場力」は相当高くなる。その覚悟はせねばならない。特に3K嫌いなどと、現場から逃げる若者が増えると尚更だ。「安全第一の矛盾」と言えるかも知れない。

    日付(14/6/18)  医薬品の世界

コンサルの仕事の一つで、最近の医薬品とその原料についてのリストアップをやっている。専門ではないので、薬品名に馴染みはなく、どう改良されているのかよくわからない。驚くのは、とにかく次から次と新しい医薬品が開発・上市されている。製品化に膨大な研究開発費用と時間がかかるため、承認後一定期間は開発者利益も保証されている。ただ、それを見ていると、30年50年前の患者が飲んでいた薬で今も、というものは相当少ないのでは、と感じる。これだけ新医薬が発明されていると、どんどん病気が治っていそうに思うが、医薬というのはある病気について開発されるわけで決して体全体の健康寿命を延ばすものではない。なかなか死ねなくて、次々と次の病気を発病し、そのための新薬を飲み始め・・・という悪循環でベッドで寝た切り、というパターンが増えるのだろう。乏しい知識の中で新薬の化学構造式を見ると、「こんなものを服用してるの?」と空恐ろしくなるようなものが多い。今、競争が激しいのは、心臓病、抗生物質(抗がん剤を含む)、そして精神系(うつ病、認知症)。いかにも現代を象徴する病に挑戦しているようだ。ちょっと調べると副作用の可能性などどの薬にも書ききれないほど。当方もそうだったが、薬好きの人は多い。やはり、チェックしながら飲むべきか。30年前位に承認されたような、「名のある薬」の方が良さそうだ。「バファリン」ファン(頭痛、腹痛、発熱まで何でもバファリン)としては、取り敢えずはこんな薬に頼った方が良さそうだな、と。これでもアセチルサリチル酸とアルミニウムグリシネートの合剤だって。まだましですよ、最近話題の「ディオパン」は、(S)-3-methyl-2-(N-{[2'-(2H-1,2,3,4-tetrazol-5-yl)biphenyl-4-yl]methyl}pentanamido)butanoic acidという長ったらしい名の薬品です。実は当方も服用中なのです。なんだか・・・

    日付(14/6/15)  サッカーワールドカップ初戦

遠いブラジルで始まったサッカーワールドカップ。日本の初戦は対コートジボアール。何と日本の日曜午前10時、現地は夜の10時キックオフ。よくぞ合わせてくれたと言いたくなるような日本のファン向けのスケジュール。確かに日本での応援にはもってこい。ハーフタイムでは1対0のリード。嫌がおうにも盛り上がる。でも、後半2点入れられ敗北。でも凄い試合だった。視聴率は明朝の発表かも知れないが、おそらく多くの人が応援しただろう。今でも「オフサイトって何だっけ?」なんて言っていながら、やはり観戦は楽しい。何とか次(とその次)を頑張って決勝トーナメントまで行って欲しい。今回のメディアの扱いも力が入っている。スポーツのお祭り騒ぎはは悪くない。ただ、多くの面で商売っ気が伺えるのは致し方ないか。サッカーは典型的団体競技だが、最近は個人が目立つ。コートジボアール戦でも、エースドログバが出てくるというだけで、日本チームに動揺があったか。20日のギリシャ戦は一層力が入りそう。第二の人生の良い所は、自分の時間の使い方の優先順位が、自分で決められること。ワールドカップの間は、何とか頑張ろう。楽しい期間が始まった。

    日付(14/6/13)  歴史に甘えた日本

我々団塊の世代は日本をここまで成長させたと誇っているけれど、それは戦後の米国の大きなサポートがあってこそだった。それを思い起こさせる最近の集団的自衛権の話題。敗戦後の米国の世界戦略の中で、アジアの砦としての日本は非常に重要だった。平和憲法を与え、大きな軍事費は使わせず、経済面での成長に専念させた。いつの間にか「Japan as No.1」とまで言われるようになり、世界が目標とする平和国家とまで言われた。でも、今、世界の警察であったはずの米国は弱体化し、国内に戻ろうとする。そこに付け込む中国、ロシア、北朝鮮。日本を取り巻く環境は、決して「米国が何とかしてくれる」という情勢ではない。おそらく、安倍政権が集団的自衛権を急ぐのは、米国からのプレッシャーだろう。「そろそろ自分で何とかしたら?」という圧力に違いない。年末の日米ガイドライン改定までに、せめてと言うことだろう。さて、日本はどうすべきか、経済面ではグローバリゼーションの波は止めようはない。TPPだって、圧力の一つだろう。やはりこれからの50年は、格差や貧しさとの戦いになるしかない。もし、平和的解決策があるとすれば、それは自然回帰。自給自足で自然の中での生活を幸せと感じる人間に戻ること。到底無理のように思えるが、今の若い世代や、真剣に原発反対を唱える人たちにはその流れも窺える。でも団塊世代には無理だろうな。せめてもの新トレンドは「自分で死に方を選ぶ」位だろうか。どんどん広がりつつある貧富の差が、この議論を深めることになろう。日本はリセットボタンを押すことになるのかも知れない。

    日付(14/6/11)  久しぶりの痛飲

リタイアすると増えるのが同窓会や同期会、皆さん時間があるので、午後に集まって夕方には解散。新たなマーケットになりつつあるとか。でも昨夜は、長年単身赴任を続けてきた名古屋に同期入社した友人が、いよいよ今月末でリタイアとかで、もう一人の同期生と現役時間で飲んだ。何しろ久しぶりの集まりなので、話題が尽きない。飲み放題で、時間延長で、21時。最近では当然ここで散会なのだが、何しろ主役はまだ現役。「二次会!」と叫ぶ。何年振りかの「銀座」、こうなるのなら一次会でもう少し押さえておけば良かったのに・・遠距離参加者は少し早く出て何とか昨夜の内にたどり着いた。こんなことしてたな、と現役時代を思い出す朝。ボーっとしながら、昨夜を振り返る。行動も、会話も、チョコチョコ途切れている。やはり飲み過ぎだった。仕事と称して飲んでいた時も楽しかったのだろうが、でも昨夜などは「後味が良い」。それが長年続いた友人関係の効果なのだろう。「これからも、たまには会おうね。その為には元気で生きねば」。

    日付(14/6/7)  ゴルフドライブ

毎月1回、「遊楽会」という飲み会がある。現役時代から親しかった先輩が始めた有志の懇親会。ところがその張本人は3年半前に突然逝ってしまった。それでも、引き継ぐ名幹事がいて、今でも集まっている。今回はゴルフとなって、2組8人でプレー、夜の部は泊りの人も加わってパーティー。盛り上がった。皆、昔の仕事仲間、もめ事もあったり、上下関係もあったり。でも、リタイアしたら、ただの人間対人間。それが良い。現役時代のステータスにこだわる人もいれば、人間関係を引きずる人もいる。でも、「第二の人生」だと考えれば、スタートも同じ、皆平等。それが楽しい。今回の旅行はドライバーを担当、かなりの距離を運転した。ゴルフのドライバーは自信はないが、運転の方はまだましか、なんて思いながら。楽しい2日が終わった。

    日付(14/6/4)  日本の天候

挨拶からちょっとした会話まで、天気は格好の話題だ。昔、米国にいた時や、米国人が来日した時でも、まずは天候を話題にしたが彼らにとってはそれほどの話題では無かったかもしれない。あんなに大きなアメリカ大陸の天気分布に比べ、こんな小さな日本では、分布や変化は非常に大きい。この間まで、雪が降っていたという北海道で今日は猛暑、真夏日が続出。時を同じくして九州四国は梅雨入りと大雨。これほど国内の天候分布が大きい国はそれほど沢山あるとは思えない。おそらくこれも、色んな特徴ある文化を育ててきたのだろう。国内分布のみならず、季節感も素晴らしい。四季の変化もドラスチックだし、その変化の仕方も、全国一律ではない。こうしてリタイア生活の中で、自然の変化や、旅の楽しさを味わっていると、人によって「何も海外まで足を延ばさなくても日本国内だけでも味わい尽くせない」という人がいるのも頷ける。良い国に生まれ、色んな季節と文化を味わっていることを非常に幸せと思う。そんなことを考えていたら、じっとしてはいられなくなくなる。次はどこに行けるかなどと思いながら、でも毎日のエクササイズのウオーキングコースの四季の変化も、未だわかっていないなと感じる。こんなことも、生きて元気な内に・・こりゃ忙しい。

    日付(14/6/2)  歴史に「もし」はないけれど

朝日新聞が最近少しづつ大震災時の東電と(民主党)政権のやりとりを報道している。故吉田所長のインタビュー記事、そして最近は民主党細野当時補佐官の記憶。本当のところは、正に危機一髪、運が良かったとしか言えない。勿論、とてつもない大きさの津波という自然災害が原因なのだが、後の処置は「人間の能力と判断」によった。もし、「打つ手なし、全員避難」の決定をしていたら、今の日本はどうなっていたか。確かに福島はひどい目に会っている。避難者たちは歴史の犠牲者になっている。でも、広い目でみれば、直接の犠牲者は津波被害の2万人に対し、一人も死者も出なかった。よくぞと思う。科学技術の進歩は止まることはないだろうし、やはり人間の叡智を信じるしかない。歴史を教訓として、やるべきこと、やってはならないことを考え続けるしかない。何十メートルの防潮堤を作るのか、日本だけ原発を止めるのか、これが正解ということはないだけに近視眼的に見るだけでなく歴史に学ぶことは忘れてはならない。

    日付(14/5/31)  涅槃の道場、修了

いつの間にか、本気になってきた四国八十八ヶ所めぐり。高松にクライアントがあるという理由だけで、月に一度の機会を有効に使っている。今回は、仕事の日(30日)を挟んで、29日と31日両方共レンタカーを借りて走り回った。29日に8寺、今日(31日)は5寺、計13寺を巡り、これで讃岐(香川県)23寺(香川は涅槃の道場と言うらしい)を走破(?車だが)、どうみても煩悩脱却のための姿ではないが、この巡礼の良い所は、誰もチェックしないし、結局己の自己満足だけ。納経帳の印をみてほくそ笑んでいる。おそらくそれでも許されるのだろう。余りにも観光客モードでは良くないと、今回はついに白衣を身に着けた。効果絶大。お遍路さんの仲間に入れてもらえるらしく、とにかく挨拶が嬉しい。山登りの時の「ヨーッス!」という挨拶を思い出したのは不謹慎だろうか。ちゃんと歩いて繋いでいるお遍路さんからみれば、出張ついでに車で走っているのは「遍路のスミにも置けない」人種かも知れないが、全く興味も示さない人たちに比べれば、「煩悩仲間」なのだろう。加えて今回はもう一歩踏み込んで、般若心経を唱える試みも始めた。幸か不幸か若い時から仏事が多かったこともあって、リズムやキーワードは頭にある。本堂や太子堂の前で、お経を唱えるのは悪くない。意味を調べてなどと思っていたけれど、どうでも良いのかも知れない。単に、手を合わせているだけで、心穏やかになる。本来の遍路は、徳島の「発心」、高知の「修業」、愛媛の「菩提」を経て、香川の「涅槃」のようだが、「涅槃」からのスタートとなった。偶然からのスタートだが、これからも少しづつ継続したいと思っている。今回は、弥谷寺の600段の階段は後に残った。愛媛のスタートとなった「三角寺」、ナビが古道を教えてくれて、恐怖の往路だった。無事帰れた今は、「良い道を行った」と喜んでいる。対向車が来なかったのは、やはり「お蔭」か。さて、八十八ヶ所終わるのはいつのことになるやら・・・新鮮な楽しみ。これが、寿命を延ばす効果を示すのかも知れない。

    日付(14/5/26)  孫のお宮参り

一昨日、4人目の孫のお宮参り。好天で、神社の境内でボーっとしていても気持ちの良い天気。日本人って、宗教心というのが、ただただいい加減。誕生、成長、そして厄などは神道。死んでいく方は仏教。確かに、神道がらみで先に逝った人を思うことは少ない。神道のお葬式も(当然)あるらしいが、なぜか、葬式は仏教の方がしっくりくる。お宮参りは一か月。ちゃんと生を得て、ちゃんと成長している証明。生まれるまでの、周囲の心配が大きかったほど、この喜びも大きい。時と共に分裂していく感じの家族だけれど、「やはり大事にしなくちゃな」と改めて認識する。多分、こういった神道や、仏道のならわしは、生きている周囲の人たちを大事にねという昔の人たちの言葉なのだろう。お宮にいる、家族の姿なんて、今や他の場所では見られない位の穏やかさのように思える。でも、宗教心ってもっと真剣に立ち向かうべきことなのだろう。

    日付(14/5/23)  認知症恐怖症

認知症行方不明者の増加が話題になっている。行方不明者をメディアが紹介したとたん家族が発見したなどという話題もある。では全国でやったら、と思うのだが、これはこれで付属して出てくる問題(特にプライバシー)が多いのだろう。当方、リタイア以降毎年元旦に、「自然尊厳宣言証(リビングウイル)」というものを書き(とは言ってもプリントだが)署名をして、引き出しの最上段においている。余分な延命治療不要、特に「大手術」「チューブ栄養」「胃瘻」などを断り、苦痛緩和治療に徹することを依頼している。この話をした友人が同様の行動をとり、「認知症を追加しましたよ」という。さて、問題は認知症の場合「どうしてくれ」というのか。ここが最大の問題。本人はそれほど苦痛ではないだろうし、苦しみは周囲に広がっていく。「放っておいて良いですよ」とも言えない。介護施設に入るとしても今でも(施設不足で)容易ではないらしい。これまでは自宅で死ぬのが夢なんて言われていたが、これからは「自宅でしか死ねない」時代になるらしい。ともあれ、自分が認知症になった場合の対策は何か考えておく必要がある。今のところ妙案はない。唯一「ならぬための努力」はあるらしい。とにかく頭を使う、読む、自主的に考える。誰かと話す。それは努力しているつもりだが・・・ならない保証はない。「若年性認知症」は65歳までらしい。今や誰もが認める対象者だ。読者のみなさん、どう対策されていますか。これは怖いですね。

    日付(14/5/21)  マウストラブル

昨年買った新しいパソコンはソフトはWindows8(8.1)で最新鋭。加えて、キーボードもマウスもコードレス。すごく良いのだが、一度言うことを聞かなくなると、まるでやんちゃ坊主。先週から、マウスがおかしくなった。ダブルクリックすれば、画面は変わるのだが、ポインターが思ったところに動かない。これは意外なまでの苦戦。ポインターなんて、キー操作でも動かせるはずだし、別のパソコンで使っている別のマウスも使える筈だし・・・でも、その全ての初期設定はマウスがないとできない。いやはや、マイッタ。最初にやったのは有線マウスを探す事。いくつかあったと思うのに、どうも廃棄処分か。結局、今日最安値の新品を買ってきた。何と、ちゃんと動くではないか。コードレスだの、扱いやすさだの言うけれど、我々消費者が、そうして欲しいと頼んだ覚えもない。いつの間にか、新しい「便利さ」が加わっているのだが、一度トラブルが起こると大変。でも、これが技術進歩を促しているのかも知れないな、と納得する。だって、いつの間にか、有線マウスなんて706円。これにもビックリ。世の中の動きは余りに速い。もしかしたら、我々団塊世代には、「マウスって何?」なんていう人も一杯いるのかも知れない。「最低限の常識」の定義も変わりつつある気がする。

    日付(14/5/17)  街のお医者さん

リタイアして、大震災があって、人生観が変わっていく。この頃、人間ドックを受けたり、「早期発見」を目指したりすることに抵抗感を感じるようになっている。目標は「健康に死ぬ」という不可能なことなのだが、健康を保てるのなら医学にも頼りたい。最近身近なのは、歯医者と整形外科。何れも命を救うという医学ではなく、生活の質を保つという、「健康に死ぬ」ためにはとっても大切。しかも、両方とも大病院ではなく、身近な「街のお医者さん」。昨日は両方をはしごした。何れも、団塊と思われる世代で一杯。こりゃ医療費も大変だと思う。救いは、「明るい」。診る側も、患者側も「命が関わる訳ではないので」意外な程明るい。笑い声も飛び交っている。なる程、これがあるから「病院のサロン化」と言われるのだと納得した。命に関わる病気の病院のサロン化もあるのだろうが、こちらの方がましだ。会計を聞いていると、これがまた安価。数百円の支払いの人が多い。何となく、スーパーマーケットと百貨店を思い出す。薄利多売でもその蔭に患者の笑い声があるのなら、良いな、と思った。子供の頃に行っていた「田舎のお医者さん」はどんな病気でも見てくれる医者だった。専門も分からなったので、今なら有り得ないかも知れないけれど、そこには「街のお医者さん」の心はあったような気がする。医学の進歩はそれを許さなくなった。

    日付(14/5/14)  中国の海洋政策

どんなニュースを聞いても不快感が募る最近の中国のやりかた。唯一そうかもなと思わせるのは、中国の国内問題。汚職を取り上げ、「世界で認められるガバナンス」を目指しているという現指導者たち。次のターゲットがエネルギー利権を貪る人たちで、そのメンバーと政府との綱引き、という見方もある。でも、そんな国内問題の為に、南シナ海、東シナ海の周辺にトラブルを振りまいてもらっても困る。「中国は」とか「中国人は」とか、十把ひとからげの言い方は良くない、とじゅうじゅう承知はしているのだけれど、どうも許せない。政治面はこんなに行き詰まっているというのに、最近銀座を歩くと兎に角中国語が聞こえる。おそらく彼の国の貧富の差は我々の想像以上に広がっていて、持てる人たちには、日中民間友好を担当させているのかも知れない。でも、この南シナ海の、(南沙の島に空港をといった)新しい動きは、放っておいてはいけない。こんなことがあってもなお、「平和憲法」と「アメリカの核の傘」だけを唱えて、世界の中で唯一の平和な国を演じていれば良い、なんてありえないと思うのだが。

    日付(14/5/11)  母の日に

妻に子供たちから花束が届く。母の日の感謝の印らしい。羨ましくもあるが、その一方、亡き母にそんなこともしてやれなかったことを悔やむ。18歳で父を亡くしたが、母は僕が35歳になるまで生きてくれた。父より8歳も年長で、いつも祖母だと言われ続けた。でも、僕の3人の子供も見て、てんてこ舞いする姿を見ながら逝った。5人の子を育て、ただただ働き続けた母だった。末っ子の僕は母と田舎のたった一軒の八百屋さんに行くのが楽しみだった。「お前が結婚して子供が出来る時まで生きられたら・・」というのが口癖だった。先に若い父を送ってからは、ただ子供や孫の成長だけを楽しみに生きた。「お父さんへの報告」がその頃の口癖だった。「母は幸せだったか?」、この問にはちゃんと答えられない。でも、そう思いたい。今や長兄も逝って、向こうで家族会議をしているだろう。こちらに残る兄弟やその子供たちのことを心配しながら。そんなことを考える66歳の「母の日」である。

    日付(14/5/9)  人事の季節

ゴールデンウイーク前後は新聞の人事面が賑やかになる。3月末決算の大手企業が決算報告とともに次の株主総会での新経営陣を発表する。昔は毎年見てたな、なんて思いながら今でも、知った会社の知った名前を探す。ただ、以前と違うのは誰が出世したとか責任が増えたかではなく、とうとう彼も第一線を退くかというニュースだ。ご苦労様、いよいよ「第二の人生」ですよと励ましに行きたい。周りには時々、それで人生が終わってしまったかと思わせる人たちも多い。勿論、引き続き継続する形で同じ世界で活躍する人たちもいるが、要は「いよいよ、本当に自分の意思でやりたいことができる」という意味で、第一の人生と違った第二の人生を計画することができる。このホームページを初めた4年前のこの頃を思い出す。ストレスが減って、健康になって、「如何に死ぬか」も含め、今を考える毎日だ。第二の人生をスタートする皆さん、ご苦労様でした、また一杯飲みましょう。

    日付(14/5/6)  インターネットカメラ

横浜に住む小学校時代からの友人がリタイア後、春から秋には故郷に住んで農業をやっている。田舎の家には空家が多くなっていると聞くが、彼は半年は生家を保っている。IT技術者の彼は、昨年その故郷の家の軒先にインターネットカメラを取り付けた。IDとPWを教えて貰って、時々故郷を味わう。彼は勿論、いない時の異常チェックをしているのだろうが、当方にとっては心の帰郷にもってこい。ディスプレーに向かって、カメラを動かして、昔育った田舎の、山、川、田んぼ、などの四季を楽しんでいる。先の冬は雪景色を見ようとアクセスしたら故障していたようで、彼が春になって帰郷するまで見えなかった。そんなこともあるけれど、でも信じられない技術。昔でも金さえ出せば出来たのかも知れないけれど、今や庶民の技術になっている。こんな手を使えば、一人暮らしの老人の健康チェックや、防犯設備も身近になる。そういえば、最近コンビニ強盗などは、よくこの種の画像で捕まっている。誰に監視されているかも判らない世界、というと、ちょっと恐ろしくもあるが、でも千葉に居て鳥取の山奥の現在の空気を味わえるなんて、良いことだけ見るとなんとも素晴らしい技術だ。今日もコーヒーを手に故郷の空気を味わう。でも、田舎とは言え、国道を走る車の数は驚くほど多い。線路を走る列車はめったに見えないけれど。これも現代。

    日付(14/5/3)  憲法記念日

憲法の施行は昭和22年5月3日。まるで団塊の世代と共に育ってきた。我々が記憶する国策に関連するトラブルは憲法解釈に関わるものも多かった。安保、自衛隊、大学紛争、沖縄、基地問題、領土問題・・いずれも平和憲法の解釈にも影響があった。そのお陰で、若者を戦場に送り出すこともなく、戦死者を生むこともなく、平和を謳歌してきた、と言えるかも知れないが、でも、見方を変えると、平和憲法制定を含め、全て戦勝国米国の世界戦略の一環であったとも言える。集団的自衛権の容認だって、憲法改正だって、その米国がやるべしとサポートしている。米国の核の傘の影で、良い所どりをしてきた日本という見方でいけば、このままの姿で進むことは有り得ないだろう。せめてドイツレベルの軍隊は持つべし(自衛隊はかなりのものだが)という独立路線を歩むか、米国の一部の如くに振舞っていくか、その選択を求められる。安倍政権の目指すのはどちらか。究極は前者なのだろうが、まずは後者の姿を明白にし、国民に「これで本当に良いのですか?」と問いかけたい、ということだろう。世界に類を見ない「美しすぎる憲法」に限界が出てきているのは確かだから、何らかの動きを始めることには賛成だ。団塊が高齢者になっている今、憲法が「時代に合わなくなってきている」というのは事実だろう。国民投票までに、一人一人が、将来どんな国にしたいか、決めておく必要はある。

    日付(14/5/1)  どうする?中国

あっという間に、世界の列強の一つとなった中国、さて共産主義支配で13億国民を世界の目の中で支配できるか。今、中国は実に難しい局面を迎えている。国民や、世界の目を日本や、どこか他の国に向けようにも、既に隠れられない超大国の一つになってしまった。それでも未だ「開発途上国」を名乗り、でも国連では常任理事国を演じている。昨日から、習近平国家主席が新彊地区に行っている時をねらってテロが続発している。ロシアのウクライナ政策を表面切って批判できない最大のネックでもある。さて、ここまでメンツを潰されて、この後中国はどう出るか。どんなにマスコミ報道を抑えても、今や映像までいつの間にか世界に拡がる。一党独裁を保つのも容易ではないだろう。さて、問題はこの後。国内問題と世界をどう折り合いをつけるか。容易ではないだろう。尖閣や歴史問題で日本に圧力を加え、国民の目を向けるなどという手は、もう限界かも知れない。日本政府はそこまで読み切って、無駄な妥協を拒否しているのだろうか。米国・オバマ政権の動きとともに、注視する必要はある。でも日本の武器は「謙虚さ」であるべきだという気持ちは変わらない。何故って、「国の平和」を、米国の傘に頼ってきたのだから。中国との関係は、そう簡単に「何も無かったこと」にはできないだろう。

    日付(14/4/28)  伊豆長岡 三養荘

クライアントの創立20周年記念旅行に招待され、伊豆に行った。伊豆長岡の「三養荘」、知る人ぞ知る名門旅館。元を辿ると、三菱財閥発祥岩崎弥太郎の長男、岩崎久彌の別荘。昭和になって西武プリンスホテルの一つとなった。昭和天皇も、平成天皇もこの辺りの宿泊には利用されたようだ。兎に角広大な日本庭園と、一戸づつの別邸が売り。温泉も良かった。こんな宿一つにも、色んな歴史がある。今でこそプリンスグループの一宿だが、昔は庶民とは縁の無い別世界だったのだろう。こんな場所で20周年を祝うような会社に招待されて面はゆい思いをした。何の貢献をした訳でもないのに、温泉や、美味しい料理と酒を楽しませて貰った。リタイアした後にこんな時間があろうとは、正に感謝。フレンドリーな人たちばかりの旅行で、「後味が良かった」。会社も人生と同じ、上り下りがあり、運不運があり、それを経て時が経っていく。小さな会社だけれど、素晴らしいリーダーの下で、こつこつ順調に成長している。こんな会社の仲間にしてもらって、我ながら幸せ。ちゃんと3回温泉を楽しみ、帰り途に三島のクレマチスの丘に寄って、文学や美術の雰囲気に浸って、何とも贅沢なゴールデンウイークのスタートだった。

    日付(14/4/25)  オバマ訪日と麻生発言

今回のオバマ訪日は多くの話題を呼んだ。ニュースが多かった割には、成果の評価は少ない。でも、TPP一つとっても、「ほとんど合意はされているが、インパクトが大きすぎるので発表のタイミングを待っている。」という意見もある。いきさつをみていても、流石に米国大統領というのは、大変な仕事だと思う。国内はともかく世界中の大問題を背負っている。さて、離日直後の麻生副総理の発言。ちょっとニュースで聞いただけで、「おっと、大丈夫かな?」と思わせる。12月まではオバマも何も決められない、的発言。これは取り上げられたら、2国間問題にも発展しかねない。安倍首相も流石に放っておけないかも知れない。何とも軽はずみな・・と思ってしまう。でも、一歩裏を読んで、実は本当にTPPも暗礁に乗り上げていて、米国サイドが我が儘を言っていて、それを覆す為の、安倍・麻生のタッグプレーだと言われれば、あるかも知れない。明日以降の大きなニュースとなろう。もし、何も裏もなく、安倍総理を含めて批判するようであれば、この人も終わりだろう。二人共「本物の政治家」であって欲しいけれど・・

    日付(14/4/23)  公と私

常識も時代とともに変わるもの、と常々自分に言い聞かせ、自分の思うところを押し付けないように心がけてきた。「公私の区別」とか「自己犠牲の必要性」なども変化している。埼玉の高校の先生、しかも新入生の担任の先生が、自分の子供の入学式に出席するため入学式の日に休んだというニュースが話題になっている。きちんと校長先生の許可を貰い、公に認められた休暇なので後ろ指を指されることは何もないのだろう。でも、ネットのアンケートでは正に賛否両論、その後も論争は続いている。当方など、若い頃から仕事(公)第一で、家族には良い父親ではなかっただろうとは思うが、それで家族から責められた覚えはない。担任をする新入生の入学式はどうみても公の仕事、自分の子供には堂々と説明できる。それが理解できないような子供ならその時点までの育て方が間違っている。今の親はそこまで子供に付いて回るのか、それが正しいのか。確かに、大学の入学式の父兄参列は常識、今や入社式にも、とのこと。今の若者はいつ本当に「独立」「親離れ」をしているのだろうか、と心配になる。振り返ってみると、いつまでも子供の行く末を心配している自分が居るが子離れができていないとは思わない。子供ベッタリは豊かさの象徴だろうか。「私」のあり方を考える話題ではある。

    日付(14/4/20)  韓国フェリー事故

300人近い人が転覆フェリーの中に残るなんて、何とも残酷な事故。真偽の程は分からないが、どうも人災の気配もある。またまた、メディアは、事故そのものに加えて、韓国の発展とその陰の矛盾まで含めて大きく扱っている。中に閉じ込められた人達の中に一人でも「奇跡の生還」があれば、と願う。こういう事故の報道を見ると国民性が表れる。被害者の家族は、どこかに不満をぶつけたいわけで、色んな報道がある。韓国人はとか、日本人はとか、十把一絡げの言い方は良くないと思いつつ、国民性という見方で総論すると、「日本人って大人しい」と思う。この事故は高校生の修学旅行客が多い。何とも痛ましい。技術的な面で知りたかったのは「もし日本に救助要請があったとしたら、何か少しでも貢献できたか」という点である。政治を持ち出す所では無いと思うが、もし何か意図があって、他国に救援を求めなかったのであれば、引っかかる。多分、頭数だけいても何もできないのだとは思うけれど。さて、「奇跡のニュース」があるかどうか・・・祈りたい。

    日付(14/4/16)  「よろしく」お願いする

NHK19:30の「クローズアップ現代」の国谷キャスターは、「よろしくお願いします」と言わないで、いきなり本題に入るそうだ。気にしたことは無かったが、その気になってみると、なる程「よろしくお願い」していない。それを、彼女のインタビュー能力の高さとして評価する意見もある。でも、我々は日本人で日本語を使っている。「よろしくお願いします」なんて、正に素晴らしい日本語。これを使うなと言われるとまずは初対面の挨拶に困ってしまう。何しろ当方など初対面の挨拶は「よろしくお願い」してばかりだから。「何をお願いするのか」がポイントらしい。でも日本語の感覚で行けばその蔭には、「これからのお付き合い」、「今日の会議でのやりとり」、「これからの関係における思いやり」などについて「よろしく」お願いしている。多分、国谷キャスターだって、使わない言葉ではなく、この番組のスピード感を出すためにそうしているだけだと思うのだが。この議論はNetで知った。着眼点としては面白い。言わないから凄いという見方の一方、「何と便利な言葉を我々は持っているか」と、喜ぶこともできる。日本語の曖昧さは正に日本語の良さに繋がる。

    日付(14/4/14)  ウクライナ情勢

我々の常識はメディア報道に拠るだけなので、何が正しくて何が嘘なのか自信はない。今のウクライナ情勢についてみれば、どこの国でも「ある地域の住民が住民投票して独立を決める」なんてことが簡単にできるようになれば国の安定は保てない。でも、もしその地域の100%の住民がそれを選択したとしたら、それもアリなのかもしれない。おそらくクリミア問題はこのままロシアの意見が通りそうだ。でもそれが、東ウクライナ、ウクライナ全土に広がって、内戦状態が広がるのは避けて欲しい。何しろ、今や世界の警察官・米国も怪しいし、EUの国々もロシアとの全面戦争は望むまい。「経済問題」が、政治を解決するのは本質的ではないのかも知れないけれど、でもそこに答えを見出したい。日本は関係ない様に見えても、このグローバリゼーションの時代、もろに影響を受ける。領土問題は、民族意識に繋がるだけに難しい。

    日付(14/4/11)  4人目の孫

昨日、3男に2人目の孫、長女が生まれた。これで、4人目の孫だ。2回とも、流産しかねない状況下でのお産だったが、無事生まれた。最近の医学の進歩は凄いと思う。早速、昨日は顔合わせに行ってご挨拶。いつも感動するが、ちゃんと五体に、目、鼻、口、髪、そして小さな爪までついていて、あの「耳障りでない」アカチャンの泣き声を聞かせてくれる。単に見ているだけで嬉しい。そして、この子の5年後、10年後、20年後、30年後を思い、「どこまで見られるだろうか」と。いつの間にか、4人の子供の「おじいちゃん」になった。これはこれで、やはり「生きてきた証、喜び」である。特別なことは望まない、ただ、精一杯生きて、我々の見えない世の中を見て欲しい、と健康な成長を祈る。初めまして、オジイチャンです。

    日付(14/4/9)  小保方氏会見

暇に任せてついつい、何と2時間半にわたる記者会見をみた。STAP細胞の小保方さん、理研の調査報告に反発、ついに報道陣の前に現れた。論文の不備についてはひたすら謝る姿勢、周りへの迷惑も謝罪。でも、最後の一点「STAP細胞は本当にあるか?」については、強くYES。このまま行くと理研から追放される可能性まであるだけに、自信を示していた。最近のメディアの主張は小保方攻撃一色、それも「30歳は若すぎる」的批判。歴史上の大発明は20代でも30代でもいくらでもあるというのに。理研としては、これだけ世間を騒がせているのだから、メンツにこだわることなく、彼女を含むメンバーで再調査、再実験をするのが最も速いだろう。彼女は何度もSTAPを造っているというのだから・・・。この件は、一日も速くどこかで再現してみせるのがベストの終局。それが、大発明へと繋がっていく。今日の会見での印象は、理研を巡る反感ばかり。それを狙ったとしたら、逆にそれにも反感。これからメディアの論調はどう変わるか見ものだ。

    日付(14/4/6)  生きている幸せ感

高齢者生活になると、一日一日、一瞬一瞬の時の大切さを感じることが多い。多くの先人たちが、多くの名言を残しているが、今思うのは時間を自由に使うことができる幸福感。でも、友人達も言う、「教育(キョーイク)」と「教養(キョウヨウ)」が最も大切だと。こころは「今日行く所がある」と「今日用事がある」ということらしい。確かに、例え自分一人で時間を過ごすにしても、我々の性(サガ)として朝目覚めた時に、今日何をすべきかと考えてしまう。「水や食べるものがあるか」ということを常に心配している人も世界中に沢山いることを考えれば、贅沢な話だ。さて、いつ「生きている幸せを最も感じるか」、最近は快眠と快便。これ以上の幸福感はない。快眠できるということは、精神的に健康であるということ、快便は体が健康であること、何れにしても、「健康第一」の毎日だ。朝のトイレで快便を確認した時の満足感・幸福感はその日を楽しくさせる。さて、いつまでこの幸せ感が保てるのだろうか。

    日付(14/4/5)  文化と格差

いわゆる、文化遺産は貴重だ。日本でも、世界でも、圧倒される文化遺産が遺されていて、それを少しでも見ることができると嬉しいし、歴史の尊さを知る。でもふと立ち止まって考えてみると、我々が素晴らしいと思っている文化遺産は、「格差があってこそ生まれた」、「もしかしたら、文化とは富の中からでないと生まれない」かも知れない。絵画の、ルノワールでも、マネ、モネでも、音楽のモーツアルトでもベートーベンでも、もし周りに彼らの天才を評価する「富める人達」が居なかったら、歴史には残らなかったかも知れない。もっともっと昔からを含め、歴史に残っている遺産は、大半は、勝者や権力者に支えられて生まれてきた。現代でも、誰が文化を支えているのだろうか。いわゆる「勝ち組」に、その義務として「文化を歴史に残す」ことを感じて欲しい。もし、人間が皆平等で、格差のない世界が訪れたとしたら、おそらく秀逸な文化は生まれてこないかも知れない。読書をしていても、寺巡りをしても、テレビを見ていても、「持てる人の義務としてその時代の文化を保持する」ことの重要性を感じる。勿論、我々庶民の生み出す文化もあるのだが、世界で評価されるものはややレベルが違うから。

    日付(14/4/3)  カセットからCDを

鎌倉時代の30年来の飲み仲間が今年も集まろうと連絡があった。やらなくては、と思っていた宿題にとりかかった。鎌倉から千葉に転勤を命ぜられた時の送別カラオケのライブテープが数年前にみつかり、これをデジタル化して、CDにしようとうもの。いつでも簡単にできると思っていたが、なんのなんの。まず(CD録音不可の古い)CDプレーヤーとパソコンの繋ぎ。結局マイクロフォンジャックにつなぐこととし、コードを買いに、次はジャックコネクター、最後はCDディスクそのもの(当然あるものと思い込んでいたら、全てDVD)と、これだけで3回もK's電気に。さて、繋いで作業を始めたら、これが又なかなか厄介。何とかデジタル化できてCDに移して録音を確認したのだが、パソコンでは聞こえても、CDプレーヤーでは音もでない。そのあとは、MWAだのM4aだの、MP3だのと、ファイル形式に悪戦苦闘。結局MediaPlayerなるソフトを使えばできることが分かって、ようやく終了した。延べ2日間の大仕事。こりゃ現役の時にはやらないわ、と。当時はカラオケもまだ8トラックが主流。画面に文字が出るわけでもなく、分厚い歌詞本をめくって歌ったものだ。今でも歌う当時の持ち歌がイッパイ入っていて、懐かしいこと。みんな、特に下手だが、それは沢山飲んだ後だから当然というエクスキューズ。まだ30台半ばの後期青春時代。声にはエネルギーを感じる。丁度これまでの人生の中間点だったのかと思い、その後の30年がいかに速かったかと、感慨に浸る。たった2本のカセットテープから甘くて酸っぱい人生を振り返った時間だった。

    日付(14/4/1)  ホームページ満4年

'10/4/1に退職を期して始めたこのホームページ。丁度、満4年。一日あたりの平均アクセス数は、9.6人/10.2人/11.1人/8.4人と、毎年順調に増えていたのが、今年は大幅に減った。何も新しい工夫もせず、そろそろマンネリ化かなとは思う。ただ、とは言っても毎日誰かが目を通してくれているというのは、当方の「生きがい探し」の成果としては文句はないだろう。これが毎日ゼロに近づくと、虚しくなってくるかも知れないけれど。誰だって日記を書く時に誰かが読むという前提はないはずで、それに比べれば少しは社会を意識した趣味とはいえる。「お気に入り」に入れて、時々開けて頂いている方々にはお礼を言いたいと思います。「生かされている」という気持ちが強くなっている毎日ですが、明日逝くよという日まで、こんな作業が続けられたらこれまた幸せだろうな、と思っています。ご愛読に感謝します。これからもよろしくお願いします。

    日付(14/3/29)  一日で香川八箇所巡り

「百寺巡礼」のレベルではないが、接点の「霊山寺」お参りの日に、「納経帳」をもらったことから、次第に本気になってきた「八十八箇所巡り」。今回も金曜に打ち合わせがあって高松に出張。思い立って、レンタカーを借りて、一人で寺巡り。昼食の時間も惜しんで、次から次へ。結局、半日で8寺を巡った。今日のことなのに、どれがどの寺だったか、特徴を思い出すのも大変。今日の中では、「天皇寺」に驚いた。お寺の名前に天皇がつき、山門の代わりに大きな鳥居。究極の神仏混淆。納経所の女性が色々教えて下さった。面白い歴史。大きなお寺やこじんまりとしたお寺、色んなお寺があって楽しい。でも、誰か言っていた。「同じ四国のお寺でありながら、八十八箇所に入っているかどうかで大違いなのですよ」と。そりゃそうだろうなと思いつつ、やはり納経に300円、本堂と太子堂にもいくらかお布施。なるほど、一年を通してお遍路さんが来てくれる所とそうでない寺では、違いが大きいなと。こんなことを考えている人間は、「お遍路失格」かも知れない。でも、手を合わせている時は、既に逝った人達の顔を思う。今日は何故か、「無心」の時間も多かった。それがご利益だろうか。

    日付(14/3/25)  ロシアによるクリミア併合

我々の「常識」というのはいかに甘い・いいかげんなものか、ということを思い知らされる昨今の国際問題。日本との親密さをアピールし、ソチオリンピックを成功させたその同じロシアが、クリミア半島を独立させ、最終的にはロシアに併合しようとしている。クリミア人の多くがそれを望んでいるとは言っても、そんな簡単な問題ではないはずだ。日本人は国境問題とか、人種問題については、一種の理想主義で、単純化してしまう。島国の単一民族の国なんてそうそうはない。クリミア全国民がロシア系であったとしても、国際問題になるというのに、勝手に住民投票をして決めるというのは決して民主主義ではない。でも、世界のパワーゲームの中では、(おそらく最終的には)まかり通る。それだけ、再びロシアが強くなってきたから。このいきさつを見れば、日本の外交姿勢など正に甘いもので、力をもってすれば何とでもなる、と中国も韓国もロシアも思っているに相違ない。これまでの憲法平和主義だけで、敗戦国特例扱いの豊かな国で居続けられるとは到底思えない。世界の流れを日本は注意深く見ながら、グローバル化に合わせて行かざるを得ない。クリミア問題を見ていて、ついつい我が国のあり方を考える。若い世代が世界に対する感度を上げないと、僅か50年分の蓄えなどすぐに吹っ飛んでしまうだろう。

    日付(14/3/23)  口唇ヘルペス

若い頃から悩まされて来た口唇ヘルペス。特に、夏山登山をしてヘトヘトになって帰ってくるといつもまず水疱ができてなかなか治らず醜い顔を晒したものだ。日焼けと疲れが原因と思っていたが、現役の頃は過労、飲みすぎなどでも発生、悩まされた。リタイア後はもう無いだろうと思っていたのに、相変わらず出てくる。今回など、全く理由が分からず、でも唇の周りがむずむず、その時点で成功例のあるローヤルゼリーを塗ったけれど、結局ダメ。やはり、水疱、かさぶた、はがすと又薄皮、と同じパターンを繰り返した。原因はおそらく(ゴルフ?)疲労と、暴飲暴食、そして多分加齢。歳をとるとでやすくなるのか。今頃になってネットで調べると、「ムズムズ」の段階で塗り薬を塗るのがベストのようだ。こうして長年付き合ってくると、「また来たか」的あきらめがある。今更、みかけも関係ないし、と無駄なあがきをしなくなる。現役の頃は、対策が大変だったのに。多くの人が悩むらしい口唇ヘルペス。待てば10日もあれば自然治癒するのだけれど、そんなのんびりしたことが言えない時は大変。ウイルスらしいが、どこから来たやら。でもようやく親しくなってきた感じもある。だって、命懸けではないから。

    日付(14/3/20)  「決められる政治」

予算も無事成立した。安倍政権は順調に「決められる政治」を進めている。確かに引っかかったのは「靖国問題」だけだった。それ以外は、これまでできなかった政治が続いている。靖国があっても、支持率も高値安定だ。おそらく国民は、それを待っていたのだろう。でも、問題はこれから。そんなにフォローの風が吹き続ける訳はない。一つはこの「好景気トレンド」が続くとは思えない。トヨタでさえ満額回答は拒否した。中小企業のベースアップなど、今の状況ではなかなか信じられない。株価上昇も円安も止まった。加えて、外交問題がややこしい。ロシア・クリミアは欧米諸国の出方と日本が演じるべき重要な役割のバランス、日中韓の問題も、まだ見えない。北朝鮮問題を進めれば進めるだけ、対韓国はむつかしくなる。外交は、問題ごとに「誰が主役で、最後に泥を被るのは誰か」という所まで、シナリオができていないと進展はしないだろう。でもそんな心配も含め、「動いている」感覚はある。ここ2,3年続いた、「何も変わらない」ムードに比べれば、「まだマシ」というのが世論なのかも知れない。年寄りの出番はどんどん無くなっていくけれど、おそらくそれが良い形なのだろう、と言い聞かせている。

    日付(14/3/16)  STAP細胞再び

あの興奮は何だったのか、STAP細胞絡みが騒々しい。基礎科学分野で、おそらく一般の人にとっては内容も余り分からないし、問題点もメディアの報道に頼るだけだろう。でも、日本のメディアってなぜ、こんなにはしたないのだろう。最初の発表の時は、新しきノーベル賞候補、それも若き女性でと散々騒ぎ、一度疑問が提起されると、待っていましたとばかりにバッシング。別に、多くの国民が迷惑を被る訳はないし、そっとしておいてあげてもよいのでは,と思うけれど、容赦ない。今や、税金の使われ方、論文の書き方、博士号の与え方、最近の大学教育、公立研究所のあり方まで、とことん叩いている。いかに「ペンの力は無責任」か、ということだろう。当方も、曲りなりだが技術系を柱として生きてきたわけで、こんな問題には興味はある。今、この件で最も関心があるのは「STAP細胞たるものが本当にあるかどうか」だ。多くのデータや写真の表示法にはミスや細工があるのかも知れないけれど、「いずれはバレることが分かっている嘘」を、論文にするだろうか、という疑問は消えない。コピペ(Copy and paste)なんて、多分、今の学生たちには「常識の範囲」なのかも知れない。周りの大人たちが寄ってたかって攻撃しているけれど、すこしでも技術の世界に身を置いたことのある人間の目でみれば、「売名だけで、そこまでの虚偽をするだろうか」という疑問だけが残る。今、最も望むのは、どこかの誰かが「STAP細胞できたよ」という報告をしてくれることだ。それがなければ、この狂騒曲は信じられない。期待としては「佐村河内事件」とはレベルが違うと言って欲しい。

    日付(14/3/13)  田舎者

先週末から数日、田舎に住む姉の孫娘をアテンドした。高校を卒業して「歯科衛生士」になりたいとかで、関西で一つ合格はしているのだが、本人は関東志向で2次募集の受験に上京してきた。土曜に試験があって、月曜に合格発表。どうも補欠募集だったようで、10倍の倍率で、合格はたった2人。あえなく不合格。でも土曜の午後迎えて、合格の時の為に、アパート内覧まで付き合い、仮の契約まで結んだ。結果は実に残念。結局、関西に行くことになった。ただ、この経過で驚いたのは、今や「田舎者」の定義が変わってきたということ。彼女は、特に両親と相談しなくても、初めてのエリアでも交通手段や切符の手配、不動産屋とのやりとりから内覧の予約、全て一人でスマホでピコピコ。月曜に不合格が分かったとたん、30分後には翌日の神戸の不動産屋のコンタクト、内覧の予約まで済ませていた。これは凄いと、あっけにとられた。当方の18歳の頃は、田舎から関西に出てきた時、全く右も左も分からなかったけれど、いまやスマホで地図をみて、どこにでも行く。もう若者は「全国区」だなと思った。言葉も、普段は標準語、ただ実家に電話する時だけ方言がでて、こちらもホッとするといった具合。感心するとともに、チョッピリ寂しい思いも。こんな世代が一通り都会の生活を経験して、最後に「やっぱり田舎が良い」と言う日がくれば、将来の日本も期待が持てる。18歳の高校生を連れて若さをもらった数日だった。4月から頑張ってね。

    日付(14/3/10)  真贋

佐村河内事件は色んなことを考えさせてくれる。世の中を騙したという意味で、メディアにも叩かれるのは当然のこと。でも、見方を変えると滑稽でもある。この人の価値を高めた、「佐村河内ブランド」を作り上げた、のもメディアの力だ。障害があっても人並み以上の天才を示す、というセールスポイントの魅力はあっという間に周りを虜にした。NHKの特集番組の果たした役割など巨大だ。さて、ここで疑問が起こる、この人の作品と言われた作品は「本当に価値があったか?」という疑問である。なぜかこの件は誰も(メディアは)議論しない。ファンと言われた人も、「作者が誰であれ、好きになったのだから・・」という声は余り聞こえない。あえて言えばフィギュアの高橋大輔か。この事件でつくづく思うのは我々の「物を見る目の不確かさ」である。確かに今、「これを判定してください」と言われて自信が持てるものなど何もない。芸術は当然、味覚も当然、自信を持っているはずのアルコールも価値の評価など覚束無い。「世の中(メディア)の評判の高いもの」、「価格の高いもの(プロと言われる人の評価の高いもの)」に頼らざるを得ない。そう考えると、この事件も攻めてばかりはいられない。我々の「評価能力」を問われてもいるのだから。ま、ワインや酒の場合、「結局、自分が美味いと思えば、良いのだから」という、最後の一線があるのがせめてもの救いなのだけれど。最近、「獺祭」の価格が高すぎますよね?

    日付(14/3/7)  日本の100か四国の88か

今回の安政柑旅行の帰りにも恒例の五木寛之の百寺巡礼をと、山口県に行き、防府の阿弥陀寺と山口の瑠璃光寺に参った。ともに、行ってよかったと思わせてくれる。実は、その前に、高松での仕事の後因島に移る前に、二度目の四国八十八箇所巡り。例の納経帳をくれた若者が、「行くのが大変な」第八十八番大窪寺に連れて行ってくれた。勿論ドライブなので、遍路巡拝のお蔭はないとは思うが、でもこの寺は結願に相応しい厳かさがあった。特に、霧もやのかかる朝だったのでなおさら。単純に「厳かな」気持ちになった。帰りにはついでに、長尾寺、屋島寺まで足を伸ばし、素敵な半日。5/88を達成した。いよいよこのプロジェクトも目標の一つに掲げざるを得なくなった。ついでであれ、何であれ、どこかの寺に行き、その由来を知り、静かに自分自身の人生を振り返るのは良い。おそらくきっかけなどどんなきっかけでも良いのだろう。どこに最も価値を見出すかはともかくとして、生かされている人生を、精一杯生きなくては・・そう思う寺めぐりである。

    日付(14/3/5)  ウクライナ問題

この間、ようやくソチオリンピックが平和裡に終わったというのに、ロシアが燻っている。ウクライナの国内問題に強く影響を与えている。ウクライナの南北対立がロシア対EU・米の構図になってきている。やや気になるのは、ウクライナの南サイドは国民もロシア寄りが多いとか。何とか、ウクライナの国内問題として解決して欲しいものだ。プーチンで「強さ」を取り戻したロシアが、再び米国と覇権争いを始めるのだけは御免被りたい。なぜ、こうして国対国の争いは続くのか。それは、おそらく世界の貧富のアンバランスから。そうであれば、永遠に収まることはない。誰もが、貧しさより豊かさを求めるのは事実だから。でも、豊かなグループの我々は本当に皆が幸せか、これは常に考え続けねばならない。

    日付(14/3/4)  因島・安政柑旅行四度

4年前に始めた、「安政柑を守る会」の収穫旅行。今年も出かけた。毎年メンバーは入れ替わるが、今年も熟年男女20名が集まった。4回とも参加しているのは、せいぜい4−5人だが、毎年新たなメンバーが加わって楽しい。一昨年は新しい苗木を植えた。今年はその小さな苗木に木が折れるのではと思うような大きな安政柑が一個なった。昨年泣かされた経験から皆で運んだ猪対策のフェンスも今年は完成、猪にも襲われないで済んだ。4回目にして初めて本格的な大きな安政柑を収穫した。一週間前の雨の予想はなんのその、昼前には暖かな太陽が迎えてくれて、今年も輝く瀬戸内海の水面を楽しみながらの収穫・運搬・箱詰めだった。汗をかきながらの肉体労働だが、目の前に成果が表れる楽しさ、満足感。人間としての原点の喜びに感動する。200箱以上の充填を終えて、後は恒例のバーベキュー。地元の人の目で見れば、「暇を持て余した退職老人」の思いつきの遊びにしか見えないだろうが、それでも毎年同じメンバーの人たちが楽しませて下さる。感謝に堪えない。心の支えだった家主の100歳のお爺さんは昨年11月に他界された。仏前で昨年までの思い出を語った。間違いなく、時は過ぎている。この集まりもいつまで継続できるのか、メンバー全てが心配しながら、でも今年も無事終われたことを喜ぶ。おそらくそれは、生きている・生かされている喜び。今年の安政柑の美味しさは格別だった。全国にいる「守る会」のメンバーがそう思ってくれたら嬉しい。

    日付(14/2/27)  恐るべしネットショッピング

今回は特に驚いた。ここまできたかという印象。昨日の午前中少し印刷をしていて、いくつかの色カートリッジの交換の必要性があった。時々買いだめしているので何とかなるのだが、そろそろ買い時と考え、ネットで調べ、安価な物を発注した。今チェックすると受付メールが届いたのは昨日の12:47。今日先ほど、10:30、に宅配便で製品が届いた。これは速い。この会社があるのは大阪府。ネットの威力と、宅配便の威力。目を見張るばかりのスピード。我々リタイアリにとってみれば、何もこんなに速く届く必要はないのだが、最近のビジネスの動向を示す好例だ。なるほどこんな世界に生きていたら、もたもたした動き方ではついていけない。脱落者が出てくるのも頷ける。将来のビジネスのあり方を考えるとき、「サービス」の中における「スピード」の重要性が限りなく高まっていくのだろう。「ノーンビリ、イコウゼ、オレタチハ・・」なんて唄っていた世代はもう過去の人間なのだろう。

    日付(14/2/26)  対中対韓は?

中国韓国の「歴史問題」という問題提起、尖閣・竹島の領土問題。自国内の不満の持って行き先として日本はもってこいのようだ。折しも世界の中での日本の存在感は大きく低下している。中韓の存在感向上が明白なだけに都合よく使っているのだろう。さて、日本の安倍政権はどこまで今の「大人の対応」が保てるのだろうか。アベノミクスによる強い経済の復活が成功すれば可能かも知れないけれど、不安材料は尽きない。そもそも戦後の日本の奇跡とも言える大復活は決して日本だけの努力の成果ではない。朝鮮戦争特需・ベトナム戦争特需など、「自分は傷まない戦争」のおかげで経済のみ急発展を遂げた。平和憲法と日米安保に守られた正に「世界に守られた復活」だった。さて、今、「強い日本に戻る」というスローガンで、どこに戻るのか。それがまだまだ政治の駆け引きのの影に隠れている。まず大前提の「経済の復活」を成しうるかどうか。不安だ。おそらく最終的に円安には行くと思うがそれが単に「日本が売られる」状態であれば、何ら嬉しくはない。中韓はその日を見ているのかも知れない。少子高齢化・そして人口減の時代の日本はもう「気を使うべき相手ではなくなる」という読みなのだろう。さて、アベイズムはそれと戦うだけのビジョンを持ち合わせているか。まさか右傾化、軍国主義復活はないと思うけれど。心配なのは「安全で平和な国日本」は実は、多くの周辺国の犠牲の上に立っていたのかも知れないという懸念である。もう彼らは許さない。

    日付(14/2/23)  ロシア情勢

プーチン大統領の威信にかけて間もなくソチオリンピックが終わろうとしている。政治的には成功だったと言えるのだろう。日本は安倍首相も開会式に参加し、競技の結果も、メダルも予想以上に取れ、ハラハラした真央ちゃんも期待通りのフリーを演じて気持ちの良い終りを迎えた。ただ、ロシアの周辺は落ち着かない。特に、ウクライナの情勢は国際社会も無視できなくなってきている。国内問題のように見えるが実は欧米対ロシアの綱引き。戦おうとする反政府勢力は親EU派。ロシアは現政権をサポートする。またまた大きな火薬庫だ。中国・ロシア・北朝鮮など、いわゆる(一党独裁の)社会主義国と自由主義の国との妥協点はどこにあるのだろうか。10代の頃から考えている古くて新しいテーマの紛争は尽きることがない。社会主義がもっと真の平等志向になれば・・でも本当に皆が幸せだろうか。自由主義を突き進めて、競争社会を目指せば、これまた多くの敗者を生むことになる。結局、何が幸せか、誰が勝者かという議論に行き着くのだが、結局は個々人の人生観に戻る。不満を主体に考えれば、貧富も、健康病気も、自由度も、どんな状態でも不満は尽きない。どこかで「自分は幸せだ」と思わねば。誰もが行き着くところは同じで、そこは平等、と言えなくもない。でもウクライナの情勢を見ていると、やはり、日本は「そうは言っても平穏だな」と感じてしまう。だって今最も将来性のあるビジネスは、団塊の世代の老後、病気(医療)、そして葬儀、墓場、いわゆる「How to end」。もし国が騒乱の最中なら、そんなことを考える人はいないわけだから。

    日付(14/2/20)  ソチオリンピック

スノボーやジャンプの活躍があって、テレビに釘付けになっている間に、間もなくオリンピックも終わりそう。でも、その前に、やはりフィギュアについて一度書きたい。男子の羽生も決して「万歳」ではなかった。チャンの受けたプレッシャーに救われた金だった。そして、昨夜(今朝)の女子SP。まさかの大波乱。今日一日、色んな人が色んな解説。これからフリーが始まる。このSPの結果をどうみるか。当方は、高梨沙羅ちゃんのジャンプと同じ目でみる。プレッシャーに耐えるのはアスリートの仕事とは言えるが、でも最近のメディアの(金)メダル候補への取材は、度を過ぎている。練習・過去の成績の見直しから、今日の生活、果ては家族や友人に至るまで関係しそうな人たちへの取材で狂っている。そんな動きがプレーヤーへの応援になっているなど、全く思えない。このオリンピックでも、(プロの世界ではともかく)それ程注目されていなかったスノーボードでの活躍が目立った。プロの世界で食っている人ならともかくアマチュアスポーツの世界では、「それも有名税」なんて言ってはいられない。やはり取材している人達、応援している人達の暖かい目が欲しい。沙羅ちゃんも真央ちゃんもそれに潰されたのではないかと・・・ここでこれを書くのは今夜のフリーで、世界を唸らせるスケーティングを期待しているから。今日は一日何となく日本が落ち込んだ。それほどのインパクトがあった。それもメディアのせいだろうけれど。せめてフリーで!

    日付(14/2/17)  2週連続週末の大雪

先週と比べて今週は予報もそれほどではないと思えたが、先週並あるいはそれ以上の被害。今尚、孤立した地域や、渋滞のままの道路が残る。トヨタ方式の在庫ゼロを目指した企業にはいよいよ工場ストップも出始めているようだ。リスクマネージメントの重要性がまた語られる。でも、今だから言えることかも知れないが、環境の変化を「甘んじて受け入れる」心がけも必要なのではないだろうか。東北大震災で思った「生きているというより生かされている」という感覚をこんな時にも思う。おそらく、昔から言われる「神」や「天」などで語られる自然の大きな力の下では、必要以上の「あがき」は不要なのではないだろうか。今回の重い雪をかき、路を作りながら、静かな田舎の生活を想った。自然ともっと「折り合いをつける」ことを求められているのかも知れない。科学や合理性の基準の上に、この「深呼吸」がある。雪かき後の深呼吸。

    日付(14/2/15)  冷凍食品農薬事件

日本の食品の安全性は世界に誇れるものだと思っていたけれど、やはりこんな事件は起こる。不満を持つ従業員の起こした事件だった。さて、問題はこれから。こんな事件を起こさないためにはどうするのか。設備とか、チェックとか、色んな規制が増えるのかも知れない。結局、「性悪説」しか残らないのか。なぜか、寂しくなる。ご近所付き合いがなくなり、孤独な老人たちが増え、寂しく死んでいく世界の方が良いとは誰も言わないけれど、性悪説に則って、「小さな事件」を理由に「大きな社会」を律しようとするとルールばかりの世界になる。このあたりで、滅多に起きないことについては、起きた時の対策の検討に留めて、「起きないようにする」努力は止めてみたらどうだろう。わずか数%のために大多数を犠牲にするのは何となく不合理。どうしようもない事件は必ず起こるのだ、と思って。マルハフーヅという会社に妙に同情する。「運」の問題はやはりある。

    日付(14/2/12)  Globalリーダーの先達

20年前から癌との闘いは聞いてはいたが、大先輩の訃報が届いて通夜に参席した。直接、上下関係になったことも無かったし、一緒の仕事も無かったが、周りでは最も「Globalization的発想」の進んだ人で、多くを教えて頂いた。特に、米国駐在中には出張される度に会う機会があった。抗癌治療が始まってからもますます元気で、リタイア後も元気をもらった覚えがある。こんな人の通夜に出席すると、またもや人生観を考える。どう生きるのがベストか、どう死ぬのがベストか。最終は自分では選べないだけに、だからこそ最低限の自分の希望だけは周りに伝えておく必要があるな、と思う。折しもベルギーでは「安楽死」法案が成立とか。勿論、多くの条件があって良いわけだが、「死ぬ時の主役」は誰か、という課題は考えておきたい。「生かすも殺すも残された家族の責任」だろうか。尊敬するグローバル先達の葬儀で、考えたのはやはり「How to die」。ボケ老人より、はるかに格好良かった。僕もそうありたい。合掌。

    日付(14/2/9)  大雪

実は、7日から高松に出張していて、8日の夕方には帰る予定だった。ところが高松でも8日の朝から時々ちらつく不穏な天気。それが、どんどんひどくなって、昼にはもう「帰りの羽田行きは欠航」というニュース。何しろ、安価なパック旅行にしてあるものだから、「変更・予約は窓口へ」と書いてある。わざわざ翌日のフライトの予約のために、空港まで送ってもらった。追加のホテルも予約し、夕食はご馳走になって、「暇なリタイアリにはもってこいの刺激」なんて考え方を変えてノンビリ。そして、今朝起きてネットをみると、昨日予約した便も「欠航」。理由はもう高松空港は関係なく、羽田空港。とにかく、空港に行かねば、とバスで。予約と、空席待ちと両方を済ませたが、それでも10時。結局乗れたのは13:40、羽田に着いたのは15:15。ところがそれから、駐機場に入るまでに追加の一時間。我が家にたどり着いたら、17:30だった。テレビをみると、首都圏の交通はガタガタ。(普段降らないだけに)やはり雪には弱い。でも考えてみれば、何年間に一回の大雪。ま、我慢するしかないかな、と。これを、全て対策しようとすると、大変な投資となる。たまには仕方ない、という発想も重要だな、と思った。地震対策、津波対策、噴火対策・・・文明国としてはこれでもかと対策すべきなのかも知れないけれど、余計な投資のために、それが理由で日本でのモノ創りが国際競争力を失うのなら、どこか違うのだろう。こんな滅多にない大雪の時に考える「リスクマネージメント」の在り方。

    日付(14/2/6)  スーパーボール

3日の朝は、久しぶりのアメフト、スーパーボールを観た。特にアメフトが好きな訳でもないし、好きなスターがいるわけでもない。でも、「スーパーボール」という言葉を聞くだけで、米国駐在時代のあの熱狂を思い出し、ついついチャンネルを合わせてしまう。ルールも知らないし、見たこともなかったが、アメリカにいると、スーパーボールの話題が分からなければ「会話が成り立たない」ほどのイベントだった。これがまた、真冬のど真ん中、僕のいたMichiganは勿論雪の中。でも、家庭でも、プールバーでも、兎に角スーパーボール。当日ともなれば、バーも入れない位の混雑。こうして日本でチャンネルを合わすだけで、カウンター越しにピッチャーのビールが出てきそう。正にお祭りだった。おかげで少しはゲームが分かるようになったし、クオーターバックの重要性は分かるようになった。アメリカ人は戦略や戦術の話をする時によくアメフトを例にする。リーダー、コーチの重要性もまた然り。そんなあの頃を思い出しながら中継をみた。何と、シアトル・シーホークスの信じられないほどの圧勝だった。今年も皆盛り上がったんだろうな・・

    日付(14/2/2)  あー、物忘れも

電気量販店で買い物をして、「1時間ほどかかります。携帯電話の番号を。」と言われて、いつもの携帯を持っていなくて新しいタブだったものだから、少し自信が無かったがエイヤッと言ってしまった。周辺をうろうろして約1時間。帰ってみたら、「番号間違ってましたよ。他の人がでてこられました。」とクレーム。「やってしまった!」。2529を2629といい間違っていた。携帯の番号はなぜか正確に覚えられない。自分にかけることはないし、相手に教える時も「電話しますから」で終わり、と、言い訳はあるが、最近この手の「シマッタ!」が増えてきた。これも高齢者現象か。自分も含め「自覚したくない」だけにタチが悪い。電車に乗るときは網棚を使わないようにしているのに、先日うっかり載せて、ウトウトしていたら駅に到着。慌てて降りて気がついた。エスカレーターを2,3段上がった所で、何と逆方向に戻って(これはやってはダメですよ)車内に戻った。そこでドアは締まり、次の駅へ。でも自分だけの世界で解決できて、ホッと。こんな危ないことが増えていくのかな、と反省することしきり。老人は老人らしく・・なんて、まだ言いたくはないが。着実に時は経っていると認識する。

    日付(14/1/30)  STAP細胞

これは何か書かなくてはならない。今日の世界のトピックス。「万能細胞」の簡単な創り方という定義でいくと驚くべきNews。世界を驚かせた。しかもメディアに現れた主人公は若干30歳の女性。これが(特に日本では)ニュース価値を上げている。Natureが「歴史を愚弄している」とまでこき下ろした上で、今回トップで発表したというのだから、データの信頼性も高いのだろう。この技術が人の細胞にも応用できれば、ノーベル賞は確実だろう。iPSの山中教授に続く日本人の大ヒットに技術屋の心は騒ぐ。若い女性がリーダーというのが輪をかける。安倍首相の喜びもひとしおだろう。さて、嫌な老人はここでどうしても一言。これでまた、神(自然)と人間の戦いに拍車がかかる。一個の精子と卵子から、不可思議な個体が生まれてくるステップがまた明かされる。もう神の世界ではなくなりつつある。本当に全てが解明され、人間の制御下に置くことが「望ましい未来」なのか。なぜか引っかかる。全ての病気が治るようになり、いつまでも若く、果ては不老不死、それが望ましい未来か。しかも、おそらく、その恩恵(?)は富める者から順に受ける。ここは一度立ち止まって考えるべきではないか。決して、STAP細胞にケチをつける気はないし、ただただ尊敬するが、その技術の将来のあるべき姿については、じっくり考えたい。多分それはScienceではない。

    日付(14/1/29)  展示会

しばらく忘れていた世界だったけれど、リタイア後コンサルなどと名乗ったものだから、時々クライアントが展示会に出店する。それをきっかけに見に行く機会が増えた。今年の第一回は東京ビッグサイトの機能性材料展と併設のナノテク総合展。特に義務はなく、ただ行ってみようかというだけで入ったが、やはり昔からの技術屋魂が疼く。一つ一つの新しい技術に興味はそそられるが、同時に「日本いかに生くべきか」ということを常に感じるのは年の功か。いつの間にか新規材料の世界も変わっている。企業の姿より、大学や公的研究機関の出店が多い。グローバル化を急ぐ企業には、長い目で見た新規材料などやれないのかも知れない。とは言いながら、さすが日本と思わせる種は多い。どこに目を付け、(最も難しいのは)何を目指して開発へと進めるか、興味は尽きない。一歩踏み込んだ技術という目で見たとき、これからの世界の中の日本を考えざるを得ない。久しぶりの興奮。

    日付(14/1/27)  隅田川テラス

先週の金曜、東京で昼間一日ポッカリ空いた。美術館、博物館の続き、本屋巡り、久しぶりの橋・坂巡りなど、色んなことを考えていたけれどまず、5年前まで住んでいた清洲橋のたもとを訪ねた。小説一冊とタブレットだけを持って川べり散歩道(テラス)を歩いた。歩くだけで、色んな時・人・出来事を思い出す。天気も良かったものだから、ベンチを見つけては座って文庫本を読み、またそぞろ歩く。いつの間にか昼時、ちょっと戻ってコンビニでおにぎりとお茶を買ってテラスに帰る。文庫本を読み、お腹を満たし、正に至福のひと時。結局考えていたプランは何もせず、東京のOB会のパーティーへ。でも良かったな、この一日がかりの読書散歩。あの頃もよく歩いたが、ゆっくり読書しながら、は無かった。これぞ、今日まで生きたご褒美か。でも、想い出は、甘くもあり苦くもあった。これぞ、「人生を振り返る」ひと時か。多くの人達に、ありがとう、そんな時間だった。

    日付(14/1/24)  結局「幸せとは?」

都知事選挙候補者が出揃った。またもや「後出しジャンケン」方式で、立候補届出前の討論会はないままで終わった。もっと有権者の前で議論を戦わせてくれればそれだけで国民の政治に対する意識が高まると思うのに。細川元首相の立候補で原発問題が主題の一つになる。小泉元首相のいう「原発反対派」対「容認派」の構図ができつつある。双方に聞きたいのは「原発問題は人類全体の問題で一都市東京からどう立ち向かえるか」、「エネルギー問題、地球温暖化問題」をどうするのか、自然エネルギーと言ったってまだ10%は遠い。既に原料(石油・ガス)問題から貿易赤字はどんどん増えている。どんな政策を取ろうと、国民の暮らしは後退していくだろう。そうであれば、何を幸せと定義するか、そこを打ち出して欲しい。物質的豊かさを念頭に置く限り脱原発は有り得ない。国政も含め、その議論が足らなさすぎる。子供たちの世代は今と同じ価値観で孫たちを育てている。そう簡単には変わらない流れであるから。

    日付(14/1/21)  2025年問題

昨年は後半に急ブレーキがかかって、ゴルフの年間のプレー回数が一昨年より少なかった。11月はゼロ12月も前半に1回のみ。先日、今年に入って久しぶりにクラブを握った。寒い季節で、着膨れで・・・言い訳はいくらでもあるが、でもひどすぎた。昨日すぐに2回目。ようやくイメージを取り戻しつつある。ここのところのゴルフはゴルフ好きの友人がウエブを通して信じられないほどの経済性の高い(安価な)プランをアレンジしてくれる。現役の頃のゴルフを考えると大丈夫かと疑うような価格。経営の苦しくなったゴルフ場を大手外資系が次々と買収。まずは予約で埋めるために凄く安価なプランを提供している。休日なら平気で3万円位するコースで、昼食まで入れて6千円。これならリタイアリでも楽しめる。こうして外資系2社が経営面でも、好業績を上げているらしい。ただ、それでもゴルフ場業界では2025年問題なるものがある。それは、我々リタイアリが、(今はこの安価なプランにつられてはいるが)いよいよゴルフが出来なくなる年らしい。業界としてはそれまでにゴルフやゴルフ場のあり方を見直そうということのようだ。全ての社会問題を引っ張ってきた団塊だが、こんなところにも大きな方針変換を求めている。主役の我々としては有難いような話なのだが、どうも笑ってばかりはいられない。さて、2025年、もう生きてはいないだろうか。まさか、クラブは振れていないだろうな、と寂しいケーススタディをしている。こりゃ矢張り出来る時にもっとやらなくちゃ、と。

    日付(14/1/18)  「ネットでシューズ」はやはりダメか

健康のためのウオーキングは現在の生活の柱の一つになっている。靴を履きつぶすまで履いたことは幼い頃の靴がなかった時代以降は経験したことは無かったが、ウオーキングを習慣化するようになってかなり増えてきた。今回初めてネットショッピングでスポーツシューズを買ってみた。何しろ、ブランド品がまず40%引き、加えてポイントを使い、送料まで無料、全部で半額。この魅力に勝てなかったが、どうも失敗したかも知れない。勿論、サイズはぴったりの25.5にしたのだが、履いてみると妙にきつい。歩いてみると底のクッションが薄い。家族には「ホラネ。靴は履いてから買わなくちゃ」と批判を浴びた。やはり「安物買いの銭失い」か。ま、でも頑張って、人生で慣らした「足を靴に合わす」方向で行こう。ネットショップの次の課題かも知れない。

    日付(14/1/15)  都知事選挙候補者

どうして立候補予定者が揃いも揃って男性の高齢者ばかりなのか。こんな時こそ若手政治家のホープや女性のやる気のある人を推薦すれば良いのに。よりによって元総理を元総理が応援して、脱原発の流れを作るなんて。そんな気があるのならもっと早く国政選挙に打って出れば良い。こと原発問題に限れば東京都は単に東電の大株主であるというだけで、これまでも自分の所には持たないくせに最も原発に頼ってきたエリアだ。ここを脱原発で運営しようとしてもおそらく何もできない。当然、まずは、既存のエネルギー政策を否定するところから始まるのだろうが東京都として何をするのか。元総理二人がタッグを組むにしてはあまりに幼い。脱原発を唱えるならその後の生活スタイルまで含めて問題提起する必要がある。当方は決して原発推進派ではないが、「原発議論は全地球的・全人類的問題であって、一国・一地域の問題ではない」と思っているし、全世界的脱原発トレンドができない限り、やはりやるべきは「それでも原発」を前提として、使いこなす技術開発を継続することだと思う。それしか解はない。一都市東京の知事を決める時の争点ではないはずだ。しかも、一時期この国の総理だった人が・・政治動向としては第三者的に見ている分には面白くなったと言えるのだろうが、何故か不愉快。それは、「まず反対」があって、その後の「こうしたい。こうする。」というビジョンが全く見えないからだろう。ビジョンは年寄りではなく、若者から発して欲しい。マスコミ的には面白くなったのかも知れないけれど、何だか寂しい候補者選考。日本や世界の動きに影響しないのなら何でも良いけれど。

    日付(14/1/13)  歯にも

体力との戦い、病気との戦いには、結局歩くのがベストと悟った。歩いてさえいれば、血圧にも、γ-GTPにも、メタボにも全てによさそうだ。ところが、流石に歯の健康には効果がない。もともと歯は良くなくて現役の時も常時歯医者通い。退職前には左下にインプラントまで入れた。話題のインプラントは調子が良いのだが、右側の入れ歯は調子が悪くなって外したままだった。さて、昨日、別に固いものを咬んだ訳でもないのに小魚を咬んだ時にバリッ。何が入っていたかと思いきや、自分の歯が欠けた。右の入れ歯を支えていた歯だ。5mm大の欠片を取りだした。この後が大変。鋭利な刃物が口の中にある様なもので、舌で触るものだから舌が痛い。歯医者さんは今日も休み。応急処置は、自分でヤスリを持ち出し、尖った所をガリガリと削った。何とも情けない姿。順調に色んな所が歳をとっている。動けなくなるのだけは厭だな、と思っていたが、やはり「食えなくなるのも厭だな」。こうして後期高齢者に向かうのか。とにかく明日は歯医者さんに行かなくては。

    日付(14/1/11)  会社イベント

会社に入った頃は、どんなスポーツでも社内大会があって、昔少々やったことがある位では歯が立たない位巧い人がいっぱいいて、世の中の広さを思い知らされた。野球(ソフトボール)、バレー、卓球と盛り上がったものだが、世の流れにつれ全員参加型に代わり、それでも長縄跳び、駅伝、果ては○×ゲームやカラオケまで、でも社員が一堂に会して楽しむことが、日本的経営のシンボリックな姿だった。それが、欧米型経営、グローバリゼーションの影響もあって、ここのところなりを潜めた。何しろ、期待した能力を発揮できない人は、居られないのが会社の姿なのだから。当方はそんなお祭り大好き男の一人だったが、いつの間にか会社として余裕がなくなってきて寂しい思いをした。でも、最近のニュースによると、またまたそんな社内イベントが復活しつつあるらしい。しかも、そんな風土を最も嫌っていたはずの若者達が積極的だとある。単に、年長者(といってももう我々からみれば次の世代なのでイベント推進派かどうか判らないが)に合わせて居るだけかも知れないが、大きな変化と言える。おそらく、真に仕事の効率だけみても、そんなゆとりがあった方が良いというデータもでているのだろう。国民性の影響も大きいだろう。余裕のあるなしに関わらず、もう一度効率のみ考えても見直しても良いのかも知れない。労働時間の定義とやる気のキープと同じ議論だと思う。泊りこみの忘年会や、終業後のバレーボール大会のシーンなど、今でも忘れられない。考えてみると、米国親会社に居た時でさえ、アウティングと称して、外でべバーベキューをやったり、ゴルフ大会をやったり。決して日本だけの思い出ではない。もし、また見直される時期になるとすれば、より合理的な姿で運営されそうな気がする。懐かしい思い出が多い。

    日付(14/1/9)  世界観・大局観

安倍首相が目指すのは「世界の中の強い日本。対米追従ではなく、独立国としての日本」なのだろう。だから、信じる所であれば、何が何でも押し通す。その姿勢に共感を示す人達も多い。確かにリーダーの一つの条件としてそれは重要だろう。でも、民主主義の中で選ばれた首相であるからには、民主主義で裁かれる。果たして今の日中韓関係がこの国に取って良い姿なのか。遂に中国は民間交流の機会さえ中止・延期に追い込んだ。この姿勢も輪をかけた単純さだ。政治は国民の「マジョリティ」に重心をおいて為されるべきで政治家の信条やましてや利益のために為されるべきではない。日本の場合、その肝心の「マジョリティ(大多数)の意見」を代表する方法が見えない。今のメディアがその役割を果たしているとは到底思えない。政治家はもっと語るべきだ、なぜこうするのか、こうしなければならないのか、反響をどこまで考慮したのか。それが為されて初めて民主主義下のリーダーシップだろう。個人的には反感を感じる所は多いけれど、でも、中国の存在は今やロシアより巨大だ。この国の将来をどう考え、どう付き合っていこうとするのか、それこそが今求められる世界観・大局観だろう。

    日付(14/1/7)  人・孤立化ばかり

ニュースの中に人間関係が薄い。ひたすら自分だけで生きようとする姿ばかりが目立つ。殺人事件も、火事の犠牲者も、色んな事件をみてもいつも一人暮らしの老人が主役。そんなに老人は嫌がられる存在なのか、自分達も老人になることが判っているのに。色々考えると、どうも我々老人自身に責任の一端がある。自己主張を始めた団塊主婦達は、「自分のした苦労を娘にはさせたくない。娘にはもっと自由に男と同様の社会性をもって生きて行って欲しい」と願った。そのお蔭で、女性の社会進出は進み、でも非婚化、晩婚化、高齢出産、少子化、そして男の中性・女性化など、昔は無かった問題が出てきている。加えて「子供には面倒を掛けたくない」という主張、それが老人の一人暮らし、そして孤独死となる。家族と言うのは本能にも繋がって、上手く出来たシステムだった筈で、それをたったこの100年で変えようとすると矛盾は大きくなる。でもこれから先、未婚老人、伴侶に先立たれた老人など一人暮らしの老人はどう生きて行けと言うのだろうか。貧富の差の影響も大きいだろうがそれを超越した所に問題はありそう。望むらくは我々の次の世代達が、我々が取ってきた生き方の問題点や改良すべき点を早く見出して、自分達が同じ不幸に陥らないための方策を考えるべきだろう。私には間に合わないかも、と思うけれど。

    日付(14/1/5)  2014年は

今年はどんな年になるのか、新聞もTVも予想に忙しい。当方の様にリタイアして時間のある人間には、今年の予想ほど楽しいものはない。喫緊の注目はソチオリンピック。誰がメダルを取るかも勿論興味があるけれど、そもそも無事にこのオリンピックが終わるかどうか。気になる。9.11に相当する様な惨事が起こらないことを祈りたい。世界の要人達の内、何人が開会式に行くか、そこから問われる。スポーツでは続くサッカーWC。ブラジルでの開催が巧く行くかどうか。これまた社会面の関心。南アフリカもOKだったからと言いたいけれど。政治経済面ではまずは2月の東京都知事選、果たしてどうなるか?またまた人気投票に終わると困る。そして4月の消費税アップ。日本国としてはこれを大過なく乗り越えられるか、どうか。当方の予想は安倍政権が3月まで巧く行けば、意外なほど簡単に消費税は乗り切れるのではないかと。それより問題は中国・韓国との外交問題。そう簡単ではなさそうだが、中国国内、韓国国内共に、決して万全ではないだけに安倍さんの信念主張も、最も良いタイミングだったのかも知れない。さて、これから全ての分野において、強力・団塊の口封じができるかどうか、そこに政治の柱がありそう。少々年寄りが苦しくなっても子供や孫の世界が巧くいくのなら、なんてセリフを吐ける人たちが一体何人いるか、判らないけれど。。

    日付(14/1/3)  新年は家族と

新しい朝を迎えた。家族も集まった。こうして同じことを繰り返せる幸せを喜ぶ。今年も引き出しの上に常に置いている自然尊厳宣言証(リビングウイル)を更新し、サイン・押印する。もういつのことか判らないので、家族にも紹介した。必要以上の医療で、何も判らないのにベッドに縛り付けられるのは厭だから。家族も了解してくれた。こんな話が出来るのも新年。とは言っても元気な内は世の中に居たい。年賀状を見ながら、これまで世話になった人達のことを想い、「頑張ろうね」とつぶやく。空き缶・空き瓶の山を見ながら、「来年もこうありたい」と思う。連日のアルコールで胃が弱っているかも知れないが、そこはまた胃薬を飲んで、「さあ、今夜も」と張り切っている。

 

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