元旦から集まる家族を迎える為に「一夜漬け」の準備に精を出す。が、一向にはかどらず部屋の準備は年越しに。外回りの清掃をやっていて、一つ一つの作業について「来年もできるかな」と考えている。門扉や裏戸の掃除。ホースで水をかけ、雑巾で拭きとる。年に一回のことだからいつの間にかカビがはえたり、錆がでたり。ゴシゴシやりながら、「老人だけでは年々辛くなるな」なんて考えている。「健康に(自分の家で)死ぬ」なんて、相当難しそうだ。でも、掃除が自分でできる今は有難い時だということ。しっかり、味わった。夕方には腰が痛かったり、足がつったり。何とも情けない姿。片づけをしながら紅白をみて、そのあと例年の初もうでに。何とか無事年越しができた。
慰安婦問題が一気に動いた。これで日韓両国が国内を納得させることが出来るかどうか分からないが兎に角、急転直下の動きだった。合意内容を聞いても、「こんな内容なら何故何年間も進展がなかったの?」と問いたくなるような内容だが、おそらく一項目ごとに、それどころか合意内容の一字一句ごとに綱引きがあったのだろうと思わせる。双方がここまで妥協したのなら、正に「未来志向の日韓関係」を築き上げて欲しい。これまでの歴史の中では、またまた韓国国内の異論が説得できずぶり返されることになる。今こそ、韓国も先進国の仲間に入ったことを示すためにも、大人の妥協を示して欲しいものだ。それはさておき、安倍政権の積極姿勢には目を見張る。善悪はともかく「己の信じる方向を目指した」決める政治を貫いている。ここは自民党内であれ、野党右派であれ、「是々非々」政党に目を光らせて貰って、間違った決める政治に振れて行かないよう見ていて欲しい。何年間も「決められない政治」の悪い所を見てきた我々としては、今の自民党に「周りに思いを巡らせながらの決める政治」を進めて欲しいと思う。日韓がこれでうまくいく様なら次は日中だが・・・まだまだ懸案事項が多すぎる。
クリスマスの次は年の瀬。リタイアリにも忘年会がある。今日はコンサル仲間の忘年会。もう5回目になる。毎年、色んなメンバーが集まってアルコールとイタリアンと学生ミュージシャンの演奏を楽しむ。彼らも客層に合わせて、懐かしい曲を入れてくれる。こんな世代を超えた交流も捨てがたい。大学1年の時から参加している女性ももう来年は就職だとか。月日の経つのをこんな会話にも感じる。この集まりの評判も悪くないようで現役の頃のいわゆる「異業種交流会」の「何とかして成功せねば」というギラギラしたところが無いことも参加者を喜ばせている。夫々が一時期精一杯働いた人の集まりだからこその人間の幅のなせる業かも知れない。学生さん達も喜んで、卒業後もこの会には演奏に来てくれるという。参加者の作り出す雰囲気が醸し出す心地よさなのかも知れない。みんな来年も参加できるかな、と心配せねばならないのだけれど。例年の楽しいパーティーが終わった。
夏に中学校の教室を借りて2つの公民館のパソコン教室をやり、11−12月は日曜に「生涯学習センター」のパソコンルームを使って市民大学のパソコン講座を担当している。先日、今年の講座が終了した。熟年の人達がIT時代に乗り遅れまいと熱心にマウスと格闘するのを手伝う。もともとは、全く乗り遅れた人にアイウエオを打つところからと思って始めたが、この2年は遂にパワーポイントの入門までやった。「年寄りや主婦にパワーポイント?」という人もいるが、皆さん楽しそうに遊んでいる。最終日には、趣味の紹介や、家族の記録など、アニメーション機能やサウンドまで使ってプレゼンを紹介してくれる。誰もが何か新しいことに挑戦する意欲があって、頼もしい。裏返すと、こんなに「ヤル気」や「チャレンジ精神」を持った人達が家で燻っているのは勿体ない、とも言える。現役時代に疲れ切った人達ばかりであっても、こうして楽しみとしての何か新しいことが見つかれば、おそらく健康寿命延長に寄与できるかも知れない、と当方としてはささやかな生きがいにさせて貰っている。さて、一体あと何年(認知症を逃れて)こんなことが続けられるだろうか。そちらが心配になる。
先週火曜から土曜まで、二つのコンサルの出張を合わせて貰って山口・香川を旅した。その隙間の時間を利用して山口では、レンタカーを借りて萩・津和野の寺巡り。勿体ないけれど、東光寺と永明寺のみを回って5時間で帰ってきた。途中、雪にまであって驚いた。香川では片道1時間のフェリーで小豆島へ。もう紅葉シーズンも終わってひっそり。でも冷えた空気のお蔭で兎に角景色が素晴らしかった。「小さい」「豆」の印象が強いからか小さい島だと予想していたら、何とも大きな島。寄り道しないでも車で一周2時間かかるそうだ。ひっそりとした島で輝く瀬戸内海と島々を眺めながら良い時間をもった。高齢者が40%を超えているとのことだが、最近都会からの若い家族の移住が増えているとか。気候の穏やかさ、自然のやさしさなどを考えれば、「食ってさえ行ければ」という自然派の若者なら心動かされるかも知れないなと思う様な魅力ある島だった。これだけで終わりたくないと思った。良い旅。
先日から日経の記事に驚く、「Dow社とDuPont社の合併」。別に一方の業績が悪化して、という訳ではない。収益性や、経営方針についての「物言う株主」の圧力とか。規模のメリットを革新性と同時に得ようとする。何とも、Global企業の経営は難しそうだ。売り上げは11兆円で世界第一の化学会社になる。双方、日本に子会社やJVを持つ。当方が鍛えられたのはそのまた子会社。これが又、変化しようとしている。欧米の会社の変化の度合いは信じられないほど速くてドラスチック。日本人の感覚ではついていけない。「日本のみが長期的視点に基づいて新しい革新ができる」などと言われるけれど、この欧米流合理主義に向かうと、勝てそうな気がしない。Globalな競争の中で、日本がどう生き延びるのか、一層問われることになる。日本のどの業種、どの企業が日本経済を引っ張っていくのか、結局そこに期待するしかない。合従連衡と言われるが、誰とどう協力し、いつ戦うのか、難しい世の中である。「あうんの呼吸」とか、「言わずもがな」などという世界には終わりが来るのかも知れない。信じられない、大型合併。
12月になると年賀状の前に、クリスマスカードを送る。リタイアしてからその年の出来事をまとめてAnnual Reportとして同封する。今でも付き合いがあるのは高々十数人だが、年に一度の英語の試験の様なものだ。使わないものだから英語力は益々落ちて行って、おそらく言いたいことを伝えるのが精一杯だとは思うが、こうして海外の友人とコンタクトしていると自ずと視野は広く保てるだろう。USに駐在したのはもう18年も前。それでもカードを書いているとあの時代をまざまざと思いだす。日本の年賀状も良いが、欧米のクリスマスカードも実に良い習慣に思える。例え、電話やメールが万能になっても、こうして書いたものを(印刷したものでも)送るのは良い。無くしたくない習慣である。今年の報告もようやく完成した。
現役時代の「企業経営」もキーは、「ヒト、モノ、カネ」のマネージメント、特にお金をどう稼ぎ、どこにそれを遣うか、が最大のポイントだった。今の政治も、要は予算をどこに配分するか、そこにかかっている。とは言いながら、無い袖は振れない訳で、消費税増税へと走る。欧米と比して日本の消費税はまだまだ低い。増税の余地はあるだろうし、それが今後も政治の要点となる。北欧辺りでは25%の消費税を国民は納得して払っている。それは、その使われ方への信頼度が高いからだろう。日本の納得度の低さは政治への信頼の低さそのものだろう。そして、軽減税率。食品にかかる税を減らそうというもの。直感で思うほど簡単にできるのなら文句は言わないが、おそらくその複雑さ故、多くの手間がかかる。その為に働く人たちが増え、却ってコストがかかることにもなりかねない。一律で分かり易くして於いて、でもその使われ方の方に厳しいチェックを入れる方が余程良いように思える。一人3万円のばらまきなどという発想は、いかにも一時的で人気取りにしか思えない。その政策の為に何人の公務員が働くのか・・・ぞっとする。この人(党)のいうことに任せたい、と思う様な政治(家)はなぜ出てこないのか、何とも淋しい現状である。
中国の大気汚染・PM2.5問題は、日に日に大問題になっていく。習主席がCOP21で大風呂敷を広げたのと大きく矛盾する。ただ9月末の中国旅行以来、当方の対中国感は大きく変わって、この問題が起こっても同じである。公害問題で言えば、我々が就職した1972年を思い出す。日本各地の公害問題、当方は名古屋だったが、朝の出勤がまるで雲の中に突入していく様な感じだった。公害防止管理者の国家試験も始まり、企業も「公害防止」を大きなミッションにするようになった。東京オリンピックから7〜8年目である。今、北京オリンピックから7年。北京はスモッグの中にある。経済成長が一気に進むと逃れられない必然なのだろう。おそらくこれから、色んな技術開発と同じように、公害対策も進めることになるだろう。もし中国人に「敬意を表して導入する」謙虚さがあれば、おそらく30年後には名実ともに世界の大国になっているだろう。何しろ、面積は広大、人口も多い、アジア人の賢さも備えている。戦後の日本の様な「一致団結して成長していく」努力さえあればもっと速いと思う。おそらくネックは、既に大きくなっている貧富の差、そして富める人達の個人主義。この問題が解決できないと、多くの人達が言う「信頼できない中国」が居座り続けるかも知れない。この北京のPM2.5スモッグは中国の将来を見定める試金石なのかも知れない。
先日、銀行員と証券マンと会うことがあった。当方の様なその日暮らしの老人が良い顧客である筈はないのだが、色んな財産を持っていると推測するらしく、時折声がかかる。確かに退職以来増えることはなく、食いつぶすだけの生活をしている訳で、ストック狙いの彼らにとってみれば、大事な顧客なのかも知れない。今回は今年末の税制変更の話で訪れたのだが、彼らが力を入れているのは「相続税対策」。なるほど、団塊世代の持てる人にとって、相続税対策は問題なのかも知れない。当方はそんなに気にするほどの蓄えがある訳でなく加えて、基本的な考え方として、「生まれてすぐの格差」に反対する気持ちを述べ、本来生まれた時は平等であるべきでは、と書生じみた考えを話したものだから、しっかりシラケた。でも当方の考え方については、後半は彼らも(理想論だと知りつつ)頷いていた。今や、子供だけでなく孫にも遺産を残させようという政策。どうも頷けない。自分の世代で一杯稼いだ人は、死ぬ前までに使い切るべきではないのか、いつもそう思う。でもこれまでの資本主義国の歴史をみると、(社会主義ではもっと、かも)やはりどこで誰の子供で生まれるかで人生が大きく異なるようだ。相続税の話になるといつもそう思う。「じゃ、息子さん達には何も残さないの?」と聞かれると、「ピッタリ残りゼロと言うのは不可能なのだから何とか葬式代だけは、と思っているのですが」と答えるのだが。何とも憂鬱な話題の一つ。
ゆっくり見られることもあって、NHKスペシャルが時々楽しい。今、進行中の「新・映像の世紀」はフィルムに残された記録だけに迫力がある。第2回では、1929年の大恐慌とそれが導火線となった第二次世界大戦への流れを描いた。今我々は、「何故、戦争などという愚かなことをやったのか」と平然と言うけれど、そうせざるを得なかった現実は間違いなくあった。ギリギリの選択の時に誰が世の中を動かし、民は何を信じたか、そこまで振り返っておかねばならない。2009年のリーマンショックも多くの問題を残した。今、ISが突出している中東のトラブルが手の付けられない状況になっているけれど、それはリーマンに遡るのかも知れない。日本では、また株価が2万円に到達した。この流れをみているといつまた何かの理由で「大恐慌」が襲ってくるかも知れないと思う。これだけグローバル化が進んだ時、次回はどこへどんな形で飛び火していくのだろうか。リタイアリ達が揃って一文無しになるような日が来たら・・恐ろしい想像である。
現役の頃は飛行機に乗る時、「ビジネスクラス」に乗れるかどうかが言わば立場の重要性のバロメーターの様に言われ、初めてビジネスクラスで出張した時などその快適さに驚いた。経過とともにそれが当然のようになり後半は兎に角飛行機内でゆっくりするよう心掛けた。当然、リタイアと共にそんな世界は関係なく、今やいかに安価に出張するかに心している。高松に安価なチケットで毎月出張しているが、それでもいつの間にかマイルが溜まってくる。昨年は、そのマイルでワインを貰って楽しんだ。今年、JALの場合、それがクラスJシートへのアップグレード権利に交換できると知り、今回初めて使用してみた。ANAと違いJALのクラスJは「ほんのチョッピリ」広い座席で、いかほどのものでもない。でも、何と言っても、席が前方にあるため到着後に速く出られる。今回そのおかげで、帰りのバスにギリギリ間に合った。思わぬ拾いもの。現金でのアップグレードも1000円とのことで、迷うほどのことでもないが金を払ってまでの価値はない。ただ、こうしてマイルを使ってのささやかな贅沢も珠には悪くない。国内便のクラスJで久しぶりのビジネスマンの小贅沢気分を味わった。今の「出張の価値」もその程度の「ささやかなやり甲斐」位のものだろうと、妙な所で納得した。懐かしさも感じたアップグレードだった。
ITアプリの世界の革新は猛烈なスピードで進む。面白いのはこの世界は「革新のための初期投資」が不要か、小さい。したがってアイデアと能力があれば、誰でも参入し成功もできる。ただ、常に次の良いものが出てくるので寿命もそんなに長くない。タブレット(スマホも)の入力法も多くのアプリが開発され、しのぎを削っている。初期の頃、手書き入力が良さそうと試したが、判別能力がまるでだめですぐにローマ字入力に戻った。今日、久しぶりにトライ。mazec3を使ってみると、相当いい加減に書いてもちゃんと判別、漢字が不明な時でも変換候補が現れる。アプリ代は(まだトライ中で払ってさえいないが)980円。こうやって進歩していくのだと驚嘆。そういえば、この間電車の中でスマホに向かってしゃべっていた人達がいた。音声入力を試していたようだったが、いずれこれも話した文章を全て文字に変換できるようになるのだろう。ドラエモンもびっくりの世界が次々と現れてくる。しかも、昔の様に大きな企業ではなく、個人や小さな企業のヒラメキから。もう一回若者に帰れたらどんな世界で仕事をしたいだろう。時々そう思う。
パリ市内の同時テロ以来、フランスを初めとしてどこの国も戦争モード。仏・米・英・露とISIS殲滅に向けて空からの攻撃が激しさを増している。これだけ攻撃されても静かなのは薄気味悪い。そんな中、今日はロシアの攻撃機をトルコが撃墜した。大きな目でみれば仲間同志に見えるが、なかなか単なる「誤射」と言う訳ではなさそうだ。こんなもめ事もISISの期待している所なのかもしれない。普通の感覚では理解できないISISだから、力で押さえつけるしかないのかも知れないけれど、「ゲリラは普通の民」であるだけに容易に殲滅とはいかないようだ。時々、第二次世界大戦終盤の日本を思う。世界の誰もが理解でない国だったのだろう。そして原子爆弾が使われた。シリアは、ISISは、そんな終わり方にはなって欲しくない。今、どうすれば良いのか。
今夜も、開票率0%で大阪府知事、市長選挙の結果が速報された。そりゃインタビュアーを沢山繰り出して、信頼できる統計手法を使っての結果だとは思うけれど、この速報は納得できない。これでは益々投票率は下がる一方だろう。さて、大阪の政治。各政党の戦略の間違いが露呈した。もし、自民公明だけで一人を推していたら、おそらく市長は間違いなく勝っていただろうし、府知事も良い勝負だったはずだ。それが、大阪維新孤立のために、自民・民主・社民、果ては共産まで反維新に回った。これが最大の大阪維新の勝因だろう。反維新という点だけで合意した勝者にどんな政治が可能だろうか。誰でも疑問に思うはずだ。さて、勝者側の今後も心配である。誰と協力してどんな政治を進めるのか、まだまだ混乱は続きそう。でも、この選挙は既存政党に「野合」の愚かさを教えた。「譲れない一線」というのは守らねばならない。有権者を馬鹿にし過ぎるとこうなる。
今後の大きな社会問題になることが分かっているからだろう、最近認知症の問題を多くのメディアが積極的に取り上げている。この問題は、なる可能性のある当方としては、如何とも扱いにくい。他の病気なら、ガンであれ、循環器系であれ、何が起こってどう動いていくのか、当方が患者なら、何を気を付けて心しなければならないか、何となく分かっている。ただ、認知症の場合、そう考える機能が下がっていって、意外と本人は悩まないかも知れない所が恐ろしい。いやいやそんなことはない、認知症も徐々に進んでいくので、自覚症状もあるらしいですよ、という人もいるけれど。兎に角、他の病気とは勝手が違いそうだ。何とかこの病気にはなりたくないと、新聞や本を読み、暇があればSUDOKUを解き、夜にはこのホームページの原稿を考える。いくら本人は自覚症状は少なく苦しまないとは言っても、何とか逃れたい病だ。おそらく昔は、認知症になる前に体が他の病に侵されていたのだろう。こうすればベストという正解はないのだから、当事者としては扱いにくい問題だが、社会問題として考えれば、これから日本が直面する(一応平和だけれど)難題である。
オランド大統領は緊急事態を宣言し、「フランスは戦時下にある」と言ったらしい。今回のテロ事件は正に同時多発で、市民を対象にしていていかにも「戦争」である。島国日本も他人事とは言っていられなくなってきた。日本でも何が起こってもおかしくない。世界の中の日本は実に「良い所どり」をしてきた。でもそろそろ限界かも知れない。アジアの端っこの小国が敗戦後の70年、目立たぬように良い目をしてきたけれど、そろそろ世界の問題に責任を負わなくてはならない時代に入ったと言える。おそらくISも世界を相手にしようとすれば、「所かまわず」になるだろう。日本は格好のターゲットだ。そんな中の難民問題。これまた東アジアの島国で知らん顔をしてきたが、世界平和への貢献を謳うからには何かをせねばならないだろう。テロ事件を機に多くの国が難民拒否の動きを見せ始めている。日本はどうすべきか。こんな状況下で、わずかな難民申請しか認めないなんて言っていて良いのだろうか。「良い所どり日本」の限界のように思える。
眼科に行ってきた。今夏行った時に、白内障も出てきたと言われ、その後、ディスプレーと読書用に専用眼鏡を造ったが、「左目は0.3が限界です。次回の運転免許証時は大変かも」と言われて気になっていた。その後もどんどん視力が落ちてきたように感じたものだから、場合によっては白内障手術も急いだ方が良いかなと思って。このご時世、平日の午前中の眼科も一杯。2時間も待った。でも、結論は「歳相応です。白内障手術も、自分で希望ならどうぞ。」という感じ。視力も、眼鏡を造った時の0.3が今日は0.4-0.6。いかにも揺れている。こんな状態で手術はないなと、断った。「歳相応」に敢えて挑戦する気はない。時間に従順であるべきという信念は保てた。そうは言っても、体の健康は問題ないが、いずれ眼が見えなくなりますよ、と宣告されたら、やはり手術すべきだろう。これから、どこか調子が悪くなるたびにこの種のテーマで悩むのだな、と思った。健康に歳を取るのも容易ではない。
いつの間にか、例年、太平洋御殿場コースで開催される三井住友VISAマスターズゴルフを観戦に行くようになった。この季節は山梨・北神奈川辺りは紅葉の最後の時期、年によっては美しい紅葉と富士山の写真が撮れる。今年も出かけたが天候は最悪、今日のゴルフは駐車場まで行って、結局入場も止めて、代わりに御殿場の日帰り温泉に入って帰ってきた。帰ってTVを見れば、選手たちは雨の中をスコアを伸ばしている。これぞプロと思わせる。さて、問題は前売り入場券、折角買っていたのに使わず仕舞い。帰宅してから、あちこちに電話をするが、明日の今日だから皆さん予定があって行けないという。4人に当たったけれど結局無駄になりそう。アー勿体ないと言いながら、当方も明日から市のPC教室がスタートする。これは無念。夜の録画番組を見ていたら、あの雨の中でも多くの観客が応援していた。当方などゴルフ観戦ファンとは言えないのだな、と思い知った。
滋賀に居る次男の娘が、もう七歳の七五三参り。勝手幹事の合間を縫って行ってきた。この間、誕生や宮参り、そして三歳の七五三を祝ったと思うのに、もうランドセルを背負って小学校に通っている。いやはや、時が経つのが速過ぎる。振り返ってみれば、自分の成長も、子供たちの成長も、そして孫達も、同じように過ぎて行っている。違うのは明日が分からないこと。神社で祝詞を聞きながら、次は誰の順番で、どこでなんて勘定しているが、果たしていつまでこうして孫達、子供たちの成長を祝ってやれるのだろうか。次第に淋しい思いに変わっていく。でもこれが本当に「時が移り行く」と言うことなのだろう。前の世代の生きたエネルギーを次の世代が引き継いでいくのなら、これは致し方なく素敵なことだと思わねばならない。葬儀の時に思った先祖代々の知恵と同じことを、七五三の神社でも思った。「すくすくと大きくなれよ」と祈りながら。
連続して、2つの勝手幹事を勤めた。頼まれたわけでもなく、ルールがあったわけでもなく、ただ当方自身が、「こんな集まりは良いな」と思って、幹事を買って出ている。勿論、誰か代わってくれる人が現れればずっと継続できるかなと期待もしている。先週の金曜は、現役時代の会社の役員経験者の同窓会。昔は、会社のアレンジでしっかり続けていたが、ちょっと景気が悪くなったのを機に中止になり、その時点で勝手幹事に手を挙げた。どんな組織であれ、企業であれ、その歴史に価値を見出せないようでは現役組は失格だろう。「どんどん革新していくこと」の必要性とは全く矛盾しない。もう一つは、昨日の日曜。今回初めて、昔ミシガンに駐在したメンバーのこれまた同窓会。一度、再会したいと思っていて、あっという間に15年。久しぶりに、奥様も含め一同に会し、無条件で懐かしく楽しかった。「勝手幹事」の楽なのは、何の制約もないこと、文句を言われたら止めればいいだけ。支えは、「賛同者」。これがいないと、単に独り善がりの裸の王様になってしまう。幸いにも、二つともサポーターに恵まれて「やって良かった」。これも歳をとっていく楽しみの一つなのかも知れない。「勝手幹事」も悪くない。
現役時代の友人が亡くなった。大学の後輩でもあった。がんとの闘病生活を続け、最近は元気で働いているという情報ばかり聞いていたのに。5歳も若い人が逝くとショックが大きい。葬儀に出ると多くの現役世代の顔が見える。このいかにも日本的な送り方は良いな、と思うとともに、その姿が年々変貌していくのも見える。まず家族・親戚がどんどん減っていく。歳をとれば参列者も減っていく。自ずと自分の時を思ってしまう。宗教心も強くない当方などは、葬儀は自分のためにするものではなく、残された人の為にするものと思っている。生前にお世話になった人に感謝し、今後の親交を依頼する。そこさえ分かっていれば、どんな宗教でも、どんな形でも残った家族が決めれば良い。例え数千人参列しようが、家族だけで送ってくれようが、逝く方はもういないのだから。孫たちの成長を見て年齢を感じることが多いが、こうして葬儀に参列していると同じように自らのこれからを思う。長い歴史の中で見れば、ほんの一瞬、それが我々の生きる人生であることを思う。最後の御見送りで呟いたのは、「ご苦労様。また向こうでね。」だった。合掌。
昨日までも、明日からも好天で、最高気温は20℃にもなるというのに、今日は朝から冷たい雨。現役時代の同期のゴルフミニコンペ。何しろ、埼玉から来る人もいて、取り敢えず地元組3人も相乗りで、ゴルフ場へ。流石に、紳士ばかり、ちゃんと集まっている。こういう時の決断は難しい。当方など、心の中では「こんな雨の中、やりたくないな。でも、遠い所から来ている人達の意志を尊重しよう。」と、いざとなればやるつもり。でも、そういうメンバーから先に「止めよう」の声が起こり、中止に。さすがに、皆さん、伊達に歳を取っていない、または伊達に自分の健康を過信してはいない。バッチリ、合意してサヨナラ。幸い(?)ずっと雨が降り、気温も低く、やらなくて良かった。「ゴルフは全天候型スポーツです。」という人もいるけれど、やはり楽しくやりたい。スポーツとしてみればその心構えがだめなんだろうな、なんて思いながら。イヤー、でも冷たい雨だった。
昨日、四国出張から帰ってきた。今日はもう11月。今年の8−10月はリタイアリであることを忘れるほどの多忙さだった。勿論、内容はストレスフリーで体に悪い様な忙しさでは無かったが。最大の予定外は研究所の調査アルバイト。これで夏が過ぎた。10月に入ってからも新たな「査読」アルバイト。内容はそれほどでも無く、他のメンバーが大変な努力をして書いたレポートを「普通の技術系の人間の眼」で読んで、修正を依頼したり、テニヲハを直したり。これは納期の問題さえ除けば意外に楽しかった。これもようやく10月末で終わった。その間に、公民館のパソコン教室があり、プライベートの中国旅行、そして帰った途端の九州旅行。そして先月末にはいつもの高松出張。スケジュール的にはよく詰まった。リタイアリに最も悪いのは、教養(今日の用事)と教育(今日、行く場所)が無いことらしいが、そういう意味では、公私を含め、予定表が詰まるのは良いことなのだろう。確かに、2,3年後を考えると、教養も教育もどんどん減って、さて何をしようかと考える毎日か、それどころかそもそも健康寿命が尽きているかも知れない。そう考えれば、有難い夏から秋だった。11月も初めは孫娘の七五三や二つの「勝手幹事(自分で幹事を名乗ってパーティーをやる)」があって忙しそうだが、後半は遊びを探さねばならないかも知れない。周りの人から見れば、益々の「悠々自適」。実に有難いが、これこそ健康との勝負。もう下山ルートを歩いていることを忘れてはならない。11月になった。今月、68歳となる。
本当かどうか分からないけれど、穏健オバマが習近平に対し怒ったとか。当方は、今回の事件も含めある種の「政治ショー」だとは思っているが、そうは言っても南シナ海の中国の「島作成」と「赤い舌」の作戦は、日本も黙っては見ていられないだろう。これがあったからの安保法制?というのはやや穿っているかも知れないが、新たな政治バランスに向けて東アジアが揺らいでいるのは間違いない。今の所、プレイヤーの中に、日中戦争前の日本の様に「このまま行ったら国が持たない」というレベルの切迫感がないからこそ、安穏と見ていられるけれど、これがもし、中国が封鎖するかも、と言った事態ならどうなるだろうか。返す返すも、米国と言う国の「世界のリーダー」たる存在感に頭が下がる。それを見て「それでは日本はどうあるべきか」を考えるべきだろう。どんどん近づく東アジア危機に日本はどう立ち向かうべきなのか、経済の問題抜きで解決はできない。いやはや資源を持たない国はどう生きて行くのか、まだ国の姿が見えない。
安倍総理の「決める政治」路線は、全体として何とか旨くいっているように見えて、強行採決の後でも支持率は大きくは下がらなかった。ただ、今回の臨時国会を開催しないのはどう考えても頂けない。内閣を改造して所信も表明せず、TPPを合意したにしてはその内容を議論もせず、とにかく「任せてくれ」路線を突き進む。外遊が忙しいとは言うけれど、それなら内閣改造を急ぐ必要も無かったわけで、今の状態は「開催したくない」としか思えない。新任大臣たちもマスコミ相手にオロオロしているようだし、TPPのあら捜しも始まっている。加えて大企業の不祥事も連発だ。今こそじっくり腰を落ち着けて国内を治めないと世界の中の日本も収まらない。動き回るトップが魅力的なのは、内が落ち着いていてこそ、内の落ち着かないのを外に目を向かせることでごまかそうとすると、間違いなくしっぺ返しを食らう。国内政治のみならず、企業経営を含め色んな場所で言われてきた。それを思い出す謙虚さが欲しい。
現役時代は、「仕事のゴルフ」があって下手で恥をかいた。リタイアしたら「遊びのゴルフ」、これは楽しい。でも皆さんやる気が強すぎて相変わらず下手で苦戦する。でも、自然の中で季節を感じながらプレーするのはやはり楽しい。スコアは二の次になって、相変わらず練習は殆どしない。でもゴルフ仲間は多く、今、仲間に入れて貰っているコンペだけでも6つはある。夫々が年に1〜2回開催するので、最低年10回はコンペを楽しんでいる。昨日はコンサル仲間の定例ゴルフがあった。順調にスタートしたつもりだったが、(やはり)途中で崩れ、バンカーを4度叩きし、最後は3パットもあって、ミドルで11も叩いた。ところが表彰式でビックリ仰天、ハンディキャップが一杯ついて優勝してしまった。嬉しい様な、恥ずかしい様な、でも美味しい酒を飲んだ。こんなこともあるからゴルフも止められない。誘ってもらえるコンペがあるということは幸せである。まだ他にもやることがあって、「ゴルフ命」の心境にはならないが、でも健康のバロメーターとして「ゴルフがプレーできる」というのは残したい。お酒を楽しめる、と同じ位重要だ。昨日はゴルフをして優勝してお酒を楽しんで、格別の一日だった。まだ「生きている」と言える。
長い長い時間をかけて、TPPについて一応の合意を得た。今日は、日本政府がいかに交渉が有利に終えられたかと、言わなくても良い成果を強調している。一体、TPPとは何を目指し、どこに落としどころを見つける交渉なのか、それを知らしめるための努力が足らなさすぎる。例えば、今日の政府発表のニュースを見れば、交渉国はどう思うか、「なぜ日本にだけそんな有利な立場を与えるのか」と言うだろう。このような交渉は基本的にはGive and Takeであって、ある国だけが有利に収まったら、全体としては失敗のはず。こんな段階で「日本の初期の主張が通った」などと喧伝すべきではない。今こそ、これを機会に農林水産を初めとする第一次産業の構造改革に取り組むべき時だ。世界と戦う気持ちの人達を応援し、ばらまき銭を貰いながら、兼業を続ける人たちに考えを変えてもらわねばならない。ばらまき政策で、おそらく日本の農林業は世界での競争力を約50年分遅れさせた様に思う。さて、TPPの下、これからの第一次産業はどうなるか、眼は離せない。
中学生の頃、恩師の机の上にあった「特攻隊」の本を読んで涙した。その頃から、かみかぜ特攻隊に関する関心は強かった。一度、知覧に行きたいと思っていたが先日その機会に恵まれた。小説、エッセー、テレビ、映画など、多くの記録にであったが、何故こんな作戦を取るに至ったか、については多くは語られない。どんな形であれ兵隊の命も戦う武器の一つと考えればこんな案もでてくるのだろうか。今の我々の常識では考えられない非人間的な戦い方だったのだが、その中で死んでいった多くの若者の記録が展示されている。ここを訪れ、残された手紙に涙し、反戦を誓うのはたやすい。重要なのはもう一歩踏み込んで、人間にとって平和とは何で、生きて死ぬことの意味は何かということを考えるべきなのだろう。この特攻隊で死んでいった若者たちを単なる犬死や無駄死と呼んだらそれは冒涜することの様に思える。一人の人間の生き方として理解し尊敬すべきなのではないか。そう思った。とはいえ、いくら勝つための戦略とはいえ、こんな戦術を考える人間にはなりたくない。どうしても、戦争やリーダーを攻める気持ちになる。甘いのかも知れないなと思いつつ、それが自分の限界だろうと納得する。遠い昔のことの様に思えるが、今でも「自爆テロ」で死んでいく若者は多い。今、現在の問題でもあるのだ。
何度も書くが、我々が健康に生きて行くために必要なものに、「張り合い」(生きがい、生きる「よすが」)といえるものが必要である。どんな些細なことでも、自分自身が「生きている」と感じられる対象があれば良い。先日、四国八十八ヶ所巡りが終わったと書いたら、「そんな目標を達成したら、気を付けないとガックリきて死にますよ」なんて、言ってくれる人がいた。こんなことが理由でポックリ死ねるならこんな安易なことはないが、当方として「いえいえ、まだまだやることが一杯あって」、寺巡りでも、そもそものスタートの「百寺巡礼」が残っている。こちらは、全国に広がっているものだから、生きている間に回れるかどうかも覚束ない。でも早速先日から九州の寺を巡っている、まだまだ先は長そう。こんな趣味も正に自己満足の世界だが、大きな「張り合い」である。これからも、このホームページの継続も含め、色んな張り合いを見つけ、それを糧に張り切った生活を続けて行きたい。こんなセリフも健康ならではのセリフ。やはり、健康と張り合いか。生きるだけ、健康を保つことだけを張り合いにはしたくない。人間って、矢張り欲張りだ。
いつまでも中国旅行を振り返っていても始まらない。取り敢えず写真集をまとめた(アルバム)。この作業をやりながら思ったが、「もっと予習していけば良かった」。何しろ、中国の地名は文字にすると推測できるが、英会話になると全く通じない。重慶と書けばすぐ判るが、Chonquingなどと言われてもどこのことか分からない。Great Wallさえ万里の長城とは訳せない。この予習位はしておくべきだった。加えて歴史。当方は「三国志」を良く知らない。せめて話題のゲームだけでもやっていれば面白かっただろうなと思うことがあった。勿論、三峡ダムの件も、もう少し知ってから行けば良かった。ただネット情報などで予習をし過ぎたら(怖くて)行けなかったかも知れない。と、色んなことを思いながら振り返った。ただ、結論的に言えるのは、もう中国にとって日本は「恐るべき対象」では無いということ。貪欲に、吸収していけば「恐るべき大国」になる。余りに広大で、余りに人口も多いので、細部に亘って「近代化」が行き渡るには時間はかかろう。ただ間違いなく大国としての存在感は高まってくる。あとは、QUALITYの問題と、COMMUNISM、そして富める人達の個人主義の問題。そんな苦労をしながら、でも発展して行くのだろう。中国を見る目が変わった旅行だった。
北京から重慶に飛んで、重慶観光を少しして、夕方クルーズ船にチェックインした。一昨年の東地中海のクルーズに比べると、船は1万トン、乗客は400人。約1/10の規模。それでもマルチナショナルで、半分以上は中国人だが2〜3割は白人や、その他のアジア人がいた。後で判ったことだが日本人は我々二人だけ。でもあまり気にはならなかった。却って自由な雰囲気が楽しめたとも言える。あちこち寄りながら三峡クルーズを楽しんだ。三峡ダムが完成したのは2009年、ついこの間の事。世界最大の水力発電ダムである。多くの歴史的建造物や町が沈んだが、その移動についても、いわば強権発動であったようだ。「中国でなければできない」大事業だ。残された文化遺産を巡り、ダム・発電所も訪れた。技術発展と文化保存の矛盾を目の当たりにした。今年事故のあったクルーズ船は上海側から宣昌に登るルートだった。それもあまり気にすることなく宣昌に着いた。2度目のクルーズだが、荷物を持ち歩くことなく観光できるのは楽だ。デッキでボーっと川の流れを見ているのも悪くない。今、数えきれないほどの写真を前に、さてどうしてまとめようか悩んでいる。多くの人に「大丈夫?」と言われた中国旅行だったが後味は悪くない。もう2度と無いだろうけれど、行って良かった。
まだ、中国旅行のまとめも終わっていないというのに、コンサル仲間の「球磨焼酎を守る会」にかこつけて、九州縦断旅行をしてきた。博多に飛んで、百寺巡礼をしながら熊本に一泊。その後、人吉・球磨に回って焼酎を楽しみ、翌日は「人吉おくんち祭り」を見て、鹿児島へ、今日は知覧の特攻平和公園を訪ねて帰ってきた。これまた、内容豊富。ゆっくりまとめたい。唯一言えるのは、今我々は本当に良い時代に良い場所で生きているということ。でも、50年単位で見れば、次の50年は凄く心配。それは、多分我々の責任かも知れない。決して、特攻時代に戻れと言う訳ではないが、特攻隊員が最後に残したメッセージのかなりのものは「母さん」、「母よ」など、母や、家族に語り掛ける物だとか。今、欠けつつあるのは、家族意識か。これまた、色んなことを思った旅だった。
昨日の医学生理学賞の大村教授はやや驚きをもって迎えられたが、今日の物理学賞の梶田教授は日本としては今年の大本命。昨日は人類への貢献が称えられ、今日は基本的研究の価値が評価される。ニュートリノの研究は日本のバブル時代があってこその産物と言えるかもしれない。スーパーカミオカンデを発案し、完成させた人の貢献は大きい。何れにしろ、色んな分野でここ数年ノーベル賞受賞が続く。バブル時代の名残と言えるかも知れない。今年の夏多くの先生が言っておられた、「最近の研究は特に予算が当たらないとついていけない」らしい。そうであれば、研究成果にはその国の豊かさが反映されるのだろう。昨日の医学賞に初めて(海外で研究していない)中国人の学者が選ばれ、騒がれている。おそらくこれから徐々に、中国人のノーベル賞受賞者が増えていくだろう。一時期から日本人が増えてきたように。さて、問題は今後10年、20年経ってどうなるか。正に時代の変化を象徴する。まずは喜ばしいことだけれど。
北京に着いた。昔一度乗り継ぎはしたが、本当に歩くのは初めて。すぐに故宮に。故宮と聞くと台北の故宮博物館しか思い浮かばない当方としては、それが「紫禁城(Forbidden City)
」だとは着いて初めて分かった。いやいやその大きさにビックリ。やはり中国の歴史は凄い。夜はホテルに一泊、翌日はまず天安門へ、その後、頤和園(Summer Palace)へ。北京、基本コースを歩いた。その歴史の中でも、清国の偉大さを感じる。Last Emperor・溥儀位の知識しかない当方としては、もっと予習が必要だった。逆に、(海のお蔭か)よくぞ日本国が侵略されずに済んだものだと驚く。終戦後の急発展さえなければ、中国にとって日本など「気にする必要もない」国だったに違いない。その後万里の長城(Great Wall)下まで行き、一泊。翌日は慕田峪長城へ。好天に恵まれて、写真で見たことのある万里の長城を、この足で歩いた。ここにはもう二度とは来れないだろうな、と思いながら。この国の歴史と、その力をまざまざと感じつつ。美しいし、でも、こんなものを紀元前から造っていたなんて、信じられない。明の時代に造りなおしたとは言え圧倒される。そして快い疲労感を感じるまで歩いた。山登りを思い出したり、遥か先を見渡したり。聞いていたほどの混雑では無かったが、でも観光客も多かった。でも、日本人には一人も会わなかった。これには本当に驚いた。夜は、米国人の経営するホテルグループのバーベキュー。満月。本当にこれが中国かと思いながら。
まず新幹線でスタートした。蘇州北駅から北京南駅まで5時間の旅、一等車だったので余計だろうがホームでも皆並んで待つ。座席も綺麗、時々ごみ集めに来る女性もいる。時速表示はずっと300km前後を示し、速い。騒音も振動もそれほど高い訳でなく、取り敢えず日本の新幹線に見劣りしない。おそらく差が出るとすればリスク対策だろうが、これは歴史と環境が作る。日本の新幹線の歴史も関ヶ原の雪で相当鍛えられた。インドネシアで求められるものは何か、今回の彼の地での争奪戦で中国が(安値で)選ばれたとしても一概には責められない。現実に中国で利用してみてそう思う。品質や安全性と言った付加価値を付与して高値を保つ手法でどこまで日本の強みを保てるか、今回の旅でつくづく思った。何しろ人的資源はまだまだ豊富な中国、国民一人の単価(こんな評価があるのか知らないが)はすこぶる安い。この値が日本と同じになる頃にはおそらく品質も作り出す価値も今の日本以上になっているだろう。しかもそれを目指した変化のスピードが思った以上に早い。停車する駅舎もいずれも新しく綺麗。いやはや驚く。「そんな投資が出来るのなら何故底辺を上げようとしないのか?」、おそらくそれが最も大きなジレンマだろうが、日本が明治維新や、大戦後歩んだ歴史を思うと、仕方がないとも思える。ずっと考えたのは、では今日本は何に集中すべきなのか。彼らには今、金があり、それを未来のためにも使っている。多くの留学生たちもキーマンとして帰国している。一方、今回の旅で出会った若いガイドさん達は、一度も国を出たこともない地方出身の若い女性達、その地方で勉強したとかでペラペラの英語を操る。いよいよ個人の意欲の差で戦うことになる。大丈夫か?日本。
久々の10日間に亘る長旅。大きなトラブルもなく帰ってきた。前半は中国駐在中の米国人夫妻の案内で北京へ。月曜からは我々だけで重慶へ飛び、3泊4日の三峡リバークルーズ。再び彼の家に泊まって上海から帰ってきた。ネタは一杯で徐々に記録しようと思うがまずは総論から。何と今回10日間中国に居て、一組の日本からのツアー客にも、一人の日本人も見かけなかった。社会情勢から来るのか何か分からないが、まさかと思った。これではいくら中国人旅行客が大量に押し寄せて「瀑買い」をしてくれると言っても、良い関係が続いているなんて言えない。当方にとっては何と7年ぶりの中国で、初めての観光旅行。上海、蘇州、北京、重慶、宣昌と回ったが、その近代化ぶりにただただ驚いた。高速道路は勿論広くて道路網は張り巡らされて来ているし、新幹線に乗れば時速300kmのスピードで上海−北京間を5時間で突っ走る。客席も非常にきれいでマナーもどんどん良くなっている。観光地の印象も様変わり、田舎を除いて、都市圏には多くの年寄りの掃除人が採用されていて、ディズニーランドの清掃担当と同じように、出たゴミをすぐ集める。そのお蔭で、ポイ捨ても、痰唾吐きもどんどん減っていっている。当方が持っている中国のイメージが大きく変わった。この20年の変貌ぶりには目を見張る。中国人の顔も態度も明るい。国慶節前の天安門広場では、多くの人達が笑顔で歩いていた。「中国の変貌」がまず第一印象。テレビをみていても新聞記事でも、日本の話など全く出てこない。習−オバマ会談は勿論、ロシアのイラクへの関与など、世界規模の話題はしっかり報じている。勿論、田舎に行くほどまだまだ貧しさの残る国だが、何しろ面積が大きく人口も多いので、やるとなった時のスピードは相当に速い。13億の民を、共産主義と言う「手法」を使って、何とか変貌させようとしているのが見て取れる。このまま行けばどうなるのか、少なくとも「日本はなくてはならない隣人」ではないのかも知れない。そう、強く思うとともに孫たちの時代の日本を想像して強い危機感を抱いた。これから、順に色んな思いを紹介していきたい。
何かと慌ただしい夏だった。シルバーウイークも終わって、ホッと一息。でも、明日から2年ぶりの海外旅行、中国へ。この春成田で会った中国在住の米国人の友人が、何とか自分がいる間に中国に来いと誘ってくれて、案内してもらうことになった。まず彼のいる上海に飛んで、その後一緒に北京へ。お薦めの万里の長城を楽しむ予定。当方も初めてなので楽しみ。その後、いったん分かれて、こちらは三峡クルーズを予定、終わったらまた上海で会う。全てが久しぶりの英語モードでやや心配がある。周りの人達は、「何故、今、中国?」と尋ねる。そうは言っても、今の東京を、日本を見てごらんなさい、どこも中国人で一杯。政治で少々もめごとがあっても、今の日中経済関係は崩しようがない、と思いたい。でも、念のため初めて海外旅行保険に入った。決して疑っている訳ではないけれど。現役時代、何度も仕事で訪れた中国だが、観光のみの旅行は初めて。のんびり、ゆっくり楽しみたいが、果たして久しぶりの英語の世界に頭が耐えられるかどうか。刺激も楽しみたい。と言う訳で、このブログも次回は10月4日頃か。
家族が集まる準備で、大急ぎで家の中の整理、沢山のゴミが出た。昨日はリサイクルごみの収集の日。前夜、遅くまで家族で飲んでいたために予定の時間に起きれなかった。2度目に目覚めたのは9時半、ごみ収集は9時。それでももしかしたらと、両手いっぱいに、空きビン、空き缶、PETボトルなど山の様に抱えて飛び出した。そこへリサイクルごみ収集車2台がバッタリ。やはり遅れたかとガックリしたが、何と2台が目の前に停まってくれて、夫々二人、計4人の人達が飛び出してきて、「ハイハイ良いですよ」とばかりに、当方の持っていた袋をとって、どんどん処理してくれる、雨水が溜まった(としか思えない)PETボトルから水抜きまでしてくれて・・当方唖然として、ただただ感謝。4人ともニコニコ笑いながら処理してくれる。これには心から感動、感謝。当方は只管「スミマセン、スミマセン、アリガトウゴザイマス・・・」ばかり。こんな、特別扱いをして貰って良いのかと疑った。何と嬉しい、気持ちの良い数分か。有難いというか、信じられないというか・・こんなサービスがあるなんて。とにかく、4人の人達の顔が良い、笑顔で何の疑問もなくあっという間に処理してくれて。過ぎ行く2台のトラックにずっと頭を下げていた。しかも、これが嬉しい。何とも幸せな一瞬だった。。
いつのまにか定着してきた「シルバーウイーク」という名の秋の連休。今年は入った途端に好天に恵まれ、あちこちで大渋滞が起こるほど人出も多い様だ。滋賀に居る次男家族が帰ってきて、長男や3男家族も集合して久しぶりに我々夫婦を頂点とする家族11人が集まった。夫々が健康に生きていることを確認するだけで嬉しい。4人の孫たちの成長を見ると、自分たちが歳を取っていくことも「自然の流れ」として受け入れられる。いつまでこんな時間が続けられるのかと考えると淋しい思いも募るが、その覚悟を付けるための時間と言えなくもない。全国で、一体何家族がこんな時間を味わっているか、そう考えるだけで、自分たちの今の幸せに感謝する。
安保法制の山場とか、国会も国会周辺も喧しい。当方は、この種の法律は絶対必要だし政治の方向性も間違ってはいないと思う。ただ唯一、先に憲法を変える必要があると思うだけだ。こんな解釈変更による「立憲主義」はもう通用しなくなっている。ヨーロッパに目を転じれば、各国がシリア内戦やIS問題を、難民問題を通して自国の問題として捕え、悩んでいる。四方海に囲まれた日本は、難民問題もまだまだ遠い。もし海岸に何十万と言う難民が流れ着いた時、今の日本人はどんな態度を取るだろうか。頭では「当然救済」と思っても、もし難民たちに今の自分たちの平和な生活を乱されると感じたとたん、今の欧州各国より冷たくなるのではないだろうか。どこまで「世界人」であれるかはともかく、時には「日本人」を離れて、「世界人」を自覚する癖をつけておかないと、将来、痛い目に会いそうに思う。戦後、企業人は資源を持たない日本がいかに生きるべきか追及し、とにかく世界観を持つことを求められてきた。世界を見なければ生きられない国だったから。さて、一足遅れた政治の世界、どの問題を取っても「日本一国」だけで解決できない。まず、自分が属する事業分野、企業などを振り返ってみて、その母体が生き抜くための「世界観」を個人の生活の中に於いても取り入れて、政治を考える必要がある。今の政治家、特に野党の政治家に最も欠けているのは「世界観」ではないだろうか。そうなった責任は、当然、投票者である我々国民にあるのだけれど。
メディアに就職する人達にとって、災害現場からの報道は憧れなのだろうか、それとも教育の一環なのだろうか。何れであれ今の在り方には疑問が多い。何か災害が起きるとどの局も多くのレポーターを現場に飛ばし、何とか他局と異なるアプローチを競争させる。出来るだけ危険な所に行かせ、できるだけ苦しむ人たちを取材する。マイクを差し出されて、待ってましたとばかりに窮状を訴える人もいるが、大抵は決して喜んではいない。やらせや誘導尋問に近い様なインタビューも多い。ヘリコプターの出動も多い。おそらく災害現場の上空には多くのヘリが舞うのだろう。ヘリの出動など決して安価な筈はない。せめて一社でも取材の代わりに援護活動に回れば、そう思うことが多い。どんな問題についてもメディアのアプローチは世論を形成する。その責任を考えれば、「今何をすべきか」と言うのは見えてくる。どのテレビ局にチャンネルを合わせても同じ画像を流し、困窮する個人にマイクを差し出している。ぜひ、何を取材し、何を流すべきか考えて欲しいものだ。例えば現場を取材するのはどこかの局が担当し、ただひたすら画像のみを送るとしよう。おそらくその局を多くの人が選ぶ筈だ。現場にいない解説者やコメンテーターの声など必要はない。災害現場は黙って見ている方が恐ろしい。今回の豪雨も多くの被害を生んだ。多くの番組が同じ報道をし、数日たてば忘れてしまう。
昨夜テレビを観ていた。巨人阪神の2位3位争いの激戦と、バレーW杯予選の日本・オーストラリア戦、二つのチャンネルを行ったり来たり、ところがその画面の最中に、栃木の豪雨、避難指示、特別警報の茨城への拡大、豪雨の情報が続々と入ってくる。NHKは朝からその情報ばかり。冷静に考えてみれば、我々はいかに冷酷な生き方をしているか、と感じてしまう。同じ時間に豪雨の中で車が動かなくなったり、一瞬の内に床上浸水になって生死の間を彷徨う様な人がいるのに、一方ではプロ野球とバレーの試合で興奮している。さて、これは許されざる悪なのか。いつも気にはなる。一つ間違えば自分自身が彷徨っているかも知れないのだから。逆にだからと言って、色んな災害や事件がある度に被害者の立場や心情になって、一緒に悩むのが正しい人間像なのか。そんなことを思う時、いつも「では、世界では?」に行きつく。世界規模で考えるといつでも、戦争が行われ、難民が大移動し、災害は起こり、戦いや飢えて死んでいく人もいる。そんな中で、それを救うために自分は何も出来ない。正に「罪深い」生き方をしている。もしメディアが無かったら、国内であれ海外であれ自分の周り以外で起こっていることは何も知らないままで終わっているのだから、結局は誰がどんな情報を伝えてくれるのかによる。あの3.11の大きな津波が太平洋から陸地にあるものを次々と飲み込んでいったショッキングなシーンを思い出す。あの時、誰も何もできなかった。怖いもの見たさと同じ気持ちでじっと画面を見ていた。誰もそれを咎める人はいないけれど、何故か心に残る。今回も災害に合う人とそれを見ている人のギャップを感じざるを得なかった。でも、だから国民が全員被災者の気持ちになって・・・と求めるのが本当に必要で良いことなのか、そうであれば世界レベルで考えれば、我々は一瞬も安穏としてはいけない訳で、もっと動かねばならない。いつものことだけれど、この種の「運」としか言えないような「巡りあわせ」の事件の時は、己の「運の良さ」に感謝するしかない。その上で何ができるか。
昨日の続編。昨日・一昨日の車の中ではもっぱら「何故高知は貧しいか」と言った話ばかり。当方の田舎鳥取も人口最小で威張れたものではないが、どうも高知の人口減少度合いは大きいようで、特に田舎の都市が淋しい。一般論としてみると土佐には平野が少ない。東西に広く張っているのに太平洋に直接面し、良好な漁港も少ない。意外なほど山が多く、高知市のど真ん中にも山がある。でも、江戸時代に遡れば、長曾我部氏、山内氏共、強固な国を造った。ただその支配制度が強すぎておそらく貧富の差が大きく不満が溜まっていって、それが「脱藩」に繋がる不満分子を作り出したのかも知れない。もし、龍馬が寿命を全うし、明治政府の指導者になっていたら、その後の土佐藩、高知県の姿は変わっていたかもしれない。今、普通の会話の中で、高知県で有名な者と言っても意外な程ない。鰹、ゆず、川エビ・・まず食べ物の名物が少ない。一方、歴史上の人物は維新の立役者のみならず、岩崎弥太郎や吉田茂まで大物揃い。ただ、彼らは一気に「全国区」になった。なぜ高知に三菱の名残がないのか、なぜ吉田は大磯ばかり有名にしたのか・・・そのあたりが維新以降の高知をやや淋しくしている。日本に最初のディズニーランドを作る時に高知の大物政治家がいれば、なんて考えてみる。四万十川の清流が有名になっているのも、「だって汚す人間がいないのですから」と彼が言った。観光も有名どころは何れも行くのが大変。石破大臣、鳥取と高知を元気にしましょう、そう訴えたくなる旅だった。ついでに彼のお父上曰く「高知は香川に比べて金を貯めるのが下手」とか、これはいよいよ苦しい。龍馬の出番だろう。行ったら楽しい所だけれど。
今月の高松出張の後は記憶に残る最高の週末だった。2013年の11月、百寺巡礼の一つとして徳島の霊山寺に行こうとした時コンサル先の一人の若者が「納経帳」を呉れた。その時、納経帳の何たるかさえ知らなかったが、いざ霊山寺に行ってみれば、そこは四国八十八ヶ所札所巡りの一番、そこで色々教わって、遊びのつもりで出張する度に立ち寄る様になって、いつに間にか去る6月に84寺をカバー、残すところは高松足摺岬周辺の4寺のみとなった。ところがその若者は足摺岬の出身、最後の4寺は自分が案内してくれるという。この週末にそれを実行した。土曜の朝、高松を出て、その後37番岩本寺、39番延光寺、40番観自在寺に行き、最後88番目を第38番金剛福寺にした。彼の生家はそこから10分、足摺の先端。父上は金剛福寺の各種メンテナンスをやっておられる人。その場でお会いしたりして、何とも印象に残る結願(けちがん)となった。お遍路さんにとってみればはるか遠い難所、でも色々手を入れて裕福そうなお寺だった。観光バスも多い。その近くのホテルを取ってもらってゆっくり休み、今日はついでのサービスドライブ。当方のたっての希望で、檮原(ユスハラ)街道、いわゆる「龍馬・脱藩の道」を走ってもらった。残念ながら強い雨。檮原は大変な山の中、それでもここ数年の龍馬ブームもあってか素敵な街(村)になっていた。司馬遼太郎の「檮原街道」を思い出しながら色々立ち寄った。あらためて、「何故土佐から革命児が生まれたのか」を考えた。階級社会が強かったからこそ生まれた革命精神、これは歴史を学ぶ時の基本だろう。いやはや価値ある2日間のドライブだった。今、一つ一つ振り返っている。
中国での式典に参加するかどうか、パレードを閲覧するかどうか、メディアは喧しい。国連事務総長は出席するという。当方などは「良いんじゃないの」と思う。良い、悪いもあるけれど、勝った負けたはもっと大きい。負けた日本は常に「敗戦国」という立場を忘れてはならない。そうでなければ、戦勝国である連合軍・米国に対し、無差別攻撃や、原爆攻撃についてもっともっと強く戦後処理案件の補償を求めるべきだろう。でも、日本は負けた国だし、そのお蔭で実に甘やかされて70年を享受してきた。中国の勝利式典に文句を言っている筋合いではない。中韓が握手して、今後の東アジアのあり方を話そうというのであれば、今こそ積極的に参画すべきだ。当方は、米国の強さと奥深さをしっかり学んだつもりだから、ここで反米親中などと言うつもりはない。怖いのは米国が日本を見捨てることだ。その対策だけは準備しておかねばならない。安保法制も沖縄問題もその範疇に入る。50年単位で歴史を考えれば、日本に突きつけられるのは「いつまで、敗戦国に甘えているの?」という世界中からの疑問だろう。もう一度、翻って、この70年、日本に与えられた特殊条件を考えてみる時だろう。ちょっと、ハラハラする。
あっという間に9月が来た。ここ数日一気に秋の気配。あの暑さは何だったのだろうかと思わせる。今日は防災の日。全国で、地震、津波、火山爆発・・色んな天災に対する防災訓練が行われている。当方はこの種の訓練に対しては、正に劣等生、なかなか真剣になれない。理由はただ一つ、「天災からは逃れられない」と思っているから。いくら防災準備をし、訓練をしていても「想定外」の事故にあったら、逃れられない。それを運命として受け入れるしかないのではないかと思っているから。だって、サラリーマンはその時どこで仕事をしているか分からない、仕事でその地域に出張している確率と、大地震がくる確率と、どちらが高いか。どんな形にしろ当たった災害には逆らえない、ということではないのか。一人一人が持つ天命に他ならないのではないかと思う。そんな自然の災害にも「人間の知恵で戦える筈」と頑張るのも良いと思うが、普通の庶民がそんな稀な仮定に振り回されるのもどうかな、と思っている。今、売れている防災食品の一体何%がその役割を果たし、何%が「賞味期限切れ」で捨てられるだろうか。ちょっと、不思議な疑問。こんな意見を吐いているようでは最初に「犠牲者」になるのだろうけれど。
久しぶりの映画、「日本のいちばん長い日」。娯楽映画ではない。この年になって70年前の歴史を知る。我々の受けた教育でいかに近代史が「アンタッチャブル」なものだったか、思い知る。ポツダム宣言受諾に至る鈴木内閣の混乱は色んな所で出てくる話だが、阿南陸軍大臣が最後は折れる部分や、「宮城(きゅうじょう)事件」は知らなかった。東京大空襲、広島・長崎の原爆投下、ソ連参戦があってなお、戦い続けようとしたした日本軍の裏側が見て取れる。表舞台に出ることのなかった昭和天皇が初めて国民に向かって決断を自らの声で語った「「詔書の玉音放送」は内容が深い。若い頃、「何故、天皇は戦犯にはならなかったのか」と真剣に不思議に思った。それはやはり、当時の天皇制や政治体制が分っていなかったということだろう。生きている間にこの映画を観て、良かった。
ついこの間まで、熱中症に気を付けろと毎時のニュースで言っていたというのに、今日は「長袖でも寒い位」だって。何とも激しい気象の変化。今日の気温は10月中旬だと言っている。でもこうして気象変化に一喜一憂し、次の季節の為に衣装替えを楽しみ、そんな季節感はもっと自然に、天気予報士に教えられるのではなく、軒先を通る風や降り続く雨などで感じたいものだ。我々はいつの間にか、生活の中の季節感の様なものを忘れ始めていて、全て流れてくる情報しか信じなくなっているのかも知れない。それは意外に淋しいことの様に思える。ここは分からない所だけれど、多分数百年前でも、異常な気候はあり、突然の台風もあり、暑い夏も早い秋もあったのだろう。それを自然の流れとして味わい楽しむ風土があったと思う。今は何でも「与えられる季節感」。ちょっと寂しい。まだ朝は塀に朝顔が花びらを並べているし、百日紅の紅い花も真っ盛りだ。こんなものを見ながら秋を迎えたいと思う。でも今日は本当に涼しかった。
韓国兵が軍事境界内の地雷を踏んで怪我をしたのがきっかけで、南北境界の緊張が増している。いつの世でも、わざわざ戦争をしたい人はそうそうはいないはずで、事前に歯止めがかかりそうには思えるのだが、実はそうでもないようだ。歴史に於けるどの戦争も、実際に最初の引き金を引くのは意外に小さなきっかけだ。誰だって、人間同士の殺し合いなど好む理由はない訳で何かそれより上位に来る「大切なもの」のために引き金を引くのだろう。その理由は決して理不尽なものでは無い。その国が攻撃される、その国の人間が危険にさらされる、その国の存続に関わる物質が届かなくなる、大抵の開戦の理由は、一理も二理もある。今回の朝鮮半島の緊張にも、おそらく色んな裏があるのだろう、特に中国の大国化は大きい。もう、正面切って北朝鮮のサポートを続けられなくなったのだろう。こうなると、正に孤立無援。誰かのサポートを得る為にも、緊張状態を作らざるを得ない、ということだ。この緊張と、安倍政権が安保法制を急ぐのと、関係がないのかどうか、やや穿ってみたくもなる。もし北朝鮮を中東のISと同じ目でみれば、危険の度合いも大きく感じられる。安倍政権も、憲法の解釈を変えてでもこの立法を急ぐ理由を、説明できれば良いのだけれど。
今夏も二つの公民館から依頼があって、パソコン教室の講師の季節となった。小中学校の夏休みの期間を使って、公民館の講座が計画される。今はどの学校にもパソコンルームがあってそこを借りると講座もやり易い。そもそもは、市の講座を手伝ったことからスタートしたのだが、早5年。いつの間にか、色んな場所で、色んな講座をやっている。現役時代にこの分野のプロだったとか言えれば良いのだが、当方この分野は正に自己流、アマチュアでしかない。したがって、決して難しいことはやろうともしない。原点は、「パソコンに乗り遅れた人達がせめてやってみようという気になるためのお手伝い」ができたら、というだけ。それでもいつの間にか2〜3百人の人達の手ほどきを手伝ったことになる。自分のリタイア生活を振り返ってみても、目の前にパソコンが無ければ、おそらく成立しなかった。今日から始まった今年の公民館講座も、受講生はリタイアリと(暇になった)主婦。皆さん目を輝かせてマウスを動かしている。それを見るたびに、「今年も担当して良かった」と実感する。多分、自分と同年齢の、しかもプロでもなさそうなお爺さんが講師だからやり易いのかも知れない。そうは言っても当方も、WINDOWS10へのバージョンアップやOffice2016の話など、ある程度はこの世界の動向も勉強しておかねばならない。それだけでも刺激にはなる。またまた暑い夏の楽しい時間が始まった。
やはり中国の情報統制には納得できない。あの国で、もし原発事故が起こったら、我々はいつ知ることが出来るのだろうか。福島ですら、SPEEDIの風の方向のデータの公開が遅れて問題になった。それでも日本では通常の情報公開は早いと思う。今回の天津の爆発事故は中国国内でも被害者家族にすら情報が流れていないようだ。もし、噂で言われているようにシアン化合物が大量にあれば、河川・海水の危険性のみならず、青酸ガスが大気流に乗る可能性だってありうる。中国のみならず韓国・日本・ロシアですら影響を受ける可能性がある。数km圏を立ち入り禁止にするような対策で本当に良いのだろうか。禁水系に放水するようでは、公の安全対策が経済の発展に追いついていないと思う。それに加えての情報統制。やはり信頼できない国なのか。とは言え、すでに世界一に近づく国力の国である。もう「まだ発展途上国だから」なんて言ってはおれない筈だ。軍備や領海問題に多額の資金を使うより先にやらねばならぬことが多いように思える。昔、鳥取県に住んでいた頃、中国で初の核実験(1964)があり、雨に濡れないように騒いだことを覚えている。それに近いことは起きないか。もう少し情報を正直に、オープンに公表する国であってくれたら、と思ってしまう。
安倍首相が何故70年談話を出したかったか、個人の意見発表から、又閣議決定へと、発表することに対する姿勢も次々と変わった。彼の頭の中の一番のポイントはやはり、「戦後レジームからの脱却」なのだ。結局妥協の産物となった今回の談話の中でも「謝罪」と「おわび」はいつまでも続けるものではないという主張があった。いわゆる「歴史問題」の一つだ。次の次の世代にとっては太平洋戦争も長い歴史の単なる一ページになっていく。これは当然のことだ。我々の世代にとっての日清・日露の戦争のようなものになる。その時代その時代に、「何故こんなことが起こったのか」と言う見方は必要だが、絶対悪を作ってしまうことはできない。歴史に甘やかされてきたこの70年の日本に次に襲い掛かるのはおそらく「貧しい老人たち」の国。どんな変化が待ち受けるのだろうか。戦後140年談話の時、孫たちは生きている訳で、やや心配になる。どんな常識の社会になって、どんな幸福感で生きているのか。8月にもってこいの話題。
今回のインタビュー調査アルバイトの最終回で、兵庫県高砂まで日帰り出張した。暇なリタイアリだから泊まって姫路城でも見て、と思ったのだが前後の日程があったのをキャンセルする程の意欲もなく、今回は日帰り。朝7時に出て、夜10時半に帰る強行日程。現役時代はどうってことはない日程だったが、やはりやや疲れた。次第に無理が効かなくなるのだなと実感した。新幹線からチラッと見えた改装なった姫路城は確かに噂通り「白い城」だった。やはり計画すれば良かったと反省。驚いたのは姫路駅北側、お城の改装に合わせたのか驚くべき変貌ぶり。大都市の顔を作っていた。観光客も多い様だ。果たして今後「地方の時代」が訪れるか、その試金石の一つだろう。やはり鍵は庶民の幸福感。物質的満足だけを追っていては変わらない。どこかの都市に行くたびに考える将来のあるべき日本。歴史を俯瞰してみれば、面白き一瞬である。
またこの記事が書けるのは嬉しい。高校野球100年とか。戦後70年のニュースに比べると、何故か清々しい気持ちになる。開会式には王さんが始球式、華を添えた。もう「世界の王」を知らない世代が主流であることが、歴史の不思議さでもある。こうして記念の年に記念の催しがあると、同時に常識が時代と共に変わっていくことを痛感する。「変わらないもの」を探すのは難しい。それはおそらく個々人の心の中にしか無いのだろう。しかも変えない努力をして、初めて。夏は過去を想う季節だ。熱い太陽の下で思うからこそ、今日を大切にと感じられる。テレビ中継の高校球児達を見ていると次の世代、次の世代はそれぞれに、適した人たちが適した世の中を作っていってくれる、と妙な安心感を感じてしまう。決して「捨てたものではない」ということなのだろう。
高松からの帰り、大阪に回って、ひと月早いが、お墓参りをしてきた。父と母と長兄と、炎天下で会ってきた。墓石を洗い、生花を供え、線香に火をつけ拝む。いつもの同じ作業だが、やっている本人の考えていることはその時その時異なる。いつものようにチョット涼やかな気持ちになって阪和線に乗った。一つ目の駅を過ぎた途端、電車が急停車。次の駅の近くで事故。全ての電車が停まった。急ぐ人は駅のホームに降りられるとのことで最後尾まで歩いてみると、ドアのギリギリの場所に駅のホームが引っかかっている。でも、聞く所では、タクシーはない、あっても道路は大混雑、何と私鉄に迂回する踏切も閉まったまま。結局行動を諦めて、元の座席に戻った。一時間近く待って運転再開。判断は正しかった。運よく、帰りの飛行機までに時間がたっぷりあったのが幸いした。もしあれがギリギリのタイミングだったらと考えると大事件だった。「いつ何が起こるか分からない毎日」を生きているのだと思い知る。メディアを騒がす多くの事件も突然降って湧くのだろう。静かに墓前で手を合わせた後、こんな偶然を感じたのは、やはり「いつ何が起こるか分からないから、今その一瞬を精一杯生きるんだよ」という父母兄の声だったのだろう。
調査のアルバイトのインタビューのため、久しぶりに博多に飛んだ。翌日、高松への移動の前に長らくサボっていた「百寺巡礼」で大宰府の観世音寺にお参りした。炎天下の下、レンタサイクルを借りて、政庁跡から戒壇院、そして観世音寺へ。田んぼの中を走っていると、懐かしい「田舎の道」。汗をびっしょりかいたが、本物の日本の夏を楽しんだ。残った時間を使って、本来の大宰府へ。こちらはウイークデーでも、人人人。外国人観光客で埋め尽くされている感じ。日本経済に貢献しているのが良く分かる。「この人達、大宰府の何たるか、が分かっているのだろうか」と疑問に思いながら、でも「有難いことだ」と思う。観世音寺や、戒壇院の静かな佇まいも見てくれれば、と思ったり、いやいや、やはりあのままの方が、と思ったり。でも、とても感慨深い数時間だった。そのあとは新幹線で高松へ。まるで現役の時の様な忙しさ。でも、心の中は、ゆったり。有難い出張となった。
今夏も暑い。この10日間の暑いこと。今日は館林、今日は前橋、今日は多治見、日本一暑い町の戦いも激しい。体温を越える暑さと言うのは、おそらく汗さえ出ない、人間の温度コントロール機能が働かなくなるということだろう。エアコンが無かった時代を思い出すと、一体どのように毎日を過ごしていたのかと不思議に思う。勿論、子供の頃は田舎暮らしで、エアコンなどは無かったわけだが、それでも暑さに苦しんだ覚えはない。緑の中で、縁側の周りは開けっ放しで、涼しい風が吹き抜ける。夜も、蚊帳の中で、腹巻一丁で寝ていた。ホタルが蚊帳に紛れ込んだり・・そんな時を懐かしく思い出すのは、年齢か。でも暑さの中でも、寒さの中でも、それなりに生きる術を知っていた。夏も冬もエアコンで守られているのは、決して人間として幸せな生き方ではないのかも知れない。そんなことを考える、とんでもない暑い毎日。
今年は1800万人になりそうという。外国人観光客が凄い。銀座、浅草、秋葉原・・どこに行っても色んな言葉が飛び交っていて、これまでと異なる活気を感じる。今回は、世の中を変えているなと思うのは、この半年ばかりの間に訪れた、例えば香川の栗林公園、高知の桂浜・室戸岬、岐阜の白川郷、高山など、まず日本人が旅しそうな場所でも、中国語の観光バスが停まっていたり、白人のカップルが歩いていたり。下呂温泉の古い旅館でも帳場の女性が英語で応対している。昔、眉をひそめた様な、大声での会話も最近はメッキリ減ってきた。来る方も、迎える方もグローバル化に慣れてきているのだろう。日本人が世界に出始めた頃の欧米の人達はどう迎えていたのかと思うと、我々も心から「おもてなし」の心を持つ必要があるなと感じる。TPP,不法在留、安保法制・・どんな話題も「鎖国・日本」を前提にはできなくなっている。経済面でも訪日観光客の遣うお金に頼っていくのなら、それに対する感謝の念も大切だろう。平和な2020年を迎える為にも。
政治にも世界政治と国内政治がある。どうしても国内に目が行く政治だが今や世界の中における日本を無視できない。安保法制問題などはその典型で日本だけを考えていては見通せないということなのだろう。一方の経済、今朝のニュースでは日経がFT(ファイナンシャルタイムズ)を1600億円で買収、明治安田生命が米国生保SFGを6000億円で買収とある。企業は、生き残るため、伸び続けるために世界に舞台を移す。さて、余りにこれが進むとどうなるか、またもや世界で「日本は(軍事にお金を使わないで)経済だけに集中して・・」と叩かれかねない。これまでのように、稼いだお金で世界平和に貢献と言うシナリオが作れれば良いのかも知れないが。安倍政権が、より一歩踏み込んだ形での国連への貢献や、日本国独立路線を目指すのもこういう視点から理解できる。さて、経済優先で育てられてきた我々の頭が果たしてパワーバランスの必要な世界平和についていけるかどうか。政治家が、政治の本質を国民と話し合う必要性が増えてきているということだろう。次世代の若者たちはおそらく、より一層「世界の中の自分」を意識せざるを得なくなる。
とうとう衆議院での強行採決に至った安保法制。民間では徐々に反対デモの参加者が増え、中でも若者の参加者が目立つとか。この辺りのメディアの報じ方にも色々あるのかも知れないけれど、反対の民意を突破口にしたいという野党側の作戦も見て取れる。当方は、集団的自衛権容認も含めこの種の法制化は絶対必要だと思うけれど、一方、立憲主義に立てば、違憲判定は免れないと思う。今こそ、時代に合った憲法に改正するべきだと思う。折しも昨夜からNHKスペシャルで戦後の政治のレビューをしている。日米安保、自衛隊違憲問題、等々、世間を揺るがした大問題はあったけれど、自民党の言うように、取り敢えず結果オーライできたとも言える。だから今回もというのは、余程切羽詰まった理由が無い限り、またもや「解釈変更」で突き進むのは良いとは思えない。一方、あの改憲論者の安倍首相がここまでして急ぐのは、米国の圧力のみでなく、何か急がねばならない理由があるのかも知れない。戦後政治を引っ張ってきた吉田路線(経済復興第一、金のかかる防衛問題は米国に頼る)と岸路線(敗戦国に与えられた憲法を早く改憲して真の独立国になる)のせめぎあいは実に興味深い。祖父である岸元首相の言葉の多くが安倍首相の言葉にかぶった。やはり安倍さんは今こそ、岸路線の集大成で改憲から入った方が良かったのにと思った。ただ、今回の論議に本当に若い世代が真剣に考え始めているのなら、これは歴史にとって決して悪いことではない。「国民の幸せとか何か」、「世界にいかに貢献すべきか」と言うところから考え直す機会になるのなら、この法案提出の価値は非常に大きい。参議院での攻防を見守りたい。
コンサル仲間の輪からいつの間にか色んなタイプ、色んな経歴の持ち主達と親しくなって新しい人間関係を楽しんでいる。年寄りの人間関係は個々が我が儘になって難しいと言われるが本人にとってみれば「嫌ならNo」で止めれば良いわけで裏返せば簡単、ともいえる。今回は(昔はかっこよかった?)オールド湘南ボーイ仲間の4人。加えて、コンサル仲間の二人。当方を入れて計7人。60歳代二人、後は皆70歳代。でも現役社長さんもいれば、当方も含め怪しげなコンサルタントもいたりして、でも外の空気を楽しんでいる。これまたそのコンサルサロンの参加者の紹介で岐阜県下呂温泉の由緒ある温泉旅館に宿泊に行った。ついでに白川郷に寄り、翌日は高山を楽しんだ。まるで老兵の修学旅行。学生と違うのは、常にアルコールを楽しみながら。何しろ個々がしっかり多彩な人生経験を持っているので「シラケる」一瞬もない。人生訓からジョークまでいやはや賑やかな二日間だった。突き詰めて考えれば、「こんな関係、いつまで続くの?」となる訳だが、それはそれ、また、悟りきれていない人種だけに、「まだまだ生きれるよ」の意気込み。若い人達から元気を貰うことも多いが、こんな熟年仲間から貰う元気も素晴らしい。後味が良い旅行だった。
国民投票でNoと言ったギリシャ。それでもEUには残りたいというのが総意なのか、一転自分達から緊縮策を掲げるようになった。この後どう動くのか読めないけれど、正に政治そのもの。どう収まるのか予測できない。おそらく、現政権そのものがEUに残るためにEUから言われたような策を取って国民を納得させる、ということになりそうだが、それなら何故わざわざ国民投票などしたのか、良く分からない。ギリシャ国民にはなれないが、どこまで「反省」しているのか分からない。これだけEUが信頼感を無くしたということは、やはりこれまでのギリシャはどこか間違っていたのだろう。ただ問題は苦しむ(?)庶民がどこまで歴史に甘えてきたのか、そこが外部には見えない。歴史上の大国だけに、「公務員天国」などと言われてはダメだと思う。これがEUの一国の問題で済むのなら良いけれど、スペイン、イタリア・・と言った歴史大国に広がり、果ては日本にも・・・と考えるのは短絡的すぎるか。
今週は、火曜、木曜と旧交を温める機会があり、楽しい会話と美味い酒を楽しんだ。何しろアルコール類が好きな友人が多く、火曜は大学時代からの友人、大阪でステーキとワイン、二次会は裕次郎カラオケでウイスキー。昨夜は、東京で名古屋同期入社の友人、北陸の生ガキやアユの塩焼きをあてに日本酒飲み比べ。二次会はジャズを聴きに。二日ともすっかり良い気分になった。長い付き合いになって、皆第二の人生に入って、仕事以外の話題も豊富。どんどん時間が過ぎていく。こんな人間関係が何十年も生きる糧になっていたのだ、とつくづく有難いと思う。このところ、共通の話題は健康と病気、介護の問題。人間には悩みは尽きないが、でも、音楽や、旅、そして寺巡りなどの話題になると心が落ち着く。リタイアすると、同窓会が増え、出席率が高くなり、そして最後は〔健康問題から)徐々に減っていく。以前はせめて70歳までは、お酒を楽しみ、ゴルフを続け・・・と言ってきたが70歳目前になると、いやいやせめて80歳までは、と欲が出る。旧交を温めながら思うのは、感謝とお互いの明日を励ますこと。素敵な週だった。
今朝起きたら米国からメールが入っている。タイトルは「Good Luck」、なんと現役時代の古い友人が、これからテレビでサッカーの応援をするので、日本のなでしこを応援しろよとメールをくれた。一応、お互い頑張ろうと返事を打ってから雨の中、ゴルフにでかけた。彼はお互い同じ画面を見ていると思っていたらしく、開始3分でアメリカが先制点を入れるとすぐに、「やったぜ、悪いけどこっちのものだ」とばかりにメールをくれていた。こちらは車の運転中で、それでもラジオ中継を聞きながら、「なんだこれは・・」とガックリ。ゴルフ場に着くまでに4:1と劣勢だった。帰宅してみるとちゃんとメールが入っていて、アメリカ人にとっては「most exciting game!」と喜び、でも「Nadeshikoもよくやったけど十分は咲かなかったね」と言ってきた。でも「こうして遠く離れた我々が同じ楽しみを共有できるのは素晴らしかった」と締めくくっていた。そんなに高頻度でやり取りしている訳ではないけれど日本関連の出来事では思い出してくれる友人だ。いつまた再会できるか分からない人だけれど、こんな友人がいるのは楽しい。ま、今回は優勝戦まで昇ってきてこんな楽しみを与えてくれたことに感謝しよう。有難う世界のNadeshiko。
プロの政治家が、最終決断を国民投票に委ねる。これは果たして究極の民主主義か。どうもそうは思えない。今の社会は夫々の分野に夫々のプロがいて、人間の営みのかなりの部分をその人達に委託している。食物を生産する、衣類を作る、建築物を造る、学校で教育する、ニュースを報道する、交通機関を運転する、音楽や美術品を創造して人々を楽しませる、食事を提供する、・・・色んな営みがあって、それに対して対価を払っている。さて、そういう意味で行くと政治家とは何か。選ばれた人たちは選んだ人たちに代わってその地域の行く末の在り方に責任を持たねばならないだろう。政治家間ではどうしようもないから、決めて下さいというのは一見正当に見えて実は責任逃れではないかとも思えてくる。突き詰めれば悪しきポピュリズムに陥り目の前のメリットのみで人気取りをするようになる恐れを孕んでいる。今のギリシャの首相は、信じるところがあるのならそれを実行してその成否を選挙で問えば良い。それをやらずに国民投票に持って行くところに疑問を覚える。どんな小さなことでも人間は既得権には敏感でいったん当たり前になったものは手放さない。ついに現政権は交通機関も、携帯電話代まで無料にしたらしい。そんなことをすればますます負債が増していくというのに。複雑な現代の民主主義の在り方をとことん突き詰めて考えさせられる。さて、2日後に、ギリシャは、EUはどうなっているだろう。おそらく米国、アジアにも大きな影響を与えるだろう。2015年が将来「ギリシャショックの年」と言われることがない様に願うだけだ。
デジタル時計を実況で見るなど、珍しい。今朝の9時前、午前8時59分59秒の後、8時59分60秒があって、その後9時00分00秒になった。デジタル時計って60秒を示すのだな、と面白く見た。時とか時間の定義など余り話題にもしないが、歴史的に考えれば、地球の自転を基準にした方が分かり易いのに、何と自転速度は一定ではないらしく、今は調整が必要らしい。実際にはセシウム原子の遷移周波数と言うのが一定で正確らしく、これに基づく調整らしい。人間の生活を基本にしていたルールも、より正確な科学の力に屈したということか。世界中で、一斉に60秒が刻まれたというのも地球が小さくなったと認識させる。相変わらずアナログ時計が好きで、小の月(2,4,6,9,11月)が終わっても、一日ずらすのをしょっちゅう忘れているが、それでも問題なく生きられてしまう。「本当に1秒の調整なんて必要なの?」と思うが、大きなイベントの様だ。前回は2012年、情報処理や飛行機の運航など色んなトラブルがあったそうだが、今回はどうだったろうか。こんなことに注目するのも「時間タップリ」のリタイアリならではか。1秒余計に生きたことになるのかな。
国内政治は安保法制や沖縄基地問題で揺れ、経済はギリシャ問題の影響が大きく株価も為替も敏感になっているが、何しろ時間タップリのリタイア組は、スポーツ観戦に酔っている。なでしこサッカーの活躍、男子もW杯予選スタート、錦織選手はウインブルドンが始まって。プロ野球も、陸上も、そしてゴルフも全英が近い。宝塚記念ではゴールドシップが驚かす、と話題にはことかかない。現役で忙しかった頃は、ここまで色んな観戦はできなかった。これは正に年金生活者のメリット。しっかり楽しんでいる。と、言いながら、まるで現役の時の様に、「こんな時間の過ごし方だけしていて良いのか」と自分に問うている。何とも諦めの悪い人生でもある。コンサルやアルバイトで出張があると、いそいそと出ていくし、昔の仲間が集まろうと言えば、これまた喜んで。人間ってどうも一人だけの時間つぶしは苦手な様だ。同じスポーツ観戦でも、それしか無いのではダメで、忙しさを忘れて集中する方が実は内容が濃いのかも知れない。贅沢と言えば贅沢だが、おそらく「それしかない」様な時間つぶしでは、折角のスポーツ観戦も実は価値が下がるのかも知れない。いやはや複雑な老人の悩みである。
何年かぶりに古巣の会社の株主総会に出てみた。昔、持株会というものに入っていて、コツコツためては、車購入とかの一時的出費に充てていた。一度も処分しないで今まで持っていたら・・と思うことが多い。少しだけ残っているので一応の株主である。ここ一年で大きく値上がりし、株主の顔色も明るい。旧態依然とした株主総会だが、何しろ増収増益で好成績なものだから、面白い議論もなかった。出席者も以前より少なかったかも知れない。明日が集中日とか、多くの企業でこんな結果オーライのセレモニーが開かれるのだろう。グローバル経済では、益々企業は、まず株主のものという定義が広がる。何しろ出資者なものだから、引き揚げられたら企業は終わる。そういう意味では一義的には会社の持ち主は株主だろう。「物言う株主」も徐々に増えてきているとは思うが、これだけ複雑なオペレーションをやっている大企業では少々勉強した位では追いつかず、結局現在の経営陣をどこまで信用できるか、という評価法になる。そういう意味では株主総会に出て、どんな人が今の経営を司っているのかと、顔付を見ているだけでも楽しい。ま、こんなのんきな感想を書いているのだから、うまく行っているということなのだろう。昔を思い出す機会だった。
突然、降って湧いた様に韓国外相がやってきて、急作りの外相会談、そして相互に50年式典に、安倍首相、朴大統領が出席し、メッセージを発した。双方とも、この50周年と言う機会を逃したら、なかなか元に戻れないという認識があったのだろう。「元に戻れない」と本当に困るのはどちらか、安倍首相が強気を通し続けているのは、おそらく「韓国の方が困る」という読みなのだろう。今、日本は別に韓国と絶縁状態になっても、大きくは困らないのかも知れない。でも、今や国際関係は二国間だけの問題はない。西側諸国としての一体感は間違いなくあった方が良い。親中派と親韓派を比べれば、やはり当方は親韓派を選ぶ。でも、もしかしたら親中を選ぶ人もいるかも知れない。歴史問題や、竹島問題など、容易には譲れない問題があるのだが、最も良い妥協案を探るのが外交だろう。単純に突き詰めれば、国交断絶にでもなりかねない。政治がやるべきことをまずしっかり認識して欲しい、という感じをもつ。韓国の国策として嫌日教育が正に実ったとしか言えない今の嫌日ムード。でもこの「日韓50年」は使わない手はない。結論としては、「この機を使って何とか正常化を」と期待するしかない。皆、分かっているのだけれど。
元千葉工場に席を置いたことのあるOBの会の年次総会に出席した。最長老は90歳、羨ましくなるような元気さ、全員の憧れ。若手(ここ数年の間の退職者)も増えて、組織は大きくなっていくが、年齢と共に出席できなくなってくる人も多い。これは淋しい。さて、どう老いていくか、先輩・後輩たちを見やりながら考えた。10年後、2025年に首都圏で介護難民が増大していくために、地方移住を勧めるなどという提言がされている。本人にとっても、地方にとってもさほど魅力的な提言とは思えない。税を通して社会に貢献してきたとの自負がある熟年としては、まず介護施設を増やしていくことを願いたい(ただこれも20年も経てば余ってくるという矛盾は抱えているのだが)。日本社会のマジョリティ、団塊の世代が、悩みの世代になりつつある。目がキラキラ輝くままで逝きたい。今後をよく考えなければ、と改めて思ったOB会だった。
安保法制で揺れる国会。違憲と叩かれる集団的自衛権。当方も、ここまできたら憲法改正に進むしかないなと思う。まず、誰もが知らなければならないのは、集団的自衛権は国連憲章で認められた各国の権利であること。日本は、これまで「違憲」を理由に持たないできた。一方、日米安保条約では、日本が攻撃を受けた時、米国は集団的自衛権に基づき、日本を守ることになっている。こんな都合のよい環境で、日本の戦後の歴史は平和な経済大国を歩んできた。その「都合のよい平和」はやはりどこかで止まるだろう。それは日米安保条約の終焉か、世界経済から日本が外される時か。そんな危機のためにも、今こそ「改憲論議」を広めて、世の中の変化に合った憲法にすべきと思う。おそらく今話題の多くの「安保法制違憲」論者は「改憲」論者ではないかと思っている。
パソコン教室の講師なんてできないな、と思うようなことが平気で起こる。昨日は朝パソコンのスイッチを入れたら、デスクトップの画面にOUTLOOKのアイコンがない。再度、電源を切って立ち上げ直しをするが表れず。アプリリストを開いてみると、なんと消えている。久しぶりに焦った。念のためと2台めのパソコンやタブレットを開いてみると、とりあえずメールは繋がっている様で一安心。ただ、このOUTLOOKに溜めているこれまでのメールが消えてしまうとなると大事件。ついに、パソコンメーカーに電話、散々待たされたが、「それはマイクロソフトに」と言われて、今度はマイクロソフトのカスタマーコールへ。この対応は流石だった。順序良く言われるままにクリックしていくと治った。「原因追究まではできませんでしたが、rootに残っていて良かったですね。」と丁寧な対応。次回同じことが起こった時にと思い出そうとするがステップが長くて思い出せずじまい。でも、やはりプロの世界だな、と思うとともに、やはり色んな事が起こり得る世界だと冷や汗。日本年金機構のウイルス問題などを見ていてもこの世界の進歩と問題発生が時々刻々と起こっている。とにかく辛いのは、この世界は年齢や(人生)経験が役立たないこと。熟年初心者への教育プランも考え直さなくてはならない。妙な経験だった。
今週に入って、関東地方も梅雨入り宣言、とは言いながら昨日は好天の下で友人たちとゴルフを楽しんだ。でも九州地方は大荒れ、大雨が降っているようだ。長崎・熊本で多くの避難指示が出されている。この小さな国の中で、天候のバラツキは実に大きい。天気予報の細やかさもおそらく世界一だろう。米国での天気予報を覚えているが、日本一国の天気分布が北アメリカ全体の分布と同じ位かと言った印象をもっていた。でも、最近のスポット天気予報の正確さは驚くばかり。昔はどうしていたかなと思うことも多い。とは言いながら、広い目でみれば、ちゃんと春が過ぎ、梅雨が来て、夏が待っている。色々言うけれど、マクロにみれば自然はちゃんとサイクルに則って動いているのかも知れない。あまり全てを人間が制御できると思わせない方が良いな、とも思う。
何が起こったのか知らないが、先週の憲法調査会の出来事はおそまつの一言。憲法学者などいくらでもいそうだが、よりによって自民推薦の先生が今回の安保法制を「違憲」と評価した。学術的会議ならともかく、正に政治のど真ん中でこんなことが起こるなんて、信じられない。これで、もしかすると安倍政権は今国会での決議ができなくなるかも知れない。政治としては大失敗だろう。これを機に改憲へと進めば良いだろうが、その道筋は遠い。当方も「違憲/改憲派」なのでそうなれば良しとする。でも現実の政治を見れば、日米、日中、日韓・・色んな問題の中で、日本が改憲を目指して国を挙げて議論をしている時間は無さそうにも見える。さて、安倍首相はサミットから帰ってこの問題をどう処理するか、注視したい。安保法制・普天間問題など、行き詰った状況を楯に「バカヤロー解散」にでも打って出るか。それとも現状の数の力で強行採決か。経済状況は好転の兆しがある中で、難しい状況となってきた。
おそらく人間誰にもこんな要素もあるのでは、と思うが、自虐的な面を感じることがある。お笑い芸人にもそんなセリフで受ける人達がいるのを見ると、おそらく特に日本人にはそんな面があって、実は特有の「奥ゆかしさ」「控えめさ」などにもつながっているのかも知れないと思う。当方などそれを逆手に取って、武器にしてきたところもある。例えば田舎者、貧乏人出身、果ては髪の毛が薄いことまで。自分のことを貶めた話をしても相手を傷つけることも少ない。リタイア後の第二の人生探しでも現役時代の立場や成功(?)を利用することは殆どない。「単なる元サラリーマン」の現在の自分と話してくれる相手を好む(勿論、相手がどう思っているかは分からないが)。だから逆に、いつまでも○歴に頼ろうとする人にはあまり好感を抱けない。裏返してみると、自虐的な面と言うのはある種のヒガミ根性の表れかもしれない。で、そうは言いながらわざわざゴルフを下手なままでいたいと思っている訳ではないのだけれど・・・これは単なる練習嫌いの言いわけだろう。
500人近い客を乗せた観光船が沈没、大事件になっている。まだ400人以上の人が船内に居る可能性がある。この事件、他人事とは思えない、というのもこの秋、先日成田で会った友人に勧められて一緒に北京に行った後乗ろうと計画しているのが重慶からの長江下りの三峡クルーズだから。長い旅程の人達は南京−重慶間だが、当方の予定しているのは重慶−宣昌間の短いもの。でも同じ長江ツアーなので、やや心配。事故は南京から重慶に上るツアーの途中だったようだ。どこに居ても、何をしていても危険はあるのだけれど、こんな身近な話はない。原因は突然の竜巻とのことだが、船長らがいち早く助かっているのをみると疑問もある。当方のプランへの影響があるとは思えないが、やはり我々も「一寸先は闇」という覚悟が必要と言うことだろう。中国でもやや富裕層の年配の人が多かった様だ。できるだけ多くの人に助かって欲しい。
年金生活者にとって一番きついのは「予期せぬ出費」。当方、初期の見通しが甘かったようで、更新費用など考えてもいなかった。でも、これは次々と襲ってくる。テレビだろうが、パソコンだろうが、車だろうが、庭木だろうが・・・次々と修理、買い替えが続く。今回は冷蔵庫。製氷機はずっとおかしくて、給水タンクを更新したりしていたのだが遂にだめ、冷蔵庫が機能しなくなって更新することになった。夫婦二人なんだからね、なんてセリフは何の効果もなく、大きな冷蔵庫が入ってきた。標準の高さも高くなったとかで、わざわざ吊り棚の場所を上げてもらう工事まで伴った。もうこれで更新は無いだろうなと、安心したりがっくりきたり。これから何かの調子が悪くなるたびに同じ思いをすることになるのだろう。年金だけで生活していくのは辛いねと思う.蓄えがいっぱいあれば良いけれど、「残さない美徳」などと言っている貧乏サラリーマン上りは、残す残さないより、今持っているものの更新さえ出来なくなるかも知れない。冷蔵庫の更新一つで考える自分の将来。
今月も高松出張の後、八十八ヶ所巡りに回った。今回は初の高知。振り返ってみると、生まれてこのかた一度も足を踏み入れていない唯一の県だった。昨晩高松からの高速バスが高知県に入った時、妙な感慨があった。気にしたことは無かったが、何と初の県があった。司馬遼太郎ファンとしては恥ずかしいほど、彼の小説の舞台は土佐藩が多いのだが。今日は高知駅近辺のお寺を巡り、それでも合間に桂浜にも立ち寄って、竜馬像とも会ってきた。レンタカーで走っていると、どこの県でも田舎に行くと同じ感があるが、それでも明治維新と言う日本史上稀に見る革命を起こした地方はそれを思い出してみるだけで、他県にない魅力がある。大慌てで高知駅周辺の8寺を回って、いよいよ残すは高知県の室戸側4寺と足摺側4寺の8寺のみとなった。これは両方とも容易ではない。じっくり作戦を考えよう。
当方など向かい合って人から受けるサービスが最も好きだし心地よい。でも、世の中はどんどん変わっているようだ。最近のサービスの形態の一つに「ポイント制」がある。どこに行っても「カードはお持ちですか」「ポイントが付きますよ」と、訳が分からない位のカードやポイントがある。当方など、割と敏感で使うカードを絞って、ポイントも貯めているがその他大勢のポイントは全く覚えてもいない。昨日の朝、コーヒー会社からメールが入った。若い時からコーヒーは好きで、喫茶店に行ったり、豆を挽いて淹れたり、インスタントコーヒーを選んだり、一日数杯は飲み続けている。最近カートリッジタイプが広がってきて、コーヒーメーカーを買いカートリッジも買っている。一人分だが毎朝の一杯を楽しんでいる。そんなこともあって、カートリッジを買ったり、ドリップが壊れて買い替えたり、皆ネットで買っていたものだからポイントが貯まっていたらしい。「○○ポイント今月末で切れますよ」と知らせてきた。一体何ポイントあるのかチェックしたら大した額ではない。でもチェックすると、現在のままで何かが買えるポイントらしい。暇に任せて調べたら「大人のキットカットチョコ」が大箱2箱も買える。早速オーダーした。それが昨日の昼前。そして今朝、宅急便でチョコが届いた。何だこの速さは!そのあと、コーヒー会社から「ご希望品、発送しました」というメール。Yahoo-ShoppingやAmazonなどのデリバリーの早さにも驚くことが多いが。今日のチョコには驚いた。大した額のものでもないのに、ちゃんと「クール便」で。相手は見えないけれど、ここまで速く丁寧にやられると誰かにお礼が言いたくなる。「サービス」もどんどん変わっていく。こりゃ「サービス業も大変だ」。そう思った事件(?)だった。
メディアは新しいプロを作った。「専門家」。テレビを観ていると、何とも沢山の専門家が表れる。政治、経済、社会、文化、色んな世界の、かつ最近は相当細分化された分野の専門家がいるようだ。南の小さな島、海の底の火山、岩・石・砂、かゆみ・痛み、あくび・イビキ・夢・空想、いじめ・落ちこぼれ、色んな話題が出るたびに、「専門家は・・」と言って紹介される。大抵は大学の先生で、その分野の研究をしている人だが、時にはそんな人がいないこともある。最近話題は、「かたづけの専門家」、「町のイベントの専門家」、「田舎暮らしの専門家」など、現実的には価値があるのだがなぜこの人が?と思うようなものもある。同じようによく表れるのが「有識者」。これはいかにも胡散臭い。誰が、どういう定義で決めたのか知れないが、ことあるごとに出てくる人がいる。これまた学者さんだが、これは頷けないケースが多い。自分の周りにいる人や、昔一緒に勉強した人で、誰が「有識者」かと問われると、思いつくのは苦労人。色んな世界を知り、色んな人を知り、苦労を経験した人ほど尊敬に値する。「有識者」は尊敬されるような人でなくても良いのかな・・・。でも、政府の「○○会議」の委員は大抵「有識者」からなっているようだが。逆に言うと我々庶民は「専門家」とか「有識者」と言った言葉に弱く、ついつい尊敬してしまうのかも知れない。
世界を敵に回す宣言さえしてしまって誰でも殺してしまうものだから、最近イスラム過激派組織ISに対するニュースも減ってきた。ニュースを取りに行く人さえいなくなったということだろう。ただ、時折、占領されていた都市を奪還したとか、その間に他の都市を占領されたとか、そんなニュースが聞こえてくる。自分も含めて不思議だと思うのは、ISを攻撃するのは正に正義で、そのためにある程度死者がでるのは仕方がない、と思うこと。それが世界の常識になりつつあること。先の戦争の後半に、身をもって突撃してくる日本兵はおそらく気味悪かっただろうと思う。「特攻作戦」なんてやられると、どんな人間なのかと不気味に思ったはずだ。だから最終的に核爆弾を使ったことを「仕方なかった」という人達が多くいるのだろう。今、荒れ狂うISを目の当たりにして、核攻撃をしてでも早く殲滅しないと、と思っている人達がいるのではないか、と思う。それ位戦争の究極の姿は常識だけでは考えられない状況になってしまうのだろうと思う。世界遺産のパルミラ遺跡周辺はISの管理下になったとか。彼らの価値観ではそんなものはどうでも良いのかも知れない。ただ、思うのは今我々がISに対して感じる「信じられない不気味さ」は、おそらく大戦末期の日本に向けられたものと似ているのだと思う。そうであれば、やはり憎むべきはリーダーか。話して何とかなる人間なのだろうか。意外に不戦宣言をした日本に、その存在感を問われているのかも知れない。
先ほど結果が出て、橋下市長の敗北インタビューを聞いて、でも久しぶりに真剣にフォローした住民投票だった。時々刻々と発表される開票結果が、賛成・反対が入れ替わって、NHKが反対派勝利を確実としたのが開票率82%でしかもまだ賛成派の票の方が勝っている状態だった。投票率も、衆院選より高かったとか、何となく民主主義の厳しさ、公平さを味わうに足る選挙だった。橋本氏の敗北インタビューでの、民主主義賛美と「だって僕は生きている」というセリフが良かった。命がけの戦いを挑んで、負けても生きている闘い、という意味だろう。この投票にもやはり高齢者の影響が高かった様だ。既得権が無くなるかも知れないという選挙になると、どうしても保守的になるのだろう。早く、憲法改正についての同様の国民投票をしたいものだ。おそらく投票となると、皆、自分の意見を問われる訳で、真剣に考えるだけでも価値はある。
戦後の日本は日米安保に守られて平和にやってきたが、ここに至って日本だけが平和を享受するということが許されなくなった。当方などはだからこそ憲法を時代に合わせて改正することの必要性を説くのだが、まだまだ護憲派も多い。そもそも自衛隊そのものの存在自体が憲法違反ではないかと思うのだが、解釈だけでやってきた。今回の安保法制では歴代内閣が憲法違反と言ってきた集団的自衛権の行使も行えるようになるらしい。「解釈」が色々可能なのは良いことかも知れないけれど、そろそろそんな小手先のやり方はやめた方が良いのではないか。これまでの経緯をみるだけで理解するのは容易ではない。安倍首相も焦っているのだろうが憲法論議はきちんとやって、なぜこんな準備が必要なのかをきちんと国民に知らしめて改正の方向を目指すべきだろう。何とも見苦しい窮余の策。
国を挙げて将来の在り方を議論している。東京一極集中の弊害は至る所で見られ、地方移住に興味を示す若者も増えていると聞く。でも大半にとっての「地方」は訪れる場所、好きな人でも、行ってホッとする場所である。そこには「都会で稼いでその金で」地方にホッとしに行くという考えがある。真の意味で地方の時代を考えるならやはり、地方に高付加価値品の生産拠点を作る、それと日本人の「幸福感」が変わる必要があろう。物質的満足から、精神的満足へ、は果たして可能だろうか。当方はこの初夏の緑を見ながら、ごろり寝転んでいるのはかなり好きな方だが、でも欧米人のように海岸に座ったままで一日中、というのはまだできそうにない。稼がないとノンビリでも生きていけない訳で、やはり仕事も移していく必要がある。さて、問題は我々団塊。年金生活者がこぞって地方に移り住むのはどうか。大々的に起こればそれに伴い若者の仕事も移っていく可能性はある。でも、この世代は日本の「成長の歴史」。ここで「幸福感」の転換を強いるのは難しいかも知れない。周りの友人たちに聞くと「もう欲しい物はない」と言う人も増えてきた。欲しいのは「幸福感を感じる時間」だとも。変わっていく可能性が無いわけでは無さそうだ。
季節の移り変わりと言うのは不思議なまでに変わることなく進む。今年は寒い、桜は早い、暑い夏になりそう、いろんなことを言いながら、ちゃんと桜が終わり、ゴールデンウイークが終わると庭の緑が濃くなり、手入れがしたくなってくる。現役時代の作業服の出番で、胸に名前の入った長袖のシャツを着て植木鋏を使う。この種の仕事はやればやった分目の前に成果が表れて嬉しい。でも、二時間もやると汗びっしょり。それで終わる。すぐにシャワーを浴びて、昼間でも缶ビールを一本飲んで満足感を味わう。これぞリタイアリか。でもその次には必ず思う、後何年間これが続けられるだろうか、と。人生を季節に例えれば、もう晩秋か。冬は近い。あの春の頃、あの夏の頃、あてはめてみると人それぞれに変化があって、いろんな形の四季を過ごしてきた。人生の四季だけは一回きり。二度と春はこないけれど、でもこうして穏やかな気持ちで秋を楽しみ、冬を待つ。自分にとって緑の初夏っていつだったか、何をしていたか、誰が面倒を見てくれたか。風雨にさらされたこともあったが、何とか生きてきた。そんなことを考える植木の手入れ。長袖を着ていたのに今年も植物にかぶれたか、虫にでも噛まれたか、色んな所に赤いポツポツ。痒い。これも毎年のこと。爽やかな初夏の一日。
政治のレベルアップにも今後の社会の在り方にも、まずは国民が関心を持ち選挙の投票率アップが向上せねばと思っていて、その障害の一つがメディアだと思っている当方としては今回の英国議会選挙の結果は何となくホッとした。保守党が過半数を取ったという結果ではなくて、事前の世論調査の結果(保守・労働党拮抗)や出口調査(保守勝利だが過半数は?)とのギャップ。これでこそ本当の選挙だ。こういうことがあった方が、一人一人が自分で投票せねば、と思うだろう。英国メディアにとってみればある種の屈辱で「結果とのギャップについて検討している」とのことだが、そんなことは不要だ。事前の世論調査が、不要なマインドコントロールになっているのでは、と思うことが多い。メディアは結果の予想に重点をおくのではなく、選択の参考になる考え方や、意見の違いなどの(フェアな)報道の方に力を入れるべきだろう。他国ごとながら何となく嬉しく思った(?)ニュース。それでも投票率はまだ66%。
5月3日のニュースで「大型連休後半に入る」というセリフがあって驚いた。何故、今年の暦で連休は4月29日始まりで5月6日終りなの?って。どうせ追加の2日有給を取るのなら30,1日を休もうが5月の7,8日を休もうが同じでは?と思った次第。我々、「毎日が日曜」組にとっては全く関係ない話だが、これからはいつ孫たちが会いに来てくれるかという意味で他人ごとではなくなるのだろう。今年は好天にも恵まれて、日本国中、そして海外旅行組までしっかり休んだゴールデンウイークだったようだ。いつもの飲み会仲間からは、「こういう時はじっとしていましょう。」と言ってきていたが、なるほどこの時期に家族サービスをするのも並大抵ではないだろう。昨夕は3男家族が立ち寄ってくれた。車で30分の距離は別に帰郷という訳でもなく、数時間いて帰ってしまった。ま、これが最も平和に過ごせる家族関係なのかも知れない。3日には大学生になった姪がアルバイトをしている所をみようと横浜まで足を延ばし、歩いてきた。ここも人人人。何れにしろ、人出が凄かった(であろう)黄金週間だった。毎日が日曜組にとっては、これも「第三の矢」の一部であって欲しい。経済が柱であって良いから、政治・社会もまず、積極的明日に向かって再スタートするよう期待したい。 今年も憲法記念日がやってきた。昭和22年5月3日施行だから全くの同い年、68年過ぎたということだ。全く変更することもなく「解釈」の仕方で守ってきたがどう考えても日本人は「憲法に甘えてきた」と思う。若い頃は「何故自衛隊は違憲ではないのか」と思っていたし多くの議論があった。今、自衛隊違憲論などを大声で唱える人は見られない。だから改正の必要はないということだろうか。敗戦前の日本の常識が信じられない位国際的非常識だったからまずはそれを根本的に改めたいというのが米国をはじめとする連合国側の意向だった。そのお蔭で日本人は全ての力を復興に集中した。経済が主役になり、お金で世界を牛耳るまでになった。これはこの日本国憲法のもたらしたものだ。護憲派はこの甘えの構造を快いと思っている。おそらく我々の心の中にも「昨日と同じ明日が続いてくれれば有難い」という気持ちがあるのではないか。でもこれだけグローバル化した世界の中で、経済面だけはしっかりグローバルで、政治や軍事については憲法に守ってもらう平和主義に頼るのは余りに勝手ではないか。憲法も知らない甘い考えの若者たちにぜひ将来の日本の在り方、「幸せ」の在り方を考えてもらうためにも「憲法改正論議」位はもっともっと進めて欲しい。その中から「あるべき憲法の姿」が見えてくるはずだ。 今朝目覚めたらまず総理の演説をネットで「読んだ」。悪くない、と思った。ケチをつけるのは誰でもできるけれど、全体としての流れは、「未来志向」で「平和志向」でかつ適度に現実の問題点を入れながら、訴えるべきところを訴えていたと思う。70年メッセージを含め敢えて言えば、国連との立ち位置の明確さが欲しい。何しろ日本は未だ常任理事国にさえなっていない。当方の基本的考えは、「国連軍」に参加できない国は常任理事国になるべきではない、と思っているので今のまましかないと思うのだが、何れにしろ国連の中でどう動くかを益々問われるようになる。今の所「金(カネ)」で参加するしかないがそれしかないだろう。変化を期待する当方だが、平和主義まで否定する気にはならない。そこが安倍首相と異なる最後の一線かも知れない。でも今朝の演説は概ね同意する内容だったし、これからの日本の「立ち位置の原点」を示していたと思う。英語の「remorse」と「repentance」の違いなど判る筈もないが、政府は相当詳細に一語一句までこだわったのだろう。この内容ならあえて、「侵略」と「お詫び」を入れる必要もなかろう。米国追従で行かざるを得ない日本を理解しているつもりだがこれをもう一歩踏み込んで「愛国心」を強調しようとすると、「軍備」に走らざるを得なくなる。だから当方は常任理事国入りまで考えなくても、と逃げに走ってしまう。この件は孫の世代になれば全国民の大きな課題になるだろう。でもまずは、「何でも反対」ではなく「いかにあるべきか」議論を誰もがするような国になることを望む。こんなことを考えさせるような、良い演説だった。
官邸の屋上の異物が13日間も発見されないなど、政府の警備はどうなっているのか。世界の笑いものだ。放射能を含んだ汚染土ではなく例えば「サリン」だったら・・考えてみればノンキな警備と言えるかもしれない。犯人が「原発反対の自己主張」の場所を探していた、という事件で良かった。この所「ドローン」には興味があって、通信販売でカメラまでつけて1万円と言われて申し込んでも良いなと思っていた所だった。これでおそらく飛ばす場所や監視など制約は増えていくだろう。でもこんな機能がそんな安価で誰にでも手に入れられるなんて驚く。何しろ子供の頃からハイテク品はまず高価な段階を経て何れ安価になって庶民のものになるというのが開発の流れだと信じていたが中国の安価品の参入でその変化のスピードが大幅に上がってきた。この事件を見れば、北朝鮮や、ISの様な過激派、そして変質者など恐ろしい武器やテロの方法を考え出す人間はいくらでもいそうに思える。イスラム、アラブの戦場の無人爆撃機はワシントンで操縦できると聞く。制御する操縦士たちはゲーム感覚で爆撃しているようだ。そんなドキュメンタリーをみると、この分野も「技術は人間に幸せをもたらす」というテーゼに疑問符をつける。もう一度「何を幸せと感じるか」というレベルに戻るべきかも知れない。とは言いながら一度触ってみたいと思うのは「新しい物好き」の本能だろうか。これまた考えさせられる事件。 4月の四国出張から帰った。今回は金曜の会議の後、初めて高速バスで松山に。一泊して今日は張り切ってお遍路ドライブ。愛媛県で最も西側の三寺に行った。終わってみたら時間タップリ。これはラッキーと3月に(雪で)行き損ねた60番横峯寺まで足を延ばした。この寺だけポツンと残すことになるのではと、心配していたが今日はバッチリ。春の好天の中、ドライブを楽しんだ。でも、横峯寺往復の道は大変なドライブだった。細い道を運転していてここで対向車が来たらどうしようと思っているのだが、そこはお遍路仲間、お互いちゃんと待ってくれるし、そもそも弘法大師が守ってくれる(?)。なぜか問題なく往復できた。八十八ヶ所巡りで増えた一人ドライブ。何を考えながらハンドルを握っているか。ある時は幼児状態で何も考えず(これが最も良いらしい)、ある時はこれまでの人生を振り返り、特に先に逝ってしまった人のことを想う。時々、誰かに語り掛けたりさえしている。歩き遍路の人達の無心の領域には程遠いが、でも「遍路ドライブ」にもそれなりの「自分の人生を振り返る」価値はあるように思える。横峯寺へのドライブはそんな余裕は全くなく、とにかく対向車と巧くすれ違えるかだけを考えるドライブだったけれど。でもこうしていくつかの寺を巡って帰宅した時に感じる達成感・安堵感の様なものは一体何なのだろう。おそらく「貴方は幸せなんですよ。でもいずれは・・・」と言うことを教わった時の一歩進んだ気持ち・・その表れなのだろう。これで愛媛県(伊予の国)も、40番観自在寺(これは殆ど土佐)を除いて終わった。こんな楽しみを与えてもらって感謝しなくては・・・ 現役の頃、一つの信念として「Something New」と言っていた。どんな小さなことでも物でも何か新しい要素を入れることの重要性を説いた。政治の世界で保守と革新と言う時、どちらが「変わる」ことを志向し、どちらが「昨日と同じ明日」を志向するのか。本来、答えは言わずもがなで、保守と言う言葉は、これまでや、今日を良しとしてそれを守ることだろう。「革新」というからには何か新しいものを求めていくことだろう。ところが現実の政治をみるとどうも逆に見える。例えば憲法問題。時代が変わり世の中の常識が変わっていっても、「絶対に守るべき」と言っているのは誰か。「自衛隊は違憲」と言っていたのは誰か。今やいつの間にかそんなことを言う人は見当たらない。英語では自衛隊はdefence forceとかJapanese Armyと呼ばれているが「軍」と言えば批判される。何とも理解しがたい「革新」である。国会でどんな法改正の議論があっても、(時代に即して)「変えよう」とするのが保守で、以前と同じで良いとするのが革新だ。「これ以上変える必要がない位」良い世の中だと認めているのかと思えばそうでもない。次から次へと現状への不満は噴出する。革新とは現状の問題点を明白にし、それをどう変えるべきかを提案して保守と対決すべきではないのか、「何でも反対」ではないはずだ。世の中は変わっているのに、日本や我々だけが何も変わらないで良いわけがない。そんなことは誰でも分かっていることだと思うのだが、そうでもないのか。革新とは原始に戻ることだと大声で言われれば、「なるほどそれも一理ある」と、言えなくもないけれど。分かりにくい「保守」と「革新」。 2年半前に昔の大先輩に推薦されて企業研究所の調査研究のアルバイトをやった。名簿に名前が残っていた様でまた声をかけてもらった。この仕事は国レベルの大きなプロジェクトについてメンバーの大学の先生たちが期待通りの研究をやり、成果を上げているかを調査する仕事。何しろ中身が高度な研究なので、調査を開始するまでの予備知識の習得が大変。自信はないのだが、当方にとっては大きな知的刺激が得られるため、またもや引き受けてしまった。一緒にやる人たちも昔バリバリの研究者だった人達ばかり。先日顔合わせをしたら、「しまった。受けるべきではなかったか。」とやや反省。それでも、自分の名前でレポートする訳でもなく、個人としての責任も社会に対して負うわけではもないので、居直ってしまえば気楽に新しい分野の勉強ができる。我々の若い頃の調査は、まず図書館に籠って調べ始めたものだが、今はパソコン1台あれば、どんな分野でも基本的知識を得るのは容易だ。毎日、カチャカチャキーボードを叩いている。日本の大学の研究も最先端をやっているのだな、と嬉しくなることも多い。公的な研究費をプロジェクトとして貰うためには、「難しいことを、(我々でも判る様に)やさしい言葉で説明できなければ」ならない。同期で大学に残った友人が言っていたように、ちゃんとドキュメンテーションができないと研究費も得られない。こんな世界も大変だろうな、と思いつつ楽しんでいる。 めったに乗らないけれど、いざと言う時のために持っている古い車。6月には車検。17年目だという。遂に今年は廃車にする決心をして、念のための2台めは小さな軽自動車の中古を手配している。その納車の前に絶対やっておくことがあって、ようやく昨日済ませた。何しろ古い車はワゴンタイプで後部座席を倒すとかなりの大きさのものがかなりの量載せられる。長い間、借り倉庫で使うこともなく眠っていた椅子8脚を処分した。この車でないと運べない。積み込むのに一汗かいて、粗大ごみ処分場へ。ここは素晴らしい。周辺は自然たっぷり、広々とした公園には菜の花が一杯。作業も効率的。受付で車体重量を計り、流れ作業で指示に従って走れば、出口で再度計量。減量の重量で処理代を払って終了。働いている人達の表情も明るいし、気持ちが良かった。久しぶりに活気のある「現場」を見たような気がして嬉しかった。きっと皆さん「やりがい」をもって仕事をしているんだろうと思った。色んなものを作り、それを買い、使い、最後は捨てる。この最後のステップがきちんとしている社会ほど発展しているのだろう。さて、このポンコツ車も流石にこれで(売られることもなく)廃車になるのだろうが、捨てられた椅子と同様、きちんとそのサイクルを終えてほしい。人生も一緒だけれど、「きちんと終わってこそ」意味のある存在だったことの証明といえると思う。最後の後始末は「明るく」、それがすべてを価値あるものにする。 昨日の統一地方選挙。国民の現状維持志向の結果とか。現職ばかりが当選。その結果に不満がある訳ではないが、問題はそれが「民意」と言えるかどうか。投票率の低さが目立ちすぎる。至る所で50%以下、60%を超すところはない。当方のエリアは40%。結果は激戦で当選と落選の差は500票台だった。こんな結果なら行ったのにと言う人も多いのではと思う。選挙の度毎に書くが、メディアは責任を感じるべきではないか。20時に投票締め切りで20時に当選確実が出、以降開票率0%で次々と当確を発表する。例えば締め切り時間ぎりぎりに投票所に行く人にとってみれば自分の一票が民意の表現になるなど思いもしないだろう。これでは投票率は下がる一方だ。開票作業をやる人達だってやりがいがあるだろうか。そもそも、早く当確をだすことに何の意味があるのか。選挙の結果は開票がすべて終わって票が確定してから発表することに決めてそれが何か問題になるのだろうか。不思議でならない。メディアはそんなことに努力するよりもっと投票に行きたくなるような選挙報道を考えるべきだ。それをやらないとこの国の民主主義は形骸化、またはそれ以下の実態のないものになる。もし現役の政治家たちが、「今のままの方が良い」と思っているのならそれは許されないことだ。投票年齢を18歳まで下げても、選挙区調整をやっても、50%以下を前提にしたら余り意味がない様に思える。選挙の度に感じる無力感。 昨日はOBのゴルフコンペ。天気にも恵まれて、久しぶりに会う昔の仲間と語り合う。80歳代も二人、70歳代が主流。兎に角皆さん元気。ゴルフが生きがいになっている。きっと健康には良いのだろう。しかも、皆さん向上心旺盛、まだまだ「100切」「90切」「85切」「80切」とそのレベルに合わせて目標をもって頑張っている。当方は120切。まだゴルフのスコアの優先順位は高くはないが、でもコンサルの仕事がなくなったり、パソコン教室の講師などのアルバイトも誰かが声をかけてくれないとできない訳で、それでもゴルフはやり続けたい。この会の参加者を見ていると「負けちゃいられない」と思う。本当はもっと練習をして、道具や衣装にも投資して・・幸か不幸かその優先順位はまだ低い。何れにしろ我々が生きていく上で何らかの「張り合い」は必須。いつそれがゴルフになるかな、と思う。体がついていかなくなるのと競争かも知れない。 昭和47年入社なものだから、いつの間にか4月7日に同期会をやるようになった。東京入社の事務系の集まりが、いつの間にか技術系の人間も次第に本社に近づいてきてメンバーも増えた。当方などは後半から加わったものだから、この会でしか会わない人も多く、今でも、この人誰だったっけと思うことも多い。でも、皆共通の思い出があって、新入社員の合同教育と、初めての赴任先決定の時の話はいつも盛り上がる。あれから実に40年。皆歳を経たけれど、共通の話題をもって年に一回集うのは素晴らしい。昨夜は29名が参加、和やかにすごした。見たらすぐあの頃の顔が重なる人もいれば、どう考えても違うなという人も。他の人の眼では当方は明らかに後者らしくて・・・喜んで良いのかどうか・・・やはりNoだろうな。 現役の頃、「日本の経営」・「新日本の経営」という本を読んだ。著者はジェームス・アベグレン。米国人だが、日本人女性と結婚して日本国籍を取り、2007年に日本で亡くなった。日本の親会社のコンサルタントをしていたこともあったようで、米国人のボスを紹介して夕食を共にしたこともある。日本の企業の強さの源泉を、「年功序列」「終身雇用」「企業内組合」であると分析した。当方は米国親会社とのJVにいて、グロバリゼーションの荒波に揉まれていた時で、ご意見には「もうそんな時代ではないんだけど・・」と反発心を感じたことを思い出す。この人が住んでいた別荘が内房にあり、その面倒を関連会社が見ていると聞いて、試しに宿泊した。流石に有名人の別荘で、レンガ造りの二階建て、東京湾に面した素晴らしい建物。常駐の管理人さんがいて、美味しい食事も出た。久しぶりに違った世界を楽しんだ。管理人さんと昔話をすると良く知っている方たちの名前が次から次と飛び出して、時計の針が10年逆戻りした。企業の歴史を考えたり、知人たちの人生を考えたり、そしてそのように日本の歴史を分析した著名人の最後を思ったりした。自分自身が意外な人とお付き合いがあったのだと、驚きもした。ベランダから浜の岩場に降りると夕陽に映えるアベグレンハウスがあった。 近くに住む三男が時々孫を見せに来てくれる。当方にとっては何よりの楽しみ。先日は世代差に驚いた。三歳の孫息子は鉄道大好きっ子なのだが、この世代はスマホに抵抗がない。親のスマホでYou-Tubeを選び、音声認識で「アナユキ!」と叫ぶと、ちゃんと「アナと雪の女王」が出てきて主題歌が流れる。次はそれを耳にする一歳前の孫娘、お兄ちゃんが選んで流れる曲に、敏感に反応、他の全てを忘れてスマホに聞き入る。いやはや、凄い。まず三歳のチビちゃんが「音声認識」でインプット。一歳前の女の子は「アナユキ」に飛びつく。全く違う現象だけれど、共に大人が教育しなくても「自分で学んで」いる。お爺さん、お婆さん、「音声認識」って分かります?「アナユキ」の主題歌がなぜ本能に訴えるか分かります? 何とも進んでいく文化である。ITの進歩はカルチャーを変える。経験が武器でなくなる世界を作っている。音に対する感度も、おそらくどんどん変わっている。アナユキの主題歌が広く人気があるのは分からないではないが、なぜそれがゼロ歳の感覚に訴えるのか、多分、これからこの子たちが大きくなるまでに、そんな感覚の世界も明らかにされていくとは思うけれど。まさに驚いた。 4月になった。午前中は暖かな好天。一気に桜が開いている。いつもの散歩道をのんびり歩いた。このホームページを開いて5年が経った。少しづつアクセス数は減っているようだが、それでも毎日誰かがチェックしてくれている様でまだ「ヤル気」はキープしている。隠しているわけではないが、とりあえず実名は伏せて、知人のみにアドレスを知らせ、一人でも読んでくれる人がいてくれれば、と継続している。夜キーボードを叩いている時に、「誰かが読んでくれているんだ」と思うと、何となく嬉しくなる。旅の記録、読書の記録、ゴルフの記録、それに寺巡りや詩集と色んな記録を続けている。特に誰のためと言う訳ではなく、でも誰かと共に今を生きているんだという記録だ。珠に「読んでますよ」と言ってくれる人がいると単純に嬉しい。過去の人になった後は何があっても分からないが、「こんな人がいたんだ」と思ってくれる人が一人でもいれば嬉しい。5周年の記念日に悦に入っている。いつもチェックして頂いている方々、有難うございます。珠にはフィードバックをお願いします。 今月も高松から松山に回って、難所の一つとして有名な岩間寺にお参りした。いつのまにか四国八十八ヶ所の67寺を回ったことになる。岩間寺は冬の間行かなかったのは正解で、山中にあるというだけでなく、アプローチが大変。でも、宗教の力と言うべきか長い石段を遍路さんたちは登っていた。当方は昔の登山を思い出しながら、汗を流した。堂宇にたどり着くと、皆さん息を切らして、でも笑顔。ホント登山と似ている。修行用の岩窟があって、中に入ったが正に真っ暗。薄暗い電燈はあったが、眼は慣れず、手すりにつかまって歩いた。こんな暗闇の中ででも多くの人が修行したようで、これまた「生きる」ということの意味を考える。初春の半日、わずか二寺しか回れなかったが、何となく心穏やかになる巡礼。四国に住んでいる人は四国が好きで誇りに思っている人が多い。それだけ住みやすいのだろうけれど、お遍路さんへの「接待」の気持ちが、おそらく周りと助け合う気持ちを育て、それが住み続けたい気持ちになっていくのだろう。都会の冷たい人間関係に比べるとホッとするのかも知れない。いつの間にか2年以上通っている四国だが、八十八ヶ所巡りを始めてますます好きになってきた。我ながらホッとする時間が好きなのだろう。 月末の四国出張に行っている間に、この事件は信じられない展開をみせた。テロ事件の可能性はあるかも知れないとは思っていたが、まさか副操縦士が他を締め出して一人で「自爆」した可能性が高いとか。こんな事件が起きるとは通常は考えられない。飛行機会社や、周辺の人々など、何かやれた人もいるだろうが、完璧な予防策などあり得ない。テロ対策(コックピットからの締め出し)の逆効果、操縦士のメンタル検査の徹底など、言われるけれど完璧な対策は無さそうに思える。色んな危険予知法が言われるけれど、この事件は乗客サイドには打つ手は無かった。もし彼が原発に突っ込もうとしていたら・・・。「人生は生かされている」、そう思うしかない。まさか「移動することが悪」では無いだろうから。 ドイツのLCCがアルプスに墜落した。150人が犠牲に。この種の事故はどこかで起きている。事件性のものや、偶然性のものなど色んな原因があるが、統計的にみればそういった理由も含めてゼロにはならないのだろう。乗客・乗務員もある確率で危険を背負っている。道を歩いていても、運転していても、例えそれが怖くて家の中にじっとしていても、何らかの危険はあるし、確率に当たってしまえばそれが運命と思わねばならない。「生きていく覚悟」のようなものを持つ必要がある。こうして年齢を経て、多くの知人が逝ったことを思うと、よくぞ危険をくぐり抜けてきているなと改めて感じる。今の世の中はその種の覚悟を持たない、その種のことを考えない人が大半になってきている。それを幸せな世というか、やはりそれではダメだと思うか。世代毎に尋ねてみたい。色んな事故のニュースを聞くたびに感じるある種の「無常感」。 暖かくなったと思えば、又寒さがぶり返し、毎年のことだが「三寒四温」とは良く言ったものだ。またこうして春が来る。昨日から桜の開花宣言もはじまった。どうでも良いことだけれど、何故かニュース性もある。桜前線が南から上がってくる。こんなことを大ニュースとして多くの人が関心を持ち、日常会話の話題にする国はそう多くはないだろう。まずは人々が取り敢えず食うに困ることなく生きていなければならない。次には花を話題にできる心の余裕も必要だ。これは決して贅沢な生活をしていることではない、ただ桜が咲くのを待ち、花を楽しみ、そして花の下で飲む。そんなにリッチである必要はない。ただ一瞬の花を楽しむ。そんな花の季節が今年もやってきた。これまでは、春が来たことを喜ぶ気持ちが強かったが、この頃は又春を迎えられた喜びが強い。同じことなのだが、こちらは生きているのが当然で春がまた来てくれた、と思うか、四季は巡ってくるのが当たり前で、今年も「生きて、元気で」迎えられたことを喜ぶか、少しニュアンスが異なる。今日は、カメラを持っていつもの散歩道に行って桜の蕾を撮った。正に開かんとしている。何とも心ときめく瞬間。あと一週間すれば開花どころか一気に満開になるかも知れない。毎年のことだけれど、日本人で良かったと思う季節である。 福島の避難民、帰還困難地域、汚染された自然、汚染水の排出、風評被害などなど、4年経っても原発問題は先が見えない。それでも私は大地震以降、ずっと再稼働を支持し、反対運動には反対している。理由は沢山あるが、まず、原発の問題は一国一地域の問題ではないこと。ひとたび大量に漏えいし放射能が地球上を覆えばどこの国から漏れ、誰が責任を取るかなどと言うことは問題ではなくなり人類全体の問題となる。そして現実には多くの原発が世界中で動いている。人類として事故を起こさない技術、起こっても解決できる技術を一日も早く確立する必要があり、そのためには核の恐怖を知り、原発のトラブルにも直面しているこの国ならではできることが多く、この国が果たさなければならない責任は大きい。核燃料サイクルの確立まで今こそ初期の原発プランの完成を急ぐべきである。第二は環境・燃料問題。再び化石燃料への依存度が上がり、炭酸ガスを排出し続ければ、地球温暖化の害は原発で考えられる害よりも遥かに大きい。人類が今の生活を続ける、続けようとする限りこの問題は避けて通れない。シェールオイル技術が出来たお蔭でオイル価格が下がり、火力発電依存がますます進み、CO2問題は加速する。台風もハリケーンもサイクロンも最近の被害は「想定外」のレベルになってきた。これまでの自然現象を次々と変化させているのはほとんど地球温暖化だ。特にそもそも化石燃料を持たない日本が頼るべきエネルギーは原発しかない。勿論、バイオもソーラーも風力も波力も、地熱も、新しいエネルギー源についての研究開発はどんどんやるべきだが、まだまだ数%が関の山だ。消費の方はますます増えているというのに。多くの人が常識の如く原発反対を唱える。知識人も多い。大江健三郎も、立花隆も、倉本聰も・・・おそらく主張は正しい。彼らは心の中で「人間は生き方を変えるべきだ」と主張している。究極の幸せとして極論すれば自給自足で生きよと言っているに等しい。私の年齢になるとそんな生活に対する憧れもある。それでも子供や孫たちに将来あるべき姿として古代回帰を主張できるだろうか。これだけ人口が増えている現代では自給自足など不可能だろう。おそらく原発問題と言うのは、人間の幸せの形を問うことだと思っている。 先月の中国春節の頃にオホーツクに行って、先日雨の高松栗林公園に行って、行く先々で台湾や中国からの観光客に会った。彼らは、どちらかと言うと観光が主で買い物は従の様だが、それでも空港の土産物店は「先ほど中国人のお客さんが全て買い占められて・・」なんて言っていた。東京は「買い物ツアー」も多い様で、銀座の百貨店周辺に観光バスが止まっている。彼らは平均20−30万円の買い物を楽しんでいるとか。日本経済、アベノミクスにとっては大変なサポーターだろう。一方、先日JTBで聞いた所、日本からの中国向け旅行ツアーは大幅に減少していて、現在実施されていないツアーも多いらしい。原因は、日中関係の悪化で、特に海外旅行を支えている我々世代が中国は嫌っているようだ。政治面では一向に改善の兆しは見えないのに、何故か訪日観光客は絶えない。おそらく、とりあえず日本は安全で、かつ「おもてなし」に徹しようとしているから。でも先日新聞に「中国政府が日本での”瀑買い”に苦言」とあった。これは頷けるだけに、いずれこの種の日本ツアー客もコントロールされるようになるかも知れない。リタイアしてから旅行した、イタリア、ギリシャ、スペインなど、「観光で生きようとする歴史的国々」を見ると、日本がそうなるのを急ぎたくはない。勿論、自然・文化などを武器に観光客を呼ぶのは国の活性化になるだろうが、それで日本が「観光立国で食っていく」と言うことにはならないだろう。息の長い日本観光の在り方を考えたい。一時的ブームに振り回されないように。 鳩山元首相がロシアから帰国した。もう気にする必要のない存在だと思うけれど、報道を見る限りクリミアやロシアに入国し日本を代表したような発言を繰り返し、ロシアから丁重に扱われた様だ。ここまでくると「一個人行動」だと看過できない。政府も訪問には反対したようだし、お膝元民主党も苦虫、知らん顔。この人には「元首相」の責任感はないのだろうか。世界中でロシアの強権ぶりを非難しているというのになぜ敢えてロシアのサポートに出てくるのか。しかも「日本は洗脳されている」と発言したとか。一個人としての行動や発言は勝手だけれど、でも許せない思いがする。今の沖縄問題だって、あの民主党政権ができた時の各種発言が尾を引いている。「宇宙人」なんて言われているけれど、日本の歴史上の「一元首相」てある。これまでこんなひどい元首相がいただろうか。何とも不快感を覚えるニュースだ。でも誰かが書いていた、あの時代民主党を選択し、鳩山首相を作り出したのも皆、国民の責任だって。民主主義の結論だった、って。怖いな。 昨日は大震災4周年。今年もそれを機に、「風化させない」ことの重要性が語られる。確かに、あんなことがあったということは絶対に忘れてはならないし、風化させてはならない。でもその気持ちの一方、100年後の日本人にとっては、明治維新も太平洋戦争も、そして東北大震災も、おそらく同じベースで語られるようになるのだろう。その時の為に何を残すべきか、「残すべきことが多すぎる」と思う。人間にもって生まれた能力、「忘れる」ことの重要性も感じる。昨日も一日中、「3.11を忘れない」、「大震災を胸に刻んで」と報道された。でも、昨日、「原爆を忘れないで」という人はいない。大きな事件も、災害も、いずれは歴史の「One of them」になっていく。そう考えると、「忘れることの重要性」も感じざるを得ない。でも、皆が忘れることに慣れ過ぎると、最後はまた「忘れてはならない恐怖の社会」が待っているかも知れない。これが、歴史なのだろうけれど。 今年も高松のクライアントに頼んで予定を合わせてもらって、長旅をしてきた。高松での仕事が終わって、翌日小雨の栗林公園、梅が見ごろ。小学6年生の修学旅行以来のこの公園。勿論何も覚えてはいない。梅だけではなく、池を巡る庭が美しかった。そのあと、因島へ。5回目の安政柑を守る会。今年の収穫にも30人近い人達が集まった。雨の前夜祭だったが、当日は春の陽気。収穫、箱詰めに汗を流した。海を見ながらのおにぎりの美味しさは今年も同じ。夕方は今年もバーベキューを楽しんだ。翌朝起きたら、冷たい雨。信じられない幸運。収穫の日のみ晴れてくれた。その後八十八ヶ所巡りで今治に回ったが遂に雪まで。いやはやラッキーと言うしかない。5年間続けたこの収穫、果たしていつまで続けられるだろうか、天候だけでなく気になる。いつの間にか「因島」という場所がまるで自分の故郷が如く・・暖かく迎えてくれる。でもメンバー全員確実に年齢を経ている。ただただ今年と同じ来年が来ることを祈りたい。 現役の頃から、防災は優先順位が高かった。会社でも1997年に死亡事故があった。それ以降一層感度が上がった。でも、だから事業を止めるという話はなかった。化学会社のみならず全ての産業で、万が一の危険と闘いながら活動している。さて、昨日の記事で高校の運動会の騎馬戦で生じた事故の裁判の話があった。結局、教師や学校、教育委員会の対策不十分で有罪の判決が出た。問題はこれで教育界がまた萎縮して、運動会だの部活だの、危険があり得る活動から逃げていくのではないかという懸念である。青春時代の騎馬戦、息子たちの運動会の騎馬戦。騎馬戦や棒倒しは運動会の花だろう。でも同時に怪我をする可能性は十分にある。この被告は大きな障害を残した。だから気になる裁判である。人間の社会活動で、「100%安心」という活動は無い。何をやっていても何らかの危険を負っている。被害を最小にするための努力は精一杯するとしたうえでなお、危険は決してゼロではない。これは受け入れるべきではないのか、さもなくば何も活動できない。人間の活動とその蔭の危険。考えさせられる判決である。 18歳の少年が13歳の少年を「逆恨み」で殺す。何と言う恐ろしい事件が起こるのか。日本中がいきさつと原因の解明に耳をそばだてている。自分の少年時代を思い出す。記録にも残らない小さな事件だったけれど、おそらく当方の人生に大きな影響を与えた。今回の事件のニュースを聞いていても、「同じ仲間で楽しかった」、「怖くて誰にも言えなかった」、「暴力で青あざができて問題になった」。当方の昔の想い出と全く同じだ。でも大きく違うのはその結末。たとえ「恨み」に思ってもそう簡単に殺すだろうか。そこで思うのは今の「ゲーム社会」。ゲームの中では闘いでも、殺人でも正にゲームとして誰もが「楽しんでいる」。こんな社会に育つと、最終的に「殺す」ということがそれほど悪ではないのかも知れない。確かに戦国時代を勝ち抜いた人も、明治維新を成し遂げた人も、そして太平洋戦争を推進した人も、「殺す悪」の優先順位はそれほど高くなかったのかもしれない。子供たちに、若者に「殺す悪」の重要性をきちんと教え直さねばならないのかも知れない。若者だけの話ではないとも思うけれど。 昔、渡辺淳一の小説(流氷の旅?)を読み、最近、司馬遼太郎の「オホーツク街道」を読んで、オホーツクの流氷を見てみたいという気持ちはあった。今週、いわゆる普通のツアー旅行で「流氷の旅」を試みた。紋別は好天だったが、流氷は遠く、結局遊覧で終わった。ところが次の網走の砕氷船は、幸運にも流氷まで連れて行ってくれた。観光客によっては、流氷に会うために何度もこの季節にオホーツク通いをした人もいるとか。当方は初めてのトライで味わうことができた。確かに、アムール川からの氷が成長しながら北海道オホーツク海岸に寄せてくる現象はいかにもロマンチック。氷の中で感動した。人間の力ではまだコントロールできない。気温と、風のなせる業。観光客は喜ぶが、地元の人達は早く流氷に去って欲しいと願うらしい。昨日、道東は快晴の好天、流氷ははるかに去ったらしい。そして今日、ニュースをみると道東はとんでもない悪天候。暴風雪になっている。これはこれで船は出せまい。何と良いタイミングで訪れたか、帰ってから驚く。今でも目を閉じると流氷の中を思い出す。好天の中だったから素晴らしい印象だったが、あれが吹雪の中だったら、と考えると恐怖だ。初めてのオホーツク海はとりあえず暖かく迎えてくれた。宗谷から知床まで、四季をみたい。冬に訪れて、そう思った。 音楽と言われれば視聴も歌うのも何でも好きと言えるのだが、得意と言うものはない。でも一流と言われる演奏を聴くのは無条件で心地よい。かの千住真理子のコンサートが千葉であるとのことでのこのこ出かけた。12歳デビューで今年40周年というには見た目は実に若い。演奏も良かった。静かな曲は目をとじて、激しい曲はそのテクニックに目を見張って、かの有名なストラディバリウスに聞き入った。そして最後はチゴイネルワイゼン、これは圧巻、バイオリンという楽器のすばらしさを思い知った。勿論、テクニックはプロなので巧いのは当然なのだろうが演奏に気持ちを込めているのが伺えるのが良い。珍しく「感動」した。その後、大サービスでアンコールが4曲もあったが、これは不要だった。演奏できるって素晴らしい。でもそれを聞かせてもらって酔えるのはそれ以上の贅沢なのだろう。良い時間だった。こんな時間を心から楽しめるのもリタイアのお蔭か。 IS(イスラム国)の恐怖に世界が怯えている。日本も例外ではなくなった。このグループのプロパガンダの巧みさは、ネットを巧妙に一方的に使うことだ。他に情報を取る術がない故に、世界中がその発信を「待っている」。嘘だろうが、真実だろうが彼らの発信がニュースに取り上げられる。その採り上げ方が特に日本では異常な様だ。欧米では彼らの発する画像はニュースにしないなどの自己規制が取られているようだが、日本ではおそらく各社が競ってニュースにする。これは発信者の思うつぼだ。ネット情報の怖さは誰でもどんな内容でも一方的に発信できること。メディアたるものせめて信憑性やその影響の予測位はすべきだろう。一方、自分たちの書く情報については、ネットの反響を恐れて不要なまでの自粛をする。企業も同じで、最近の食品への異物混入のニュースなど異常なほどの対応だ。世の中全体がたった一つの(得体のしれない)情報に振り回されている。これが正しいメディアの在り方とは到底思えない。遂に、「ロボット犬を蹴るのは(かわいそうで)許せない」などというニュースまで飛び交う。何でもネットで流して何でも騒ぎにする。変な社会である。でも、皆、そんなにネットの情報をフォローしているのだろうか。不思議で、ちょっと怖い。 現役の頃は色んな世界を飛び歩いていわば仕事に酔っていたかもしれないが、こうして退職すると、グローバル人間だったとは言えない位、英語を使う機会すらない。僅かに数人の人達とクリスマスカードをやり取りしている。その中の一人で、彼が新婚ホヤホヤで千葉に研修にきてそれ以来、何と25年以上に亘ってお付き合いしている米国人家族がいる。数年前から中国の工場の工場長で頑張っているが、その彼が春節の機会にグアム島でバケーションを過ごすので、その途中で成田で一泊するという。昨夜、成田のホテルで会った。当方が会うのが7年ぶり、家族に至っては10年以上経っての再会。でも会ってみれば、長い空隙はどこへやら、昔と同じようにお互いの近況を語り合い、家族の成長を知らせ合う。もう日常ベースで英語を話す機会も無くなって時間がたつが、そんなことも関係なく、お互いの時計の針が戻る。ただ彼も3人の子供の3番目を同行し、当方も三男の家族を呼んで、彼らを紹介しあうと、目の前に年月が見える。わずか一泊の時間だったが、これほど楽しい時間はない。お互い子供を通じて、自分たちが年齢を経ていることを認識した。でも、こんな人間関係を持っていること自体が、人生のご褒美かと認識させてくれる嬉しい時間だった。 いつの間にか、我々日本人はたった戦後の70年間だけをみて、勝手な「日本像」を作り、それがあたかも「あるべき」「あって当たり前の」日本像と思ってきたのではないか、今の国際情勢の中の日本の立ち位置を見て、余りにも甘いと思うのは当方だけだろうか。軍備はしないと宣言し、米国の傘に頼り、でも経済の面では必要以上に世界での存在感を高めた。こんな国の在り方が認められるのだろうか。軍備にはお金を使わずに済んで、経済面だけで世界を制覇して、相変わらず平和日本を売り物にして・・こんな国の在り方がいつまでも続き得るとは思えない。我々団塊は丁度敗戦から、高度成長を担って、経済面での存在感に集中してきたわけだが、それが今後の50年も続け得るとは思えない。安倍政権はそれを良く認識したうえで、早い目(?)の対策に着手しようとしているけれど、この平和慣れした日本と、福祉に頼る団塊中心の社会が、そう簡単に次の時代に変革していけるとは思えない。きっと何か大きな変革に耐えなければならなくなる。多分、我々はもういない時代なのだろうけれど。次の世代に頼るだけだけれど。 現役の頃、「変わること」の重要性を口癖のように説いていた。日々競争の激しい企業社会で、変わらなければ競争に負ける、競争に負ければ奈落の底。と信じて走り続けた。今、「振り返る年齢」になって「変わらないものや変わらないことの価値」が分かってきても、その考えに大きな矛盾はない。なぜなら、何もしなくても世界は社会は我々は変わっているから。変わらないものは何もないから。進歩的と言われる人達が変化を嫌がり、まるで昨日と同じ明日があると思っているのではと、驚くことがある。保守と言われる人が新しい変化を推し進める。判断は個々人だが、個々人は間違いなく年齢を経ている。世の中がこれほど変わっているのに、なぜ憲法を変えて行くことができないのか、CO2削減をあれ程謳っていた国が、なぜ石炭火力を増やすのか。世界中で否応なしに増えていく原子力エネルギーをなぜこの国はリードしていかないのか。不思議に思うことが多い。明日が今日と同じなら、今のままで良い、そう思うのが最もダメなのではないか、今の若者に蔓延る無力感は、積極的に変化に向かう、変化を求める機運が減っているということのように思える。さて、我々老人はいかに老いるべきか。何とか積極的に老いたい。 この季節になると、確定申告の準備を始める。リタイアと同時にコンサルタントの看板を掲げ、曲りなりも個人事業者を名乗っている。何しろ、碌に税金も払っていないので、申告をしても返ってくる母体がない。でも毎年この作業をやるお蔭で、今頃になって所得税の仕組みの細かなところが理解できる。老後の「頭の体操には格好のテーマ」である。毎年、ほんの小さな額の還付金があり、それを楽しみに自分の一年間を振り返っている。でもこの作業をすると自分がまだ「社会の中にいる」という実感がある。収入があって、出費があって、色んな控除があって、企業の決算と同じように小さな数字をリストアップして今更の経理の妙を楽しむ。現役の頃は、一つ一つの数字の細かいところまでは見ることもなく、数字を作り出す人を信頼していたわけだが大変な作業だったのだなと思い知る。コンピュータの無い時代の経理作業を想像するとぞっとする。この分野は完全に世界が変わった、と言えるだろう。3月半ばまで多くの企業や事業者が数字と格闘するのだろう。これはこれで面白い世界である。 TV界で働く人が本当に気の毒だと思うのは視聴率に振り回されること。最も気にしなくて良いはずのNHKも常にその評判を気にしているようだ。最近の話題では、大河ドラマ「花燃ゆ」と「マッサン」。前者は大々的に前宣伝からスタートしたにしては余り高くないようだ。大河ファンの当方としては視聴率などどうでもよいが、確かに欲張り過ぎで「面白くない」。あれもこれもを狙いすぎて、深みがない。これでは先が心配。一方の「マッサン」は、テーマがビジネスドラマ的な部分を含んでいてついつい毎日見ている。我々世代がリタイアして朝からTVを見ているのも高視聴率を引っ張っているのかも知れない。視聴率を追うことは、「大衆化」「迎合化」することで、究極は「一億総バカ」へと流れる。それで良いという人はスポンサーでもいないと思うのだが。ことにNHKの場合、視聴率が上がったから実入りが増えることは無いわけでこれに敏感になるのは止めてほしい。最近はNHKドラマが多いのが不思議。民間との区別が付かなくなっている。地上波、BSだけでも十分なのにCSまであって、今や視聴者側が「観たいものを探して観る」時代。もっと硬派の番組が増えてその視聴率が上がる様になってほしい。ネット動画やユーチューブまであって、選択の余地が多すぎるのかも知れないが、でも我が家のTVでユーチューブを観るのは少し手間がかかり過ぎる。こちらはやはりパソコンかスマホの方が手っ取り早い。視聴率を追っている人達は、このメディアのトレンドが分からない訳ではないはずだが・・でも、時代は急速に動いている。 昨年後半から、四国出張ついでの八十八ヶ所巡りを松山ベースに代えた。高松から朝、松山に行き、すぐレンタカーを借りて走る。先週、その2回目にトライ。2寺回ったがその後、行けそうなところが山中故、止めた。兎に角寒い日だったので、もしかしたら雪かも・・と心配した。代わりに思いついたのが「坂の上の雲ミュージアム」。以前からあるのは知っていたし、いずれ寄らなくてはと、楽しみにしていた。安藤忠雄設計とかで、ユニークな三角形の建物。各階、坂で繋がっている。NHKの三年に亘るドラマは確かに大作で面白かったが、原作を読んだ時ほどの感慨はなかったことを覚えている。今回のミュージアムも、「そんなに司馬遼太郎に頼らなくても・・」という感じ。確かにこの小説がなければ秋山兄弟と正岡子規を松山出身でつないでみるという発想はなかっただろう。でも、あえて言えば、今でも「知的地方都市」の一つと言われる松山を作ったのは、おそらくこの3人ではなく、江戸時代の松平家であろう。徳川に殉じたその後のいきさつも、会津を思わせる。共に、江戸時代に育った日本人の知的レベルを後世に伝えた貢献者であろう。フィールドミュージアムとまで銘打って坂の上の雲が松山と言わんばかりの使い方には、やや違和感を感じだ。とはいえ、この小説は面白いし、傑作だし、それが使われることに文句がある訳ではないのだが・・ミュージアムカフェで萬翠荘・松山城を見上げながらゆっくり飲んだコーヒーは格別だった。 朝からこのニュース一色。当方も触れない訳にはいかない。ただ、政府やヨルダンや他の国などを責める気にはならない。我々日本人は、「訴えれば分かってもらえる」、「黙っているものには攻撃しない」など、このような事件について非常に甘い発想しかしない。でも、考えてもみよう、昨年からの米国軍の空爆でイスラム国戦闘員6000人を殺害したと、米国は報告している。先日はトルコ国境に取材に行っていた記者が自動車事故で亡くなった。「人質事件とは別」と言われるかも知れないが、誰にでも家族があり、仲間がいて亡くなれば泣いているはずだ。「日本人だから何としても助けねば」という理屈がそう簡単に通るとは思えない。「戦争」が続く限り「殺戮」は続く。不戦を決めた日本人は今、上から核爆弾が降ってきても文句は言えない。彼らは誰かを相手に戦争をしている訳で、それは一国でも、国の集まりでも、どうとでも定義できる。何もできない悔しさを、「だから早く軍備せねば」という人はまだまだ少数派だと思うけれど。東京の街にでれば、イスラム人だって、欧米人だって、中国・韓国人だって色んな人が歩いている。いつ何時、極左右日本人を含め何かをしでかす可能性はいくらでもある。我々は究極的には地球人であることをこんな時には認識したいと思う。 久々の国際展示場(ビッグサイト)。めったに行かないけれど驚くほど多くの展示会が開かれ、多くの人が集まっている。関東だけでもその他に、国際フォーラム、幕張メッセ、パシフィコ横浜、埼玉アリーナ等々、常にどこかで大規模な展示会が開催されている。昨日は新機能性材料展に行ったのだが同時開催は、コンバーテックジャパン、3次元表面加飾技術展、プリンタブルエレクトロニクス、先進印刷技術展、フィルム産業展、試作受託加工展、別棟ではナノテクノロジー総合展、メディケアフーズ展、総合衣料展と多くの展示会。日本企業からも、海外からの訪問者も続々と現れる。商談に来る人、何か新しい種がないかと目を光らせている人、そして多くの「勉強に来ている」人達。この喧騒をみていると「将来の日本も大丈夫かな」と思えてくる。逆に何か新しいことにチャレンジし続けない限り、すぐに競争に負けてしまうということなのだろう。ただ、余りに広くて何か具体的テーマをもって行かない限り、足と共に頭も疲労してしまう。勿論。若い人達が多いのだが、我々世代の「ヤル気老人」も沢山来ていた。何かの意欲のある人しかいない訳で、やはり元気を貰う。時々プログラムをチェックして勉強しなくては、と自分に言い聞かせた。普段と違った面で刺激を貰った一日。これも又、第二の人生のヒトコマか。 パソコン教室の講師、なんてやっているが、実はパソコンのことなど碌に分かっていない。何しろ、進歩や変化が激しいものだからそう簡単についていけない。だからこそ、乗り遅れた人に簡単な言葉で・・と努力している。このホームページはhi-ho(パナソニック)のサーバーを使っている。最初からhi-hoを使っていたからというだけなのだが、プロバイダーを変えるのも億劫だ。このhi-hoのレンタルサーバーはわずか100MB。写真を多く使ったホームページなど無理となる。今年に入って100MBに近づいて焦った。hi-hoに問い合わせても拡張の予定はない。そこで最初に勉強したのは他の無料クラウドサービスを使うこと。多くの写真を含むデータをWindowsのOneDriveに入れてそれをhi-hoから呼ぶ方式にトライした。いざやってみたらできるではないか。結局これからは、自分のパソコンではなく、外部のメモリー(クラウド)に入れてやりとりするというのが一般的になりそう。さて、この文章を読んで「何の話か全く分からない」と言う人がいるに違いない、だから当方でも先生ができるのだ。でもいつまでこんな調子でついていけるのだろうか。どんどん分からない世界が増えている。当方の生徒さん達にギブアップさせない良い方法をさがさねばならない。 1/12に石油ファンヒーターの故障の件を書いた。そのファンヒーターの修理終了の連絡があって、受け取りに行った。結果を見てやや愕然。というのも主因候補として「シリコーン現象等」と書いてあるではないか。一見して暦が20年逆戻り。実は現役のころ「シリコーンによる接点不良」という大きなテーマがあって、対策検討をしたことを思い出した。「こんなテーマが未だ生きているんだ」と驚きもした。修理の添付資料もちゃんと準備されていて「起こって当然」的トラブルの一つになっているではないか。当方は現役時代、このテーマに当たって色んな対策をした。まさか今でも「当然」の問題点になっていようとは、驚いた。おそらく世界中の人が何らかの関心を持ったかも知れない。「石油ファンヒータを使っている部屋でシリコーン配合のヘアスプレー等を使用しないでください。これが原因の場合は保証期間内でも修理は有料になります」と明記してある。当方はそんなスプレーは一切使用していないけれど、ただ、これが原因の候補と言われると、やや詳細が分かっているだけに文句は言えない。もう20年経つというのにこんな問題として生き続けていることに驚くとともに、多くの「製造物責任」の問題が延々と生き続けていることに思い至った。我が家のファンヒーターは決してシリコーンではないと思っているのだが。今はちゃんと動いている。 やはり日本にも刃が向けられた。日本人人質を盾に身代金を要求。それも2億ドルという、とてつもない額だ。さて、本件で「こうあるべき」と言える人が何人いるだろうか。なぜなら「人命最優先」という誰もが口にする原則があるから。そう言ってこれまで多額のお金が使用され犯人たちを生かせてきた。勿論、人質が家族であったり友人であったりすることを考えると無責任なことは言えないがこれだけグローバル化した世界になると逆に「日本人なら命を守れ」と言う言葉もおかしいのかも知れない。あちこちで多くの事件があり、多くの命が失われている。ここは「イスラム国弱体化最優先」ではないだろうか。もう、日本も「いいとこどり」だけでは済まなくなった。「金(経済)だけが武器」でも済まなくなった、ということだろう。勿論無事救出されることを祈るけれど。日本にも我々にも「覚悟」がいる闘いとなった。「平和ボケ日本」に対する歴史の挑戦なのかも知れない。 昨日当選番号が発表された。父が教職だったが故に年賀状は多く、子供の頃からこの発表は楽しみだった。父は下二ケタ順にすべての年賀状を分類して発表を待っていた。300-400枚は来ていただろうか、それでも下二ケタの切手シートが何枚か当たるだけで驚くような賞品が当たったことは殆どない。ただ、一度だけ「スチームアイロン」が当たって、大騒ぎをしたことだけ、よく覚えている。まだ「スチームアイロン」がなかなか買えない時代だったのだろう。家族で大騒ぎした。そんな経験があってか、同じように下二ケタ順に並べていたが、今年は何と当選番号は4つしかない。これなら一枚づつチェックした方が早い。今朝確認したが、まるで確率論通り。250枚きて切手シートが4枚。本来なら5枚なのだが、でも統計確率はどうしてこんなに当たるのだろうか。毎年そう思う。だから、宝くじを買う気になれない。今、宝くじを250枚買おうと思えば75000円必要。それでも下二ケタが2−3枚、一ケタが25枚当たるのが関の山だ。1.5万円になったら大喜びだろう。平均寿命も、平均健康余命も、同じように統計上に乗っているのだろうか。突然起こる、地震・津波・火山の爆発、そして交通事故から殺人事件まで色んなことが起こるのに、やはり全部まとめてみると、確率統計は正しい。我々も、我々の人生もぜーんぶひっくるめてみると確率統計で議論できる緩いカーブでトレンドが見える中の一点に過ぎない。毎年のことながら、この年賀はがきの当選枚数で、確率統計を思う。これには勝てない。でも誰かは一等賞の1万円が当たって喜んでいるいのだろうな。確率でいけば、10万枚に一枚なのだが・・・交通事故で死ぬのは1億3000万人に5千人。こちらの方が確率が高いんだ!!赤ん坊も入れて、一人3枚の年賀状を持っていてトントン。こりゃ1万円も当たらないはずだ。 二人暮らしになっていても双方が自由に動けるようにと、まだ乗用車を2台保有している。実際には2台目は走行距離は非常に少なく、ムダ金食いではある。先日、オイル交換をと言われ2台ともチェックを受けた。何と、2台目は17年目とのことだ。今年は車検とかで、そろそろ廃車かなと思っている。ただ、すんなり捨てきれない理由はその走り。流石に長距離や高速では乗らないが、数日間駐車場に乗り捨てるにはもってこい。乗用車としての機能には全く不満はない。しかも大き目のバンタイプなので、大きな荷物の運搬には適している。あれやこれやで、年々、決心を遅らせている。なるほどこれなら、日本車の中古車がロシアや中国、東南アジアで人気があるのは頷ける。資源を大切にと言う意味でも現役で走らせた方が良いという理屈も通る。先日のファンヒーターの件も同じ、「ものを大切に使う」ことを善として育ってきた我々の世代は何とも「捨てるのが下手」な世代である。つくづく「日本の製品の高品質」を認識し、でもやや「オーバースペック」なのかも知れないなと思っている。 去る大晦日の夜に石油ファンヒーターが壊れた。マニュアルを引っ張り出して、色々やってみたが治らない。最後は灯油のミストが出てただ臭い。翌日は家族が続々と来るというのに、やや焦ったがなす術はない。新年はエアコンでカバーしようとしたが、いかんせんリビングなものだから、エアコンを入れ、床暖を入れ、電子レンジで、アウト。一晩に何度もブレーカーが落ちて暗闇の中をおろおろ。2日の初もうでの帰りに、電気店に飛び込んで新年大安売りのファンヒーターの最も安価なものを買い込んでごまかした。家族が皆帰ってから電気屋に持ち込んで調べてもらったら、「治らない訳ではない」とのことで、でも修理は1月末までかかるとのこと。「安価なものがあるので、買ったら?」と、突いてくる。「もう1台買ったのですよ!」とも言えず。修理を頼んだ。家電なんてもう修理する対象ではないのだろう。でも、どう考えても間違っているような気がする。点火機構さえ治れば、ちゃんと動くことは分かっているのだから。でも修理費はバーゲン品1台買うのと同じ位。昔、どんなものでも直せるものは直して使い続けた時代に育った人間には、どうもこの使い捨て文化は納得できない。「資源の無駄遣い」の件一つとっても納得がいかない。ICだらけの分からない機構の家電が多くなったが、少しでも判るものには「修理」で挑戦したい。今回のファンヒーター事件で、再度脚光を浴びたのは、40年前結婚した時に買った「石油ストーブ」。久しぶりに灯油を入れて火をつけたら、これがちゃんと働く。何とも感激。大災害でもくれば最も重宝されるのはこんな「旧タイプ」の道具なのだろう。色んなことを考えた事件だった。 新年早々、暗いと言うか悲惨な事件の報道。フランスパリの風刺誌新聞社の編集会議に乗り込んで11人射殺その後逃亡して郊外の会社で人質を取り籠城、今朝警察が突入して射殺、人質は無事。一方同じ頃やはり人質事件、こちらも警察が突入射殺したが、こちらは人質3人が殺された。まるで映画のような事件。双方の犯人の間にコンタクトがあった様にも報道されている。移民が多い先進国フランス。イスラム教徒も多い様だが「自由・平等・博愛」を誇りにしているというのに何とも悲惨な事件だ。イスラム教信者が世界中で白い目で見られかねない。もうこの種の事件は一国の問題ではなく完全に世界の問題になっている。日本や東京がターゲットにならない保障はない。自由民主主義から派生する自由競争、勝者と敗者、そして格差。それは人種間、民族間、国際間のみならず、既に同一民族内とか一国内の間でも広がってきている。その不満にどう応えるのか。これからの世紀の人類に問われる大きな問題である。「話せば判る」「人間愛」などという言葉で解決できる問題では無さそうだ。結局は「何を幸せと思うか」という「価値観」の問題にしてしまわざるを得ないように思える。でも「生きていることは不幸なのだから殺してあげる」という親切はあってはならない。突き詰めたことを考えさせる事件である。 昔の仲間の新年会で東京へ。折角の機会にと、三井の美術館へ。どうしてこんなに素晴らしい美術品が三井家にあるのと不思議に思う位圧倒される。円山応挙の雪松図屏風は国宝。美術品の良し悪しも価値も真贋も見分けられないが、ただ単純に引き込まれる美しさだ。正に正月に相応しい。珍しく抹茶を飲んで反芻した。時間がまだあったので、三越のギャラリーに立ち寄ったら、これが東山魁夷展。これまた素晴らしい。戦争で家族を亡くし、自分自身も特攻訓練をしていたという波乱の生涯。そんな人が打ち込んだ美の世界は心を打つ。色合いを見ただけで画家を思い出させるというのが凄い。対象は殆ど自然と敢えて言えば歴史。良かった。俄然、唐招提寺の御影堂障壁画が見たくなった。 「健気に」と書くらしい。でも何となくイメージが異なる。けなげに頑張るイメージは、「頑張っても届かないかも知れないが」頑張る姿。弱者が「それでも頑張る」姿。普段の会話でも意外に良く使う「けなげに」という言葉。自分自身で気に入っているようで、使っている。どうも思い込みがあるようで、実際には@心がけや態度がしっかりしている。幼く力の弱いものが困難な状況で立派に振る舞う様、という意味の他にA武勇にすぐれているさま、とかB毅然とか壮健と言った意味があるようだ。でも僕が使っているのは@の後半。孫たちが頑張る姿とか、弱者が頑張る姿に使う。さて、「女性が頑張る姿」にけなげという言葉はもう似合わないだろうか。どうもそれはBが精一杯。今や、若い男達が「けなげに」大人になろうとしている様で、心もとない。この使い方は正しいだろうか。新年の言葉遊び、「けなげに」検討している(?)。 家内の妹の家族(3人)を含め、家族14人が集まって、3日間の嵐が去った。今年はカレンダーの関係か、皆一気に帰ってしまって。嵐の後の静けさ。後始末をする気にもならず、ボーっとしている。さて、今年はどんな年になるのか。新聞を開いてもまるで読めない。過去を振り返って予想できるような世界ではないのだろう。去年の正月に為替120円/$が予想できた人はいないだろう。アベノミクスの「成功」も周りに助けられている部分が非常に大きい。シェールオイルの米国の復活、プーチンロシアの変貌。習近平中国の大きな変化。そんな世界の流れの中で日本が揺さぶられている。今や、日本だけの変化などはあり得なくて世界の変化への連動部分の方が大きい。だからこそ読めない。(円安で)大企業の利益が膨れた、でもそれで国内投資を増やそうと考える人はいないようだ。まずはせめて給与への還元だろうが、ずっと影響が続くだけに動きは鈍い。大企業のボーナスが増える位だろうが、益々格差は広がっていく。年金生活者の我々はじっと見ているしかないが、皆が幸せ感を持てるような明日であって欲しい。半年先も読めない新年。 「新しい朝」が来た。2015年の元旦。強い寒波が来そうで寒風に雪もちらつく。例年の様に雑誌のような新聞を受け取り、次いで年賀状が届く。雑煮を食べお屠蘇代わりを一杯飲んで・・これから家族が集まってくる。例年の様に。でも少しづつ少しづつ変化はしている。皆「順調に歳をとる」。これは平等だ。平等でないのはその中身。心身の健康を望む。区切りというのはいいな。そう思う。
徒然に ・・ 今日の出来事・今日の思い (2015年)
日付(15/12/31) 2015年が終わる
日付(15/12/28) 日韓問題
日付(15/12/25) 年の瀬を楽しむ
日付(15/12/22) 今年のパソコン教室終わる
日付(15/12/20) 5日間の出張の合間に
日付(15/12/14) 巨大企業の合併
日付(15/12/13) クリスマスカード
日付(15/12/11) 政治と軽減税率
日付(15/12/8) 北京の空
日付(15/12/5) 相続税
日付(15/12/2) 歴史をみていると
日付(15/11/29) クラスJシート
日付(15/11/25) 手書き入力
日付(15/11/24) 戦争モード
日付(15/11/22) 大阪維新の会勝利
日付(15/11/20) 認知症の話題
日付(15/11/18) パリのテロ事件と難民問題
日付(15/11/17) 眼科
日付(15/11/14) 無念のゴルフ観戦
日付(15/11/12) 孫娘の七五三
日付(15/11/9) 勝手幹事
日付(15/11/5) 葬儀
日付(15/11/2) 意地悪な雨
日付(15/11/1) もう11月
日付(15/10/28) 南シナ海緊迫
日付(15/10/25) 臨時国会
日付(15/10/23) ゴルフコンペ
日付(15/10/20) TPP問題
日付(15/10/17) 知覧特攻平和会館
日付(15/10/15) 張り合い
日付(15/10/12) 中国旅行(5)
日付(15/10/11) 中国旅行(4)三峡クルーズ
日付(15/10/10) 九州縦断旅行
日付(15/10/6) ノーベル賞受賞続出
日付(15/10/5) 中国旅行(3)
日付(15/10/4) 中国旅行(2)
日付(15/10/3) 中国旅行(1)
日付(15/9/23) 明日からしばらく休憩
日付(15/9/22) 何故か嬉しい話
日付(15/9/20) シルバーウイーク
日付(15/9/16) 世界観
日付(15/9/13) 災害報道
日付(15/9/11) 冷酷に生きている
日付(15/9/7) 土佐高知論
日付(15/9/6) 素晴らしき高知の週末
日付(15/9/3) 抗日戦勝利記念式典
日付(15/9/1) 9月1日防災の日
日付(15/8/29) 「日本のいちばん長い日」
日付(15/8/26) 季節感
日付(15/8/23) 朝鮮半島一発触発
日付(15/8/20) 今年もパソコン教室
日付(15/8/17) 天津爆発事故
日付(15/8/14) 戦後70年談話
日付(15/8/11) 姫路、日帰り出張
日付(15/8/8) 夏の甲子園
日付(15/8/5) 不慮の出来事
日付(15/8/2) 九州大宰府
日付(15/7/28) 猛暑
日付(15/7/27) 訪日観光客
日付(15/7/24) 世界の中で生きる
日付(15/7/19) 安保法制強行採決
日付(15/7/16) チョイ悪老人修学旅行
日付(15/7/13) ギリシャに揺れる
日付(15/7/10) 旧交を温める
日付(15/7/6) こんな楽しみもある
日付(15/7/4) どうなるギリシャ
日付(15/7/1) うるう秒
日付(15/6/29) スポーツ観戦
日付(15/6/25) 株主総会
日付(15/6/22) 日韓50年
日付(15/6/19) OB会総会に出席して
日付(15/6/16) 集団的自衛権
日付(15/6/13) OUTLOOKが消えた!
日付(15/6/11) やはり不順な天候
日付(15/6/8) 衆議院憲法調査会
日付(15/6/5) 自虐的
日付(15/6/2) 中国長江沈没事故
日付(15/5/31) 冷蔵庫更新
日付(15/5/30) 初めての高知
日付(15/5/26) 変わる「サービス」
日付(15/5/25) 「専門家」の話
日付(15/5/22) ISに対して
日付(15/5/17) 大阪都構想選挙
日付(15/5/16) 安保法制
日付(15/5/14) 「地方」の時代
日付(15/5/11) 初夏
日付(15/5/9) 英国総選挙
日付(15/5/6) 大型連休終了?
日付(15/5/3) 日本国憲法
日付(15/4/30) 安倍総理米国議会演説
日付(15/4/27) ドローン事件
日付(15/4/25) 一人ドライブで思うこと
日付(15/4/22) 「変わる」ということ
日付(15/4/19) ハイレベルアルバイト
日付(15/4/16) 粗大ごみ処理施設
日付(15/4/13) 統一地方選挙
日付(15/4/10) 張り合い
日付(15/4/8) 同期入社の会
日付(15/4/5) アベグレンハウス
日付(15/4/4) 孫たちにビックリ
日付(15/4/1) ホームページ5周年
日付(15/3/30) 四国で
日付(15/3/28) 飛行機墜落(2)
日付(15/3/25) 飛行機墜落
日付(15/3/22) もうすぐ春
日付(15/3/19) 原発問題
日付(15/3/17) 海外観光客
日付(15/3/14) 鳩山元首相
日付(15/3/12) 「忘れる」ということ
日付(15/3/10) 3月の長旅
日付(15/3/4) 事故は必ず起きる
日付(15/3/2) 子供の世界?
日付(15/2/27) オホーツクの流氷
日付(15/2/23) ヴァイオリンコンサート
日付(15/2/21) ネットに振り回される社会
日付(15/2/18) 米国人の友人と会って
日付(15/2/15) これからこの国は
日付(15/2/12) 「変わる」ことの重要性
日付(15/2/9) 確定申告
日付(15/2/6) 視聴率
日付(15/2/3) 松山
日付(15/2/1) 人質殺害
日付(15/1/29) 展示会
日付(15/1/27) クラウドの話
日付(15/1/24) 石油ファンヒーター(続)
日付(15/1/21) 「イスラム国」との対決
日付(15/1/19) お年玉年賀はがき
日付(15/1/16) 車の耐久性
日付(15/1/12) 石油ファンヒーター
日付(15/1/10) パリのテロ事件
日付(15/1/7) 新年の美術
日付(15/1/5) けなげに
日付(15/1/3) どんな年になるのか
日付(15/1/1) 新年
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