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レムナントとは

2000年2月15日号 285

     レムナントリポ蛋白は、動脈硬化惹起性のリポ蛋白と考えられており、その診断は臨床上重要です。

 レムナントリポ蛋白は、食事由来のカイロミクロンや肝臓より分泌されるVLDLが、リポ蛋白リパーゼにより内部の中性脂肪が加水分解され、粒子サイズの小さくなったリポ蛋白です。これらはそれぞれカイロミクロンレムナント、VLDLレムナントと呼ばれますが、それぞれの組成や代謝過程で共通する点も多くレムナントと総称されます。

 冠動脈硬化症では、コレステロールが高値を示さなくても、軽度中性脂肪値例が多く、そのような例では中間型リポ蛋白の出現が高頻度に見られることが既に1984年に指摘されています。

{参考文献} 医薬ジャーナル 1999.12

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 最近の研究により、トリグリセライド(TG)に富むリポ蛋白の代謝過程で生じる中間代謝物であるレムナントリポ蛋白の血中へのうっ滞が、動脈硬化性病変の発症・進展に深く関与することが明らかになってきました。

 ライフスタイルの変化により増加している
シンドロームXのような病態では、HDLコレステロールの低下と共に、レムナントあるいは中間型リポ蛋白やsmall dense LDLの増加が重要な病態となっています。このような病態での高TG血症は、高レムナントあるいは高中間型リポ蛋白血症を反映していると考えられます。

 糖尿病患者でも、食後高脂血症と動脈硬化発症との関連が話題になっていますが、レムナントはここに介在するリポ蛋白としても注目を集めています。食後の高脂血症に関して、食後血清TG値の上昇幅は糖尿病の有無に関わらず、空腹時TG値に依存するものの、食後のレムナントの増加は糖尿病患者で有意に増加することが報告されています。動物実験でも血中レムナントの増加により著明なfatty streek(脂肪斑)の形成が認められることから、糖尿病患者では、食後のTG−richリポ蛋白の異化障害によるレムナント粒子の増加が動脈硬化初期病変の形成に深く関与しているものと考えられています。

<<治療の原則>>

 糖尿病では、脂質代謝異常の改善に際しては、その基になる2つの病態、すなわちインスリン抵抗性に基づく高インスリン血症及び高血糖を是正することが最も重要です。従って、食餌療法や運動療法を含めたライフスタイルの改善を心がけ、空腹時血糖やHbA1c(グリコヘモグロビンA1c)の正常化を目指すことが第一です。

 しかし、実際の臨床の場では、糖尿病のコントロールと動脈硬化症の進展は必ずしも相関せず、糖代謝や脂質代謝以外の要素の関与も考えられます。

 こうした場合には、高血圧、肥満、喫煙など他の危険因子を最大限に除去することが動脈硬化の発症・進展の予防には必要不可欠です。

 具体的には、血糖や血清脂質のコントロールと同様に、その他の代謝異常に対しても薬物療法を含めて積極的に治療を行い、病態の背後に肥満(特に内臓脂肪型肥満)に伴うインスリン抵抗性が存在する場合には、インスリン感受性の低下がTG-richリポ蛋白異化死を招き、高レムナント血症の原因となっている場合があるので、より厳格な食事・運動療法を行いながら減量に努め、場合によってはインスリン抵抗性改善薬による薬物療法も考慮されるべきです。

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 個々のリスクが重症でないにもかかわらず、虚血性心疾患を高率に発症して、高TG血症を有するグループとしてシンドロームXや「死の四重奏」が提唱されています。

 いずれも肥満、過栄養、運動不足、遺伝的要因などの原因により、生体のインスリン作用不足の結果、リポ蛋白リパーゼが低下し、VLDL,レムナント、中間型リポ蛋白が増加して、高TG血症を呈します。


<<最新医学用語辞典>>

アポE

 アポEは種々のリポ蛋白に存在して、血漿脂質、時にコレステロールの輸送に関与している。これはアポEがLDLレセプター及びアポEレセプター(カイロミクロン・レムナントあるいは中間型リポ蛋白レセプター)に対して強い親和性を有することによる。

 アポE欠損マウスでは、普通食でも大動脈のアテローマが形成され、高脂肪食負荷により病変はいっそう悪化しました。

*アポリポ蛋白はリポ蛋白の重要な構成成分であり,血中において脂質を可溶性の状態にして組織へと運搬する役割を有すると共に,代謝上重要な機能を有している.アポA‐I, A‐II, B, C‐I, C‐II, C‐III, D , Eが主たるタンパクである.VLDLはBとC群,Eを有し,LDLは主としてBを,HDLはA群とC群,Eを有している.A‐IはLCAT活性にC‐IIはLPL活性に重要であり,Bと EはLDL レセプターと親和性がある.

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アポ蛋白C-III

トリグリセリドの分解マーカー


 アポ蛋白C-IIIは、アポC-IIと同じように血液中ではトリグリセライドを多く含むリポ蛋白であるカイロミクロンやVLDLの動態と密接に結びつきます。

 空腹時には、主にHDLに存在し、食事の摂取とともにカイロミクロンやVLDLへと移行します。トリグリセリドが代謝される過程で、これらのリポ蛋白から離れてHDLへと移ります。しかし、30〜60%のアポ蛋白C-IIIは、それぞれのリポ蛋白にとどまっているために、一般的には血清トリグリセリド値と正の相関を示します。

 アポC-IIがリポ蛋白リパーゼの活性化因子として機能が明らかであるのに対し、アポC-IIIのリポ蛋白での働きは多くの面で不明です。しかし、近年、フィブラート系薬剤などのPPARαリガンドによりアポ蛋白C-III遺伝子の発現が減弱することが明らかになり、トリグリセリド代謝、とりわけVLDLの代謝での意義が注目されています。

 アポC-IIIの作用として、トリグリセリド含有リポ蛋白の代謝を遅延させることがありますが、これにはアポC-IIと逆にリポ蛋白リパーゼを阻害することに加え、肝臓へのリポ蛋白の取り込みを阻害させる作用によります。

 フィブラート系薬剤は、アポC-IIIの肝臓での合成を抑制し、アポC-IIIを減少させてVLDLの代謝を促進します。PPARαを介した作用として、リポ蛋白リパーゼの増加、脂肪酸のβ酸化の亢進によりVLDLの産生の抑制を引き起こしますが、アポC-II/アポC-IIIの値が増加することに伴い、レムナントIDLの肝臓への取り込み促進することなどがこれらのリポ蛋白の代謝を促進し、トリグリセリドを低下させると考えられます。

 血中濃度は、5〜10mg/dLで、通常はVLDLに存在するトリグリセリド値と相関することから、アポC-IIと合わせてVLDL代謝系の臨床マーカーとなります。したがって、家族性複合型高脂血症、糖尿病、ネフローゼ症候群、高カイロミクロン血症など高値となることが多くなっています。

 VLDL産生が増大したメタボリックシンドロームや肥満に伴って上昇します。このようなVLDLのマーカーとしての意義に加え、アポC-III自体がVLDL(やカイロミクロン)の代謝遅延の原因となることも考えられ、アポC-II値と合わせてアポC-III値を評価する必要があります。

  出典:メディカル・ビューポイント(MVP) Vol.27 No.2

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IDL
 LDLがリポタンパクを比重により分類命名した場合,比重1.006より比重1.063の間に分離される血漿成で
とくに比重1.019までのリポタンパクをIDL(中間型リポタンパクintermediate density lipoprotein)と呼びます。

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コレステロールと動脈硬化

          出典:臨床と薬物治療 2002.5

 脂質とは脂肪酸に直接あるいは間接的に関係のある一群の物質の総称です。脂質は水に溶けにくいという共通の性質を持っています。

 水に溶けにくいコレステロールエステルや中性脂肪(TG:トリグリセリド)が血液中に存在することができるのは、リポ蛋白という“器”に入っているためです。

 リポ蛋白は、脂質と水に両親媒性を持つリン脂質によって形成されており、それに“器”の運ばれるべき場所を決定する“荷札”であるアポ蛋白が結合しています。

 コレステロールが動脈硬化の成り立ちにおいて重要な役割を果たしているということは、疫学的、生化学的、遺伝子工学的レベルでほぼ確立されています。

 コレステロールはコルチコステロイド、性ホルモン、胆汁酸、ビタミンDのような体内の他のすべてのステロイドの前駆体となります。

 コレステロールは胆汁酸として腸内に排出されますが、その98〜99%は回腸で再吸収され門脈を経て肝臓へ戻るという腸肝循環を繰り返します。つまり、コレステロールは、いったん体内に取り込まれると、ほとんど排出されることがない物質なのです。

 いったん吸収されたコレステロールは、細胞膜や他のステロイド合成に使われる以外は、血管壁に蓄積される他に処理されないことになります。このことが、高コレステロール食の現代人にとって、動脈硬化が宿命的な病態となる所以です。

TG:トリグリセリドは脂肪組織に蓄えられて貯蔵エネルギーとして働く一方、リポ蛋白に含まれて血液中に存在し、脂肪酸という形で末梢組織にエネルギー源を供給しています。

 リポ蛋白は、本来は水に溶けにくい脂質の運搬役ですが、たまたま水に溶けにくいという同じ性質であるコレステロールやTGを1つの“器”に入れているため、TGは過剰になった環境では、動脈硬化を引き起こすのではないかと思われています。

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中性脂肪

トリグリセリド(トリグリセライド)

 食べ過ぎなどで、カロリー過剰の状態が続くと、脂肪となって体内に蓄えられます。
この体内に溜まる脂肪が中性脂肪で、トリグリセリドともいいます。

この中性脂肪が運動でエネルギーが不足したときなどに使われます。

 肉類の脂身や天ぷら油、サラダ油なども中性脂肪の仲間と言ってよく、食物の摂取により体内に取り込まれ、脂肪細胞に蓄えられます。

 吸収された中性脂肪の一部は、遊離脂肪酸となってエネルギー源として使われますが、余った遊離脂肪酸は、再び肝臓で中性脂肪に合成され、脂肪細胞に蓄えられます。

 皮下の脂肪細胞にある中性脂肪は、皮下脂肪となって体温を一定に保ち、内臓を外圧から守るクッションの役割をします。また、アルコールを過剰に摂取すると、肝臓で脂肪酸が作られ、さらに中性脂肪となって肝臓に蓄えられます。

 
<中性脂肪と糖尿病>

 食事をすると、インスリンが分泌されます。インスリンは血中のブドウ糖を処理するのが主な役目ですが、同時に肝臓で中性脂肪の合成を促進する働きも持っています。

 食べ過ぎると、インスリンの分泌が増えます。すると、中性脂肪の合成促進増加されます。一方で中性脂肪の分解が追いつかず、ますます中性脂肪が増えていきます。

 さらに中性脂肪が分解されてできる遊離脂肪酸は、インスリンの働きを阻害するため血糖値が下がらなくなり、糖尿病になる可能性も高くなっていきます。

<中性脂肪と生活習慣病>

 高血圧症、動脈硬化、脳梗塞、心筋梗塞、高脂血症、脂肪肝などの病気は、過食、間食、運動不足により起こりやすく、血中の脂肪が増えすぎて血液がどろどろになります。

 また、中性脂肪が溜まった脂肪細胞からPAI-1(パイワン)という蛋白質が分泌されます。

 PAI:plasminogen activator inhibito(プラスミノーゲン活性化抑制因子)は、怪我をしたときなどに出血を止める働きがありますが、増えすぎると血中の血栓を溶かす成分の働きを阻害し、逆に血栓を作る方に働きます。

 対策としては、エイコサペンタエン酸やドコサヘキサエン酸が良いと言われていますが、運動するのが一番でしょう。
(急性冠症候群、心筋炎、心膜炎、重症不整脈、心不全など、運動してはいけない病気もありますので注意して下さい。)

 食事制限するのも対策ですが、中性脂肪は重要なエネルギー源です。食べ過ぎ飲み過ぎ、間食を控えれば、良いでしょう。

    出典:Circular OSAKA 2003.5・6 No.227


プラーク
plaque

高脂血症とプラーク形成機序

   
 急性心筋梗塞や不安定狭心症などの心血管イベントの発症は、動脈壁での隆起性病片(プラーク)の形成に伴う血管内狭窄、そしてその結果としての最終的な閉鎖が原因と考えられていました。しかし近年、これらのイベント発症のうち約70%はプラークの一部が破綻することにより起こることが明らかにされました。

 つまりプラークの破綻部位に血栓が形成され、血流の途絶を生じることが最終的なイベント発症の原因と考えられています。したがって、プラークの形成予防、破綻予防(安定化)、血栓形成予防が心血管イベント抑制のポイントとなります。

 プラークの形成つまり動脈壁隆起性病変は、種々の因子により発生します。中でも脂質、リポ蛋白の役割は多くの大規模予防試験で明確な事実が示され、確実な危険因子となっています。しかし完全に証明されたものはLDLだけで、その他の酸化LDLレムナント、HDLなどが関与している可能性を示す事実もありますが、十分な確証が得られていません。

 最近、スタチン系薬剤には脂質低下作用を介さないでも直接血管に作用して、プラークを安定化させるなどの効果もあることが分かってきました。

 不安定プラークの特徴

・ 脂質の含有量が非常に多い。スタチンは不安定プラークから脂質を抜き去ることによりプラークを安定化させます。

・ 脂質あるいは酸化脂質のような酸化ストレスによる炎症性反応が亢進している。
 スタチンは、この炎症を抑制する作用も認められており、これも予後改善に関与していると思われます。スタチンの抗炎症作用は、ほとんど脂質低下に基づいているものと考えられています。

 出典:現代医療 1999.11等

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プラークの形成

 血流中の単球は、内膜に浸潤してマクロファージへ形質転換し、さらに酸化LDLを取り込んで泡沫細胞となります。泡沫細胞は脂質コアを構成し、また平滑筋細胞を内膜へ遊走・増殖させます。

 平滑筋が合成・分泌する細胞外基質は、繊維性皮膜(fibrous cap)を形成し脂質コアを覆います。このようにしてプラークは、平滑筋細胞を主体とし繊維成分を多く含んだfibrousプラークと、脂質やマクロファージに富み繊維成分に乏しいlipid-richプラークに大別されます。

 繊維成分に乏しいlipid-richプラークは破綻によって急性冠症候群(ACS;下記)を招きやすく、不安定プラークとも呼ばれています。

   出典:循環plus 2002.5  メディカルトリビューン

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ACS:acute coroanry syndrome
急性冠症候群

 1992年に提唱された概念で、病理組織学的に不安定狭心症、急性心筋梗塞、心臓性突然死は、その多くが冠動脈に形成された脂質のコア(芯)とその周囲を薄い線維性皮膜で覆われた不安定プラークと呼ばれる動脈硬化病変部が、突然、破綻あるいはびらんを生じ、それに引き続く血栓形成により急性の心筋虚血を発現する病態とし、これらをACSとして一括したものをいいます。

 つまり、冠動脈の血栓が過多で内腔を完全閉塞すれば急性心筋梗塞、不完全閉塞に止まれば不安定狭心症、血栓が自然消失し、早期に血流が再開すれば非Q波硬塞というように、形成される血栓量の多寡によりこれらが相互に移行し得る一連の病態としてその機序が説明されています。

 心筋壊死の有無で心筋梗塞と狭心症に分ける従来の考え方に対し、緊急治療を必要とする臨床現場にとっては治療方針を立てやすく、極めて実用的な概念です。

 ACSは急性期の心電図によりST上昇型と非ST上昇型とに分けられます。前者のほとんどが心筋梗塞、後者が不安定狭心症、あるいは非Q波硬塞となります。ACSの診断ガイドラインは日本でも作成されています。

 診断には患者の症状、12誘導心電図、冠動脈造影、血管内超音波検査、血管内視鏡
その他。血清生化学マーカーとして心筋に特異性の高いクレアチンキナーゼアイソザイムのCK-MBやトロポニンI,Tなどの測定を行います。

 治療は再潅流療法が重要で、経皮的冠動脈インターベンションとしてステント稽留術が標準となりましたが、バルーン血管形成術や血栓溶解法としてt−PA(組織プラスノーゲンアクチベーター)の使用、その他、冠動脈バイパス術も施行されます。

 ASCの発現には、不安定プラーク以外にも多くの因子が関わっていることが分かってきています。このことから、患者リスクの低減と冠動脈事故を抑制する薬物療法が重要です、虚血には硝酸剤、β遮断剤、Ca拮抗剤、血栓にはアスピリン、チクロピジン、クロピドグレル、ヘパリン、ワーファリン錠、スタチン類などが使用されます。


解離性大動脈瘤

 大動脈の壁は内膜、中膜、外膜と三層構造になっています。解離とはこの壁が動脈走行に素って二層に剥がれ、二腔となった状態のことです。

 剥がれるきっかけとなった部位には、内膜に裂け目(エントリー)が出来ていて、本来の血液の通り道(真腔)と新たに出来た通り道(偽腔)があります。偽腔側が膨らんで「瘤」状となった時に「解離性大動脈瘤」と呼びます。

 大動脈瘤の主な原因は、動脈壁をもろくするアテローム動脈硬化です。稀な原因としては
外傷、大動脈炎、マルファン症候群のような遺伝性結合組織障害、梅毒などの感染症があります。

 マルファン症候群による大動脈瘤は、心臓に最も近い上行代動脈に最も多く発生します。
高齢者の大動脈瘤は、ほとんどがアテローム動脈硬化によるものです。高齢者に多い高血圧と喫煙は動脈瘤のリスクを増大させます。

   出典:日薬医薬品情報(日本薬剤師会) Vo.12No.2 2009.2



バリアンス(個の医学とEBM)

EBMに向けて(最終回)

 『通常、EBMといえば、その「根拠」を裏付けるものとして出てくるのが、大規模臨床試験であり、ランダマイズドコントロールスタディ(無作為対象比較試験)ということになります。』と言う書き出しをこのシリーズの6回目に使ったのですが、また使います。筆者が言いたいのはEBMが対象としているのは大多数だということです。

 その特定の人が、その薬を飲んだから治るかではなく、その薬品を飲んだ数万〜数十万の人の寿命がどれだけ延びたかを重視するものなのです。

 そしてクリティカルパスなどという新語が登場し、同じ病名であるならば、工場の流れ作業のように患者を一律に処理されていこうとしています。(元々クリティカルパスは工場での作業工程の効率を良くするために考えられたシステムの用語です。最近、この言葉をクリニカルパスと言い換えているのは、工場と患者を一緒にするというイメージを避けようとするものです。)

 問題は、その大多数の中に入らない人はどうなるのかということです。他の99人が助かっても自分が薬が効かない1人にあたったとすればどうすればよいのでしょう。ということを筆者がおそれていました。

 ここでバリアンスという言葉が登場します。バリアンスとはクリティカルパスに示された基準から逸脱することをいいます。

 バリアンスがあればそれはケースマネージャーに報告され、ケースマネージャーは状況を検討して対策を立てたり、その患者に適するようにケアスケジュールに変更を加えます。したがって、それぞれのクリティカルパスには、バリアンスを評価・判定する手段が確立されていることが重要なのです。

 また適当な時期に、このようなバリアンスをまとめて分析したり、その他のデータを追加分析したりして、クリティカルパスは改訂される必要があります。バリアンスを生じそうな患者に対しては、そうならないように必要なケアを周到に準備して提供します。

 どんな薬でもその疾患に対して100%効果があるわけではありません。60%の患者に効果があれば大したものです。その薬に効果がある患者さんと全く無効な患者さんがおられることは、薬物代謝の面から解明されつつあります。(この薬剤ニュースで代謝多型を3回にわたって掲載したのもそのためです。)
代謝多型(1) 、(2)(3)

 代謝遺伝子・そして
SNPなどが解明されれば、科学的に根拠を持って治療にあたることができます。それもEBMです。EBMという言葉を知るまでは自分の使っている薬が100%効いているように錯覚していたのではありませんか。科学は個人一人一人を無視するものではありません。EBMはすべての患者を救うものなのです。

 * ポジティブバリアンス〜予定よりも早くパスが進行してしまうケース。(良いパターン)

 * ネガティブバリアンス〜予定より遅く進行するケース。(要因:1.患者要因、2.医療チーム要因、3.病院システム要因、4.社会的要因)


<トピックス>

Brugada症候群とポックリ病


 働き盛りの健康そうな男性が睡眠中に突然うなり声をあげるなどして急死するポックリ病は、アジア人種に多く発生することが知られており、日本では心臓性突然死の約1割を絞めています。

 チアノーゼなど、死亡時の状況から急性の心停止が原因と推測されるものの、生前に心臓の異常を指摘されている場合は多くありません。剖検を行っても器質的病変は認められず、死因を特定することは出来ません。

 ポックリ病という病名で報告されたのは1956年で、わからないことが多く病態解明はなかなか進展しませんでした。

 しかし1990年代に入って、ポックリ病生還者が特徴的な心電図所見を示すことが明かにされました。1992年にスペインのPedro Brugada氏が、右側胸部誘導で右脚ブロック様のST上昇を呈するBrugada症候群を報告して以来、ポックリ病との関連が欧米や日本で検討されてきました。

 ポックリ病の直接の死因はほとんど特発性心室粗動(VF)であると考えられています。
Brugada症候群は明かな基礎心疾患は認められないが、心電図検査を行うと非常に特徴的な所見が観察されます。すなわち右脚ブロック様波形と右側胸部誘導(V1〜V3)での凸型または凹型のST上昇です。

 Brugada症候群は、20〜50歳台、男性、アジア人種、突然死の家族歴が危険因子です。
さらに遺伝子異常として、Naチャンネル遺伝子のαサブユニットであるSCN5Aの変異が明らかにされており。遺伝性疾患である可能性は濃厚です。ただし、SCN5A変異が認められる症例は15〜25%程度です。

 一方、最近ポックリ病の新たな原因として、高レムナント様リポ蛋白質(RLP)血症による冠攣縮が関連している可能性が示唆され注目を集めています。


<Brugada症候群の治療薬>
 
 従来から様々な抗不整脈剤が検討されてきましたが、ほとんどは無効又は禁忌と判断されています。有効性が期待されるのはキニジンぐらいです。抗不整脈薬以外では、抗血小板剤のプレタール錠が有効との報告もありますが、いずれもポックリ病を十分に予防するというわけではないようです。埋め込み型除細動器(ICD)が現時点で最も信頼性の高い予防手段といえます。

 また、高レムナント様リポ蛋白質(RLP)との関連から考えればEPAやDHAなども予防薬として検討されています。

     出典:メディカルトリビューン 2005.5.26
 

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