HS病院薬剤部発行     

薬剤ニ ュ ー ス

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1994年

12月1日号

NO.165

                                             

   肺癌についての最近の知見

     ****p53遺伝子異常とAHH活性****       

 喫煙と肺癌の因果関係はこれまで多くの研究によって立証されています。しかし肺癌の患者には確かに喫煙量の多い人が見受けられますが、喫煙していない、或いは喫煙量が少ないにもかかわらず肺癌になった人が予想外に多いという現象が明らになってきています。肺癌の多くは喫煙という環境が原因ですが、宿主側の発癌の感受性には個人差があり、そのため人によっては少ない喫煙で発症する可能性があります。

[注]AHH:aryl hydrocarbon hydroxylase

  P450A1の遺伝子はCYP1A-1とも呼びます。

     {参考文献}Pharma Medica VOL.12 NO.1 1994

 

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 最近、癌研究の領域では癌遺伝子や抑制遺伝子についての研究が盛んに行なわれ、癌の多段階発癌説がほぼ確立しつつあります。

 肺癌では、p53の変異(ブレ−キの故障)が重要な役割を演じていることが明らかにされています。

 p53は、1970年代末に腫瘍ウイルスSV40のT抗原と複合体を形成する細胞性因子として発見され、当初癌遺伝子と誤認されていましたが、この数年来の急速 な研究の進歩により癌抑制遺伝子であることが明らかになりました。

 p53は特異的塩基配列を認識する転写因子であり、ある種の遺伝子(WAF1,Cip1,p21などと呼ばれている) の転写を活性化することによって放射線や化学物質によるDNA損傷を受けた細胞がそのダメ−ジを修復する余裕を与える働きを持つことが明らかになっています。

 このような機能を持つp53遺伝子の異常は、これまでに解析されたほとんどすべての臓器の人の癌の発症・増悪における役割の大きさが示唆されています。

 p53の変異と肺癌の関係を最初に報告したのは高橋ら(1989)ですが、彼らはこの研究を進展させ、喫煙者では、非喫煙者に比べてp53の変異が統計学的に有意に高率に起こっていることを明らかにしました。

 個人の持つ発癌につながる危険因子としての遺伝的素因についても、典型的な癌家系を形成するLi-Fraumein症候群の多くの例では、p53遺伝子異常の遺伝性伝達によることが判明しています。

 またAHH(P450A1)[注上記] という酵素の活性は従来から肺癌との関係が研究され、AHH活性には遺伝的に規定された固体差があり、肺癌患者のAHH活性は健常者と比べ高い傾向があることがいくつかの研究によって示されています。

 川尻ら(1990)はAHH活性を抑制する遺伝子をA,B,Cに分類しC型ではA型、B型に比べて肺癌のリスクが2〜3倍高くなっていることを発見しています。

<<追加記事>>

P53

出典:JJSHP 2001.2

関連項目:
癌抑制遺伝子

 正常p53分子の最も重要な機能は、ゲノムの番人:Guardian of Genomeということが出来ます。すなわち、細胞が放射線や薬物によりDNA損傷を受けた際に、DNA修復が完了するまで細胞周期を停止させる機能、あるいは損傷が修復不能の場合にはアポトーシスと呼ばれる細胞死を誘導することで損傷細胞自体を除去する機能をp53は担っており、結果として細胞の癌化を抑制する癌抑制遺伝子として働いています。

 p53遺伝子産物は393アミノ酸から成る転写制御因子で、4量体を形成して特異的なDNA配列に結合します。

 非常に多くの重要な遺伝子群がp53の標的遺伝子として同定されています。(例えば、細胞周期のG1期停止に関与するCDK阻害蛋白質のp21(waf1)、アポトーシスに関与するbax等)

 癌細胞に見られる変異型p53ではこれらの機能が失われているだけでなく、その多くは正常p53と複合体を形成することで、その機能をいわゆるドミナントネガティブ的に阻害すると考えられています。

 これら癌細胞中の失われたp53の機能を何らかの方法で回復させることで、癌細胞に選択的にアポトーシスを引き起こすことができれば、癌治療につながることが期待されます。                      


追記

Tumor dormancyからみた化学療法 
p53遺伝子

出典:P.M 1997.12
札幌医科大学名誉教授 漆崎一郎

Tumor:腫瘍 dormancy:睡眠[休暇](状態);休止[静止](状態).

 癌の原発巣や転移巣が増殖せずに長期間静止、縮小したままに維持され、患者に腫瘍負荷を与えずに経過する病態のこと。

 Tumor dormancyは細胞周期とアポトーシスのバランスによって維持されます。
既存の抗癌剤は細胞周期を制御し、またアトポーシスをも誘導するとされてきています。しかし、多くの抗癌剤はインビボ、インビトロの研究から腫瘍細胞に対して殺作用を示す物質としてスクリーニングされてきたもので、その主たる作用はDNA障害です。

 近年の細胞生物学、分子生物学の進歩により、新しい癌化学療法の標的が得られてきました。細胞増殖因子と受容体の結合後にみられるシグナル伝達系を修飾して細胞増殖を抑制します。また、様々な抗癌剤によってアポトーシスが誘導されることも分かってきました。化学療法によるTumor dormancyが細胞増殖周期の抑制と細胞死、主としてアポトーシスとのバランスによってもたらされることは確かです。

 細胞はG1期、S期(DNA合成期)、G2期、M期(細胞分裂期)という細胞周期を繰り返すことによって増殖します。この細胞周期は一群のサイクリンと呼ばれる蛋白とそれぞれのサイクリンに特異的に結合するCDK:cyclin-depebdent kinaseとの複合体が有するserine/threonin kinaseの活性の制御により調節されています。

*既存の抗癌剤による制御

 これまで開発されてた抗癌剤は必ずしも細胞周期の制御を目的として開発されたわけではありませんが、細胞周期にそれぞれ特徴的な阻害作用を持っています。S期は細胞核内の生化学的活動で最も活発な時期であり、DNA複製のために必要な前駆体を核内に取り込むために、DNAは保護蛋白質であるhistoneを一時離れます。クロマチン構造から解放されたDNAは薬剤に感受性です。

 またM期は染色体が凝集し、核膜が消失して2つの娘細胞に分配されます。したがって、DNAの核膜による保護が消失するので、種々の薬剤に感受性となり、抗癌剤のターゲットになり得るのです。

 代謝拮抗剤はDNA合成に必須な前駆体の合成を阻害するので、S期に停止させます。アルキル化剤もDNA合成を阻害しS期で停止させ、抗癌抗生物質ではS期とM期に停止させます。

 その他、タキソールも含めて、植物由来の抗癌剤はM期に働くものが多くあります。すなわち、増殖が活発な細胞に対して作用するものが選ばれているために、DNA合成阻害でS期に、分裂阻害でM期に作用するものが多いのです。

*G1/G2期を標的とする抗癌剤の開発

 細胞周期の進行と停止には2つの制御点があり、その1つはG1期からS期への境界点で、もう1つはG2期からM期への境界点です。これまでG1期やG2期はS期、M期の準備期としてあまり重要なものとは考えられていませんでしたが、今や多くの遺伝子産物が増殖因子のシグナル伝達系に関与することが明らかになり、G0/G1期は腫瘍細胞と正常細胞とを区別する抗癌剤の標的として見直されてきています。

 G1期の制御点通過前に増殖因子を除くとG0期、G1初期に戻りますが、通過後では除いても細胞分裂に進みます。それにはpRb遺伝子の関与があげられています。

癌関連遺伝子とシグナル伝達系

 遺伝子の研究が進むに連れて、増殖因子とその受容体、種々のキナーゼ、GTP結合蛋白あるいは転写因子などの蛋白を規定していることが明らかにされてきました。実際に癌遺伝子産物は細胞分裂などの正常な細胞の営みによって基本的な役割を果たしており、癌遺伝子とは細胞増殖に関わるシグナル伝達のカスケードを形成する各組成を規定する遺伝子でもあります。

 癌遺伝子が細胞増殖のシグナル伝達にあたり促進的に働くのに対し、癌抑制遺伝子は増殖シグナル伝達に抑制的に働きます。 Tumor dormancyの立場からは癌抑制遺伝子の役割が注目されます。

 Rb遺伝子は、最初の癌抑制遺伝子であり、最も詳しく調べられていますが、その異常が見られる腫瘍のスペクトラムはそれほど広くありません。

 これに対し、p53遺伝子異常は、肺癌、大腸癌、胃癌、乳癌などほとんどすべてのヒト腫瘍において高頻度に検出されます。

 p53は通常の細胞増殖の制御には必ずしも必要ではありません。p53は、DNAが損傷を受けた後に細胞が分裂する際、変異を持ったDNAが娘細胞に伝わらないように監視していると考えられています。

 p53がp21を誘導して細胞周期をG1期に停止させ、DNAの修復が試みられます。それが不可能となった場合は、細胞周期を離脱してアポトーシスへの使命が誘導されると推測されます。

 p53の癌治療への応用については、次のようなことが考えられています。
一般にp53遺伝子変異が高頻度の癌では予後が悪く、放射線治療や化学療法に対する感受性が低い、これには、p53が正常形か変異型かが強く相関しています。したがって、癌細胞に正常型p53遺伝子を導入することで増殖を抑制し、抗癌剤への感受性を高め得るのです。

 次にp53の機能が働く細胞はDNA損傷を受けた際にアポトーシスが誘導され、抗癌剤に高い感受性を示すようになります。すなわち、p53遺伝子自体が癌治療の標的となり得るのです。p53はthrombonspondin1の発現を誘導して血管申請を抑制することも分かってきました。p53に変異が生じると血管新生が生じ、固形腫瘍の増殖が促進します。


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ユビキチン・プロテアソームシステム(UPS)

 2002年8月15日号 No.343

         {参考文献} 医薬ジャーナル 臨時増刊号 2002.5

 人間の体内では毎日蛋白質が作られていますが、新生蛋白質の30%が不良品だそうです。[フォールディング(折り畳み)されない]

 それらの不良品が体内にとどまっていると何らかの疾患を引き起こす可能性があり、そのため体内には異常蛋白を敏速に発見して破壊してしまう品質管理システムが存在しています。

 それがユビキチン・プロテアソームシステム(UPS)です。

 ユビキチンとは蛋白質分解シグナルを付与する翻訳後修飾分子のことで分かり易くいえば、不良品に目印をつける役目を果たしています。異常蛋白質にユビキチンが結合し(ユビキチン化といいます)それを
プロテアソームが分解します。

 ユビキチンが働きだすためにはいくつかの酵素が必要で、それらは活性化酵素(E1)、結合酵素(E2)、連結酵素(E3)あるいはリガーゼと呼ばれています。

 ユビキチンリガーゼ → E3〜システムのkey molecule
 ユビキチンシステムの重要性は選択的な基質識別能にあります。
 E3は基質を特異的に認識してユビキチンを付加する反応を触媒する酵素。

<UPSシステムと病気の関係>

1.パーキンソン病

 常染色体劣性遺伝性若年性パーキンソン症候群の原因遺伝子parkinがユビキチンリガーゼであることが明らかになっています。このことは、ユビキチン系が破綻すると神経変異疾患が発症することを直接的に示しています。

 parkinの機能喪失が黒質ニューロン死を誘導することは明瞭で、もしparkinが細胞死を誘導する因子のユビキチン化分解に関わっているとすれば、変異による機能喪失によって細胞死が誘導されるはずです。しかしパーキンソン病の場合、酸化ストレスが疾患の発症に深く関わっていることを考えると、parkinはむしろCHIPのように元々は品質管理リガーゼとして作用していると考えた方が妥当かも知れません。

  CHIP:不良品の出現を的確に見分け、破壊する手段で、言い換えると細胞内で蛋白質の品質管理を担うユビキチンリガーゼ

 このようにパーキンソン病の場合にも、蛋白質の品質管理は、疾患の発症機構を探る上で非常に重要な鍵となることが予想されます。その他、異常蛋白質の溜まりが恒常的に観察されている多くの神経変性疾患でも"品質管理の破綻”という共通の現象が病気の発症に関係していると思われます。

   関連記事:
パーキンソン病と小胞体ストレス細胞死


2.癌
p53遺伝子
DNA修復

 p53は生存に必須な分子ではなく、ストレスを受けた非常時以外には不要で、通常は急速に代謝回転していて、生合成された後に速やかに分解されます。

 
低分子質量のユビキチンubiquitinもストレスタンパク質であるとされています。

 p53をユビキチン化するE3として癌遺伝子産物Mdm2(murine double minute2)が同定されました。Mdm2はp53と結合してp53を代謝的に不安定にする因子;p53に特異的なE3(連結酵素)です。

 p53は転写因子でMdm2はその標的遺伝子の1つであることから、p53が蓄積するとMdm2を誘導するためp53が自立的にフィードバック調節を受け、またMdm2によるp53のユビキチン化はリン酸化によって巧妙に制御されていることが明らかにされています。

 p53はDNAの損傷をモニターする転写因子で、DNAが損傷された場合に細胞周期をG1期に停止させる因子(p21)やDNA修復に関与する因子(p53R2)を誘導するように働きます。一方、p53は細胞をアポトーシスに誘導します。極度のDNA損傷が起きると、細胞はDNAの修復をあきらめて自殺装置を稼働させるのです。

 不思議なことは、p53は核内でポリユビキチン化されますが、細胞質に核外輸送されてから26Sプロテアソームで分解されます。このようにMdm2が積極的にp53を壊している限りは、細胞は
アポトーシスから免れていることになり、逆に考えればMdm2は細胞の生存を維持する方向に働くことになります。

 細胞がDNA損傷を伴うなんらかのストレスを受けたとき、癌抑制遺伝子産物p53の細胞内含量が増加します。この増加したp53が転写促進因子として働き、標的遺伝子を活性化し、細胞周期を停止させたり、細胞をアポトーシスに導くものと考えられています。

 このDNA損傷に伴うp53の細胞内含量の増加はp53のユビキチン・プロテアソームシステムによる分解が抑えられるためと考えられます。この経路のp53のユビキチン化を担うユビキチンリガーゼは癌遺伝子産物Mdm2で、DNA損傷に呼応したp53のリン酸化によりp53はMdm2によるユビキチン化を免れ安定化します。また、各種因子によるMdm2の活性制御がこの細胞内含量の維持に重要な役割を果たし、細胞の癌化、アポトーシスを制御しています。


2002年8月15日号 No.343

<<医学・薬学用語辞典>> (け)   

   結核と免疫はこちらです。


c−Cblの機能と発癌

 シグナル伝達仲介因子

 現在知られている癌遺伝子の多くは、本来、正常細胞で細胞の増殖、分化因子やその受容体、シグナル伝達物質を産生する遺伝子で、細胞が癌に至る過程として増殖機構の異常が密接に関与しています。

 最近、細胞内の情報伝達のさまざまなステップで蛋白質の分解が重要な役割を果たしていることが明らかになってきました。その中で最も広範で中心的役割を果たしているのが、ユビキチンを介するエネルギー依存性の蛋白質分解システムで、実際に細胞での増殖因子受容体のダウンレギュレーション機構の1つとして、活性化された受容体のポリユビキチン化という現象が以前から知られていました。

 c−Cblは細胞内情報伝達での仲介因子としての機能に加えて、抑制因子として働くことが示されていましたが、そのメカニズムに蛋白質分解系が関与することが明らかになってきました。

 活性化された増殖因子受容体を選択的に分解に導くユビキチンリガーゼ(E3)としてc−Cblが働くことが見出され、これが抑制因子としてのメカニズムとなっています。これは同時に、不明であった活性型受容体の選択的ユビキチン化およびユビキチン化によるダウンレギュレーションのメカニズムを解明する契機となり、受容体のチロシンリン酸化とユビキチン・プロテアソームシステムを結ぶ架け橋としてのc−Cblの働きが注目されるようになってきています、さらにこのc−CblのE3としての機能の破綻が、自然発生性の変異体である70Z−Cblによる細胞の癌化メカニズムに関与していると考えられます。

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 癌や神経疾患などの様々な疾患の原因として、ユビキチン・プロテアソームシステムの関与が指摘されるようになってきており、c−Cblのチロシンキナーゼに対するE3としての機能の発見はその抑制因子としての機能、および細胞の癌化のメカニズム関与していることも分かってきました。

 恒常的に活性化されたチロシンキナーゼが癌遺伝子として働くことは良く知られており、増殖因子などの刺激により活性化されたチロシンキナーゼも正常な細胞ではそれをOFFにするための機構が必須です。このシグナルオフの機構の破綻は、細胞の無秩序な増殖から癌化に至る1つの要因にとなります。

 受容体チロシンキナーゼのリガンド依存性のポリユビキチン化、分解によるダウンレギュレーションがc−CblのE3としての機能によるのなら、c−CblのE3としての機能の損失が癌化に至る1つの要因であることは十分に考えられます。

 c−Cblが同じく原癌遺伝子である非受容体型チロシンキナーゼSrcに対してもE3として働くことが報告されていますが、C−Cblは本来シグナル仲介因子としての機能に加え細胞内チロシンキナーゼの広範な抑制因子としての機能を併せ持ちます。

 その全容解明にはまだ多くの謎が残っていますが、今後更なる解析が進み、様々な細胞での癌性疾患の原因解明、および治療応用へと結びついていくことが期待されます。

    {参考文献} 医薬ジャーナル 臨時増刊号 2002.5


TGF−βシグナル伝達系と発癌

TGF−β:transforming growth factor-β

 TGF−βは強い細胞増殖抑制作用を示す生理活性物質です。大腸癌や膵臓癌など様々な癌で、TGF−βのレセプターやその細胞内シグナル伝達物質(Smad)の異常が報告されTGF−βシグナル伝達分子の癌抑制遺伝子としての働きが注目を浴びています。

 また、TGF−βのシグナル伝達は、ユビキチン・プロテアソームシステムによって厳密に制御されていることが明らかにされつつあります。最近、ある種の癌ではSmadに変異があることによってSmad自身が分解されやすく不安定になり、この結果、TGF−βに不応性になることが報告されています。

 TGF−βシグナル伝達経路でのユビキチン代謝系の破綻と発癌の関係が注目されています。


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TGF−βスーパーファミリー
アクチビン、BMP;骨形成因子

 ペプチド因子 その作用は多岐にわたり、細胞の増殖や分化、アポトーシスさらに発生や免疫系でも重要な働きを担っています。

Smad

 細胞内ではSmadと呼ばれる一群の蛋白質群が重要な役割を担っています。
 
 抑制型Smadはリガンドによりその発現が誘導されるシグナル伝達を抑制することから、TGF−βスーパーファミリーの因子は自己のシグナルの抑制因子を誘導することでその作用が過剰にならないようにサーモスタット機構を持っていることが示唆されています。

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 TGF−βは強い細胞増殖抑制作用を持ち、いわゆる細胞増殖のブレーキの役割を果たしていると考えられています。このブレーキが壊れると細胞は異常に増殖することになりますので、TGF−βのシグナル伝達の異常は発癌に結びつくと考えられます。実際に、遺伝性大腸癌や白血病でTGF−βの2型レセプターの異常が、大腸癌や膵臓癌を含む種々の癌でSmadの異常が報告されています。

      出典:医薬ジャーナル 臨時増刊号 2002.5




VHL病
フォン・ヒッペル・リンドウ病
von Hippel-Linday:VHL

pVHL

医薬ジャーナル 2002.5 臨時増刊号

 VHL病は腎細胞癌、褐色細胞腫、網膜の血管腫、中枢神経系の血管芽腫など、種々の良性・悪性腫瘍により特徴づけられる常染色体優性遺伝性疾患です。

 VHL病は変異VHL遺伝子を1つ持つことにより生ずる疾患で、もう一方の正常なVHL遺伝子座の変異、欠失などで、正常な遺伝子産物pVHLが発現されなくなることにより腫瘍が発生します。また、VHLは80%以上の散発性の腎淡明細胞癌や小脳の血管芽腫でも欠損または発現抑制が報告されている癌抑制遺伝子です。

 遺伝子産物pVHLがユビキチンリガーゼの基質認識サブユニットであることが示されたことから、pVHLリガーゼによりユビキチン修飾されプロテアソームで分解されるべき分子が分解されなくなることが、VHL発癌の第1ステップとなると考えられました。

 pVHLはelonginB/C,Cullin-2,Rbx1と複合体を形成し、その複合体がVBC-Cul2で、ユビキチンリガーゼ活性を持っていて、pVHLはその基質認識サブユニットとして機能していることが示されています。

 ユビキチンシステムが癌化に重要な働きをしている例は示されていましたが、ユビキチンシステムの分子の異常が発癌の引き金を引くことが確認されたのはpVHLが初めてです。

 VHL病の特徴は症状の多様性があること、多彩なVHL遺伝子変異が報告されていることです。
VHL病は種々の腫瘍のうちで褐色細胞腫の発生しないタイプ1,過食細胞腫の発生を伴うタイプ2に病型が分類されています。

 タイプ2では変異pVHLが作られるミスセンス変異がほとんどであるのに対し、タイプ1で認められる変異はミスセンス変異も認められるものの、pVHLがつくられないナンセンス変異が多いことが示されています。

 タイプ1変異で認められるナンセンス変異や、構造を保持できないミスセンス変異では、機能的なpVHLが存在しないことによって、VBC-Cul2リガーゼの活性が完全に消失すると考えられています。これに対しタイプ1で認められるミスセンス変異では、ある程度VBC-Cul2リガーゼのユビキチン活性が残存するために褐色細胞腫の発症をみると考えられます。

 散発性褐色細胞腫ではVHL欠損が認められない事実は、pVHLの完全な機能喪失が生じた場合には褐色細胞腫が発症しない可能性を指示すると言えます。また、タイプ2変異には褐色細胞腫と、腎細胞癌の両者の発症をみるもの、褐色細胞腫のみの発生をみるものが存在することから、腎細胞癌と褐色細胞腫の発症にはVBC-Cul2リガーゼの残存活性と密接な関連があると考えられます。


 pVHLが、酵素応答性以外の複数の機能を制御している可能性を示唆する事実も報告されています。VHL欠損細胞株を低血清培地で培養すると細胞周期がG1/S期で停止しないことから、pVHLは細胞周期制御に直接関与するゲートキーパー機能を果たしていることが示唆されています。

 また、pVHLを欠損している細胞は正常にフィブロネクチンマトリックスを形成できないことも報告されています。フィブロネクチンのマトリックスの欠損は、多くの悪性細胞の特徴の1つであることから、pVHL欠損による癌化の一因となって可能性があります。これらの詳細なメカニズムはまだ不明ですが、フィブロネクチンや何らかの細胞周期制御因子がVBC-Cul2リガーゼの基質であることも示唆されています。


パーキンソン病

 パーキンソン病は高齢者に多い神経変性疾患で、65歳以上の1%以上が罹患すると言われています。

 振戦(手足のふるえ)、無動(運動の緩慢化)、固縮(筋肉が固くなる)、姿勢反射障害(転倒しやすくなる)といった運動障害が十数年にわたって進行し、末期には寝たきりになるという経過をたどります。病理学的には中脳黒質のドパミン神経の選択的変性脱落が特徴です。

 ほとんどのパーキンソン病は孤発性(非遺伝性)ですが、一部(5%)に遺伝子の場合があります。常染色体劣性遺伝性若年性パーキンソン病(AR-JP)は40歳以下で発症するパーキンソン病様症状を主体とする疾患で、神経病理学的にも、黒質・青斑核の色素含有細胞の選択的変性が特徴です。しかし、孤発性パーキンソン病の特徴とされるレヴィ小体は通例観測されません。

 最近、AR-JP機能がユビキチンリガーゼであることが判明しました。

パーキンソン病と小胞体ストレス細胞死
AR-JP
parkin


 常染色体劣性遺伝性若年性パーキンソン病(AR-JP)の病院遺伝子parkinは、ユビキチン化のターゲットとなる基質蛋白質を認識するユビキチンリガーゼです。

 parkinの基質として膜蛋白質のPael受容体が同定されています。Peal受容体はフォールディング(折りたたみ)が難しい蛋白質で、小胞体での折り畳みに失敗したPael受容体は小胞体関連分解によって分解されます。

 parkinが欠損するとPael受容体は小胞体に蓄積し、小胞体ストレスによる細胞死を引き起こします。

 一方、Peal受容体は中枢神経で、オリゴデンドロサイトと黒質ドパミンニューロンに発現し、ほかのニューロンには発現が乏しいため、Pael受容体の異常蓄積がAR-JPの選択的黒質変性の主因と考えられます。

    出典:医薬ジャーナル 2002.5 臨時増刊号

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UPDRS
Unified parkinson's disease rating scale

 パーキンソン病の病態を把握する為に1987年に導入され海外で広く使用されている評価尺度

 次の4つのパートに分かれ全42項目を0〜4の5段階で評価し、数値化することで重症度の程度を示すことが可能になっています。

 パート1:精神機能、行動、気分の評価、パート2:日常生活動作の評価、パート3:運動能力検査の評価、パート4:治療の合併症(ジスキネジア、日内変動等)の評価から構成されています。

 従来のヤールの重症度分類に比べはるかに細かく評価することができます。

 出典:日本病院薬剤師会雑誌 2005.1


<医学トピックス> 2006.12.15 No.443

パーキンソン病治療薬とギャンブルの関係

 一部の人たちは、たとえ自分自身や家族が経済的窮地に追い込まれるとわかっていてもギャンブル(賭博)を止めることが出来ません。

 なぜ、ギャンブルを止めることが出来ないのでしょう?。その理由が思わぬところから解明できそうです。

 ニューヨークのレナード・ドッド博士らは、病的にギャンブルにのめり込んでいたパーキンソン病患者11例に関する研究を発表しました。

 それによりますと、11例中7例は、ドパミンアゴニスト維持量に達して1〜3ヶ月以内、あるいは服用量の増量後に初めてギャンブル依存症(病的賭博)になっています。

 残る4例は、ドパミンアゴニスト治療開始から
12〜30ヶ月たって初めてギャンブル依存症を発症しました。この4例では薬を中止すると数ヶ月でこの奇妙な症状は治まりました。

 レナード博士は「病的なギャンブルとパーキンソン病治療薬(ドパミンアゴニスト)との関連は明らかである」と指摘しました。
 これらのうち4例では、過食、過度の飲酒、浪費、性欲過多といった傾向も見られましたが、薬の中止により、ギャンブル依存症とともにこれらも治まったとのことです。

 しかし、今のところ、なぜ、ドパミンアゴニストがギャンブル依存症を増大させるのかの詳細は不明で、同博士は、その原因が辺縁系に局在するドパミンD3受容体の不均一刺激にあるのではないかと推測しています。

{参考文献}メディカル・トリビューン(日付 不明)

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◎ ペルマックス錠、メネシット錠、ビ・シフロール錠、ドパストン注(パーキンソン病治療剤)

 使用上の注意〜L-dopa及びドパミン受容体作動薬を内腹中のパーキンソン病患者で、病的賭博(個人的生活の崩壊等の社会的に不利な結果を招くにもかかわらず、持続的に、ギャンブルを繰り返す状態)が報告されている。

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ギャンブル依存症候群

 2010年5月1日号 No.50

 正式な病名は病的賭博(pathological gambling)といい、日本での患者数は100万人とも200万人とも言われてきました。

 2009年度は厚生労働省の研究班により、海外の診療基準等に照らし合わせた初の全国規模の実態調査が実施され、実際には、さらに多くの患者が存在すると予測されています。

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 長期間ギャンブルを続けると、脳内に機能的変化が起き、神経伝達物質の中で“快楽分子”ともいえるドパミンが過剰に分泌されるようになります。

 ドパミンは報酬系にも作用して、やがて超短期の報酬系にしか働かなくなります。パーキンソン病の患者が、ドパミン作動薬を服用すると、忽然として病的賭博の症状が現れるという事例が国内外で報告されています。

 ある報告では、平均年齢は39歳で、圧倒的に男性が多く、ギャンブル開始年齢は平均20歳、借金開始は28歳。ギャンブルの種類では全体の約8割強(女性ではほぼ全員)が、パチンコ、スロットを行っていました。

 ギャンブルに注ぎ込んだ平均額は1300万円
最高は1億1000万円という患者もいました

 「病的賭博では、自然治癒はなく治療しなければ進行し、不治の病ですが回復は可能」と断言することが治療の出発点になります。

 うつ病やアルコール依存・乱用の合併も多く、気分障害があれば薬物を用いますが、病的賭博だけの場合は、薬物治療だけでは不十分で、自助グループ参加が求められています。

 治療の要となるのが自助グループで、代表的なものに「GA(gamblers anonymous)の会」があります。元々は1957年にアメリカででき、日本にも1989年にできています。参加は無料で、献金でまかなわれ、政治や宗教とは無縁です。

 <病的賭博のチェックポイント(一例)>

1.負けたとき、取り返そうとして別の日にギャンブルをする。
2.負けたときでも勝っていると嘘をついたことがある。
3.ギャンブルのために何か問題が生じたことがある。
4.自分がしようと思った以上にギャンブルに、はまったことがある。
5.ギャンブルのために人から非難されたことがある。
6.自分のギャンブル癖やその結果について悪いと感じたことがある。
7.ギャンブルをやめようと思っても不可能だと感じることがある。
8.ギャンブルの証拠になるものを、家族から隠したことがある。
9.ギャンブルに使う金に関して家族と口論になったことがある。
10.借りた金をギャンブルに使い返せなくなったことがある。
11.ギャンブルのために仕事をさぼったことがある。
12.ギャンブルのために金を工面したことがある。
      
    *5項目以上で病的賭博

 治療のカギとなるのが家族で、治療開始後に 家族のすべきことは、1)借金の肩代わりはしない。2)収入の管理は本人以外がする。3)現金は小遣いとして1日3〜500円しか渡さない。4)退社時等行動をこまめに報告させる。
 等があげられています。

  {参考文献}メディカル朝日 2010.4


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レジメン

出典:薬事 2001.3

 癌化学療法では、抗癌剤、輸液、併用薬などは時系列的な治療計画に基づいて実施されており、この治療計画は、「レジメン」と呼ばれています。なお、抗癌剤の場合、抗腫瘍効果の増強・副作用の軽減などの理由から抗癌剤を複数併用する場合が多く、抗癌剤の組み合わせや与薬間隔が異なるごとにレジメンがあります。

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