1999年(4tai,8tai)2000年(4tai)2001年(4tai,8tai)2002年(8tai)2003年(8tai)2004年(8tai)2005年(8tai)2006年(8tai)2007年(4tai,8tai)2008年(4tai,8tai)

Kits&O-tec、総合25位、JSBクラス15位!

2004 世界耐久選手権シリーズ第5戦 鈴鹿8時間耐久

 2004はO-TEC本格稼働、バイクもHONDAへ変更。
 第1ライダー:大内田選手、第2ライダー:桧垣選手、カテゴリーはJSB、マシンはHONDA CBR1000RR。

マシン カテゴリー 第1ライダー 第2ライダー エントリー
ホンダCBR1000RR JSB 大内田 実(38) 桧垣 誠(33) 京都科学技術専門学校&オーテック鈴鹿

予選=総合42位 / JSB=28位 / 2'16.231 決勝=総合25位 / JSB=15位 / 196周
<予選><決勝前夜>
 今年は京都科学技術専門学校の生徒さん達を全面に出して、バイクはHONDA、CBR1000RRレースベース車
 おなじみP's supply+Kawasaki玄人オヤジ中心のチーム編成とガラリと違います。運転手は同じコンビ3年目。他チームでもホンダへスイッチしたところも多数。04モデルのYAMAHA、Kawasakiはかなり厳しいの見えてました。CBR1000RRレースベース車は2月25日に納車、準備期間は十分な筈ですが、おきまり事と申しましょうか、決勝直前まで試行錯誤が続きました。
 オイラは、金曜午後に鈴鹿入り。今年のピットは13番と上の方。関係ないけど有力系チームの気分ですなぁ。予選1回目で大内田選手が16秒台で、予選通過は確定。2回目はセッティグを変えて、スペシャルステージ圏内を目指しましたが、条件も悪くタイムダウン。スペシャルステージまでは約3秒と相変わらず遠いッス。
 一方桧垣くんは2回目で少しづつタイムアップ。
 燃費が悪いらしいが、まともな連続走行データないのも毎度のこと。60分交替できないかもしれないが、7回ピット目標で交代計画を立てる。1回目の走行データで8回ピットに切り替えることも有り得る。(ホンダワークスも有力系も昨年の6回ピット案はとれなかった。CBRの燃費は確かによくない。)
 金曜は日付の変わらぬ内に解散、土曜は早めの作業進行も、交代練習は22:00〜3:00近くまで!。生徒さん達の組み合わせを変えて数パターンのチーム構成を練習したが、どれでもタイムが良くない(当然なのだが・・・)。練習ではP'sだと25秒位だったのが、今年は35〜40秒がやっと。最終的に、フロントホイール担当は女子生徒中心で決定。本人のヤル気がイイ!
 てなことで、就寝したのは4:00くらい。翌日というか今日の決勝は朝6:30集合です。
<決勝>
   AM11:30start、スタートはまずまず成功、スタートライダーは桧垣くん。うまいっ!

--------------------------------------------------------------------------
 PM12:26 / 22周目/ 1回目pit / 桧垣→大内田 / pit作業 55秒 /給油 18.6g
 PM12:26 / 45周目/ 2回目pit / 大内田→桧垣 / pit作業173秒 /給油 19.6g
 PM12:26 / 70周目/ 3回目pit / 桧垣→大内田 / pit作業 90秒 /給油 20.3g
 PM12:26 / 96周目/ 4回目pit / 大内田→桧垣 / pit作業 39秒 /給油 22.4g
 PM12:26 /121周目/ 5回目pit / 桧垣→大内田 / pit作業103秒 /給油 18.9g
 PM12:26 /146周目/ 6回目pit / 大内田→桧垣 / pit作業 40秒 /給油 21.0g
 PM12:26 /169周目/ 7回目pit / 桧垣→大内田 / pit作業 35秒 /給油 17.9g

 11〜15周目にペースカーが入り、約2周分少なくなる計算。7回ピットが見えてきた。1回目のピットでタイムロス発生、燃費もまずますなので、7回ピットストップ確定。
 桧垣くん4回目は途中でタイムが一気に落ち始めたので、急遽2周減算、最後の大内田選手に割り振り。大内田選手の夜間走行は27〜28周の予定だったが、最後の7〜9周はガクンとタイム低下して1台に抜かれてしまいました。昨年は夜間でも昼間と変わらぬタイムで走っていたのがウソのようです。
 二人とも体力的にきつかったようです。そろそろ年ですな。まぁ、バイクが暴れるってことも大きいですが・・・
 pitロスは約2周分かな、結果的に燃費限界は27〜28周で1時間交代は楽勝とでました。
<決勝後>
 転倒も大きなトラブルもなし、ケンカ諍いもなしで、和気藹々と水掛ごっこを終了。唯一ロッソねぇちゃん3人衆を取り逃がし濡らせる事かなわずってのが悔やまれます。
 タイヤ交換担当の女性メカって、8耐史上初めてじゃないかなぁ。
 何年ぶりか忘れたが、決勝後のホンダパーティへ。打ち上げ宴会費用が浮きますが、クラス別&完走表彰式と時間がかぶっているので、ずらして欲しいですよ。
<蛇足>
 04モデルはパワーが上がって、振られまくりでしたね。
 2002年の24位にあと一歩及ばす。激しい”ピットレーン速度制限取り締まり”とシケイン追加もありますが、200周到達には、
  @ピット作業を全部30秒以内にする
  Aライダーは体力トレーニングする
 これができれば、20位以内が見えてきますよ、ってとこです。


サイトのHOMEへ|DOURAKUMONOへ