Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第45夜

大変だ!



 何かを強調する、というのは非常に人間くさい行為であると言える。「そんなのはどうでもいいんだよ。こっちの方が大変なんだってば!」となると、完全に感情の産物である。
 だとすれば、方言の活躍する舞台になりそうである。今回はその辺を探ってみる。

 以前、「げんげ」については取り上げた。「その程度が予想外である」という含みを持つ。普段は口数が多く賑やかな人が、今日はどういうわけか静かだ、という場合、「げんげ静がだごど。具合でも悪りあんだが?」と言われる。
 これに相当する標準語はない様に思う。
 音も似ているというのであれば「怪訝」とか「限外」あたりが、まぁ、近いと言えば近いか。

 標準語との関わりでいうなら「大した」であろう。
大した」という言葉は国語辞典にも載っている。これは連体詞で、「偉い」とか「すごい」などのプラス評価のニュアンスもある。
 秋田弁での「大した」は副詞である。
 肩をもんでもらって「大した気持いい」、書き直させた書類のできがいいと「大した読みやすぐなった」、新米は「大した旨い」。
大したたまげだ」という風にも使えるが、どちらかと言えば、やはりプラス評価よりの言葉のように思う。
 念のために言うと、「大したもんだ」という、連体詞の「大した」も存在する。

 最近はあまり聞かなくなったが、「しんたげ」「したげ」というのもある。
 元は「死ぬだけ」、つまり「死ぬほど」である。元が元だから、使われ始めた頃は悪いことにしか使われなかったのではないかと思うが、やがて「死ぬほど」という語源が意識されなくなり、単なる強調の副詞になってしまったのだろう。
したげこえ(非常に疲れた)」「したげおっかね(すごく怖い)」「したげ似でる(そっくりだ)」などなど、どうにでも使える。
 ちょっと俗語的な匂いもするので、若い人しか使わないかもしれない。

 5 回目と登場回数が増えつつある(97/01/1997/04/0697/05/1097/07/0697/08/03)「まず」も強調の意味を持つ。
 もう一度、国語辞典 * をひいてみることにする。
(1) 他のことに先んじて。最初に。第一に。
(2) 何はともあれ。ともかく。
 以下省略。
昨日だば、まず、のぎがった」というのは、昨日の暑さを振り返って、感情を込めて述懐している文だが、この「まず」が強調である。置き換えるなら、(2) の「ともかく」が適当であろう。「昨日はとにかく暑かった」というわけだ。
 あるいは、子供が暴れてガラスを割り、その音を聞きつけて親が駆けつけた、という場合、開口一番「まず、誰やったなや」と怒鳴ることがある。意味としては (1) なのだろうが、標準語の言い回しで、この状況で「まず」や「そもそも」なんてのが出てくるとは考えにくい。
 上司から呼び出されて一方的にまくし立てられた、という場合、後でボソっと「何だってがな、まず」とつぶやくこともある。この「まず」も同じようなものであろう。意味は、と問われれば「第一に」であろうが、どちらかと言えば、話者の感情を強調しているのだと思う。敢えて言えば、「一体」に近い。

 最後に「うって」。
なに、そんたものだば、俺の家さうってある(なんだ、そんなものなら俺の家にたくさんあるぞ)」という風に使う。まぁ、強調というよりは「非常にたくさん」という副詞と言った方がいいか。
 どちらかと言えば、「必要以上にある」「もう十分」「持て余している」というニュアンスがある。あまり肯定的な使われ方はしない。おもちゃをやたら欲しがる子供とか、物を捨てられない整理下手とか、そんな感じの単語だ。
 音からもわかるとおり、力を込めて発音しやすい。

 予想通り、この分野でも秋田弁の独自性が遺憾なく発揮されている。やはり、生活の表現、感情の表現では、方言にかなうものはない。
 本筋からは外れるが、「まず」の意味の多様性にはちょっと驚いた。日本語の「どうも」に匹敵する守備範囲の広さではないか。これは、改めて研究してみる価値があるのではないだろうか。


注:『大辞林』(1989) 三省堂()




音声サンプル.WAV

げんげ静がだごど。具合でも悪りあんだが?(25KB)
大した気持いい(15KB)
大した読みやすぐなった(17KB)
したげこえ(16KB)
昨日だば、まず、のぎがった(25KB)
まず、誰やったなや(17KB)
何だってがな、まず(19KB)
なに、そんたものだば、俺の家さうってある(26KB)


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