Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第46夜

敬語・丁寧語



 驚く人もあるかもしれないが、方言にだって敬語体系はある。当たり前のことだけれども。
 大阪弁の例を挙げれば、例えば「読む」に対して「読みなはる」「読まはる」「読みやはる」「読みやる」と 4 つの形がある。少なくとも、先頭の 2 つは聞いたことがあるだろう。で、この 4 つはそれぞれ意味やニュアンスが違う。*1
 特に大阪・京都あたりは一時、首都だったり商都だったり (こっちは今もか) したことがあるので、この手の敬語体系はきれいに整っているそうである。

 敬語は社会階層と深い関係を持っている。
 ある農村における親族名称の話で、地主層の子供が自分の親をなんと呼ぶか、地主層でない子供が自分の親をなんと呼ぶか、地主層の子供が地主層でない人の前で自分の親をなんと言うか、この 3 つが全て違う、という例がある。*2
 尤も、これは明治時代の話で、時代が下がるに連れて、社会階層の平均化とともにこの違いは失われている。
 ついでだが、昔は、長男と長男の嫁には特別の呼び方があったが *3、必ずしも長子相続でなくなり、三世代同居が減るに連れて、呼び方の区別も失われたそうだ。

 全国的に俯瞰してみると、西から北に向かうに連れて敬語体系は単純になるんだそうだ *4。ということで、我が秋田はどうか。
問:「わがった」と「わがったす」はどう違うか。
答:前者は「わかった」、後者は「わかりました」に相当する。
 秋田弁を話すに当たって、敬語使用の面で重要なのがこの「」である。これを動詞の最後にくっつけておけば、まず間違いない。「帰ります」なら「帰るす」、「帰りました」なら「帰ったす」、「帰りますか」なら「帰るすか」。「帰りましょうか」も「帰るすか」になるが。
 単に「ます」とか「です」の短縮形かと思っていたら、調べてみるもんで、「」という助動詞はきちんと古語辞典に載っていた。
 4 つも
 時代も違うのだが、全て敬語か丁寧語である。こうなると、どれがルーツかは判定しがたい。
 現在の秋田弁の「」が助動詞かどうかも疑わしい。活用しないし (しないように見える)、動詞節が完了した後にくっつくのもなんだか怪しい。しかしまぁ、助詞ってことはないよなぁ。

 秋田弁についてはこれで終わりである。正確には、敬語の構成要素は、これしか見当たらない。他にあるのかもしれないのだが、心当たりがない。
 にも言ったとおり、敬語の厳格な使用を強制されたことがないので、俺のこの辺の感覚は鈍いと言っていい。
 しかし、仕事などで色んな人と接してきたが、上の「」以外に敬語 (丁寧語?) らしきものを聞いたことがない。*5
 秋田弁に限らず全国的な傾向だが、敬意をキッチリと表現する必要がある場合、方言でなく標準語を用いるようになっている、というのも理由の一つであろう。方言を適切に使用できないと商売がやりにくい、とは秋田でも大阪でも聞く話だが、一方で方言の敬語体系はやや勢力を弱めつつある。

 不思議なことに、客に対して用いる表現は、秋田商法だのなんだのと評判が悪い割に、案外と多い。「まだおざってたい(またいらしてください)」とか「よぐ来てけだなんす(よく来てくださいました)」なんてのは、観光絡みで聞いたことがある人もいるかもしれない。
 実は、敬語の方法には2種類ある。
 一つは、「来る」について「いらっしゃる」「お見えになる」という風に、別の単語を使う方法
 もう一つは、「帰る」について「お帰りになる(お+帰り+になる)」という風に、助詞や助動詞などの部品をくっつける方法
 秋田弁の場合、前者はあるが、後者が貧弱なのではないか、と思ったりするのだが。いかんせん経験・知識とも不足していて断言できない。

 だからと言って、秋田衆が敬意を持たない人間だなどと思われては困る。英語で性の区別が不明確だからと言って、英国民に性別がないわけではないのと同じだ。敬語体系が貧弱でも敬意を表すことは可能だ。そして多くの場合、我々をそれを無意識のうちに行っている。言葉というのは、そういうものだ。


*1:
『日本語百科大辞典(第4版)』(1990) 大修館書店(
)

*2:
『新・方言学を学ぶ人のために(第5版)』徳川宗賢・真田信治編(1996) 世界思想社(
)

*3:
 長男でも、独身かそうでないかで呼び方が違った。(
)

*4:
 その中で、東京付近だけが、複雑な敬語体系をなしている。(
)

*5:
 *1 の資料によれば、東北地方には、話の中に出てくる人に対する敬語(例えば、課長に、部長の話をするときに使う表現)があるそうなのだが、聞いたことがない。(
)


音声サンプル.WAV

わがったす(12KB)
まだおざってたい(16KB)
よぐ来てけだなんす(17KB)


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