Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第8夜

似て非なるもの



 前に、「なげる」という単語 *1 の話をした。「物を捨てる」という意味なのだが、「投げる」という単語が標準語にあるために、他の地域でもつい、物を捨てるときに「なげる」と言ってしまう、という勘違いを起こしやすい。

 これは明らかに違う例だが、逐語訳では標準語に置き換え可能だが意味がちょっと違う、という表現も多い。
 例えば「好ぎでね」。
 直訳すれば「好きでない」だが、実は「嫌いだ」という意味である。
 確かに標準語でも、「嫌いだ」ということを遠回しに言う時に「好きではない」と言うこともある。しかし、単に「好きではない」ということを表明しているだけで、嫌いなのか関心がないだけなのかは、もうちょい聞いてみないとわからない、ということもある。
 これに対して、秋田弁の「好ぎでね」は、はっきり「嫌い」なのである。
 過程はよく知らない。ひょっとしたら、もともとは婉曲表現だったのが、いつのまにかダイレクトな表現として使用されるようになったのかもしれない (こういう価値の低下はよくあることだ *2)。
 いずれにしろ、例えば旅先で失礼なことをして「好ぎでね」と面と向かって言われた時、「『好きではない』だから、まだ嫌われてはいないな」と安心したら大間違いである。
 もう一つ。「好ぎでね」は状況に対しても使うことが出来る。
 例えば、吹雪の日に定刻を 30 分過ぎてもバスが来ない、というようなとき「あい、好ぎでねごと」という。
 標準語では、これは出来まい。こういう状況で「ああ、好きじゃないな」と言ったら、「この人は急に何を言い出したんだ」という目で見られることだろう。この場合は「こういう状況は好きじゃないな」と、何が好きではないのかを補足しなければ、不自然な表現になってしまう。しかも、かなり遠回しで、苛立ちが伝わってこない

 「いらねごど」。
 これは「いらないこと」である。
A「この前、見へた資料めねぐなった、てが? 探せで
 (この前、見せた資料がなくなったって? 探せ)」
B「わがったでば。あ、こんたどこさ、飲み屋の名刺
 (わかったよ。あ、こんなところに飲み屋の名刺が)」
A「まず、いらねごどさねってもいいがら!
 (余計なことをしなくていいから!)」
 という風に使う。不要なもの、なくてもいいものを指すが、本質にたどり着くのに障害となるもの、というニュアンスがある。したがって、
A「セリオンさ行ぐバスってあらんだっけが
 (セリオン *3 に行くバスってあるんだっけ)」
B「なに、土崎駅から歩って行ぐにいい
 (なぁに、土崎 *4 駅から歩いて行けるよ)」
C「バスだば秋田駅あだりがら出でらべどもな
 (バスは、秋田駅あたりから出てるんだろうけど)」
B「まず、いらねごど言うなって。わがらねぐなる
 (まぁ、余計なことを言うなって。わからなくなるから)」
 という使い方もできる。
 これも、標準語では「いらないことをするな」とは言いにくいであろう。「余計なこと」の方が自然な表現である。
 なお、上の「めねぐなった」は、直訳では「見えなくなった」だが、意味としては「紛失した」である。

 こうした表現の違いも、方言の範疇に入る。
 「方言」の範囲って広いでしょ?



注1:
 いわゆる「方言」の内、単語のことを「俚言 (りげん)」と言う。(
)

注2:
 例えば、二人称 "you" に対する単語として「貴様」というのがある。字面は高級な丁寧語だが、今では喧嘩のときに罵倒するため使う。(
)

注3:
 秋田市土崎港にある143.6mのポートタワーと海の展示館、熱帯植物園からなるスポット。
 秋田市としては、これと、誘致予定の大規模店を核に一大レジャースポットにするつもりらしいが。(
)

注4:
 秋田市北部にある港町。室町時代に、
能代と並んで、日本海北国開運の七湊の一つに数えられた程の要港であった。南北朝時代以降、安東氏の居城として栄えた。その反映は、この地域が秋田市に合併する前は「土崎港町」であったことからもわかる。(「土崎」『世界大百科事典』1992年、平凡社)()



音声サンプル(.WAV)

好ぎでね(17KB)
あい、好ぎでねごど(24KB)
いらねごど(13KB)
この前、見へた資料めねぐなった、てが? 探せで(33KB)
わがったでば。あ、こんたどこさ、飲み屋の名刺(35KB)
まず、いらねごどさねってもいいがら!(22KB)
セリオンさ行ぐバスってあらんだっけが(25KB)
なに、土崎駅から歩って行ぐにいい(26KB)
バスだば秋田駅あだりがら出でらべどもな(32KB)
まず、いらねごど言うなって。わがらねぐなる(29KB)
めねぐなった(12KB)

土崎(9KB)


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