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Shuno の方言千夜一夜
第53夜
人称の認証
さてさて、実は今まで取り上げなかったのが不思議なくらいの話、人の呼び方に触れてみようと思う。
特に理由はないのだが、強いて言えば、ネタが揃わなかったことと、方言の話っていうと人称から始まることが多いので、なんとなく避けていた、という位のことである。
では、早速、一人称から。
ま、秋田弁に限らず「
おら
」がポピュラーであろう。男女の別なく使う。
この辺で「え〜」という反応もあろうが、これが伝統的な使い方であることは辞典を調べればわかる。『大辞林 (三省堂・1988)』によれば、「おれ」が一人称として使われるようになったのは江戸時代以降で、男の言葉となったのはその末期だそうだから、たかだか 100 年ちょっと前のことだ。
「
おれ
」とその音便化形「
おい
」も、男女共に聞かれる。
他には、「あたし」の訛った形として「
あだし
」もある。これは女性のみ。
県北から津軽にかけては「
わ
」とも言う。これは「我」である。
「
わし
」は西日本の方言である、念のため。
続けて二人称。
「
んが
」は
以前
もとりあげた。これは、「お前」「貴様」レベルの単語であるから、使う相手を間違うと喧嘩になる。
語源はなんだろう。実際に聞いたことは無いが「
な
」という地域もあるらしいし、古語の「
な
」は平安時代には「
なが
」という形で使われていたそうだから、その変化したものか? とも思ったりする。ちなみに「
な
」は「汝」である。
「
あだ
」は「あんた」に相当する単語である。「
んが
」ほどではないが、使い方や状況には注意が必要だ。基本的に、目上の人間には使えない。が、見ず知らずの人間でも、例えば観光客などには、親しみを込めた表現として使うことは考えられる。
「
おめ
」は「お前」の訛りだろう。
「あなた」に当たる単語には心当たりがない。俺が秋田弁の敬語を操れないのは何度も言ってきた通りだが、そのほかに、やはり生活の言語だということも影響してくるだろう。また、
以前
も述べたように、これほどの敬意を表現する必要に迫られると標準語を使うことが多い。
ところで、「
自分
」という単語について不思議に思ったことはないだろうか。
例えば大阪あたりで「
自分、なにしてんねん
」と言われたとしよう。この「自分」は誰を指しているか。
ま、前後の意味から推理すればわかると思うが、この「自分」は二人称だ。つまり「
お前は何をしているんだ
」と問われているのである。
一方、軍隊や運動部などで使われているようだが、「
自分は秋田出身であります
」という言い方もある。これは一人称だ。「
私は秋田出身だ
」と言っているわけである。
この例でわかるように、方言の面でも、歴史的に見ても、一人称と二人称はしばしば互いに入れ替わって使用される。
「おれ」に戻れば、奈良時代から平安時代にかけては二人称だったそうだし、「な」も奈良時代には一人称、平安時代には二人称だったそうだ。
「われ」に限っては絶対に一人称だと思い込んでいる人もあるかもしれないが、「
なめとんのか、われ
」という表現は正しく理解できるだろう。
能代
*1
方面では、「自分でやれ」というのを「
わでせ
」と言うらしい (「
せ
」は「しろ」)。「
わ
」が一人称であることは既に述べたとおりだが、ここでも一人称と二人称の混乱が見られる。
とは言いながら、「
混乱
」というのは正確な表現ではない。
「自分」を辞書で調べてみると「
反照代名詞
」という単語が出てくる。つまり「その人自身」ということだ。話題の中心になっている人なら何人称であろうと適用できるわけである。
例えば、「
自分でやれば?
」「
自分でやればいいんだろ!
」という会話では、前者は相手、後者は本人を指している。更に「
あの人って自分のことも満足にできないのよね
」と言えば第三者を指す。
この辺に、一人称と二人称の交替の原因が見られるように思う。
一人称と二人称だけで話が終わってしまった。
それ以外については次回。
なお、秋田弁には「彼」「彼女」に相当する単語はなく、全て「
あれ
」で片付ける。
注:
秋田県北西部の市。古く奈良時代から「渟代」と呼ばれる港町であった。戦国時代以降、米代川 (よねしろがわ) を使った木材と鉱物の集産地・積出港として栄え、戦前は東洋一の製材都市とまで言われた。(「能代」『世界大百科事典』1992年、平凡社)
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