Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第54夜

人情の人称




 2 夜続けての人の呼び方の話題。
 今回は、親族名称である。

 まずは、死にかかっている表現から。
あに」が「長男」。
おんちゃ」が「次男」。
おんじ」が「三男以下」。*1
 なぜ、死にかかっているかというのは、このような表現が必要であった理由を考えればわかる。
 つまり、武家にしろ農家にしろ、跡を継ぐのは長男。長男であるかどうかが非常に大事なことだったのである。であるからこその分類というわけだ。これは、長女と次女の区別がないことからもわかる。
 従い、長子相続が当然ではなくなり、場合によっては誰も継がない、という状況になってくると、これらの単語は消えて行かざるを得ない。
 まして、長男が独身であるかどうかで呼び方が違う、なんていうはもう通用しなくなってしまっている。

 ついでだが、「末っ子」は「ばっち」と呼ばれる。「末子 (まっし)」という単語が辞書にも載っているが、その訛りであろう。
 当事者に向かって言っていい単語ではない。

 問:「かぁさん/とぉさん」と「おがはん/おどはん」の違いについて述べよ。
 答:面と向かって言っていいのが前者、陰口でしか言えないのが後者。
かぁさん/とぉさん」は、文字どおりの母さん父さん、もしくはそれに相当する年齢の人を指す。そういう意味では標準語の「おばさん/おじさん」と同じ、とも言えなくはないが、「おばさん/おじさん」の場合、同年齢の人を指すことはない、という点が違う。
 もっと詳しく言うと、前方に中年男性を見かけて「とぉさん!」と呼びかけることができるのは、彼の子供を覗けば、同年代やその前後の人だけである。上の人は使わないし、下の人が言えば失礼になる。
 逆に、「おじさん!」と言っていいのは、甥と姪は別にして、その中年男性よりも若い人である。同年代は使わないし、上の人が言えば「あんたに『おじさん』よばわりされる謂れはない!」と怒られるだろう。
お父さん!」と言えるのは、彼の子供だけである。*2

おがはん/おどはん」はちょっと軽蔑した感じ、少なくとも揶揄するイメージがあるので、ネイティブでない人は使わない方がよい。親しくない人に使うと不興を買う。間違っても目上の人間に使ってはいけない。
 これについては、「おが/おど」という省略形もある。
 どちらも、「クソババァ/クソジジィ」等と違って、罵倒の役には立たない。

あば」というのもある。
 意味は「おばさん」なわけだが、これも「おが」と同じように、本人のいるところで使ってはいけない単語である。
おが」が「母さん」に由来するのに対して、「あば」が「おばさん」である、という程度で、本質的な違いはない。

 不思議なことに、これに対応する「おじさん」の形に心当たりがない。
 あえて言えば「」だろうか。
 色気を出して女子高生に金を吸い取られたり、男子高生に狩られたりして、全国的にいいところのない「オヤジ」だが、アクセントが全く違うのには注意して欲しい。
おやじ」が「オヤジ」と違うのは、老人をも含みうる、という点だろうか。
 いずれ褒められてはいないのだが。

ばば」は「婆」である。
 どういうわけかそういう単語ばっかりだが、これも状況を選ぶ言葉だ。
じじ」もあるにはるが、あまり聞かない。
 別に秋田弁が「オバタリアン」を先取りして女性蔑視の姿勢を貫いたからではないと思う。逆に、母系社会だったのではないか、という気もしないことは無い。女性が目立ったのであろうか。

 しかしまぁ、どうしてこうも「面と向かって言えない」単語ばっかり並ぶのだろう。
 これはこれで、ちょっと研究材料になりそうな気がする。




*1:
『あきた弁大娯解 (
無明舎、あゆかわのぼる、1997)』
 これには、「もしかあんちゃ」という単語が「くりあげ長男」あるいは「その資格のある者」として載っているが、著者自身も、自信ない、と言っているので取り上げなかった。

*2:
 TV やラジオのパーソナリティが、中年男女に対して、「お父さん」「お母さん」と呼びかけているのはよく聞く。
「太郎君のお父さん」とか「佐藤さんのとぉさん」と言えば、それぞれ「太郎君の父親」「佐藤家の主人」を指すので、誰でも使えるようになる。





音声サンプル.WAV

かぁさん(11KB)
おどはん(13KB)
あば(9KB)
おやじ(8KB)
ばば(7KB)
佐藤さんのとぉさん(15KB)




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