Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第1夜

なげる



 標準語で言うところの「捨てる」という意味である。
 秋田 (多分、東北全域) では、なにかを「捨てる」行為は「なげる」と言うことに決まっている
 キャッチボールのような行為、これは「投げる」と言っていいことになっている。守備範囲の広い言葉である。
 勿論、「ごみ箱に放り投げる」ものに限らず、「せっかく作ったプログラム」や「約束」など、「破棄する」が相当するような場合でも「なげる」ということができる。

 こういうことを言うと、余所の人は「それじゃややこしいでしょう」と言うのだが、考えてみて欲しい。ものを捨てる行為と、ものを投げる * 行為とを混同して話が通じない、というようなケースはちょっと考えにくいではないか。
 「あど、このボール投げるが (もう、このボールは[なげて]しまおう)」
  とか、
 「わりども、このゴミなげどいてけね (悪いけど、このゴミを[なげて]おいてくれないか)」
  と言ったら、投げるではなく、捨てるのだと見当がつくであろう。
 なに、混乱したら聞き返せばいいのだ。これしきの事で死にゃしない。さすがに「命を投げる」とは言わないのだから。

 不幸にも「捨てる」ことを「なげる」と言わない地域の人は、「『捨てる』ことを『投げる』なんて変だ」という。
 しかし、中学生のときの記憶を呼び起こし給え。「捨てる」を英語で何と言うであろうか。
 そう、“throw away”だ。
 わざわざ「アンダースロー」だの「フリースロー」だののスポーツ用語を持ち出すまでもあるまい。「投げる」という言葉で「捨てる」という動作をあらわすのは、ごく自然なことなのだ。
 更に、別の言語を調べてみよう。
     
フランス語 jeter 投げる、捨てる
ドイツ語 werfen ueber 捨てる
 〃 Werfer ピッチャー
 ということだ。諦めなさい。

 他の方言はどうだろう。
 『日本の方言地図 (徳川宗賢編 中公新書)』によれば、近畿に「ほうる」「ほかす」という勢力がある。「ほうる」等は「なげる」と発想は同じである (内蔵料理、ホルモンは「放るもん」=「捨てるもの」から来たそうだが、本当だろうか)。
 関東では「うっちゃる」という言い方があるらしい。相撲の決まり手にもあるが、相手をほうり投げるような技だから、やはり「投げる」と「捨てる」には密接な関係があると思われる。

 東北地方の出身がよその土地に行き、間違って使う表現の一つだそうだ。なぜなら、「投げる」という言葉は標準語にもあるからだ。「投げる」という言葉を「捨てる」という意味で使うのが、方言だとは夢にも思わないわけだ。

 さて、何故「命を投げる」とは言わないのだろうか。
 ここからは、完全に推測。
 方言は生活の言語である。「ハダハダ、たげくなったでー (ハタハタが高くなったなぁ)」とか「いっぺのみさねが (一杯、呑みに行きませんか)?」という時に使う言葉だ。多少の訛りや単語の混入はあるにしても、議会での議論が秋田弁で行われることはない。そうは聞こえないことはあるかもしれないが、一応は標準語風の言葉でしゃべるようになっている。
 で、毎日の生活場面で「命を捨てる」状況に出会うことはあんまり無い。高校生や酔っ払いは会話の端々で「命を掛ける」ことがあるようだが、「命を捨てる」話はほとんど聞かない。方言が適用されるような表現ではないからではないか。

 それにしても、初っ端の話題が「なげる」とは、我ながらいい度胸だとは思う。



*:本稿では、ある表現が標準語なのか秋田弁なのかわかりにくい場合、標準語の意味で使っている部分をこの色で示す。つまり、ここでは「投げる」を「放る」という意味で使っている。 ()


補足:
 秋田県南部の由利・本荘地区から山形県庄内地方にかけては、「うだる」と言うそうだ。語源が思い付かない不思議な単語である。「うっちゃる」に似てはいるが、「うぢゃる」くらいならともかく、「うだる」への変化はちょっと無理があるような気がする。「うとましい」との関連も考えて見たのだが…。
 ところで、秋田で「県南」と言うと、秋田県の南半分というよりは、横手・湯沢といった内陸・南西部を指す。海岸沿い・南東部の由利・本荘地区が、秋田藩ではなかったことが影響しているのだと思う。(020623 訂正: 由利・本荘を庄内藩としたのは誤り。亀田藩および本荘藩である。メールでのご指摘をいただいた。参考:江戸三百藩HTML便覧)
 秋田市の北側に「南秋田郡」があったりして、ちょっとややこしいかもしれない。 (970202 加筆)(→地図あり)



音声サンプル(.WAV)

あど、このボール投げるが(22KB)
わりども、このゴミなげどいてけね(24KB)
ハダハダ、たげくなったでー(28KB)
いっぺのみさねが(119KB)


"Speak about Speech" のページに戻る
ホームページに戻る

第2夜「ら付き言葉」へ

shuno@sam.hi-ho.ne.jp