Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第113夜

ずいずいっと




 「わっかりませーん」の発展編第 3 段は、語源のわかっているもの。
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 わかっている、とは言いながら、「そういう話を聞いた」とか「本にそう書いてあった」
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というレベルのものである。俺は裏をとっていない。


 語源の探索は、我々が想像するよりはるかに難しい。ちゃんと理詰めで裏付をとって
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いかないと単なる民間語源になってしまう。何度も取り上げて恐縮だが、「しあさって」が
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4 日後だから、その翌日は「ごあさって」であろう、という解釈は、かなり興味深いものだ
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とはいえ、やはり解釈自体は誤りなのである。
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 この俚言は実際に使われているから実績を持っている。したがって、既に裏付けのあ
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るものだと言っていいが、語源の調査自体は、素人がちょいちょいとできるようなことで
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はない。


 さて、裏をとる方法は方法は幾つかある。
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 まず、近隣の方言と比較する方法。
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 秋田弁で「疲れた」を意味する「こえ」だが、北関東に「こわい」という表現がある。
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この二者に関連があることは容易に想像できる。後は、それぞれの、更にはその間
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に存在する各方言の音韻の特徴を考慮していけば立証可能だ。
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 ただし。この方法では、秋田で「恥ずかしい」という意味の「しょし」が、隣の山形で
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は「ありがとう」である、というような例にぶちあたったときに、挫折したり誤った結論
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を出してしまったりする可能性がある。
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 次は、似た例を探す方法。
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 「いれる」が「へる」である、という例は、これだけを取り出すと「なんじゃそりゃ」と思
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われるが、「はいる」という自動詞形を思い出せれば、なんら問題のない形であるこ
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とがわかる。
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 最後が、古い文献にあたる方法。
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 「蝸牛考」や「グロットグラム」の話は前にしたが、時間差と地域差はある程度までリ
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ンクする。
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 また、古語がほぼそのままの形で各地の方言に登場する、という話は何度もしてき
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た。古文書による裏付けは欠かせないのである。
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 実は、学術分野では、これをしないと相手にしてもらえないケースもある。


 さて。語源の推測が簡単な秋田弁。
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 鍵をかけることを「かう」と言う。
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 不思議な単語だなーと思っていた。「かける」の「け」が脱落したのかなぁと思ったが、
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ちょっと無理がある。よっぽど「わっかりませーん」の仲間に入れようかと思った。が、
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辞書を引いてみたら疑問氷解。
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 「支う」という単語がある。
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 辞書を引いても「心張り棒を支う」という例文しか載ってないことが多いが、意味は立
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派に通るので、これで間違いあるまい。


 漬け物のことを「がっこ」と呼ぶという話はにした。
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 これについては「雅香」であろう、という説がある。確かに、漬け物のことを「香の物
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と言うから、信憑性はある。
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 京言葉だ、なんて話もあるのだが、んじゃ、古語辞典に載ってるか、京都でこれに類す
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る表現が残ってるか
っつーと、んなことはないわけで、ここでブレーキがかかるのである。


 「もぞ」という単語がある。
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 あまり単独で使われることは無くて、「もぞこぐ」という風に「こぐ」という動詞をつける。
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アクセントは「」にある。
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 意味は、「間抜けなことをする」「とぼけたことをする」で、「なーにやってんだか (笑)」
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というシチュエーションで使われる。
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 これが「妄想」であるらしい。
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 意味は通る。


 最初に、偉そうに「俺は裏をとってない」なんて書いたが、そうそう取れるものではな
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いのである。
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 まぁ、俺が断言しているときは、無責任な場合と、辞典や論文で確認をとった、という
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程度である場合、ネイティブとしての勘で言っている場合、の 3 パターンのいずれかと
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思っていただきたい。
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 方言学って、奥の深い学問なんである。たんなる思い付きを、国語辞典や古語辞典
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で調べたくらいで、「この単語の語源はこれだ!」なんて断言していいものではない。
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 世界中の人がアクセス可能な WWW で公開するなどもってのほかである。



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第114夜「甘い」

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