Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第23夜

知恵熱注意



 というのは、コ難しい、学問的な話をするからである。

言語形成期」という言葉がある。これは、人間が言葉を獲得していく時期のことであり、大体 10 代前半までを指す。この時期に獲得した言語の特徴は、その人の言語生活を決定することが多い、というわけである。*1  したがって、老人の言葉を調べれば、数十年前の言葉づかいを知ることが出来る。バラエティ番組などで「死語の世界」などといって揶揄することが多いが、老人の言葉は言語変化をつかむ上で貴重な情報源なのである。  これを一歩進めて、ある時点の各世代の言葉使いを調べれば、言語変化の時期をある程度、確定することができる。
 例えば、ある単語に関して、
70 60 50 40 30 20 10 (年齢・代)
 のような変化が見られれば、「●」という表現から「○」という表現に変化したのが、20〜30 年前であろう、という見当がつく。

 以前、「方言周圏論」の話題が出たときにも触れたが、周囲に対して大きな影響力を持つ、言語的な中心とも言える地域が存在する。現在の日本で言えば、東京がそうであるといえる。もう少し細かく見れば、東海地方では名古屋であろうし、秋田県では秋田市がそうである。
 多くの場合に人口密集地であるこの地域で、新しい表現が作り出されたり採用されたりすると、その新しい表現はゆっくりと周りに伝播していく。*2
 そこで、これを地図上にプロットしてみると、どういうルートを通って言葉が伝わっていくのかを見ることが出来る。
 高い山などは通常は障害となるが、ある山奥の分校が広範囲の児童生徒を集めているために、ここを拠点にして、意外にあっという間に伝わったりする、ということもある。
 また、一般的には境界と考えられる河川が、実は交通手段であるために、言葉をも媒介するルートになるなど、興味深い現象がさまざまに観察される。

 この 2 つをくっつけるとどうなるか。
(年齢・代)
70
60
50
40
30
20
10
(地点)
 縦軸に年齢層、横軸に地点をとる。A から J までの地点は鉄道によって一直線に並んでいるものとする。
 これによって何が分かるか。
「●」という表現は、J 地点では全ての年齢層に使われているが、左へ行くに従って、若年層にかぎられるようになり、C 地点は 10 代 *3 の若者だけ、A・B の両地点では全く使われていない。「○」については、全く逆の傾向が見られる。
 おそらく、「●」の方が新しい表現であろう。J 地点では昔から使われていたために老若男女、まんべんなく普及している。左に行くに従って、それはまだ目新しい表現であり、新しい表現を採用することに抵抗の無い、若い世代から使い始めている。
 A から見て J の方向に、この地域の中心的な都市があるだろう。J がそうかもしれない。
 つまり、「●」という表現が J 地点から A 地点に向かって伝播していく過程が、このグラフに擬似的にあらわされているわけである。歴史的な変化を、数十年も待たずに観察することができる。*4
 こいういうグラフを「グロットグラム(“glottogram”)」と呼ぶ。

 今日の新出単語は、
言語形成期グロットグラム
 の 2 つである。復習しておくように。




注1:
 例えば、日本人は L と R の使い分けが不得手だといわれるが、言語形成期にこの違いを体得しないからである。すでに L も R も「ラ行」で一緒くたになっているので、大人になってから、使い分けろ、といわれても難しい。フランス人の H もこの例。(
)

注2:
 通常、1km/年程度と言われる(
)

注3:
 10 代を 2 つに分けることもある。特に、流行語の調査などの場合は有効である。(
)

注4:  これは典型的な例に過ぎない。
 TV での流行語などは、
(老)
(若)

 こうなるだろうし、地域に特有の自然現象の名称などは
(老)
(若)
 こうなるものと考えられる。()

参考:『新・方言学を学ぶ人のために』徳川宗賢・真田信治編 世界思想社 1991 年初版



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