Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第6夜

古語辞典をひこう



 前に、方言には古い言葉が残っていることが多い、ということを言った。

「方言周圏論」という考え方がある。
 文化の中心、たとえば平安の都・京都で使われている言葉が、周囲に広がっていく。それが、たとえば文化果つる行き止まりの「みちのく」に到達する頃には、都では別の表現が使われはじめている。こうしたことを繰り返した結果、同じような言葉を使う地域を地図上にプロットしていくと、京都を中心とした同心円状に並ぶようになる。これが「方言周圏論」である。*1
 だから、古典を方言訳してみると、意外に原形をとどめていたりすることがある。逆に、古典の勉強をしていて (あるいは、させられていて)、「なに、おらがたの言葉ど同じだねが」と思った人はいないだろうか。
 ただ、方言は生活の言葉だから「いずれのおんときにかやんごとなきおんかたがたあまたさぶらひたまひけるなかに」なんてのを訳そうとするとどうしようもなくなるのだが。

 秋田弁で「さびしい、手持ちぶさた」という意味の「とじぇね」という言葉がある。これの正 体を探ってみよう (すぐ終わるが)。
 キーワードは「とじぇ」だ。しかも、今回のネタは古典。
 昔「とぜん」って読んで笑われた人もいるだろう。
 試しに冒頭の部分を秋田弁訳してみる (だいぶ意訳だ)。

 おが 徒然ねぇどこで、あさまがら ばんげまで 硯さ向がって、心さ浮がんでくるほじねいんたごどどご、別に何するわけでねばって 書てげば、おがしげだ感じしてくる。

 ま、不幸にも秋田弁を知らない人のために、単語帳。
おが あまりにも
どこで 〜なので。理由を示す
あさま 
ばんげ 
ほじね 馬鹿げた。「本地ない」の転か。
いんた 様な
どご 〜を。「ほじねいんたごどどご」は「馬鹿げたようなことを」
ばって 〜だけれども。「何するわけでねばって」は「何をするわけでもないけれども」
おがしげだ おかしな
 鹿児島では「とぜんね」、伊万里では「とうぜんなか」というそうだ。

 ほかに、「つらら」を指す「たろんぺ」が「垂氷 (たるひ)」、「末っ子」を指す「ばっち」が「末子 (ばっし)」など、例を挙げるときりがないのだけれども、各地の方言に接したとき、古語辞典をひいてみると、その由来が分かったりして結構楽しいものである。



注:
 実際には、奈良・京都・江戸・大阪と中心になる地域が複数存在し、東北での仙台、秋田県での秋田市など各地域毎の中心地があり、北前船などによる交易のように地面によらない伝播もあるので、必ずしも同心円になるとは限らない。
 「方言周圏論」については、柳田國男の「蝸牛考」が最初、というのは有名な話だが、数年前に話題になり、この前、文庫も出た『全国アホ・バカ分布考 (松本修著・太田出版・ISBN4-87233-116-8)』あたりが面白い。(
)



音声サンプル(.WAV)

なに、おらがたの言葉ど同じだねが(32KB)
とじぇね(12KB)
おが 徒然ねぇどこで、あさまがら ばんげまで 硯さ向がって、心さ浮がんでくる ほじねいんたごどどご、別に何するわけでねばって 書てげば、おがしげだ感じしてくる(107KB)
たろんぺ(11KB)
ばっち(15KB)


"Speak about Speech" のページに戻る
ホームページに戻る

第7夜「丸い卵も切りよで四角」へ

shuno@sam.hi-ho.ne.jp