Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第7夜

丸い卵も切りよで四角



 例えば、「」と“book”は必ずしもイコールではない。
 その証拠に、(今ではずいぶんと減ったと思うが) 飲み屋で用意している紙マッチ。あれを“match book”というが *1、日本語で言うところの「」でない。
 つまり、“book”が意味するところは「なんか大事なものを挟んである物体」であって *2書物を想像する我々の語感とはちょっと違う。

 方言も同様で、「それどういう意味?」と聞かれて、標準語の語彙を駆使して一生懸命説明するんだけれども、どうも正しい姿を伝えきれていないような気がする、というもどかしさを経験した人も多いだろう。

 東北〜北海道で使われる「まがす」という言葉がある。
 コップなどをひっくり返したために内容物が出てきてしまう、という状態を指すのだが、こ れを1単語で説明しようとすると「こぼす」としか言いようがない。あるいは「コップをひっくり返す」などといういかにも説明的な表現になってしまう。しかも、後者の場合は、焦点が「コップ」に移ってしまって居心地が悪い。

 ニュアンスをもっと説明する。
 容器はコップ、あるいはそれに準ずるものである。スープやシチューなど、平たい皿に入っているものを大きく揺らしたりひっくり返したりしても、「まがす」とは言えない。
 容器は倒れなくてはならない。料理中に鍋からふきこぼれた場合などは「まがす」は使えない。誰かがとっさに容器を支えることに成功した場合は、内容物が外に出ていても「まがす」は使いにくい。「まがすどこであった (あやうく『まがす』ところだった)」となるだろう。
 内容物は液体、もしくはそれに準ずるものである。計量カップの中に粉石鹸が入っていて、これをひっくり返した場合も「まがす」が使える。昔、流行したおもちゃの「スライム」のようなゲル状のものは不可である
 小さいもののほうが納まりがよい。大きなバケツやドラムカンにたまった水などの場合、「まがす」を使っていいものかどうか、ちょっと迷ってしまう。
「こぼす」と言ってしまうと、箸の使い方がうまくない子供の口からご飯がポロポロおちてくるのも含まれてしまうが、これは断じてまがす」とは言わない。
 これで「まがす」の本質をご理解いただけたものと思う。

 もう一つ。「折る」に相当する「おだる」。
 まず、折り畳み傘のように、はじめから折り曲げることが想定されていて、復元可能なものには使えない。蛇腹のついたストローも同様。蛇腹のない、まっすぐなストローを折ってしまって、もう使えないか、使用が困難になった場合は「おだる」と言うことができる。
「折り紙」のような平面体には使えない。細長い棒状のものでなくてはならない
 だから、「スキーで足おだった」とは言えるが、「*入院してだから千羽鶴をおだってやった *3」とは言えない。

 名前をつける、というのは分類することである *4。生活様式が違えば、分類の仕方も変わる。
 生活を海に頼ってきた八丈島では、時代によって違いはあるものの、風向きを表すことばが豊富である。例えば、北東風が「オワタナライ」、東北東風が「ヒガシナライ」、東風が「ヒガシカゼ」のように、24 方位すべてにあると言っていい。*5
「ヤマセ」という言葉もおそらく全国的に有名であろうが、基本的に「山から吹いてくる風 山に背を向けた方向から吹いてくる風」という意味だから、吹いてくる方向が地域によって違う。
 この、物の見方の違いが面白いのである。




「ヤマセ」の意味が間違ってたので修正。お得意様の DYO さんからの指摘。(060827)




注1:
 日本では「ブックマッチ」というようだ。“book match”は、“match book”の中の1本を指すのだが。(
)

注2:
 語源は「書物」である。ぶなの木 (boc) の樹皮に書き物をしたためだそうだ (WEBSTER'S NEW WORLD DICTIONARY SECOND COLLEGE EDITION)。(
)

注3:
 先頭にある「*」は、それに続く表現が間違っていることを示す。「非文」という。(
)

注4:
 誰の言葉でしたっけ。(
)

注5:
 北見俊夫「風の言葉」(『言語』1992年12月号、大修館書店)(
)



音声サンプル(.WAV)

まがす(13KB)
まがすどこであった(16KB)
おだる(12KB)
スキーで足おだった(25KB)


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