Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第114夜

甘い




 1998 年のキーワードは「むかつく」であり「きれる」であった。
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 何を今更、とちょっと納得できないのだが、どちらもかなり前からある表現ではなかっ
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たか。
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 「むかつく」の方だが、俺の場合は新語・俗語という意識すらないので、得意の『日本
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語大辞典(初版)』(1990, 講談社) で調べたら「腹がたつ」で載っていた。まさか、と思って
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高校生の時に使っていた『講談社学術文庫 国語辞典(初版)』(1979) もあたったら同じ
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く載っている。つまり、20 年以上も前からあった用法なんである。
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 「プッツンする」というのが大学生の頃には既に広く使われていたという記憶があるの
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で、「きれる」の登場はもう 15 年も前のことだ。
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 もし、メディアなり親たちなりが、本当にこの言葉の存在を知らなかったとしたら、あま
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りにも見聞が狭すぎると言っていいだろう。
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 尤も、以前の「きれる」が単に「怒り心頭に発する」という程度であったのに対して、
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現在の「きれる」は刺すなり殺すなりの行動まで飛んでしまうという点が違うとはいえる
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だろう。この点にしたって、一連の事件のおかげで付加されたニュアンスじゃないか、
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という疑いはぬぐいきれないのだが。
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 そもそも「チョムカ」ってあったでしょう。これは去年の単語じゃないっすよねぇ。


 「プッツン」の方は、「怒る」という使い方より、妙な行動パターンを取る人を揶揄す
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る使い方の方が多かったような気がする、ということを付け加えておく。


 「気を悪くする」という表現がある。
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 大阪では「気ぃ悪い」「気が悪い」というようだ。
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 結果は同じであろうが、東京では「気」が目的語であるのに対して、大阪では主語に
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なっているという対称がなかなか興味深い。よく「日本語は『する』ではなく『なる』の文
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化である
」というようなことを言うが、こと「気」に関しては、大阪弁はこのルールから逸
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脱しているとでも言えるだろうか。
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 「気を悪くする」は一人称についてはあまり使わない。「私が気を悪くする」はちょっ
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と不自然であろう。「不愉快」の婉曲表現ということか。尤も、婉曲表現だから一人称
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に使わないのか、一人称に使わないから婉曲表現のように思われるのかはわからな
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いが。
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 「気ぃ悪い」は一人称でも使うようだ。「そない言われたら わし 気ぃ悪いわ」となるが、
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なにやら「象は鼻が長い」に似た形である。
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 「気」が悪いくらいならごきげんを取ればいいことだから単純だが、「気持ちが悪い
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となると意味が全く変わってくる。すぐに医者に行った方がよい。
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 では「気分が悪い」だとどうであろう。
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 『日本語大辞典』は「気持ち。心持ち」と解説しているのだが、「気分が悪い」には
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「不愉快だ」という意味もあるように思う。
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 秋田でいう「気分わり」は「不愉快だ」そのものである。食欲がないとか宿酔だ、とい
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うようなケースでは使えない。
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 「気分が悪い」の方は、ある程度は文脈に依存するとしても、体調が悪いときに使
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われるのがメインではないか、という気はする。「気分がすぐれない」だと間違いなく
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こっちだが。


 「腹わり」についてはに述べた。気持ちを腹で代表させるのは、「腹に一物」「腹蔵
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なく」「腹を割って」など普通にあることで、何も秋田弁に特有の発想ではない。
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 「好ぎでね」を「好きではない(=必ずしも嫌いではない)」と解釈してはいけない、
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という話もにした。
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 「怒る」が「ごしゃぐ」であるというのもにやったなぁ。


 「きまげる」という単語もあるのだが、これは俺にとって使用語彙ではない。はっきり
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した意味も分からない。いずれ、不愉快だということはわかるのだが、怒っているのか
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苛々しているのかなんてのは雰囲気で判断している。
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 「肝やげる」という単語を最近になって知った。これはどうやら「苛々している」とい
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うことらしい。形が「きまげる」と似ているなぁ、とは思っている。


 「ゲロ」を強調の意味で使うことがある (あった?) らしい。「ゲロウマ」というのは、とて
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もそうは聞こえないが「非常においしい」という意味だそうだ。
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 であれば、「非常に不愉快である」という意味で「ゲロムカ」って表現があってもよさそ
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うなものだが、これは聞いたことがない。その組み合わせには意外性がないからではな
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いか、と勝手に思ったりしている。



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第115夜「立ち食い蕎麦」

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