Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第505夜

鬼籍



 急なことだったが、祖母が鬼籍した。
 前から心臓は悪かったらしいのだが、救急車で運ばれて 5 日目だったそうだ。
 もう 10 年もすれば桁が変わる、という年齢で、まぁ大往生と言っていいだろう。
 本人も覚悟がついていたらしく、前の日に、医者と看護師たちに「ありがとうございました」と言った、と言うし、大正女は強いねぇ、俺らはそこまで生きることはできないだろうなハッハッハ、ということで衆議一決。
 早逝した子供 (俺から見て叔父や叔母) もいて、しかも昔のことで少なくはないので、家族会議で多数決を取ると現世側が負ける、という比率。向こうの方がにぎやかだよな、という話も出て、おおむね穏やかなお弔いであった。

 当然、年齢の重心は高い方に偏るわけで、方言濃度高め。
 一方、親戚とは言っても数年ぶりに会った、という人たちもいて、「ちょっとよそ行きの秋田弁」を耳にした。でも、それをここで紹介できないのが残念である。
 メモなんか取ってる場合じゃない、というのが一番の理由なのだが、俺のアンテナがちょっと鈍っているのではないか、という気もしている。
 U ターンしてきて 12 年目。秋田弁は、俺にとって「耳立つ」ものではなくなってきているようだ。
 そんな中で拾った表現をいくつか。

〜いって
 今は秋田市に編入されてしまった雄和町近辺の表現である。どうにも微妙な感じなのだが、「〜ように」に近いのではないか、という気がしている。
 例えば、「行ぐいって」と言えば、「行く目的で/行かせるために」であったり、「行くよ、と (言う)」であったりする。どっちなのか、というのは、文脈で理解可能だ。

 これで思い出したが、秋田弁では「言って」が思いっきり脱落することが多いような気がする。
行ぐってら」「行ぐってだ」は、「行く、と言っている」という意味なのだが、形の上では「言って」が消滅している。過去の「行く、と言っていた」でも「行ぐってらった」と「た」が付加されておしまいである。
 こないだとりあげた「しなきゃない」も似てるかな。

おべぶり」は世間話で出てきた表現で、「知ったかぶり」。「知っている」ということを「おべでる (覚えている)」と表現する、ということはかなり昔に書いた。
 これも既出だが、形の上では過去だが、現在の状態を示す「〜た」もある。だから、「久しぶりだけれども、俺のことを覚えているか」は「久しぶりだども、俺どご おべでらが」「おべでら〜」となる。

「耳立」ったのは、「ひぎもの」。「引き出物」のことで、これまた相当、前に取り上げた「かへもの (食べ物)」と似ているから、俚言か、と思ったのだが、どうやら違うらしい。「引き物」は辞書にも載ってるし、ググってみたらごく普通に使われていた。
 面白いのは、全く違うものを指した意味を多数、持っている、ということである。
「引き出物」に加え、「部屋の仕切りとする布」と「引き戸の取っ手の類」というのが辞書に載っているし、俗語――というよりは業界用語だと思うのだが、玩具類に二つ。
 一つは、昔からあるクジの類。紐を引っぱるのもあれば、袋に入ったブロマイドを引っ張って取り出すのもある。
 もう一つは、子供なんかを乗せて、あるいは子ども自身が引っ張るもの。
 オモチャの世界は業界用語の宝庫じゃないか、って気がなんとなくする。

 ネットの世界は変化が激しいので、前はわからなかったことが、(こちらは何の努力もしないのに) 時間の経過によって判明することがある、ということをこないだ書いた。
「お逮夜」というイベントがあって、秋田弁では「おだや」と言ったりすることもあるのだが、この「逮」は、「及ぶ」という意味を持っている、という記述を見つけた。だとすれば、夜を徹して故人をしのぶ「お通夜」のことである、ということがストンと理解できる。

 寺には、永代供養をする人の名札が下がっている。
 その中に異体字がたくさんあったのでご紹介。
長  
杉  
金  
民  
 戸籍担当者の苦労がしのばれる。
 まぁ、担当者の誤字がそのまま戸籍に載ってしまっている、ということも往々にしてあるのだが。
 そういえば、戸籍で話題になることの多い「はしご高」も多かったような気がする。

 あわただしい数日間だった。葬式近辺の作業が多いのには、遺族の悲しみを紛らす効果がある、という話を、お経を聞きながら思い出したりしていた。
 が、一番、面食らったのは、急に見知らぬ人が多数やってきた祖母の家の猫達と、何日も相手をしてもらえなかった俺の実家の猫達であろう。
 いつもは冷たい実家の猫が、妙に愛想がよかったのはそのせいに違いない。






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