Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第119夜

いつまでも元気でね




 俺はアパート住まいである。田舎と言えども、やはり近隣住民とのコンタクトは少ない。
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朝、ゴミ捨て場で会えば挨拶はするが、名前は勿論、その人がどこの部屋の住人で何
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をしているのかなんて知らない。
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 そうなると、人との接触は昼間、会社でのことに限られる。しかし、たとえ雑談であっ
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ても文体が高いから、軽度とは言え、緊張を強いられる。
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 ということになると、実は、俺はあんまり方言に接していないと言える。
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 一方で、たまに実家に帰って、母親とその友達が買い物に出るときの運転手を仰せつ
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かったりすると、一転して大量の秋田弁にさらされることになる。車を運転しながらメモを
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とる訳にもいかないので、かなり忘れているのだが、辛うじて記憶に残った表現を挙げて
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みる。


 まず、「かへもの」。
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 秋田弁で、「」が「」に変化することがある、という話はに取り上げた。そこで
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かへる」という表現を例に上げている。
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 丁寧に追ってみると、「かへる」は「かせる」の変化したものである。秋田ではどちら
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の形も使うが。「かせる」は「くわせる」の変形。つまり、「かへる」は「食べさせる」とい
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う意味。
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 で、「かへもの」は「食わせるもの」という意味である。信用できない奴という意味の
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「くわせもの」ではない。
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 これは、「○○の家の子供と××の家の子供は、同じくらいの年なのに健康状態が
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全く違う。親が食べさせるものが違うせいだろうなぁ」という文脈で出てきた。この「食
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べさせるもの」が「かへもの」である。
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 これはおそらく一単語ではない。「なんか書くもの貸して」とか「明日パーティなのに着
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るものがない」というのと同じように、その場で合成された単語であろう。だから、俚言
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とは呼びにくいのだが、いずれ、他の地域で「かへもの」という表現を使わないのは確
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かである。
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 蛇足だが、○○の家の子供は、過度の間食を親が放置しているために、あまり食事
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を取らないのだそうだ。


 もう一つ食い物だが、「味噌つゆ」。
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 意味の解説は不要だろう。さっきの話の続きで、体にいい食べ物の一例として出てきた。


 「きあげ」は「忌明け」。
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 この「げ」は「げ」であって、鼻濁音の「け゜」ではない。
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 これはまぁ、ちょっと方言と呼ぶには辛いかもしれない。「忌明け」そのものは国語辞典
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にも載っているから、単にそれが濁っただけ、ということか。耳だつのは、俺の社会生活
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の貧弱さを物語っているだけ、とも言える。
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 でも、普通は「喪が明ける」って言うよなぁ。


 これは俺の祖母から聞いた表現で、「のびつまり」。
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 伸びたり詰まったりする奴。
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 ゴムひものことだ。
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 俺の母親が大喜びしていたところを見ると、その少女時代、戦前か戦後かその近辺の
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表現だろう。


 そう言えば、以前とりあげた「もだら(たわし)」も「へそべ(釜の炭)」も「けんえんこーで
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しっち
(じゃんけんの掛け声)」も、祖母ないし母親の時代の表現である。
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 これは、秋田県河辺町の七曲(ななまがり)という集落で使われていたものだが、そこ
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から直線で 2km 程度の戸島(としま)では使われていなかったらしい。当時は、それ位の
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距離でも方言の違いがあったことがわかる。
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 車は勿論あったろうが、母が、直線で 10km ある秋田市牛島(うしじま)まで歩いてお使
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いをしたというから、主流ではなかったのだろう。「マイカー」という単語が出てくるのはずっ
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とずっと後のことだ。


 最後が、「ひんける」。
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 これは難しい。ここまでの文章にヒントがあるのだが。ちょっとアクロバット的変形をして
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いる。
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 意味は、「何度も」。
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 ほんまかいな、という気もしないことはないのだが、「千回も」の訛りであるらしい。
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 んー、言ってて、やはり眉唾もんだなぁ、という不安が拭いきれない。


 ということで、お年寄りの発言が方言の宝庫である、という説を証明してみた。



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第120夜「コードチェンジ」

shuno@sam.hi-ho.ne.jp