Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第503夜

熱く語る方言



 七月も下旬である。
 大雨が降ったりはしたものの、どことなく空梅雨の雰囲気である。自転車通勤できなかった、という日はあんまりなかった。
 これから暑くなる。
 その「暑い」。

 実は、「暑い」を取り上げたことは、意外に多い。本人も、確認してみてびっくりした。
 そういや 2003 年は冷夏だったなぁ、とか振り返ってみたりする。
 俺の住んでいるアパートのすぐ前に別のアパートが建ったのは、たしかその頃である。翌年、なんか今年はやたらと暑いな、風がないもん、と唸ってたのだが、よーく考えてみたら、そのアパートが遮っているのだった。建った時期と暑さを感じた時期がずれていたので気づくのに時間がかかった。気づいたって解決しないが。
 俺の部屋は端っこで、かろうじて端の部屋*1には風が通るが、寝るほうの部屋は全く風が入らない。それは見事にはっきりしているが、ほかの住人達はつらいだろうなぁ。

 何度も取り上げたからと言って、繰り返しにはならない、というところがネットの便利なところである。新しいページがどんどん増えているので、新しい文章もどんどん増える。なくなってしまうページもあるわけだが、前は数例しかなかったから紹介するのに躊躇したような俚言も取り上げることができるようになるし、よくわからなかったことが、説明が豊富になったおかげで腑に落ちる、ということもある。
いきる」もその一つ。
 長野、愛知、静岡あたりの文章が見つかるところを見ると、中部・東海地方の表現だろう。単に暑いのではなく、「蒸し暑い」という説明がなされている。前に、「暑い」の俚言形がない、と書いたが、探索する単語を間違っていたわけだ。日本の夏は「蒸し暑い」のである。
 これもご多分に漏れず、「由緒正しい」という評価がされているので、またかよ、と思いながら辞書で確認してみてびっくりした。大辞泉から引くと、
1. あつくなる。ほてる。むしむしする。
2. 激しく怒る。
 なんとまぁ。「いきり立つ」の「いきる」なのだった。確かに、カッカすると熱くなるからなぁ。ほいでもって、日の当たる草原の熱気を「草いきれ」と言う。勉強になるぜ、まったく。
 なお、それぞれ「熱る」「草熱れ」と書く。

 西日本で使われる「ほめく」は「火めく」だが、男女の情事に関わる表現でもある。これも確かに、熱いわな。
 以前は、青少年や学校の先生からメールを貰ってたりしたので、こういうことは、避けないまでも慎重に扱ってきたが、500 回を超え読者数が着実に減っていることでもあるし、今後は、公序良俗に触れない範囲でどしどし取り上げて行きたい。
「ほとぼり」も「熱り」と書く。
「炎 (ほのお、ほむら)」「火照る (ほてる)」という語もあることで見当がつくと思うが、「ほ」で「熱い」関係の単語を見つけたら、「火」を疑ってよい。
 なお、これの変形だと思われるが、「うめく」という語もある。「今日はうめくなぁ」とか言われるとなんか恐ろしげな想像をしてしまう。

むーらしか」という語が佐賀にあるようだ。「むー」は蒸し暑そうだし、「らしか」がいかにも佐賀っぽい。

 というように、ネットの世界が変転激しいおかげで色々書ける、ということを実践してるわけだが、この程度のことだったら、本を見れば一発で完了する。
 ネットを活用する、ということを大きな声で言いたいのであれば、意味が変化する様子を切り出す、とかそんなことをしなきゃならない。
 ので、大きな声では言わないことにする。

 こないだ『日本語学』を読んでたら、「あつい」を意味によって「暑い/熱い」と書き分けるのは、漢字への隷属だ、という表現を見かけた。
 原文は「みる」だったが、確かにそうかもしれない。日本語としては「みる」なんだ、というのも一つの考え方だろう。
 でも、漢字による書き分けは便利なので、俺はそれを採用することにする。
 それはきっと、「ステッキ」と「スティック」が、どちらも“stick”のカタカナ表記でありながら、別の意味を担っている、というのと似た現象に違いない。*2







*1
 アパートやマンションについて話をするとき、「部屋」という単語二つの意味を持つ。(
)


*2
“ticket”なんか、「チケット」と「チッキ」ではまったく別物である。(
)






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