Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第504夜

noblesse oblige



 聞いたことがある人も多いと思うが、高貴な身分には義務が伴う、という意味のフランス語である。
 Wikipedia によれば、1840 年頃に登場したフレーズのようで、意外に新しいんだが、ヨーロッパの貴族に課せられた「義務」は、戦争が起きれば率先して戦地に向かって一般民衆の盾になる、というようなことで、第一次世界大戦ころまでは、貴族階級の戦死者の割合は他の階級より有意に高かった、というような話もあり、のっぴきならない「義務」である。こないだ「仮面ライダー カブト」で、「高貴な者は高貴な振る舞いをしなければならない」とか言ってたが、そんな甘いレベルの話ではない。
“noblesse oblige”を持ち出す文章は、「それに引き換えわが国の政治家は」「役人は」「財界人は」という話になることが多いが、ここではそういうことは言わない。
 彼らは高貴じゃないから。

 ここではノーブルじゃない人々の義務について。
「〜しなければならない」を「〜しなきゃない」と言うことがある。
「しなきゃない」をググると 10,000 件以上も見つかるが、「方言」と AND 検索すると、100 件を切る。どうやら、「気づかない方言」らしい。
 地域としては、岩手、宮城、新潟が見つかるが、俺も日常的に聞くから秋田も含まれるし、多分、その感じだと山形や福島も入ったりするのではないだろうか。
 俺の語感では、わずかに改まった感じ。かと言って、おそらく株主総会の発言では使いにくいだろう。職場で言うなら、同僚か直属の上司。平社員なら、主任さんには使えるが、部長には使えない、というあたり。

「しなきゃ」は「しなければ」の変化だとして、「―ない」は「ならない」から「なら」が落ちたものか。
「気づかない方言」であるにしても、やはり、俗語表現っぽい感じはする。
 ちょっとそっちに刺さると、パターンとして 4 つあると思う。
しなければ + ならない
しなければ + いけない
しないと + ならない
しないと + いけない
 あくまで俺の語感だが、「いけない」の方が、「ならない」に比べて文体が低い。また、「しないと」の方が「しなければ」に比べてやわらかい。
 その結果、「しないといけない」が最もくだけた感じになるのだが、これがまた政治家先生の講演口調に近いのだった。
 国会もそうだが、彼らの使う言葉は決して丁寧ではない、ということがわかる。多分、「きちっと」「きっちり」を公の場で使っていい言葉に格上げした (あるいは、公の場の文体を下げた) のは彼らだと、俺は思っている。

 さて、「いけ」か「なら」かは知らないが、音が落ちて「ない」だけになった。俗語っぽい感じがする。間違った日本ではあるまいか、と思う人もいるかもしれない。
 上で、秋田では、「〜しなきゃない」は同僚か近い上司に使う感じだ、と書いたが、では、付き合いの長い友人や後輩に向かっては何と言うか、っつーと、「〜さねばね」である。「ば」が弱くなって「〜さねぁね」になったり、完全に脱落して「〜さねね」になったりする。
 これ、形の上では、「〜しなきゃない」と同じである。
 なんかカ行(「けれ」なり「きゃ」なり)も抜けている感じがするが、秋田弁に限らず、古い言葉遣いではそうなる。「とめてくださるな、妙心殿〜行かねばならぬ」とかいうあれと同じ。別に、落ちているわけではないんだと思う。そもそも、この「けれ」ってなんだ? 過去の助動詞の「けり」?
 だいぶ短い言い回しなので、衝突が起こる。「行かなければならない」も「行かないじゃないか」も、「行がねね」になってしまう。尤も、前者は
   がねね
 というイントネーションで、末尾を上げることもある。
 後者は、「が」が最も高く、
  ねね
 という感じ。末尾が下がったり、伸ばしたりすることも多い。

 福島の会津には、「〜んなんねぇ」という言い方があるようだ。「しなければならない」が「しんなんねぇ」となる。これも大幅に短くなっている。しかも、必ず「ん」になるようだ。福島の方言の文法のことはよくわからないのだが。

 近頃の若い者は自分の権利だけを口にする、と言われるが、偉い人だって同じである。“noblesse oblige”まで行くと負荷が重すぎて気の毒だとしても、やるべきことをやらん。「不作為の罪」って単語が時々話題になるが、その表れだろう。
 義務を果たさず権利だけを行使している点では、「いまどきの若いもの」と変わらない。






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