Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第99夜

形容詞(2)−秋田弁講座プロジェクト−




 まずは軽く、面白い形容詞を並べてみる。


 「古しい」。
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 意味の解説はいらないと思う。
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 成因はわからない。「古し」に「い」がくっついたのか、それとも「新しい」に形を揃
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えたのか。
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 蛇足だが、「新しい」はもともと「あらたし」であった。だから、「あらた」という名前
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があったり、「気持ちを新たにする」なんて表現が出来るわけだ。「あたらし」という
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形になったのは平安時代だそうである。


 「やばっち」。
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 意味は「汚らしい」。物理的(化学的?)に汚いという意味の他に、忌み嫌うべきも
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のに使われることもある。
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 多分、「ばっちい」の転訛であろう。
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 辞書によれば、「ばっちい」は「ばばっちい」の変化したものだそうだ。で、「ばばっ
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ちい」は、「糞しい」の変化したものということである。
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 「や」はどっから来たんだろうか。「やばっち」が「ばばっち」に比べて、特に発音が
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楽ということはなさそうなのだが。「野蛮」からの連想ということもあるまい。
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 なお、「ばっちい」も「ばばっちい」も幼児語だが、「やばっち」は大人も使う言葉で
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ある。


 「うまぐない」。
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 これは、「うまくない」で、「まずい」「問題がある」ということ。ちょっと丁寧な、ある
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いは遠回しの言い方である。
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 山形市でも何度か耳にしている。秋田弁に限らないようだ。


 「秋田弁講座プロジェクト」としては活用関係の話に触れないわけにもいくまい。
未然  とぎ−(べ)
連用  とぎ−がっ(た)、とぎ−ぐ
終止  とぎ−
連体  とぎ−
仮定  とぎ−(ば)
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 「」の方の「とぎ」は鼻濁音だが、こっちはきっちり濁音だ。実はこれ、「遠い」なん
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である。
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 なんでこうなったんだろう。「遠し」の連体形「遠き」がそのまま形容詞になったのか?
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 似た形の形容詞を探してみたが見当たらない。「近い」は「ちけ」である。「にぎ(憎い)」
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ぬぎのぎ(暑い)」などは、元々が「〜くい」で、これが転訛したものだから、全く系
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統が違う。


 その「のぎ」だが。ま、「にぎ」でも「とぎ」でもいいのだが。
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 「暑いので」が、「のぎして」となる。この「し」はなんだ?
未然  のぎ−(べ)
連用  のぎ−がっ(た)、のぎ−ぐ
終止  のぎ−
連体  のぎ−
仮定  のぎ−(ば)
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 上の連用形の部分である。
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 もちろん、「のぎぐて」とも言うのだが、「のぎして」の方が秋田弁っぽい。
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 古語における形容詞の終止形語尾である「し」が残っているという可能性もあるが、
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接続助詞の「て」は連用形接続だから、その線はあるまい。
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 それに、「高くて」は「たげして」となる。「高し」は「ク活用」の形容詞で、終止形以外
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の活用形で「し」が出てくることは無い。となると「*たげし」という形容詞を仮定しなけ
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ればならず、「たげ」が「高い」の転訛であるというのと矛盾する。
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 更に、「勿体なくて」という意味の「いだましして」という形を考えると、この「し」はや
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はり終止形語尾ではない。
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 つまり、全く別の助詞である可能性が高い。


 で、古語辞典をあたってみる。
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 あった。
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 「原因・結果の関係にある上下の文節を結ぶ」。
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 「して」の説明である。本来はサ変動詞「す」+接続助詞「て」なんだそうだ。
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 しかし、問題が一つ。連用形接続なんである。
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 曲名を失念してしまったのだが、「沖網、浜に高くして」という歌がある。この「して」
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なのだが、その前が「高く」となっている。つまり、本当は「*たげぐして」とか「*のぎぐ
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して
」の形になってないといけない。
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 中世以降は、終止形について「〜ということで」という意味で使うこともあるそうだが、
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これはちょっと違うように思う。
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 ここは大胆に、「く」が脱落した、と仮定したい。


 着手したばっかりで、全品詞をあたったわけではないのだが、形容詞が一番、複雑
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なんじゃないか? 秋田弁って。



使用した辞典(参照順)
『角川新版古語辞典』(1989) 角川書店
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『大辞林』(1989) 三省堂
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参考:
第91夜 形容詞−秋田弁講座プロジェクト−




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