Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第91夜

形容詞−秋田弁講座プロジェクト−




 形容詞の定義だが、意味はともかく、終止形が「い」というのが特徴だ。
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 しかし、音が違うってのは方言の大きな特色なので、そんなことを言われたって困っち
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ゃうのである。後で例を挙げるけれども、「い」で終わる形容詞なんて、秋田弁にはほと
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んどない。
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 いきなり分類してしまおう。
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1. 「え」を除くエ段の音で終わる
しね  噛み切りにくい
はっけ  冷たい  「ひやっこい」から
こちょけ  くすぐったい
どぶで  ずぶとい
おぼで  重い  「重たい」から
しょわしね  せわしない

2. 「え」で終わる
つえ  強い
こえ  疲れた  「強い(こわい)」から

3. 「っけ」で終わる
すっけ  酸っぱい
軽っけ  軽い

4. 「い」で終わる
近しい  なれなれしい
いだましい  勿体ない
やがましい  うるさい

 体系的に調べた結果ではないので、全ての形容詞を網羅しているわけではないこと
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を始めに断っておく。
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 さて、1. のグループは、本来の語末の「い」とその直前の音とが繋がってしまった結
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果であろうと思われる。
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 2. は、1. の仲間だが、「い」の前の音がヤ行やワ行など、イ段の音を持たない(と言
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っていいのかどうかはともかく)ため、「い」が「え」になるだけで済んだものであろう。
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 3. は、以前も取り上げたが、「っけ」という特殊な接尾辞がくっついている。
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 4. は、例外的と言っていい。逆に、この辺になると標準語との違いがはっきりしなく
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なってしまうので、一番多いグループと言えるのかもしれない。


 特徴的なのは活用パターンである。
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 標準語では、例えば「強い」の場合、
未然  つよ−かろ(う)
連用  つよ−かっ(た)、つよ−く
終止  つよ−い
連体  つよ−い
仮定  つよ−けれ(ば)

 となる。つまり、語末の「い」よりも前の部分はそのままで、「い」の部分が変化する
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わけだ。
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 ところが秋田弁の場合、「い」とその前の音が融合してしまっていることが多いので、
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このルールが適用できない。
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 その結果、
未然  つえ−(べ)
連用  つえ−がっ(た)、つえ−ぐ
終止  つえ−
連体  つえ−
仮定  つえ−(ば)

 という風になる。連用形を除けば、全く変化しないように見える。これは、1. から 4.
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の全てのグループに当てはまる。ここまで見る限り、例外なしである。
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 仮定形に「けれ」がつかない。語幹に「ば」をそのまま繋げて良い。
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 上の表では、未然形に「べ」を割り当ててある。標準語の「強かろう」の意味から類推
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したのだが、以前も述べた通り、「べ」の原型である「べき」は終止形か連体形に接続す
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る。つまり、未然形に「べ」を割り当てるのは間違いである。
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 これを根拠に、秋田弁の形容詞には未然形は存在しない、と仮定してみたい。


 4. のグループは、「い」で終わるとはしてあるが、実際の使用場面では、「近し
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いだまし」の様に発音される。「い」があろうがなかろうがほとんど問題にならない。
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 たまたまかどうか知らないが、この2つとも、古語で言うところの「シク活用」の形容
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詞である。
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 このグループに属する単語の中には、「やがましね」「さびしね」の様に、「」が接
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続できるものがある。「いだましね」とも言うが、「近しね」とは言わないようだ。
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 この「」は、念を押すときなどに使う「ね」ではなく、ある種の感情を匂わせる役割
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がある。
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 どういう感情か、は残念ながら明言できない。「やがましね」が「うるせぇなぁ、まっ
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たく
」、「いだましね」が「あぁ、なんて勿体ない」という感じ。強調とまではいかない。
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さびしねなぁ」とも言ったりするのでややこしい。


 最後にもう一つ白状しておくが、語源なども考え合わせたら「これ本当に形容詞か?」
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と思われるものもある。
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 「恥ずかしい」を意味する「しょし」などは、一見 4. のグループだが、「笑止」が語
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源ではないか、という説もあり、そうなると形容詞なのかどうかは疑わしくなってくる。
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 「よいでね」「ただでね」「よったいね」なども、「容易でない」「ただ事でない」「用に足
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りない」が元だから、形容詞というよりは成語・文である。これが、秋田弁では形容詞
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なのだ、と断言するにはちょっと材料が足りない。



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第92夜「知らない町を」

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