Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第88夜

WON'T YOU CARRY LOVE




 「あべ(行きましょう)」を始め、不思議な単語はいくつも取り上げてきたが、他に、
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こういうのもある。
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 「たがぐ」。
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 「が」は鼻濁音だが、「ぐ」は普通の濁音。強勢は「が」にある。地域によっては「
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なぐ
」とも言う。
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 意味は「持つ」に近い。ただし、「所有している」という意味はない。あくまでも、動
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作としての「持つ」である。「持ってくる」は「たが(い)でくる」であり、「重くて持ってい
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られない」は「おぼでくて たが(い)でらいね」。
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 更に言うと、「持ち上げる」という行為には使えない。「たがげね」は、「持ち上げら
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れない」ではなく、どちらかと言えば「持っていられない」である。
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 重いものを持ち上げさせて「なんとだ? たがぐにいが?(どうだ? 持てそうか?)」
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と聞いた場合、これは、「持ち上げられるかどうか」と聞いているのではなく、「持って
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いけそうか/持っていられそうかどうか」を聞いているのである。
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 英語で言うなら、"have" よりは "carry" に近く、「持っていく」「持ってくる」の方に
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重点がある。ま、「ちょっと持ってて」という時に「ちょっと たが(い)でで」と言えない
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こともないが。
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 軽いものには使えない。ある程度、重いものでなくてはならない。
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 この「たがぐ」の語源、あるいは兄弟と思われるような近い表現が、国語辞典でも
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古語辞典でも見当たらないのである。


 NIFTY-SERVE<全国ふるさと交流フォーラム>で聞いた話だが、備後近辺には
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さげる」という表現があるんだそうだ。これも、敢えて言えば「持つ」という意味である。
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 例えば、あなたが誰かと一緒に机を運んでいるとする。ちょっと疲れているので、力を
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抜いたとしよう。そうすると、反対側を持っている仲間からこんな言葉が飛んでくる。
ちゃんとさげろ!
 あるいは、机のゴム足がとれてしまったので、それをつけようとしている。あなたは机
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を持ち上げ、仲間が下に潜り込んでいる。あなたは、やっぱりちょっと疲れているので
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力を抜く。すると。
もっと上にさげろ!
 語源は「提げる」であると思われる。
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 東海地方では「つる」というのだそうな。これも、尤もな表現である。
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 「たがぐ」−「さげる」−「つる」の順に、「持ち上げる」の方に意味がシフトしてくるよう
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に思う。


 重たいものは投げ出したくなるものだ。
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 「ぶなげる」という表現がある。
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 これは「ぶんなげる」の訛ったものであろう。説明の必要もあるまい。強勢は「な」に
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ある。
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 ひとつ付け加えるなら、「ぶなげる」を「ぶなげでおぐ」という形で使うと、「ほったらか
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しにする
」「うっちゃっておく」という意味になる。
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 そう言えば、いつかゴミをなげる(捨てる)」について話をしたが、ここで再び、「なげ
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」と「捨てる」が邂逅するわけだ。
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 「なげる」と「うっちゃる」には「放置する」という意味があるが、「捨てる」ではちょっ
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と弱くなる。「捨てる」には、所有権の積極的な放棄、というニュアンスを感じる。時代
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劇で「捨ておけ」という表現はよく聞くが、現代語ではちょっと想像しにくい。


 既にバラしてしまったが「重い」は「おぼで」である。「重い」よりは「重たい」の変形
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であろう。「おぼい」とは言わない。
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 反対の「軽い」は「かり」で、まぁ、単なる訛りである。あんまり面白くはない。
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 「っけ」という表現の話はにした。単独の単語か、付属語がくっついた
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ものかはわからない。
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 意味は、「非常に軽い」「意外に軽い」である。
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 「っけ」がミソなのだと思われるが、同形の他の例が思い当たらないので、判断に
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困る。
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 あ、「ちっちゃけ(小さい)」というのはあるが、「大きい」の方は無い。ひょっとして、
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指小辞(注)の仲間か?
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 で、「すごく重い」に相当する表現も無い。


 この「たがぐ」は、こうした文章を書くようになるずっと前から疑問だった。
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 「軽っけ」も含め、また謎だけを残して終わる。



注:文字どおり、小さいもの・小規模なもの・愛称などを指す単語を作る接辞。
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 イタリア語で、"opera(オペラ)" に対する "operetta(オペレッタ)" に見られる、
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 "-etta" など。
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  IBM の用語で、3.5 インチのフロッピーディスクのことを「ディスケット」というが、
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 5 インチのものを「ディスク」と呼ぶためと想像される。



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第89夜「CHERRIES WERE MADE FOR EATING」

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