Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第11夜

「あべ」は一人ぼっち



 不思議な単語がある。
 「あべ」が、それだ。
 「行きましょう」という意味である。
 もういい加減に行かないと遅刻しますよ、というように催促するときは「早くあべで」と言ったりする。

 何が不思議かというと。
 「あべ」が「行きましょう」「行こう」であるならば、「行かない」とか「行った」に相当す る活用形がなければならない
 これが、ないのだ。
 「行かない」は「行がね」、「行った」はそのままで、「行けば」が「行げば」であって、「あべね」とか「あべった」という語はない。あるのは「あべ」だけなのだ。
 これは一体どうしたことなのだろう。

 もう少し深入りしてみよう。

 に出した「長まる」を、「ちょっと一休みしませんか?」という意味で使おうと思うと「長まるべ」という言い方になる。
 「あの人は怠け者だから、もうそろそろ横になって休みを取るだろう」という意味でも「長まるべ」という。
 この「〜べ」は、どうやら標準語の「〜ろう」と同じように、勧誘と予想の意味を持っていそうだ。
 だが、「長まるべ」が「長まる」+「」で、終止形+「であるのに対して、「あべ」は「あ」+「べ」であって、「あ」が終止形とは考えにくいから、こっちの線は関係なさそうだ

 意味は、最初に言った通り「行きましょう」である。つまり「あべ」と言った時は、まだ「行って」いない。
 だが、同じように「これから行く」というケースでも、半ば独り言に近い「さてと、そろそろ行こうかな」では、「あべ」は使わない。
 つまり、一人で行くときには「あべ」は使えないのである。「あべ」はあくまで「行きましょう」であって、「行こう」ではないのだ。
 何となく方向が見えてきたような気がする。
 あべ」の正体は、「行く」ではなく、「一緒に何かをしましょう」なのではないだろうか

 では、『角川新版古語辞典 (1989 角川書店)』。
 「あふ」を引くと「合ふ・会ふ・逢ふ」で、「二つの方向から近づいてきて一つになる/主体になるものが、一つの所 (また同じ時に) 他のものと一緒になる」という意味が出てくる。
 ちょっとニュアンスが違うが、「一緒に」が引っかかったではないか。

 今回は、ここまでだ。
 「あべ」が、「一緒に何かをしよう」という意味の「合おう」あたりの変化したものではないか、という推測を得ただけである。
 残念ながら、これ以上のことは追跡できない。他に似たような例がないのである。
 またまた問題提起だけで、謎解きのないままに終わる。



 このページをご覧になった本荘の方から、「歩むべし」の変化したものではないか、という指摘があった。
 なるほど! 「歩む」+「べし」という2語からなるのであれば、活用形を持たず、「あべ」の形しかないのも納得が行く。
 ただ、一つ難点があって、「(俺と一緒に) 行けばいいのに」というとき、「あべばいいべせ」ということがある。他の形が無いのに、仮定形だけはあるのだ。「あべ」が「歩むべし」から独立して、動詞的な側面を獲得したため、と考えられないことはないのだが。

 いずれにしろ「あふ」が「あべ」に変化したという線は非常に弱くなったと考えていいだろう。(970420 加筆)



 さらに、DYO@gadget.ne.jp さんから、「歩む (あゆむ)」ではなくて「歩く (あるく)」ではないか、という意見をもらった。「歩く」を「あぐ」というから、つながるではないか、ということだ。ふむふむ、それも一理ある。
 ただ、これもやはり、「あべばいいべせ」の問題には突き当たるが。(970831 加筆)



音声サンプル(.WAV)

あべ(13KB)
早くあべで(21KB)
長まるべ(11KB)


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第12夜「腹へった」

shuno@sam.hi-ho.ne.jp