Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第10夜

今日の仕事は辛かった



 後は酒でも飲んで寝てしまうだけのことだ。

 こういう時には、思わず「こえ」という言葉が口をついて出る。
「疲れた」、という意味だ。精神的な疲労に使いにくいことを除けば、面倒なニュアンスもない。
 北関東 *1 あたりでは「こわい」というところもあるようだ。東北・北海道にかけて、この系統の表現が使われている。
 これは、疲労の結果、筋肉が強張っている状態を形容したものだとされている。「こえ」が精神的な疲労に使いにくいのはそのためであろう。
 もとは「わ」行で変化する単語なわけだが、秋田では「こや」という発音も聞かれ、どちらかと言えば「や」行で変化するようになってしまっている。

 久しぶりに、いろんな「疲れる」と比較してみよう。
英語 tired fatigue
フランス語 lassitude fatigue
ドイツ語 muede Strapze

 左側が「疲れた」と同時に「飽きた・いやになった」という状態を示す。また、右側は「消耗して休みが必要」という状態である。さすがに似たような分類である。
 標準語の「疲れる」の語源は調べがつかなかった。古語辞典に寄れば「」「」でも、「疲る」と同じように「つかる」と読むことがあるようなので、その辺と関係があるのかもしれない。
くたびれる」という単語もあり、これは何故か「草臥れる」と書く。近くに「くたばる」という単語があるが、大いに関係ありそうだ。
 残念ながら、「こえ」と同じ見方をしているのは見つからなかったが。

こえぐ」なったとき、どうするか。
 本当に寝てしまえれば一番いいが、昼時だとそうもいかない。
 ゆえに、「ながまる」。
 団子虫などが丸くなることを「丸まる」という。それと同じ使い方で、「長くなる」のである。標準語あたりだと「横になる」というのではなかったか。
 意味も似たようなもので、体を横たえて休憩を取ることを言う。必ずしも眠らなくても良く、逆に、眠ったとしてもせいぜいが昼寝程度で、長時間の熟睡では「長まる」とは言えない。「なに、『ちょっと長まる』ってあったっけ、寝でらねが (おや、『ちょっと横になる』なんて言ってたのに、眠っているじゃないか)」といわれてしまう。

ねまる」という語もあるが、これは「座る」という意味である。古語辞典に寄れば、「粘る」と同じ語源の可能性もあるらしい。「いる・すわる/寝る・くつろぐ/平伏する/腐る」という意味だそうだから、これが残っているものと考えて間違いないだろう。
 津軽でも使う。

 で、昼寝をして職場復帰したものの、どうにも眠くて「ねぷかきして」しまうことがある。
 居眠りだ。 「ねぷかきこぐ」場合もある。
 念の為にいっておくが、この「こぐ」は「ばかこくでねぇ」というマスコミ方言でお馴染みの「こく」がなまったものである。「居眠りをする」という意味で「舟を漕ぐ」というが、その「漕ぐ」ではない。
 それにしても、「ねぷかき」。
 不思議な音だ。

 疲れたので、今回はまとめずに終わる。




注:
 茨城・栃木あたりの北関東は、方言で分類すると、「南東北」とでもいうべき特徴を持っている。(
)


使用した辞典 (参照順)
『プログレッシブ英和辞典』(1982) 小学館
『ジュネス仏和辞典』(1993) 大修館書店
『現代独和辞典』(1983) 三修社
『角川新版古語辞典』(1989) 角川書店
『大辞林』(1989) 三省堂



音声サンプル(.WAV)

こえ(1)(9KB)
こえ(2)(10KB)
ながまる(13KB)
なに、『ちょっと長まる』ってあったっけ、寝でらねが(31KB)
ねまる(9KB)
ねぷかきする(12KB)
ねぷかきこぐ(12KB)


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第11夜「『あべ』は一人ぼっち」へ

shuno@sam.hi-ho.ne.jp