Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜



第976夜

あちこちないない



 TO ブックスの『秋田あるある』に借りた文章のラスト。
 間違いと思われる点を多数指摘するので、割と厳しめの内容になる。

 まず表紙。
嫁子に来てけれ」とあるが、これをなんと読めばいいのかわからない。
 最初に思ったのは「よめっこ」で、「雪っこ」「酒っこ」のような指小辞かと思ったのだが、これは付属語 (助詞や助動詞のように、それ単独では文を構成できない要素) で漢字では書けない。あと、今の例でわかるように指小辞は「」ではなく「っこ」なので、そのつもりなら「嫁っ子」と書かなければならない。*1
「よめご」という言い方もあるが、その場合は「嫁御」である。

 にも紹介した「ねねね (寝なければならない)」だが、これを「ねねばねね」としている。「ね」が一つ多い。
ねねばねね」だとすると、最後の「ね」は、「暑いね」「寒いね」の「ね」で、「寝なければならないね」となる。

 方言を離れる。
 大潟村を、「八郎湖を埋め立てて造った」と書いてるが、大間違い。水を抜いたのである。秋田県民なら絶対に間違っちゃいけないポイント。*2

「県西部」と書いている記事があるが、「海沿い」「海岸部」と言うことはあっても「西側」「西部」ということはあんまりない。

 イラストにも間違いが多い。
 修学旅行のシーズンになると、テレビのスポットで「○○小学校修学旅行団は無事、目的地に到着しました」というのが流れる、というのは時々話題になるが、イラストにあるように、生徒の名前が出ることはない。
 個人情報重視の今のご時世ならありえないし、昔もなかった。そもそも、基本的に数十人ないし百人の単位なんだから、テレビ画面に読める大きさでは書けないし、録画でもしない限り読み取れない。

 暗澹とした気分になってきたが、そもそも、ってことで TO ブックス ホームページでの紹介を引用してみる (帯にもある)。太字が間違いである。
素朴で不思議でおもしぇ県あぎだの魅力どご、この本で教えてやる!
こっちゃある本は、あぎだのてっぺの情報が書るす、おもしぇ思った人は、ぜひ買うてけれ
(※訳:この本には、秋田の多くの情報が書かれています。おもしろいと思った人は、ぜひ購入してください)*3
 著者の亀谷哲弘氏もイラストの大河原修一氏も、秋田の人ではないらしい。その代り、秋田の魅力をお伝えしますの会というのが監修についている。
 おそらく秋田の魅力をお伝えしますの会がネタを提供し、亀谷氏が記事にまとめ、大河原氏がイラストをつける、という体制なのだろう。秋田の魅力をお伝えしますの会が提供したネタがそもそも間違ってたのか、ネタは合っていたが亀谷氏や大河原氏が誤解したのかは知らない。が、少なくとも、チェックができてない、ということは間違いない。
 おそらく、編集サイドのチェックも不十分。でなかったら、「(角館の桧木内川沿いに) 桜が埋められている」というような表現がそのまま通るはずがない。*5

 となると、これまで紹介してきた『宮崎あるある』や『青森あるある』も、俺が詳しくないから気づかないだけで、間違い満載だったんじゃないの? と疑われてしまうのだ。
 尤も、宮崎と青森を書いたのは地元出身者らしいから、ここまでじゃないとは思うのだが。

 この辺にしておくか。ほんとは、秋田に関する間違いやら日本語面の間違いやら、山ほどあるんだけどさ。メモ取りながらうんざりしちゃったので。
 最初は、山形とか東京とか、俺が多少は知ってるところから入って、全県揃えるのも面白いかもしれないなぁ、と思ったのだが、『秋田』を読んでその気は失せた。秋田でどういう評価をされてるのか聞いてみたい。

 三県通じて出てきたのが、テレビ局の問題。
 Wikipedia によれば、民法が二局なのは山梨・福井の2県らしい (だからそこの『あるある』を読めば、同じようなことが書いてるはず)。
 青森が三局になったのは 91 年、秋田が 92 年で、そんな昔のことでもない。で、「(衛星まで含め) チャンネルが増えても、見たい番組が一つもないことはある」というのは割と認識されている。そう、うらやむことでもないと思う。
 俺個人は、CATV でカバーしているので、秋田にしろ宮崎にしろ特に不満はない。いや、テレビ東京のを見たい、という気持ちはあるが、それは大都市に住まない限り無理で、幸い、見たい番組は BS JAPAN が週遅れではあっても流してくれるので、我慢している。もっと言えば、最近は MX も見たいと思うことがあるのだが、それは望まないことにする。*6

 全体としては「地元のここが好き」「ここが嫌い」「好きだけどよその人に威張れることでもない」のどれかで、いずこも同じですなぁ、という感じ。基本的には微笑ましい。
 ただこの印象が、間違った記事の上に成り立っているのではないか、という心配は消えないわけだ。改訂版なんて出ないだろうしなぁ…。



*1
 尤も、秋田弁はシラビーム方言で撥音を一人前扱いしないので、「よめっこ」だか「よめこ」だか判然としないことはある。あと、「嫁コ」とカタカナにしたり、「」と文字を小さくする書き方は時々目にする。
 ネットでは、「嫁子」を嫁に行った人を示す一般名称、もしくは固有名詞の代わりに使う例があるようだ。対するのは「トメ」で、おそらく姑を短縮したもの。「嫁子 AND トメ」で検索してみると、嫁と姑の確執を描いた記事が多数、見つかる。くわばらくわばら。(
)

*2
 だから地面は水面より低い。そのため「標高0メートルの山」がある。(
)

*3
 おそらく「桜が植えられている」の間違いだろうと思う。
 八郎潟については、別の記事では干拓であることをきちんと書いている。これが、チェックをちゃんとやってないと思われることの根拠。(
)

*4
 頼まれもしないのに訳例を示してみると:
   この本コさは、秋田の情報がいっぺ書がいでます。おもしぇって思った人は、なんとか買ってけれす。
 てなとこか。(
)

*5
 面白いのは、月曜の夜は、二つの民放のどちらも二時間ドラマを放送している、ということ。
 二時間ドラマが好きな人は喜びながらも録画装置必須、興味ない人はうんざりだろうなぁ。「月9」とかを見たい若い人にとっては悪夢に違いない。(
)

*6
 テレビ東京の系列局は大都市にしかないが、それで日本の
人口の七割をカバーしているのだそうだ。つまり、大都市を持っていない県に住んでいる人は全体の三割しかいない、ということになる。
 こないだ twitter で、日本を二分割する、というイラストを見た。千葉から兵庫までの「太平洋ベルト地帯」の都府県の人口を合計すると、日本の人口のほぼ半分になるのだそうだ。()



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