『
愉快な日本語講座 (添田 建治郎、
小学館)』を読んだ。
なんで買ったのかは思い出せない。本屋でたまたま見かけたんだっけか。
手法 (学生たちとのやり取りがベースになっている) や筆致は新しいんだが、残念ながら「正しい日本語」の気配はある。
ただ、意外に方言の面にも多く触れているので、ちょっと紹介してみようと思う。
学生の疑問には、「あぁそう言えば」という着眼が少なくない。
たとえば、幕末の「えぇじゃないか」はご存知だと思うが、あれは全国に広がったのに、なぜ「いいじゃないか」ではなかったのか。
最初の記録は三河だったそうで、しかも、討幕派が多い九州、親幕派が多い東北では起こってない。「良い」を「えぇ」という地域と、その運動の起こった地域とが重なっていないのである。
結論は得られなかったようだが、その調査過程が細かく書かれている。
つぎ、芋。
前に、山形ないし宮城の「
芋煮会」で入れる肉は牛か豚か、という話をしたことがあるが、単純に「芋」といったらなんの芋を指すか、というのも地域差がある。大雑把に言うと、東日本がジャガイモ、西日本がサツマイモである。
ただし、芋煮会の芋は「サトイモ」だ。
これも
前に紹介したが、「ジャガイモ」も「サツマイモ」も、その名前から想像がつくとおり、海外から入ってきた芋である。つまり、それ以前、「芋」と言えば今のサトイモのことだったのだ。
そして、芋煮会の習慣が起こるのは、ジャガ芋の栽培が盛んになるよりも前だったらしい。
納得。
大学教授という立場からか、大学名の略称にも触れられている。
添田教授のいる
山口大学は、正式の略称が「口大」なんだそうだ。
ここで「正式」というのは、組織としての公式な文書を出す場合に振られる文書番号につく名称を指す。
東北大学が「北大」だったというのにはびっくりした。
これは勿論、時期の問題。先に
東京大学があるから、「東大」はありえない話。その時点でまだ
北海道大学がなかったので、「北大」となったわけだ。北海道大学は「海大」。
これと、実際に何と呼ばれているか、というのとはまた異なる。東北大学も今は「北大」ではないらしい。
*1
入道雲の呼び方も面白い。
上野智子氏、今岡由紀氏の研究だそうだが、となりの地域の名前を付けることがあるんだそうだ。たとえば山口には「豊後太郎」という呼び方があるらしい。
これは単に、離れた場所にできるからではなく、隣の地域に
かつける (責任転嫁する) 意図がある、という意見に賛成である。
前に、星座の話をしたが、コレとも共通点があるように思う。
聞きなしの地域差にも触れられているが、最終章に「お国なまりは大切にしたい」という節がある。
ここでは、2:55 をなんと言うか、ということが取り上げられている。福岡では「3 時前 5 分」というらしい。
全国的には「3 時 5 分前」が優勢だろうが、3:05 が「3 時 5 分」で、これとの違いは相手の発話が完了してからでないとわからない、という欠点がある。
通常、我々の暮らしは、3 時を過ぎたのかまだなのか、という程度の時刻がわかれば十分で、そういう意味では「3 時前 5 分」は「3 時前」まで来たところで十分にその用が足りる、という点で合理的である。
尤も、これなんかは、「今年一番の寒さ」を間違った日本語だと言い張る人にとっては噴飯ものかもしれないが。
*2
ついでなんで、『
続弾 問題な日本語』。方言にはかけらも触れてないんであれだが。
前作で「汚名挽回」は間違いではない、としていたが、本当なのか、という質問があったらしい。
「挽回」には「取り戻す」という意味があって、「名誉挽回」はそういう意味の使い方だが、これを適用すると、確かに「汚名挽回」はおかしいことになる。
しかし、「挽回」には同時に、「劣勢を挽回」したり「家運を挽回」したりと、「盛り返す」「立て直す」という意味もあるそうで、だとすれば、「汚名挽回」は否定できないことになる。
俺は、「汚名挽回」には
違和感を抱くのだが、それは「盛り返す」という意味での「挽回」に触れたことがない (あるいは記憶していない) からだろうと思われる。
大辞林を引くと用例としてまさに「劣勢を挽回」が載っているのだが、それが通るのなら、「汚名を挽回」も通ってしまうだろう。
つまり、言語なんてアナログなものは、つきつめていくと線を引けなくなってしまうもので、そういうところに線を引こうとすると、個々人の感覚・趣味・好悪が出てしまう、ということなんである。
だから、安易に「正しい」とか「誤用」とか言っちゃだめなんだってば。
今回も、
いのうえさきこ のイラストが炸裂している。
「問題な日本語」を取り上げた文章のマンガには大笑いした。
グッジョブ! と、今時な賛辞を送りたい。