Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第51夜

食欲の秋




 東京などの田舎ではまだ「秋」だろうが、秋田あたりの 11 月は、ちょっと「秋」というには寒すぎる。炬燵やらストーブやらを引っ張り出すのはこの時期だし、初雪が中旬に降ったりするので、少なくとも「晩秋」と言わないと収まりが悪い。紅葉も終わっているから「秋真っ盛り」というには抵抗がある。

 9 月から 10 月にかけて、食材と調理道具一式をもって屋外に出かけて飲み食いする、という行事がある。山形や宮城では「芋煮会」というが、秋田では「鍋っこ遠足」という。
 この名前からわかるように、食うのは鍋料理である。焼き肉などやってはいけないことになっている。バーベキューなどもってのほかである。
芋煮会」という位で、里芋と肉というのがメイン。山形と宮城で、味噌か醤油か、豚か牛か、という違いがあるらしいのだが、どっちがどっちだかは忘れた。
 秋田ではなんと言ってもキリタンポである。新米も出回るし、マイタケも盛りの時期だ。
遠足」という語がつくあたり、ひょっとしたら学校行事の名称が一般に使われるようになったものなのかもしれない。
 まぁ、食べるものが制限された秋の花見だと思えば間違いない。単に酒を食らって大騒ぎするだけなのに「花見」なんて言い張るのよりは潔かろう。

 以前、「いぶりがっこ」のことを取り上げたが、それに使う大根の薫製を作るのも今の時期である。
 これをニュースで取り上げることがあるが、「いぶりだいこん」と呼んでいる。テレビで方言を使っちゃまずい、という判断があるのかもしれないが、おかしな名前だ。
いぶりがっこ」というのは漬物の名前であって、大根のことではない。「沢庵」のことを「大根」とは言うまい。
 確かに、薫製にしてから漬け込むのだから、「いぶった大根」の状態というのは存在する。しかし、これは市場に出回って消費者の手に渡る性質のものではない。つまり「いぶりだいこん」という食物は存在しない、と言える。

きみ」という食べ物がある。北海道から東北にかけて見られる。黄色い粒がたくさん付いた穀物で、茹でたり焼いたりして食べる。
「とうもろこし」のことである。
 え?と思った人もいるかもしれないが、「とうもろこし」のことを「とうきび」とも言うことを思い出してもらえればよい。「きび」→「きみ」という変化は不自然ではあるまい。
 なお、アクセントは「」にある。
 この話を書こうとして辞書*1を調べたのだが、まず「もろこし」と「とうもろこし」があることを知った。また、「もろこし」のことを「きび」とも言うことがわかった。だから、「とうもろこし」=「とうきび」な訳である。
 ところが、漢字がややこしい。「唐黍」「蜀黍」と書いて「もろこし」と読むのである。「とうもろこし」は「玉蜀黍」、「とうきび」は「唐黍」、「きび」は「黍」「稷」である。漢和辞典*2によれば、「黍」と「稷」は別の種類らしい。
 考えてみれば「とう」も「もろこし」も昔の中国ではないか。不思議な名前だ。

 話を秋に戻そう。
 寒くなると温かいものが恋しくなる。ま、いつもいつもキリタンポだの塩汁 (ショッツル) だのを食ってるわけにもいかない。時には、雑魚や、魚の端っこの部分をぶち込んで煮たりする。これを「じゃっぱじる」と言う。汁物であって、鍋料理ではない。「じゃっぱ」は「雑魚」のことであろう。
 これまた辞書に載っていたのだが、「さっぱ」という魚がいるようだ。岡山ではこれを酢漬けにして食べる。非常に美味らしく、ご飯がいくらでも食べられるため、しまいには隣の家からご飯を貰ってきてしまうという。これが「飯借 (ままかり)」である。

「飯借」で思い出したが、「もってのほか」という食べ物もある。これは山形で栽培されている食用菊の一種である。名前の由来については「花を食べるなどもってのほかだから」とか、「おいしさがもってのほかだから」等、諸説ある。
 昔、食用菊の話をしたところ「普通、花なんか食べないよ」と言われたことがあるが、その辺は食習慣の違いだから、軽々しく「普通」なんて言うべきではないな、と思った。
 食べ物の話をするとどうしても方言から離れてしまうのは、習慣の違いによるところが多いからであろう。
 方言と認識されるのは、同じものが地域によって呼ばれ方が変わるからである。とことが習慣というのは、別の地域では存在しない、というケースが多い。そんなわけで、どうしてもご当地自慢になってしまうのである。




*1:
『日本語百科大辞典 (第 4 版)』(1990) 大修館書店




*2:
『旺文社漢和辞典』(1990) 旺文社





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きみ(12KB)




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