Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜
第52夜
暴力反対
今回は、ちょっと物騒な話をしてみようと思う。
まずは「荒げる」。
これは、「暴れる」に近いが、「思い通りにならなくて、しょうことなしに乱暴な振る舞いをする」というニュアンスがある。だから、「暴れる」とは言っても、例えば戦争に便乗した略奪とか、愚連隊 (古いな…) 同士の抗争とか、そういうのには「荒げる」は使いにくい。
標準語で「声を荒げる」という言い方があったような気がするのだが、辞書に載ってない。記憶違いか?
「荒げる」原因としては、自暴自棄になって、ということが考えられる。
これを標準語では「自棄 (やけ) になる」と言うわけであるが、それとよく似た音の「ヤゲなる」という表現がある。
これは意味が全く違うので置き換えると話が通じなくなる。「火傷をする」という意味である。普通の火傷にも、日焼けのひどいものにも使える。後者は、医学的には火傷だが、日常会話で「火傷」とは言うまい。
勿論、「自棄になる」と秋田弁風の発音で言おうとすると「やげになる」「やげなる」となるわけで、まぁ、ややこしいと言えばややこしい。しかし、この 2 つが混線する状況というのはちょっと考えにくいので心配はあるまい。
「荒げる」ときには、大体、大きな声を上げる。あんまり、ブツブツ言いながら暴れることはない。
これが「さがぶ」。
「叫ぶ」とほぼイコールと考えていいと思う。
敢えて言えば、命令形が使いやすい、ということか。
例えば、あなたが友達と歩いていて、通りを隔てて向こう側に共通の知り合いを見つけたとする。呼んだが聞こえない、という場合、横にいる友達が「もっとさがべ」と言うかもしれない。もっと大きな声を出せ、という意味なのだが、標準語では「叫べ」とは言いにくいのではあるまいか。
「荒げる」と、ものが壊れる。
「ぼっこす」という単語がある。「ぶち壊す」に意味も音も似ているから、これの変化したものだろう。
しかし、意味はもっと軽い。
例えば、「おもちゃをぶち壊す」という場合、どういう事態が考えられるだろうか。それこそ大暴れでもしなければ使えないだろう。金づちで叩きつぶすとか、そういうニュアンスだ。ぶち壊されたものは、外見が変わっていそうなイメージがある。
しかし、扱いがちょっと雑で、ロボットの手を曲げるとキーキー音がするようになってしまった、とかいう場合でも、「あ、ぼっこしたべ (あ、壊したな)」と使える (言われた方は「こわいでねべ (壊れてないだろ)」と反論すると思うが)。
つまり「ぼっこす」は故障程度でも使える単語である。逆に、日本製のラジオカセットをアメリカの議員が叩き壊しているような場合には、「ぼっこす」は使いにくい。
自動詞の「ぼっこいる」もある。
行動でなく、口で暴れることを「横車を押す」とか言ったりする。
これに相当するのが「だじゃぐ」。
品詞としては形容動詞、もしくは名詞である。
「だじゃぐだ」「だじゃぐこぐ」と使う。
標準語には「惰弱・堕弱」という言葉があるのだが、これはイメージとしては正反対で、「意気地がないこと」である。
しかし、例えば「どうせ事故になったら、みんな車のせいになるんだもんねー」と言わんばかりに突っ込んでくる自転車とかを見てると、「弱者故の横暴」って言葉が頭をよぎるのだけれども、そう考えると、案外、「だじゃぐ」と「惰弱・堕弱」には接点があるのかもしれない。
「だじゃぐ」は、子供が「おもちゃ買ってー!」と駄々をこねているのには使いにくい。本来は良識的な対応が期待されるのに横紙破りなまねをした場合に使う単語なので、それが普通と考えられる子供のわがままには使えない。権力や影響力を持った人が、道理を引っ込めさせて無理を通した時に、陰で言うことが多い。
積極的に平和主義者だとは言わないが、とりあえず喧嘩は弱いので、酒の上でも、あんまり荒げたことはない (多分)。「だじゃぐだ」、と言われたこともないな (おそらく)。
機械ものをいじるのは好きなので、何かをぼっこすのはしょっちゅう。レースの前日に自転車をいじってて、ぼっこしてしまい、慌てたことはある。
その自転車も、もう 4 ヶ月近くはお預けか…。
音声サンプル(.WAV)
荒げる(9KB)
ヤゲなる(11KB)
さがぶ(10KB)
ぼっこす(17KB)
ぼっこいる(13KB)
だじゃぐ(9KB)
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