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遺伝子治療

1994年2月15日号 No.146

     遺伝子治療とは、患者の細胞に遺伝子を導入し細胞内でそれを発現させることにより疾患を治療しようとするものです。

 遺伝子治療としては、疾患の原因となっている異常な遺伝子を正常な遺伝子と相同組変(homologu recombination)により置き換える置換遺伝子治療が理想的ですが、現時点(1994年)では組変え効率が低いため実用化されるには至っていません。

 現在行なわれている遺伝子治療は異常な遺伝子はそのままにして新たに正常な、あるいは目的とする遺伝子を導入発現させ異常遺伝子による細胞機能の不足を補ったり、細胞自身を修飾しようとする付加遺伝子治療(augumentation gene therapy)です。

 また標的細胞としては、その影響が子孫にまで及ぶ可能性や、神経細胞を含めた全ての細胞に対する遺伝子操作となる可能性から生殖細胞に対する遺伝子治療ば、倫理的な理由で厳重に禁止されており、体細胞に対する遺伝子治療のみが許可されています。

    [参考文献] JJSHP 1994.2

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 実際の遺伝子治療としては、患者から標的細胞を一旦体外(exvivo)に取り出して遺伝子を導入し、自家移植の形で再び患者に戻す方法が一般的ですが動物実験では、性胎内(in vivo)で遺伝子を導入、発展させる研究も進んでいます。


<遺伝子治療の方法>

 遺伝子治療で遺伝子導入の中心となっている方法は、組変
ウイルスベクターを用いる方法です。これはウイルスの感染力を利用し、ウイルス粒子の中に目的とする遺伝子を持つ組変えウイルスを分子生物学の技術により作成し"感染"という形で遺伝子を細胞に導入する方法です。

 組変えウイルスとしては、いくつかのウイルスベクターが開発研究されています。各々のウイルスの特性を活かした利用法が考えられていますが、現時点では米国での実際にヒトへの臨床適応が認められているのはマウス白血病ウイルスとアデノウイルスを基本とする組変え(1994年)ウイルスベクターだけです。


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遺伝性疾患の治療の現状

2005年11月15日号 No.418

 最近、遺伝性疾患の治療法が少しづつ開発されてきました。とりわけ、酵素異常により発症する先天性代謝異常は治療が可能な疾患もあります。
 また、リピドーシスやムコ多糖症に対しては骨髄移植法、酵素 補充療法などが開発され、治療される疾患が増えてきました。

 一方、多くの遺伝病で中枢神経障害を合併することから、これら中枢神経障害を治療する方法も研究されています。

{参考文献}日本病院薬剤師会雑誌 2005.11

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* 食事療法

 食事療法が可能な疾患として1954年に低フェニールアラニン食によりフェニールケトン尿症が初めて治療可能なことが報告されて以来、楓糖尿病、ホモチスチン尿症などが特殊ミルクで治療されるようになりました。

 メチルマロン酸血症などの有機酸代謝異常症、高アンモニア血症などは低蛋白食により治療され蛋白を1〜1.5g/kg/日に制限した治療を行います。

 ガラクトース血症では乳糖を制限し、可溶性多糖類とグルコースを添加する治療乳が開発されています。

* 臓器移植

 肝移植は、尿素サイクル代謝異常症、特にOTC(下記参照)欠損症の治療、ウイルソン病、チロジン症、α1トリプシン欠損症などで試みられており、腎移植はファブリー病で試みられています。

* 骨髄移植

 骨髄移植は、アデノシンディアミナーゼ(ADA)欠損症、重症免疫不全症(SCID)などの免疫不全症、種々の血液疾患、リピドーシス、先天性ムコ多糖症、aderenoleukodystrophyなど施行され、特にゴーシェ病、ハーラー症候群、ハンター症候群などで効果をあげています。
  中枢神経症状の治療に対しても有効であるとされています。

* 薬物療法

 薬物療法で最も成功した疾患としてウイルソン病に対するD-ペニシラミン療法があります。血中や組織中の銅をキレートすることにより血中の銅を低下させ、組織から銅を排出させます。

 OTC(オルニチントランスカルバミダーゼ)欠損症などの尿素サイクル代謝異常症では、安息香酸ナトリウム、フェニール酢酸ナトリウム、アルギニンの経口による治療が行われています。L-アルギニンは、尿素サイクルの賦活化による窒素排泄を目的とします。L-カルニチンは種々の有機酸代謝異常症、脂肪酸代謝異常症、ミトコンドリア病など、カルニチン欠乏をきたす疾患で用いられます。

 フェニルケトン尿症(PKU)の内補酵素であるBH4の欠乏による悪性PKUでは、BH4が有効です。BH4と同時にL−ドーパを用いることにより、BH4欠損に伴う中枢神経症状を改善することができます。

 ベタインはホモチスチン尿症などの治療に有効で、低分子による酵素活性化療法(シャペロン)も開発中です。

* 遺伝子治療

 まだ効果が十分でなく、癌の発症などの安全性に関しても十分な研究が必要な段階です。


医薬トピックス(18) H・ピロリ菌と慢性頭痛はこちらです。


<医学・薬学用語辞典>

ゲノム

 遺伝子という概念は、メンデルが自分の発見した遺伝の法則を説明するために導入したものです。やがて、この遺伝子が染色体上に数珠つなぎに乗っていると考えると遺伝子現象をうまく説明することができることが分かりました。さらに染色体を作り上げている蛋白質とDNAのうち、DNA上に遺伝子が乗っていることがはっきりしました。

 ある生物の持つ遺伝子の総体をゲノムといい、結局、ゲノムはその生物の持つDNA全体を指すことになった訳です。


自殺遺伝子治療
      
 自殺遺伝子とは、毒性の低いプロドラッグを代謝して細胞障害のある物質に変換させる働きを持つ酵素をコードする遺伝子のことです。

 遺伝子治療の1つとしてこの自殺遺伝子を用いた自殺遺伝子治療が前立腺癌、悪性脳腫瘍、悪性中皮腫など種々の癌に対する治療法として臨床試験が行われています。

 その基本概念は、本来、哺乳動物に存在しない微生物由来の代謝酵素遺伝子を導入し、その酵素で活性化されるプロドラッグを用いることにより細胞障害性が導かれ細胞は死に至ります。

 この治療法では自殺遺伝子が導入されていない周りの腫瘍細胞も死滅することが認められており、その機序は十分に解明されていません。

 現在自殺遺伝子/プロドラッグの組み合わせの中で、HSV-tk/GCV (herpes simplex virus thymidine kinase/ganciclovir)の組み合わせが種々の癌治療で試みられています。

                         出典:日本病院薬剤師会雑誌  2001.12


遺伝子銃法
gene gun-mediated immunization

 目的のプラスミドDNAを吸着させた金粒子を遺伝子銃により皮膚に直接打ち込む方法

 金粒子はガスの圧力で加速され、細胞内に導入されます。

 注射器でのDNA免疫法では組織にプラスミドDNAが注入された後、周辺の細胞にDNAが浸透していくため、遺伝子銃法と比較して細胞への導入効果が悪くなっています。

遺伝子銃法の利点は、少量のDNAで効率の良い細胞導入が得られることや、異なる施術者でも安定した結果ができることです。

           出典:ファルマシア 2003.6


体細胞変異
Somatic mutation

 出典:ファルマシア 2002.5

 全ての細胞は、受精卵に由来していますので、その遺伝子変異は個体を形成する全ての細胞に共通して存在し、その子孫にも受け継がれ得ます。一方、癌細胞など病変部位だけに後天的に出現し、次世代に受け継がれることのない遺伝子変異を体細胞変異といいます。


ナンセンス変異

遺伝子の変異によって遺伝子内の遺伝暗号が変化し、アミノ酸に該当しない無意味(ナンセンス)なコドンが生じ、翻訳が変異部位で中断・終了してしまい、結果として完全な蛋白が合成されず形質の変異が起こること。


コドン
codon

 DNAあるいはメッセンジャーRNA上の3つの連続したヌクレオチドで表されたアミノ酸を指定する遺伝暗号(genetic code)

 したがって遺伝暗号は43=64種類あり得ますが、これらすべてが事実存在し、61種類は20種のアミノ酸のどれかに、3種類は蛋白ク質合成の停止信号に使われています。

 遺伝暗号は地球上のほとんどすべての生物に共通であると考えられていますが、特殊な生物やミトコンドリア中では若干の例外的なコード使用があります。


バイオハザード

biohazard


 生物、またはその毒性代謝産物による生物全てへの危険性、障害のことですが、主に微生物による人体の健康障害を指しています。

 本来病原微生物の研究に際して、研究室内感染を防止することに関する用語でしたが、近年DNA組み換え技術により人工的に新しい遺伝形質を持った微生物の創造が可能となってきたため、このような未知の生物体による障害がクローズアップされるようになりました。

 日本でもDNA組み換え実験指針が作られており、これは「人為的に作った組み換えDNAを担った生物は如何なるものであれ、これを自然界に流出させぬよう取り扱うこと」を主眼としています。

 この目的のため、生物学的方法(Bレベル)と物理学的方法(Pレベル)が規定されています。


    精選医学用語ハンドブック(メディカルレビュー社)1992年


NMDA拮抗薬

ケタミン療法


出典:医薬ジャーナル 2001.10  
   :東京大学医学部付属病院麻酔科・痛みセンター

N-methyl-D-aspartic acid


 難治性慢性疼痛は、いかなる治療にも抵抗性を示します。慢性疼痛の誘導・維持には一部、グルタミン酸受容体の1つであるNMDA受容体が深く関わっていることが判明し、NMDA拮抗薬の慢性疼痛への応用が注目されています。

 現在、日本で使用可能なNMDA拮抗薬は、ケタミン(ケタラール)とデキストロメトロルファン(メジコン)ですが、メジコンは効果が劣っています。

 NMDA拮抗薬は、モルヒネの耐性に対する拮抗作用も持っており、モルヒネとの併用療法にも期待がかけられています。

 ケタミンは、麻酔量より低用量で鎮痛作用を有することが以前より知られていましたが、最近、慢性疼痛でのNMDA拮抗薬の有用性が注目されるようになりました。


 生体に痛み刺激が加わると、末梢性感作と中枢性感作が生じます。中枢性感作では、中枢神経系、特に脊髄後角細胞が刺激となり、末梢からの入力に対する後角細胞の反応の増大や、後角細胞が受ける受容野の拡大が見られます。この中枢感作には、一部NMDA受容体が関与しており、NMDA拮抗薬が痛覚過敏やアロディニアを抑制することが証明されています。

*アロディニア

  アロデニア      類似語 アロネーシス

    触刺激など、本来は痛みを伴わない刺激を疼痛と感じる病態

    通常では痛みを誘発しない刺激で生じる痛み     


ケタミンテスト

 ケタミンは本来麻酔薬で、使用方法によっては、生命に関わる事態の発生する可能性があり、また、乱用の危険性も否定できないことから、神経ブロック療法などの治療法に加えて、通常の鎮痛剤や還付薬を使用し、なお疼痛制御が困難な症例に対して初めてケタミンを考慮します。

 ケタミンは、嘔気、ふらつきなどの副作用があるので、入院させてから施行するのが望ましいと思えます。テストにはVASを用いて行います。

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ドラッグ・チャレンジ・テスト
drug challenge test

鎮痛機序が明らかにされている薬物を静注することで、各薬物による痛みの軽減の度合いから、痛みの発生や維持に関与している機構を推定する評価法。

・チアラミール(導入麻酔剤)によって痛みが軽減する場合には、中枢性機序や心因性機序の関与
・リドカインでは、障害を受けている神経繊維や神経細胞での異所性異常活動の存在、
・ケタミンでは、脊髄でのNMDA受容体の関与
・塩酸モルヒネでは、侵害性疼痛か否か
・フェントラミン(レギチーン)では、交感神経やカテコラミンの関与

  がそれぞれ推定されます。


アロネーシス
alloknesis

健常状態ではかゆみを起こさない触刺激などで、かゆみが起こる状態。
例えば、ヒスタミンをヒトに皮内注射すると、注射部位には自発的なかゆみが生じますが、その周囲の皮膚は触刺激でかゆみが誘発されます。この状態がアロネーシスです。

ヒスタミンによるアロネーシスの発現には末梢と中枢神経機構が関与すると推定されていますが、機序の詳細は不明です。

表皮内の神経線維分布が増加し、多くの神経線維が角質層直下にまで達することも、アロネーシスの原因になると推測されます。

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