ウェブ版君たちはどう生きるか



ネット上で文章を書きはじめるとき、周回遅れのランナーという意識があった。先達が試みて答えの出ていることをなぞっているのではないかと。

浦島太郎を脱却できるかと思い、ネットを歩いてみたこともある。そして気づいた。すでに3周遅れであったことを。

自分のネット観はこうあってほしいという願望であり、実際には現実化が進んでいた。現実化というのは、ネットの商利用(たとえばネット書店)のことではなく、アフィリエイトやスポンサーのついた有名人ブログ、アドセンスなどのロングテール・ビジネスに代表される。

それだけでなく、かつては自己表現ための文章が主体だったのが、現実の世界(たとえば仕事)での自己実現をはかるための文章が増えてきた。商用サイトが一目瞭然なのに対して、現実とくっついたサイトやブログは判別しにくい。

ウェブ2.0なんてことばが出てきたときも、またかよと思った。フォロワーはともかく、声高に語るのは商売のためではないかと疑ってしまう。だが、情報学の専門家がウェブ2.0に対する慎重論を説くとは思わなかった。

西垣通『ウェブ社会をどう生きるか』では、生命情報、社会情報(言語など)、機械情報(文字など)を区別する。知識社会や高度情報通信社会では、情報や知識を小包のような実体として蓄積・検索できるものととらえる。著者は、そこに待ったをかける。
機械情報中心に生じている情報学的転回にストップをかけ、生命情報中心の情報学的転回に反転させることです。そういう文脈のなかでウェブがいかなる役割を果たせるのか、考えていく必要があるのです。(p35)
ここで本書のスタンスが明らかとなる。おそらく編集者はこういう考えが岩波新書の読者に好まれると判断して執筆を依頼したのだろう。タイトルも、教養主義路線だし。通読しても、生命情報中心の情報学的転回がどいうものなのかよくわからない。まさか第5章がその答えではあるまい。

「誰が何をウェブに書き込んでも、それがグーグルのデータベースに反映され、ビジネスに利用されていきます」とか「グーグルの検索エンジンの詳細な中身は企業秘密であり、一般に公開されてはいないのです」など、グーグルの影の部分も指摘している。

私も最近検索して書評を読むことが増えたが、グーグルの検索結果の表示順には満足できない。ページランクのせいかもしれない。ヤフーの検索サイトなら、ブログを除外して検索できる。ついでにおもな書店サイトも表示されないように設定すれば、ノイズも減る。ほんとは国産の検索サイトを使いたいのだけど。

第3章には、「英語によるグローバリゼーション」という項もあり、著者の言語観もうかがえる。ウェブ2.0や知識社会論を米国流の経済的グローバリゼーションとむすびつけて考えている。
個人の私的欲望の追求が世界に福音をもたらすという考え方は、自由競争における機会均等とワンセットになっています。(p100)
これは「米国というきわめて特殊な場所、特殊な歴史的背景のなかでしか成立しないのではないか」と指摘する。米国にはフロンティアが存在し、目の前にある誰のものでもない財貨を皆でどう最適に分けるかという「分配問題」となる。

一方、日本などの伝統的農業国ではフロンティアなど存在せず、すでに誰かが所有している財貨を再び皆に割り当て直す「再割り当て問題」となる。だから、日本では「多様な背景をもつ人々にたいし配慮のある調整機能や互助組織が大切になってくる」。こういう感覚は私にとっては当たり前なのだが、そう思わない人が多いのかも。

西垣は、この考え方の背景を啓典宗教であるユダヤ=キリスト教に求めている。これは少し短絡的な説明ではないか。アメリカだけでなくヨーロッパや日本にも浸透していることを考えれば、木田元の言うヨーロッパ文化圏に特有の自然観に求めた方がよさそうだ。

第4章の「生きる意味を検索できるか」は、無理のある表題だ。そもそも、あるのかないのかわからないものが、文字になっているものか。まして、それが検索対象となるわけがない。ここでオートポイエーシスという概念が出てくる。そんなむつかしいことを言わなくても、人間の認知世界は閉じていて誰にでも「バカの壁」がある、なんてことは実体験で知っている。

西垣は、IT革命を中央集権型から分散型への社会的変化による生活革命と定義している。そのためには地域情報化が必要で、団塊の世代が担い手としてふさわしいと語る第5章「ウェブ社会で格差をなくすには」については、私は悲観的だ。

アメリカを目標にしてきたコンピュータ研究者ゆえ、ウェブ礼賛論がわかりすぎて困るほどだという。だからこそ、それは古典的進歩主義にしか過ぎず、礼賛者たちにあるのは能力差別意識だと。

本書は、あたりまえのことをむつかしく書いただけの本だが、問題点の整理には役立つ。もし解決策を見出したいのなら、他人を頼らず自分で考えるしかないだろう。
  • ウェブ社会をどう生きるか 西垣通 岩波書店 2007 岩波新書(新赤版)1074 NDC007.3 \735

(2007-07-14)