Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第161夜

遠くて近きは学と楽の間




 にも似たようなことを、インターネットに載っている方言について書いたが、俚言集
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や方言グッズの恐いところは、ウラを取っているかどうかわからないことである。
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 この間、秋田弁の俚言集を見つけたので買ったのだが、これがちょっとしたものだっ
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た。あんまりなので名前は出さない。
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 まず、エッセイ風の文章があるのだが、句読点のうちかたがメチャクチャだし、主語と
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述語が対応してない、ダ体とデスマス体が統一されていない、など、読みにくいこと甚だ
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しい。
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 「作欺」なんて誤字 (正しくは「詐欺」) は序の口で、小魚やプランクトンの塩辛なんての
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も出てくる。プランクトンと味付けに使う塩の粒、どっちが大きい? (*1)
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 「手品」に対する俚言として「てづま」を挙げているのだが、これは「手妻」と書く、立派な
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標準語だ。古めかしい表現なんかを多用する本、時代劇やヒロイックファンタジーなどを
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読めばよく出てくる。秋田弁ではない。
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 これなんぞは古い表現が残っている、という解釈もできようが、「ラッパのみ」が載って
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いるには驚いた。
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 これに比較すると、前回取り上げた『仙薹方言集』が、実はかなり立派なものであるこ
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とがわかる。ISBN もついてるし。


 ま、人のことは言えないけどな。
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 著者自身が書いている通り、学術書ではないのだから、一々取り上げるのもおとなげな
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いというのも承知している。
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 でもなぁ…。


 座学を経ていないことの利点もある。
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 うってつけの例があるので取り上げる。「あぐど」である。
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 意味は「踵」。
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 これに「かがと」という訳を当てている。
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 実は、『仙薹方言集』でも、仙台の「あじゃら」のところに「かがと」と書いてある。
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 つまり、両著者とも「かがと」が標準語形だという認識があるわけだ。


 まず、「あぐど」なり「あじゃら」なりとは形が違う。だから共通語形だろう、と判断
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するのも無理はない。
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 本来の標準語形ともそっくりである。半濁点の有無だけだ。
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 だが違う。標準語は、あくまで「かかと」である。「かがと」が、文体の高い場面で
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使われ、「あぐど」「かがど」と区別されているのは事実だが、やはり標準語形では
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ない。
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 この点が、方言研究の視点からすると、かなり興味深いのである。
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 今年、この辺の問題に関して、まさに「かがと」を取り上げた論文を読んだ記憶が
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あるのだが、思い出せないでいる。


 このかがと」を標準語形とする例は東北特有のものかと思ったら、驚いたことに
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四国の方言に関するホームページでも見つけてしまった。
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 思わず、部屋中の辞書をひっくり返してしまった俺である。(*2)
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 これも URL は伏せておくことにする。単なるミスタイプかなぁ。


 他に、使われている単語が標準語形と同じなので、方言と気づかずにそのまま使った
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な、という表現もいくつかみられる。
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 あまり具体的に書くと書名がばれそうだから、自作の例で言うなら、「偉くてあった」と
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いうような形である。「偉くて」も「あった」も歴とした標準語形だが、「偉かった」を「偉くて
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あった
」とするのは紛れもない方言形である。
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 目玉の俚言集の部分よりも、寧ろ、こうした点の方が興味深い。


 んなわけで、1999 年も人の労作にケチをつけて終わろうとしている。
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 来年もこの調子のままの予定である。
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 そう言えば、来年のカレンダーで、“COUNT DOWN TO 21th CENTURY”と大書された
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のがあった。そして話のネタに買っといてやろうか。



*1:ものにも寄るが。
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*2:『最新 一目でわかる全国方言一覧辞典(学研、1998、ISBN4-05-300299-0)』には、
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 アクセントの違いはあるものの「かがと」は北海道・千葉・富山・滋賀・島根・愛媛、「
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 がど
」は茨城・栃木に見られる。「かかと」は埼玉・東京・神奈川、「かかど」が鹿児島に
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 ある。ただし、当然ながら、全て方言形。
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  兵庫の一部では「きびす」と「かかと」を使い分けるそうだ。『日本語百科大事典 (第4
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 版、1990、大修館書店)』によれば、「きびす」はアキレス腱から足の裏にかけての部分、
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 「かかと」が足の裏の後方、だそうである。



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第162夜「人称代名詞−秋田弁講座プロジェクト− 」

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