Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第162夜

人称代名詞−秋田弁講座プロジェクト−




 まずは代名詞の定義から。
活用のない、自立語の一種。人や物や事がらの個別の内容を、その場その場で
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指し示すのに用いる語。「わたし・これ・それ・あれ・どれ」など。こそあど。
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講談社学術文庫 国語辞典 (初版、1979)』
 「わたし」という例を挙げておいて、「こそあど」としているのはどうかと思うのだが、まぁ、
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そういう単語。
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 人称代名詞と指示代名詞に分かれる。


 『日本語百科大事典 (第4版、1990、大修館書店)』によれば、日本語の代名詞と、英語
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の pronoun は同じものではないそうである。
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 例えば、方言形を別にすれば英語の一人称代名詞は“I”(とその格変化形) しかないが、
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日本語の人称代名詞はバリエーションが異様に多い、というのである。そう言われれば確
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かに。
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 つまり、文法的カテゴリーではなく、「私」「俺」「拙者」などなどの単語群を差す名称であ
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る、ということらしい。
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 そういや、「こそあど」の系列も、きれいと言えばきれいだが、妙と言えば妙だ。


 まず人称代名詞。
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 津軽〜秋田北部で、自分のことを「」というのは有名な話。既に取り上げた。
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 「おれ」「おら」は男女共使う。「おい」とも言う。
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 「私」に相当する単語は無い。「わだし」という形で使うことはあるが。これは使用場
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面を考えれば当然のことか。文体が高いから。
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 「あたし」は「あだし」となる。
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 「拙者」「某 (それがし)」「みども」あたりになると、別の世界の話。もはや使用語彙
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ではない。


 二人称としては、「あだ」あたりか。「あんた」の訛ったものかと思う。ただし、あん
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まり親しくない関係では使えない。
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 「んが」も、前に取り上げたことがあるが、かなり親しくないと駄目。どちらかと言え
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ば品のない言葉で、あまり女性は使わない。
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 「おめ」も、決して品のある言葉ではないが、この辺になると女性でも使える 。


 この、二人称が貧弱な性質は、何も秋田弁に限った話ではない。日本語全体がそうな
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のである。
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 あまり親しくない人を、「山田さん」などのように名前を使わない形で呼びかける方法を
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考えてみて欲しい。無い筈だ。「君」でも「あなた」でも、割と失礼に響くと思われる。


 三人称。標準語だと「彼」「彼女」「それ」であろうか。
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 「それ」が「そい」になるのは、「おれ」→「おい」と同じ。
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 問題は人間だ。「彼」「彼女」に相当する表現は無い。


 さて、再び、みなさんの言語生活を振り返って欲しい。「彼」「彼女」は普通に使われる
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単語だろうか。勿論、ここでは「恋人」などを指す「彼」「彼女」は考えない。
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 「彼は〜」と言うのは、揶揄する、敬遠する、文体が高いなど、特別の事情がある場合
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に限られてはいないだろうか。
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 「山田が席にいないがどうしたのか」と聞かれて「彼は帰った」と答えられるのは、質問
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者が上司である、山田君が後輩もしくは先輩である (同期よりは距離がある)、「山田み
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たいなスーダラ社員が残業するはずがねーじゃん」などのケースに限られると思うのだが。
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 仮に、山田も質問者もあなたの同期であったとしたら「あいつは帰ったよ」あたりになる
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だろう。
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 ということで、秋田弁においても「あれ/あい」に落ち着くのである。


 「彼ら」となるとどうか。
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 これも既に取り上げた。複数の人間を表す場合は「がだ」を付加する。「あれがだ/
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いがだ
」となる。「こいつら」は「これがだ/こいがだ」であり、「そいつら」は「それがだ/
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いがだ
」である。
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 「がだ」は代名詞だけでなく、普通名詞にもつく。「人がだ」「生徒がだ」「悪友がだ」。
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 標準語においては「先生方」のように、敬意を持った表現のようだが、上の例で分かる
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ように、秋田弁においてはそういうニュアンスはない。


 次回は指示代名詞。



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第163夜「指示代名詞〜連体詞−秋田弁講座プロジェクト−」

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