Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第144夜

心頭滅却すれば火もまた涼し




 あんまり「異常気象」という言葉は好きじゃないのだが、今年の夏は異常にい。
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 真夏日が 20 日連続というのは、秋田地方気象台観測史上第 2 位の記録だそうだ。
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熱帯夜が 9 日続いたこともある。「何すんだよ、おい」という感じの暑さである。
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 俺はクーラーが嫌いな冷風扇ユーザーなのだが、耐えきれずに扇風機を追加した。
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わずか \3,500 の投資だが、随分と快適になった。
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 こういう年はビールが馬鹿売れするのだが、なんでも不景気のおかげで贈答分が減っ
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てしまって奮わないんだそうである。


 さて、「のぎ」が「暑い」であることはに取り上げた。「ぬぎ」という形もあることを報告し
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ておく。
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 原型が「ぬくい」であることも触れたが、よく考えてみると「ぬくい」は標準語とは言い難い。
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勿論、辞書を引けば載ってはいるが、使用地域が西日本に偏っているのではないかと思
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うのだが、どうだろう。「ぬくまる」「ぬくめる」「ぬくもる」あたり、関西のにおいがしないだろ
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うか。(*)
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 「ぬくい」の系列で標準語と言えるのは「ぬくぬく」と「ぬくもり」位であろう。


 似たような関係にありそうなのが、「うだる」。「茹だる」の変形らしいのだが。
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 まず、これの用例の一つである「うで卵」。標準語形とは言えまい。大阪では「煮抜
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き (卵)
」というそうだが。
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 そもそも「うだる」自体が、「うだるような暑さ」以外のパターンで使われることのない、
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半死語であろう。「舌鼓」「シュプール」と同様、この広い日本で、アナウンサーという
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人種以外使っていない単語ではあるまいか。
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 江戸弁か? 落語などで「塩うで」とかいう形で耳にするような気がするのだが。


 念のために言っておくが、ここでいう「死語」は、標準語のレベルでの生死を問題にし
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ている。ある地域ではまだ広範囲に使われている、ということは十分に考えられる。


 死語とは言わないまでも、勢力の違いがはっきりしていそうなのに「疑 (うたぐ) る」
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がある。これなんか、ほぼ「疑 (うたが) う」で統一されそうな勢いじゃないかと思うの
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だが。
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 これまた脇にそれるが、「行く」は「いく」とも「ゆく」とも読むが、「売れ行き」という
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形になると、これは「ゆ」である。間違っても「うれいき」ではない。改まった形、つま
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り、本来の形が「ゆく」なのであろう。「行った」とかの音便形は「い」だし。
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 『街道を行く』とか『龍馬が行く』とかは「ゆ」でないと雰囲気が出ないな。


 「暖まる」という意味の「ぬぐだまる」については、今年の始めに触れたが、これも
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「ぬくい」が原型である。同じ単語を起点に、「暑い」と「暖かい」に意味分化したわけ
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だ。
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 「ぬぐだまる」に形式上の違和感を覚える向きがあるかもしれないが、古語辞典には
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「ぬくとい」という形しか載ってないことを指摘しておく。
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 方言とは全く関係ないので細かく触れないが、「温 (ぬく)」「温め鳥 (ぬくめどり)」とい
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う単語はなかなか興味深い。「暖かい」が「暖か」という形容動詞から室町期に派生し
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た語だとは知らなかった。


 タイトルに使った有名な一節は、信長に焼き討ちにあった寺の僧が、こういいながら死
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んだ、というものらしい。ちょっと恐い話なので、今後、この例えを持ち出すのはやめよう
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かと思う。



注:よく見たら『大辞林 (初版) 』(1989) にそう書いてあった。



使用した辞典 (参照順)
『角川新版古語辞典』(1989) 角川書店
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『大辞林 (初版) 』(1989) 三省堂
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第145夜「目は人間のまなこなり」

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