Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜
第145夜
目は人間のまなこなり
俺は、観察力がないのか鈍感なのか、「目に生気があふれている」とか「目の色が違う」
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とかいうのに気づいたことがない。辛うじて、酔っ払った奴の目とか、眠そうな目というの
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はわかるのだが、潤んだ瞳で見つめられたという記憶はない。おかげで色んなチャンスを
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逸しているように思う。
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一度だけあったな。前の会社で、会社批判をして個室に呼び出された時、その役員の目
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が笑ってなかったのはわかった。これは気づいたとしても何の得にもならんが。
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人に言わせると、コンタクトレンズをつけている目もすぐ分かるものらしいのだが、さっぱ
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りである。カラーコンタクトならなんとか、とは思うが、穏当な色で知らない人だったらどう
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だろうなぁ。
「まなこ」も、まもなく死語かなってくらい古い単語かと思うが、秋田では「まなぐ」となるこ
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とは前にも触れた。
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これには別の意味もあって、「まなぐ ふぐ」という風に「ふぐ」と呼応して、寝起きや目の
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病気などで目やにが出ている状態を表現する。これは、「ふぐ」の方がポイントなのかも
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しれないが。
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ついでだが、「まなこ」というのは「目の子」であって、正しくは「目」自体ではなく、「目玉」
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のことを指す。
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秋田弁の「まなぐ」は、「まなぐ わり(目が悪い)」「まなぐ トローンとしてきたな。ねふて
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あんだべ(目がトローンとしてきたな。眠いんでしょう)」というように「目」そのものをも指
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すので、完全にイコールではない。
「みだぐない/みだぐね」と言う表現がある。「見だぐない」と書くのだろう。
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話者の「見ることを欲しない」という意志を表すのではなく、「醜い」とか「カッコ悪い」とか
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「みすぼらしい」とか、いずれ、外見に問題があることを言う。
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『講談社学術文庫 国語辞典 (初版) 』(1979)によれば、「みっともない」は「見とうもない」の
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変化したものらしいから、
これと同じような素性の表現ということになる。
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「見ったくない」という形が北海道にある。
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ただ、どうだろうか、「みっともない」は、例え通常レベルのみなりであっても、その場に
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そぐわない恰好であったりすれば使うことができるように思う。例えば、ホテルでのパー
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ティにジーンズで入っていった様な場合も「みっともない」といえるだろうが、「みだぐない」
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は使えないのではないか。
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多分、「みだぐない」は、かなり積極的に「みっともない」のである。
このバリエーションに「みだぐわるい/みだぐわり」というのがある。
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俺の語感では、インフォーマルである、という含みが「みだぐない」よりも強い、つま
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り「みだぐない」よりも「みっともない」に近いように思うのだが、あまり自信はない。
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「みだぐいい」という表現はあまり聞かない。「みだぐ」という何かがあったりなかった
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りするわけではないのである。「みだぐない」のバリエーションと考えるのはこのためだ。
似たような意味で「ひとめわり」というのがある。
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「人目悪い」であって、みっともない、人目をはばかる、というような意味なのだが、
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これを「ふとめわり」と発音する人がいる。
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そう意識して聞いてみると、どうやら単語によっては「ひ」と「ふ」が交換可能なケー
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スもあるらしい。「ひとり」を「ふとり」と言ったりする人もいる。
秋田弁から離れるが、「麦粒腫」、通称「ものもらい」の方言形は、方言に関する本
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で取り上げられることが多い。
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「メバチコ」やら「メイボ」やら、「メ」がつく俚諺が多いのは当然として、「メコジキ」
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など「ものもらい」との連想がダイレクトに働く形があるのは興味深い。日本の各地
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で同じ発想をしたのだろうかと考えると愉快である。
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