Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第126夜

待遇表現と方言のイメージ




 前夜分の原稿を書いていて思ったのだが、東北弁が嫌われる理由の一つに、敬語・丁
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寧語の体系が貧弱
なことがあるのではないか。
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 前にも書いたが、秋田弁においては、単語や付属語を組み合わせて待遇表現を組み
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立てる手法が確立していない。「」をつなげて「会う」を「会うす」として「会います」という意
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味を持たせるのが関の山である。
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 更に、「お目にかかる」「お目もじする」というような別の表現で置き換える、という手法も、
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お世辞にも発達しているとは言えない。
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 だから、例えば「寝ろ」ということを丁寧に言う場合、「寝でけれ」としか言えない。場合に
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よっては「寝れ」だけで済ますこともある。「寝でけれ」だって、目上の人には使えない表現
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である。
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 さて、秋田弁になじみのない観光客にこれをするとどうなるか。「寝でけれ」は「寝てくだ
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さい」であって「お休みください」ではない。単なる丁寧語であって、言ってみればニュート
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ラルな表現。怒りながら「お休みください」は言いにくいが、「寝てください」はどんな顔でも
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言える。「寝でけれ」もこれと同じだから、意識して満面に笑みをたたえて言わない限り、
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敬意が伝わらない可能性が高い。「寝でけねすか(寝てくれませんか)」と言い換えても
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大して事情は変わらない。
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 「寝れ」なんぞは、言う方は気を許したつもりでも、向こうがそう思っていなければ、「客を
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なんだと思っとるんだ」と言われてしまいかねない。
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 その結果、愛想のない連中だ、恐い、ということになるような気がするがどうだろう。


 に『地域語の生態シリーズ 方言主流社会−共生としての方言と標準語−』という本で、
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青森における方言論争が取り上げられているという話をしたが、これなども、県外から転居
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してきた人がひどい言葉を投げつけられたという投書が発端である。具体的にどういう表現
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であったのかは書かれていないが、そんなところだったのではないかという気がする。
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 であれば、東北弁の形勢はかなり悪いと言わざるを得ない。まるで、外交下手で損ばかり
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している某国政府を見るようだ。


 方言イメージと言えば、SD 法。これは、Semantic Differential の頭文字で、±の単語
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(評価語と呼ぶ)を並べて、当てはまるかどうかを答えてもらい、それを数値として表す、
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という手法である。言葉だけだと面倒なので下の図を見て欲しい。
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 これは、井上史雄氏が札幌の大学生に対して行った方言イメージ調査の結果である。
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なお、原典が手元にないので『新・方言学を学ぶ人のために(徳川宗賢・真田信治編
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世界思想社 1991 年初版)』からの孫引きである。(注)
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-±+
ぞんざい    | Y K 丁寧
悪い言葉    | YK  良い言葉
汚い    | Y K きれい
大声    Y K   小声
若い女性にふさわしくない    | YK   若い女性にふさわしい
乱暴    | Y K おだやか
嫌い      YK  好き
重苦しい    |K Y  軽快
|
聞き取りにくい    K   Y 聞き取りやすい
非能率的    KT|  Y  能率的
標準語に遠い  K |   Y 標準語に近い
くどい    K  Y  あっさりしている
昔の言葉を使う    TK|  Y  昔の言葉を使わない
遅い   K | TY   早口だ
|
固い    Y   K 柔らかい
味がない    Y|   TK 味がある
深みがない    Y|  K 深みがある

T=東北弁、Y=東京弁、K=京都弁

 というようなわけで、外部からの感触のよさを示す「丁寧」「おだやか」「柔らかい」で
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京都弁が圧倒的に優位に立つ。東北弁が「深みがある」「味がある」でかなり迫ってい
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るのに「柔らかい」で遠く及ばない点は注目するべきであろう。
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 そのための調査ではないので確実とは言えないが、待遇表現の体系が整っている
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京都弁のイメージがこういう形であぶり出されてみると、最初に挙げた仮説もあながち
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的外れでもなさそうだ、という気になる。



注:なお、上の評価語の組み合わせで、「ぞんざい−丁寧」〜「重苦しい−軽快」を「情的
.
 評価
」、「聞き取りにくい−聞き取りやすい」〜「遅い−早口だ」を「知的評価」、「固い−
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 柔らかい」〜「深みがない−深みがある」を「郷愁評価」と分類すると、以下のようなパタ
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 ーンに分けることができる。
田舎型近代都市型古都型
情的評価-++
知的評価-+-
郷愁評価+-+
代表東北弁東京弁京都弁




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