Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第116夜

まいどおおきに




 NIFTY-SERVE日本語フォーラムで聞いた話だが、今年の正月、阪神高速道路公団が、
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料金所の係員に対して大阪弁禁止令を出したんだそうである。料金授受の際、利用者に対
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して「まいど」とか「おおきに」とか言うな、というわけである。
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 利用者からクレームがついたのが理由なんだそうだが、数週間後には撤回されたらしい
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から、単なる思いつきでやってみただけのことなのかもしれない。
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 1/8 と 1/23 に毎日新聞で報道されたそうなので、大阪版を入手できる人は確認してみて
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いただきたい (*1)


 大阪の人が強い愛郷心を持っているのはご存じであろう。彼らが、日本国中、ことによ
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っては世界中で大阪弁で通すということは広く知られている。に NHK の全国県民意識
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調査をとりあげたが、大阪府の場合:
 「はい」の率 全国順位
この土地の言葉が好きである 69.9% 11
この土地の言葉を残して行きたい 67.4% 12
地方訛りがでるのは恥ずかしいことだと思う 8.4% 45

 という結果である。ここで「大阪弁を使うな」などと言ったら大騒ぎになるのは当たり
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前だ。ひょっとして、禁止令を出すことを決定したのは東京者だったのだろうか。そうで
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はなく、大阪出身だったとしたら、これはちょっと恐い事態である。


 話は変わるが、観光のことを考える場合、訪れる側と迎える側の意識の違いが問題
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になることがある。
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 訪れる側にとって、旅先は異郷である。多くの場合、自分の暮らしている場所とは異
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なることを期待している (*2)。その違いを認識して(誤解も多かろうが)楽しんで帰るの
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である。食い物で言えば、ご当地料理を楽しみたい。いぶりがっこ(薫製の沢庵)が出
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ると大喜びである。
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 これに対して、迎える方はできるだけ立派に豪華にもてなしたい。めったに食べられな
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い料理を出せば喜ばれると考えるから、がっこなんてとんでもない話である。どこにでも
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あるような天ぷらだったり、灘の酒だったり、山奥なのに大トロだったりする。
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 言葉も同様である。
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 鉄道での旅行が好きな人の中には、敢えて近隣住民と一緒に鈍行に乗り、言葉の変化
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を楽しむ人もあると聞く。つまり、方言も観光資源だと考えることが出来るわけだ。観光キャ
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ンペーンの中に「めんそーれ」だの「おざってたんせ」だのと方言が飛び交う理由がここに
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ある。
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 それなのに、「大阪弁禁止令」だったのだ。まさか、観光客は阪神高速を使わない、とい
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う統計があるわけでもあるまい。


 ところで、「『おおきに』とはなんだ」とクレームをつけた方である。まさか「おおきに
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まいど」の意味が分からなかったわけではないだろう。方言(もしくは大阪弁)なんぞ
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聞きたくない、ということであったのだと想像される。
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 NHK の全国県民意識調査をもう一度引っ張り出す。地方訛りが出ることは恥ずかし
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いことだと思う
、という人は全国平均で 13%、8 人に 1 人という割合である。最高は福井
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の 26.9%、ついで茨城の 26.7%、秋田の 24.1%。この辺では 4 人に 1 人位の割合になる
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わけだ。少ないと言える数ではないように思う (*3)
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 本をもう 1 冊。『地域語の生態シリーズ 方言主流社会−共生としての方言と標準語−
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(1996、佐藤和之、おうふう)』である。
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 この本に、青森の新聞紙上、投書欄を舞台に繰り広げられた方言論争のことがまとめら
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れている。これを読むと、地方の時代と言われて久しい 1996 年現在でも、方言を完全否
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定しようとする人がいることがわかる。
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 阪神高速は、そういう人の意見を容れてしまったのだろう。


 関西方言は、他の弱小方言からすれば、大勢力故に標準語と同格に見做してしまうこと
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があるが、やはり、我が道を行けるパワーを持ち続ける、うらやましい存在なんである。
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それなのに「大阪弁禁止令」が出てしまったことは、少なからずショックであった。



*1 毎日新聞の「過去のニュース」で 1/23 を指定すると「関西弁」というトピックがあらわ
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 れる。これが撤回を報じた記事である。
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*2 山奥で、コンビニがなーい、とか言ってる奴もいるが。
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*3 最も低い東京で 6.6%、15 人に 1 人。
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第117夜「トーホグ建国のために」

shuno@sam.hi-ho.ne.jp